神魔戦記 第百十一章

                     「決戦、クラナド」

 

 

 

 

 

 夜が、明けた。

 決戦の陽が昇る。

 それを、王城前に集結していたカノン軍の兵士たちが一斉に見上げた。

 そしてその先頭に立つ祐一もまたそれを仰ぎ、そして――振り返る。

「いよいよ決戦だ」

 皆は静かにその声を聞く。

「シズクの横槍なんかもあったが……ともかく、この大陸での戦争はどういう形であれこの戦いで終わるだろう」

 しかし、と祐一は告げる。

「負ける気はない。死ぬ気も持つな。この国のために命を捨てるなんて考えこそ捨てろ。

 俺たちはなんのために戦う? そう、生き抜くためだ。誰に邪魔されることなく、この地で、この国で、生きていきたいからだ」

 一歩を刻む。皆に少し近付くように更に一歩を踏み込み、

「ならば生き抜け。そして皆で帰ってこよう。この国に。俺たちの国に、だ。だから俺は宣言する」

 剣を抜いた。その切っ先を天に掲げれば、 日の出の光が反射し煌く。

 その光に誰もが注目した瞬間、祐一は万感の思いを込めて叫んだ。

「――勝つぞ!」

 オォォォォォォォォ!! と大地が震える。

 進軍の時は、来た。

 

 

 

「健闘を祈る」

「お互いにな」

 祐一と浩平が小さく拳を合わせ、カノンとワンの混合軍は南と東に分かれた。

 エアへ進軍する部隊はアゼナ連峰を大きく迂回するようにワン自治領へ向かい、城塞都市サディンを経由してエア王国へ侵攻。

 城砦グエインTを陥落させ、そのまま王都エアへと進軍するルートを取る。

 こちらの部隊の総指揮は祐一。

 そして美咲、あゆ、鈴菜、水菜、舞、佐祐理、ヘリオン、リディア、シャル、美凪、ミチルと魔術部隊がこちらの部隊に配属されている。

 その他に観鈴。またワンからは茜と四大部隊の折原隊と数百の兵が回された。

 対するクラナドへ向かう部隊は一度エフィランズまで南下、アストラス街道を経由して国境都市ラドスへ侵攻。そのまま王都を攻めるルートになる。

 こちらの部隊の総指揮はワン国王の浩平。

 そしてカノンは浩一、杏、留美、亜衣、亜沙、恋、藍と騎士団も。ワンは瑞佳と川名部隊がこちらに組み込まれている。

 また、今回は特別に有紀寧、そして自ら戦に志願した朋也、そしてそれのお守りと自称している河南子もいる。

 エア侵攻軍に比べておよそ六割といった戦力だが、現段階ではエアの方が脅威だ。これも仕方ない分配だろう。

 シズクの懸念もあるのでカノンやワンに残留する者たちもいる。

 カノンは美汐を指揮に置き、警戒態勢を敷いている。ルミエやリリスは渚の件で、また状態が安定していない名雪も今回は待機組となった。

 ワンには澪が残っている。いまだ本調子ではないようだが、普通の戦闘くらいならこなせると言う。とはいえ一人では心配なのでカノンから隆之と香里が派遣されていた。

 

 

 

「さて……」

 と呟いたのはクラナド侵攻部隊の総指揮となった浩平だ。彼は頭を掻きながら、隣を歩く瑞佳に聞く。

「多少誤差は出るだろうが、まぁ間違いなく先に戦闘に入るのはこっちだわな」

「そうだね。地理的に考えればほぼ間違いなく」

 アゼナ連峰がある以上、エア侵攻部隊は大きく東へ迂回しなければならない。しかも城塞都市グエインTまで陥落させねばならないのだ。

 対してこちらは、エフィランズまで来てしまえばあとはほぼ一直線。しかも国境都市ラドスの警備部隊や門扉は以前カノンが潜入したさいにシャルがことごとく破壊し尽している。おそらくここは素通りできるだろう。

 休憩時間を含めても、こちらの方が王都に辿り着くのが早いのは間違いない。

「連絡は密に、ってことだったが……そんな余裕あるかね」

「さぁ? それは相手の出方次第にもよると思うよ」

「ま、そういうことになるだろうな」

 無駄口もそこそこに、浩平たちは進軍する。

 エフィランズを経由し、アストラス街道に沿って移動し、国境都市ラドスに到着した。

 しかし、大方の予想通り警備部隊の崩壊したラドスでは戦闘は起こらなかった。

 ただ、意外だったのが都市の住民たちが避難していなかったことだ。というより、どうも避難命令すら出ていなかったらしい。

 こちらが到着したときの住民たちの慌て方もある意味納得である。ともかく、何もしなければ危害は加えないということを宣告、兵たちにも徹底させてここで休憩を挟んだ。

 そして再び進軍。

 本番はここからだ。

 祐一が休戦協定の書簡を渡した時点で、それを拒否したら決戦になるであろうことは承知済みのはず。

 王都では万全の大勢でこちらを待ち構えているだろう。

 攻める側は守る側の三倍の戦力がないと勝てない、というのが定説だが……いまのクラナドの戦力であればそれでも十分に勝ち目はある。

 だが油断は出来ない。下手な油断は敗北を呼ぶ。

 だからこそ、誰もほぼ何も言わず足を進める。軍靴が鳴り響いていく。

「……止まれ」

 そして、遂にその時が来た。

 浩平の号令のもと、全軍の動きが止まる。そこからはもうギリギリ目視で王都が見える距離だった。

 まだ人が見えるほどの距離ではないが、ここまで来れば気配探知の鋭い者なら気付いているだろう。

「さて、それじゃあ作戦通りに行くか」

 すると四人、部隊の中から前に出た。

 杏、亜沙、クリス……そして有紀寧だ。

「王妃さん、やっぱ説得……するのかい?」

「はい」

 迷わず頷く有紀寧に、浩平は仕方ないなぁ、と微笑。無駄だからやめておけ、と言わないのは浩平なりの優しさだろう。

「説得が上手くいけばそれに越したことはない。が、それに失敗すれば仕方ない、戦闘開始だ。

 そうなった場合、まずは王都に張られているだろう結界を破壊する。その後城門近くの敵を一掃し、全軍で突入する。……先陣は任せるぜ?」

 笑って言う浩平に、杏は胸を張って笑い返す。

「ええ、了解よ」

「ボクたちに任せておいて。それじゃ、行こうか」

「はい」

 亜沙、クリス、そして有紀寧と続き、四人は一気に疾駆した。

「先に行きます」

 言って、クリスの姿が消えた。影に潜り込んだのだろう。それを横目に杏と亜沙は後ろを見た。

「有紀寧……あんた、なんか運動でもしてた?」

「嗜む程度、ですけど剣術など。……ですからご心配なく。多少の魔力強化もできますから、それなりに走れます」

「へぇ。……それに、亜沙も魔術師のくせに随分と足速いわね?」

「あら、ボク魔術師だ、なんて言った覚えはないけど?」

 笑い合う三人の前、城門が徐々に大きくなっていく。そして、

「「「!」」」

 攻撃が来た。

 魔術と矢による波状攻撃。しかも矢には火薬が仕込まれていて、魔術もどちらかと言えば爆発するようなものが多くを占めている。

 まるで絨毯爆撃だ。

「っ!」

「待ってください、皆さん! どうか、わたしの言葉を……!」

「駄目! この爆音じゃ聞こえないよ!」

 亜沙の張った光の結界がそれらの攻撃を全部防いでいくが、轟く爆音が有紀寧の訴えを掻き消してしまう。

 かと言って、このままこうしていてはただの的だ。

 杏はゆっくり確認するように有紀寧を見た。どうするの? と無言で聞いてくる杏に、有紀寧は悔しそうに歯噛みして、

「……行ってください、杏さん!」

 言われるがまま、杏はその結界を傘とするように城門へ突き走った。

 門番らしき兵士たちが杏を遮らんと前に立つ。だが止まらない。即座に大きくした大黒庵・烈の一振りで兵士たちは薙ぎ払われていく。

 そして門扉に肉薄し、懐から小貫遁・瞬を取り出して、

「――守る物に意味はない――」

 ガシャァァァァン、と破砕音が周囲に轟いた。

 瞬間、城門の上にいた一人の兵士の影からクリスが出現し、

「はぁ!」

 その兵士を真一文字に切り裂いた。突然の出現に慌てる兵士たちが、次々とクリスに駆逐されていく。

 攻撃が止んだ。だから亜沙は結界を消し、攻撃に転じることにする。

「いくよ……」

 バチバチ、と魔力の余波がぶつかり合い弾ける音がした。

 何が起きているのか。不意に亜沙の魔力が跳ね上がったかと思ったら、肩くらいまでだった彼女の髪が、みるみる腰より下まで伸びていく。

 だが、これこそ本来の時雨亜沙の姿。

 いつもはとある理由から抑え込んでいる亜沙本来の魔力(、、、、、、、)の発現の証。

数多煌く星々よ。我が呼び声に答えよ。望むは四十字。夜を切り裂く閃光を、いまここに降らせん。光よ、在れ――!」

 紡がれる詠唱は通常のものとは大きく違う。

 つまりは――オリジナル魔術。

「二人とも! 大きいの行くよ!」

 クリスが影に消え、杏が身を投げるようにして門から跳び退いた。

 それを見計らい、亜沙は手を振り上げ、

「『星降る四十字(サザンクロス)』!」

 瞬間、雲が割れて上空から四つの巨大な光が大地に激突した。

「おおお!?」

 爆風に煽られ、離れていた杏でさえわずかに後ろに吹っ飛ばされる。

 杏は以前カノンに攻め入ったとき、さくらの超魔術で門が破壊されたのを見たが、これはそんなレベルじゃない。

 消失だ。

 光の振り落ちた場所には何も残ってはいなかった。まさに完璧なる消滅。光の熱量が強すぎて直射されたところは一瞬で蒸発していた。

 おお、とその光景を杏は唖然と見て、

「……あんた、すっごい魔術使えるのね」

「伊達に『双翼の碧天』なんて呼ばれてないもの〜」

 そう言って笑う亜沙からは、しかし先程までの強烈な魔力は霧散していた。髪も普通の長さに戻っている。

「あんたのそれって祐一の『覚醒』に似てるわよね。長時間は持たないの?」

「うん。まぁボクは魔族の血も流れてるけど身体としてはほとんど人間族だからね。あれはあっち側の力。あまり酷使してると身体が持たないんだよ」

「ふぅん。ってことは別に使ったからって祐一みたいにデメリットがあるわけはないのね」

「むしろ定期的に使わないと渚ちゃんみたいな感じになっちゃうの。昔、ボクもあんな感じで苦しんでたから。……それより」

 と亜沙は後ろを指差し、

「来たよ。皆が」

「みたいね」

 背後から進軍の足音が聞こえる。力強い、明確な意思を持った重低音の群れが。

「良い音だわ。皆力がある」

 けど、と杏は視線をずらした。

「……有紀寧」

「……あ、はい、なんでしょう?」

 手を握り締め俯いていた有紀寧の顔が上がる。悔しさに溢れたその表情、気持ちはわからないでもない……が、しかし、

「あんた、もう諦めてんの?」

「え……」

「あんたには、まだやってもらわなきゃ行けない仕事があるんだから、しゃきっとしなさい」

「わたしの、仕事……?」

 そうよ、と杏は前置きし、真っ直ぐに有紀寧を見て、言った。

「あんたは宮沢和人……国王のところに行きなさい」

「!」

「祐一や朋也の言葉が届かなくても……もしかしたらあんたの言葉なら届くかもしれない。違う?」

 有紀寧は、もう一度俯く。

「……わかりません。けれど――」

 しかし、すぐに顔を上げ、

「出来る限りのことは、したいです。そう思って、いまここに立っているんですから」

「上等よ」

 大きくした大黒庵・烈を肩に担い、杏は笑う。

「なら、あたしたちはあたしたちの仕事として、せいぜいあいつらに見せてやりましょう……。全種族共存国の強さってやつを」

「それで、この国を変えるんですね?」

 影から現れたクリスが言うが、杏は首を横に振った。

「変えるんじゃないわ。直すのよ。ね? 有紀寧」

「はい!」

 瞬間、カノンとワンの軍勢が目の前を通り過ぎていった。

 だから四人もその進軍に交ざり、走っていく。

「軍靴を鳴らせ! 面を上げろ! 胸を張り、示せ俺たちの意思と力をッ!!」

 先頭で、浩平が叫んだ。

「祐一の言葉を思い出せ! 俺たちの意思はなんだ!?」

「生き抜くこと!!」

 皆が答えた。

「俺たちの力はなんだ!?」

「安らぎ帰る場所があるということ!!」

 皆が応えた。

 ハッ、と浩平は笑い、

「良い返事だ! ……突っ込むぞ野郎どもッ! 俺に続けぇぇぇぇ!!」

 突撃する。消し飛んだ門を乗り越え、いままさに敵を叩き伏せるために。

 

 

 

「はは、は、はははははははははは!!!」

 その光景を、王城のテラスから和人は眺めていた。

 いる。

 奴がいる。

 その事実が、彼の心を上へ上へと持ち上げていた。

「これで全てが叶う! この私が、あの力を手に入れるときがきたぁぁぁ!!」

 哄笑し、嘲笑し、爆笑し、和人は歓喜する。

「さぁ、最後のパーティーといこうじゃないか……! カウントダウン付きの、結末の見えたパーティーだがなぁ!!」

 

 

 

 カノン・ワンの混合軍は王都に突入するや否や、扇状に散開し始めた。

 本来であれば王城目掛けて一直線に向かうところだが、それは敵も読んでいるはずだ。

 だからこそ敢えてこの戦法でその裏をかく。全方位に兵力を分散し、どこからであろうと王城へ向かえる手段を取る。

 その中で、朋也と杏、そして河南子はひたすら真っ直ぐに中央を突き進んでいた。

 向かう先はもちろん王城。だが、無論このルートが最も待ち構える敵が多いことは周知のこと。

 しかし、それでも動きは止まらない。カノン・ワンの兵士たちが朋也たちを行かせるように道を開け、導いてくれるからだ。

 だが、

「伏せて!」

 河南子の叫びと同時、朋也と杏は転がるように身を投げ出した。瞬間、そこに雷撃が迸った。

 それを河南子が短剣で弾き飛ばし、そして見た。

 正面。そこに立つ……坂上智代の姿を。

「……先輩」

「河南子、か。鷹文がいきなり離婚しただなんて言い出すからどういうことかと思ったら……なるほど、そういうことだったのか」

 それに、と智代は視線を下に向け、

「朋也に杏、か。……昔の仲間がこうして揃って敵に回ると、悲しくなってくるな」

「なら、こっちに来れば?」

 杏の言葉に、しかし智代は失笑する。

「そこで私が頷くと思うか、杏?」

「頷かないわね。あんた融通利かないし頑固だし」

「わかってるじゃないか。ならそういうことだ」

 剣を向ける。それこそが、答えだと言わんばかりに。

 そんな智代を見て、杏は嘆息。つくづく不器用な女ね、と思いながら一歩前に出て、

「朋也、河南子。悪いけど、ここはあたしに任せてもらいたいわ」

「杏!? だけど、お前じゃ――」

「あたしじゃ、何? 智代に勝てないって? それを言ったらいまの朋也の方がよっぽどあっさり負けそうよ」

「うっ……」

「でもあたしなら――」

「ええ、河南子なら勝てるかもしれない。でもあんたは坂上の関係者なんでしょ? 元であっても、そんな人に任せるなんてあたしが自分を許せない」

 だから、と大黒庵を構え、

「あたしが行く」

 押し黙る二人に、杏はつとめて明るい笑みを見せ、

「まぁ、でも安心しなさい。あたしは別に人柱になるつもりなんかさらさらないから。智代を負かして追いかける。……行きなさい」

「だが……」

「だけどもへちまもないの! 朋也、あんた昨日言ったじゃない。決着つけたいんでしょう!? なら行きなさいよ!」

 杏の恫喝に朋也は目を見開き……しかしすぐに頷いて、

「……負けんなよ」

「当然」

「行くぞ、河南子」

「……わかった」

 朋也と河南子が走り去る。それを追おうとする智代の前に、杏の身体が割り込んだ。

「あら、浮気は禁物よ?」

「杏……。わかっているはずだ。あなたじゃ私には勝てないと」

「あ〜ら言ってくれるじゃない。先輩を敬う気持ちは相変わらずなさそうね」

「あのときに言ったはずだ。敵になったあなたに使う敬語は無い、と。そして……敬いも、だ」

「そう。ま、良いわ。ならあたしが直々にその性根を叩き直してあげる」

「……杏、実力差を考えて物を言ったほうが良い。確かにあなたは頭が良い。だが、それだけじゃ埋められない差が私たちにはある」

 はっきりと言うわね、と内心で思いつつ苦笑。

 これも智代なりの配慮、なのだろう。敢えて実力の差を見せびらかすことで相手の心を挫かせる。無駄な戦闘はしたくない、と。……しかし、

「ご忠告どうも。でもね、智代。……これは何も朋也のためだけじゃないの」

「それは……どういう?」

「あたしはね、いまのカノンが好きなのよ。そしてその力になりたいと思ってる。だからこそ、あたしは負けられない。

 あなたにも、誰にも、そして何より……あたし自身に!」

 大黒庵を大きくし、その柄尻で地面を叩きながら、

「あたしは自分で自分の限界を見限ったりはしない! まだまだ戦えるということを――この戦いで証明する!」

 杏の意思、覇気。それは智代にも十分に伝わっただろう。しかし、

「これだけ言ってもまだ本気になれなさそうね?」

「……」

 智代と杏の実力は確かにかけ離れているし、杏の手の内はほとんど智代にばれてしまっている。

 なるほど。確かにどれだけ何を言おうと縮まるような差ではない。

 以前と同じなら(、、、、、、、)

「そう。なら――仕方ないわね」

 だが杏はクスリ、と。不敵な笑みを浮かべ、

「本気にさせてあげる」

「っ!?」

 後ろからの声(、、、、、、)に智代は咄嗟に前へ身を投げ出して強引に身体を捻った。

 瞬間、轟音と共に振り落ちる巨大な槌。

 間違いない。そこには大黒庵・烈を振り下ろした杏がいる。

「なっ――馬鹿な! 杏に私が視認できないほどのスピードがあるはず……いや、何かしたな!?」

「さ〜て。なんのことかしら?」

 小馬鹿にするように口元を吊り上げながら、杏はゆっくりと大黒庵・烈を肩に担ぎ直す。

「ともあれ。……これでわかったでしょう、智代? いままでのあたしと同じように見てると――痛い目見るわよ?」

 ゾクリ、と智代の背筋に悪寒が走る。

 いままでの杏、とは違う。物言えぬ恐怖が智代の身に襲い掛かる。

 そんな智代に杏は大黒庵・烈を突きつけ、

「さぁ、本気で来なさい智代。――本気のあなたを叩き潰してあげるから」

 

 

 

 左側方向に進んだ混合部隊は敵と正面から激突していた。

 どうも王都の後ろで警戒に当たっていた兵が全部こっち側に回ってきたようで、戦況はほぼ互角と言える状況となっていた。

 だがその中で、突出してクラナド兵を撃退している少女たちがいる。

「どきなさい! どかないと火傷どころじゃすまないわよ〜!」

 神殺しの第九番・魔装『ゲイルバンカー』を足にはめ、炎を纏い敵の一団を崩壊させていく恋と、

「お下がりくださいな。わたくしたちの前に立ち塞がらなければ、攻撃はいたしませんわ」

 永遠神剣『第六位・優雅』を華麗に振り回し、風で敵の集団を薙ぎ払っていく藍の二人だ。

 その二人が敵の集団を突き崩し、そこが穴となってクラナド軍の陣形が崩れていく。

 ――こんなところで負けてなんかいられるもんですか!

 そう、恋には負けられない理由がある。

 それは個人としても、またカノンとしてもだ。

 比良坂初音の言っていたように、カノンは確かに苛烈な戦いに巻き込まれている。

 だがこの程度の戦いで音を上げていては、この先『あの時』のような戦いを乗り切れない。だからここで自分は強くならなくては。

 そしてカノンに負けてももらうのも困る。

 いまここは例の『秩序』の件を調べている。大輔の情報が手に入るかもしれないこの国を潰されるわけにはいかない。

 至極個人的な理由だ、というのは百も承知。祐一たちのような大義名分があるわけじゃない。

 しかし、だからこそ恋は貪欲に、がむしゃらに力を望める。

 ――この戦いも勝ち抜いて見せる。私には、れっきとした目的があるんだから!

 だから、と恋は気合を込めて言い放つ。

「このままぶち抜くわよ!」

 敵の兵を蹴り飛ばし、恋が先頭切って前へ押し進もうとする。しかし、そこに藍の声が届く。

「恋ちゃん!」

「!?」

 反射的に恋は真上に跳躍。

 すると次の瞬間、恋が立っていたところの地面が隆起し、叩き潰すように両面から激突していた。

「魔術!?」

「恋ちゃん、前ですわ!」

 前方、そこに魔術を使ったと思われる少女がいた。

 春原芽衣だ。

 周囲に数人の剣士を率いて、しかし何故かいまにも泣きそうな目でこちらを見上げていた。

「どうして……どうしてこんなときに襲ってくるんですか!?」

 芽衣が魔術で形成した岩を投げながら、

「いま、わたしたちが戦ってる場合じゃないはずです! シズクに皆連れて行かれたって言うのに……!」

 その一言で恋は一つの事実に気がついた。

 クラナドの兵士たちは知らないのだ。あのことを。

「それは違うわね。私たちは休戦協定を申し出たわ。それを蹴ったのはあんたたちの王の方よ!」

「え……」

 飛来する岩を蹴り砕く。その上で、

「つまりこの戦いは、クラナドの招いた結果ってこと」

 恋は言う。

「戦う気がないのなら、下がって! 私たちだって無駄な戦いはしたくないの!」

 その言葉に対し、芽衣は迷いこそあるようだが大きく、まるで自分を信じ込ませるように首を振り、

「信じられるもんか! 敵の言うことなんて……!」

「そう」

 なら仕方ない、と呟いて、

「退かないなら……容赦はしないわ! 私には意思があるんだから!」

 恋は大気を蹴り、一気に急降下を開始した。

 

 

 

 右側は、左側や正面に比べて敵の数が少なかった。

 これは後方にいたクラナドの部隊が全て左側から前面に向かった結果だが、これは運が良かった。

 右側を行く部隊の先頭には浩平を初め、瑞佳や川名部隊などのワン勢と、そして何より有紀寧が走っていたのだから。

「大丈夫か王妃さん!?」

「あ、は、はい大丈夫です……!」

 浩平の言葉に、どうにかといった調子で有紀寧が答える。

 まぁそれも無理はない。途中戦闘で立ち止ったりはするものの、全力で走る戦士たちを追走しているのだ。むしろ着いてきているだけたいしたものだろう。

「戦況を考えれば、こっち側が一番敵の層が薄い。一番早く辿り着けるかもな……後続は!?」

「羽山さんや亜衣ちゃんが続いてる! 大丈夫、挟撃の可能性もないよ!」

 瑞佳の返事に、よし、と浩平は頷く。

 やはりクラナドの戦力は激減している。それは正面激突でありながらこちらが押している、という事実が如実に物語っていた。

「このまま一気に行けるかな?」

「う〜ん。それはどうかなぁ」

 そんな瑞佳の疑問に答えたのは、浩平ではなくみさきだった。

「なーんか前から強そうな気配を感じるけど」

 みさきの緊張感という物がない言葉に、しかし誰もが動きを止めた。

 このメンバーの中で一番気配探知に敏感なのは目の見えないみさきだからだ。

 そして皆が見る先、そこに二人組みの少女がいた。

「残念だけど、通行止めよ」

「ここから先は行かせません」

 特務部隊を率いた杉坂葵、そして仁科理絵だ。

 だが、そんな二人の言葉を無視して突き進む影一つ。。

 みさきだ。

「えい」

「っ!?」

 気合もへったくれもない一撃を咄嗟に理絵の前に出た葵が受け止める。が、

ライト・エクスプロージョン

「――!?」

 閃光が煌き、半瞬遅れて爆音が炸裂した。

 みさきは爆風を利用して大きく後ろに跳び、そのまま浩平の隣に着地する。

 そんなみさきを浩平は半目で見つめ、

「……みさき先輩は相変わらずえげつないなぁ。何を言う前に速攻で攻撃とは」

「えー、だってこれ戦いだよ? 明確な敵意を持っている相手に悠長にお話なんて、ねぇ?」

 笑い、しかし、すぐにみさきは表情を引き締めて、

「……でも、そう簡単にやられてくれる相手じゃないみたい」

 巻き上がった土埃が晴れる先……結界の中で無傷のままの葵の姿があった。

 無論、その結界は葵の張ったものではない。後ろに控えた結界師、理絵が展開したものだ。

「なるほど。もう一人の女の子は結界師なんだね。面倒だなぁ」

「なら俺が加勢するか。他の皆は先に行くことにして――」

 う〜ん、と唸るみさきに、浩平が加わろうとする。浩平の能力であれば高密度の結界でなければ素通りできるからだ。

 しかし、そんな浩平の前に瑞佳が出た。

「ううん。ここはわたしに任せてよ」

 その行動に浩平はわずかに目を瞬かせ、

「お前が個人戦で出るなんて珍しいな」

「もう、聞いてなかったの? 前、深山先輩がカノンと一緒にクラナドに潜入したときに二十重クラスの結界を使える結界師がいた、って言ってたこと」

「あ……」

「それ、多分あの子だよ。浩平、さすがに十重以上の結界は通れないでしょ?」

「試したことないからわからんが、多分」

「でしょ? だから浩平たちは先に行ってよ。ここはわたしとみさき先輩に任せて」

 浩平は考え込むが、それも一瞬。そして頷き、

「わかった。ここは二人に任せる。行くぞ、王妃さま、クリス」

 二人を置いて浩平たちが王城へ向かう。そうはさせまいと理絵たちが動くが、

「残念だけど、通行止め〜」

「ここから先は行かせないんだよ」

 悪戯っぽく笑いながらみさきと瑞佳がその進路を阻んだ。

 それは、先程理絵たちが言った台詞。それを皮肉るように言って、みさきが一対の剣を構えた。

「それじゃあ、私はあの剣士が相手で良いのかな?」

「お願いします」

「うん、りょーかい。瑞佳ちゃんに任せれば安心だね」

 言って、みさきは葵に向かって真っ直ぐに駆けた。葵と激突し、剣戟が鳴り響く。

 だが理絵はその援護に回れない。この正面に立つ少女に、得体の知れない悪寒を覚えたからだ。

「わたしは長森瑞佳。ねぇ、あなたの名前は?」

 唐突に自己紹介。なんなんだ、とも思うが育ちの良い理絵はほぼ反射的に名乗り返す。

「……仁科理絵、です」

「そっか。うん、良い名前だね。それに、とっても素直な人」

 でも、と瑞佳は笑みを携えたまま、

「ごめんね。もうわたしの勝ちだよ」

 勝利宣言をした。

 

 

 

「さぁ」

 和人は言う。

「さぁ、来い!」

 更に言う。

「もっと見ろ! もっと戦え!」

 笑うように、

「そうしてこそ、お前の力はより昇華される……!」

 踊るように、

「そして」

 歌うように、

「そして、お前の全ては私のものになる!!」

 高らかに、吠えた。

 

 

 

 あとがき

 はい、どうも神無月です。

 というわけでクラナドとの決戦から始まりますよ〜。

 うーん……特に言うことはないかなぁ。

 あ、そうそう。絶対突っ込みくると思うので先制で言っておきますが、瑞佳の能力は決してデス○ートではありませんのであしからずw 

 あとは……そうだなぁ。クラナドとの決戦は百十七章で終了。エアとの決戦は百十八章から、になります。

 エアとのバトルを楽しみにされていた方。すいません、どう考えても来月以降です(ぁ

 ってな感じで。ではまた。

 

 

 

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