神魔戦記 第百八章

                     「介入者」

 

 

 

 

 

 カノンの加勢を皮切りに、一気にワンの士気が戻っていった。

 そしてカノンも行く。

 ワンを救わんがため高らかに国旗を掲げ、崩れだした陣形を穴埋めするようにカノンの軍勢が突っ込んだ。

「あゆ、ヘリオン、真琴、美汐はエアの部隊を! 美咲、栞、鈴菜、ミチル、亜沙はその支援! 神耶と一弥、時谷と亜衣は後退するワンの援護!

 兵を率いてイリヤと俺と浩一は左翼! 水菜と恋、藍は右翼! シャルと美凪とリディアは中央から敵戦力の殲滅を計る! 行くぞッ!!」

 祐一の指揮の下、各員が行動を開始する。

「さぁて、バーサーカー!」

 左翼、イリヤが傷も癒えたバーサーカーを召喚する。

 恋は右翼で亜衣は後方、あゆは空。クラナドの動向を窺っている間に神殺しがどの程度の距離で反応するかテスト済みだ。

 この距離なら問題はない。だから、

「思う存分蹴散らしなさい!」

■■■■■■■■■■■■■――――――――――ッ!!」

 この間の鬱憤を晴らすとばかりに叫ぶイリヤに応じるように、バーサーカーの一振りが兵の壁を叩き崩した。

 そして右翼では同じように水菜があるものを召喚していた。それは、

『玄王!』

「ふむ、お呼びかな、我が主よ」

 空中に出現した巨大な体躯を誇る玄王。それが着地するだけで数十という兵が潰されていく。

「ほう、神の血族が敵か。随分と力も劣化しているようだが……まぁ、良い。存分に力を振るうとしよう」

 そして玄王が水を操りだせば更に多くの兵が切り刻まれる。

 それだけに留まらない。中央では、

「あらあら、まーゴミが揃いも揃ってウジャウジャと」

 シャルがぽーんと音もなく跳び上がりにこりと微笑んで、

「ゴミ掃除は性分じゃないんですが……まぁ、お仕事とあれば仕方ありませんねぇ。呪具連携――爆炎の園(ダイナマイトガーデン)

 瞬間、数多の爆発が兵を焼き尽くした。

 右翼、左翼、中央。全てに大きな穴が開いた。

 広い平野に押し出されそうになっていたワンの軍勢がカノンに後押しされるようにその穴を埋めていく。

 押す。

 押し返す。

「続け続けー! このまま一気に攻め立てちまえ! 大勢を立て直す暇を与えるな!」

 浩平の勢いがそのまま兵士たちに伝染していく。

 この機を逃すなとワン兵は奮い立ち、カノン兵は突撃の勢いそのままに畳み掛けようとする。

「なんだ……なんなんだこれは……!」

 どこかのクラナド兵が思わず叫んだ。

 カノンの戦力が高いことは知っていた。ワンの個人戦力が高いことも情報としては知っている。

 だが、だがこれはあまりに圧倒的すぎやしないか。

 拮抗、ではない。明らかに押し返されている。

 エアとクラナド、二つの大国のほぼ全兵力に相当する軍勢が、小国と侮った二国に押し返されている……!

「どういうことなんだこれはぁぁぁ!?」

「言ったじゃねぇか。――俺たちを舐めるな、ってなぁ!」

 気付けば目の前にワン王、折原浩平の姿。

 その兵士は突如現れた大将の存在に剣を抜く。こいつを倒せばこの悪夢も終わる、と。

 だが振り下ろした剣先は、まるで本当の悪夢のようにその身体をすり抜けて、

「大国なんていう肩書きにおんぶに抱っこで他の国を見下して楽しいか? 神の眷属ってーのも随分と小さい器だな」

「貴様……!」

「だが、だからってこっちまでお前らの王様ごっこに付き合う気はない。時は来た。――そのつまんねぇゲームもここで閉幕だ」

 マナに散った浩平の腕がその兵士の体内に侵入、そこで形状化し、魔力を暴走。

 内側から爆破されたその兵士は四散し、血の雨が降り注いだ。だが浩平はなお止まらない。

 進む。進んでいく。

「行くぞおまえら! 全てここで終わらせる……!」

 

 

 

 カノンが援軍としてやって来たことでエア・クラナドは再び押し戻されていった。

 慌てふためく兵士たちであったが、一人、そんな光景から浮いている存在がいた。

 最後尾にいる宮沢和人だ。

 彼にはこの劣勢が見えていない。彼の頭を占めている事実は唯一つ。

「カノンが来た……!」

 むしろ喜びの表情を浮かべた和人がほくそ笑んだ。

 やはり来た。そして、これで全ての計画は完成する。

 最高だ。今日が最高の日だ。

「仁科! 探せ!」

「はい」

 葉子の部下である理絵たちは、葉子同様に最前線ではなくこの最後尾にいた。

 表向きは和人の警護、ということだが本当の目的は別のものだ。

 それは、

「広域探索結界……展開開始」

 和人の目標人物を探索させるためだ。

 結界師として優秀な理絵であれば、この戦場を全て結界で包囲することなど容易い。

「どこだ?」

 和人はその人物が間違いなくこの戦場に来ていると確信し、その上で『どこにいるか』と訊ねた。

 が、

「……見当たりません」

 一瞬、和人は何を言われたかわからなかったのだろう。間が空き、そしてすぐに驚愕に目を見開いて、

「馬鹿な!? まさかこの戦場に来ていないとでも言うのか……!?」

「おそらくは……。えっと、それより一つ気になることが」

「それよりだと!? これより重要なことなどない! もう一度探せ!」

「で、ですが……」

 理絵はおどおどと直属の上司に当たる葉子に視線を巡らせる。その葉子は和人を一瞥だけして、理絵を正面から見据えた。

「言ってみなさい。何が気になるんです?」

「葉子!」

「聞いてからでも遅くはないはずです。……報告を」

「あ、はい。……その、変な気配が」

「変な気配?」

 えと、と理恵は西側を見て、

「アゼナ連峰の方向から、なんか得体の知れない、ざらつくような気配がいくつか感じられるんです。でも……この気配、どこかで……」

「ざらつく気配? ……規模は?」

「それほどの数じゃありません。五、六人程度です」

 葉子は何か引っかかるのか、考え込むように俯き、

「……陛下、嫌な予感がします」

「いまはそれどころじゃないだろう!? 奴がいなければ今回の計画は……!」

「いえ、私の予感が正しければこれこそ『それどころではない』という状況です。おそらくその気配の正体は――」

 と、そのときだ。

 突然、音飛び交う戦場に笑い声が響き渡ったのは。

 

 

 

「あっはははははははは! いやぁ、実に壮観だねぇ〜」

 その声に誰もが動きを止めた。

 どういうわけか直接脳内に響く声。誰もが鮮明に聞くその声の主は、アゼナ連峰側にある小高い丘の上に立っていた。

 数十人の部下を引き連れ、まさに愉快そうに両手を広げて笑う男。 

 その名は――、

「あぁ、初めましての人が大多数のようだね? ならまずは自己紹介が先決かな?」

 手を腹に、恭しく腰を折りまるで紳士のように礼をして、クスリ、と口元を歪め言った。

「初めまして、愚かなキー大陸の諸君。僕こそ、シズクの王。月島拓也だ」

「月島拓也……!?」

「シズクの王!?」

「あははははは、良いねぇ。そういう驚きの声がなんとも僕の耳には心地良い」

 ひとしきり笑い

「しかし……まぁなんとも想像通りに動いてくれたもんだ。いやまぁ、こっちがこうなるように仕向けたわけだけどね?

 いやー、面倒だったよ。君たちをこうして同じ場所に集めるためにわざわざちまちまと小規模な攻撃をさせてたんだから。

 そうすれば焦って早期決着を望んで全軍で行動してくれるだろうし? 全軍に対しては全軍で答えないと相手も大変だろうしね?」

「まさか……!」

 そこで祐一も浩平も、そして和人も気付いた。

 月島拓也の狙いを。

「頭の回転の早い人ならもうわかってそうだね。僕の狙い」

 そうだよ、と肯定し、

「僕の狙いは君たち全員を支配すること。一国一国やってたら警戒されちゃうからね。警戒なしにすませたいなら一気にやる。単純な答えさ」

 誰もが驚愕と恐怖で彼を見た。

 それこそ嗜好の至りだとでも言わんばかりに大仰に手を広げ、

「さぁ、諸君――」

 息を吸い、

「――この僕の元に集うが良いッ!!!!」

 刹那、絶対的な精神支配が戦場にいる全ての者たちに襲い掛かった。

 

 

 

「ぐあぁ……!」

 突如発生した頭痛に思わず祐一は頭を抱えた。

「これが……最上位の精神感応能力……!?」

 気を張っていないと意思が持っていかれる。そもそもこうして精神感応に抗っていることさえ不必要なことなのでは? という考えさえ頭に浮かび始めてしまっている。

 精神が犯され始めているという事実に、祐一は更に焦りを浮かべた。

 呻き声は周囲からも。そして耐えられなかったのか、兵士たちが次々とフラリと立ち上がりまるで夢遊病患者のようにゆらゆらと拓也のいる方向へ歩いていく。

 無理もない。祐一でさえこうなのだ。魔力的な抵抗の低い連中が耐えられるものではない……!

「ぐぅ……あ、主様……大丈夫、ですか……?」

「美汐、か。お前は大丈夫か……!」

「は、はい。私はどうにか。ですが……栞さんが……」

「なに!?」

 見れば、後方、ゆらゆらと歩いていく栞の姿が確かに見えた。

「栞! 目を覚ませ、栞!!」

 だがどれだけ声を掛けても栞の反応はない。いや、それどころか、

「祐一さん! 助けて!」

「亜衣!? お前は大丈夫か!?」

「亜衣は大丈夫です! でも時谷さんが、時谷さんが……! それに、神耶さんや一弥さんも……!」

「っ……?!」

 被害は広がる一方だ。だがどうにかしたくても動くことさえ困難だ。精神にだけ意識を集中していなければ祐一でさえ持っていかれる。

 そこでふと思い至り、

「……亜衣、お前、なんともないのか?」

「あ、はい! 亜衣はなんとも……」

 魔力完全無効化能力の効果だろうか、とも一瞬考えたがどうやらそうでないことはすぐに判明した。

「祐一くん! 大変、真琴ちゃんがすごい苦しんでるの!」

「わ、祐一様大丈夫ですか!?」

「ちょっとちょっと、これいったいどうなってるわけ!?」

「なんかとんでもないことになっていますわ」

「んにー! 美凪が苦しんでるの! 助けてよ〜!」

 あゆ、ヘリオン、恋、藍、ミチルが何も感じてないように駆け寄ってきたからだ。

 その共通項は一つ。

 神殺し所持者、あるいは永遠神剣所持者だということ。

 どうやらその加護を受けている者たちはこの精神感応の影響を受けていないらしい。

「うぅぅ、うぅぅぅ!」

「水菜、か。大丈夫、俺は持っていかれたりしない……」

 わずか離れたところで浩一に駆け寄っている水菜も見えたが、こちらに何も感じてないようだ。

 やはり精神感応の力は同じ感応能力者には通じないのだろう。

 だが、それがわかったところでどうしようもない。

 何か打開策を考えたくても、そんなことを考えている余裕さえいまの祐一にはない。

「このままでは……!」

 月島拓也の思い通りになってしまう、という最悪の結果しか考えられなかった。

 

 

 

 そしてその状況はクラナド側とて同じことだった。

 身体に掛かる圧倒的な精神攻撃に、しかし葉子はわずかに顔を顰めるだけだった。

 いや、葉子の実力を知る者であれば、逆に彼女の顔を歪ませるだけの精神感応を使う月島拓也の方が驚嘆ものだろう。

 いや、いまはそれよりも。

「陛下!」

「大丈夫だ、俺には月の結界がある。精神感応など通じはしない!」

 見れば確かに、和人の表情は微塵も変わっていなかった。

「それよりも状況報告だ! 誰が精神感応に犯されている!?」

 その声に、葉子同様に若干苦しそうな表情を浮かべる理絵が答える。

 広域探索結界を張っていたからこそ、彼女にはこの最悪の状況が手に取るようにわかっていた。

「残存兵力のおよそ六割……いえ、七割がシズクの方向に向かっています。

 あと……春原陽平さん、柊勝平さん、幸村俊夫さん、相良美佐江さんもあっちに……」

「残っている者の方が少ない、か。……くそ、月島め! 好き勝手やりやがってぇ……!」

 おかげでこっちの計画も台無しだ! と和人は歯を噛み締めて拓也のいる方向を睨み付けた。

 ……いや、まだ終わりじゃない。

 一つ、手は残っている。

「葉子! 月島を殺せ! そうすればこの精神感応も消える!」

「陛下!? ですが彼はあの人の――」

「知ったことか! 独断先行をした奴などむしろ邪魔なだけだ。ここで計画を潰されるよりよっぽど良い! 行け!」

 葉子は一瞬躊躇する素振りを見せたが、しかしすぐに地を蹴って拓也のいる方向へ疾駆した。

 ――確かに、あの男は自分よがりに過ぎるところがあります。

 不可視の力を足に集中させることで、一歩が前面へ押し出す強烈な加速となる。

 それを連続で踏みしめ、夢遊病のようにフラフラと動く兵士を縫うように走り、まさに一瞬で葉子は丘の上に到達する。

 最後の一歩を力強く踏みしめ、跳ぶ。舞い上がり、見下ろす先にその男がいた。

「月島拓也!」

「ん? おぉ、誰かと思えば高槻の飼い犬じゃあないか。そういえば君はクラナドに派遣されていたんだっけ?」

「あなたはやりすぎました! こんな行為はあの人の望むことではありません!」

「ふん。高槻といいお前といい、どうして君たちはあんな奴の顔色ばかり窺うんだろうね。僕はね? はっきり言うけど……あいつ、嫌いだよ」

「……最初から、利用するだけだった、ということですか?」

「人聞きの悪い。あいつだって僕たちを利用しているだけじゃないか。ならこっちが同じことをしたってバチは当たらないだろう?」

「……そうですか。では――」

 着地。しかし葉子はそのまま前傾姿勢を保ち、

「――あなたはここで殺します」

 地面が爆発したとすら錯覚するほどの加速で葉子が拓也の正面に飛んだ。

 振り上げられた右手には不可視の力が遠慮なしに凝縮されていく。これが直撃すれば肉片残らず消し飛ぶだろう。

 だが、拓也の顔に焦りはない。

 そしてそれを証明するように、その一撃は拓也まで届きはしなかった。

「……なっ」

 拓也を目前にして、一人の少女が間に割り込み葉子の一撃を受け止めていた。しかも……素手で。

 鎧はおろか、魔力的な防御さえ一切ない。もちろん葉子の本気の一撃だ。

 そのため、受け止めた少女の左手は内側から肉が破裂し骨が粉砕し聞くに堪えない音と共に弾けとんだ。

 しかしその顔の半分を包帯で包み込んだ少女はまるで痛みなど感じないように笑う。

「ふふふふふふふふ……」

 いや、実際少女は痛みなど感じていない。拓也に支配された者の誰もが痛みという概念をシャットアウトされているのでそれ自体は珍しくもない。

 しかし、葉子は咄嗟に後ろに大きく下がった。

「……あなたは」

「うふ、うふふふふふ」

 葉子の警戒は正しかった。次の瞬間、粉々になったはずの少女の左手がみるみる再生していったのだ。

「あははは、どうだ、すごいだろう? この子は太田香奈子と言ってね。僕の持つ人形の中でも一番の出来だよ?」

「この気配……吸血鬼、ですか」

 そう、この気配は間違いなく吸血鬼。

 だが、四大魔貴族である吸血鬼クラスの魔力抵抗を持つ相手に果たして精神感応は通じるのだろうか?

「魔力抵抗の高い吸血鬼を支配しているのが不思議かい?」

 そんな葉子の疑惑を察したのか、拓也が自慢げに語りだす。

「でもね、別になんら不思議じゃないよ。だって彼女は僕に支配された後に吸血鬼になったんだから」

 なるほど、と葉子は呟き、

「――腑海林アインナッシュ、ですか」

「ご明察」

「ですが、そこまで安定して死徒になる存在は稀のはず。それをピンポイントで……いえ、まさか」

 言いかけ、葉子は一つの可能性に気がついた。

 その反応が楽しいのか、拓也は揚々と頷き、

「そうさ。安定した死徒になる確率は万分の一ともそれ以下とも言われてる。明確な一人を安定した死徒にするのは困難だろう。

 けど、なんでそんなことをする必要がある? それこそ――僕には万以上の人形がいるのにさぁ!!」

「あなたは……無作為に死徒化させたのですね」

「そう! 香奈子はそのうちの安定した一人ってだけなのさ!」

「……」

「おや、なんだいその顔? まさか外道だとでも? は、それこそまさかだよねぇ? あの高槻だって似たようなことしてたじゃないか」

「……ええ、そうですね。その件に関してあなたを攻めるつもりはありません。ですが――」

「僕を殺す気は変わらない、と?」

「はい」

「そうか。それは残念だ。昔のよしみで君だけは生かしておいてあげても良かったけど……」

 やれやれ、と大仰に嘆息し、

「香奈子。そいつ殺して良いよ」

 嬉しそうな表情で香奈子が突き走った。

「殺す? 殺す、殺すよ殺す。うふふふふふ、こ、殺す殺す殺す殺す殺す殺すコろすこロスコロすころスコロスコロスコロスコロスコロス!!」

 動きは決して早くない。だから葉子はその拳をいなしてカウンターで拳を叩き込もうとして、

「!?」

 香奈子のパンチと同時、地盤が抉れた。

 否、地盤だけではない。強烈な衝撃波はそのままの勢いで葉子にも激突し、大きく吹っ飛ばされた。

「っ……!?」

 その拳、音速を突破していた。

 大気の層をぶち抜き起きた水蒸気爆発が、衝撃となって地面を削り土砂を撒き散らし葉子を吹っ飛ばした原因だ。

 拓也の精神感応によって身体能力のリミッターを解除したからこそできる芸当。そんなことをすれば腕の破砕は免れないが、痛みも感じず再生もするのであれば問題はない。

「ならば……」

 身体を捻り着地して、すぐさま横へ跳ぶ。

 それに対しやはり香奈子が追いかけてくるが、スピードは明らかに葉子が勝っていた。追いつけず、徐々に香奈子が翻弄され始め、

「ふ!」

 その瞬間を逃さず、葉子は一気に間合いを詰めて不可視の一撃を振り上げ気味に胸に叩き込んだ。

 ドバァン!! という豪快な破砕音。香奈子の身体が浮き上がり、骨も筋肉も内臓さえ一気に潰す確かな手応えがあったが、

「あは、あははは、あはははははははは!!」

「!?」

 香奈子は何食わぬ顔でただ拳を振り下ろした。

 再び爆発が起こり、土砂が真上へ巻き上がる。葉子はその一撃を回避し、土砂に隠れるようにして跳躍して距離を取った。

「……心臓を潰しても生きてますか」

 内側を破壊したので外からは見えないが、今頃内臓器官なども再生を開始しているところだろう。

 ならば次は、

「全てを破壊します」

 再び接近。葉子のスピードに香奈子は対応しきれない。

 香奈子が繰り出すパンチを跳躍してかわし、その隙だらけの香奈子を上から、

「……はぁぁぁぁああああ!!」

 全力で叩き潰した。

 ゴガァァ!! とクレーター状に地面が窪んだ。香奈子のそれとほぼ同等かそれ以上の威力だ。

 その破壊の中心点には直撃した香奈子のものと思われる肉塊が飛び散っていた。これでもはや再生もできないだろう。

 あとは拓也のみ、と視線を転じて――葉子は見た。

 いまだ笑みを浮かべたままの拓也を。

 強烈な悪寒。本能の赴くままに葉子は大きく跳躍し、

「うふあはあはははははぁぁぁ! 殺す殺スコロスぅ!!」

 そこに顔から右肩、腕にかけてだけ再生した香奈子の一撃が地面を叩いた。

「なっ……!?」

「あはははははは、どうだすごいだろう!? そう、香奈子の吸血鬼としての能力は他でもない。

 圧倒的なパワーと絶対的な再生能力! 単純ではあるがだからこそ、僕の香奈子は強い!」

 どうやら身体の一部でも残っていればたとえ髪の毛であろうが肉塊であろうが再生するらしい。

 それを証明するように飛び散った肉塊が集まりだし骨を形成し筋肉を増殖・連結させその上から皮が構築し、そして傷もなく元に戻っていく。

 吸血鬼の自己再生能力を遥かに越えた再生能力。

 これが太田香奈子の吸血鬼としての特殊能力……!

「香奈子を殺したければ対消滅系や次元崩壊系の攻撃でも持ってくるんだねぇ! あっははははははは!」

「まさに化け物染みていますね。しかし――」

 こうなってくると本格的に葉子の力では香奈子を殺しきれないということになってくる。

 だが……葉子の狙いは香奈子ではない。あくまで、

「私の狙いは、あなたです」

 いまだ香奈子は再生中。だからこそ、拓也の守りはない!

 疾駆する。

 香奈子の再生はどうやら脳のある頭から始まるものらしく、未だ足まで再生しきれていない。

 だからこそ葉子の方が速い。

 既に拓也は目の前。殺せる。そう判断し、手を振り上げ、

「――」

「おや? どうした。僕を殺すんじゃなかったのかい?」

「……迂闊でした。理絵が気配は五、六人程度、と言っていたので油断していましたが……なるほど」

 動きを止めた葉子。

 その腕と足を掴み、さらに遠巻きに照準を合わせてくる百近い(、、、)人影。その正体は、

「魔導人形、ですか……!」

「魔導人形は人のそれと気配が違うからね。それに、トゥ・ハート製の魔導人形は優秀だ。気配遮蔽モードなんてものもあるんだから。

 なのに人間より支配しやすいんだから、はは、素晴らしい贈り物だよこれは!」

「……以前にトゥ・ハートによる大規模殲滅戦がありましたね。魔導人形部隊はほぼ壊滅したと聞きましたがあれは――」

「あぁ、あれ? そんなの偽の情報さ。そう帰って言うように操って(、、、)返したんだから」

「ということは、あのときの魔導人形五千五百体は……」

「全部僕のもの。そういうことさ」

 瞬間、その魔導人形の軍勢から葉子に集中砲火が放たれた。

 

 

 

「くそ、どうしてこんなことになる……!」

 国崎往人は急ぎ後退していた。

 往人が戦っていたワンの人間のうち、一対剣を使っていた少女は拓也の支配に犯されたのか、歩き去ってしまった。もう一人の青年は影響はなさそうだったが、その少女を追いかけていった。

 往人としてもこんな状況で戦闘を続ける気はない。急いで自軍の状況を確かめるべく翼をはためかせ飛ばしていく。

 だがその途中で既にふらふらと拓也の下へ向かうエアの兵士を何人も見た。

 声をかけても手を掴んでも何の反応もない。ただうわ言のように「行かなくては」、そう呟くだけ。

 ……いままでエアの兵士が――というより神族がシズクの精神支配に犯された、という事例は一つもなかった。

 だが、それはこのときのための布石だったに違いない。

 もし過去に一人でもそういう事例があったなら、用心深い神奈は今回の作戦を推されても良しとは頷かなかっただろう。

「結局、狙い通りってことかよ……!」

 そう毒吐いたときだ。往人は地面で苦しそうに頭を抱えている知人を発見した。それは、

「佳乃!?」

 慌てて降りれば、確かにそれは佳乃であったが佳乃ではなかった。

 髪型も気配も違う。その意味するところは、

「白穂さんか!」

「……? あぁ、往人さまでしたか」

 こちらを安心させようと笑ったのだろうが、苦しみに歪むその笑みは逆に事態の深刻さを表していた。

「おい、大丈夫か!?」

「ええ、どうにか……。佳乃さんでは耐え切れませんが、私であればこうして精神を集中させていればなんとか持ちこたえられます。……往人さんこそ、大丈夫ですか?」

「あぁ、俺は問題ない。国崎の家系はもともとあるものに魂を縛られているからな。精神感応なんかは効かないのさ」

「なるほど……それは良かったです。……っ」

 顔を歪めふらつく白穂の身体を往人が支えた。

「あ、……すいません」

「いや、良い。あと苦しいところすまないが、何かわかっている情報はあるか?」

「はい。……さきほど裏葉さまから連絡がございました。残存兵力の半数がシズクに移動している、と。それと……聖さまと晴子さまが」

「二人が……まさかシズクに!?」

 こくり、と白穂が頷く。

 確かに隊長格の中ではあの二人と佳乃が魔力抵抗が低い。支配される可能性はその三人が最も大きかっただろう。

「くそ、このままじゃジリ貧だ! 俺がどうにかしてシズクの親玉を叩きのめすしか……」

 と丘の方向を見た瞬間、強烈な光が迸った。

 あそこで誰かが戦っている。おそらく往人と同じ理由で、だ。

 やはり考えることは誰も同じらしい。ならば自分も、と腰を上げかけて、

「……ん?」

 頬に当たる冷たい感触に動きを止めた。それは、

「雨……?」

 空を覆っていた厚い雲から、雨が降り始めていた。

 

 

 

「あぁぁぁぁぁ、くっそー! あったま痛ぇなぁおい!!」

 ワン側ではその王である浩平が頭を抱き痛みを誤魔化すようにガシガシと地面を蹴りまくっていた。

「ちょ、ちょっと浩平落ち着いて!」

「落ち着いてられるかこの痛み尋常じゃねぇんだよ……って長森は随分と平気そうな顔してるな?」

「え、あ、うん。なんか全然平気みたい」

「ぐあぁぁぁ、その反応がかえって痛みを増加させるー!」

「落ち着きなさい浩平。あなたは王なんですよ?」

「……茜も全然平気そうだな」

「私は身も心も憑いた精霊のものですからね。精神攻撃も私には一切通用しません」

「あぁぁぁぁぁぁぁ……」

 頭を抱えごろごろと地面を転がる浩平。それを一瞥だけして、諦めたように茜と瑞佳が向き直った。

「長森さん。こちらの損害がどの程度かわかりますか?」

「うん、ざっと四割ってところかな。でもそろそろ半数に届くかもしれない」

「主要メンバーは?」

「……なつきちゃんと繭ちゃん、あと深山先輩が」

「……そうですか」

「どうにかならないかな?」

「一度精神を支配されたら、支配者自身がその支配を解くか、あるいは支配者を殺さない限りは解けない、と聞いたことはあります。

 しかしこの状況であの月島拓也を殺すのは難しい……。まずはいま現在行使されているこの精神感応をどうにかして無事な者だけでも後退させる方が得策でしょう」

「となると大規模攻撃だよね。あの丘一帯を攻撃できれば、驚いて精神感応が止まるかもしれないもん」

 でもどうしたら……、と考え込んだ瞬間、瑞佳は視界の隅で何かが落ちるのを見た。

 空を見上げれば立ち込めていた暗雲からポツポツと零れ落ちるものがある。それは、

「雨……?」

 ハッと瑞佳は茜を見やり、

「里村さん! これチャンスだよ!」

 その言葉に、茜は力強く頷いた。

「ええ、どうやら天は私たちを見放さなかったようですね」

 

 

 

「ほぉ……これは驚き。まさかあの一斉射を受けて生きているなんて」

 パラパラ、と粉塵が舞う中。

 魔導人形たちの放った光が収束した地点では、どういうわけか無傷の葉子がいた。

 葉子の動きを抑えていた人形四体はいまの光にやられたのか、あるいはそれ以前に葉子にやられたのか、ともかくグシャグシャだった。

 その、もはやスクラップと化した魔導人形と服にかかった土埃をまとめて払い捨て、葉子は鋭い視線で拓也を見る。

「月島拓也。あなたこそ私を舐めてはいませんか? ……この程度の攻撃で私を倒せるなどと」

「なるほど。これは確かに過小評価していたらしい。けど、どうする? 魔導人形百体に香奈子までいるのに。多数戦闘不向きな君じゃあ多分僕まで届かないよ?」

 葉子は一つ頷き、

「かもしれませんね。……ですがあなたは大事なことを一つ忘れている」

「何……?」

 問う拓也に葉子はグッと腰を落とし、

「あなたの敵は私一人ではない、ということです」

 言うや否や、葉子は真上へ大きく跳んだ。

 それを目で追いかけて、その途中で拓也の視点は止まり、それを見た。

 滞空する、そのあまりに巨大な水の塊を。

「なんだ、あれは……!?」

 雨が、凝縮している。

 落ちてくるはずの雫が、しかしまるで吸い込まれるように一つに集まっていた。

「戦う敵の情報も知らないのですか? 自らの力に慢心するからそのようなことになるのです」

「っ!?」

「教えてあげましょう。あれはワン自治領の外交官。……五十二柱もの水精に好かれた、この世界でおそらく最強の水使い。その名も」

 薄く笑みを浮かべ、

「里村茜」

 刹那、丘を丸ごと飲み込むほどの濁流が大地を震わせた。

 

 

 

 まるで世界には音がそれしかないとばかりの爆音と凄まじい振動が戦場を伝った瞬間、展開されていた精神感応が途切れた。

「「「!」」」

 それを祐一、浩平、往人はすぐさま感じ取り、そしてこれを好機として同じ行動に出た。

 それは立ち上がり、声を張り上げ、

「「「全軍、全速後退しろッ!!」」」

 

 

 

 葉子は高速で地を蹴り麓を下って和人のところまで戻ってきた。

 不可視の力で強引にブレーキをかけ、土砂を撒き散らしながら和人の前に着地する。

 その光景にやや驚く様子を見せる和人に、葉子は早口気味に言った。

「陛下、ここは一旦退きましょう」

 その葉子の台詞に、和人は更に愕然として、

「まさかお前が殺し損ねたのか!?」

「はい。なかなか用意周到でした。遺憾ながら現状であの男を殺すのは至難の業でしょう。

 いまはあのワンの攻撃で一時的に精神感応が途切れていますが、それも微々たる時間です。いまのうちに下がるのが得策かと」

「ですけど隊長! いま下がっても既に支配されてしまった人たちは……」

 駆け寄ってくる理絵に葉子は頷きを見せ、

「ええ、もう手遅れでしょう。ですがこれ以上戦力を搾り取られるわけにもいきません。――陛下」

「……ええい、くそ、計画も失敗か……! 全軍後退! 撤退するぞ!!」

 和人が手綱を打ち、馬を翻して後退する。

 それを皮切りに、兵士たちもまた撤退を始めた。

 

 

 

「くそ、やってくれるな! ワンめ!」

 拓也はいらつきを隠そうともせず、びしょ濡れになった髪を鬱陶しげに掻き分けた。

 咄嗟に魔導人形たちに幾重にも結界を張らせたが、それすら貫通するほどの水流だった。

 おそらく総量にして何億トンという水圧。おかげで前面で結界を展開していた魔導人形は見る影もないほどに叩き潰されていた。

 後方にて結界を展開していた機体はどうにか無事であるが、攻撃性を失った水でやはりこちらもびしょ濡れになっていた。

 慌てて戦場を見るが、既に四国とも後退を開始してしまっている。

 まだ視認できるほどの距離ではあるが、いまから精神感応を発動しても届くかどうかは微妙であった。

 それに精神感応の重圧は距離に比例する。これだけ離されてしまえば足を止めるほどの支配力はないだろう。

「……ち、まぁ良い。それでも半分程度の戦力は貰ったわけだし」

 眼下、麓には拓也の精神感応に支配された軍勢がこちらを見上げ残っている。

 これだけ戦力があれば、まぁ良いだろう。中には有名な個人戦力もいるようだし。

「とりあえずパーティーの準備は一段落、ということにしておこうか。……あとは招待状と、掃除かな」

 しかし、と前置きし拓也はワンが撤退していく方向を一瞥して、

「里村茜か。……欲しいなぁ、あれ」

 まぁいまはいいさ、と、拓也は踵を返した。

「さぁ、舞台の幕開けも近い。……主賓である君が早く来てくれること、心待ちにしているよ。瑠璃子」

 大笑いがこだまする。

 

 

 

 結局、この戦いの勝利は、横から入ってきたシズクに掠め取られた形となった。

 

 

 

 あとがき

 はいはい、どうも神無月でございますよ。

 というわけで介入者こと、月島兄さん再び参上! 悪まっしぐらです!

 今回ちょろっとリーフ関連の伏線一本消化しちまいましたね。魔導人形のやつです。

 そもそも五千五百もの軍勢をたかだか十五分で壊滅できるわけがない、とそういうことですよ。

 十五分、という時間もリーフ連合に対して『それだけの戦力があるんだぞ』という威嚇めいたブラフの意味もわったわけですが。

 で、ちなみにこれはいまだに葉子のみ知る事実で、リーフ側はこのこと知りません。そこんとこお忘れなく〜。

 さてさて、四国とも戦力をごっそりと持っていかれ、ピンチです。まぁピンチなのはどこの国も同じなわけですが。

 この後、キー大陸はどのように展開していくのか。お楽しみに。

 いよいよ終盤も佳境に入っていきますよ!

 

 

 

 戻る