神魔戦記 第百三章
「それは運命の出会いなの?」
夜。
キー大陸、エア王国内……グエイン遺跡。
現代の建築様式とは明らかに異なる建物が連なる遺跡だ。が、その建物郡も半壊、風化し、もう随分と物悲しい雰囲気を宿している。
エア王国から重要遺産の指定を受け、定期的に研究班が派遣されている場所でもある。
そこにいま多くの人間が集まり、何かを行っていた。
発掘作業。
が、その者たちの背に翼はない。つまり……エア王国の住人ではなかった。
「ふぅ……」
半壊した建物の中、そこに見つけた地下通路を歩いていた少年が小さく疲れの溜め息を吐いた。
右手には灯り代わりの魔術。そして左手には……何かの探索魔術だろう。淡い光が不定期に明滅している。
少年はその己の左手を見て、
「間隔が短くなってる。……この辺だと思うんだけど」
長く続く通路にはそれぞれ左右に無数の扉が並んでいる。それら全てに左手を掲げるが、左手の光に変化はない。
落胆の息を吐き、ここじゃないのかと踵を返したところで――少年はそれに気付いた。
右手側……扉と扉の間。壁の継ぎ目の間にやけに色の違う部分がある。他の部分は埃にまみれて土色をしているのにそこだけわずかに白い。
経験から、こういうところには――、
「やっぱり」
隠し通路がある。
横へとスライドする壁の向こうには、さらに地下へと向かう階段があった。
灯りを前にゆっくりと踏み出す。
カツンカツンと靴音を響かせ下ること数分。妙に開けた空間が眼前に広がった。そして、
「光の間隔が、短く……」
左手の魔術が反応していた。
視線を巡らせ、中央。そこに大きな円筒状のカプセルを発見した。。
そのカプセルは床と天井にまで伸び、それぞれ接着部分からは幾多のコードが接続されている。
研究所。おそらくこの光景を見た誰もが同じ感想を抱くだろう。
少年はある種の確信を持ってゆっくりと近付く。
左手の光はもうフラッシュと呼べるほど短い間隔で明滅を繰り返す。間違いない。そこに、目的のものがある。
カプセルの中。そこには、宙に浮かぶように……小さく赤い、宝石のようなものが浮かんでいた。
「検索」
カプセルへと向けた左手の光が、その詠唱によって色を変える。
「種別……試作量産型……神殺し……確認……インテリジェントデバイス……識別……レイジングハート」
レイジングハート。その名に呼応するようにカプセルの中にある赤い玉が光った。
それを確認し、少年は安堵の溜め息を吐いた。
「……よし。無事目標発見、と」
カプセルに手を翳す。するとまるで湖面から現れるようにカプセルを透過し、その宝石――レイジングハートがゆっくりと少年の手に移った。
もう一度確認するように握り締め、少年は破顔した瞬間、
「!」
真上から、まるで地響きのような唸りが響いてきた。
「なんだろう……? まさか外で何か……!?」
外では少年の一族がやはりこれを探し回っているはず。
少年は何か嫌な予感を胸に、慌てて階段を駆け上っていく。暗闇の地下を抜け一気に広がる視界。そこで……、
「なっ――」
少年は絶句した。
周囲。明らかにいま破壊されたとわかる建物郡と転がる瓦礫。所々から立ち上る煙。そして……倒れ伏せている一族の仲間が見えたからだ。
「これは……いったい……!?」
「ぅ……」
「?!」
右手側。建物の壁に背をもたれ掛かるように男がいた。一族の仲間だ。
駆け寄ってみればその男は傷だらけで……。
「しっかりして! いま治療魔術を――」
すぐさま治療魔術の詠唱を開始する少年だったが、その腕を男が掴んで首を横に振った。
「俺のことは、良い……! ユーノ、お前だけは、逃げ……ろ!」
「逃げる……? どういう――」
こと、と告げるより早く、ユーノと呼ばれた少年は背後の気配に気付いた。
慌てて振り返る先、その中空。漂うようにしてこちらを見下ろす一対の冷たい瞳がある。
その見てくれはまさに死神。闇に紛れるような漆黒のマントと服を羽織り、同じく漆黒の鎌を持つ少女。
しかしその刃は闇夜を切り裂くように光を帯び、二つに結われた金の髪が風に靡いた。
すぐ、わかった。
この少女が――これらを全てやったのだと。
「――バルディッシュ」
『Photon Lancer.』
少女の声に、鎌が答える。光の刃が消え去り、基部が下がって斧のようなフォルムへと変形した。その光景にユーノは息を呑み、
「バルディッシュ!? 試作量産型神殺し――インテリジェントデバイス!?」
少女の周囲に、雷球が出現する。数は一、二……さらに増えていきその数、五。そして、
「……ファイア」
静かな少女の一声と同時、それらは雷の槍となって凄まじい速度でユーノへ突き奔った。
「くっ!?」
咄嗟に手を掲げ無詠唱のままに結界を展開する。それに弾かれ、直撃し、雷の槍四発で結界は爆散し、うち一発を左肩に喰らった。
だがそんなことに構わず、ユーノはその少女を見上げる。
「なんでこんなこと……! 一体何が目的で!?」
すると少女は無表情のままその鎌を向けて、
「スクライア一族……。神殺しの管理を任された、一族」
「なぜそれを知って――いや、それよりまさか……狙いは神殺し!?」
肯定するように再び鎌に魔力が集う。攻撃の証。それを見せて、
「……素直に渡してくれるのなら、これ以上の危害は加えない。けれど――」
そうでなければ力尽くで、とその表情が物語っていた。
どうする、とユーノは考える。
スクライア一族は一族特有の、代々受け継がれてきたオリジナルの魔術を扱う。
それは主に防護、回復、補助であり、攻撃に関してはほぼ無力に等しい。
というのも彼らは少女の言う通り『管理者』であり『使い手』ではないからだ。攻撃の術を知っていては『使い手』になりかねない、という掟のため。
だからこそスクライア一族の勝負は勝負にならない。引き分けか、あるいは負け。
が、他の一族の面々がやられていることから一族の防御結界などを貫くだけの力がこの少女にはあるのだろう。
とすれば、待っているのは敗北。そして――、
「……っ!」
自らの胸倉を掴む。神殺しを取られるわけにはいかない。……少なくとも、こんな強行手段に出るような相手には。
――でも、じゃあどうすれば!
少女がゆっくりと近付き、合わせてユーノが後退り、
……次の瞬間、強大な魔力が込められた魔法陣がユーノの足元に展開した。
「「!?」」
驚きは少女、ユーノ双方から。
周囲を見渡せば、スクライアの一族が十人ほど、這い蹲りながらも円状に集まっており、それぞれの魔力が重なって魔法陣が形成されていた。
そして同じスクライア一族であるユーノはこの魔法陣の意味を理解して、
「みんな!?」
「我らスクライア一族。神殺しの管理者。……だからこそ、こんな風に奪い取られるわけにはいかない」
言葉を放ったのは、先ほどの男。痛む身体を押さえ、それでもなお笑って見せる。
「そうだろ、ユーノ。それにお前は俺たちの中でもその才能があるんだ。……だからこんなところでやらせやしない」
「でも……!」
「守れよ、ユーノ! 俺たち一族の誇りにかけて!」
「……っ!」
魔法陣が一際光を強くさせる。
それに何かを感じ取り攻撃の姿勢を少女は取るが、その動きは止められた。
「!?」
いつの間にか少女の手足を魔力の鎖が拘束している。魔法陣を展開しているのとは別の者たちが四人がかりで少女を押さえ込んでいた。
「バインド……!?」
「さぁ、いけユーノ!」
言葉と同時、魔法陣がいままで以上の光を放ち、魔力が迸った。
そして強大な魔力のうねりが空へと突き上げたかと思えば――次の瞬間には、そこからユーノの姿は消えていた。
「……転送魔術!?」
少女の驚きの声も無理はない。転送魔術――空間跳躍と言えば魔法に近いとされる魔術だ。
数人がかりであるとはいえそれを成し遂げるとは……さすがは管理者に指定されたというスクライア一族か。
……だが、少女を抑えるにはやや力不足だ。
ガシャアアン、という甲高い破砕音と同時、少女を拘束していた鎖が砕け散る。
それを驚愕の目で見上げるスクライアの者たちを、少女はゆるやかに見回して、
「……『サンダーレイジ 』」
直後、周囲一帯を襲う雷が迸った。
誰も動く者のいなくなったグエイン遺跡。
着地した少女の傍らには一匹の獣がいた。中型の、狼とも狗とも呼べるシルエットを持った獣が。
「あっちにいたのも片付けたよ」
「ご苦労様」
「でもフェイト……こいつら誰も神殺し持ってなかったよ?」
「……やっぱりさっきの子が持ってたんだ」
あの状況で逃がしたからにはそういうことなんだろう、と少女――フェイトは首肯する。
「アルフ、どう?」
そのアルフと呼ばれた獣はゆっくり頷き、
「追尾術式は生きてる。それに、いくら数人がかりとは言え純粋な人がやった転送魔術なんて距離はたかが知れてるよ」
「そうだね」
「……オーケー、捉えた。ここから南……国境は越えてるよ」
「南?」
とすると、とフェイトは南方向――白み始めた空を見て、呟いた。
「……カノン王国、だね」
「〜♪」
麗らかな昼下がり。王都カノン郊外を鼻歌交じりに歩く少女がいる。
もう歩くというよりスキップに近い歩調を刻むその少女は、名を高町なのはと言う。
カノンに住む、おおむね普通の少女だ。とはいえ、それは一人の人間として、だが。
魔術を扱う者として見れば別で、魔力量は膨大、コントロール能力も高く、しかも属性は人間族では極めて稀な光と多種の才能に恵まれている。
とはいえ彼女はまだ魔術を習い始めたばかり。それがいかにすごいことか、という自覚をまるで持っていなかった。
ここ最近考えていることといえば、魔術の授業が楽しいから将来は魔術師になろうかな、というくらい。
で、今日はその学校の薬術の授業に出た「指定の薬草を摘む」という宿題のために郊外の森にまで足を運んでいた。
昔はここも立ち入り禁止区域だったが、相沢祐一が国王になってからはそれも解かれた。
というのも、王都カノン周辺の魔物はまとめて除去されたためだ(街の者たちは知らないが、全て水菜の使い魔になっている)。
だから学校も安心してそのような課題を出すわけだが。
「さて、と。この辺で良いかな?」
あまり深くまで行って迷うようなことがあってはいけない。ほどほどに浅いところで十分だろう、となのはは手に持つ資料と周囲を交互に見た。
薬草は一見同じように見えても、細部が違うだけで全く違うものであることが多い。それを授業で聞いたなのははじっくり見極めんと腰を屈める。
……そのとき、ふと視界の中に違和感を感じた。
「……?」
錯覚、と流すこともできただろう。だが、なにかこう……胸が疼くというか、とにかく気になった。
改めて周囲を見渡す。特に何もないように見えるが……、
「あ」
視界の隅。木々や葉の影からわずかに、森の中ではまず見ない色が見えていた。
クリーム色、とでも表現できようか。少なくとも自然の中にあるような色ではない。
なんだろう、と思いなのはは踏み出す。角度を変えてそれが見えるように、と。
「……え!?」
そこで見たものに、なのはは驚愕した。
クリーム色したものは、マントだった。そして――それを羽織った少年がそこに倒れていた。
「だ、大丈夫!?」
慌てて駆け寄る。すると少年は呻きながら小さく身じろぎした。
生きてはいる。それに見た感じ、左肩以外に特にそれらしい怪我はない。傷というよりはむしろ、疲弊しているように見えた。
「ど、どうしよう……」
状況はわかっても、それにどう対応すれば良いかがわからない。そうして気だけ急くなのはの耳に、か細い声が届いた。
「……ぼ、僕のことなら大丈夫、です。……ちょっと、魔力を使いすぎただけ、だから……」
「でも、とても大丈夫には見えないよっ」
「大丈夫です。少し大人しくしてればそのうち、回復します。……それより、ここはどこ、ですか?」
「え、どこって……。王都カノンの郊外にある森だけど……?」
カノン? と少年は目を伏せ、
「……そっか。やっぱり、そのくらいしか跳べない、か」
「とぶ???」
「あ、あぁこっちの話です。……それより、えっと、あなたは?」
「わたしは高町なのは。なのはで良いよ」
「なのはさん、ですか。その、僕はユーノって言います。ユーノ=スクライア。心配をかけてすいません」
「ううん、そんなことないよ。あと、なのは、で良いよ。敬語もなしなし。だいたい同じ歳っぽいし。だからわたしもユーノくん、って呼んでも良い?」
「あ、はい」
「ユーノくん?」
「あ、……うん」
そこでようやく少年――ユーノは小さく笑った。それが嬉しくてなのはも微笑み、
「あ、そうだ。魔力が足りないんだよね?」
「え、うん」
「だったらわたし薬草探してくるよ」
「薬草……?」
「わたし、いまちょうど薬草を探してたの。ホントはきちっと調合とかした方が良いらしいんだけど、それだけでもそれなりの効果はあるんだって。待っててね?」
「あ、ちょ――」
ユーノが止める間もなく、なのはは駆け出し、そこいらの草を掻き分けて薬草を探し始めた。
その光景に一瞬キョトンと、そして小さく苦笑し――しかしすぐに顔を俯かせてユーノは、
「……なのはさん」
「な・の・は」
「あ、えと……なのは?」
「なぁに〜?」
ゴソゴソと探したまま返事をしてくるなのは。その背中を見つつ、ユーノはその疑問を口にする。
「聞かないの? どうして僕がこんなところで倒れていたか、って」
「んー」
なのははやや考えるように動きを止め
「だって、きっとそこには理由があるから」
「理由?」
「うん。ユーノくんさっき『大丈夫』って言った。だからユーノくんはきっとわたしに関わってほしくないんだと思う。でもこうしているのはわたしの我侭で」
「そ、そんなことは――」
「ううん、そうだよ。だからわたしは聞かない。でも――」
一瞬の後に笑顔で振り向き、
「もし、お話してくれるんなら、ちゃんと聞くよ?」
「……っ」
その眩しいほどの笑顔に、ユーノの頬がやや赤く染まった。
「……ユーノくん?」
「あ、いや! なんでもないんだ、うん!」
わたわたと手を振り、ユーノが身体ごとなのはから視線をずらす。その行動を可笑しそうになのはが笑い、再び薬草探しに戻っていく。
「――なのははすごいね」
「なにが?」
「いや、なんていうか……上手く言えないけど、すごいよ」
「褒められてるのかな?」
「褒めてるよ」
「そっか。うん、なら嬉しい」
にぱ、という笑み。それをユーノは可愛いと思い――また一層顔を赤くした。
そんな和やかな雰囲気がしばらく続くと……そう思われたが、
「!」
それは、来た。
「なのは、伏せて!」
「え?」
「っ!」
ユーノが全力でなのはに駆け寄りその身を抱きしめる。
「え? え? えぇ〜!?」
いきなり抱きしめられて顔を赤くするなのはだが、それに気付かず――というかそれどころではないユーノはすぐさま手を空へ向けた。
なけなしの魔力。それを使い構築するは、防御結界。それが完成した、まさに刹那の後、
『Fire.』
上空から幾多の雷の矢が降り注いだ。
「へぇ〜。その残存魔力でよくいまのを防いだ。たいしたもんだよ」
雷の矢を防ぎきり、しかし魔力の消費に膝を突くユーノ。
そしていつの間にかその頭上には二つの影があった。
「君は……!」
黒い外套を靡かせた、フェイト。そして、獣の姿をしたアルフ。
それらがただまっすぐにこちらを見下ろしていた。
「それで」
アルフがその口元を歪め、
「あんたの持つ神殺しを渡す気にはなったかい?」
「……君も、その子の仲間か」
「フェイトはあたしのご主人様さ」
「使い魔……」
話をしつつユーノは気付かれないほどにゆっくりと、なのはを庇いながら後ろへ下がる。しかし、
「どこへ行く気だい? まさか……逃げるなんて野暮なこと、言わないよねぇ?」
「く……」
アルフが後ろに回りこんでいた。そして前方には、フェイト。
逃げ場は――ない。
「あなたの仲間は生きている」
不意に、フェイトが口を開いた。
「え……?」
「命まで取るつもりはなかった。けれど……これからはわからない」
「それはつまり……一族の皆が人質だって、そういうこと?」
フェイトはバルディッシュを構えることでそれに答えた。
わけのわからないなのはがオロオロと双方を見る中で、ユーノはなにかを決意するように大きく深呼吸をした。
そうして強く息を吐き出し、フェイトを真正面から見据え、
「――悪いけど、それでもこれは渡せない」
「!?」
「神殺しの管理は僕たちスクライア一族に課せられた使命。だからきっと皆も同じことを言うだろうし……逆の立場でも僕はそうしてほしい」
一息吐き、
「だから、僕は渡さない」
「……」
「あはは! 格好良いじゃないか。……フェイト、どうやら口じゃどうにもできないみたいだよ?」
「……そう、みたいだね。なら……仕方ない」
フェイトがバルディッシュを構え、アルフが頭を下げて低く身構える。
戦闘の気配。それを肌で感じ取り、ユーノは魔力を収束する。
正直、勝ち目はない。魔力が完全であってもまず勝てないのだ。こんな状態で戦っても結果は見えている。
でも、スクライアとして……神殺しを渡すことはどうしてもできないことだった。
それに――、
「なのは、ごめん。君を巻き込んだ」
「え?」
「僕がいまから時間を稼ぐ。だからその間になのは、君は逃げて」
「ユーノ、くん……?」
「大丈夫。彼女たちの狙いは僕だし……それに彼女、関係ない君を巻き込むほどの悪人には見えない。きっと見逃してくれるよ」
「で、でもユーノくんは!?」
首だけを振り向かせたユーノの表情には困った笑みが浮かんでおり、
「――ありがとう、なのは。少しの間だけど、お世話になって」
「ユーノく――!?」
言葉は最後まで紡がれない。ユーノがなのはを突き飛ばしたからだ。
そして次の瞬間、フェイトとアルフがユーノに突っ込んだ。
「バルディッシュ!」
『Scythe Form.』
「はぁぁぁぁ!」
斧のような形状だったバルディッシュが変形し、光の刃を出現させ鎌のようなフォルムを象る。
それによる振り下ろしの一撃と、アルフの体当たりが同時にユーノに迫る。
「はっ!」
それをユーノは一極集中型の防御結界を左右に展開し、受け止めた。これにはフェイト、アルフ共に驚きを見せ、
「……この残り少ない魔力で、これだけの防御結界……!」
「へぇ、やるじゃないさ。さっきのはまぐれってわけじゃなさそうだね。――でも!」
アルフの姿が光に包まれる。一瞬の後、光が晴れるとそこに獣の姿はなく、代わりというように人型の女性の姿があった。
「人型への変身!? ……獣人族!?」
「ま、天然じゃないけど――ねぇ!!」
その女性――人型に姿を変えたアルフが拳を振り上げ、
「『バリアブレイク』!!」
特殊な術式の込められた打撃が結界に叩き込まれる。その術式とは、読んで字の如く。
結界破壊。
割れる。
「っ!?」
「そぉぉぉぉぉらッ!」
そのまま抉るような打撃が腹に突き刺さり、ユーノは木々を薙ぎ倒しながら吹っ飛ばされていった。
その勢いが止まる頃にはフェイトが動き出していた。バルディッシュを水平に、追い討ちをかけようと跳躍して、
「『光羅(』!」
「!?」
突如横合いから飛んできた光の矢が四本。そのうち二本を切り払い、二本を回避して、フェイトは見た。
こちらに手を掲げている、その少女……なのはの姿を。
フェイト同様になのはを見たユーノが痛む身体を押さえながら慌てて起き上がる。
「な、なのは!? なにをして……いや、逃げろって言ったじゃないか!」
「できないよ!」
叩きつけるように言った。
「できるわけないよ! 目の前で友達が襲われてて……そんなことできない!」
「と、も……だち?」
唖然とするユーノに、なのはは場違いなほどの笑顔を見せて、
「うん、友達。だから――守りたいんだ」
言って、なのはは再びフェイトを見上げた。
こちらを見据えるその深い瞳が綺麗だ、と思いそして――どこか悲しそうだ、と。そう感じながら、
「ねぇ、どうしてこんなことするの?」
訊ねた。
「どうしてユーノくんにこんなことするの? その……神殺し、っていうのがどうして必要なの?」
「……答えても、多分意味は無い」
「でも、戦うばかりじゃ駄目だよ。話し合うことだってできると思う」
「あんた――!」
なのはに食って掛かろうとするアルフを、しかしフェイトは手で遮った。そのままなのはを見、そしてゆっくりと首を横に振り、
「あなたが彼を守りたい、というのなら話し合いをする意味はない。私は彼の持つ物がどうしても必要。そして彼はそれを拒んだ。
だとすれば――私と彼は戦う以外に手はない。そして……彼を守るというのなら、あなたも」
「……!」
「できることなら、手を出さないで欲しい。私も無関係の人を巻き込みたくは――」
「無関係じゃない! 友達だもん!」
その返事に、なぜか辛そうな表情を浮かべるフェイト。だがそれも一瞬。すぐに冷めたような表情に戻り、
「……そう。なら、あなたも私の敵だ」
「……?」
わずかな違和感。だがそれが何かを考える間もなくフェイトの身体の向きがなのはに向けられる。それを見たユーノが声を荒げ、
「駄目だ! なのは、早く逃げるんだ!」
「いやだ!」
拒絶の声と同時、フェイトが動いた。なのはへ一直線に飛翔する。
それに対しなのはは詠唱を開始。その周囲に光球が出現する。数にして、四。そして、
「『光羅(』!」
魔術名と共にそれらは矢となってフェイトへ放たれた。
だが、たかが下級魔術の矢が四本。フェイトは結界を展開しそのまま突っ込もうとする。だが、
「!?」
激突の寸前、光の矢は突然軌道を変更した。
結界を避けるように外側へ弾け、円を描くような軌道を辿り後ろからフェイトへ迫る。
「フェイト!?」
「……上手い!」
予想外の出来事にフェイトは舌を巻く。下級魔術とはいえ、四矢をそれぞれこれだけ操作するとは。
その魔術コントロールセンスは驚嘆に値する。だが、
「術式が、荒い!」
フェイトは前進を止めぬままに空中で回転し、バルディッシュで後ろからの光の矢を全て打ち払った。
「そんな!?」
「はぁぁ!」
そのまま一回転。もとの体勢に戻ったフェイトは勢いそのままにバルディッシュを振り下ろす。
「『光の盾(』!」
だがそれが届くより一瞬早くなのはの防御結界が展開した。光の刃と光の盾が拮抗する。
「下級魔術で受け止めた……!? この子、なんて魔力……」
「く、ぅ、う……!」
「でも――」
それも数秒。
さすがにバルディッシュの刃を下級魔術で受け止めるのは不可能だ。むしろ数秒でも持っただけ驚くべきことだろう。
「きゃあ!」
結界が吹き飛び、その反動でなのはが吹っ飛ばされる。追撃をはかるフェイトだが、割り込むようにしてユーノが飛び込んできた。
奔る一閃は再びユーノの結界に遮られる。
それを見て取ったフェイトはいったん下がり、そしてバルディッシュを斧の形に戻させて、遠距離魔術を唱え始めた。
距離を離してゆっくりと結界を破壊するつもりのようだ。
「っ……!」
そんな慎重なフェイトを見て、ユーノは歯噛みする。
スクライアには束縛系などの補助魔術が充実している。中にはもちろん罠系の魔術もある。
だが、あれだけ距離が開いてはどうしようもない。スクライアが神殺しの管理者だと知っていた少女だ。魔術特性を知っていても不思議じゃない。
打つ手が、ない。
「バルディッシュ!」
『Thunder Smasher.Get set.』
「『サンダースマッシャー』!」
放たれるは雷の閃光。周囲の木々を焼き尽くしながら真っ直ぐ奔る黄金の一撃を、ユーノはありったけの魔力を込めて防ぐ。
「っ……!」
ユーノはスクライア一族の中でも最も才能に長けた者だった。万全であれば、これだけの威力の魔術とて防ぎきっただろう。
だが、いまでは……、
「ユーノくん!」
「大丈夫! 大丈夫だから……!」
無論、大丈夫に見えるはずもない。
ユーノの膝はいまにも崩れそうに震えているし、大量の汗も浮かんでいる。結界だって不安定なのか明滅が激しいし、既にヒビも入っていた。
誰が見ても、それは満身創痍だった。
けれど、自分はそれを見ていることしかできない。
「どうすれば良いの……!?」
と、なのはは指先大の小さな赤い宝石が手元に転がっているのに気付いた。
「これ……」
それに手を出したのは偶然か、直感か。
「あ……温かい」
触れた瞬間、それはまるで迎え入れるように淡い光を放った。
それをユーノは驚きの表情で見つめ、
「反応してる。……所有者の資格が、ある……?」
「え、所有者?」
「いまは……仕方ないか!」
「え、なに!?」
「なのは、勝手な言い分だってわかってる。君を巻き込むことになるかもしれない。でも!」
はっきりとした視線で。
強い口調で。
ユーノは言った。
「僕を、助けてほしい」
「あ――」
なのはは目を見開き、しかし、
「うん、助けるよ。だって、友達だもん」
すぐに笑顔で頷いた。当然だとでも言うように、あっさりと。
それを見てユーノは小さく笑みを浮かべ、万感の思いで呟いた。
「……ありがとう、なのは」
これで決まった。
だからユーノは前を向き、なおさら結界を強化する。
それは攻撃を防御するためではなく――絶対に相手を近付かせないために。
「それを手に、目を閉じて心を済まして! そして僕の言うとおりに繰り返して!」
「う、うん!」
ギュッと抱くようにしてその宝石を握る。そして、
「我、使命を受けし者なり! 契約の下、その力を解き放て!」
「わ、我、使命を受けし者なり。えと……契約の下、その力を解き放て」
ドクン、と。そんな鼓動のような音が聞こえた気がした。
「風は空に、星は天に!」
いや、それは気のせいではない。
「風は空に、星は天に」
その鼓動は、確かにこの手に抱いた赤い宝石から感じ取れた。
「そして不屈の心は――」
暖かさが広がる。とても心地よい感覚。
「そして不屈の心は――」
そして流れてくる――呪文。
「「この胸に!」」
全てを理解する。
これがどういったもので、そしてこれがどのような名を持つのかを。
それも当然。
なぜならこれは――神殺しなのだから。
これは試作量産型神殺し。インテリジェントデバイスと呼ばれる其の名は――レイジングハート!
「「レイジングハート、セットアップ!」」
その名が呼ばれ、
『Stand by ready.set up.』
答えた。
「しま――!?」
フェイトの驚愕の声も、掻き消される。
世界は光に包まれて、音も無い。あるのは己と、それを覆う穏やかな温もり。
それを感じ取り、なのははゆっくりと瞼を開ける。
同時、光が晴れて世界は元に戻っていった。
そこにいる誰もが彼女を見た。なぜなら彼女の姿が変わっていたから。
純白の衣装。そして手には杖。
それはまさしく契約の証。手に持つ杖は、レイジングハート。そしてその衣装はなのはを守るバリアジャケット。
正式名称、試作量産・完全自立装着型神殺し。通称インテリジェントデバイスと呼ばれる――それがレイジングハートの真の姿だった。
「成功だ……!」
ユーノの喜びの声。
それを耳にしながら、なのはは感触を確かめるように二、三度レイジングハートのグリップを握り、
「よろしくね、レイジングハート」
『All right,my master.』
「それじゃあ早速。……いくよ、レイジングハート!」
『Flier fin.』
なのはの靴に光の翼が出現する。跳躍、そしてそれは飛行となる。
この飛行魔術もそうだが、レイジングハートに組み込まれた魔術は、いまなのはが習っている魔術とは別体系のもの。
だが、なのはにはわかる。レイジングハートから情報が全て流れ込んでくる。
その中から探し出す。いまの自分が扱えて、そして最も有効となるであろう魔術を。
『Divine Shooter.』
レイジングハートの輝きと同時、なのはの周囲に五つの光球が現れる。
さくらは言っていた。
なのはの秀でているところはその魔力量と属性、そして――魔力コントロールなのだと。
だから、
「シュートッ!」
使うべきは……コントロール性の高い誘導弾!
なのはの掛け声と同時、五つの光球がフェイト目掛けて発射される。
「!」
その速度は『光羅』の比ではない。
『Defensor』
フェイトがすぐさまバルディッシュで防御結界を展開するが、それを予期していたかのように光球は散開した。
が、ここまではフェイトとて予想していた。『光羅』のときでさえあれほどのコントロールを見せていたなのはなのだから。
だからこの結界はフェイント。こちらにぶつかってくる直前に一気に叩き切れば良い、とフェイトは身を翻して、
「な!?」
後ろに光球が二つしかない。
なぜ、とフェイトは考える。結界には一発とて衝突しなかった。つまり五発、全て健在のはず。では……?
「アクセル!」
なのはの声が耳を打つ。なのははまるで指揮するように手を横へ払い、
「行って!」
フェイトは見た。視線上の二発と一緒に、後方から一発、上下からそれぞれ一発ずつ光球が加速したことを。
「そんな……!?」
先程の『光羅』。あの場合は全てが同一の行動を取っているだけまだ素直に感心できた。かなり魔力コントロールが高いのだな、と。
だが今回は違う。五発それぞれが全て別の動きときた。
一発は結界の直前で停止。二発はそれぞれ上と下へ、そして二発は左右から回り込んで後方へ。
なのはが実戦的な戦術魔術を習っていないことは、使っていた魔術で判断がつく。
だが、こんな操作……。仮にそんな訓練を受けていたとしても簡単にできる芸当じゃない。実際、フェイトとてこんな操作は不可能だ。
それを。いま神殺しを手に入れたばかりの、魔術も少しかじった程度の少女が、やってのけた。
素質、なんて次元じゃない。
これはもう――れっきとした他者を寄せ付けない、力だ。
「!」
激突。
光球が爆ぜ、爆発が宙に咲く。
「フェイト!?」
「『チェーンバインド 』!」
「しま……!?」
駆けつけようとするアルフの身体を魔力の鎖が縛り上げた。
ユーノが汗を垂らしながら、力の残りを振り絞る。
「行かせない!」
「ちぃ……!」
そんな二人の先で、なのはが息を切らせている。
「……」
無我夢中で放ったので手加減なんかはできなかった。というより手加減なんてできない、と言ったほうが正しいかもしれないが。
レイジングハートを持っていることで、相手の衣装が『バリアジャケット』という対物理・魔力装甲だということは知っている。
だから死んでいる、なんてことはないだろうが……、
「大丈夫、かな」
「……甘い」
え、と呟く間もない。
背中。そこにとん、と軽く触れられた手。その主は、
「あなたは強い。だけど……経験が足りない。あの程度の攻撃で構えを解いて、なおかつ相手の心配なんてするから――」
「っ……!?」
「――私に負ける」
無傷の、フェイト。
「撃ち抜け、轟雷!」
『Thunder Smasher.』
そして、結界を展開する間もなく零距離でそれは放たれた。
「きゃあああああああああ!?」
「なのは!?」
「どこ――見てんのさ!」
鎖の引きちぎれるような音と同時に声。瞠目するユーノにアルフは既に拳を振り上げており、
「はぁぁぁ!」
「ぐ――あぁぁ!?」
束縛術式が消えきる前だったせいで結界も間に合わず、こちらも直撃した。
なのはが地面に叩きつけられ、ユーノもまたその近くまで滑り転がっていく。
「う……」
「……っ」
かろうじて意識はある。だが、もう動けるだけの余力が二人にはなかった。
「今度こそ終わり」
そんな二人を見下ろすようにフェイトとアルフが着地する。苦悶の表情で見上げてくる二人に対し、フェイトは何か断ち切るように表情を引き締め、
「――さようなら」
フェイトの手に光が収束する。それを二人は見上げていることしかできず、なのははギュッと目を瞑り、
「『爆ぜし雷球(』」
刹那、割り込むようにしていきなり魔術が炸裂した。
「なんだ!?」
いち早くそれに気付き、フェイトを抱えて後退したアルフが発射先を睨み付ける。
「マリーシアさんから郊外で戦闘が行われているようだと聞いて来てみれば……」
土煙の向こうから声。浮かぶは二つの人影。
なのはとユーノが倒れ伏せたまま、フェイトとアルフが身構えてそれぞれ見つめる先。煙の晴れたその先にいたものは、
「あははー、なんかとんでもないことになってるねー、舞」
「……うん」
カノン王国軍の誇る、二大長の姿であった。
あとがき
こんにちはorこんばんは。神無月です。
というわけでようやく、本格参戦! 「魔法少女リリカルなのは」です。
……いや、まさか神魔にゲームじゃないものを出すことになろうとは思いもよりませんでしたよはい。まぁ好きだから良いけど(ぇ
それになのはを加えたことで神魔の設定をやや早めに公開できるようになりました。タイミングがなかっただけにこれはありがたい。
ともかく、なのはを加えたことで神魔も良い方向に進んでおります。はい。
さて、次回は舞と佐祐理が戦います。そういえば彼女たちが連携して戦うシーンもなかったですね。彼女たちの連携、とくとご覧あれ。
……まぁ本当は戦闘が終わるまで百三章で書くつもりだったんですが、長くなりすぎたんで繰り下げ。次回も若干長くなりそうです(汗
では、また。