神魔戦記 番外章
「動きの闇」
桜の舞う中で見上げる月は、また格別なものだと思う。
「やー、お疲れ様でした朝倉先輩」
「まったくだ」
時刻は既に深夜と言っても過言ではないところ。
月夜に照らされた桜並木の下を朝倉純一と天枷美春は二人してゆっくりと歩いていた。
ダ・カーポの諜報部隊長である天枷美春と朝倉純一がどうしてルドアの街の桜並木なんかを歩いているかと言うと、
「ってか、休暇中だっていうのによく働くなぁ、お前も」
「国に大変なことがあればどんなときでも動くのが軍人だ、と音夢先輩が教えてくれましたから」
「さよか。あいつも基本真面目だからなぁ」
実家がルドアの街にある美春が久しぶりの休暇で訪れて、そのまま朝倉家に遊びに来ていたのだがそこに事件発生。
ルドアの街から近いということで急遽仕事とあいなったのである。
ならなぜ純一も一緒にいるのかというと、つまるところ付き合わされたということだ。
純一としては手を出すつもりはなかったのだが、音夢が、
『私は勤務があるので無理ですが、兄さんは暇でしょう? なら美春の手伝いでもしてたまには国に貢献してください』
とうるさいので結局ついてきたのだった。
現場に着いてみれば、なんということはない。ただの酔っ払い同士の喧嘩である。
そんなもの自警団でどうにかしろと言いたいところだが、来てしまったものは仕方ない。捕縛術の得意な純一の手によってこの一件は落着した。
そんなこんなで、現在はその帰り道というわけである。
と、ふと純一は今更になって一つ疑問を浮かべた。
「そういえば美春。お前こんな時期によく休暇取れたな?」
「え?」
「ウォーターサマーかどうかは知らないが……最近魔族による襲撃事件が多いんだろ?」
「そうですね。でも、今回はお父さんの研究に付き合う、ってところもあったので」
「研究?」
「はい。朝倉先輩は美春のお父さんが何をしているか、もちろん知ってますよね?」
え、と純一が動きを止める。
指をこめかみに持っていき考えること一秒、二秒……三十秒、一分経って純一は目を開き、
「わかんねぇ」
「そうですね。朝倉先輩に一般常識を訊ねた美春が馬鹿でした」
「……いますこぶる馬鹿にされた気がするぞ」
「それはさておき」
流した、という純一の抗議すら流し美春は言葉を続ける。
「美春のお父さんは魔導人形の研究者で、トゥ・ハートとも技術同盟を組んでいるくらいの権威なんですよ?」
「……あー」
そういえば聞いたことある気がする、と純一は一度二度と頷く。
そんな純一の様子に美春はこれ見よがしにため息を吐き、
「自分で言うのもなんですけど、美春のお父さんは随分と有名なはずなんですけどねー。みんな天枷教授、とか呼んでますし」
「確かに。そのフレーズには聞き覚えがある」
まぁそれはさておき、と前置きし、
「で、それが今回の帰省と関係あるのか?」
「はい。今回お父さんが製作している魔導人形のテーマが『人格の形成』なんですが……それがとっても難しいことなんだそうです」
それはわかる。
魔導人形は魔導生命体と違い、人として作られたものではない存在だ。
人の形をしていなければ人の魂は宿らないが、人の形を成しているからと魂が宿るわけではない。
大賢者ヨーティアの言葉の通り、それは前提条件と絶対条件の差により明確だ。
魔導生命体は最初から人として作られた者。これに魂が宿るのは道理。
だが、魔導人形は人の形こそしているものの完全に構造は別であり、命の営みを完全に無視した状態から始まるもの。
故に魂は宿らず、人間で言うところの脳にあたる部位に刻み込まれた刻印通りの動きしかしないし、もちろん感情なんていうものはない。
天枷教授のテーマである人格の形成とはそれ即ち感情の付加と同義である時点で、相当な難題であるのは目に見えている。
「だから、お父さんは一つの発案をしました」
「発案?」
「はい。人格を一から形成するのは難しい。だからまずは“人格を模造するところから始めよう”と」
模造。とするとつまりは、
「美春の人格をそのままその魔導人形にコピーする……ってことか」
「さすが朝倉先輩。その見た目と性格に反して理解力の高い頭に美春、感服です」
「やっぱ馬鹿にしてるだろお前」
「や、それはさて置いて」
置かれた。
「お父さんは人格を形成する上で最も重要なものは記憶だ、という仮説を立てました」
「つまり、生まれてきてからこれまでの成長の記憶があってこそ、人格は形成される。
だから人格をコピーするということはその本人の記憶を魔導人形にコピーして、あたかも『ずっと昔から生きてきた』と思い込ませて魂の誘発を促すわけだ」
「……すごいです。さすが朝倉先輩。その理解力の早さをどうしてもっと有益に使おうとしないんですか?」
「余計なお世話だっ」
突っ込み、嘆息。純一はそれで、と手を掲げ、
「結局、どうなったんだ?」
だが美春はその先を答えようとせず、掲げられた純一の手を見つめていた。
「ん、どうした美春?」
「いえ、あの朝倉先輩。そこ、手の甲にあざが……」
「あん?」
目の前に持ってきてみれば、確かにあざができている。さっきの一件で知らず知らずのうちにできたのだろうか。
とはいえ痛みもない。放っといても大丈夫だろう。
「それより、話の続きだ」
「あ、はい。ええと、まだ結果は出ていません。先日美春の記憶は全て複製されたので、今日あたり入れられたんだと思います」
「あとは結果待ち、か」
「そうですね。もしこれで人格が形成されるようなことがあれば、ダ・カーポも他国に対して大きなポジションを得ることができますよ」
とても嬉しそうな素振りの美春。
父親の活躍も、それによりダ・カーポが世界的に有名になるのも嬉しいのだろう。
父親も、この国も大好きな少女だから。
「はぁ、まったく」
やれやれ、とこぼしつつ見るは、満月を背に舞い散る桜の花びら。
純一に釣られるようにして美春もそれを仰ぎ見ながら、うーんと背伸びをする。
「んー、それにしても風流ですねぇ。花見酒、月見酒、どっちもできますね」
「お前、酒なんか飲めたっけ?」
「あ、馬鹿にしてますねー。こう見えて美春お酒強いんですよ? 音夢先輩の二倍はいけます」
「……いや、あいつの二倍って一般人より遥かに下だろ」
「あ、あははー……」
まったく、と嘆息一つ。
面倒なことこの上ない一日だったが、まぁ……たまにはこういう一日も悪くは無いか、と思いかけた――その瞬間、
「――美春」
「……はい、気付いてます」
二人の歩調が止まる。同時、それまでのゆったりとした雰囲気も完全に霧散していた。
「何者だ? それだけ殺気ばら撒いておいて隠れるもなにもないだろ。出てこいよ」
すると、音もなくそれは現れた。
真正面。闇を背に人影が浮かび上がる。それはまさしく、
「女……?」
だが、同時に妙な気配を感じる。……人間族のものではない、これは、
「お前、魔族か」
「――」
だが少女は答えない。無言のままに二歩こちらへ近付き、その距離はおよそ五メートルとなる。
「……戦る気満々、か」
「朝倉先輩、もしかしたらこの人があの襲撃事件の犯人かもしれませんよ」
かもしれない、と純一も頷く。
正体不明の魔族による襲撃事件。既に殺された人間の数は二桁に到達している。
どれもそれなりに名の知れた剣士や魔術師などである。
そういった共通点からすれば、確かに純一や美春が狙われてもおかしくはないだろうが……。
「おいで、『ヴェキュラム』、『ブルタミカム』」
少女の声と同時、足元に二つの小型魔法陣が出現する。するとそこからそれぞれ赤と青の棒が湖面から浮かび上がるように現れ、
「……ふ!」
それを掴み、一気に引き抜いた。
「!」
左右一対。それは赤と青、二振りの鎌であった。
「魔物との契約の流用、ですか。そうしておけば確かにあんな大きな武器を持ち運ばなくてすみますが……随分と器用な真似をしますね。
ですがどうあれ、街内での無断戦闘は犯罪です。朝倉先輩、捕縛しますよ!」
「……」
「朝倉先輩?」
「あ、あぁ……了解」
美春が自らの得物であるナイフを取り出すのを見て、純一も懐から鎖を取り出す。
もちろんただの鎖ではない。これもれっきとした呪具である。だが……、
――なんだ?
あの鎌。なにかおかしい。
呪具、概念武装とは違う。ましてや一度王城で見た神殺しとも異なる。
それらとはまた別の……なにか。得体の知れない不気味さを感じる。
そんな一対の鎌を持ち、その少女が無造作に一歩を刻み、
「あなたたちに恨みはないんですけど……すいません。私の願いのために……死んでください」
「「!?」」
突如、気配が膨れ上がった。
「……嘘、だろ?」
この気配、尋常ではない。ただ相対するだけで肌を振るわせる強烈な威圧感。
純一の知る限り、これだけの気配を放てるのは本気状態のさくらくらいである。
――まずい。
確信する。これは自分たちの敵う相手ではない、と。
横目に美春を見れば、
――くそ、完全に飲まれてやがる!
あまりの気配に目を見開き、動きを止めてしまっている。王都ダ・カーポに仕える六戦将ですら勝てるかどうかという次元の気配だ。飲まれるのも仕方ないのかもしれないが……。
美春を連れて逃げ切れるか、と周囲を見渡すが――、
「逃がしは、しません」
「!」
濃密な気配が突如目の前に出現する。
純一は頭で考えるより早く鎖で防御姿勢を取る。数瞬の差でそこへ赤色の鎌が振り下ろされた。
「がっ!?」
受け止めたものの、あまりに重い一撃に膝が笑う。なんとか堪えたが、二撃目に耐えられるほどではない。
その速度、その力、まさに桁外れ。いまの純一で敵うような相手ではない……!
「――くっ、お前、何者だよ!」
「……芹沢かぐら」
「芹沢!?」
その姓に、驚きを隠しきれない。
芹沢。それはウォーターサマーの水瀬と並ぶ魔族七大名家のうちの一つではないか。
なんでそんな奴がここに、と考える暇もない。既に視界の中には青の鎌が横合いからこちらに向けられているのが見えている。
「……くそ!」
堪えきれない、とはわかりながらも再び鎖でその一撃を受ける。だが予想通り踏ん張りが効かず、そのまま大きく吹き飛ばされてしまう。
崩れる体勢。このまま追撃がくればもう次は迎撃できない。
「――っ!」
判断は刹那。
魔力による強化を左手に凝縮し、地面に突き立てる。
足が駄目なら、腕である。
急制動をかけ身体を防護するように鎖を展開。これで追撃は免れるはず。だが……、
「……?」
予想していた衝撃が来ない。つまりは、追撃がない、ということだ。
何故、と思ったのは一瞬。そこで純一は致命的なミスを犯していたことに初めて気付いた。
「美春!?」
名を呼び――そこで動きは止まった。
視線の先、そこには到底信じがたい光景があり――、
「……み、はる……?」
美春の背に、月光に栄える青のきらめきが見える。そしてアクセントのような、赤。
迂闊、後悔。そんな言葉が頭を過ぎるが、どれも既に遅きこと。
気配でわかる。
……天枷美春は、既に死んでいる。
「……っ!」
正確に心臓を一突き。ただ救いは、あまりにも正確な一撃に美春本人に痛みはあまりなかったことだろうか。
――なにが救いだ!!
己の思考に激を飛ばす。
天枷美春は死んだ。それは間違いなく自分の落ち度だ。
……否、この状況を第三者が見ていれば、どう見ても純一に落ち度などない。あるとすれば、強敵に対しただボーっとしていた美春本人だ。
だが、そんなこと純一には関係ない。自分が生き延びて、友が死んだ。ファクターはこの二つで十分だった。
しかし、悪夢はそれで終わらない。
「なっ……!?」
地面に崩れ落ちた美春の身体が塵になっていく。まるで吸血鬼の成れの果てのように、灰色の砂へと。
風にさらわれていく塵の向こう、芹沢かぐらはただ無表情に鎌を構え、
「この鎌たちは、呪いを受けた闇の聖具。魔、神、人、種族問わず殺した相手の血を啜り内包魔力を底上げする悪魔の特殊礼装」
鎌にこびり付いた美春の血が徐々に消えていく。……否、吸収されていく。
「吸血双帝ヴェキュラム・ブルタミカム。呪われし芹沢に代々受け継がれてきた、殺しの具現」
赤鎌ヴェキュラム、青鎌ブルタミカムがそれぞれ呼応するように淡く発光する。
その自らの武具を説明するかぐらの表情はどこか悲しげであったが、そんなことを純一が気付くはずもない。
彼の思考を埋めるのはただ一つ。
――許さない。
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
敵わない、勝てない、そんな単語は頭から抜けた。あるのは一つ、許さない。それだけだ。
純一は鎖――捕縛呪具『トゥルーメアー』を振り、勢いをつけてかぐらへと放つ。
それを美春を刺したブルタミカムで切り払おうとするが、そうはいかない。そもそも、そう簡単に迎撃できるものが捕縛呪具に成り得るか?
否である。
「――捕縛は成立する――」
呪(いを体現するかのように鎖は物理法則を捻じ曲げるような動きでブルタミカムを回避し、かぐらの身体に巻きつこうとする。
「!」
捕縛呪具『トゥルーメアー』。
純一が芳野の家を勘当されたときに黙って拝借してきた芳野家でも上位五つに入るほどのレアアイテム。
世界で最初に呪具を開発したという天才『乃亜』が作り出した、数少ない現存する呪具のオリジナルの一つである。
呪(いは簡潔。捕縛は成立する。
いかなる条件下であろうとも、物理法則、魔術法則を捻じ曲げて捕縛を成功させるという脅威の呪具。こと捕まえることに関してこれの右に出る道具はそうはないだろう。
だが、勘違いしないで欲しい。
呪具は万能ではない。呪具には基本的に『絶対はない』のだ。
確かにどのような条件下でもトゥルーメアーは捕縛を成功させようと動く。だが、これは時や空間を捻じ曲げたり、因果を逆転させることまでは届かない。
故に――成功しない場合もあるのだ。
「なっ!?」
トゥルーメアーがかぐらを捕縛しようとしたその瞬間、かぐらの姿が消失した。
同時に、風。
「馬鹿……な」
芹沢かぐらはトゥルーメアーの捕縛を逃れ、純一の目の前に立っていた。
空間転移ではない。あれはサイドマテリアル――こことは別の空間軸に入りそこからまた出てくるために、一瞬ではあるが気配が完全に消失する。
だが、いまそれが起こらなかった。そして、風が巻き起こったということは、
「移動したのか? あの一瞬で、トゥルーメアーの呪いすらかわして……?」
物理法則を捻じ曲げるトゥルーメアーの捕縛から、物理法則で逃れたかぐら。
否、その時点で事象は矛盾であり、強引に帰結するならば、
――こいつの移動速度は、物理法則を凌駕している……!
驚愕に顔を歪める純一の目の前、かぐらはただ無造作にヴェキュラムを掲げ、
「終わりです」
だが純一はその死の宣言を前にしながらも強い瞳を向け、
「こんなところで死ねるかよ!」
だが、そう言ったところでどうしようもない。トゥルーメアーで防御するよりも早く、それは来るだろう。
そしてそれはなんの躊躇もなく――振り下ろされた。
某所。人気のないその室内の中央、大きな寝台がある。
そこにいま一人の少女が横たわっている。
その少女はまるで息をしていないかのように――否、本当に息をしないままそこに寝ている。
よくよく見れば、少女の身体のいたるところにはケーブルが取り付けられ、その先には数えるのも億劫になるくらいの機械が接続されていた。
「――」
……と、不意に安定を示していたそのうちの一つが奇妙な数値を叩き出す。
「――」
まるでそれが始まりであったかのように他の機械までも異常を示し始める。
ある物は警告音を、ある物は強制的に機械を停止し、またある物は規定を超えた異常値にショートする。
その中で、
「――!」
突如寝ていた少女の瞳が強く見開かれた。
そのままいきなり背を起こし、上半身についていたケーブルがぶちぶちと千切れていく。
それを気にした風もなく少女は立ち上がり、全てのケーブルから解放されると、まるで確認するように自らの腕を眺めた。
右手、左手。そして足、身体、顔と触れ、
「そういう、ことですか」
納得がいったような言葉を漏らし、
「!」
突然走り出した。
向かうべき場所など一つしかなく。
「待っていてください」
そう言って、少女は飛び去った。
振り下ろされる死の一閃。
防御は間に合わず、その一撃は間違いなくこちらの命を刈り取るだろう。……美春のように。
だが、
――ふざけるな!
そんなのは認めない。音夢やことりを悲しませるようなことはしたくない。させない。
二人だけでなく、さくらや、眞子や工藤や杉並や他の皆とも、まだまだ話し足りない。遊び足りない。
それに、自分はまだなにもしちゃいない。こんな、なんの意味もないまま生を終えるなどと――、
「認められるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「!」
刹那、圧倒的な魔力が空間を染め上げた。
それは純一のものでも、かぐらのものでもない。
まったくの第三者。
ありえないはずの存在の迸りは、確かに力となってかぐらに突き走った。
「!?」
何処から放たれた魔力の弾丸。それを一対の鎌で受け止めるが、相殺しきれない。
かぐらはそのまま純一から引き離されるように吹き飛び、爆発が巻き起こった。
「な……んだ……?」
疑問と同時、なぜか右手の甲に痛みを感じる。視線を向ければ、先程あざがあった箇所に妙な紋様が浮かんでいて……、
「確認します」
いきなり上から響く、聞き慣れない少女の声。
仰ぎ見れば、翼もないのに空に浮かんでいる、黒い外套を靡かせたグレーカラーの髪の少女がいる。
「あなたが私のご主人様ですか?」
見知らぬ少女の突然の問い。答えられるはずもなくただ呆然としていれば、その赤い瞳はこちらの右手を射抜き、
「なるほど。間違いないようですね」
「君は、いったい……?」
それしか言葉が出ず、だがその少女はにこりと微笑むと、
「サーヴァント、キャスター。召喚に従いここに参上しました」
「サー……ヴァント? って、待て。まさかそれは――」
フェイト王国の聖杯戦争のものか、という言葉はしかし紡がれない。
既に少女……キャスターの視線はかぐらの吹き飛ばされた先を見据えていたからだ。
「サーヴァントではなさそうですが、どうあれご主人様を殺そうとする人は誰であろうと敵です」
晴れる砂塵。その向こうには、見た目無傷のかぐらが立っている。
だが、その表情は先程までの無表情とは違い、驚きと苦々しさに満ち溢れていた。
「サーヴァント……。いよいよ聖杯戦争が始まるんですね」
「その口振りからすると……あなたも聖杯関係者?」
その質問になぜか一瞬ひるんだようなかぐらだったが、すぐに平静を取り戻し、
「……間接的には、といったところでしょうか」
「間接的?」
「――聖杯戦争は、私の望んだ戦争ですから」
かぐらは一息し、そこで鎌を下げる。
「……とはいえ、いくら私でもサーヴァントと戦うなんて無謀はしたくありません。ここは逃げさせてもらいます」
「駄目です」
だがキャスターはかぐらの言葉を切って捨てる。そのあまりに大きすぎる魔力を徐々に集約させながら、
「ご主人様に手を出した事実は変わらない。残念だけど、ここで逃がす気はないですから」
「足の自信はあります。いくらサーヴァントと言えどキャスター……魔術師のサーヴァントでは追いつけないでしょう?」
だがキャスターはそれでも笑みを絶やさない。そんなものはまるでなんでもないことのような余裕の態度で指を振り、
「確かに速度じゃ追いつけない。でも……」
指が踊る。それはなにかの魔術式か。指先からこぼれる魔力の光が帯となり、円となり、紋様となり紡がれていき、
「魔術師(には魔術師(のやり方があるんですよ」
完成する。
宙に浮かぶ魔法陣。純一の見たことのない幾学模様はそれだけで神秘とわかる魔力を内包させ、
「――多重魔術式展開」
それは起きた。
かぐらの周囲に、同様の魔法陣が展開する。しかも一つや二つではなく、その数は既に三桁に届こうかというほどの。
「これは……?」
「私、伊達にキャスターじゃありませんから♪」
言って、キャスターは掲げた手を振り下ろし、
「『凄絶なる灰の矛(』!」
無詠唱で魔術が放たれる。だがそれはキャスター本人からではなく、
「まさか……!」
驚きの声もすぐに掻き消される。紅蓮の矛は周囲に展開した魔法陣全て(から撃ち出されたのだ。
四方八方から逃げる隙間もないほどの上級魔術の雨がかぐらに落ちる。
爆発、爆発、爆発。爆発が納まる前に新たな爆発が巻き起こり、まるでその爆煙は空へと立ち昇る龍の如く。
「こんな……」
純一、思わず絶句。
無詠唱上級魔術。しかもそれを不可思議な魔術式を利用して百に近い数を一度に使用するなど、どれだけの魔力を使うのか想像するだに恐ろしい。
これがサーヴァント。聖杯という願望機より呼び出されし、英霊。英雄と呼ばれた、最も神に近い存在。
だが、
「……嘘、だろ」
キャスターがキャスターなら、その相手も相手だ。
消えいく魔法陣。その中央で舞う煙の向こう……あまりの熱に陽炎すら巻き起こるその向こうで、しかしかぐらは間違いなく生きていた。
服が廃れて、やや肌に煤が付いているものの、それ以外に特にこれといった外傷は見当たらない。
こちらも純一からすれば十分『化け物』と呼ぶに相応しい存在だった。
「すごい、いまので傷一つないなんて」
キャスターは驚いているのかいないのかよくわからない口調でその事実を褒め称える。
だが、かぐらは防御姿勢をわずかに解きながらキャスターを見上げ、
「いまの魔術は私たちと同じ時代の言葉でした。……それほど遠い英雄じゃなさそうですね?」
「さて、どうでしょう? 私、冥土の土産に何かを教えてあげるほど優しい人間じゃないんですよ」
「――!」
手を掲げるキャスター。それに呼応するように再び数多の魔法陣が出現する。だが、かぐらはその発動よりも早く地を蹴った。
上手い。いくら魔術を撃つ媒体が多くあれど、そして無言詠唱であろうとも撃つまでのタイムラグは間違いなく存在する。
そして、数秒でもそのタイムラグが存在するのなら、かぐらにとっては十分な隙である……!
展開する魔法陣の間を駆け抜け、跳躍。わずか一秒足らずでかぐらはキャスターに肉薄する。
「ふっ!」
左右からヴェキュラムとブルタミカムを振るう。斬撃はそれこそ一瞬だ。魔術が関与できる間ではない。
……はずなのだが、
「甘いです!」
宣言と同時、刹那に上下左右の四箇所に魔法陣が出現しさらにまた刹那で魔術を形成、放つ。
一瞬と刹那。秒にも満たないその交錯は、しかし本来ありえない勝ちをもぎ取っていく。
「!」
直撃。受けたのは――かぐらだ。
「がっ……」
近距離で、魔術師が戦士系に競り勝つ。これはつまり死角がないということ。
「まだですよー!」
だがそこで終わらない。墜落していくかぐらの周囲にまた魔法陣が浮かび上がる。エンドレスに虚空へと出ずる魔法陣。魔力の限界はないのかと疑いたくなるほどだ。
しかし、これで終わる。
次の一撃はかわしきれるものではない。崩れた姿勢、加え空中ということもありその攻撃はもう対処のしようがない。
……はずなのに。
「死ねない……まだ、私は!」
「!」
ことここに至り、初めてキャスターの表情から余裕が消えた。
純一からではキャスターの表情は見えてもかぐらの表情は見えない。なぜなら、かぐらの落ちてくる方向はこちらで――、
「あ、」
そこから一気にまずい、という思考に行き当たる。
だが純一も、キャスターも遅い。気付くのが遅すぎた。
「ブルタミカム……!」
かぐらの言葉に青の鎌が反応し、液状に溶解し、そのまま変形する。それはかぐらの背に回り翼の形となると一度戦慄き、そして、
「……!」
旋回。そのまま速度を上げ落下姿勢のまま一気に純一へと振り落ちる。
「しまっ――」
だがキャスターは手を出せない。具現済みの魔法陣のどれから攻撃しようとも、かぐらが回避した場合に純一へ直撃するコースだからだ。
その間にもかぐらは迫る。
その腕には赤鎌ヴェキュラム。血にも似たその色を両手に抱え、かぐらは一気に疾駆する。
――その表情を、どこか悲しげに歪めて。
「私は死んでも良い! でも、まだ死ねない! 願いを果たすまでは……あの人を助けるまではっ!!」
純一がトゥルーメアーを引き戻そうとするが、それよりもかぐらの肉薄の方が早い。
駄目だ、誰もがそう思ったとき、
「!?」
直上から、なにかが強烈な速度で振り落ちた。それはまるで純一とかぐらの間に割って入るようであり、
「――させません!」
ガキィン、と。鉄と鉄がぶつかり合う音だけが空間にこだました。
「なっ……!?」
「あ……!?」
驚きの声は純一とかぐら双方から。
……無理もない。突如現れて超加速の力をも乗せたヴェキュラムの一撃をただの二の腕で防いでいるその少女は紛れもなく……、
「美春?!」
「くっ!?」
状況の混乱を隙にさせたくなかったかぐらが一気に距離を取る。
それを見て、しかし警戒は崩さぬままにその少女は純一に向き直った。
「……あ」
その首あたりではねる髪。どちらかといえば丸めの瞳。小ぶりな身体に、明るい雰囲気。
間違いない。それは、どう見ても、先程死んだはずの美春で……!?
「お前、なんで……!」
「天枷美春は、死にました」
「!?」
美春と思われる人物から放たれた、覆るはずのない事実。それに衝撃を受けながらも、しかし、
「……じゃあ、お前は……?」
「美春は、美春であって美春じゃありません」
どういう、と続けようとしてはたと気付く。そこに、一つの可能性があることを。
「お前、まさか美春の記憶をコピーしたっていう……魔導人形?」
少女が頷く。
それを見て、純一は項垂れた。
美春ではない。つまりこれは美春に似たただの偽者ということだ。
「ですが」
だが、少女は続ける。
「美春は、オリジナルの美春でもあります」
「……なに?」
「魔導人形には本来魂が宿りません。故に、気配の感じ方も人とは違うはずですが……朝倉先輩。いま、美春の気配はどう感じますか?」
なにを言うのか、と思いつつ感覚を研ぎ澄ましていく。すると、
「……おい、これって」
「感じますか? 人の気配を」
そう、それは本来ありえないこと。
この魔導人形からは、魂の波動……つまり人の気配を感じ、しかもそれは――美春そのもので。
「本来、美春はまだ動けない状態でした。ですがさっき、オリジナルの美春さんが殺されたとき、それは起きた」
それはつまり、
「魂が宿るには脳と身体が必要だ、というのはヨーティア様の言葉でしたか。
……美春さんと同じ身体、同じ記憶を宿した脳が、このボディにはありました」
「まさか……」
少女は頷き、
「いまここにある魂は、正真正銘オリジナルである美春さんの魂です」
「そんな、馬鹿な!」
だが、その叫びを放ったのは純一ではなかった。若干距離を取りつつこちらを凝視していたかぐらだ。
最初の頃の無表情な彼女がまるで嘘のように表情を崩し、かぐらは叫ぶ。
「だって……、だってこの時期に殺され、器を失った魂は皆聖杯に取り込まれるはず! そうして聖杯の願望機の性能を上げていく!
だから、……だから私はこうして――!」
「本来なら、美春さんの魂もそうなるはずでした」
泣きそうな、懇願に近いかぐらの言葉に少女の言葉が上から被さる。
「ですが……聖杯より近い場所に、聖杯に行き着くよりも安定する場所があった。それだけのことです」
そんな、と呆然と呻くかぐらを横目に、少女は再び純一へと視線を向ける。
「もう一度言います。美春は美春であって美春じゃありません。
美春さんの魂はここにありますが、オリジナルの美春さんが死んだのは紛れもなく現実です」
「……」
「ですが、魂がここにあるということは美春さんの全てがここにあるということです。
美春さんの意思、美春さんの考え、美春さんの想い、美春さんの……鼓動。全て、美春が受け継ぎました」
そこで顔だけでなく、身体全体を純一へ向ける少女。
真後ろにかぐらがいる状況で無防備極まりないが、それを気にする風もなく少女は純一を見つめ、
「美春は偽者です。ですが、この想いは全て本物です。そしていま、一番強く想っていることは、ただ一つ」
一拍。そして、
「朝倉先輩を守りたい」
「!」
「偽者だと、そう思ってくださっても構いません。それでも美春に……美春に、朝倉先輩を守らせてください」
その表情はどこまでも強く、本気なのだとわかる。
美春の魂。確かにそれはそこに感じる。
美春であって美春じゃない。それは言葉の通りで、とても難しいことなんだが……。
いや、と純一は心中で首を横に振る。
――いろいろと難しいことを考えるのは俺のキャラじゃないよな。
故に純一は美春を真正面から見つめる。そうして、
「女に守ってもらうなんて格好悪いけど……でもまぁ、それが美春の気持ちなら、素直に受け取ることにするわ」
ハッと、少女が目を見開く。
「……『美春』って、呼んでくれるんですか……?」
「あぁ。だって、お前は間違いなく『美春』だろう?」
すると少女――美春は泣きそうな顔で笑みを浮かべると、身を屈め、
「ありがとう、ございます」
いきなり、唇に唇を押し付けてきた。
「……!!?」
それはほんの数秒もない出来事。スッと離れていく美春の顔は恥ずかしそうな、嬉しそうな、そんな顔で。
「えへへ……」
「な、あ、お、み、美春!?」
「あ、や、決して美春に他意はないんですよ!? ただ、美春は魔導人形ですから、こうすることでしかマスターを守ることができないんです!」
「はぁ? それはどういう……って、待て。マスターって――」
「魔導人形法第一条二項。魔導人形がその戦力を振るって良いのは定められた主のためである場合に限る」
魔導人形法。それは魔導人形を製作する際に、どのような場合でも組み込まなくてはならない基本プログラムのことであり……、
「つまり、美春がマスターを守るためには、マスターに美春の『主』になってもらわなきゃいけないんですよ。さっきの口付けは、その契約です」
「そ、そうなのか!?」
「そうなんです。マスターも感じませんか? 美春にラインが通じたのを」
確かに感じる。うっすらと、自らの内側から外へ流れる魔力のラインが二本。
……もう一本は上空でこちらの様子を伺っているキャスターへ、だが。
「これで美春はマスターのものです」
「美春、その言い方は御幣があるぞ!?」
「そして、これで美春はマスターのために戦えます」
純一の言葉を無視して、美春が視線を転じる。その向こう、いまにも泣き出しそうな顔をしているかぐらへと。
「あ……」
「どんな理由や事情があるのかは、問いません。それがきっとあなたにとって譲れないことだっていうのは、なんとなくですけど美春にもわかります。
ですが、美春さんが殺されたことは事実で、そしてあなたはマスターも殺そうとしました」
ざ、と一歩を踏み出す。
「……すいませんが、美春自身の恨みと、マスターへの忠誠のため……その想い、ここで砕かせてもらいます!」
同時、美春の右手を強烈な魔力の迸りが発露する。強力な魔力は風となりうねり、その握り締めた拳へと集約され――、
「グラビトンプレッシャー……ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁんち!!!」
周囲一帯を軋ませるほどの強烈な爆音を背に、右拳が飛んで(いった(。
それはなんの比喩表現でもなんでもない。文字通り美春の右拳は圧倒的な魔力を宿し、大気すらぶち抜く凶悪な弾丸となって突き奔る。
その光景に我に返ったかぐらが、咄嗟にヴェキュラムの柄を縦に構え防御姿勢を取る。そこへ、
「!?」
激突する。激突の衝撃だけで周囲の桜が根こそぎ吹き飛ぶほどの圧力が、点となってかぐらへとのしかかる。
「な、がっ、あ……っ!?」
「重力増加付与の一撃です! 美春のグラビトンプレッシャーぱんちは、どんな結界も意味を成しません!」
「……!!」
美春の言葉を肯定するように、ヴェキュラムの柄に皹が走る。どれかと言えば聖剣に分類される頑丈なヴェキュラムが、耐え切れない。
「かっ……!?」
「――ぶち抜いちゃえええ!!」
叫びと同時、ガラスが砕けたような高い音が一瞬響き、
「――――――っっっ!!?」
轟音と衝撃が、空間に奔った。
「……」
いまのは間違いなく直撃だった。自動制御で戻ってくる右拳を連結し、美春はクレーターと化したその向こうを見る。
巻き上がる砂塵で視覚では確認できないが、音の反射や物体の流れ、それら人では感じ取れない微細な物の動きから、一つの判断をする。
――立ってますね。
倒れていない。ダメージは確かに与えたはずだ。というより、死んでいたとしてもまるでおかしくない。
だが、
「……つぁ」
ピシャリ、となにか液体のようなものが地に跳ね返る音がその中心から響いた。
数秒、視界がクリアになった先……そこでかぐらは満身創痍ながらも確かに生きてそこに立っていた。
「はぁ……はぁ……」
息は切れ切れ。腰から上、肩にかけるまでの左半身は完全に吹き飛んでいる。出血などは言うに及ばず。
倒れてもおかしくない……否、むしろ倒れてなければおかしい傷で、しかしその瞳はまだ死んでいなかった。
死ねない、と。まだ死ぬわけにはいかぬと、その目が如実に語っていた。
「それだけの、理由があるんですね。あなたには」
その問いかけにかぐらは心底おかしそうに唇を歪め、
「……人を殺してまで叶えたい願いが、それだけのものじゃないと、思いますか?」
その一言で悟った。
あぁ本当はこの人、悪い人じゃないんだな、と。
「……ブルタミカム、『止血』、『再生』、『補強』」
ポツリと呟いた言葉に、背で翼をかたどっていた青鎌が再び液状へ変化し、消失した左半身を覆っていく。
流血が防がれ、魔族の自己再生を考慮しても速い再生が開始される。あのスピードなら、十分もあれば左半身ももと通りだろう。だが、
「そうはさせません」
その周囲を魔法陣が封鎖する。
「その想い、その意思……私にもあなたがとてつもないものを抱えているのはわかります。でも――」
魔法陣に魔力が集約されていく。それを虚ろな目で見るかぐらをキャスターは見下ろしながら、
「……あなたをここで逃がしたら、あなたはまた人を殺す。そうですね?」
かぐらは返事をしない。だが、それが全ての答えだった。
キャスターが無言で手を掲げる。呼応して魔法陣は輝きを増し、その向こうでは美春も魔力を拳に宿し構えている。
絶体絶命の状況。その中でかぐらは唯一残った武器、半壊したヴェキュラムをギュッと握り、
「……ヴェキュラム」
呼び声に、ヴェキュラムが赤く発光する。
キャスター、美春共にそれがなにかの兆候であることはこれまでの戦闘で気付いている。させまい、とそれぞれの力を発動させようとして、
「『強化』」
だが一足先にヴェキュラムが液体に変化し、かぐらの足へと収束する。そこからは、まさに一瞬だった。
「「!」」
音もなく……そこからかぐらの姿が消えた。
「足を強化させて最高速での離脱、ですか……」
「追跡(……、駄目ですね。有効範囲外へ離脱。速いものです」
敵がいなくなったことで魔法陣が消失し、美春も拳から魔力を解除する。
……ここに、激戦は終了を告げた。
とはいえ、残された課題はあまりに多い。
「……あー」
間抜けな声を上げる純一の先、二人の少女が互いを見つめ合っている。
その少女たち二人は互いを指差し、
「「誰ですか?」」
見事なユニゾン。しかしそうなるだろうなぁ、と純一も諦めの意味で納得。
だが片方は純一にとってもよく知らない相手だ。だから純一はキャスターを振り向き、
「キャスター……ってのは、あれだよな。サーヴァントの役割(の名だよな?」
純一の聖杯戦争の知識は決して多くはない。魔術に詳しかったさくらに二、三度聞かされたことがあるくらいなのだ。
「そうです。魔術師のサーヴァントですよ」
「なら、真名は別にあるんだよな。教えてくれないか?」
するとキャスターは横目に美春を見つめる。その美春はなにを思ったかにぱぁ、と笑みで答える。
「……まぁ、この人なら大丈夫ですか」
「いまそこはかとなく馬鹿にされた気がします」
「その言葉、数十分前に俺が言った言葉だって覚えてるか?」
魂を引き継ぐ美春は覚えがあるのだろう、あははー、と笑みで誤魔化すが、それすらキャスターは無視し、胸に手を当て、
「では、改めて。……私はアイシアといいます」
にこりと微笑むキャスターことアイシア。その拍子に揺れる緑のリボンがまたなんとも子供っぽいが、これでも彼女は英雄であり、実際さきほどあれだけの戦闘をしてのけたのだ。
……改めて見るとまるでそんなふうには見えないが。
しかし、
「アイシア……?」
英雄である、ということは良くも悪くも有名なはずだ。なのだが、
「……聞いたことないぞ」
だが、純一は歴史などに興味を持たない人間だ。もしかしたら自分が知らないだけかもしれない。
そう思い美春を見るが、同じなのか首を横に振るのみ。
「……自分で言うのもなんなんですが、けっこー有名だと思うんですけど……」
ちょっと拗ねるアイシア。その頬の膨らまし方とかまさしく子供だと思うのだがどうだろうか。
そんなわけで美春もアイシアに対する自己紹介を終え、問題はこの状況をどうするか、に移行する。
一つ。美春が死んだこと。それに伴う遺体がないこと。
二つ。起動していないはずの魔導人形美春がここにいること。
三つ。フェイトで行われるはずの聖杯戦争にどうしてか巻き込まれたこと。
四つ。この桜並木の惨状。
五つ。……流れで使い魔のような状態になったこの二人を、いったいどうやって音夢に説明するのか。
「そういえば、サーヴァントは霊体化できるんじゃなかったか?」
「そうなんですけど……」
むん、と妙な声を出すアイシアだが、その身体に変化はない。
「……どうも、できないんですよねぇ。それに少し記憶が曖昧ですし。きっとご主人様の変な召喚のせいですね、うん」
「まぁ、なぁ……」
否定はできない。というかむしろ召喚しようとしてすらいないのだから、それも仕方ないのだろうか。
というわけで、霊体化させて音夢に見つからずにどうにかしよう、という目論見は消えた。
「……あー」
どれだけ考えても解決案が見えてこない。
だが、だからとずっとここにいれば目撃者が現れてまたあらぬ騒動に巻き込まれないとも限らない。
純一は嘆息しつつ頭を掻き、
「仕方ねぇ。いったん家に戻るか」
「このパーティーでですか? にゃむ先輩の修羅の顔が見えますが」
「それを言うな美春。あとにゃむじゃなくて音夢な」
「はわわ」
そんなこんなで、純一一行は結局そのまま朝倉家に向かうこととなった。
流れで二人の強力な使い魔(のようなもの)を手に入れてしまった純一。
帰り道、純一は心底からため息を吐き、
「……これが、いろいろとかったりぃことに繋がんないと良いんだがな」
魔導人形。聖杯戦争。
純一の希望を世界は汲み取ってくれるのか。
……純一としては、儚い希望に望みを託すのみだった。
あとがき
どうも、神無月です。
……えー、はい。なんでしょう、この果てしない長さは(汗
通常の神魔なら3〜4話分ですよこれ。信じられます? いや、信じられない(反語)。
神魔過去最長記録更新しましたー(汗)
まぁ、それはともかく聖杯戦争です、聖杯戦争。彼女や彼やのお話は次かその次を予定。多分、次の次。
ちなみにキャスターですが、もちろんあっちのキャスターも出ます。どう出すかは、お楽しみに。
さて、サーヴァントとサーヴァント並の魔導人形という最強のカードを一気に二つゲットしてしまった純一。
気分はオベリスクとオシリスを手に入れた遊戯な感じか(マテ
本人まだ魔眼未覚醒なのに、こうして彼は徐々に世界の舞台へと腕を引っ張られていくのでした。
三大陸編で一時的に祐一に変わる主人公になるキャラなので、彼の活躍にご期待あれ。
あぁ、あと芹沢かぐらの性格が本編と随分違いますが、仕様です。
とはいえ、それにはちゃんとした意味があります。昔は原作同様元気いっぱいの女の子でした。ちょっとした事件以降、ああなった、ということで。
その辺もいずれ書きますが。
では、また。