神魔戦記 第百九章

                    「苦境を好機と変えて」

 

 

 

 

 

 ワン国境線上での戦いから二日。

 カノン王国はあれからずっと、シズクに奪われた戦力の事後処理に追われていた。

 詳しい数値の把握、また残った兵士たちに後遺症などがないかの確認などなど、やることは山ほどあった。

 が、それもようやく一段落したということで、報告とこれからの事を話し合うため祐一たちは会議室に集まっていた。

 また、ワンからは浩平と茜が代表としてこの会議に参加している。

「それじゃあ、会議を始めよう」

 それらを等分に見渡して、祐一は言った。

「まず、久瀬。こちらの損害はどれくらいだった?」

「はっ。およそ全兵力の半数です。主要メンバーでは美坂栞、緋皇宮神耶、斉藤時谷、倉田一弥、沢渡真琴の五名になります」

 香里、佐祐理の顔がわずかにこわばる。自分の妹や弟がシズクに連れて行かれたのだ。無理もない。

 むしろそれでもこうして冷静でいられることは凄いことだろう。

「残存兵たちに後遺症などはなさそうか?」

「はい。倉木鈴菜やリディア=ノイリッシュ、その他数十名の兵が頭痛を訴えていましたが、いまは落ち着いて治療室で寝ています」

「そうか。とりあえず後遺症の心配はなさそうだな……」

 ふぅ、と安堵の息を吐く。これで後遺症まで残ったら戦力は七割、いや八割減にはなっていただろう。

 不幸中の幸い……と言って良いものかどうか正直微妙だが、まぁ最悪の状態は免れた。

「うちはこんなもんだが、ワンはどうだ?」

 横を見ればデスクに肘をつき手に顎を乗せて疲れ果てたような浩平。自分で言うのも億劫なのか茜に対し軽く手を振るだけ。

 それを合図として茜が立ち上がり、ワン側の状況を報告する。

「ワンもまた全戦力のおよそ半数をこの戦いで失いました。とはいえ、うちはもともと兵の数が少ないので被害人数にしたらたいしたことはないです」

「部隊長とかは大丈夫なのか?」

「……いえ、清水なつきと椎名繭はシズクに。また四大部隊ではありませんが、深山雪見もシズクに連れて行かれました」

「そうか。雪見もか……」

「ワンは個人戦力に頼っていた部分がありますから、彼女たちの穴は相当なものです。民にも随分と不安が広がっています」

「だろうな。それはうちも同じことだ……」

「それで、このタイミングというのが少々不本意なことなのですが――これを」

 茜が差し出してきた書類。それは、

「同盟の調印書、か」

 ワン国内でもこの戦力低下に焦りが生じ、カノンとの早期同盟を望む声が上がっているのだという。

 祐一としても望んでいたことだが、素直に喜べはしなかった。

「シズクという脅威がある以上、民の不安は拭えないでしょう。ですが、だからこそここでその不安を少しでも補わなければ……」

「士気にも影響が出る、か。確かにここで同盟を表明すれば多少は不安も取り除けるだろうな。浩平もこれで良いのか?」

 祐一の言葉に、しかし浩平は反応しない。ボーっとしたまま虚空を眺めるのみ。

 どうしたものか、と祐一が悩んでいると、

「すいません」

 何故か茜が謝り浩平の前に出て、顎を乗っけている手を引っ張った。

 ガン!! と強烈な音。完全に心ここにあらずだった浩平の顔は支えを無くし、無論マナ連結の解除もできず豪快にデスクに叩き付けられた。

「っっっ……!? な、なぁにしやがる茜ぇぇぇ!!」

「仮にも一国の王ともあろう方が会議中に何ボーっとしているんですか。しゃきっとしてください。浩平はワンの顔も同然なんですから」

「あのなぁ、俺は昨日まで頭痛にうなされてたんだぞ。それを強引に引っ張られてきてだなぁ……」

「当然です。浩平は王なんですから。それより早く、カノン王に返答を」

「は? あー、すまん聞いてなかった。なんだっけ――って痛ぇ痛ぇ! 耳を引っ張るな!」

「あなたはもう少し……いえ、大分王としての自覚を持っていただかないといけませんね」

「……まぁ、あれだ。浩平もそうだが茜も少し落ち着け。皆困惑しているぞ」

「「あ」」

 祐一の言葉で会議室にいる皆の視線を一気に集めていることに気付いた二人は動きを止め、パッと離れた。

 浩平はやれやれと頭を掻き、茜はやや頬を赤くしながらコホンとわざとらしく咳をして腰を下ろした。

 そんな光景に思わず苦笑。きっとワンではこれが日常茶飯事なんだろう。それは、ある意味とても楽しそうだ。

「あー、で? 悪いがもう一回言ってくれると助かる」

「あぁ。同盟の件だ。お前はこのタイミングで良いのか?」

「まぁ仕方ないだろう。同盟の目的がちょいと変わっちまってるのは否めないが、どうせやるなら有効だとわかっているタイミングでカードを切りたい」

「なるほど。そういうことならこちらも言い分はない。もともと同盟はこちらの希望でもあったしな」

 告げて、祐一はペンを取ると調印書に王として名前を書き、国紋の刻まれた判子をその横に押して茜に返した。

 それをざっと見通し茜は頷いて、

「はい、結構です。現時刻を持ってカノン王国とワン自治領は同盟国となりました。以後もどうぞ、よろしくお願いいたします」

「あぁ、こちらこそな」

 さーて、と茜の座る横で浩平が椅子を反らせて背中を伸ばしながら、

「問題はこれから……だなぁ。どうすっか」

「これから、か。そのことなんだが、俺に一つ提案がある」

 お? とこちらを見る浩平に、祐一もまた視線を向け、

「カノンとワン、連名でエアとクラナドに休戦協定を申し込む」

 その言葉に、場の雰囲気が一気に驚きに凍りついた。

 その中でいち早く我に返った浩平が椅子を元に戻しながら、

「おいおい。正気か? いや、休戦できるならそれに越したことはないが、あいつらが俺たちの要求を飲むとは思えないぞ」

「それならそれで構わない。本当に皮肉なことだが……、どの道この状況、俺たちに有利なのは間違いない」

 どういうことだ、という皆の視線に対し祐一は軽く腕を組みながら、

「現状、シズクの件で受けたダメージはうちやワンよりむしろエアやクラナドの方が多いだろう。

 なんせ向こうはこちらと違い質より量。しかも月島拓也の出現地点があっちに近かったこともある。

 それら二点を踏まえれば、大多数がシズクに持っていかれている可能性が高い。

 とすれば、だ。ほぼ数が変わらないという状況の場合、エア・クラナドとカノン・ワン。……勝つのはどっちだ?」

「なるほど。確かにその道理なら有利なのはうちだな」

「そう。これを考慮に入れての休戦協定であればあの二国でも飲むかもしれない。仮に要求を突っぱねられても――」

「勝ちの見込みは高い、か」

「そういうことだ」

 エア・クラナドの戦力がどの程度シズクに連れ去られたか詳しい数はわからないが、戦場で見た感じでさえ多くの兵士が精神支配されていた。

 それを抜きにしたってカノンやワンとの戦いで多くの兵力を損耗している。読みが正しければ、現段階の兵力は四国ともそれほど差はない。

 本当ならすぐにでも連れ去られた連中を取り返しにシズクに向かいたいところだが、まず目の前のことを処理しなければ話にならない。

 だからこそ、祐一はこの手を使う。

「使者を送り、三日以内に返事を出すように言おう。その返事如何で、俺たちの行動は変わる」

「三日というのは、どちらになるにしろすぐに対処できるようにするための準備期間、ですか」

「さすがは茜。話が早くて助かる。……どうだ浩平? この案」

 浩平は笑いながら軽く頷き、

「良いんじゃないか? 本当ならキー大陸でやり合っている場合じゃないんだし」

「なら、この手で行こう。実はもう休戦協定の旨を書にしてある。あとはワン王の直筆のサインと判子だけ、という状況だ」

 そう言って祐一は胸から二通の書簡を取り出した。おぉ、と浩平は呻き、

「お前、用意良いな。つーか最初からこっちが同盟の話しするの読んでたな?」

「いや、その話が来なかったらこっちから振っていたさ。いまは一分一秒でも時間は惜しいからな。詰められるところは詰めておくべきだ」

 手渡しながら言う祐一に、浩平は頷きながらペンを取った。

「あの、ちょっと良いかな?」

 浩平が名前を記入している間に、挙手と共にそんな声が響いた。その主は、

「あゆか。どうした」

「祐一くん。お願いがあるんだ」

「なんだ?」

「……エアにその書簡を持っていく使者なんだけど、ボクにやらせて欲しいんだ」

 その言葉に会議室がざわついた。

 だが、祐一だけは表情を変えず、ただ真っ直ぐにあゆを見据えている。

「本気、なんだな?」

「ボクは、ボクのできることをしたいんだ。……お願い」

 両者は数秒見つめあい……やがて根負けしたように祐一は息を吐いた。

「わかった。エアへの使者はあゆとする」

「……ありがと、祐一くん」

「わかってると思うが、気をつけろよ? 一応敵国なんだからな」

「うん、大丈夫。ボク逃げ足は速いから」

 そうだったな、と祐一は昔を思い出し苦笑。そういえばあゆは昔、菓子を食い逃げしたことがあったな、と思いつつ、だからこそ考えるのは、

 ――エア、か。

 故郷の国。生まれの国。

 あゆや観鈴、神奈や二葉と育った国。

 だからこそあゆが使者を望んだ国。

 この休戦協定を、神奈はどう判断しどういう決断を採るだろうか。わからない。わからないが、

「――それで、俺たちの行く末が決まる」

 それは間違いのない、事実だった。

 

 

 

 エアの混乱はカノンやワン、クラナドより一層激しいものだった。

 無理もないこと、なのかもしれない。

 いまのいままでシズクに支配されたこともなく、されるはずなとないと思い込んでいたのに、ごっそりと戦力を連れ去られてしまったのだから。

「我が軍の戦力は八割減、というところです。加えて霧島聖様、神尾晴子様が抜けたことで兵たちにも動揺が走っており……」

「皆まで言わずとも良い、裏葉」

「はい」

 ふぅ、と嘆息し、エア女王の神尾神奈は背もたれにゆっくりと身体を預けた。

「やはり、余も出て行くべきであったな」

「申し訳ありません」

「何故裏葉が謝る」

「……神奈さまをここに引き止めたのは私たちでございますから」

 裏葉の言うとおり、神奈の出陣を抑えたのは各部隊長たちだった。

 というのも、王家の利権を狙った大臣連中の動きが活発になっているいま、神奈が城を空けることは得策ではない、と裏葉が判断したからだ。

 裏葉は部隊長のなかで参謀的な役割を担っている。聖が戦場などの表で活躍する陣頭指揮者であれば、裏葉は裏方の指揮者と言えるだろう。

 神奈は女王。つまり女だ。観鈴がいなくなったいま、王位継承権を持つ者は一人もいない(二葉は特殊な理由で王位継承権を持たない)。

 だから仮にここで神奈が戦死でもすれば、王家は崩壊。大臣連中がこぞって王位を手に入れようとし始めるだろう。

 そんなことにさせてはならない。裏葉は神奈を守るために生きてきたのだ。だからこそ、裏葉は皆で神奈の出陣を反対した。

 ……が、結果的にはこれが裏目に出た。

 神奈は間違いなくこのエアにおける最大戦力。シズクとの一件も、神奈がいればどうにか対処できたかもしれない。

 大臣連中もこのことについて各隊長を責め始めている。責任問題に問う、という話まで出てきているほどだ。

 もしこれで隊長格が全員その権利を剥奪され、大臣の息の掛かった者たちが就任したらどうなるか。

 そうなってしまったら、もう神奈を守る存在がいなくなる。完璧に孤立してしまう。

 だからこれは自分のミスだ、と裏葉は思う。だからこそ申し訳なく思う。

 しかし、その神奈はなんでもないことのようにさらりと言った。

「気にするでない裏葉。誰に何を言われようと最終的に判断をしたのは余じゃ。誰も悪くなどないわ」

「……神奈さま」

「一番上に立つ、というのはそういうことであろう? 誰のせいにするわけにいかんのじゃ。余は女王だからな」

 強くなられた、と裏葉は嬉しく思い、同時に悲しくも思った。

 その強さは、必要に迫られたからこそ得た強さ。つまり神奈の過去は悲しみに満ち溢れている。

 神奈が好きだからこそ、裏葉はその事実が悲しい。そして、だからこそ裏葉はこれ以上神奈に悲しみを味あわせたくない。

 そんな思いを知ってか知らずか、神奈は手元にある書類に目を通しながら呟いた。

「それより、問題はこれからどうするか、だのう。全兵力の二割でいったい何が出来るか……」

「少し休憩をされたらいかがですか? あまり根を詰めてはお体に障ります」

「余はそこまで弛んでおらん。大丈夫、この程度どうということはない」

 神奈さま、と心配気に裏葉が呟いたのと同時、神奈の私室に軽くドアを打つ音が聞こえた。

「何用じゃ?」

 神奈は最初から誰かが近付いてきていることを知っていたのだろう。顔色一つ変えず書類から視線を上げ、問う。

 しかし、その兵が言った言葉は裏葉の想像を超えたものだった。

『はっ……それが、その……カノンから使者がやって来られました』

 思わず裏葉は神奈を見た。しかし、

「え?」

 神奈は、驚きもせず……それどころか無表情のままに、立ち上がって言った。

「謁見の間に通せ。余も行く」

『はっ』

「行くぞ裏葉」

「あ、はい」

 そうして歩いていく神奈の背中は、裏葉にはどこか物悲しいものに見えた。

 

 

 

 神奈は思わず動きを止めた。

 謁見の間、その正面には既に一人の少女が跪いていた。

 服の肩口にはカノンの紋章が刻まれているが、背中から見せる純白の翼は間違いなく神族のもの。

 祐一であれば、このタイミングで使者を送ってくること自体に違和感はない。むしろ予想もしていた。

 だが、まさかこの人物を送ってくるとは思わなかった。それは懐かしすぎる気配。間違いない、そのカノンの使者は――、

「あ――!?」

お初にお目(、、、、、)にかかります(、、、、、、)、神尾神奈女王陛下」

 あゆ、と名を口走りそうになった先、まるでこちらの言葉を打ち消すようなタイミングでその言葉が放たれた。

 その言葉の意味。重さを汲み取り、神奈は口を閉ざして椅子に腰を下ろした。

 あゆは『初めて会った』と口にした。

 つまり、それがあゆなりの覚悟。神奈の友人としてではなく――敵国カノンの使者として、彼女はこうして相対している。

 だから、神奈もそれに従った。

「……よくぞ参った。主の名は?」

「月宮あゆ、と」

「そうか。では月宮あゆ。敵国であるこのエアに、何用で参った?」

「カノン国相沢祐一王、並びにワン自治領折原浩平王の連名にて休戦協定を申し込みに」

 瞬間、謁見の間がざわついた。

「静まれい!」

 神奈の一括でまた静けさを取り戻すも、居合わせた大臣や兵たちの困惑がなくなったわけではない。

「これを」

 あゆが差し出す書簡。神奈は目だけで裏葉に取りに行くように命じる。

「頂戴いたします」

 裏葉がそれを丁重に受け取り、再び戻ってきた。そして神奈が受け取り、その書簡に目を通していく。

「……なるほど確かに二国の王の連名。そうか、同盟を組んだのだな」

「現在我々はシズクという共通の敵がいる状態。キー大陸で争っている時ではありません」

 淡々と告げるあゆ。使い慣れぬ敬語だろうに、しかしそうは感じさせない重みと厳かさがそこにはあった。

「これが……カノンとワンが考えた道、か」

「はい」

 そこまでずっと下を向いていたあゆの表情が上がる。

 初めて正面から交わされる視線。

 その瞳の奥に隠されし想いを互いに見抜こうとばかりに見つめ合い、

「神奈女王陛下。真に民を思うのであれば、いまはどうかこの協定を受け入れていただく思います」

 礼をするではなく、あゆは真っ直ぐ神奈を見るままに言った。

『神奈ちゃん、お願い。ボクたちには、共存の道だってあるんだよ。苦しいいまだからこそ、手を取り合うべきなんだよ!』

 言葉の裏に隠された、本当のあゆの言葉。

 共にいた時間はたとえ僅かであろうとも、友を想う気持ちは変わらない。神奈もあゆの言いたいことは十分に理解した。

 だから神奈は考え込むように目を瞑り、小さく息を吐いて、頷き、そして瞼を開いて、

「――残念だが、この案は受け入れられぬ」

「!?」

 はっきりと、切り捨てた。

 どうして、と叫びたくなるのをあゆは必死に抑え、しかし視線だけはその真意を問うように前を向く。

 そんなあゆの気持ちに答えるように、神奈はゆっくりと言葉を紡いだ。

「確かに、シズクは我らキー大陸のどの国にとっても共通の敵であろう。……しかし、敵の敵は味方、とそう簡単にはいくまい。

 戦の始まりがどうあれ、我が国にはお主らの国に殺された者がおり、またその家族がいて、そしてその逆もまた然りじゃ。

 そのような状況で、共通の敵が現れたからいまは止めよう。まずはあちらを共に倒そう、などと。そのようなこと果たして民が納得しようか」

「ですが、女王陛下……!」

「わかっておる。ここでこの提案を受けねばまた多くの血が流れるということ。そしてシズクに付け入る隙を再び与えることも。

 ……だが、この禍根はその程度で終わるものではないのじゃ。そのような不安を抱いて隣に立つ? ……不可能よの。

 だからこそ、この提案は受け入れられぬ。所詮我らは敵国同士。戦うことでしか答えを見つけられぬ」

 神奈は言う。

『余が言うだけでは駄目なのじゃ。民を納得させるにしても戦いは避けて通れぬ道。

 その我を通したければ、力を示せ。神族の見下しを根底から打ち消すような力を持って我らを下し、捻じ伏せてみよ』

 やはり言葉に隠された真の意味。神奈とあゆの間でしかわからない本当の言葉。

 あゆは俯いた。神奈の想い。女王としての言葉。どれもが想像以上に重すぎて、だからこそこれ以上食らいつくことはできなかった。

 ――神奈ちゃんは、強いね。

「……わかりました。女王陛下の言葉、一言一句漏らさずお伝えします」

「うむ。遠いところ、ご苦労であった。……主も兵として戦場に立つのか?」

「はい」

「そうか。では次に会うときは戦場かもしれんな」

「……はい」

「そのような相手にこんなことを言うのもなんだが……道中気をつけての」

「……お心遣い、感謝いたします」

 そうしてあゆは立ち上がり一礼をして、そのまま踵を返し――二度と振り返ることはなかった。

 

 

 

 グシャ!! と何かが潰れるような音がした。

「……フン、くだらん。休戦協定だと? 笑わせる」 

 鼻で笑ったのは、椅子にふんぞり返った宮沢和人。

 そう、ここはクラナドの王城、その謁見の間だ。そして彼の視線の先には真っ赤な水溜りと、その横に立つ鹿沼葉子がいる。

 彼女の手に集束していた力が霧散する。それだけで、ここで何が行われたのか理解できるだろう。

「しかし陛下。有無を言わさず殺せ、というのはどうかと」

「くだらないことを言った者に対する相応の罰だ」

 そう言って和人は手の中にある書簡を見た。

 内容はカノン・ワンの連名による休戦協定要請。だがその中身を見ることすらなく、それを破り捨てた。

「葉子。こちらの戦力は残りどの程度だったかな」

「およそ二割です。六割ほどはワン・カノンとの戦いで壊滅、二割ほどはシズクに持っていかれました」

「二割、か。確か名のある者もいなくなっていたな?」

「春原陽平、柊勝平、幸村俊夫に相良美佐枝の四名が。理絵の気配探知に間違いはありませんでした」

「フン。その程度なら特にどうこう言うほどではないな」

 細切れになった紙を踏みつけ、和人は笑う。

「つまり、この休戦協定を拒否すればカノンとワンが攻めてくる、ということだろう? そんなこと願ったり叶ったりじゃないか。

 それに互いの兵力を考えればこれが決戦になるだろう。……そうなれば、今度こそあいつは必ず出てくる。

 そうなればこの程度の兵力なんて簡単に穴埋めできる。……葉子」

「はっ」

「戦の準備をしておけ。近いうち奴らは攻めて来るぞ」

「御意」

 恭しく頷き、音もなく葉子の気配が消える。それを見送り和人も外套を翻して歩いていく。

「さぁ、次で終わりだ。カノンもワンも、エアもシズクも。あれを手に入れて全て叩き潰してやる……!」

 哄笑を上げて、和人もまた闇に消えていった。

 

 

 

 カノンからエアとクラナドに使者が渡ってから三日。

 答えは出た。

「エアは拒否。クラナドに送った使者は帰って来ず終い、か」

 自室で、祐一は目を閉じながら嘆息一つ。

 なんとなくこうなるだろう、とは考えていたが、やはりこうして現実を突きつけられるとやりきれない。

 結局、こんな状況になろうと自分たちは戦う道しかないのか。

「ない……んだろうな」

 あゆから聞いた神奈の言葉を思い出す。

 言葉だけでは駄目なのだろう。言葉で全てが終わるほど、続いてきた差別や怨嗟は浅くない。

「ま、つまり力でわからせろってことだろ。……悲しいが、確かに一番わかりやすい証明の仕方だ」

 招かれていた浩平が嘲るように笑う。その嘲りは、結局戦いでした示唆できない自分たちに対するものか。

「ともかく、俺たちのすべきことはもう一つしかないわけだ」

 やれやれ、と浩平は肩をすくめ――そして真面目な顔で口を開く。

「さて、祐一」

「あぁ」

 頷き、瞼を開けて――宣言した。

「夜明けと共に行動を開始。カノン・ワンはこれより――エア・クラナドとの最終決戦に入る!」

 

 

 

 あとがき

 ほい、どうも神無月でございますよ。

 今回はようやくちょっと短めですよ。いや、というかいままでが長すぎたってところですけどね!

 さぁ、いよいよキー大陸編最終決戦が見えてきました。

 次回は恒例(?)の最終決戦前の個々の談話、ってところでしょうか。

 なんかここまでくるといよいよ終わりも近い、って感じですねー。

 さー、頑張りますよ〜!

 

 

 

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