神魔戦記 第百十三章

                     「兄を想うということ」

 

 

 

 

 

 カノン軍は三方向からクラナド王城へ向かって突き走る。

 中でも最も進度が速いのは右側、浩平たちがいる方向だ。

 敵が少ない、というのももちろんある。しかし何よりも大きいのは、

「どけどけぇ! お前たちの元・王女さんが戦いをやめてくれって言ってんだぜ!」

 浩平の言葉に、兵の動きが鈍くなる。

 浩平とクリスに守られるように走っているのは間違いなくクラナドの元・王女である宮沢有紀寧――現・相沢有紀寧である。

「お願いします、わたしたちを通してください……!」

「有紀寧王女……?」

「間違いない、有紀寧王女だ」

「……でもいまはカノンの王妃なんでしょ?」

「なら、敵なのか?」

「敵だろ……!」

 一人の兵士が迷いを振り払うようにして有紀寧に切りかかるが、それをクリスが受け止める。

 その奥で有紀寧は足を止め、

「あなたたちは、いまのクラナドが正しいと思えるんですか!? 何も疑念はないのですか!?」

「え……」

「現状、シズクの介入のせいで我々キー大陸の国同士が戦っている場合ではないはずです。

 だからこそ休戦協定を申し込んだのに、兄はそれを受けなかった……!」

「!?」

 兵士たちの顔に驚愕が走る。

「あなたたちは……その反応からすると、知らなかったようですね」

 おそらく兵士たちも疑問に思っていたのだろう。

 クラナドのやや過剰とも言える数々の作戦行動に対して。

「でも、魔族と休戦なんて……」

「何も同盟を組め、と言ってるわけではありません。いまはもっと他に、倒さなければならない相手がいるでしょう!」

 恫喝する。

「それさえ見えないほど、あなたたちの目は曇っているのですか!?」

 髪を振り乱し有紀寧は叫ぶ。

「そんなに魔族が憎いですか!? 怖いですか!? ただ、ただエアという強国にしがみ付き、聞かされただけでしょう!?

 見てください現実を! いまのカノンはどうですか!? 人と、神族と、魔族と、スピリットと、獣人族と、エルフと!

 全ての種族が共存してるじゃないですか! こうしてワンとも手を取り合えているではないですか!

 本当に魔族があなたたちが思っている……わたしが思っていたような存在なら、こんなことはありえないはずです!」

 浩平とクリスが驚いた様子で有紀寧を見る。

「いい加減気付かぬ振りはやめましょう! ……中にはいるんじゃないですか? 渚さんの件に関してさえ、疑問に思った人も」

 数人の兵士が顔を俯かせる。やはり中には……極少数といえど、渚の一件に疑問を感じた者もいたのだ。

 それが同情心であっても構わない。そう思えることが、いまは救いなのだ。

「……そこまで理解して欲しい、とはいまは言いません。言われるだけで納得できるのなら、結局エアと同じですから。

 ですが、これだけは言わせてください。明確な敵は、少なくとも別の場所にいるのだということを」

 静かに言い捨て、有紀寧は真っ直ぐ前を見る。

「通してください。わたしはこれから兄に会いに行き、説得をするつもりです」

 そして周囲を見やり、

「ですけどもし、いまのわたしの言葉さえわからぬと言うのであれば仕方ありません。己が意思を突き通すために、その剣を握り示しなさい。

 そうであればまだ、魔族だからという理由だけで戦うよりよっぽど有意義でしょう」

 有紀寧は、観鈴ほどに平和主義者ではない。

 戦わねばならぬときもある、とは彼女自身思っている。

 それはようするに言葉だけでは何も解決せず、何も始まらない場合だ。そして自らの意思を貫きたいとき。

 人間千差万別。いろいろな想いや感情、考え方があるだろう。言葉だけ、意思だけでは激突するしかないときもあることは理解している。

 無駄な戦いは避けるべきだ。が、ここぞというときに剣を握ることを躊躇ってはいけない。

 それが有紀寧の考え方。

 だから有紀寧はここにいる。戦場に立っている。

 故に、有紀寧は臆することなく告げる。

「わたしは自分の意志を伝えました。今度はあなたたちの番です」

 さぁ、と有紀寧は言い放った。この言葉に反する意思を持つのなら剣を向けてこい、と。

 それを有紀寧は否定しない。否定したところで始まらない。だから有紀寧は兵士たちを見渡す。

 だが、誰も動こうとしない。有紀寧の言葉に誰もが動けない。

 その言葉に戦意を失ったのが過半数、周囲の出方を窺っているのが残りの半分、剣を握りたくても誰も行かないので躊躇しているのが残りといったところか。

 有紀寧の意思がしっかりと伝わっているのが半分だけだとしても、いまはそれで良い。いや、半分いただけでもマシだろう。

「王妃さま!」

 と、不意に後ろから有紀寧を呼ぶ声がした。

 浩平たちともども振り返れば、亜衣や浩一、そして数十名の兵士たち。後続の部隊だ。

「ご無事ですか?」

 聞いてきたのは亜衣だ。さっきの声も亜衣だろう。

 有紀寧は笑みで頷き、

「はい、大丈夫です。折原王方が守ってくださってますから」

「それは良かったです」

「門周辺の敵はあらかた片付けてきた。……ま、出来る限り殺さない方向でな」

 やれやれ、と疲れた息を吐く浩一。これは有紀寧が言ったものではなく、最初に祐一が全員に伝えたことだ。

 絶対とは言わないが出来得る範囲で殺さないようにしろ、と。

 力が拮抗している兵士たちはともかくとして、主力部隊の実力であれば手加減も難しい話じゃない。

 そんな祐一の配慮に心で感謝しつつ――だがいまは何より重視せねばならぬことがあると有紀寧は表情を引き締めた。

 だから動きを止めた兵士たちに何も言うことなく、浩平たちを見渡し、

「行きましょう」

 告げて、再び走り出す。

 こんな戦いを続ける、兄のもとへと……。

 

 

 

「朋也! 河南子!」

「杏?」

 正面を突破していた朋也と河南子の後ろから、杏が追いついてきた。

 その杏の姿を朋也は上から下まで見て、

「勝ったのか」

「当然!」

 胸を張る杏に、そうか、と小さく微笑む。

「智代は?」

「大丈夫、生きてるわよ。安心しなさい。留美が後続で来てたから封鎖がてら任せておいたわ」

 あとは、と杏は朋也を見上げ、

「突き進むだけね」

「だな」

「でもその前にお客様みたいだよ?」 

 河南子の言葉に二人がハッとした表情で前を見る。

 するとゆっくりとこっちに歩いてくる一人の少女が見えた。

 その少女の登場はクラナド兵士にとっても予想外だったのか、誰もが唖然とその少女を見るだけ。

 朋也も杏も知っている少女。それは、

「ことみ……」

 一ノ瀬ことみ。魔術師団の長だ。

 しかし、

「お前……魔力を封じられてるんじゃ……?」

 そう、朋也の言うとおりことみは時谷の封印魔術が未だ掛けられており、魔力の発現ができない状態だったはず。

 するとそれを肯定するようにことみは頷き、

「うん。でも戦いに来たわけじゃないから」

 ことみの表情は朋也や杏のよく知る、一見何を考えているかわからないような無表情。

 朋也と杏が怪訝な表情で互いを見やる。その先で、ことみはゆっくりと口を開いた。

「一つだけ、質問に来たの」

「質問?」

 うん、とことみは頷き、真っ直ぐに朋也を見て、

「朋也くん」

 問うた。

「いま自分のしていることは正しいことだ、ってはっきり言える?」

「――」

 唐突な質問に朋也は一瞬呆然とする。

 ことみがどういう意図でその質問をしているのか、それはわからない。

 けれど、朋也は知っている。ことみが何かを聞いてくる以上、そこには必ず何か意味があるんだ、と。

 だから朋也はいまの自分の気持ちを素直に答えることにした。

「……何を持って正しいかなんて言えるほど高説垂れるつもりはないし、ことみにとっての正しいことがなんなのかもわからない」

 でも、と朋也は一度区切り、そして小さく、誇るように笑って、

「――俺は、俺が正しいと思うことをしているつもりだ」

 その言葉に河南子、杏がそれぞれ微笑んだ。そしてことみは、

「……ん」

 頷く。そしてもう一度頷き、

「そっか」

 笑った。

 ことみらしい、無邪気な笑みだった。

 そしてスッと横に一歩を引き、

「行って、朋也くん」

「ことみ……?」

 周囲の兵士たちの動揺もなんのその。ことみはただ笑みを携えて朋也たちを見る。

「朋也くんは私の大切なお友達。大好きな人。でも忘れないで欲しいの。私にとって、渚ちゃんも大切なお友達で大好きな人」

 朋也とことみは幼馴染。そしてそんなことみは確かに渚とも昔から付き合いがあった。

 まだ『先祖還り』だと騒がれる前から。処刑云々の話が出てくる前から、ずっとだ。

 俺は馬鹿だな、と朋也は思った。

 自分一人だけが渚を心配している気でいた。でもそうじゃない。ここにいたじゃないか。自分以外にも、渚のことを心配してくれている人物が。

「きっと朋也くんにとって正しいことなら、それは私にとっても正しいことなの」

「……ことみ」

「そして出来ることなら、また私と、朋也くんと、杏ちゃんと椋ちゃん渚ちゃんと、あとは智代ちゃんとかと一緒にお話とかしたい」

 だから、とことみは王城の方向を指差し、

「行って?」

「――わかった」

 それ以上はもう語ることではない。

 既に気持ちは通じ合っているし、なによりその好意を無駄にしないためにも、朋也は走る。

 ことみの横を通り過ぎる間際、一瞬視線が交錯する。だがそれだけ。二人ともそれで十分だとばかりに言葉は発さなかった。

 河南子は軽く会釈をするのみ。そして杏はすれ違いざまに小さく笑って、

「良いとこ持って行くわね」

「杏ちゃんほどじゃないの」

 一言ずつを交わし、そして杏も朋也たちの後を追った。

 それまで呆然としていた兵士たちが、そこで慌てて朋也たちを追いかけようとする。しかし、両手を広げたことみがその行く手を遮った。

「一ノ瀬隊長!? これはれっきとした裏切り行為ですよ!?」

「だからなに?」

 事も無げに聞き返した。

 一瞬唖然とした兵士の一人が、しかしすぐに剣を構えてことみへにじり寄る。

「どかないのであれば、斬りますよ?」

「良いよ」

「魔力の封じられているあなたなら、私たちでも簡単に殺せるんですよ?」

「良いよ」

「……っ! 私たちがあなたを殺せないなどと思っているわけじゃないでしょうね!?」

 ことみはフルフルと首を振る。しかし、

「でもどかない」

 言い切った。

 すると兵士は歯を噛み締め、怒りをぶつけるように走った。

 どかない。

 剣の届く距離に入る。

 どかない。

 剣を振り上げた。

 どかない。

 振り下ろす。

 まだどかない。

「……ッ!」

 兵士が慌てて剣の軌道を逸らすが、それでもその切っ先はことみの頬を切り裂いた。

 だが、それでもことみは微動だにしない。瞬きすらしていなかった。

 ガン!! と兵士は剣を地面に叩きつけ、

「何故そこまでするのです! あいつらは敵なんですよ!?」

「もう後悔はしたくないから」

 すぐさまの返事に、兵士たちの動きが止まった。

 その兵士たちの視線の中央で、ことみは静かに語りだす。

「あのとき……渚ちゃんの処刑が宣告されたとき。私は何もできなかった。渚ちゃんにも、朋也くんにも。

 それはすごく悲しかった。寂しくて、辛かった。その後の朋也くんを見たときは、泣きたくなるほど後悔した。

 あぁ、どうしてあのとき私は動かなかったんだろう、って。王の言葉が真実かどうかなんて考えずに、私も動けばよかった、って……後悔したの」

 俯く。そして数秒、ゆっくりと視線を上げ、

「ねぇ、みんな。みんなは何のために戦っているの?」

 ことみは周囲の兵士を見渡していく。

「国のため? ……うん。でも、きっと本当はもっと身近な理由。例えば家族のためとか、恋人のためとか、友人のためとか、そういうことだと思うの。

 そして……いま私がしていることも同じことで、カノンやワンがしていることもきっと同じ」

 広げていた両手を胸の前で組み、祈るようにことみは瞼を閉じて、

「誰かを守りたいと願う心は多分、どの種族でも同じだと思うの」

 結局戦う理由なんて、大半はそこに帰結するんだろう。

 だからこそ人は、死を恐れず立ち向かうことが出来る。戦場に立つことが出来る。是が非でも守りたい誰かのために。

 そして……、

「だからこそ、私はここに立つの」

 戦う力はなくとも、もう守れなかったことを後悔なんてしたくないから。

 ゆっくりと瞳を開ける。

「さぁ……私を殺さないと、朋也くんたちは追いかけられないの」

 だが兵士たちは俯き動けない。それほどの貫禄と絶対の意思を見せ、ことみはそこに立ち塞がったのだった。

 

 

 

 恋は空中から一気に急降下する。

 それに対し芽衣は事前に詠唱をしてあったのだろう、手を掲げ、

「『地の柱・二十二裂(アースウォール・トゥエンティツー)』!」

 芽衣の周囲から棘のように突き出した岩が二十二柱、恋に向かって突き進んでいく。

「火属性は地属性に弱い。……あなたの力ではわたしは倒せません!」

 芽衣は自信を込めて言う。

 確かに地属性に対して火属性は弱い。

 例えば地属性の魔術に対して火属性の魔術で相殺しようと思えば三倍以上の魔力を使用しなければ不可能だと言われるほど。

 そして芽衣はクラナドの学園では主席を取るほど優秀な魔術師。将来は確実に神官位を取れるだろうと有望視される存在だ。

 だからこそ、火属性の相手にこれが突破できるわけがない、と考え、

「この程度でなーに大口叩いてるんだが」

 その岩は芽衣の自信とともに簡単に蹴り砕かれた。

「……え?」

 一撃。そう、たったの一撃だ。

 恋の回し蹴り一発で、二十二の岩棘は簡単に破壊されていた。

「確かに火属性は地属性に弱い。……でも、それだけ。絶対に勝てない、ってわけじゃないわ」

 わかる? と恋は笑顔で聞いて、

「――あんたと私には力の差がありすぎるってことよ!」

 そのまま隕石のごとく大地を蹴り穿った。

 衝撃に豪風が巻き上がり、放流となって地面を砕き周囲へ襲い掛かる。

 芽衣を初め、近くにいた兵士が全員吹っ飛んだ。

「こ……のー!」

 芽衣はすぐさま立ち上がり、再び詠唱を開始して、

「『岩球の進撃(ロックストライカー)』!」

 詠唱の早めな中級魔術。巨大な岩が形成され、それが一気に恋に向かって放たれた。

 だが、それも無駄だと言わんばかりに恋はそれを粉砕する。

「『岩球の進撃(ロックストライカー)』! 『岩球の進撃(ロックストライカー)』!」

 それでも芽衣は連射する。ただがむしゃらに、ただ一心で。

 中級魔術とはいえ、こうまで連続で放てる芽衣はたいしたものだろう。

 しかしそれでも恋には届かない。それらは容易く蹴り砕かれてしまう。

「……っ」

 駄目だ、自分一人では勝てない。

 そう確信し、芽衣は周囲を見やる。他の兵士たちが援護してくれれば、超魔術クラスの詠唱だってできる。

 超魔術さえ出せれば勝てる、そう思ったのだが……。

「あ……」

 誰もいない。

 いつの間にか、兵士たちは皆倒れ伏せていた。

「残念ですけれど」

 その中央に立つ、永遠神剣『第六位・優雅』を携えた藍が微笑を浮かべ、

「あなたのお仲間の方々はわたくしが片付けさせていただきました。あ、大丈夫。皆さん生きていますよ?」

「つまり、いまここにはもうあんたしかいない、ってわけよ」

「……!」

「諦めて投降しなさい。わかったでしょ? あんたじゃ私たちには勝てないわ」

 立ち上がりながらの恋の言葉に、しかし芽衣は首を横に振った。

「駄目です……負けられないんです……」

「それはなぜ?」

「この国を、残しておきたいからです……!」

 視線を上げ、

「お兄ちゃんは、シズクに連れて行かれました。……でも、帰ってくるって信じてる。

 その間にあなたたちなんかに負けてたら、わたしはお兄ちゃんに会わせる顔がない」

 だから、と立ち上がり、

「わたしは……負けられないんです!」

「へぇ、なるほどね〜」

 恋は納得したように頷き、

「……だからあんたじゃ私に勝てないのよ」

 言い切った。

「帰ってくるって信じてる? ハッ、あんた馬鹿じゃないの?」

「なっ……!?」

「受身に回ってる時点で高が知れてるのよ。……いなくなったんなら自分で連れ戻そうくらいの気概を見せなさいよね!」

「!?」

 芽衣は目を見開き、しかしすぐに唇を噛み締めて、

「それができるなら、わたしだってしてます……! でも敵は強大だし、わたし一人じゃ――」

「それって言い訳よね? つまりあんたは弱くて敵は強いから逃げてるだけでしょ?」

「精神論と現実は違うんですっ!」

「そうね、違う。でも、それじゃああんた少しでも強くなろうとした? いまが弱くて駄目でも強くなれば良い話。心の中にそういう選択肢があった?」

「それは……」

「ほら、結局あんたは最初から周りの皆が一緒に来てくれるのを待ってるだけじゃない」

 恋は一息。そして侮蔑するように芽衣を見下ろし、

「強くなろうと思わなければ、人は一歩も前に進めないわ。身体も、そして心もね」

「!」

「そしてそういう気持ちを持たないあんたには――大切な兄を救い出すことなんかできやしない」

「そ……そんなことはありません! わたしは……!」

 必死に否定しようとする芽衣に、恋は小さく口元を吊り上げ、

「なら、あなたの全力を見せてみなさい」

「……え?」

「待っててあげる。あんたの全力、私に撃ってみなさいよ。私がそれを正面からぶっ壊してあげるから」

「恋ちゃん!?」

「大丈夫よ、藍」

 だって、と恋は笑みを浮かべ、

「こんなところで、こんな心根の相手に負けてたら……所詮私はその程度だもの」

「恋ちゃん……」

 心中を察したんだろう、わずかに身体を引く藍に恋は笑みを送り、そして芽衣を正面から見据え、宣言する。

「教えてあげる、あなたの無力さ。弱さ。言い訳も何もできない全力を叩き潰すことで、突きつけてやるわ」

 だから、

「正真正銘の全力を。あなたが兄を想うありったけの全てを。あなたをボロクソに言うこの私にぶつけてきなさい!」

 笑って、そして『来い』と手を振り、

「さぁッ!!!」

 その促しに、芽衣は恋を睨み付けた。

 ここまで馬鹿にされて、コケにされて、黙ってなんかいられない。

 ――良いですよ……吠え面かかせてやりますから!

 心中で叫び、芽衣は両手を頭上に掲げた。

 結界はおろか、肉体にわずかに展開している魔力強化による防御さえも消し去り、

ジンの名において願う。穏しき大いなる大地よ、我が手に集いて力となれ!」

 ありったけの魔力を両手に集める。

遍き大原、積もるは灰。我が呼び声が届くのならばしかと聞け。恐懼を与える者、それを回避するものはなく、ただ恭順のみ。尊きもの、それを覆い沈ませる籠こそ地の力!」

 叫びにも似たその詠唱。

 その声を聞きながら、恋は不敵に微笑み、

「いくわよ、ゲイルバンカー。……あの子に力の差を見せ付けてやるわ。――第二形態!」

Ok. My master. Galebunker standby.』

 膝の水晶が淡く発光、そして各部が展開を開始し光が生まれる。

 まるで軌跡を生むような強い一歩を踏み込み、跳んで、

「ゲイルバンカーッ!」

Strike of Benihas ready

 光が炎へと姿を変える。

 空中で身体を捻る恋の周囲を、まるで踊るように炎が舞う。

 真正面から打ち砕く。その自信を表すかのように、叫びとし……!

そしてその名を真に呼びし者はここにあり。其の力は絶対。いまこそここに、ジンに契り願うは墜落の鳴動 ……ッ!」

 芽衣の詠唱が完了する。

 かき集めるだけかき集めた、正真正銘芽衣の全力。集約した魔力が余波を撒き散らし地面に皹が走る。

 これに全ての想いを賭ける。その意思を込め、叫びとし……!

 

紅蓮の閃光矢(ストライク・オブ・ベニハス)――――――ッ!!」

「『墜落の地龍道(アークェリア・ゼロ)』――――――ッ!!」

 

 全てを巻き込む大地の放流と、全てを貫く烈火の弾丸が同時に放たれた。

 激突する。

 衝突の衝撃は暴風となり周囲の道や家を破壊していく。

 その中央でせめぎ合う二つの力。地と火。普通であれば勝負の見えているその激突はしかし、

「そんな……っ!?」

 押されている。

 明らかに、芽衣の超魔術が押されていた。

 自分の出し得る魔力全てを注ぎ込んだ超魔術が、迫る炎の弾丸に押し負けていた。

「そんなことって!?」

「ほ〜ら見なさい」

 炎の中心で恋が笑う。

「所詮、強くなろうとしないあんたの力はこの程度。兄を想うあんたの気持ちもその程度。だから有利な属性でありながら私にさえ勝てない」

 ハッ、と蔑むように息を吐き、

「残念ね。あなた弱いわよ」

 更に炎の勢いが増した。

 恋のゲイルバンカーから加速するように炎が噴出し、進撃してくる。

 止まらない。止められない。

 全力で超魔術の放出を続けている芽衣の身体は既に震え始め、右手を左手で押さえていなければ自分の魔術にさえ吹き飛ばされそうになる。

 魔力の消耗も激しい。気を抜いたらすぐに意識が落ちそうになる。

 ――あぁ、本当だ。わたし、弱いんだ。

 どこかボーっとしてきた頭の中で、そんなことを考える。

 恋の言葉は、正直胸に突き刺さった。

 確かに自分は、動こうとしていなかった。

 ただ陽平がシズクに連れ去られたことにうろたえ、どうして良いかわからず、そしてそんなときに攻めてきたカノンに苛立ちを覚えただけ。

 心の中にどこにも『助けに行こう』という考えはなかった。

 自分一人じゃ意味がない。自分一人じゃ助けられるはずがない。だってシズクだ。いまキーで一番問題視されているような国。一人でなんて無理に決まっている。

 それが現実。抗いようのないリアル。

 しかし、それを理由にして、言い訳にして何もしようとしなかった自分が正当化されるわけじゃない。

 動かなければ何も始まらない。そんなこと、当然のことだったのに。

 あぁ、悔しい。

 それを気付かなかった自分、それを気付かされた自分、納得してしまった自分、弱い自分。

 でも、何より悔しいのは……、そう。

「――なしは――しい」

「ん……?」

「言われっぱなしは、悔しいです……ッ!」

 春原芽衣は負けず嫌いである。

 兄が馬鹿だった分、冷静に周囲を見やり対処する性格になった芽衣。

 だがそれでも、やはり兄妹。根本部分は変わらない。

 ようするに、負けっぱなしは癪なのだ。

 認めよう。この相手が強くて、自分が弱くて。それら全てを。

 ……けれど、

「せめて一泡吹かせます!……それが、わたしの『意地』だからッ!! ぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああッ!!!」

 咆哮。既に枯渇している自らの魔力を、まるで絞り集めるように芽衣はその魔術に上乗せした。

 いけ、と強く願う。

 届け、と。少しでも良い。せめてほんの少しでもダメージを与えられなければ自分が許せない。

 そんな強い意志を乗せて、芽衣の超魔術の圧力と勢いが一気に上昇する。

「お……」

 するといままでずっと進んでいた恋が、

「おお……?」

 止まった。

 拮抗……否、芽衣の超魔術は更に勢いを増し、今度は逆に恋の一撃を押し戻していく。

「へー、なんだ、やればできるんじゃない」

 土と石と岩の乱れる魔術の中、炎渦巻く中心で恋は微笑み、しかし、と瞼を閉じそして見開いて、

「――こうじゃなきゃ面白くないッ!」

Are you interesting?

「最高よ! そしてこれを越えて、勝って、私は強くなる! そしてあの馬鹿兄貴を引きずり戻すための一歩にすんのよ!」

Should I help because it strengthens?

「ええ、あなたの手伝いは必要ね。……さぁゲイルバンカー。この土砂の嵐をぶち抜いて、勝利をもぎ取りに行くわよ!」

Acceleration.

 瞬間、炎の噴出が一気に増大した。

 まるで邪魔するものは何もかもを燃やし尽くすと言わんばかりに轟々と、けたたましく烈火の弾丸は土砂を食い破っていく。

 再び恋が押し始める。

 ゆっくりと、しかし徐々に速く。

「このぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 両者、全力に全力で応えるかのように吼え、

 

 決着は、着いた。

 

 あれだけ周囲へ迸っていた衝撃波が、止んでいた。

 藍は見る。

 その衝突を繰り広げていた二人の結果を。

「……」

「……」

 炎が舞っていた。

 芽衣の目の前。

 そこでゲイルバンカーを寸止めしている恋の姿があった。

 芽衣は手を前方に掲げたまま、しかし超魔術は既に消えており。しかし恋のゲイルバンカーには煌々と炎が灯っている。

 それが結果だ。

 勝者は、恋だった。

「……負け、ちゃった」

「そうね。私の勝ちね」

 でも、と恋は足を下ろし、

「あんた、最後の最後。良い目してたわよ。すっごく強い目」

「当然ですよ。だってわたし、強くなりますから」

「そう。ならあんたは私の同志になるわけね。私も強くなる。あの馬鹿なお兄様を連れ戻さないといけないし」

「……そっか。同じ目的があったんですね。だから、あんなに響いたんだ……言葉……」

 小さく笑い、そして芽衣の身体が崩れ落ちた。

 それを恋は支え、小さく微笑み、

「あ〜あ、柄にもなく説教だなんて。……私、なーんかババくさくなっちゃったかなぁ」

「そんなことありませんわ。恋ちゃんはお優しい人ですから、同じ境遇のこの子を見て、放っておけなかったんでしょう? 」

「……さぁね」

 ぷいっと照れ隠しのようにそっぽを向く恋と、それを見て楽しそうに笑う藍と。

 そして恋の腕に抱かれて、芽衣が満足そうな顔で眠っていた。

 

 

 

 あとがき

 はいはい、どーも神無月です。

 というわけで有紀寧やことみなんかにスポットを当てつつも、メインは恋VS芽衣でございました。

 ちょっとプロット段階と予定が変わっていたので、少し難産だったりしました。はい。

 まぁともかく、どうでしたでしょうかね。

 ちなみに恋は、現段階でカノン軍の中では一番所有神殺しと仲が良いというか信頼度が高い人間です。

 おそらく第三形態に一番近いのは彼女でしょう(神殺しの形態変形は神殺しとの信頼度によってできるようになっていくので)。

 今回はこの辺で。ではでは。

 

 

 

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