―――ほとほと思うわけだが、どうにも俺って不幸の星に愛されているのかもしれない。

 いや、不幸と言うほど不幸だとは思わないんだけど、なんだろう。こー……悲しいくらいに騒がしいというか、周りが濃いというか。

 とりあえず、この現状はいったいどうしたものか。

 カチッ、カチッ、カチッ……。

 居間に響き渡る時計の針の音がやけに耳に響く。それだけの静寂と共にこの空間はとんでもなく張り詰めた空気に覆われている。

 どこかむすっとした表情で腕を組む遠坂。

 台所からちらちらとこちらを伺う桜。

 部屋の隅でどこか緊張の面持ちを浮かべるセイバー。

 状況が飲み込めず、少し困った風のライダー。

 そして……、

「へぇ。日本のお茶というのは初めて頂きましたが、なかなかどうして。美味しいものですね」

「ほう。カレン。あなたがお茶の味などを気にするとは……これまた面白い。なにか拾い物でも食しましたか」

「まさか。あなたじゃあるまいし。

 私はバゼット、貴方と違ってゼロかイチかという人間じゃありません。普段は気にいしていないだけで、味わおうとすれば味わえるのです。

 えぇ、あなたでは到底理解できない現象でしょうけれど?」

「なるほど。つまりこれは挑戦状と受け取って良いのですね?」

「さぁ、どうなんでしょう。とりあえず私は喧嘩を売った覚えはないのだけれど……ちょっと暴力主義な人が襲ってきたら自衛権は行使させてもらうわ」

 ……目の前でお茶を飲みながら火花を散らすカレンとバゼット。テーブルの向かいに座った二人は口調こそ穏やかたれ、中身が伴っていないのは言葉からも伺える。

 あぁ、この世に神も仏もいないのか。状況は一応の家主である俺を放置して銀河系の彼方にまですっ飛んでしまっている。

 ……うん。一応とか自分でつけてる辺り俺ももう駄目かもしんない。

 はぁ、と嘆息した途端、玄関の方からガラガラ、と扉の開く音。そしてドタドタと廊下を歩いてやって来たのは、

「ただいまー。お姉ちゃん帰ってきたよー! いやぁ、休日にも関わらず出勤とは、思わず自分で自分を褒めたくなっちゃうね。というわけで、このせんべいはわたしがいただきま〜す!」

 藤ねえである。その後ろにはイリヤの姿もあった。途中で一緒になったのだろうか。

 イリヤは面子に一瞬目を張るが、藤ねえはこの緊迫空間にまったく躊躇なく侵入……というか気付かずに件のテーブルに乗ったお茶請けに手を伸ばす。

「「お邪魔しています」」

 それに伴いカレンとバゼットが藤ねえにお辞儀をした。藤ねえは「はいはーい」とか言いながらせんべいを貪りつつ自分の部屋へと戻って行く。

 ……さて、発動三秒前。

 どどどどどどどどどどどすぱん!

「ちょっといったいなにがどうなってしろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 夜中の七時。虎が吼えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな輝かしい日常を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食卓にはいつも以上の料理が並べられていた。

 都合、八人分の料理である。いっそそれは壮観だった。ここまで並ぶと作った側としてもむしろ清々しい気さえする。

 ……のだが、

「「「「「「「「…………」」」」」」」」

 誰も何も喋らない。

 せっかく今日はこんな空気を少しでも和らげようといつも以上に奮起したというのに、これでは味の確認も出来やしない。そんな場違いなことを言ったら、眼光だけで殺されてしまいそうだ。

 だが、こんないるだけで痛々しい空気の中でもすっごくマイペースな人間もいるわけで。

「これはまた……。これを作ったのは貴方なんですよね、衛宮士郎?」

「え、あ、おう。そうだけど……。なんだ、やっぱりこっちの料理は口に合わなかったか?」

 出来る限り日本くさい料理は無しにしたかったんだが……。やっぱり賞味期限のネックで出さざるを得なかった刺身が原因か。

 だが、カレンは小さく首を横に振って、

「いえ、むしろその逆です。この国に来てからももちろん食事はしてきましたが、その中でもこれは一番美味しい」

 小さく微笑んだのであった。

 その、なんだろう。いつも悪魔めいたスマイルを常駐させるこの少女からするところの純粋な笑みは、ギャップも相成ってか、威力抜群なのだった。

「……ちょっと士郎。鼻の下伸びてるわよ」

「なっ!? いきなりなにを言うんだ遠坂!? 俺は決して―――」

「そんな、先輩……」

「桜も泣きそうな顔をするな! あぁ、もうどうしてここの住人は人の言葉を最後まで聞こうとしないのかな」

「それは心外ですね、シロウ。リンはともかく私はしっかりと聞いているはずです」

 セイバー。それも時と場合によっては違うと心の中でだけ言っておこう。あぁ、なんて小心な俺。

「……でも、いまいち納得できないのよねぇ」

 と、四杯目のご飯をおかわりしながら藤ねえが口火を切った。

「バゼットさん……だったっけ?」

 黙々とご飯を食べていたバゼットが箸を止めて頷く。

 ……というか今更なんだがバゼットもカレンも平気で箸使ってるよな。いや、セイバーやライダーの前例があったから気付かず箸を出してしまった俺が言うのもなんだが。

「の言い分はまぁ、わかるのよ。切嗣さん外国での仕事多かったし、そのお仲間というのも、やっぱりいっぱいいると思うの。

 だからまぁ、自分の家を見つけるまでという期間もあることだし、泊めてあげても良いと思うのね」

「ありがとうございます」

 律儀に頭を下げるバゼットに、藤ねえの方がいやいや、と手を振りながら恐縮してしまっている。

 ……初めてセイバーが来たときも思ったんだが、藤ねえはこういう礼儀が正しすぎるような相手がもしかして苦手なんだろうか。

「でもね、えーと……カレンさん?」

「はい」

 次いで視線はカレンへ。やはりカレンも箸を止めて言葉を待っていた。うーん、二人とも常識を知っていたのか。

「……いまなにか失礼なことを考えませんでしたか?」

「ぬぉ!? い、いや別に!」

 ちらりとこちらを見る目がひどく怖い。むぅ、女の勘というのは世界共通なのだろうか。

「で、カレンさんは外国の教会で切嗣さんにお世話になった、と。で、今度こっちの教会に赴任したんだけど、改築しないと住めない状況。

 だから改築が終わるまでは日本で唯一の知り合いである切嗣さんの家に泊まらせてほしいとやって来た―――で、良いのよね?」

「はい」

 藤ねえはんー、と小首を傾げ、

「でも、それってちょっと違和感? どうしても切嗣さんと教会っていうのがくっ付かないのよねぇ。切嗣さん神とか信じない性質だったし」

 さすが藤ねえ。切嗣のことをよくわかっている。さて、それに対するカレンの回答は……?

「えぇ、衛宮切嗣は神というものをあまり信じてはいませんでした。が、彼が教会に顔を出したのはそういった意図ではないのです」

「と、いうと?」

「教会では稀に孤児院を併設している場合があります。切嗣が来たところはそれです。ちょうど国家間で小競り合いのあった時期ですので、身寄りのいない子供を見つけてはよく教会に連れてきていたのです」

「あ、なるほど。それなら納得できる。切嗣さんらしいし」

 上手い。さすがは遠坂をして『知恵の強敵』と言わせるだけのことはある。切嗣の性格を的確に突いた話運びだ。

 ちなみに、バゼットの話もカレンが考えたことだったりする。バゼットは良くも悪くも一直線なので、藤ねえに元魔術師協会の魔術師だとか平気で喋りそうになったからな。

「ふむ。まぁ、切嗣さんを頼って来たのならどうしようもないかもね。二人とも永住ってわけじゃなくてしばらくってことだし。セイバーちゃんの前例もあるしねー。

 わかりました。認めます」

「「ありがとうございます」」

 二人しての礼に、やはり藤ねえは恐縮するのであった。

 そして、こうなると緊張感が抜けていく我が家の食卓。ふむ、やはりこの家最大のムードメーカーは藤ねえのようだ。

「そういえばバゼットさんはなにか武道でもやってるの?」

「ええ。少し」

「あぁ、やっぱり。なんとなく身体が引き締まっているなー、と思ったから」

「それならばタイガもです。なにか格闘技でも習得されているのですか?」

「えぇ。剣道を」

「ケンドー? ……響きからして剣を使ったものなのでしょうか?」

 空気が和やかなものに変質していく。藤ねえとバゼットはいきなりの格闘技談義に花を咲かせている。そういえばセイバーが来たときもこんな会話したなぁ。

「なるほど。これも美味しい。ここまで全ての料理が美味しいといっそ小憎たらしくなってきますね」

「カレンもやはりシロウの料理を美味しいと感じますか?」

「美味しい物を美味しいと感じる舌は持ち合わせています。これならセイバーが夢中になるのも頷けます」

「わかっていただけますか。カレン、あなたとは良い関係が築けそうだ」

「それはなによりです」

 こっちはこっちで食べ物談義か。いや、自分の料理を褒められるのは嬉しいのだが、カレンに褒められるとうっすらと鳥肌が立つのはなぜだろう。

「ねぇ、シロウ」

 と、そこまで無言だった隣のイリヤが袖を引っ張りながらこっちを見上げていた。

「ん? なんだ、イリヤ」

「本当にシロウはあの二人をここに置く気なの?」

「んー、まぁ、仕方ないだろう。そういう流れになっちゃったし、実際ここにはまだ空いてる部屋もあるしな」

 ふーん、とイリヤ。が、次の瞬間何か悪戯を思いついたような、ある意味イリヤらしい笑みが浮かぶ。

 あ、なんか嫌な予感……。

「じゃあ、わたしもしばらくはお兄ちゃんの家にお泊まりする―――っ!!」

「なっ……!?」

「ちょっ―――!」

 思わず絶句する俺と、怒りに立ち上がる遠坂。だが、それよりも早く、

「いけませんお嬢様!」

 すぱーん、と勢い良く襖を開けて入ってきたのは見慣れたメイド服に身を包んだセラであった。後ろにはもちろんリズの姿もある。

 ……いやもう、驚きには慣れたけどね。つか、自分の家で驚きに対して免疫できるってどういうことなんだろうか。

「むっ、セラ。リズまで。どうしてあなたたちがここにいるの?」

 むーっと頬を膨らませて突然の乱入者に不満を漏らすイリヤ。

 ……っていうか驚いてるのは遠坂とセイバーだけか。カレンとライダーやバゼットはなんとなく平然としているのがデフォのような気がするので違和感ないが、桜と藤ねえが驚かないのはすこし不思議だ。

 ま、藤ねえはただ単にバゼットとの会話に熱中しててこれに気付いてないだけかもしれないが。

「申し訳ございませんお嬢様。ですが私どもはお嬢様のメイド。エミヤ様のような獣の前にお嬢様をみすみす放置することなどできるはずもありません」

「おい待て。なんだ獣って」

「あら、獣。その通りじゃない貴方」

 と、横合いからなんかとんでもないことを平然と味噌汁飲みながら呟くカレン。

 なんだそのどこから見ても一方向にしか受け取れないような台詞は―――っ!?

「せ、先輩! まさかそんな……!」

「ちょっと! 見損なったわよ士郎!」

「ま、待て! 俺にはまったく身に覚えがぁぁぁ!?」

 いまにも泣き出しそうな桜に、手に魔力が集い始めている遠坂。まずい、このままでは藤ねえという一般人がいることも忘れてガントを撃ちかねない!

「落ち着いてください、リンもサクラも。シロウがそんなことをするはずがないでしょう」

 おぉ、さすがはセイバー! その信頼に俺はいま猛烈に感動している……!

「まぁ、確かに最初は優しいけれど。そのうちスイッチ入ったかのように激しくなるのよね。やめて、って言ってもやめてくれないし」

 と、そんなセイバーの言葉を打ち砕くカレン。くそぅ、たくあんをポリポリさせながら言うことじゃないぞそれ!?

 だが、今度は誰の反応も来ない。

「「「「………」」」」

 遠坂も桜もセイバーも、挙句傍観していたライダーまで顔を真っ赤に染める始末。

 ……あれ? ちょっと待ってなにこの反応?

「確かに、士郎ってそういうところあるし……」

「……そ、それはでも先輩も男の人ですから仕方ないような……でも……」

「……シロウとは終えると必ず鍛錬のとき以上の疲れが……」

「士郎はいつもが受け身なせいか、……少し嗜虐的なところがないことも……」

 バゼットは口元を崩しながら「ほほう」とか言って見てるし、藤ねえは「ん?」と首を傾げている。

 まずい。もし藤ねえが答えに辿り着いたら俺の命はない……!

 救いは藤ねえの脳内回転が遅いことか! いまのうちに全ての誤解―――じゃないかもしれないけどこのさい放置―――を解かないと!

「シロウ、ケダモノ?」

 が、そんなリズの無垢な問いが、一瞬で藤ねえのゴールを導いてしまったのであった……!

「し……」

 一拍の間。そして、

「しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 まるで隕石でも衝突したかのような衝撃が居間を突き抜けた。

「どういうことかきっちりばっちり説明しなさい簡潔に三文字で!

 大丈夫お姉ちゃん怒ってない失望してるだけ! ほら早く答えなさい!

 答えたらもれなくお姉ちゃんから士郎に切嗣さんに会いに行ける片道切符をプレゼント!

 釣りはいらないぜコンチクショ――――――っ!!!」

 襟首を捕まれ首が折れるくらいに振り回される。

 ぐふっ、やばい、マジでこのままじゃ気絶する……! 助けを求めようにも顔を赤くしてモジモジしている奴と平然と食事進めてる奴とニヤニヤと面白そうにこっちを見ている奴とむーっと頬を膨らませてる奴と状況が掴めず小首を傾げてる奴しかいない。

 くそぅ、俺に味方はいないのかっ! いないな!

「ちょっとタイガ! そんなにしたらシロウが死んじゃうでしょ!」

 だが救いの女神はいたのだった! あぁイリヤ、いつもは悪魔にも見えるあなたの背中には後光が射している……!

「駄目! いくらイリヤちゃんでもこればっかりは駄目! 教師として姉として、なにより人として許せない領域がここにはある!

 いまこそ聖剣虎竹刀を抜くときかもしれないというかきっとそう! いまこそ悪に鉄槌を下すときなのよ!」

「駄目じゃないタイガ! タイガの大事な弟だと言うのならまず信じる事から始めなさい。まだシロウは何も言ってないのよ?

 それを最初から他者の言葉で決めてかかってどうするの? それでもタイガは教師なの?」

「む、むむむ」

 イリヤの正論に藤ねえの勢いが止まる。

 ……いまの俺には雪の少女がまるで天使のように見えたのだった。

「……そうだよね。お姉ちゃんが士郎を信じなくちゃ駄目よね。ごめんね、士郎。お姉ちゃん、浅はかだった」

「いや、わかってくれれば良いんだ藤ねえ。その事実があまりに嬉しいからいまの強行はなかったことにしよう」

 大団円。これで全てが上手くいったと思い―――、

「そうよ。このシロウが攻めに回るわけないじゃない」

 ―――と、天使は悪魔へと変貌し、妖艶な笑みを持って俺の膝の上に乗り上げたのだった。

「シロウは最初っから最後まで受けじゃなきゃ。ね、シロウ……?」

 うふふ、と思わず見惚れてしまうような女の笑みを携えてイリヤはこちらの首に両手を絡める。

 淫猥な腕使い。まるで誘うかのような真っ赤な瞳。

 くっ、まずい! イリヤを完全に信じた俺が馬鹿だった!

 近付く唇。だが魅惑の魔眼でも使ったのか、身体はとっくに動きを取れなくなっている……!

 が、

「いけません、お嬢様!」

 それを阻止してくれたのはある意味で予想外の、また別の意味では予想通りのセラであった。

「ちょ、ちょっとセラ! 降ろしなさい!」

 セラに抱えられたイリヤがじたばたともがく。肉体的能力は人並みであるセラはそれこそ身体を揺らせながら、

「駄目です! アインツベルンのご息女ともあろう方がこのような下等な男と、せ、せ、せせ、接吻などと、あるまじき行為でしゅ!!」

「あ、セラ舌噛んだ」

「そんな些細な事はどうでも良いのですリーゼリット! ほら、肉体労働は貴方の管轄でしょう! 貴方も抑えなさい!」

「わかった」

「って、なぜ私を抑えるのです!? 私はお嬢様を抑えろと……!」

「駄目。イリヤ、嫌がってる」

「り、リーゼリットォォォ!!」

 一種の漫才を見ているかのようだ。とはいえ、これで俺も助かっ―――、

「しーろーおー?」

 ……ってない!?

 背後からゴゴゴゴゴ、という食卓にあるまじき効果音を背負って藤ねえが俺の肩に腕を置く!

「覚悟は……ばっちおーけー?」

「きょ、拒否権は……?」

「ふふふ」

 藤ねえはにっこりと笑い、どこからか取り出したあの伝説の虎竹刀を取り出して……!?

「な・し」

 

 

 

「天誅ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

 

 

 

 平穏な住宅街の中。虎の咆哮が夜空を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 賑やかと言うには少し過ぎた風景。その日常を眺めて、私は思わず微笑んだ。

 眩しい。自分とはあまりに縁遠い世界が、目の前にある。

 それは、とても遠―――、

「なにを遠い物を見るような瞳をしているの、バゼット」

 と、こちらの思考に横槍を入れて来る者がいた。

 この場で自分以外に喧騒に巻き込まれていない者など一人しかいない。

「……カレン。私はそんな目をしていましたか?」

 するとカレンは焼き魚を箸で啄ばみながら、

「わかっていることを敢えて他者に問いますか? 効率を尊重するあなたらしくもない。

 この日常に毒されでもしましたか?」

「むっ―――」

 ……悔しいが、その通りなのかもしれない。

 自分がこういった風景の中にいることなど、昔の自分は思いもしなかっただろう。この状況であっても少し信じられないのだから。

 ただ眺めているだけだったもの。別に羨ましいとも思わなかったが、“彼”と出会って、過ごし……その考え方も変わってしまった。

 それは良い変化だったのか。それはまだわからない。もしかしたら、悪い変化なのかもしれない。

 だが……、

「……ま、良いんじゃないですか、それで」

「え……?」

 考えもしなかった言葉が飛んできたことで、思わず唖然とする。

 そんな私が気に食わなかったのか、むっとした表情でカレンは箸を口に運ぶ。

「なんですかその驚きは。私がそんなことを言うのがおかしいですか?」

「えぇ」

 即答にカレンの動きが一瞬止まる。

 ……しまった。あまりの驚きに思わず本音が出てしまった。

 するとカレンは「そうでしょう、そうでしょうとも」とか呟きながら本日のメインである豚肉と野菜の炒め物に箸を伸ばす。

 それを口に含み、ゆっくりと咀嚼してからカレンは瞳だけをこちらに向ける。

「貴方がいままで送れなかった日常を望んだのは彼。でも、それを望んでいたのは貴方でもあるのでしょう?

 なら毒されなさい。いまは貴方にとって毒かもしれなくても、いずれそれが普通になりそれは毒でもなんでもなくなっていく。

 だからいまのうちに慣れておくのも手だわ。いっそ致死毒でも煽って一度壊れてみるのも良いかもね」

 ……いや、本当に驚いた。

 彼女とはそれほど長い付き合いでもないが、こういうことを言うタイプだとは思っていなかった。

 これは彼女なりの……励ましなのだろうか。どうなのだろう、ただの嫌味か皮肉かもしれない。

 けれど―――、

「……そう、ですね。カレン、貴方の言うとおりだ。私はいままでの私だけではなく、新しい場所を求めた。

 なら、新天地の空気は私にとって毒でしょう。けれどそれも慣れていくかもしれない。毒も、もしかしたら掛け替えのないものに変わるかもしれない」

 それは、とても素晴らしく、また儚いことのように思えた。

「……なんだ、貴方良い笑顔を作れるんじゃない」

「え?」

「なんでもないわ。独り言」

 顔をぷいっと逸らし、カレンは箸を置き手を合わせた。

 そんな彼女の行動に、思わず頬が緩む。

「カレン」

「なんです?」

「貴方も……少し変わった風に見えますよ、カレン」

 なっ、とカレンの動きが止まる。彼女を驚かせた、という事実はほんの少しの優越感があった。

 ほんの少し頬を染めながら、彼女はいそいそと立ち上がる。

 ……突っつくのは大好きでも、突っつかれるのは苦手と見た。

 いや、単に不意打ちに弱いだけだろうか。まぁ、そんなことはどうでも良い。真偽はこれからの日常で見つかるだろう。

「私は……ただ私のしたいことをするだけです」

 そう言うカレン。なるほど、と頷く。そして、

「奇遇ですね、私もです」

「―――確かに、それは奇遇です。私と貴方が同じ答えなど」

 きっとこれが最初で最後でしょう、とカレンは微笑んだ。

 真に残念ながら、これも同感だ。彼女と自分とではそりが合わない。むしろ対極に近い気さえする。

 けれど、それで得た答えが同じだというのなら―――、

 

「それはきっと、これからの未来へ通じる道標となるでしょう」

 

 それは確信。疑いようのない、事実だ。

 カレンと目が合う。そして、小さく笑い合った。

 

 

 

 光の世界。

 望んだ命。見つけた日常。

 飽きたとか言ったあの男に、当てつけのようにして生きていく。

 ……あぁ、騒がしい。

 そんな毒が、いつか星のように輝かしい存在に昇華することを強く願おう―――。

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 どうも、神無月です。

 Fate/hollow ataxia、達成率100%記念としてこんなものを書いてしまいましたー。

 これを読んで意味がわかるのも達成率100%になった人たちだけでしょう。

 ……しっかし、リクでも投稿でもない短編なんて何年振りだろうかという領域。そんなレアなものを書かせたFateクオリティにもう脱帽。

 これからもTYPE-MOONにはこういった作品を産出していって欲しいものです。

 

 

 

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