一瞬、自分はまだ目が覚めていないのかと思った。目の前の光景は全て夢なのではないかと。

 しかし頬を抓ったら普通に痛い。つまりどれだけ疑わしくとも、これは間違いなく現実だということになる。

 そんな栓もないことを真剣に考えて、彼女――長森瑞佳はただただ立ち尽くす。

 彼女はいま折原家の自宅前に立っている。いつもの朝のように、家の中へ上がって浩平をどう起こそうか……などと考えていたのが遠い昔のようだ。

 既に扉の前に仁科理絵がいたのだ。顔をやや赤く染め、何度も髪を弄ったりスカート丈を確認したりと挙動不審だ。

 だがそもそも何故彼女がここにいるのか?

 ……そんなことは、理絵のあのふにゃっとした幸せそうな表情を見れば一目瞭然だろう。

「悪い、理絵! 待たせた!」

 そのとき朝に弱いはずの浩平が扉から姿を現した。いつもならまだ寝ている時間だろうに、既に着替えさえ終わっている。

「ううん。このくらい全然平気。むしろ私が早く着いちゃったっていうのもあるし……」

 受け答えする理絵の口調もまたいつもと違う。それこそ親友である杉坂葵以外には敬語で接する彼女が、砕けた口調で浩平を迎え入れていた。

「そう言ってもらえると助かるわ。さすがに理絵をうちに入れるわけにはいかないしなぁ……」

「忍者屋敷みたいにトラップ満載なんだっけ? ……私が入ったら二度と出れなくなりそう」

「うむ。疑う余地なくそんな気がするから止めておこう。いっそあれだ、俺が理絵の家まで迎えに行くってのはどうだ?」

「え、えぇぇ! それは嬉しいけど恥ずかしいからやめておこう!?」

「そう言われるとやりたくなるのが俺である。そのうち決行すると思うので肝に銘じておいてくれたまえ」

「うぅ〜……。浩平くんなら本当にするんだろうなぁ……。き、気を付けないと」

「はっはっはっ。さてと、それじゃあ行きますか」

「うん! 好きな人と一緒に朝登校するの夢だったの。だから凄く嬉しいな」

「……そういうことさらりと言える理絵を俺は尊敬するよ」

「そう? だったらもっと言おうかな? いまの私なら、商店街の真ん中で叫ぶことも出来ると思うの」

「ちょ、いくらなんでもそれは!?」

「あはは、冗談冗談。さっきの反撃だよ」

「むぅ、理絵は意外としたたかだな」

「あ、嫌だった?」

「いや、俺としてはこのくらいのやり取りが好ましいよ。何より楽しいしな」

「なら良かった。こうやっていろいろと知ってもらえると嬉しいなぁ」

「ま、これからだな。慌てず急がず、俺たちのペースで行こうぜ」

「うん!」

 肩を寄せ合い学園へ向かう二人の背中を、瑞佳は電柱に身を隠しながら見送った。

「……そっか。浩平は仁科さんと付き合うことにしたんだ」

 胸にチクリとわずかな痛み。

 でもそれは……恋心ではない。恋に破れた悲しみではなく、瑞佳の胸中に去来する感情は――寂寥感だった。

 瑞佳にとって、浩平は誰よりも長く一緒にいた相手なのだ。

 だからこそ、寂しい。一人で先に大人になってしまったような、置いて行かれたような……いや、あるいはまだまだ手の掛かると思ってた子供が自分の手から離れて自立してしまったという、母親のような心境もあるのかもしれない。

 でも、それはきっと良いことのはずで。

 寂しくても、でも同時に間違いなく嬉しくもあったのだ。だから、

「頑張れ、浩平」

 その言葉を遠くに見える背に送った。

 そして同時に決意もする。

「私もいつか、浩平たちみたいな幸せ掴むもん」

 だからいま出来る最善の選択を。

 うん、と一つ頷いて瑞佳は方向転換。そうして彼女はそのまま彼女の想い人である祐一が住む相沢家に突撃していくのだった。

 浩平が恋人を持ったことで、瑞佳を中心に相沢祐一戦線も更に加熱していくことになるのだが、これはまだもう少し先のお話。

 今回は、まだ折原浩平と仁科理絵のお話である。

 

 

 

 

 

集まれ!キー学園

七十三時間目

「そのカップルに注意せよ」

 

 

 

 

 

 たまにこんな話を聞く。

 恋人になったからといって何かが劇的に変わるわけでもない、と。

 それはそれで正しいのだろう。付き合う前から既に周囲からカップルだと誤認されるほど仲の良い男女というものはいるし、それが付き合うことになっても周囲にとっては今更だ。多少の冷やかしで終わることだろう。

 問題は、それまでほとんどそんな素振りを見せていなかった男女がカップルとなった場合だ。

 前提条件が違うのだから結果も違う。即ち……本人たちにしろ、周囲にしろ、環境は劇的に変化するのだ。

 そう、例えばこの2-A教室のように。

「これは……どういうことだ……」

「一体何が起きている……?」

 折原浩平と仁科理絵が一緒に登校してきた。

 それはそれで珍しいことだが、まだ決定的ではなかった。

 だが荷物を机に置くやすぐさま理絵が浩平の席へと駆け寄って、

「あ、浩平くん。朝言い忘れてたんだけど……お昼一緒に食べたいな、って思うんだけど……どう、かな?」

 なんて、普段敬語のはずの理絵が砕けた口調で、しかもほんのり顔を赤くしてそんなことを言い放ち、

「おう、もちろん一緒に食べようぜ」

「良かったぁ……。ちょっとお弁当多めに作ったの。良かったら味見して?」

「へぇ、理絵の手料理か。それは楽しみだ」

 対する浩平もごくごく自然に受け止め、しかも『理絵』呼ばわりである。

 これで何もない、などとはどんなバカでさえ思うまい。

 住田や南森らいつもの連中は小声で互いの肩を叩きお前が行けお前が行けと押し付け合う。そして哀れ皆に生贄とされた御堂が押し出され、渋々浩平の席へと近付いていく。

 その足取りは重く、まるで太陽に近付く吸血鬼の如し。もはやその空気に当てられることさえ嫌だと言わんばかりの牛歩だが、それでも声が届くところまでやって来た。

 だから、聞く。聞かねばなるまい。背後の数多の視線に射殺される前に。

「お、おはよう折原」

「ん? あぁ御堂か。おはよう。お前が一人で挨拶しに来るなんて珍しいな。なんかの悪だくみか?」

「悪だくみとじゃなねぇよ。ただ……その、なんていうか仁科と異様に仲良いよな? だから、その、まさかとは思うんだが……お、お、お前ら付き合ってたりするのかなーって!」

 質問というかもはや悲鳴に近かった。心情としてはポケットの中の戦争のクリス。嘘だと言ってよバーニィ。

 だが現実は彼らにとって、そして何より一部の女子にとって非情であった。

「あぁ、実は昨日から付き合い始めた。な、理絵」

「あ、はい。そうなんです」

 笑い合う二人。幸せそうな二人。

 爆撃だ。それはもはや心を破壊し潰す爆撃に等しかった。

「「「「「えええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」」」」」

 彼らにとって、浩平はある意味で最後の堤防だった。

 キー学四天王がいくらモテるとはいえ、遊び自由第一主義である浩平は一番そういった恋愛(もの)には疎いだろうと、勝手に決めていたのだ。

 そしてその考えは浩平を慕っていた女子連中もまた同様。逆を言えばそういう認識があるからこそ、浩平の周りは祐一たちほど騒がしくなかったとも言える。

 だが、意に反してまさかその浩平が彼女をゲットするとは! 驚天動地ここに極まれり、である。

「う、裏切り者だー! 裏切り者が出たぞー!」

「天誅! 天誅にござる!」

「待て慌てるなこれは孔明の罠だ!」

「おのれぇ、リア充は皆死んでしまえば良いのに!」

「散々な言われようだな……」

 半目で呟く浩平のその余裕な態度がまた男たちの心をブレイクさせていくわけだが、そういう機微に気付くようならそれは浩平の皮をかぶった別の誰かだろう。

「浩平くんは人気者だから……。きっと皆、寂しいんだと思うよ」

「そうかぁ〜? 絶対違うと思うんだが」

「そうだよ。あ、私別に浩平くんを独り占めしようとか思わないから、遊びたいときは気にしないでね?」

 そう言う理絵に、しかし浩平は納得がいかないように首を傾げた。

「んー。そう言ってくれるのは助かるけど、なんかちょっと寂しい気もするな」

「寂しい?」

「そ。理絵はちょっと気遣い上手すぎな。それがお前の美点だってのはわかってるけど、折角恋人なんだしさ、もうちょっと甘えてくれても良いんだぜ?」

「あ、甘える……?」

「俺のことを考えて、俺のことを立ててくれるのは嬉しい。でもそんな一方的なのって楽しくないだろ? 俺も俺のしたいことを言うけどさ、理絵も理絵の好きなことを言えよ。

 そうじゃなきゃ恋人同士なんて言えないと俺は思うんだ。理絵はどう思う?」

「……そう、かもしれない。うん。え、えと、それじゃあ……今日の放課後、で、で、デート……行きたい、な?」

「おう、行こうぜ」

「あ――うん!」

 まさしく恋人同士の語らいである。見ている人間の方が当てられてしまいそうな、そんな幸せ空間である。

 おのれリア充め、という一部男子たちの怨嗟の交じった(更に一部怨嗟100%の)視線を受けながらも浩平は平然と理絵と会話を続ける。というより気付いていない。

 機微に気付かぬ浩平と、幸せすぎて周囲の視線がシャットアウトされている理絵。もはや二人の世界に割り込める者などいないのだろう。

 ……わずかな人間を除いて。

「あああああああああああああああああああああ!?」

 突如、教室に響き渡る絶叫。いや、悲鳴。

 浩平も理絵もこの段階ではまだ気付いていなかったが、クラスにいる半分くらいはその声が誰によるものかを察していた。

 そもそも『あの』仁科理恵に彼氏が出来たのだ。

 元々理絵は可愛いし性格も良いために好ましく思っている男子連中はそれなりにいたのだが、それを誰も近付かせなかったのは一人の少女がボディガードとして君臨していたからに他ならない。ならば、その人物がこの状況を見ればどうなるか。

 言うまでもない。こうなるのだ。

「こ、こい、びと……? で、デート……?」

 愕然、という単語が相応しい表情を貼り付けてドア付近で直立不動に陥っているのは、そう、大半の予想通りである理絵の自称ボディガードこと杉坂葵であった。

 これから何が起こるのか、と距離を取り始めるクラスの連中にまったく気付いていないのか、理絵は葵を見つけると笑顔になって駆け寄った。

「葵ちゃん、おはよう! あのねあのね、聞いてほしいことがあるの!」

「……えっと、とっっっっっっっっても嫌な予感しかしないんだけど……なに、かな?」

「うん。私、浩平くんとお付き合いすることになったの!」

 幸せ満面とばかりの理絵から放たれるは第二の爆撃。しかも集中爆撃。防御? 出来るわけがない。

 多分いま葵の心の中は耳をつんざくほどの空襲警報と見渡す限りの焼野原といった地獄絵図と化しているのだろう。

 と、誰もがそう思ってしまうくらい、葵の表情は凄まじいものだった(あまりにも凄まじすぎて直接的な表現を避けるレベルで)。

「? どうしたの葵ちゃん。なんかムンクの叫びみたいな顔になってるけど……」

「……お」

「お?」

「折原浩平ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぁぁぁぁぁあああああっちゃらぶるぁあああ!!!!!!!!!」

「うおおぉぉぉおお!?」

 叫ぶや否や、鞄を放り投げ理絵を跳び越すほどの大ジャンプ(助走なし。運動能力の高いキー学でも多分高跳び最高記録レベル)をかまし、浩平のすぐ横へ着地した葵はその剛腕を躊躇なく振るい、浩平は椅子から転げ落ちるようにしてその一撃を回避した。

「オイ危ないな! いまの明らかに加減してなかっただろ!? 当たったら俺でも下手したら死ぬぞ!?」

「何言ってるのよ殺すために放ったパンチに決まってるでしょう! なのに何避けてんのよ! 殺すわよ!?」

「なにその理不尽な言い分!? いや、つか何故俺がお前に殺されなくちゃならん!」

「黙れ! 私の、私の理絵を奪うやつは誰であれ死刑よ……! 貴様も殺して私も死んでやるー!!」

「って、ちょ、おま、マジで洒落にならん顔してるぞ!? 暴走したエヴァみたいな顔して、女子として笑い話にならんレベルに突入してるぞお前?!」

「UUUOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

「ちょ、声まで!? これはやべぇ! 本格的に逃げないとマジで殺されかねん……!」

 振り落とされる蹴りを転がって回避し、浩平はそのまま廊下へ出て、更に逃亡をはかる。無論逃がさんとばかりに葵もそれを追いかけていってしまった。

 嵐が二つ去って静かになった教室にくすくすと小さな笑い。それは理絵であり、

「葵ちゃんは本当にオーバーなんだから」

(いやいやいやいやいやいやいやいやいや!)

 教室に残る誰もが首を横に振った。そしてやはりそれにも理絵は気付かなかった。

 しかし浩平を好きになるような人物なのだ。あの殺伐としたやり取りも彼女の中では普通のスキンシップに見えているのかもしれないが……。

 

 

 

 いつまでも続くと思われた浩平VS葵のチェイスは、廊下を歩いていた霧島聖教諭に二人が衝突し、反省という名のもとに制裁されて保健室送りになったことで決着(?)となった。

 もちろん同じ保健室だから再度バトル勃発……なんてことにならないように念入りに制裁された二人は昼休みまでたっぷりと就寝。

 そしてその昼休み。

「おお、お弁当!」

「うん、頑張って作ってみたんだ。浩平くんのお口に合えば良いんだけど……」

「そりゃあ楽しみだ。それじゃあ早速、いただきまーす!」

 教室に戻ってきた浩平は、あの霧島聖に制裁を受けたにしては元気だった。いや、むしろあの浩平でさえ回復に四時間も使ったのだと考えるべきだろうか?

 そして葵もまた浩平だけを教室に帰すわけにはいかんとばかりに教室に復帰してはいたものの、浩平ほど回復しきってないらしく、机の上でダウンしていた。

 もちろん視線はそれだけで他者を射殺してしまいそうなレベルだが、幸せオーラに包まれた理絵と鈍感レベル10オーバーの浩平にはやはり届かないのであった。残念。

 浩平と理絵は机をくっつけあい(もちろん理絵の席ではなく浩平の隣の席)、向き合って食事を取り合う光景は、そりゃあもう眩しかった。

「あぁ、夏も近いから暑いのはわかるが、局地的に暑すぎやしないかこの教室……」

「つーか眩しい。眩しすぎる……」

「畜生、うらやましいなぁ折原め」

 怨嗟の言葉を上げるのは南森たち男子連中。もはやいつものこととはいえ、今回ばかりは誰もが大なり小なり同意するところであるだろう。

 むしろ付き合ったばっかりな分だけ慣れてない感が半端なく、特に理絵から常時放たれてい幸福オーラがそりゃあもう効果範囲がえげつないのである。

 そう、それはもう登場初期のサイバ○ターのサイフラ○シュのように。

 あれにあてられてしまえば、皆多少なりともげんなりするもんである。……まぁ一部げんなりとかいう次元を超越している連中もいるが。

 その中の一人が、あれだ。

「……ねぇ茜。あそこで魂抜けたみたいに白くなってるのって、七瀬留美で間違いない?」

「ええ詩子。白くなりすぎてもはやどこの誰だかわからない領域に入っていますが、間違いなく留美です」

 浩平に恋心を抱いていた留美たるや、完全に白くなっていた。もはやそのまま塵となって空気と同化しかねない勢いだが、これにはもはや同情するしかあるまい。

 キー学四天王、折原浩平に恋人が出来たというニュースは、もちろん一気に校内に響き渡った。

 浩平に対し好意を持っていた人間にとっては凶報以外の何物でもない。特に浩平には隠れファン的な者たちが多かったため、その被害は思わぬところで現れているようだ。

 ……まぁ留美に関しては見る者から見ればバレバレであったが。

「にしても、まさか彼が四天王で最初に恋人を作ることになるとはねぇ。この詩子ちゃんでも予想出来なかったわー」

「そうでしょうか。私はあまり意外とは思いませんでしたが」

「へぇ。そりゃまたどうして」

「祐一は恋愛に眼中なし。岡崎先輩は倉田先輩がいる以上誰かと一線を越えるのは至難。

 朝倉くんは流れに乗れば一気に行く気もしますが、良い意味でも悪い意味でも慎重なのでそう急展開は起きないでしょう。

 故に、何の前振りもなく突然に、ということであれば浩平が最も可能性が高いのではないかと」

「ははぁん、なるほどねぇ……。言われてみれば確かにそんな感じかも」

「少々暑苦しいですが、まぁこれはこれで停滞していた流れを押し出す良い発破になるのかもしれませんね」

「おや、それはどういう意味かしら?」

「そう遠くないうちにあなた好みの騒動が起きるかもしれない、ということですよ」

「ほぉ。そいつぁ楽しみですなぁ」

 とか、不穏な話をしている一角もあれば、別所では、

「あぁ、仁科さん良いなぁ。凄く羨ましいんだよ……(チラッ)」

「あぁ確かに凄く幸せそうだ。私も出来るならああいうことをしてみたいものだな(チラッ)」

「ですよねー。ホント、やってみたいです(チラッ)」

「……はぁ」

 露骨なチラ見(順に名雪、智代、ことり)に、大きくため息を吐きながら祐一は購買で買ったパンを口に運んだ。

「ふふ。大変だね、祐一くん」

「瑞佳が冷静でまだ助かってるところだ」

「んー、私もいろいろと思うところがあるけどね? まぁとりあえず焦らずじっくり行こうかなって。浩平たち見てて思ったの」

「じっくり?」

「うん。だから覚悟しててね?」

「……」

 何故だろう。露骨なのよりよっぽど怖い、と祐一は思いはしたが決して口にはしなかった。

 そんな中で当の本人たちはと言うと――、

「あ、そうだ。放課後デート、どこに行く?」

「え? あ、何も考えてなかった……。浩平くんはどこか行きたいところとかないの?」

「いや俺の行きたい場所聞いてどうするよ。理絵の行きたい場所に行こうぜ。どっか行きたいところないのか? あ、行ってみたいところでも良いけど」

「行ってみたいところ……? あ」

「お、なんかあるのか?」

「えっと、それじゃあ……ホテルに」

 瞬間、教室中がまるで計ったかのように一斉に音を失くした。というより、動きすらも止まった。

 聞こえるのは廊下や隣の教室から聞こえてくる物音のみ。内部は完全に無音と化していた。

 もはや異様な空間と言えるはずだが、そんな状況もリア充には無関係なものであるようで、気付かぬままに二人は会話を続けていく。

「ホテル……? って、えーと、それはつまり……?」

「うん……」

 顔を赤くしてもじもじと俯く理絵は、意を決したように顔を上げると、

「ホテルの……レストランにあるケーキバイキングに行きたいなって」

 ズコ――――――――――!!!!

 浩平だけでなく、クラスメイトの3分の2近くが盛大にすっ転んだ。昼食中ということもあって、弁当やら水筒の中身やらがぶちまけられるという大惨事である。

「え? え? どうしたの浩平くん。あれ、それに皆も……なんか凄いことになってるよ?」

「「「「「「誰のせいだ誰の――――――!!」」」」」」

「え、えぇ!?」

 いやそんなことだろうと思ってたけどね、という呟きがそこかしこから聞こえながら、昼休みだというのにクラス皆で掃除が始まってしまう2-Aであった。

 そして終始首を傾げていた理絵だったが、どうやら五時間目の最中にようやく合点がいったようで、いきなり「ぴぁー!!」とか奇声を上げたのはちょっとした余談である。

 更に完全回復した杉坂葵が放課後デートを阻止しようとするも、理絵のあまりに幸せそうな顔を見て渋々断念したのも余談だ。

 

 

 

 そんなこんなで、浩平と理絵の付き合いは大なり小なりクラスに、いや学園中に影響を表し始めたのであった。

 そしてそんな中で、いよいよキー学は生徒たちの待ち望んだ夏休みが近付き始めていた。

 

 

 

 あとがき

 今回はちょっと短いかも? そうでもないか? どうも神無月です。

 うん。やっぱりあれだ。コメディスキルが落ちている気がします(汗

 最近書いているのは「戦闘」か「恋愛」かのどちらかであるためか、書き方を忘れている。まぁセンスがないってだけかもしれませんが……。

 こういうのは神様が降りてきてくれれば一気に描き切れるんですけどねー。生憎、今回は難産でしたよ、と。

 さて、次回からようやく一学期が終了して夏休みに入ります。

 書きたいものと言えば、

 ・祐一の裏生徒会関連

 ・相沢家親戚組の話

 ・浩平と理絵のお付き合いその後

 ・純一のバイト関連?

 ・佐祐理さんの朋也調教生活(!?)

 ……とか、その辺りでしょうか。忘れてるだけでもっとあったかもしれないけど。

 でも多分全部が書けないと思うんで、いろいろピックアップしていきたいと思います。なんかこういう話読みたいよ? ってのがあれば拍手ででもどうぞ。

 もちろんそれが反映されるとは限らないということをご承知の上で、ですが。

 ではでは〜。

 

 

 

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