神魔戦記 第百七章

                    「強者たちの激突」

 

 

 

 

 

「舐めてるからこういう目にあうんだよ。……これが俺たちワンの力だ!」

 浩平の宣言にワンの兵士たちが雄々しく猛る。

 それに押されるように、先の一撃を凌いだ者たちがわずかに身じろいだ。

「……大勢を立て直すしかないか。後退す――」

「させるかぁ!」

 後退を指示しようとした聖の上空から、斬撃が来る。

 咄嗟にブラッディセイバーで防御するその向こう、糸を奔らせる折原みさおがいる。

「むざむざ逃がすかっつーの! ここであんたは死んでいけッ!」

「ぐぅ……!」

 自分たちの隊長の危機にエアの兵士たちが聖に駆け寄ろうとするが、それをことごとくみさおの部下四名が切り捨てていく。

 みさおの部下もみさおと同じく蜘蛛である。

 子祖の子祖ということで能力はみさおと比べるべくもないが、それでも一般の兵が倒せるようなレベルではない。

 よってエア兵は誰一人聖に近付くことができない。そして半減したブラッディセイバーで相手ができるほどみさおは弱くなかった。

「ほらほらほらほらぁ!!」

「づ……う……!」

 糸による連撃、連撃、連撃。

 急所こそどうにか防ぎきっているが、翼や腕、足などは既に切り傷で赤く染まり始めている。

 いずれ手足が痺れだし、防御すらままならなくなったとき……それが聖の最後の時だ。

 攻撃に転じるのは無理だ。ブラッディセイバーを使う余裕がない。液体化してしまえば糸を防ぎきれないし、かといってこのままではジリ貧。

 聖の部下も来れない。一人では勝てない。これでは、

 ――殺される。

 心が挫けた瞬間、下から抉るように飛んできた糸によってブラッディセイバーが打ち上げられてしまった。

 がら空きになる。それを見逃すほどみさおは甘くなく、

「取った!」

 そこに密集して槍のようになった糸の束が突き出され、

 ――駄目、なのか……!

 だがその瞬間、風が空を舞った。

「……っ!?」

 糸の槍が細切れになり、散っていく。

 みさおと聖が驚愕に目を染める中央、煌く刀を持つ男がいた。

「なかなかの強敵のようじゃないか、聖」

 不敵に笑い、刀を翻すその男は、

「柳也、殿……?」

「あとは俺たち(、、)に任せて下がれ、聖」

「たち……?」

 次の一瞬、圧倒的な数の魔術がワンの四大部隊の上に降り注いだ。

「なっ……!?」

 驚き見れば、いつの間にかエア・クラナドの第三陣がすぐそこにまで迫っていた。

 みさおは愕然とその光景を見下ろし、

「そんな、いつの間に……!?」

「宮沢陛下の案でな。第二陣を出すためのタイムラグを消し去るために第三陣はすぐに進軍を開始していたのさ。

 ワンの狙いが時間稼ぎにあるということを悟った宮沢陛下はその隙を与えないように、敢えて第二陣の仲間にもその作戦を知らせなかったのさ」

 刀を軽く振るい、柳也は真っ直ぐみさおを見る。

「認めよう、ワン自治領。お前たちは強い。だからこそ……もう油断はない」

「っ……!」

 静かな気配。だがそこに内包された強さを感じみさおが身構えると同時、

「――推して参る」

 柳也が疾駆した。

 

 

 

 進軍する第三陣の最後尾。

 馬に跨り槍を持つ宮沢和人の姿があった。

 横に葉子を従えて、顔を怒りに染め上げて、彼は言う。

「あぁ、認めよう。ワン。貴様たちが片手間に戦える相手ではないのだということを」

 だから、と前置きし、和人は前を見た。

「時間も押している。……よって、お前たちはここで全力で叩き潰すことにした。――全軍!!」

 そして槍を掲げ、

「進軍せよ! 奴らを……叩き潰せぇ!」

 

 

 

 いままで作戦勝ちをしていたが、今回は完全にワンが出遅れた。

 第二陣撃破のために突出した四大部隊の面々が軒並み相手のエースに捕まり身動きが取れなくなっている。

 そのため魔術や茜の水による大規模攻撃は不可能。下手をすれば味方を巻き込むことになるからだ。

 こうなってしまってはもうどうにもならない。アゼナ連峰と森を抜けられてしまえば残るは見渡す限りの平野のみ。

 ここに出られてしまえば、数で負けるワンは一瞬で飲み込まれ打ち崩される。

 それを悟った瑞佳がすぐさまフルートで進軍の合図を奏で始めた。

 ワンの一般兵が勢い付いて進軍を開始する。相手の三分の二は壊滅させたのだ。この勢いがあれば倒せるはずだ、と。

 ……だが、やはりそうは簡単にいかない。

 結局先程までの快進撃はワンの個人戦力の郡を抜いた強さがあってこそ。

 そのエースたちもどうにか下がろうとするが……、

 

 

 

「こいつ……振り切れない!?」

 みさおは焦っていた。

 この剣士、どれだけの速度で引き剥がそうとしても差が開かない。それどころか、

「追い、つかれる!? ――なら!」

 みさおは急旋回、機動を縦へと変化させ、下る勢いで糸を振るう。

 一本一本が刃すら切り裂く糸が数十、数百と雪崩のように襲い掛かるが、

「はぁ!」

 気合一閃。

 その糸はその一刀に全て断ち切られた。

 柳也は切り屑を払うように一度刃を振るい、そうして水平に構える。

「神刀『水無月』。……蜘蛛の身も容易く切り払うぞ!」

 瞬間、柳也の気配が真後ろに出現した。

「空間転移!? いや違う、これは……縮地!?」

 迫る斬撃。慌てて爪で受け止めようとするが、柳也の言葉を証明するかのように、鉄より硬い蜘蛛の爪がまるで紙のように容易く切り裂かれた。

「っ……! しかも空中でここまで正確にできる人が繭さん以外にいたなんて……!」

「大気の層を捕らえることができれば空であろうと同じこと。否、空であればこそ――我らが上を行くぞ、物の怪!」

 痛みに顔を歪めるみさおの懐に柳也が入る。

 刀は鞘に収められている。手は滑るように柄を握り、瞬で放たれるそれは、

「居合い……!」

「秘剣――風胤(ふういん)!」

 大気を切り裂くのではなく大気を巻き込む裂帛の一閃が空を薙いだ。

 人間より遥かに高い動体視力を誇るみさおでさえ見切れない神速の一撃。糸と爪で防御したはずなのに、その一閃はみさおの腹を切り裂いた。

「づ……!?」

「こと、剣術においては美凪でさえ俺の足元に及ばない。……これで終わりだ、蜘蛛。お前じゃ俺には勝てはしない」

 ぐらり、とみさおの身体が崩れる。翼を象っていた糸が解け、みさおは血を撒き散らしそのまま墜落――、

「――舐めるのも、いい加減にしてよね」

 しない。

 目を見開く柳也の先、血に濡れたみさおの顔はただ笑みを浮かべ、

 次の瞬間、みさおの身体は柳也の後ろにあった。

「なっ――」

「蜘蛛だからって人間の体術を使わないとでも? でも残念。……天空縮地、不完全状態ならわたしだってできるよ」

 攻撃の気配に、柳也は振り返りながら『水無月』で切り払いの軌道を描く。

 糸であれば『水無月』が容易く切り裂く。それは先ほども証明されたことだ。が、

「はぁぁぁ!」

「!?」

 来たのは糸ではない。それは明らかな剣撃(、、)だった。

 ガキィ!! と刃どうしが激突する。

「これ、は……!」

 柳也は見る。

 みさおの両腕。そこに大量の糸が密集し――二本の剣を作り出していることを。

「残念だけど、わたし蜘蛛になる前は剣士だったの。……糸だけでも、剣だけでも勝てないのなら……その両方を使い切るだけよ!」

 言うや、断ち切られた蜘蛛の足が高速再生を開始する。そしてそれらが糸を放ち、柳也に襲い掛かっていく。

 それだけではなく、双剣による連撃も止まらない。

 剣と糸の波状攻撃。

 それらを繰り出すみさおと、防ぎきる柳也が激しく互いを睨み合った。そして一度離れ、再び接近、鍔迫り合いをして、

「応援に駆けつけることも逃げることもできないのなら――厄介そうなあんただけはこの場で倒す!」

「っ! ならばその言葉ごと貴様を断つ!」

 

 

 

 繭の周囲にクラナドの地上兵が密集していく。

 だが繰り出される無数の剣をことごとく掻い潜り、繭は片手を地に付け足を水平に伸ばし、そして、

(ラン)!」

 コマのような高速回転。足の先にのみ魔力が展開され、それが渦を巻き上昇気流を生んで周囲の敵を根こそぎ吹き飛ばす。

 周囲の兵が皆いなくなったのを確認し足を止め、繭は急ぎ後退しようとする。

 が、それを遮るように光の雨が周囲に降り注いだ。

 大きく跳躍し下がった繭が見たものは、翼を展開し光の球を周囲に浮かせた、霧島佳乃の姿だった。

「もう、これ以上好きにはさせないよ?」

「みゅー、じゃま」

「うん。ごめんね? でも――これが仕事だからさ!」

 言い切り、周囲の光球郡から光線が放たれる。数の攻撃。逃げ場のなさそうな光の雨を、しかし繭は人とは思えぬ柔軟な動きと俊敏な疾駆によって差を詰めながらかわしていく。

「うわ、器用!」

「みゅー!」

 ダン! と一際強く地を蹴れば、一瞬で繭の身体は佳乃の目の前まで飛び上がる。

 これは柳也やみさおの使った縮地などの歩法とは違う、純粋な身体能力によるただの跳躍だ。

 この身体能力こそ椎名繭の真骨頂。その繭が目にも止まらぬ速さで拳を繰り出し、

「みゅ!?」

 しかしその一撃は光の壁に遮られた。

「残念! こうなるだろうと思って事前に結界を張ってたのでしたー! ここから反撃に……」

()!」

 髪を靡かせるほどの強烈な風が舞ったと思った瞬間、結界が嘘のようにあっさりと突き破られた。

「嘘!? 格闘系のくせに結界破壊なんて……!?」

(セキ)!」

 そして突如発生した強烈な衝撃波に佳乃は勢いよくすっ飛ばされた。

「こ……のぉ!?」

 翼を大きく開き、急制動をかけて地面へ叩きつけられることは回避した。だが既に繭は目前まで迫っている。

「え!? 空中でどうやって移動を……!?」

 それは柳也が行ったものとほぼ同等の完成度の天空縮地。

 みさおやみさきに縮地を教えたのも繭であり、彼女は体術においてワン随一の力を誇るのだ。

「みゅー!」

 高速の打撃が来る。繭にとってすればこれでトドメの一撃だが、

「残念、武術ならあたしだって負けないよー!」

 手の平で上手く受け流された。残りの手で手首を掴まれ、引っ張られると同時に肩の当身を入れられ、捻り、背負い、空中で投げ飛ばされた。

「白穂さんお願い! ――行きます!」

 そしてその間に佳乃は白穂へ入れ替わる。

 よくよく見れば佳乃の手首に黄色のバンダナがない。あれがなければこのようにいつでも両者のタイミングで人格をチェンジできる。

 佳乃の身体に負担を掛ける荒業だが、彼女の――いや、彼女たち(、、)の本領はこの戦闘スタイルだ。

「『猛る閃光(グ・グランデ)』!」

 速度特化の光魔術が無詠唱で繰り出される。空中で身動きの取れない繭に回避の術は、ない。

「……!」

 直撃した。

 やったでしょうか、と白穂は思う。しかし、爆発の煙から落下するように落ちてきたのは死体ではなく、

「……(コウ)

 腕をクロスし、防御に成功した繭の生きた視線だった。

 身体を循環する魔力を利用し、外に放出することなく内に溜め込み守りとし、身体を鉄のように固める体術。

 見た目はボロボロだが、それはあくまで衣装だけ。繭自身に傷は何一つついていなかった。

 魔術を受けたことによりボロボロになった外套を空中で放りながら着地し、繭はまるで準備運動が終わったと言わんばかりにゆっくり肩を回した。

「つぎは、こっち」

「……望む、ところです!」

 

 

 

 みさきはクラナドの智代と戦闘を繰り広げていた。

 戦場に響くは剣戟の連打。レベルが違いすぎて、そこだけ誰も近付くことが出来ず、まるで舞踏のホールのようにぽっかり穴が開いていた。

 そして主役たる舞踏の担い手たちは、それこそ踊るように剣を鳴らし合い火花を散らす。

「うーん、面倒な剣筋だなぁ。逃がしてくれそうもないよー」

「逃がさん!」

 みさきはのんびりと、智代は強く言葉を放った。

 それは剣筋にも言えること。

 みさきは二本の永遠神剣による流れるような剣捌き。こちらはむしろ斬りに行くというより受け流して隙を突くタイプ。

 対して智代はまさに怒涛の連撃。舞のような流曲さや河南子のような迫力もないが、堅実な、無駄のない攻めの剣筋。

 だからこそ、二人の剣戟は止まらない。受け流し、隙がない。どちらも押しとなる一手を捉えられなかった。

「ちっ!」

 さすがに終わりの見えない剣戟に嫌気が差したのか、一際強く打ちつけ智代は大きく後ろに下がる。だがただ下がったわけではない。

雷神剣!」

 隙を見せられるほど弱い相手ではないと理解している智代は牽制もかねて雷を纏った斬撃を放った。

 それを受けるも斬り払うも良し。そのどちらであろうと智代はその隙を突くだけの術を考え付いていた。

 が、みさきはその考えの上を行く。

「な!?」

 突っ込んできた。

 しかも剣を構えすらせず、まるで自らぶつかりに行くかのように。

 ――何を考えている!?

 だがその疑問の答えは予想外の結果で帰ってきた。

 なんと、智代の放った『雷神剣』の軌道がずれたのだ。まるで雷撃自身がみさきを避けるように。

「な……!?」

「残念。私に遠距離攻撃は通じないんだよ」

 それはみさきの永遠神剣『第八位・曲折』による効果だった。

 この永遠神剣、神剣魔術を何一つ使えないという特異な神剣である。永遠神剣による身体能力の上昇も第八位ではたかが知れていて、それほどの効果は見受けられない。

 しかし、この永遠神剣には一つの特殊能力があった。

 それが、この神剣の名の通りの『曲折』。敵の攻撃の方向を『折り曲げる』という特殊能力。

 力は微々たるものなので近距離では効果がさほど見られないが、距離が離れれば離れるだけ曲がる量も多くなり、故に遠距離攻撃はみさきの身体に届かない。

 だからみさきは突っ込む。驚きという隙を見せる智代に対し、踏み込みと共にもう一つの永遠神剣『第六位・明月』を下から振り上げ、

「っ! 雷……!」

「遅いよ。――ライト・エクスプロージョン

 光の爆発が大地を焼いた。

 圧倒的な閃光。その凄まじい威力に遠巻きに見ていた周囲の兵士さえ吹き飛ばされていく。

「どうだろ? やったかな?」

 爆発と同時に真後ろに跳んだみさきが首を傾げて言う。

 仮にこの爆発を防げたとしてもこの光を直に見れば目がいかれるだろう。盲目のみさきには関係のない話ではあるが。

 ……しかし、

「強烈だな、この攻撃は」

 煙の晴れた爆心地の中央。そこには無傷の智代が立っていた。

 それを感じ取ったのか、みさきは「あらら」と肩をすくめた。

「なるほど。直撃する瞬間にわざと雷を呼んだんだね。インパクトをずらすのと同時に中央に強力な力を打ち出すことで周囲に爆発を放散させた。

 ……うーん、さすがは五大剣士の坂上、だねぇ。強いなー」

「あなたも十分に強い。……やはり、全力で行くしかないか」

「できれば勘弁して欲しいな〜」

「そうは――いかないのでな!」

 再び二人の剣戟が開始される。

 しかし今度は先程よりも一段と速く、そして強烈に……。

 

 

 

 左翼に展開していたクリスと雪見は、二人掛かりでありながら苦戦を強いられていた。

 相手は人形遣い、国崎往人。そして彼の周りには三体の人形がいる。

「北斗七星のうち三体はまだ修復中で四体しか使えないが……二人相手なら三体で十分だな」

「三体で十分とは、また往人にしては随分と相手を評価しているようじゃないか」

 肩から腕にかけて巨大な盾を左右それぞれに持つ巨漢な人形、巨門。

「きっと、もう油断はしないという往人の表れなのでしょう。相手を軽視しがちな往人の成長と、私は喜んでおりますけれど」

 クスクス、と羽衣のような者に身を包みぷかぷかと浮かんでいる人形、文曲。

「おりゃーどーでも良いぜぃ〜。敵を斬れさえすりゃーよぅ。ケケケ」

 カクカクと小刻みに首を動かし笑う、骸骨のようなフォルムに大きな鎌を抱える人形、廉貞。

 往人はそんな人形たちを見て頭を抱え、

「……相変わらず無駄話が好きだなあんたたちは。とっとと自分の仕事をしてくれ」

「わかっている。そう急かすな往人」

「そうですよ。こうして呼ばれることなど滅多にないのです。特にこうして複数人で召喚されることなど」

「だーからおりゃーよぅ、人を斬れればそれで文句はねーよぅ。おみゃーらが殺さないんならぁ、おりゃーが殺すぜーぃ?」

 一見隙だらけ、ではある。

 が、彼らの周囲には精鋭で知られる川名部隊の者たちの死体が転がっていた。そしてクリスと雪見も肩で息をしている。

 それが結果だ。それを隙だと見て突っ込んでいった者たちの。

「フッ。どうやら相手はお疲れのようらしい」

「あらあら。あの程度の運動でもう息切れとは……。最近の若い方は弛んでおられるのですねぇ」

「だっったらよぅ、おりゃーが弛みついでに刻んでやるぜぃ〜?」

 ケケケ、と顎を鳴らした廉貞を合図にしたように、巨門と文曲がそれぞれ左右に散った。

 それに対し雪見とクリスが身構えるが、

「おみゃーらどーこ見てるんだよーぅ?」

 ハッと気付く頃には暗黒のカーテンが周囲を覆っていた。その正体は、

「僕たちの、影……!?」

「おりゃーよぅ、特殊な生まれでなぁ。こんな感じで影を操れるんだぜぃー。まぁ、あの君影の姫君ほどじゃないから攻撃には使えないんだがよぅ」

 ザァ、と風に揺れる木の葉のような音と同時に影が渦を巻き二人を飲み込んでいく。傍目には暗黒の球体のように見えた。

 それをただ見ているだけだった廉貞がゆっくりとその大きな鎌を水平に構え、

「悪いなぁ。おみゃーらまだ若いのによぅ。でもよぅ、おりゃーこんな風に相手を動かなくしてからぶっ殺すのが大好きでよぅー」

 カクカク歯を鳴らし、

「まぁ、あれだなぁ。軽ーく死んでおけぃ」

 刹那、轟音を上げその巨大鎌が二人を包み込んだ影の球体を切り裂いた。

 影に閉じ込められた二人はそれこそ真っ二つになっているはずだが、

「残念だけど、どちらかと言えば僕の永遠神剣もその能力に近いんだ」

「おぅ?」

 次の瞬間、廉貞の影からクリスと雪見が飛び出した。

「ぉぉぅ、影を使った空間転移かよぅ。いや……空間接続、と言ったほうが正しいかなぁ?」

「ご明察。さすが、同系統の能力を持つ人は理解が早い……!」

 クリスの『贖罪』と雪見の一対剣が同時に振り下ろされる。廉貞はあの巨大な鎌を振り切った状態なので防御は間に合わないが、

「させんよ」

 その二人の攻撃を、間に入り込んだ巨門がその盾で受け止めていた。

「我は守りを司る者。我いる限り、何人とも我らに傷つけることかなわんよ」

「だったら……その盾で防げないほどの攻撃をするだけだわ!」

 雪見が言うや否や、盾に激突したままの『デュナミス』に魔力が迸る。

 呪文詠唱の中途破棄(ショートカット)。そして魔術が繰り出されようとして、

光よ、降れ

 だがそれよりわずかに早く閃光の雨が二人に降り注いだ。

「きゃああ!?」

「深山さん!」

 完璧に虚を突かれた雪見がそのうちの二発に直撃し、吹っ飛んでいった。

 それを見たクリスが慌てて雪見の前に立ち、オーラフォトンで幾条もの光の攻撃を防いでいく。

「深山さん、大丈夫ですか!?」

「っ、な、なんとか……! ただ、いまので鎧が砕けたわ。対魔力処理(マジックコーティング)された鎧をこんな簡単に……」

「うふふ。私は魔術専門です。しかもオリジナルの。威力重視、速度重視、なんでもござれです。私の自慢の数々、是非ご堪能くださいな」

 笑うのは文曲だ。彼女は踊るように羽衣を揺らし、人形ならではの小さな手をクリスたちに向けて言った。

光よ、吼えろ

 圧倒的な光の放流が熱量を伴い撃ち出される。

 速度よりも何よりも、威力を重視した極太の光。これでは防御の苦手なクリスのオーラフォトンでは防ぎきれない。

 しかし影の空間接続は範囲が狭い。クリス一人ならどうにかなるが、ここからでは雪見を連れての転移は不可能だ。

 どうする、と迷い、

「跳びなさい、クリス!」

「!」

 クリスは一瞬躊躇したが、すぐさま影に跳び込んだ。それにより進路上には雪見一人。

 だが、いくら魔術の中途破棄(ショートカット)ができようとも間に合わない距離。

 しかし忘れてはいけない。彼女の双剣『デュナミス』と『エネルゲイア』には既に魔力が(、、、)集まって(、、、、)いる……!

「ぉぉぉぉおおおおお!!」

 振り抜く二刀。それは雷と氷の力が込められていて、

咆哮せよッ! 『雷閃氷結円(アルマ・ブリザリア)』!!」

 刹那、絶対零度の雷が振り落ち、強大な熱量を持つ光波を塞き止めた。

 違う。止まるんじゃない。光波が凍るのだ。

 氷の雷。それはまさに一瞬で世界を凍らせる刹那の停止現象。最速の雷属性をブレンドした氷属性は凍てつく時間すら凌駕する。

 それを見た文曲は感心するように手を叩き、

「あら。剣士なのに複合魔術まで使えるのですね。これは驚き」

「舐めないでね……。わたしもワンの戦士なのよ!」

 肩で息をしつつも、強気に笑ってみせる雪見。その横の影からクリスが出現する。

「大丈夫ですか? 深山さん」

「大丈夫じゃないけど、やるしかないでしょ。……気をつけなさい、クリス。こいつ、強いわよ」

「承知してます。全開で、行きましょう」

 再び戦闘態勢を取る雪見たちに対し、北斗七星の三体が往人を見やった。その視線に往人は頷き、

「あぁ、叩き潰すぞ。――国崎の姓に賭けて、神尾のために」

 自らも棒を取り出し、人形共々地を蹴った。

 そして再び激突する。

 

 

 

「おうおう。エアもクラナドもすげーなぁ。個人戦力じゃ負けてる気はしなかったが、あいつら止めちまうんだもんなぁ」

 そんなワンのエースたちが激戦を繰り広げている中、兵士たちの正面衝突も続いていく。

 浩平率いるワンの兵士たちも善戦はしているものの、時が経つにつれてそれも崩され始めてきた。

「あー、くそ。さーすがに正攻法じゃ十倍の差はきついか……!」

 自らも最前線に立つ浩平がエア・クラナド兵を迎撃しながら舌打ちする。

 とはいえ、持っている方だろうとは思う。瑞佳の陣形戦術がなければもっと早く壊滅しているに違いない。

「浩平! 下がってください! あなたの能力でもこの規模の乱戦となると危険です!」

「駄目駄目。大将が率先して下がってどうするよ。部下が戦ってるってーのに後ろでのんびり胡坐なんかかいてられるか」

 右から迫る剣を通過させ、その胸に侵入し魔力を暴走、内臓から爆破する。

 その返り血で服を染めながら、しかし視線だけは茜を見て、

「大将だからこそ、引き連れる存在だからこそ前を行くんだっつーの!」

「しかしこのままではあなたの身に危険が……!」

「そう思うんなら精一杯俺のこと守ってくれよ!」

「っ……! あぁもう、あなたという人はどこまでも自分勝手な……!」

 茜の水が渦を巻き浩平の後方から接近していた兵士を根こそぎすり潰していく。

 だが乱戦に持ち込まれた時点で結果は見えていた。

 瑞佳の形成したい陣もエア・クラナド軍の猛攻に耐え切れず徐々に後退していく。そして後退すればするだけ平野に近付き、相手の軍勢も広がっていってしまう。

 このまま広がっていけば左右に展開することを許し、いずれ包囲されてしまうだろう。

「やべーな。間に合わなかったか……」

 カノンが来る、と明言した時間まであと十分ほど。だが、これではもう十分も持たない。

 もう駄目か。

 浩平でさえ半ば心が折れかけた――そのとき。

「!」

 ブォー、と戦場に響き渡る独特の低音。

 角笛だ。 

 浩平を始め、そこにいる誰もが弾かれるように首都側を見やった。

 その視線の先、黒い壁が見える。

 人の壁だ。そしてその壁から悠々と掲げられ風に靡く旗がある。そこに描かれし紋章は、

「カノン……!?」

 どこかで誰かが驚きに震えた。

 何故、と。どうしてこんなところに、と。

 誰もが注目するその先で、軍旗を掲げる軍団の先頭で高らかに剣を抜き放つ男がいた。

「我こそはカノン国国王、相沢祐一である!」

 どよめき。しかしそれをかき消すような大きな声がさらに戦場へ響く。

「我らカノン軍、ワン軍を援護するために参上した!!」

 それは宣言。カノン軍の存在理由。

 それを聞き遂げて、浩平は誰に気付かれるでもなく小さく口元を緩めた。そして、

「おい、聞いたかお前たち!!」

 その言葉の意味が浸透するより早く、叩きつけるように叫んだ。

「何の関係もないカノンが俺たちの危機に駆けつけてくれたぞ!!」

 カノンが助けにきてくれた?

 全滅せずにすむ?

 そんな心境と言葉が生まれ、そして徐々に兵たちの間に活気となって連鎖していく。

「さぁ野郎ども、底力を見せてやれ! 援軍に来てくれたカノンと協力し、一気にこいつらを叩く!」

 浩平の言葉に引きずられるように、追い込まれていた心が再燃する。まだ戦える、勝てるんだと士気が上がっていく。

「ここが正念場だッ! 目に物見せろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 吶喊していく浩平に釣られるように、覇気を漲らせてワンの兵が突っ込んでいく……!

 

 

 

 浩平が兵にカノンがやって来ることを告げなかった理由は二つある。

 一つは兵の士気の問題だ。

 最初からカノンが来るとわかっていればそれに縋ろうとしてしまう。頼ろうとしてしまう。

 そんな気持ちでは戦えるものも戦えない。が、それを知らずに突然援軍がやってくれば逆に士気は急激に上昇する。

 そしてもう一つ。

 人は心理的に、自分の危機的状況を救ってくれた存在に対しては心を開きやすい。

 今回のこの一件でカノンとの同盟を渋っていた者も喜び勇んで合意をするに違いない。

 おそらくこっちが浩平の本命。浩平はこの二つを狙い敢えて喋らなかった。

「なるほど、これが浩平の狙いですか……!」

 にじり寄る敵を水の刃で一掃し、茜は笑う。

 やはり折原浩平。人を乗せるのがとことん上手い……!

「それにこれで戦況はわからなくなりました!」

 カノンの個人戦力はワン並かそれ以上だ。個人戦力に乏しいエア・クラナドにこれで勝てるかもしれない。

 そうして活力を取り戻し、茜もまた敵に向かっていく。

 まだ――勝負は決していない。

 

 

 

 あとがき

 というわけで、どうも神無月です。

 はい。えー……今回は大部分改訂をしたという背景があります。

 というのも、当初予告どおりサブタイは『介入者』で、その介入者が出現するまでを書いたんですが、どーもボリュームが足りない。

 加えてワンの個人戦力の実力がいまいちはっきり表せてないなぁ、と思ったので個人戦を加えたのが発端。

 しかし今度は逆にボリュームがでかくなりすぎて、急遽後半を切って次回に足すことになりました。

 まぁもともと次回は文量が少ない予定だったんでこれでうまくならせたかなぁ、とも思います。次々回は予定通りのサブタイで。

 さて。そこまでして追加した個人戦が今回のメインに……なってしまいましたw どうでしたでしょう。

 ちなみに今回の話で出てきた『縮地』。体術技法ですが、まーいろんな漫画や小説にも出てくるのでおおよそ見当はつくでしょうw

 まぁ、いわゆる超高速移動術です。で、これを地面を使わずに空中でやるのが『天空縮地』。こっちは神魔風の言い方。

 ちなみに現状、天空縮地を作中で使っていたのは完成度の高い順に繭=柳也>俊夫>みさお>恋です(ちなみに恋は神殺しを利用した亜流)。

 まぁ俊夫とみさおの間には大きい間がありますけどー。

 更に言うと、カノン軍にも一人、天空縮地使える人います。まぁ、おおよそ見当はつくでしょうが……w

 それはともかく、次回は『介入者』です。

 さぁ、状況は一変しますよ。

 

 

 

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