いつも怠惰な一日を送っていた。
どこにも変わり映えは無く、ただ時間を無駄に過していく日々。
そうして過ごしていた高校の三年間。
だけど、卒業も間近になった最近。
俺の周りは徐々に、しかしはっきりとなにかが変わっていた。
「そこで見つけたもの」
朝。
窓からこぼれる光に、目を覚ます。
時計を見やる。
時間はまだ八時を回っていない。
「・・・・・・んー」
ぼりぼりと頭を掻く。
どうやらここ最近はあいつのせいで朝早く目を覚ます習慣が出来てしまったようだ。
「二度寝・・・は無理だな」
目はパッチリと覚めてしまっている。これから再び寝る・・・というのも逆にかったるい。
「仕方ない。学校に行くか・・・。あいつを待たせるのも気が引けるしな」
誰がいるわけでもないのに、そんな言い訳がましいことを呟く自分が馬鹿馬鹿しい。
そのまま頭を振り、制服に袖を通すと俺は家を出た。
外は少し肌寒い。
夏が過ぎ、今は秋だ。しかし、木々を紅く照らしていた葉も既に落ち始め、もうすぐそばまで冬が来ているのが感じ取れる。
「寒いわけだな」
風にさらわれてきたのか、足元をいくつかの葉が通り過ぎていく。
「じきに冬・・・か」
視線を上げる。
視界に映るのは見慣れた制服姿。その登校中の風景に、なぜか自分までもが盛り込まれているのがひどく滑稽に思えた。
あれだけ嫌っていた光景。
どうして、俺はいま、ここを歩いているのだろうか。
立ち止まる。
なにか、どこかで歯車が変になってしまった気がする。
「・・・本当、なにやってんだろ。俺」
俺は一つため息を付き、再び家に戻ろうとして、
ガシッ。
誰かに腕を掴まれた。
・・・そんなの、誰かなんてわかっている。ここ最近でその腕の感触にも慣れてしまった。
「あの・・・、どこに行くんでしょうか?」
その声、その言葉にも慣れたもの。俺はもう一度吐息一つ。振り返り、その少女に視線を合わせた。
「あまりにもかったるくてな。もう一度帰って寝ようかと思ったんだ」
「駄目ですっ。ここまで来たんですから学校、一緒に行きましょう」
「いまのお前なら一人で坂ぐらい登れるだろう?」
「そういう問題じゃありません」
「なんだ、やっぱり俺がいなきゃ駄目なのか?渚」
「はい。わたしは朋也くんがいないと駄目なので早く行きましょう」
そう言って俺の腕をぐいぐい引っ張る渚。
顔を赤くしながらそういうことを言うのは反則だと思う。
・・・とりあえず、こんなことを言われたら一緒に行くっきゃない。そこら辺がわかってるから渚も今みたいな台詞を言ったんだろうが。
「・・・わかったよ。行くから」
「最初からそうやって動いてくれればわたし、あんな恥ずかしいこと言わずにすんだんですっ」
唇を尖らせて、しかしすぐに嬉しそうに笑うと俺の横に並ぶ。
「今日のお昼はみんなで食べられるでしょうか」
「さて、どうだろうな。みんな結構忙しいからな。全員集まるのは難しいんじゃないか?」
「・・・ですね。でも、たまにはみなさんそろって食べたいです」
寂しそうにそう呟きながらも、でもそれは贅沢ですね、と後付する。
そんな渚を見て、俺は、
「いつかみんなで一緒に食えるさ」
そう言って渚の頭に、ポンと手を乗せていた。
「・・・・・・はい。そうですよね」
少し恥ずかしそうに、渚ははにかんだ。
教室前。
渚と別れ、自分の教室に入ろうとしたとき、
「あ、岡崎さん」
俺を呼ぶ声が聞こえた。そっちへ振り返ってみると、
「風子か。どうした?」
大事そうに木彫りのヒトデを抱えた風子が立っていた。
「いえ、岡崎さんがこんな朝早くから学校にいることがあまりにめずらしいので、風子つい声をかけてしまいました」
「言っておくが、ここ最近は大体こんなもんだぞ?」
「えぇぇぇぇぇーーーーーー!?」
「驚きすぎだ、馬鹿」
「どうしました岡崎さん具合でも悪いんですかそれとも今流行の馬鹿にしか感染しないと言うあの幻の風邪にでもやられてしまったとかいえいえあるいはヒトデのことをあまりに悪く言うものだから神様に怒られてしまったとかそれとも遂に岡崎さんは余命幾ばくも無い病気だと申告されてそれならと真面目に学校に通って老い先短い人生に花を添えようとでもおぼっだでずかっ!?」
「流行してんのに幻ってどんな病気だ。っていうかもうとにかくわけわかんないから。しかも最後お前舌噛んだだろ」
ただ朝普通に登校しただけでものすごい言われようだ。これもあいつがあることないこと(主にないこと)をこいつに吹き込んだせいだろう。今度あったらただじゃおかない。・・・と心の中だけで言っておこう。口に出したらきっとただですまないのはこっちの方だから。
「それで、舌は大丈夫なのか」
「風子はいいのれす」
「いや、全然良さ気に見えないんだが?」
まぁ、本人が良いと言うのならそれで良いのだろう。そういうことにしておく。
「それじゃ、お前もそろそろ戻れ。もうすぐ授業も始まるぞ」
「あ、そうですね。―――って、いえ、別に風子は舌を噛みにここまで来たわけじゃないんです」
「そりゃそうだろうな」
「実はですね」
突っ込むが、無視される。
「今度お姉ちゃんがちゃんと籍を入れることになりましたのでそのご報告を」
「え、公子さんまだ籍入れてなかったのか?」
「あのときは式を挙げただけでしたので」
「そうか。そいつはめでたいな」
「はい。そういうことで今度風子の家でパーティーを開くことになりましたので岡崎さんも招待してあげます」
「・・・なんか最後の言い回しが微妙にむかつくな」
こめかみをひくつかせる俺を見て、風子は、あ、と声をあげて顔を俯かせる。
「・・・すいません。謝りますから、怒らないでください。・・・岡崎さんにはどうしても出てほしいんです」
しゅんとする風子を見て、目をぱちくりさせる。こんな風子は見たことが無かったからだ。
その姿を見、よっぽど公子さんのことが好きなんだろうな、と思う。・・・ま、今更だな。
「怒ってない。だから、ちゃんとパーティーにも出るさ」
「・・・絶対、ですか?」
「ああ。俺も久々に公子さんに会いたいからな」
俺の言葉に、風子はぱぁっと顔を輝かせる。
「これであの三角坊をかぶれますっ!」
「それかよっ!」
しょせん風子は子供だった。
「他の皆さんにも伝えたいので今日はあそこに行きますね」
「・・・ああ、わかった」
それでは、と頭を下げててけてけ走っていく風子。
それを見送って俺も自分の教室へと入っていった。
一時間目を寝て過ごした俺は背伸びがてらトイレに行くことにした。
そしてその帰り道、
ドゴッ!
「ぐふぅ!」
聞き慣れた打撃音と共に宙を舞う春原が目の前を通り過ぎていった。
唖然とした他の生徒たちの中、俺は平然と手をハンカチで拭きながら聞く。
「・・・それで、今度はこいつ一体なにやらかしたんだ?」
「こともあろうにその馬鹿は、下級生からジュース代をせびろうとしていたんだ」
返答は後ろから。
やれやれ、と息を吐き、俺は後ろへ振り返る。
「生徒会長も大変だな。智代」
「そう思うんだったらそいつをどうにかしてくれないか。朋也」
疲れたように息を吐きながらこちらへ歩いてくる智代。いつもの凛々しさもどこへやら、本当に疲労困憊のようだ。
「本当に大変そうだな。大丈夫か?」
「自分で決めたことだからな。疲れはするが、大丈夫だ。でも、心配してくれるのは素直に嬉しい」
そう言って小さく笑いかけてくる。
「そうか。ま、心配ぐらいならいつでもしてやるぞ」
「・・・心配というのはいつでもするものじゃないと思うがな」
「―――って、いつまで僕を無視してる気なんですかねぇ!?」
いきなりガバッと復活する春原。その様に一般生徒から思わず小さな悲鳴があがるが、こっちからすれば慣れたもの。驚く要素はどこにも無い。
「なんだ、生きてたのか」
「なかなかしぶといな。ゴキブリ並みの生命力か。こいつは」
「うわ、ゴキブリか。そいつは嫌だなぁ」
「私もゴキブリは苦手だ。・・・どうだ?こういうのは女の子っぽいと思わないか?」
「智代がゴキブリ苦手ってのも説得力かけるな」
どちらかと言えば懇親の力を込めて踏みつけそうだ。
「・・・それは、ひどいぞ朋也。少し傷付いた」
「あー、悪い。そうだよな、智代にだって苦手なものぐらいあるよな」
「もちろんだ。私だってれっきとした女の子なんだぞ」
「―――って、人のことゴキブリ呼ばわりした挙句にそのまま無視ですか!?あんたら悪魔ですねぇ!」
「うるさいぞ、ゴキブリ。ゴキブリはゴキブリらしくのた打ち回っているが良い!」
「なっ!?そんな理不尽な理由って―――ごふぅ!」
強力にして鋭角な智代の蹴りが春原の顎に炸裂する。そして宙に浮いた春原にさらに追い討ちで蹴りが叩き込まれる。
いーち、にー、さーん、よーん・・・。数えるのがめんどくさくなるぐらいに叩き込まれる春原。それは俺ですらほんの少し同情を誘うぐらいに惨めな光景だった。
「お・・・おか・・・。たすけ・・・」
なにか聞こえたような気がしたが、高い確率で幻聴だと思われるので俺は無視を決め込む。
智代はよほど鬱憤が溜まっていたのかこれでもかと言わんばかりに蹴り続ける。画面隅のヒット数が50を超えた辺りになってやっと、智代はフィニッシュの蹴りを放って春原をダストシュートに放り込んだ。
「ぼ、僕が・・・。一体、なに・・・を・・・」
遺言はそれだけ。ガクッと力尽きるとそのままずるずるとダストシュートへ消えていった。
・・・哀れ春原。お前のことはきっと忘れるだろう。
「それにしても智代。お前、やっぱ生徒会結構大変なんじゃないか?なんかいつにも増してすごかったぞ」
「ん・・・。私も少しそう思って反省してたところだ。・・・もしかしたら死んだかも」
「いや、平気だろ。あいつももうダストシュート歴、豊富だし」
「・・・そうだな。うん、きっとそうだ」
そうして智代は顔を上げる。
「では、私はそろそろ行く。他にもいろいろやることがあるんでな」
「頑張れよ」
「ああ。なんとか昼までには終わらせたいからな」
「おう、わかった。待ってるよ」
智代は頷き、そして去っていった。
しばらく廊下には状況について行けず、ボーっと突っ立ったままの一般生徒がたくさんいた。
さらに二時間目の半分を寝て過ごした。
既に眠気は消え、俺は窓の外をボーっと眺めていた。
隣の席に春原の姿は無い。きっと今頃再生の途中なのだろう。
教師が何か言っているが、耳から耳へと通り過ぎていく。受験組は必死に頷いているようだが、そんなのは俺にとっては別世界の話だ。
と―――、
「・・・ん?」
外を眺めていた視界の中。そこでいま何かが動いた気がした。
「・・・んん?」
動いたと思われる箇所をもう一度目を凝らしてよーく見てみる。
校門の近く。そこで確かにちょこちょこ動く丸いシルエット。
「あれは・・・」
間違いない。あれはボタンだ。
それを視認し、俺は立ち上がる。
「な、なんだ?」
唐突に立ち上がった俺に、声を上ずらせて教師が尋ねてくる。
「頭が痛いんで保健室に行ってきます」
「お、おい!おかざ―――」
有無を言わさず、俺は素早く教室を出た。
早く離れた方が良いだろう。俺は早足に校門へと向かった。
「やっぱ少し寒いな・・・」
外は教室より若干寒かった。
そうして体をさすりながら校門近くまでやってくる。
「ボタンー?」
姿が見えないので名前を呼んでみる。すると、
「ぷひー!」
「おわっ」
草葉の陰から突如現れてこちらへダイブ。
「ぷひー、ぷひー♪」
「まったく、お前は・・・」
どうやら俺を驚かせるのが目的だったようだ。目標達成に喜ぶボタンに、俺は小さく笑った。
そして俺が木に寄り掛かって座り込むと、いつもの定位置である膝の上に体を預けてくる。
「ぷひー」
ご機嫌なようだ。
その表情を例えるなら、温泉につかったじいさんとでも言えばわかりやすいだろうか。
そうしていつもの通りに背中を撫でてやる。
「ぷひー・・・」
なつかれたもんで、こうしているとそのうちボタンは目を閉じて眠りについていく。お決まりのパターンだった。
そうやってしばらく経つとやがて二時間目終了のチャイムが鳴る。
「ぷ・・・?」
「目、覚めたか?」
「ぷひ」
返事するボタン。
・・・毎回思うことなのだが、こいつやっぱり人の言葉がわかってるんだろうか?
「朋也ー!」
「ん?」
駆けてくる足音。その足音と声にボタンの耳が素早く反応し、嬉しそうな鳴き声を挙げながら短い足を高速で動かしてその主の方へと走っていく。
「あは、ボタン。元気だった?」
「ぷひー♪」
言わずもがな、杏である。
そうしてボタンを胸に抱いたまま俺の隣に座り込む。
「毎回毎回あんたも暇人ねー」
第一声がそれか。
「それが自分のペットを世話してくれていた奴に対する台詞か」
「まぁ、それについては感謝してるけど。ボタンもなぜか朋也にはすごくなついてるし。ね、ボタン?」
「ぷひ!」
返事したボタンはそのまま杏の胸からこちらの胸に飛び移ってくる。
「おっと」
「あはは。ほらね?」
笑いながら杏がこちらのボタンの背中を撫でる。
「そういえばお前、風子に変なこと吹き込んだだろ?」
「え、なに言ってんのよ。あたしがそんなことすると思う?」
「思うから聞いてんだろ」
「あら、やーね。あたしは事実しか喋らないわよ」
この笑みは絶対言ってることとやってることが違う証拠だ。しかし、
「ま、いいけどな」
風子と杏の仲が良いのはいいことだ。今回はそういうことで勘弁しておいてやることにする。
と、杏がこちらをじっと見ていることに気が付いた。
「なんだ」
「・・・朋也さ、最近変わったよね」
「そうか?」
「そうよ。なんか・・・まるくなった」
空を仰ぎ見る。
流れる雲を眺めながら、そうかもしれないな、なんて考える。
「それは・・・良いことなんだろうか」
独白のような呟き。それに杏は、
「さぁね。あたしにはわからないわ。でも―――」
そこでいったん言葉を区切ると立ち上がり、輝く太陽に手をかざしながら、
「あたしはそんな朋也も良いと思うけど?」
なんて笑って言いやがった。
「あはは・・・、なに言ってんだろ、あたし」
言ってみて初めて恥ずかしいことを言った自覚が芽生えたのか、ぽりぽりと少し赤くしなった頬を掻く。
「あ、あたしそろそろ行くわ」
「ボタンはどうするんだ?」
「大丈夫。一人でちゃんと帰れるわよ」
「・・・いつも思うんだが、こいつ本当にちゃんと帰れてるのか?」
「あたしが家に帰ると必ずいるんだから帰ってるんでしょ」
結果良ければ全て良しか。杏らしいというかなんと言うか・・・。
「それじゃ、またお昼でねっ!」
そう言い残し、ピッと手の平を掲げて杏は走っていった。
「・・・だとよ、ボタン。ちゃんと帰れな」
「ぷひ」
返事するボタンに笑顔を残し、俺も校舎に戻ることにした。
校舎の中はかなり静かだ。どうやら既に三時間目が始まっているようだ。
「となると、今更授業に出ようとは思えないわけだが・・・」
「朋也くん、こんにちは」
「だとすると、まったりとサボれる場所を確保したいな」
「朋也くん、こんにちは」
「しかしここら辺にそんな都合の良い場所あったかなぁ」
「・・・朋也くん、こんにちは」
「資料室・・・っていうのもありか」
「・・・・・・朋也くん」
「他には・・・。あの空き教室、とかだな」
「・・・・・・・・・」
「・・・あー。悪い、ことみ。ちょっと悪乗りしちまった」
振り返った先には案の定、涙目のことみが立っていた。
「朋也くん、いじめっこ?」
「まぁ・・・今回は否定できないかもしれないな」
ごめんな、と呟いて頭を撫でる。
卑怯かな、とも思ったが、ことみはこれで大概のことは機嫌が直る。
「・・・・・・朋也くんはずるいの」
ちょっと悔しそうに、それでも最後には笑ってくれることみ。
そんなことみに笑顔を返し、俺は口を開く。
「また、サボりか?」
「いまは特に聞いておかなきゃいけない授業もないから」
「そうなのか?」
「そうなの」
ことみがそうだと言うんだから、そうなのだろう。
「それじゃこれから図書室か」
ことみは頷く。それにつられて子供っぽい髪飾りが小さく揺れた。
「今日もご本に囲まれて、しあわせ」
「そっか」
「うん」
ほわっと、本当に幸せそうに笑う。
その幼さが、素直さが、ことみの魅力なんだろうな、と思う。
「??・・・なんか、ついてる?」
俺の視線を怪訝に思ったのだろう、ことみはぺたぺたと自分の顔をまさぐる。
そんなことみに俺は苦笑を浮かべて、
「いや。ことみは可愛いなって思ってな」
「・・・・・・・・・え?」
一瞬ぽけっとした表情で、しかし見る間に顔が赤くなっていく。
「・・・あ、ありがとう」
最後には俯いてもじもじと呟いた。
と、ことみは急に顔を上げると、
「き、今日のお弁当は楽しみにしていてほしいの」
「ん?なんか気合が入ってるな。どうした?」
「だって今日は・・・・・・」
そこまで口にして、しかしことみはそこで口をつぐんでしまった。
「?・・・なんだ、今日はどうした?」
「えーと・・・。秘密なの」
むん、といった感じで顔に力を込めることみ。
・・・なにかはよくわからないけど、とりあえず言ってはいけないことのようだ。
「・・・わかった。聞かないことにする」
「そうしてくれると嬉しいの」
ことみはホッとしたような顔で、言う。
それを見て、俺はそろそろ去り際かなと判断。
「それじゃな、ことみ。また昼に」
手を挙げてそこから去ろうとしたら、
くい。
袖を引っ張られた。
「ことみ?」
「えっと、・・・朋也くんも図書室、行かない?」
「一緒に、か?」
コクン、と頷く。
「・・・そうだなー。あそこも寝るには最適かもな」
俺の言葉にことみはくすっと小さく笑う。
「朋也くん、また寝るの?」
「その言い方はまるで俺がいつも寝てるばっかりに聞こえるな」
「なんでやねんっ」
「勇み足だことみ。いまの言葉にボケの要素はどこにも無い。早けりゃ良いってもんじゃないんだ」
「・・・漫才は奥が深いの」
しみじみと言うことみに俺は小さく笑う。
「行くか」
「うん」
笑顔で頷くことみと一緒に、俺は図書室へと向かっていった。
・・・図書室で中途半端に寝たせいかなんか余計に眠くなってしまった。
「やっぱり資料室に行くかな」
あそこならきっと目の覚めるおいしいコーヒーを出してくれることだろう。
時間はちょうど三時間目が終了したぐらい。だが、休み時間の中にあってなお、旧校舎に人気は無い。
そんな静かな廊下を一人歩いて、通い慣れたその教室の扉を開く。
「あ、朋也さん。いらっしゃいませー」
「よぉ」
本から視線を上げて挨拶してくる有紀寧に、俺は片手を挙げて返事をする。
「コーヒー淹れますね」
「いつも悪いな」
「いえ。好きでやっていることですから」
いつもの笑顔で、いつも通りにそう答えると、有紀寧はどこからか紙コップを取り出していつものようにコーヒーを淹れていく。
そうして二つの紙コップを持って机まで戻ってくる。
「はい、朋也さん。どうぞ」
「サンキュ」
目の前に置かれた湯気を立てるコーヒーに早速口をつける。少し寒いこの教室に、その温かさは格別だった。
「おいしい」
「ありがとうございます」
有紀寧も紙コップをその小さな両手で包み込むように持つと、そっと口へと運んでいく。
「やっぱり寒いときに飲むコーヒーはおいしいですね」
「有紀寧の真心がはいってるからな」
「あはは、そうですね」
ほんわかした雰囲気が資料室の中を覆っていく。
会話は無く、ただ静か。扉の向こうから聞こえてくる生徒たちの喧騒をBGMに、二人でゆっくりコーヒーを飲む。
「静かですね」
「・・・だな」
でも、それは温かい静寂だ。お互いそれがわかっているから、特になにも口にはしない。
そうして何分か経つと二人ともコーヒーを飲み終えた。
「朋也さんは四時間目どうするんですか?」
「んー?ここで寝ていこうかとも思ってたんだが・・・。さて、どうするかな」
「お昼寝ですか。それは良いですねー」
「おいおい、優等生がそんなこと言って良いのか?」
「わたし、そんな優等生じゃないですよ」
いたずらっぽくそう笑うと、有紀寧は椅子から立ち上がり、机伝いにこちらへ移動してくると、隣の椅子を引いて座る。
「安眠のおまじないをしましょうか」
「あるのか?そんなの」
「大概のことは。では、朋也さん。目をつぶってください」
「つぶるだけで良いのか?呪文は?」
「今回は呪文なしのおまじないなんです」
少し疑問に思ったが、とりあえず目を閉じることにする。
すると、有紀寧がすっと俺の体を引いて、倒された。そして、頬の辺りに温かい感触。
「お、おい、これ・・・・」
「はい。膝枕です」
見上げた先には、ほんの少し顔を赤くした有紀寧の笑顔があった。
「迷惑でしたら、やめますけど」
「いや、そんなことはないが・・・。お前、授業はどうするんだ?」
「さっき言いましたよ?優等生なんかじゃないって」
そう言いながら、俺の頭を撫で始める。
「おい・・・」
「いつものお返しです。だから、ゆっくり寝てください」
優しく、でもやっぱり少し頬を赤らめながら微笑む。
・・・かなわないな、そう思って。
「・・・わかった。それじゃ、今回はお言葉に甘えさせてもらうわ」
「はい。おやすみなさい」
「ああ・・・。おやすみ・・・」
心地よい感触の中、俺は瞼を閉じた。
そうして、昼休み。
俺は最近になって日課になった道を歩く。
旧校舎。その上。
いまはもうない、とある部活の部室。
手には一人で食うには多すぎると思われるパンの山。
それを見て、俺は一人苦笑する。
確かに自分は変わったな、と。
そしてその扉を開ける。そこには、
「あ、朋也くん。お疲れ様です」
渚が、
「風子の分のパンはどれですか?ヒトデパンはありますか?」
風子が、
「遅い、朋也。もうみんなで先に食べちゃおうかと思ったわ」
杏が、
「結構あるな。お弁当もあるのに食べきれるのか?」
智代が、
「きっと大丈夫なの」
ことみが、
「そうですね。みなさんで食べればどうにかなりますよー」
有紀寧が、
「ま、僕も加勢するから、万力さ」
「春原くん、それ言うなら百人力とか千人力だと思うよ・・・」
藤林と、ついでに春原が、
そこに、仲間が、友達がいた。そして―――、
「せーの!」
「「「「「「「「お誕生日おめでとー!朋也(さん)(くん)!」」」」」」」」
「すごいです、有紀寧さん。このオムライス、すごくおいしいです」
「渚先輩のお料理もすごくおいしいですよー」
「ことみさん。風子にそこのおしょうゆを取ってください」
「???・・・これ?」
「あ、ことみちゃん。それはソース」
「あ、椋。ついでにそのソースこっちにちょうだい」
「・・・杏はまさかこのパンにソースをかける気なのか?」
「智代ちゃん。杏って言う人間はそういうやつなんだ。だから、あいつと仲良くなるのはやめた方がいいと僕はおも―――ぐばぁ!」
目の前に、騒がしい光景がある。
以前まで、俺とはかけ離れた光景だったもの。
俺の近くには誰もいなかった。
それが当たり前で、それで良いと思っていた。
でも、違ったのかもしれない。
この温かさに触れてから、俺はそう思うようになっていた。
一緒にいると面白い。一緒にいると楽しい。一緒にいると自然に笑っている自分がいる。
・・・きっと、俺は心のどこかで望んでいたのだろう。こんな光景を。
それは無理なことなのだと勝手に決めつけ、自分から逃げていた。
でも、いまは違う。
歯車が変わったわけじゃない。ただ、止まっていたものが動き出しただけなのだろう。
俺はここで、この町で、この学校で、見つけたから。
人にとって、きっと一番大切であろうものを。
そこで、見つけたから―――。
あとがき
どもー、神無月です。
えー、というわけでしてこんなものをお届け。もう、なにが書きたいんだかさっぱりわからないままこんなものを作ってしまいました。
・・・どうなんでしょうねぇ?これ。読み返してみると「・・・なんですか、これは?」とか疑問に思っちゃうような出来なんですが・・・。
とりあえず、読んで「ふーん」とか思ってくれれば良いです。その程度のものなんで。
続きがあるとしたら、ヒロイン六人(+芽衣もありか?)による朋也争奪戦と言うのもありかもしれません。
―――いや、いまんとこ書く予定なんてないけど。ま、要望があれば書きますか。