さー、と小気味良い音が道路を打ちつける。
雨である。
天気予報では雨のあの字もなかったはずなのに、こうして実際雨は降っている。
「あー、くそ!」
思わず俺こと相沢祐一は暗雲とした空に向かって叫んでしまうくらいだ。
学校からの帰り道。不意の雨に降られながら俺たちは走っている。
ぶっちゃけ、すごく冷たい。
現在季節は秋。とはいえ冬もそこまで迫った時期の雨はすこぶる冷たく、肌に痛いくらいだ。
とはいえ、まぁ俺は良い。問題は―――、
「ことみ! 大丈夫か!?」
「……冷たいのー」
わずかに後ろ。パタパタと走ってくる少女は一ノ瀬ことみ。
ちなみに、俺の彼女であったりする。
……いや、まぁここで言うべきことでもない気がするが。
で、ここから近いことみの家にいま大至急向かっているところなのだ。
「見えた、ことみの家! 急ぐぞ!」
「うん!」
二人揃って一ノ瀬家到着。気分は24時間テレビを走りきった丸山弁護士の如し。
「……なにガッツポーズしてるの? 祐一くん」
「そういう気分だったんだ」
「?」
「それよりことみ、鍵、鍵。中に入ろうぜ。身体拭かないと風邪引いちまう」
「あ、うん」
そういうわけで一ノ瀬家にお邪魔します。
とはいえ、いままで何度もお邪魔した家。勝って知ったるなんとやら、だ。
廊下が濡れてしまうのを心中で謝りつつ、さっさと洗面所にタオルを取りに行く。どっちも濡れているのだから、これは仕方ないだろう。
「ほら、ことみ」
二枚のタオルを取り出し、一つを頭に載せてもう一つをことみに放った。
「あう」
だがことみはそれをキャッチしそこねて、ぼふっとその顔に直撃する。
……あぁ、可愛いなぁこんちくしょう。
少し慌てた感じでタオルを取り、細かい動きで髪を拭く様はどこか小動物のような感じだろうか。動作の一つ一つが可愛い。
って、見とれてる場合じゃないな。さっさと身体を拭いて服を脱いで廊下も拭かないと。
「……あ」
忘れてた。服、どうしよう。
……まぁ、いいか。服ごとストーブで乾かせばいいか。
「祐一くん、着替えなきゃ風邪引くの」
髪飾りを外して下ろした髪をタオルで拭きながら、ことみ。だが俺は笑いながら、
「つっても、着替えがないしな。ま、このままでも大丈夫だろ」
「でも、それだと風邪引いちゃうの」
「大丈夫だって」
と言っても納得いかないのか、むー、という感じで頬を膨らませることみ。
するとなにかが思いついたかのようにことみはポンと手を打ち、
「じゃあ、祐一くんお風呂入るの」
「は? 風呂?」
「そうすれば身体も温められるし、その間に制服も乾かせるの」
確かにそれは良い考えかもしれない……のだが、
「……その間に服を乾かすのはもちろん」
「私なの」
「だよなぁ」
風呂に入る、ということはもちろん素っ裸。下着まで脱ぐことになるこれ当然。
で、無論のこと下着まで濡れているわけだし、ことみなら普通に触って普通に乾かしに入るだろう。
一ノ瀬ことみ。挙動も精神も子供っぽいが、そんなところに羞恥心を感じないほどに実は子供である。
……いや、口では言わないけどね。泣かれるのもはさみ投げられるのもごめんだし。
問題は俺の心。もちろん俺も男なわけで下着を女、しかも彼女に構わせるなんて抵抗感バリバリなのだ。
「……いや?」
「あー、いや、嫌ってわけじゃないんだがー、そのー」
「じゃあ、お風呂沸かすの」
喜々として浴室へ向かうこのみ嬢。
その『嫌じゃない=肯定』という脳内方程式は人間関係じゃ通用しないんだよということをそろそろ教えた方が良いのだろうか。
天国のお義父さんお義母さんどうでしょうか?
なにはともあれこうなったことみはどうあっても止まらない。ここは要求を呑むしかないだろう。
……くっ、犯人との交渉に失敗したネゴシエーターのような心境だ。
「とりあえずいま沸かしているけど、いまのうちにシャワーでも浴びてれば寒くならずに済むの」
とことこと洗面所から出てきたことみは素足だった。ついでに靴下も脱いだのだろう。
「そうだな、そうするよ」
「服は脱いだら適当に置いておいて。あとで乾かすから」
「あいよ」
「じゃあ、私は着替えてくるの」
「おう、またあとでな」
「うん」
にこりと微笑み、てててと階段を上っていくことみ―――って、ちょっと待て!
「おい、ことみ!」
「?」
はてなを頭に浮かべながら振り向くことみだが、そんな表情をしている状況では決してない。
現在、俺が階下でことみが階段の中央やや上。自ずと俺はこのみを見上げる形になっているわけで、妙に短いスカートのその中身が見えてしまうわけなのだが……、
「……ことみ、お前、下着はどうした」
「? 洗濯に入れたけど」
そう、そのスカートから白かったり水色だったりというものが見えなかったのである。
敢えて色を口にするなら肌色。生まれ出でたときより授かる黄色人種の典型的な肌の色である。つまりは……尻。
「お前、ノーパンか!?」
「のーぱん?」
「いやいまの言葉は忘れてくれ。お前にはまだ早い言葉だった」
「その言葉、どんな辞書にも載ってなかった。今調べてみるの」
「やめーい! つか、どうして下着穿いてないんだ!?」
「だって濡れてるから、洗濯―――」
「理論は正しいが人としては正しくない行動だことみ。それではまだまだ世には羽ばたけんぞ?」
「祐一くん意味わからないの」
「むしろわかってくれいや頼むからマジでほんとわかってください」
じゃないと身が持たない。俺の。敢えてどこがとかは言わないが。
「よくわからないけど……善処してみるの」
と言って二階へと軽やかなステップで向かうことみ。
前向きな姿勢大いに結構なのだが、その動きは全然理解していない模様。
それでも視線を外せないのは悲しい男の性なのか。
「ふ……」
ニヒルな笑みを象ってみたがぶっちゃけ状況からは変態以上のなにものでもない。
「……素直に風呂入っておくか」
観念しましょう。それに、下手にうだうだしてたら着替え中にことみが入ってきかねないからな。そんなことになったら恥ずかしくて死ぬ。きっと。
びしょびしょになってしまった制服を取りあえず籠の中に放り込み、浴室へと足を踏み入れる。
標準的なバスルームだ。いや、若干浴槽は広いだろうか。
なんだかんだで既に湯は5割近くまで溜まっている。さっとシャワーで身体を流せば入って入れないこともないだろう。
嫌な感触をシャワーで拭い、浴槽へと身を落とす。
「うい〜……」
おやじくさいと言うなかれ。これはもはや本能レベルの問題なのだ。……きっと。
「あー、ぬくい」
冷え切った身体が少しずつほぐれていくのを感じる。身体の芯から温まるとはまさにこのことだろう。
極楽極楽、というやつだ。
『お湯加減はどう?』
浴室用の曇り硝子扉越しにことみの声。一緒にゴソゴソと聞こえてくる音は制服だろうか。
「おう、良い感じだ」
『良かった。寒いと思ったから少しいつもより設定温度上げておいたの』
さすがはことみ。ナイスな判断だ。
『制服もいま乾かしてるの』
「なにからなにまでサンキュな」
『どういたしまして』
甲斐甲斐しいことみ。きっと結婚したら良い奥さんになるだろうなぁ。
って何を考えているんだ俺はそんなまだ早い。いや、なんかこの反応もどうだろうか。
……というか、ちょっと待て。
制服を乾かしている、ってことは既に制服は持っていったってことだよな? とするとこのさっきから聞こえてくるゴソゴソという音はいったい?
するとなんの前振りもなくそれは起こった。
ガラガラ!
やぶからぼうに開かれる硝子扉。入り込んでくるものは冷気とそしてもう一つ。それは、
「お―――」
「〜♪」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!?」
バスタオルもなにもない、完全なる裸のことみであった。
れいにー☆ぱにっく
鼻歌交じりの強襲に思わずシャウトをかましてしまってからおよそ一分少々。
なぜかこんな状況になっていて。
「あー、ことみ?」
「?」
「やっぱりあれか? 風呂から出る気は無いのか?」
「だって冷えた身体温めないと」
「そうだな。最もだな。それじゃあ、俺が出て―――」
「駄目。祐一くんだってまだちゃんと温まってないの。いま出たらきっと風邪引いちゃう」
「わかったー! わかったから腕を掴まないでくれ柔らかいものが当たってるからぁぁぁ!」
ぜはぁ、ぜはぁと荒れた息を湯船の中で整える俺、相沢祐一18歳。
ちなみにことみがいるのも湯船の中であったりする。
無論、俺もことみも完全なる裸体。温泉じゃあるまいしタオルなど持ってこない俺に、そういう概念がそもそもないことみの結果である。
湯船は若干広いとはいえ、ほとんど大人に近い身体の俺たち二人では正直狭い。密着しなければとてもじゃなきゃ入れない。
だが、無論理性の面で真正面で向き合って入れるわけもなく、ぶーたれることみをなんとか宥めて現在背中合わせに浸かってたりする。
しかし、これでも十分恥ずかしいし動悸が苦しいくらいに早くなっている。
背中は完全密着。背中といえど女の子だとわかる柔らかな感触がぴったりと押し付けられればもう、こなくそって感じだ。
っていうかなんだこれは。新手の拷問か。天国という名の地獄道か。
あくまで無邪気なことみ対し健全な男子であるところの俺の身体は正直である。……これも正面向けない一つの理由なのだが。
ことみからすれば二人とも身体を冷やしたんだから二人で身体を温めれば良いということなんだろうが、そんな考え俺が辿り付く訳も無い。
……いや、ことみの性格考えれば到達できて然るべき答えのはずだ。男がいても平気でノーパンになる女の子だぞことみは。
とはいえ今更後悔しても反省してもどうにもならない。成すべきことは現状打破。これ一本につきる!
「なぁ、こと―――」
「それじゃあ、身体も温まったから、洗いっこするの」
「そうか洗いっこか。って洗いっこぉぉぉぉぉぉぉ!?」
デンジャー! きわめてデンジャーな言葉が出やがりましたよ大佐! もはや自分では対処できない領域にまで上り詰めようとしています!
だが俺の脳内エマージェンシーなど知るよしもないことみは、その性格とは正反対に成長したグラマラスな裸体を惜しげもなく晒しながら湯船から洗い場へ身体を移す。
……み、見てないぞ! 制服越しよりもさらに大きい胸なんか決して! 断じて!
「祐一くん?」
「おう、なんだ!」
「……祐一くん? どうして顔を逸らすの?」
「そ、そんな気分なんだ。まぁ、とりあえずあれだ、なんだ、そうだ。身体を洗うのなんて一人でもできるよな! よし頑張れことみ!」
「……洗いっこ、しないの?」
「ん、まぁ一身上の都合でな。悪いが―――」
「……うぅっ、ぐす」
「て、なぜ泣く!?」
思わず振り向き視界に飛び込んだものに思わずクラリと来たがとりあえずそれは理性で視界と記憶からデリート。ことみの顔に集中する。
「ほら、泣くなよことみ。どうした」
「……ぐす、だって、祐一くん私と顔合わせてくれないし、洗いっこしてくれないし。……私、きっと嫌われちゃったの」
「そんなことはない! 断じてない! 俺はことみのこと大好きだぞ!」
「……ぐすん、本当?」
「あぁ、もちろん。俺は世界で一番ことみが大好きだ」
宥めるためとはいえすごいこと言ってるぞ俺。だがそれでことみがこうして笑顔になってくれるなら―――、
「それじゃ、洗いっこ」
……神様、この笑顔はハルマゲドン級のトラップですか?
「それじゃ、先に私が祐一くんを洗うの」
あの状況で断れるはずもなく、結局なし崩し的に洗いっこをするはめに。
我が心よ。理性の貯蔵は十分か。
……駄目くせぇ。
「んしょ、んしょ」
ボディソープで泡立てたボディタオルが背中を上下に擦っていく。
あー、でも誰かに背中を洗ってもらうなんて何年振りだろう。これは正直気持ち良い。
「祐一くんの背中、大きいの」
「そうか?」
「うん。とっても」
ごしごしと。一生懸命だとわかる動きでタオルが動く。そして湯船から桶でお湯を掬い、背中にかけられる。
「ん、完璧」
「さんきゅー」
「じゃ、次は前なの」
「……は?」
するとことみは事もあろうにこちらの正面に回り込もうとしているではないか!?
「ちょ、ちょっと待てことみ! 前は良い! 自分で洗う大丈夫だ安心しろ!」
「洗いたいの」
「駄目だ! それは駄目! 精神衛生上よろしくない! つか俺の肉体的にもよろしくない!」
「……いじめる?」
「いじめてないし泣きそうにならないでくれー!」
その後渾身の説得によりなんとかことみを納得させることに成功。
母さん、俺は頑張ったよ。
だが、安心するのも束の間だった。
「それじゃ、交代」
そう、これは洗いっこ。
なれば、もちろん俺が洗う場合もあるわけでぇぇぇ!
「くっ……」
「〜♪」
俺の手には泡立てたタオル。目の前には嬉しそうにこっちが洗うのを待つことみの背中。
無論、下を向けば形の良い尻が―――っていやいやいやいやいやいや。
落ち着け俺、邪な感情に流されるな。俺はいまきっと神に試されている。そう、いまこそ明鏡止水を開眼するとき!
「祐一くん?」
「どわぁ、こっち向くな! お願いだから!」
「?」
不意に視界に現れた二つの果実に頭は暴発寸前。明鏡止水の頂は遥かに高かった。
首を傾げながらも前を向いてくれたことみの背中を眺め、決意を決める。
―――長期戦はこっちの消耗が激しすぎる。
ならば、短期決戦。さっさと洗ってさっさと終わらせる。これだ。これこそ必勝法だ。
「よし、洗うぞことみ」
「うん」
一応断りを入れつつ、タオルを背中に宛がう。
「むっ」
タオル越しでもわかる柔らかな感触。同じ背中でもどうしてこれほどまでに男と女じゃ違うんだろうか。
……いやいやいや、雑念は捨てろ。いまは洗うことにだけ専念する。そう、気分は全自動洗浄器。
とはいえことみは女の子。早くと言ってあまり力を加えすぎては痛いだろう。その辺を考慮しつつ、最善と思われる力でタオルを動かしていく。
「力加減はどうだ? 痛くないかことみ?」
「うん、とっても気持ち良いの」
その返事に満足し、上下運動を再開する。
……なんか卑猥か? 上下運動っていう単語。いや気にするな。気にしたら負けだ多分。
こうして洗っていると、ことみが綺麗なんだということがとてもよくわかる。
くびれのはっきりした腰。細い肩から伸びる綺麗な手。身体を洗うために纏め上げた髪から除くうなじ。形の良いお尻……っていやいや。
とにかく、綺麗だ。洗練された彫刻のような完璧さがそこにいる。
これが俺の彼女なんだよなぁ、と妙に感心。
「よし、これで終わり……っと」
湯で泡を洗い流し、終了。天国のような地獄もこれにて閉演だ。
「ありがとう」
「さて、それじゃ俺は―――」
「じゃあ、次は前をお願い」
「……は?」
何を言う間もない。ことみがこっちに振り返る。
「!!!」
咄嗟の、条件反射のような勢いで俺も後ろを向いた。
「くっ……」
一瞬しか視界に映らなかったはずだが、それでも鮮明に瞳に焼き付いてしまった刹那の静止画。
あぁ、もう綺麗だなぁ―――ってそうじゃなく!
「祐一くん?」
「あー、ことみ? 前は自分で洗ってくれないかなぁ?」
「……いや?」
来た。またこの流れだ。
どうやらもう逃げ道はないらしい。
「……わかった、わかったよ」
人間、諦めが肝心だと言った古人は素晴らしいと思った。
正面向き合いながらはさすがに無理だと言いくるめ、状態はさきほど背中を洗ったときと同様。ことみの背中を見つめている状態だ。
このまま手だけを前に向け洗うという戦法である。
……なんかこっちの方がえろい気がするがきっと気のせいだ。そう信じよう。
「じゃ、じゃあ洗うゾ?」
「祐一くん、声裏返ってる」
「き、気にするな。些細なことだ」
裏返りもする。前を洗うということはアレやナニまで洗うということだ。
はたして理性は持つのかどうなのか。
ことみはただ子供のように誰かと一緒に入る風呂を楽しんでいるだけに過ぎない。だが、こっちはもういっぱいっぱいになってきている。
―――くそ、持ってくれよ俺の理性!
心中で一括し、腕を前へとスライドする。
まずは腹。さすがにその上や下をいきなり洗おうなんていう度胸はなかった。
「ん」
「ど、どうしたことみ!?」
「くすぐったいの」
慎重になりすぎたようだ。もう少し力を込めることにする。
背中同様、やはり腹も柔らかい。あまり力を込めては壊れてしまうんじゃないかと思えるほどに。
「……さて」
腹はもういいだろう。腕は背中を洗ったときについでにやったから……残るはここより上と下、あと足だけだ。
どうするべきか。
心情としては足に向かいたいところだが、あからさまに場所をスルーしては意識していることをことみに知られる危険性がある。
だが、いまだに上や下を洗う度胸が沸かない。まぁいつまで待ったとて沸くものでもない気がするが……。
そうして手を止めて迷っていると、ことみがこっちの腕を取って、
「次はこっち」
「ぬぁ?!」
上に持っていった。
タオル越しでもはっきりとわかる柔らかい感触。沈み込む弾力。間違いない、これは―――、
「〜〜〜!?」
もはや声が声にならない。襲い掛かりそうになる本能を理性を総動員して押さえ込むので精一杯なのだ。
欲するは無我の境地。だが動かせばそれに従うように形を変えるマシュマロのような手触りは、そんな理性をことごとく食い潰してくる。
第十四防壁突破されました!
中枢まであとわずか!?
脳内管制室はもう大パニック。妄想劇場が始まるくらいに理性はタガが外れかけている。
加え、
「あっ……」
なんていう艶っぽい声が時折響くからたまったもんじゃない。むしろ誘ってるんじゃないかと疑ってしまうくらいの勢いだ。
そして悶々とした行為と時間が過ぎ……、
「終わったー!」
思わず叫ぶ俺。
ミッションコンプリート! 戦争終結! 世界平和をありがとう!
あれから上、下、そして足と全てを成し遂げた俺。理性という我が軍の兵もあと少しで全滅という状況だったが、なんとか間に合った。
いままで生きてきた中で最も過酷な時間だった。これだけの苦行を耐え抜いた自分を自分で褒めちぎってやりたい。
素晴らしいぞ俺! 頑張ったぞ俺! お前は男の中の男だ!
「ありがとう、祐一くん。気持ち良かったの」
「お、おう」
そのフレーズは正直危険な響きだが、ことみに悪意は決して無いので注意はしない。してはいけない。
「でもね、あの……」
「ん?」
「あの……なんかね、祐一くんに身体を洗ってもらってたらね、その……なんか身体が熱くなって」
「ぶっ!」
な、なにを顔を紅くしてこっちを見上げていますかこのお嬢さんは?!
もう無理です。我が軍の兵力は風前の灯です。現状での戦闘は敗戦へのデスロードでしかありません。よって、
「そうか! けっこー長い時間風呂に入ってたしな! のぼせたんだきっと、そうだそうに違いない!
よし俺はあがるからことみもしばらくしたらあがるんだぞ!? 良いな!?」
敵前逃亡。言うだけ言って風呂からあがった。
硝子扉を勢いよく閉め、肌に触れる冷たい空気に深呼吸。妙に力の入った肩をほぐし、
「……お、終わったぁぁぁ」
へたり込んだ。
天国と地獄の一丁目を垣間見た一日だった。
祐一くんがお風呂からあがっちゃった。
それを見届けて、私はふぅ、と小さく嘆息。
「祐一くん、意気地なしなの……」
私、頑張ったのになぁ。
魅力ないのかなぁ。
でも、
「まだまだ時間はあるのっ」
これからも頑張っていこう。
そう、決心しました。
あとがき
ども、神無月です。
というわけで、ShadowMoonさんのリクである『祐一とことみのお風呂でハプニングな微えろ』な話をお届けしました。
あぁ、こういうのはあれですね。表現が難しいですよね。ホントに。
深夜のハイテンションを利用して一気に書き上げたわけなんですが、どうでしたでしょうかね。
シャドさんが気に入っていただけるのなら本望ですが。
では、また。