―――どうしてあなたは笑うの?

「楽しいから」

 ―――どうしてあなたは泣くの?

「悲しいから」

 ―――どうして、

「どうして、君はそんなことを聞くの?」

 ―――それは・・・。

「それは?」

 ―――・・・それは、わたしにはなにもわからないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が、深い底から上がってくるイメージ。

 深い深い、その黒い底。そこから上がってきて見えてくる光。それを目にした途端、いままで見ていたものを忘れてしまう。

 まるでそんなもの、最初から見ていなかったかのように、綺麗に。

 とはいえ、こういう知覚をできるのもいまだけだ。

 これも、目を覚ませば忘れるのだから・・・。

 なぜならこれは必要ない。コンピューターで言えばバグのようなものだから。

 だからなかったことになる。

 コンタクトできるのは限られた人間。自覚が生まれるのは世界から存在を消され始めた頃。

 しかし、自分はその中でも極めて異例で、バグの中でもことさら強烈なバグに近い存在。

 それはこの世界にとってなのか、『あちら』の世界にとってなのかは・・・正直わからない。

 光に近付くにつれ、思考が薄まる。

 ―――あぁ、目覚めのときだ。

 反転する。光が闇に、大地が空に、意識が無意識に、記憶が忘却に。

 そして・・・、

 

 時が、動き出す。

 

 

 

 

 

あの「えいえん」の日々

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

 目覚めはどこか不快なものだった。

 引きずるような眠気もなく、無闇に意識はしっかりとしている。なのにもかかわらず清々しいものなど一切ない。

 この・・・どことなくムカムカするような、それでいて切ないような感情は・・・いまも降っているこの雨のせいだろうか。

 ザ―――、ザ―――、ザ―――。

 まるでノイズのようにも聞こえる雨は、いまの頭には妙に響く。

 しかし雲は厚く、一向に晴れる気配などない。むしろ、心なしか雨足も強くなっている気さえする。

「・・・ったく」

 このままベッドに横になっていても気が滅入るだけらしい。そう考えて、彼―――折原浩平はゆっくりと起き上がった。

 なにを考えるでもなく着替え、ろくに支度もしていない鞄を持ち、そのまま部屋を出る。

「・・・」

 しかし扉を閉める前に、もう一度窓から見える雨雲を眺めた。

 自分でもよくわからないこの動作。見えるものなど無論灰色の雲だけでしかなく、

「・・・つまんねぇ」

 毒吐き、扉を閉めた。

 ザ―――、ザ―――、ザ―――。

 

 

 

「わ、浩平が起きてる」

 そんな言葉が耳に届いたのは、冷蔵庫から勝手に出したサンドイッチを食べているときだった。

「長森か」

「うん。おはよう、浩平」

 いつもの笑顔で、瑞佳が挨拶を放つ。しかし、いつもならそれに対しボケか皮肉かアクションで返す浩平も、今日はそういう気になれなかった。

 そんな浩平の幼馴染である瑞佳も、異変に気付いたのか小さく首を傾げた。

「どうしたの、浩平? なんかいつもと感じ違うよ?」

「・・・やっぱそう思うか?」

「うん」

 自分でもおかしいと思うのだ。他者が同じ事を思ってもなんら不思議ではない。

「ねぇ、浩平?」

「ん?」

「そのサンドイッチ・・・いつものと違うね?」

「あぁ。コンビニのもんだからな」

「手作りじゃないの?」

「忘れたんだろ。それか忙しかったか」

「そうかな? いままで由紀子さんどれだけ忙しくても、帰ってきてるときはちゃんと作ってくれたじゃん」

「それじゃあ、忘れられたんだろ」

「・・・え?」

「ん?」

 不意に、変な言い回しが口を突いて出た。

『忘れられた』

 なんとも奇妙な言い回しだ。しかし、なぜだろうか。不思議と違和感がないのは。

「・・・」

 残りのサンドイッチを口に放り込み、浩平はこの・・・胸から湧き上がってくるような妙な感覚を吟味する。

 それは・・・えもいわれぬ不安であり、また恋焦がれたような期待。

 相反する感情。交わらない情動。

「なぁ、長森」

「なに、浩平?」

 ふと、気になることがあった。

 それはいつもは気にすることもないような些細なことであり・・・しかしいま、なぜかとても大事なことであるように感じたから。

 問う。

「なんで俺は長森って姓で呼んでいるのに、お前は俺を浩平って名前で呼んでるんだろうな?」

「え、なに浩平、いきなり?」

「いや、なんとなくな」

 うーん、と瑞佳は首を傾げ、

「・・・わかんないよ。ずっと昔のことだし」

 だろうな、と思う。しかし、次の瑞佳の言葉によって、浩平は動きを止めることになる。

「じゃあ、どうして浩平はわたしのことを長森って姓で呼ぶの? 名前で呼んでくれても良いんだよ?」

「!」

 そう、そうだ。どうして自分は瑞佳と名前で呼ばないのだろうか。幼馴染なのだから、名前で呼んでもおかしくはないはずなのに・・・。

 しかし・・・、

 ―――瑞佳?

 その名を思い浮かべ、しかしなにかがしっくりこない。

 ―――みずか?

 その名は・・・なにか、この長森瑞佳では当てはまらない呼び方のような気がする。

 それは無意識な使い分けだった。だが、疑問に思った浩平の意識は、そこへ近付いていく。

 なにか、大切なことを忘れていること。

 誰かと出会った。

 誰かと誓った。

 誰かが待ってる。

 誰かが呼んでいる。

 ザ―――、ザ―――、ザ―――。

 ・・・ノイズが、うるさい。

「・・・みずか」

「なに?」

 瑞佳がこっちに視線を向ける。初めて呼ばれた名前に、どことなく嬉しそうな表情で。

 だが、浩平はゆっくりと首を横に振った。

「違う。・・・なんでもないよ、長森」

「? ・・・そう」

「あぁ。・・・そろそろ学校行くか」

「・・・うん」

 どこか心配そうな視線を向ける瑞佳に、しかし浩平は何も言わずその横を通り過ぎて玄関へと向かう。

 靴を履き、鞄を持って、立てかけてある青い傘に手を伸ばし、

「ねぇ、浩平」

 不意に呼び止められた。

 振り返ってみれば、どこか悲しそうな眼をした瑞佳がいる。

「なんだ?」

「・・・いなくなったりしないよね?」

「―――」

 言葉が、詰まった

 いくらか間をおいて、浩平は取り繕うように笑みを浮かべる。

「なんだいきなり。そんなことあるはずないだろ?」

「・・・ホント?」

「っていうか長森。なんで急にそんなこと言い出すんだ?」

「うん、ホント、なんでだろう・・・。でも・・・」

「でも?」

「なんか、急に・・・そんな、気がした」

「・・・・・・」

「そんなこと・・・あるわけ、ないのにね」

 そう言って向けられた笑顔を、直視できなかった。逃げるように顔を逸らし、青い傘を持って外へ出る。

 ザ―――、ザ―――、ザ―――。

 外は相変わらずの雨だ。頭に響く、嫌な効果音で大地を打っている。

「なぁ、長森」

「なに?」

 赤い傘を手に横に並んだ瑞佳に、視線を空に向けたまま、訊ねる。

「俺たちが初めて会ったときのこと・・・覚えてるか?」

 思案する気配。しかし、瑞佳はゆっくりと首を横に振った。

 ―――そうだろうな。

 自嘲気味な笑みを浮かべて、浩平は一歩を踏み出した。

「行くか、学校」

「うん。でも、このままじゃ・・・遅刻だね」

「良いんじゃないか? たまには・・・な」

 急ぐ必要もない。

 ・・・薄暗い道を、赤と青の傘が揺れる。

 くるくる、くるくる。

 切り取られたモノクロの景色の中、そこだけが現実なのだと訴えかけている。

 ザ―――、ザ―――、ザ―――。

 雨は、止まない。

 

 

 

 ―――どうしてあなたはそんな顔をするの?

「さぁ、なんでだろうな」

 

 

 

 渇望した世界が、近い。

 あのときに誓い、願い、切望した、変わりなき日々へと続くモノクローム。

 ザ―――、ザ―――、ザ―――。

 ザ―――、ザ―――、ザ―――。

 

 

 

「あれ・・・?」

 少女は足を止めた。

 降り続く雨の中、赤い傘を差した少女は一人、周囲へ視線を巡らせた。

 首を傾げる。

 なにを疑問に思ったのかすらわからず、少女はゆっくりと道を行く。

 ザ―――、ザ―――、ザ―――。

 

 

 

 風に揺られて、青い傘が空へと舞った。

 

 

 

 

 

 あとがき

 どーもー、神無月です。

 雲雀さんとこの「なんでもこいこいえんじょい祭り」に投稿した作品でした。

 えー、いつの間にか強制出場になっており、なんやかんやとせっつかれて二時間で作りあげた作品です。はい。

 もう何が言いたいのかさっぱりわからず、自分でも良くわかりません。強いて言うならその場のノリで書き上げました。

 なんとなーく、暗い、かな? それとも悲しい?

 まぁ、なぜかこんな風になりました。とはいえ、個人的にはこんな書き方も大好きです。

 では、これにて。

 

 

 

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