神魔戦記 第百十二章

                      「戦いの決意」

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁ!」

「おぉぉぉぉぉぉ!」

 裂帛の咆哮と同時、鉄同士の激突音が戦場を駆け巡った。

 一撃、二撃、三撃。耳に心地良くすらあるそのビートは更に早く、勢いを増すように速度を上げていく。

 杏と智代。

 元々はクラナドで肩を並べて敵と戦っていた二人がいま、数度目の激突を繰り広げていた。

「せい!」

「む……!」

 斜め上段からの振り下ろしを剣の腹で受け止め、押し返し、旋回してその勢いのままに横に薙ぐ。

 それをバックステップで回避した杏が、しかし再び踏み込んで智代に槌を振り抜く。

 妙だ、と智代は思う。

 智代は様子見のために本気を出してない。力を六割ほどに抑え、杏が仕掛けてくるであろう『何か』に対しすぐさま行動を取れるようにと五感を周囲に向けている。

 しかし、この剣戟は既に十合、二十合と続いている。そして何も起こらない。

 だから妙だと智代は思う。杏自身、単純な能力で勝てるなどとは思っていないはず。ならば……?

「ふん!」

「!」

 智代は一際強い一撃を放ち、杏を弾き飛ばした。

 様子見をしていても力は見せない、というのならそれはそれで構わない。こちらも何かをされるより先に、

「叩くだけだ!」

 智代が踏み込み、地面を蹴り上げ一瞬で杏の懐に入り込む。

 先程の一撃を受けたせいで杏の上体は反れており、故に脇ががら空きだった。杏の大黒庵・烈がいかに重量を持たぬと言っても迎撃に間に合う距離ではない。

 剣を横に振るえば、それで勝敗は着く。

 ――こんなものか?

 智代はむしろ疑心、という感情を浮かべ、

 ――こんなものなのか!?

 もしこれで終わりなら、という怒りにも似た感情で剣を振り抜いた。

 切り裂く。

 その剣は間違いなく杏の身体を二つに分断した。

 ……が、

「……!?」

 手応えが、ない。

 なんだ、という疑問を浮かべると同時、智代は歴戦の戦士としての直感でその場から跳び退いた。

 だが、わずかに遅い。

「はぁぁ!!」

 横合いからの強烈な一撃。剣でガードし、直接的なダメージこそ避けたものの、智代は勢いそのままに近くの民家に激しく吹っ飛ばされた。

「ぐ、ぅ……!?」

 壁が崩れ、減り込むように智代の身体が瓦礫に埋もれる。だがその頃には大黒庵・烈を振り上げた杏が跳躍していて、

「――倍になる――」

 聞き慣れぬ(まじな)いに、智代は意地で瓦礫を巻き込みながら横に跳んだ。

 次の瞬間、智代のいた場所に大黒庵・烈が振り下ろされ、

「!」

 家が、一撃で崩壊した。

「なんだ!?」

 急な動作の上に無理を強いた足が痛むことすら忘れ、智代は愕然とその光景を見た。

 別段、家一軒を破壊することに驚きはない。その程度の破壊力、智代だって簡単に扱える。

 だが、問題は威力じゃない。その威力を、どうしてあの藤林杏が叩き出せるのか、ということ。しかしそれは、結局一つの答えに集束する。

「……さっきの(まじな)いか」

「まぁ、そういうことよ」

 家一軒を叩き潰した大黒庵・烈をいつものように肩に担い、杏は不敵に笑う。

「あたしの呪具にはいま、新しい(まじな)いが両方合わせて三つ入ってる。いまのがそのうちの一つよ」

「『倍になる』、だったか?」

「そう。いまのは大黒庵・烈の重さを倍にして一気に振り下ろした結果。まぁ、重さを倍にしても所有者のあたしにとっては変わらないわけだけど?」

 それに、と杏は笑い、

「倍にできるのは何も重さだけじゃない」

 言って、更に巨大化した大黒庵を一気にこっちへ振り落としてきた。

 それを智代は後ろへ跳んでかわす。大黒庵・烈は智代ではなく地面を叩きつけ、

「――倍になる――」

「な!」

 瞬間、飛び散る破片の速度が(、、、、、、)倍になった。

 弾丸ほどではないので打ち払うことは可能だが、巻き上がった破片全ての速度が倍になるとなると話は別だ。

 量が多すぎて全て対処できない。しかも跳躍したばかりとなると体勢も不安定で、そのいくらかを肘や腿といった鎧のない部分に受けてしまう。

「っ……!」

「動きが止まってるわよ!」

 痛みで智代の動きがわずかにぶれたのを杏は見逃さない。一足飛びに近付き、

「舐めるな!!」

 だが智代は強引に足の魔力を強化して急制動、そのまま一気に身体を振り抜き、カウンター気味に杏へ剣を向けた。

 杏との相対速度により、それは回避不可能の一撃となる。これならば、と思う智代の耳に、

「――残像を生む――」

 また別の(まじな)いが聞こえてきた。

 すると先ほどと同じように、剣先は杏を貫いたが、やはり手応えは存在しなかった。

「残像……!?」

「そ。それがさっきの答えよ。……さて、ここで問題。残像はともかく、それじゃああたしはいま(、、、、、、)どこでしょう(、、、、、、)?」

 声は後ろから。慌てて振り向けばそこに杏の姿。だが、

「気配がない。二度も私が引っかかるものか……これも残像だな!」

 残像はあくまで残像、気配までは残せない。

 だから、というように更に右を見た。そこにもまた、杏の姿。そしてこちらには間違いなく気配はそこにある。

「そこだ!」

 と思った――が、その杏の姿が動かない。

 そう、まるで取り残された(、、、、、、)残像のように(、、、、、、)

 何故、と思った次の瞬間、いきなり横合いからの衝撃が智代を襲った。

「ッ!?」

 何が起きた、という疑念すら思い浮かぶ間もなく智代の身体は大きく吹っ飛ばされ、無残に地面を転がった。

「が……あ……!」

 いまの攻撃は左側からもろに受けた。防御もしていなければ受身すら取れていない。鎧なんて軽く破砕してる。

 左腕が動かない。肩か、腕か。ともかく骨折している。足はどうにか動きはするものの、動かすだけで激痛が智代を襲った。

 見れば、いままで動きを見せなかった杏の身体が霧散するように消えた。やはりそれは残像だったのだろう。

 だが、その同じ場所に再び杏が出現した。今度は大黒庵・烈を振り抜いた形で、だ。

 しかしこちらは本物。それを証明するように杏は大黒庵・烈を担いでこちらを見たからだ。

「わかった?」

 杏がゆっくり、ゆっくりと智代に近付いていく。

「これが三つ目の(まじな)いよ」

 取り出したるは小貫遁・瞬。それで大黒庵・烈を軽く小突き、

「――姿は見えなくなる――」

 すると、大黒庵・烈が消えた(、、、)

 それこそ、先ほどから智代が杏を捉えられなかった原因。

 残像を生む。姿は見えなくなる。

 この二つの(まじな)いを併用すれば、残像を残して杏は見つからないままに移動ができる。するとまるであたかも空間跳躍したかのような錯覚を相手に起こすことができる。

 とはいえどちらも欠点はある。

 残像を生む。

 こちらの(まじな)いはあくまで残像であって幻覚ではない。残像は杏が一度取ったポーズでなくてはならず、また一度残像として生み出したものを動かすことはできないし気配も残らない。

 姿は見えなくなる。

 この(まじな)いは純粋に効果はそれだけ、ということ。杏自身に(まじな)いはをかければ姿はもちろん消えるが、気配だけは消せない。

 だが、それも使い方次第だ。さっきのように、残像を生んでおきながらその場に姿を消して留まり、気配を感知させて残像を気付かなくさせる。

 そうすれば攻撃の(、、、)アクション(、、、、、)だけが見えず、そうして直撃することになるのだ。

「どう智代?」

 小さく笑って見せ、そして、

「これが――あたしの力よ!」

 不可視となった大黒庵・烈を一気に振り下ろした。

 いまの大黒庵・烈はどれだけの大きさなのか、それがわからない。だが智代は唇を噛み締めながらその見えない大黒庵・烈を睨み上げ、

「まだだ……! まだ終わりじゃない! おぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 大黒庵・烈が激突する直前、智代は全力で真横に跳んだ。

 その全力でさえいまの智代からすれば強烈な激痛を伴うものだが、智代はそれを意地と根性で押さえ込み、着地し、吼えるように杏を睨み、

「なるほどわかった、確かに杏、いまのお前は強い! だが……!」

 膝を着き、揺れる足を手で押さえながら立ち上がって、

「私とて、意地がある! 朋也を助けることを放棄してまで、貫かねばならん意地がッ!!」

「間違ってるとわかっていながらも通すのは意地でもなんでもないわ! それは単なる自己保全よ!」

「なんと言われても構わん! 私は……私は家族のために、国のために戦っているんだ!」

「そう。言葉じゃ平行線ね。なら――」

 武器を構える。両者そのまま睨み合い、

「「これで最後の一撃ッ!」」

 駆けた。

「いくわよ、智代!」

 杏の方が速い。五体満足な杏と足を怪我した智代では当たり前の結果だろう。

「――大きくなる――!」

 横に振りかぶり、更に大黒庵・烈を巨大化し、

「――倍になる――ッ!」

 重さを倍にして真横に薙いだ。

 直撃すれば骨折程度ですまないような一撃。走るので精一杯の智代は跳んでかわすことはできない。しかし、

雷光閃!」

 智代は雷を帯びた剣を地面に叩きつけ、その爆圧で強引に身体を上に持っていき回避した。

 それだけではない。智代は空中で『陣ノ剣』を一回転させていて、

我は結ぶ者

「!」

 円――魔法陣が天と地へ分かたれる。

地より来たれ漆黒の雷!」

 杏は知っている。

天より来たれ純白の雷!」

 これは智代の、最強攻撃……!

我が剣は陣。天と地を結ぶ世界にして全てを平に還す剣なり……!」

 天と地、それぞれの円から黒き雷と白き雷が放たれ、重なり、『陣ノ剣』に集束、巨大な白黒の刃が構築される。

 早い。

 だから杏はそれ以上踏み込まず、様子を見るように立ち止まり、

「わかるっているぞ、杏! 私に何度も同じ手が通用すると思うな!」

 だが智代の視線はそれよりずっと右に向いていた。

 視界にある杏の姿。そこに、気配がない。気配はずっと右……見えてはいないが、そこに杏がいる!

「逃がさん、この一撃で全てを終わらせる」

「ばれちゃあ仕方ないわね」

 智代の視線の先、観念したように杏の姿が現れた。

 しかし、その手に大黒庵・烈がない(、、、、、、、、)

「っ!?」

 どこだ、と智代が周囲を見やる。姿を消せるのだ。どこから飛んできてもおかしくない。そう警戒していると、

 ミシ、と。

 腹部に強烈な痛みが奔った。

「……え?」

 真正面(、、、)

 杏の手から伸びた大黒庵・烈が鎧を砕き腹に減り込んでいた。

「警戒しすぎ。残念ね〜、最初から大黒庵・烈はあたしの手元に(、、、、)あったのに(、、、、、)

 確かに大黒庵・烈の姿は消えていた。

 だが、別にどこに投げかわけでもなんでもない。ただ手元にあるのを消しただけだ。

 そう、それは言うなれば――フェイクと見せかけるためのフェイク。

「かはっ」

 血を吐き、『陣ノ剣』に集まっていた力が霧散していく。そして崩れ落ちるように智代は地面に墜落した。

 

 

 

「ほら、あたしの勝ちよ」

 その傍に杏が立ち、誇るように、高らかに言った。

 大の字になって倒れる智代は、そんな杏を苦笑混じりに見上げ、

「……まさか、本当にここまで圧倒的に負けるとは、な」

「そりゃあね。なんだかんだ言いながら、あんた仲間を殺すことを躊躇い、そしてこの戦いを迷ってたでしょ。

 あたしの知る智代からは動きも剣のキレも三割減ってところだったわ。はなから勝てると思ってる相手が弱かったら、そりゃあ圧倒もするわ」

「なかなかきついことをさらりと言う。……そういうところは相変わらずだな、杏」

「あたしはあたし。それ以外の何者でもないもの」

 それを聞いて、智代は心底脱力した。

 そう、その通りだ。そしてその当たり前のことに気付かなかった……こうして自分は負けたのだろう。

 完敗だ。

「決着はついた。そして……あなたのことだ、私を殺そうなんてしないのだろう?」

「当然。あんたには生きてやって欲しいことが山ほどあんのよ」

「そうか……」

 フッ、と薄く笑い、

「ならすぐ朋也を追うが良い。負けた私には、あいつの横に立つ権利はない」

「ば〜か」

 こつん、と大黒庵・烈でその頭を小突かれた。

「いた! な、なんだ!?」

「あたしだってそんな権利無いわ。あいつの横にいて良いのは……渚だけよ」

「杏……」

 智代の気遣うような声に、杏はただ小さく笑うのみ。そうして髪をさっと払い上げ、

「ま、それとは別に行かせてはもうらうけどね。……あぁ、そうそう。智代」

「なんだ?」

「あんたも適当に踏ん切りつけなさいよ」

「……どういうことだ?」

「世の中には、思いのほか良い男っているもんよ」

 その言葉に智代は目をパチクリさせて、

「……杏。お前、まさか――」

「ま、でも良い男の周囲に女が多いのは相変わらずで、大変そうだけどね〜。ま、負けるつもりはないけど」

 ウィンク一つ。それを見て、智代は心底思った。

 あぁ、なるほど。これは勝てないな、と。

 

 

 

 朋也と河南子はやって来る敵を蹴散らしてひたすら真っ直ぐに王城を目指していた。

 敵の数は、徐々に少なくなってきている。おそらく総軍の数が少なくなったことで、門近くにしか兵が配置できていなかったのだろう。

 だから中央に向かうにつれて敵が減っていく。

 ――このままならいけるか?

 槍を持って向かってくる兵を横によけ、カウンター気味に剣の柄尻を腹に叩き込みながら、思う。

「止まれ」

 ……だが、やっぱりそう簡単にはいかないらしい。

 前方、数十人の兵士を引き連れて立つ、見知った男の姿があった。それは、

「芳野さん……」

 しかし祐介の周囲にあの二人の姿がない。

「春原や勝平は……」

「シズクに連れて行かれたよ。俺はやっぱり落ちこぼれでも芳野の生まれなんだな。苦しくはあったが、なんとか持ったさ」

 自嘲気味に呟く祐介。そしてゆっくりと腰から剣を抜き放ち、

「それで、岡崎。聞くまでもないが、この先に行こうとするんだな、お前は?」

「はい」

「そうか。……なら戦うしかないな」

 視線が交錯する。互いに一歩も退かない、とその心中を瞳で示して。

「ねぇ、あたしがやろっか?」

 朋也の隣で河南子が小声で聞いてくる。しかし朋也は首を横に振って、

「いや、芳野さんは俺が戦う。……お前は周りの兵士たちを頼む」

「うーい」

 静寂を打ち破って最初に動いたのは軽く頷いた河南子だった。

 短剣を逆手に持ち、祐介には目もくれず後方の兵士たちの群れに突っ込んでいく。

 祐介が部下に命令を下そうとしたが、それよりも早く朋也が突っ込んできた。

「っ!」

 剣と剣が衝突する。

「芳野さん、あんたの相手は俺だ。……指示なんか出してる余裕はないぞ」

「ふん。大きな口を叩くじゃないか。――だが!」

 剣が弾かれる。祐介は肩で当身をくらわすように肉薄し、身体を接着して、

「だが俺にも戦う理由がある!」

 突きを繰り出す。身体が密着しているので速度は出ないが、命中率は格段に高くなる。

 だがそれでも朋也はステップで身体を強引に捻り回転の力で祐介の身体を振り払う。

「じゃあ聞かせてくれよ芳野さん。あんたの戦う理由ってなんだ」

「俺にはこの国に恩義がある! 芳野を勘当され、あてもなく彷徨っていた俺を拾ってくれたのは先代のクラナド王だった……」

 そして、と祐介は振り向きざまに剣をアッパー気味に振り上げ、

「俺はそのときからこの国に忠誠を誓ったんだ。そして、そのときから俺はこの国の一員になった!」

 だから、

「だから俺はこの国を混乱させる存在を許さない! 許してはいけない! 古河渚や、カノン全てだ! これからのこの国のためにも……」

 剣を打ちつけ、

「俺はお前を倒す! 岡崎ッ!」

 鍔迫り合い。剣越しに見える祐介の瞳は戦意に満ちていたが、朋也の目はむしろ冷めていた。

「そうか」

 そう呟き、

「……なら芳野さん。あんたじゃ俺には勝てねぇよ」

 朋也の眼光が、祐介を刺し貫いた。

 そのどこまでも真っ直ぐで迷いのない視線に祐介は気圧され、一歩を引いてしまった。

 そこに朋也の剣が振るわれる。

「あんたの意思は浅い」

 鉄が激突する高い音。

「救われた恩義? 混乱を防ぐため? これからのこの国のために?」

 朋也は小さく鼻で笑い、

「その程度の『重み』で――俺の『想い』が殺せるか!!」

 剣戟音が鳴り響く。だがそれは徐々に強く、また高くなっていき、

「あんたは過去に縛られ現状に流され未来の不安から目を背けてるだけだ! 自分を納得させるだけのただの飾りにすぎない! だが俺は違う!

 過去も現在も未来もない。どんな時間もひっくるめて――俺は自分と渚のために戦ってる! そのためなら命だって投げ出してやる!」

「ぐ……!」

 押される。押されていく。

 祐介は、朋也の気迫と斬撃の嵐に防戦一方になり、そして追い込まれ、

「俺は渚を愛してる! 渚を悲しませる奴がいれば必ず叩きのめし、渚を傷つけようとする奴がいれば必ず守り抜いてやる!

 俺には明確な意思がある! 絶対の目的がある! そんなあやふやな気持ちと想いで、俺の前に立つんじゃない!」

 一息。

「背負ってるもんのでかさが違うんだよ――――ッ!!」

 瞬間、一際強烈な激突音がこだまし――祐介の剣が半ばから折れた。

 折れた剣先が地面に突き刺さると同時、朋也が祐介の首に剣を押し当て、……小さく息を吸って一言、囁くように言った。

「……芳野さん、あんたの言ってることのほうが多分正しいんだろう。俺が言ってることは結局、我が身可愛さ、ってやつだ。

 自分と自分の大切な人さえ無事ならそれで良い。他のことなんて知ったこっちゃない。そういう暴論さ」

 でも、と朋也は剣を下ろし、

「全部、自分の目に映る全部を救い出そう、守り抜こうなんてできないんだ、俺には。……全部に手を回せば、その分一つ一つが疎かになる。

 それで自分の大切なものがなくなったとき、俺はすごく後悔する。そんなのは嫌なんだよ。格好悪いけど、それが現実で。

 俺はもう無力感を味わいたくはない。あんな想いはたくさんだ。だから俺は、これだけは離さないと大切なものだけを守り抜く。大事にする」

「……それが、お前の答えなんだな」

「器じゃないんだ、俺には。ヒーローなんて。だから悪役でも構わない。誰もが後ろ指差したって良い。それでも俺は渚だけを守ろう」

 そこで朋也は小さく苦笑し、

「……それに、全員を救い守ろうなんていうのは、やろうとして、そして出来る奴がすれば良いのさ」

「いるのか? そんな人間が」

「人間にはいない。……けど俺は、一人心当たりを知ってるよ」

 剣を鞘に収め、踵を返す。

「その馬鹿野郎と、当面の利害が一致してるなら仕方ない。かなり癪だが……その間は精々手伝ってやることにするさ」

 言い捨てるようにして、朋也は駆け出した。

「河南子!」

「とっくに終わってるわよ〜。もう良いの?」

「あぁ。もう話すことはない」

 もはや一瞥もくれず、ただ真っ直ぐに走り去っていく。

 その背中を見て、

「背負っているものの大きさ、か」

 祐介の部下たちも河南子に叩きのめされていたが、どうやら全員死んではいないことを確認する。大きな怪我さえしていない。一撃で意識だけ刈り取られていったのだろう。

「やれやれ……俺もお前たちも、まだまだ修行が足りないな」

 祐介は自嘲するように微笑むと、部下たちの意識が戻るのを待つためにゆっくりとその場に座り込んだ。

 

 

 

 あとがき

 というわけでどうも神無月でございます。

 まずは杏VS智代、そして朋也VS祐介でございました。

 まぁ杏と智代は別として、朋也と祐介では最初から朋也の方が剣の腕はあるんでこの短さも納得……して?(ぇ

 で、杏。パワーアップした呪具の効果、いかがでしたでしょうか。

 かなり応用性のあるものなので、これからの杏の戦略にもかなり幅が増えることでしょう。……まぁ予定では三大陸編だとあまり出番ないけど(ぁ

 さて、今回はこの辺で。

 ではまた。

 

 

 

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