「あ〜〜〜……」
「浮浪者みたいな呻き声を出さないでくれる? 魔理沙」
「……とは言ってもこればっかりは仕方ないぜ」
「まったく……」
やれやれ、と息を吐き、博麗霊夢が立ち上がる。
ベッドのサイドテーブルに置かれた桶を手に取り――そっと窓から外を眺めた。
「ここ連日雨ばっかりね」
「う〜ん、雨の中飛んでいったのがまずかったかなー」
「……むしろ私はあんたがそんなことになっているから雨が止まないんだと思うわ」
「それはひどいぜ」
「あながちハズレだとも思わないけど……まぁ、大人しくしてなさい」
霊夢はゆっくり振り返った。
するとそこには寝巻きでベッドに寝ている――そしてタオルを額に乗せてどこか顔を紅潮させた魔理沙がいる。
そのどこか虚ろな、まるで酔っ払いみたいに彷徨う視線に瞳を合わせ、呟いた。
「ホント、魔理沙が風邪なんて引くから雨が続くのね」
雨色マジック
拝啓。
霧雨魔理沙が風邪をこじらせました。
――と、いうわけで。
「こうして私が看病してあげているわけだけど――」
ぎゅっぎゅっ、とタオルを桶の中で洗いなおしながら、霊夢は半目で魔理沙を見下ろした。
「そもそもなんで私なの?」
「いやぁ、お前ならきっと暇だろうなぁ、なんて思っ――」
「帰って良い?」
「なははは、悪い悪い。いやまぁ、一番付き合い長いしな。……迷惑だったか?」
む、と霊夢は動きを止める。
そういう言い方をされては迷惑だ、と言えるわけもない。
別段看病自体を拒みたいわけでもないのだ。というか拒否したければ最初からそうしている。
というよりむしろ『あの』魔理沙が風邪を引いたとなれば、心配にならないわけがない。
だからまぁ、看病すること自体に不満はないのだが――、
「ま、良いわ。確かにあんたとは長い付き合いだしね。こういうことだってそうそうあることじゃないだろうし、たまにはこういうのもありだと思うわ」
絞って水気を切ったタオルを再び魔理沙の額に乗せる。
冷たいぜ、と目を細める魔理沙を見て、霊夢も思わず笑みをこぼす。
「それにまぁ……あんたのこういう弱々しい一面も見ることができたし?」
そこで霊夢は初めて気付いたように手を打ち、
「あぁ、そう考えるとちょっと役得なのかしら? あの魔理沙の弱っているところを見たのなんて幻想郷でもきっと私だけでしょうし」
「……そんなん見て楽しいか?」
「割と」
ふふん、と笑って見せる霊夢に魔理沙は困ったような笑みを浮かべるだけだ。
そういう表情を見るのもまた珍しい。いまのうちにもう少し拝んでみようと顔を近づけて――、
「……あら?」
それに気付いた。
「ん? どうした霊夢」
「……ちょっと、汗臭いわね」
うっ、と魔理沙の表情が固まった。
そしてやや表情を赤らめてそっぽを向くと、
「……だ、だって風邪引いてるしな。風呂にはさすがに入れないだろ」
ボソボソと呟く魔理沙。それを不覚にも少し可愛いと思ってしまった霊夢はハッとしたように首を横に振る。
――な、何を考えてるの私!? え、えーい! 邪念よ去れ! いね!
どうにか落ち着けた(と当人は思っているが顔は未だにやや赤い)霊夢は、その気持ちを誤魔化すように魔理沙の額にあったタオルを取り上げると、桶で洗いなおす。そして、
「そ、それじゃあ軽く汗を拭き取りましょ。魔理沙だってそのままじゃ気持ち悪いだろうし」
「んあ!? あ、あー、いや、さすがにそこまでしてもらうわけには……!」
「遠慮しないの。ほら、服脱いで」
「い、いぃぃいや、ホント、遠慮しておくぜ! 大丈夫だから!」
「駄目よ! 私が気になるんだから、ほら!」
「うわ、ちょ、霊夢!? こら、服を掴むな強引に剥ぎ取ろうとするな!?」
「往生際が悪いわよ魔理沙! 大人しくしてればすぐ終わるんだからあんたは大人しくしてなさい!」
「本当に良いんだって! わ、私だって恥ずかしいとかそういう感情持ってるんだぞ!?」
「あらあら、あんたにもそんな感情あったのね。ならそういう顔も見てみたい気がするわね。……っと、油断大敵ー!」
「うわっ!? こら、馬鹿、止めろって……!」
「馬鹿とは失礼ね馬鹿とは。ほら、次は下も――」
ガタン、と。
半ば気分が妙にノッてしまい止まるに止まれなくなった霊夢と、どこかいつもと違う霊夢に恥ずかしさと恐怖を覚えていた魔理沙の動きがその音によって止まった。
あー、と。わけのわからに声が二人同時に口から漏れる。
なんとなく。なんとなくだが……すこぶる嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
二人は汗マークを顔に垂らせたままブリキ人形のように、その音源に顔を向けてみた。すると、
「……え、えと、あの……」
そこには、顔を真っ赤で真っ青にするという器用なようで異常な表情をした、アリス=マーガトロイドがいた。
「あ、その……ふ、二人はつまりそういう関係で、それを知らずに私は……えっと、その――ご、ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇ!!」」
で、走り出したアリスを霊夢のナイス弾幕によって撃破確保し、どうにかこうにか誤解を解くまでには至った。
「も、もう! だったら最初からそうだと言ってよね! わ、私はてっきり二人がそういう関係なのかと……!」
アリスは顔を真っ赤に染めながら俯いてボソボソとそんなことを呟いている。
ちなみにいまはアリスと霊夢は二人して魔理沙の部屋の前で座り込んでいる。魔理沙の汗拭きはアリスの人形たちによって行われることになったからだ。
どうしても魔理沙が譲らなかったため渋々引き下がったが、なんとなく面白くない霊夢は指先で札を弄りながらアリスを見やる。
「っていうか聞かないで誤解した挙句に走り出したのあんたじゃない。まったくもう、おかげで無駄な労力を消費したわ」
「……その労力で夢想封印撃ち込まれた私はどうするのよ」
「安心しなさい。峰撃ちだから」
「普通に手加減抜きだったじゃない! っていうかそれ言葉おかしいわよ!」
「細かいことは気にするもんじゃないわ。そんなんじゃすぐ老いるわよ――って、あぁ、あんたはもう十分老いてるか」
カッチーン、とか。そんな音が聞こえたような聞こえないような。
「霊夢。……人にはね、言ってはならないことの一つや二つあるものなのよ」
「あらなに禁句ってやつ? ってことは図星ってわけか。あら嫌だごめんなさ〜い?」
ほほほ、と扇状に広げて扇子のようにした札を口元に持っていきおちょくるように笑う。
すると小刻みに肩を震わせていたアリスは我慢の限界だとばかりに腰を上げ、ズビシ! と霊夢を見下ろし指差した。
「今日という今日は勘弁ならないわ! 霊夢、その減らず口……私が修正してあげる!」
「あら、挑戦状? 良いわよ、別に。いつもの私なら面倒くさくてパスするところだけど、なんとなくいまは腹の虫が収まらないの。
その発散のために付き合ってあげても良いけど?」
立ち上がり、余裕のある流し目で霊夢はアリスを見る。対するアリスは目に闘志の炎を燃え上がらせて、手を振り上げた。
「来なさい、上海! このエセ紅白巫女をギッタンギッタンのボッコボコにしてやるわよ!」
『え、でもー……』
「良いから早く!」
頭に血が上っていたアリスは大事なことを忘れていた。
上海人形はいまは扉の向こう――つまり魔理沙の汗拭き真っ最中だったわけで。
そこで無理やり呼べばどうなるかと言えば――、
「おおう!?」
ドガァ、という破砕音と共にアリスの人形たちが魔理沙の部屋から出現する。
だが、扉を壊して出てきたのは人形たちだけではなかった。
人形たちに半ば引っ張られるようにして、その声の主までもが現れる羽目になる。
「「……あ」」
霊夢とアリスが少し頬を赤く染めながら同時にそんな声を洩らした。
視線の直下。そこには――脱いだ寝巻きを急いで包んだかのような魔理沙が倒れている。
だが急なことで間に合わなかったのだろう。いたるところの肌が見え隠れする様はむしろ全裸であるより妙に色っぽい。
いつもはあまり見えない肌は、意外というか予想通りというか……とてつもなく白くて綺麗だった。
加えて、突然のことに驚きながら恥ずかしそうに顔を真っ赤に染め、加えてやや目が潤んでいる挙句にその透き通るような髪を散らばせた魔理沙と来たらもう、
「「う」」
と、霊夢&アリスが呻いてしまうほどに反則的なまでに可愛かった。
だが、もちろん不幸と言うのは続くものである。
ガタン、と。
つい先刻聞いたばかりのような音が再び耳を打った。
今度はアリスを加え、三人の視線がギギギ、とそちらに向いていく。
「……」
そこにいたのは、普段は滅多に外に出ないはずの――パチュリー=ノーレッジだった。
「……ちょっと、本が必要になってね。良くなくても持ち出している本を返してもらおうと訪れたのだけど……」
そのパチュリーは倒れて半裸の魔理沙、魔理沙を見下ろす形で固まっている霊夢、アリスと順番に眺め、一つ頷き、
「……ちょっと、いえ、かなりタイミングが悪かったみたいね。……出直すわ」
何事もなかったかのようにドアを閉めた。
訪れる静寂。
そしてぴったり三十秒、動きを止めていた霊夢とアリスがハッと覚醒し、
「「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇ!!」」
とパチュリーを追いかけ再び弾幕が開始されるのであった。
「……ったく」
それを見送った魔理沙は、ゆっくりとした動作で起き上がり、しかし顔を赤く染めながらいそいそと寝巻きを着直していく。
遠くから「待ちなさいっつーの! 夢想封印!」とか「止まれ! ドールズウォー!」とか、「なんなのよ……サイレントセレナ!」とか、物騒な言葉が聞こえてくる中で、魔理沙はわしゃわしゃと頭を掻きながら、苦笑した。
「ホント、どうしてこー、何をするにしても騒がしくなるかねぇ」
でもまぁ、と目を細め、
「退屈しなくて良いんだけどな」
と、言いつつ魔理沙は八卦路を取り出しながら、うーんと背を伸ばしてみる。
身体からは、いつの間にか倦怠感が無くなっていた。
確かに汗を拭くという行為は正しかったのかもしれない。……それとも妙に身体が熱くなったせいで風邪も吹っ飛んだのだろうか。
それはともかく。
でまぁ、とりあえず、
「家の前で暴れ回ってる連中には、ちょいと大人しくなってもらうぜ。……ついでにさっきのお返しだな」
笑い、言った。
「恋符、マスタースパーク」
激しく煌く金の閃光が、雨雲と三人を吹き飛ばして晴れやかな青い空を覗かせた。
あとがき
ついやってしまった。今では後悔している(ぁ
というわけでこんばんは(?)、神無月です。
えー、というわけで東方SS。初です。
いやぁ、難しい。なにはともあれ難しい。さすがは東方。
でも書いてて楽しかったり。これもまた東方なり。
個人的には大好きなパチェにもう少し出番を増やしたかったけど、なんとなく話が破綻しそうだったので今回は断念しました。
……今度は永琳とかも書きたいなぁ、なんて思いつつ今回はこの辺で。
ではでは。