純一は、自分でも無意識のうちに浩平と美汐の後を追っていた。

 何がどう、というわけでもないが、強いて言うならそのあまりに見慣れない組み合わせを訝しんで……だろうか。

「それにしても追いかける必要はないと思うけどね。気になるなら素直に声を掛ければ良いんじゃない?」

「言われてみれば確かにそうだが、もしもを考えるならしばらく様子見をした方が……って」

 背後を見る。

 するとこちらと同じように物陰に身を隠しながら浩平たちに視線を向ける折原みさおの姿があった。

 無論、言うべきはただ一つだろう。

「……なんでお前がここにいる?」

「それはこっちの台詞でもあると思うんだけど、まぁ良いか。わたしはお兄ちゃんが不審だったからしばらく後を追っかけてただけ」

 なるほど。どうやら純一が気付くよりも前にみさおは浩平の追跡を行っていたらしい。だが、

「折原先輩の様子がおかしいってのは何だ?」

「あれ? 純一くん知らないの? お兄ちゃんが2年生の期末テスト総合1位を取ったの」

「……なるほど」

 それだけで納得してしまう浩平であった。

 そもそも彼が掲示板に貼り出された順位表を見た時にあまり浩平のことを気にしていなかったのは、元々浩平にそれだけの実力があることを知っていたから、ということでもある。

 何かしらの勝負にでも巻き込まれて本気を出したか、あるいはいつもの気紛れだろうと思っていたのだが、妹であるみさおが『おかしい』と言うからには、何か別の原因があるのだろう。

 ……しかし、それが何故美汐との合流になるのだろうか?

「推測はいくらでも出来るけど、とりあえずそれは後回しにしようよ。ほら、行っちゃうよ?」

「あ? あ、あぁ」

 ぐいっと腕を引っ張られ浩平たちを追いかける。

「何故こんなことになった……。はぁ」

 などと言ったところで何かが好転するわけでもなし。そしてみさおが素直に人のを話を聞くとも思えない。

 ここは素直に従った方が楽そうだ、と結論付けて純一は引っ張られるがままに歩を進めた。

 

 

 

 

 

集まれ!キー学園

七十二時間目

「少しだけ動きだす日常(後編)」

 

 

 

 

 

 自分でこの状況を作り出しておいてなんだが、妙な展開になったもんだ、と浩平は空を見上げた。

 隣を歩くのは天野美汐という学校の後輩。見知らぬ間柄ではないが、かと言って親しいかと問われれば首を傾げざるを得ないような、そんな間柄だ。

 で、そんな微妙な間柄である後輩、しかも女性に対し恋愛相談を持ちかけている自分。

 ……状況事実だけを連ねていくと無性に自分が情けなくなってくるが、もはやそうでもしないとどうにもならないという自覚もある。

 恥の上塗りは覚悟の上だ。この際頼れるものは何でも頼ってしまえ、と心中で開き直ってから、浩平は口を開いた。

「お前さっき気になる相手はいるって言ってたけどさ、それは恋愛感情じゃないってことか?」

「そういうことを親しいわけでもない後輩にさらりと聞く図々しさというか、肝の太さがあるのに、どうして折原先輩は告白を受けたくらいでそんなにガタガタなのでしょうね?」

「……デリカシーに欠ける質問でしたすいません。でもよろしければ教えていただけると幸いです」

「やれやれ……」

 浩平を半目で睨んでいた美汐だったが、呆れたように嘆息した。これも巫女の仕事と割り切りましょう、と小さく呟いてから、

「明確に恋愛感情である、とわかれば、その段階でもう相手を好いているということでしょう」

「なるほど、確かに」

「ですからそういう意味では恋愛感情ではないとも言えますが……でも、その他大勢と比べ、自分の心境が大きく異なるんですよね」

「異なる……か」

「その他大勢よりも仲が良い人。信頼出来る人。一緒にいて苦にならず、話せば楽しくて。波長が合う、とでも言うのでしょうか? ともあれ、他の人より特別であることは間違いありません」

 それは、と前置きして美汐は浩平を見上げた。

「あなたが仁科先輩に抱いている感情と、あるいは近いのではないですか?」

「……うん。まぁ、近いな」

 頷く。確かに美汐の言う感覚は浩平が理絵に対し抱いているのに酷似している。

 他の連中よりも仲が良く、信頼も出来て、一緒にいても苦にならず、話せば楽しい。けどそれに該当する人間は決して理絵だけではない。

 例えば瑞佳や留美。同性も込みなら祐一や純一、朋也だってそうだ。だから、

「でもそれはたくさんいるぜ? 同性にだっている。そこにどう区別をつける?」

「同性であれば親友と分類すべきでしょう。まぁ先輩が腐女子が好むような趣味嗜好を持っていなければ、ですが」

「そういうのは断じてない!」

「そうですか。安心しました。残念です」

「どっちだよ!?」

「どっちも本心ですが何か?」

 駄目だ、話を元の流れに戻さなければわけのわからない方向へ行ってしまう。普段は自分がそういうキャラであることを棚に上げて浩平は頭を抱えた。

 多少強引にでも話を元に戻そう、とゆっくりと言葉を選び、言う。

「まぁ同性はそれで良いさ。それじゃあ異性の場合は? その『気になる』の種類を、恋に近いのか友情に近いのか、どうやって判断すれば良いんだろうな?」

「『好き』という感情自体不明瞭なものですから唯一無二な答えなどありません。ですが……一つ考えてみても良いことはあります」

「それは?」

「その人たちの中に、自分の全てをさらけ出しても良いと……そう思える相手はいますか?」

「……自分を、さらけ出す、か」

「あくまで私の意見ですが、誰かを好きになるというのは……自分の全てを知ってほしい、知られても問題ないと、そう思える相手ではないでしょうか」

 いまにして思えば、理絵の浩平に対する行動はそんな感じだったような気がする。

 どうなのだろうか、と浩平は思う。自分は自分の全てを知ってもらいたいと、そう思うような相手がいるのだろうか、と。

 瑞佳は違う。彼女は幼馴染という古い付き合い故に、既に浩平のことを知り尽くしているし、それを苦には思わないが、それは結果論であって瑞佳に全てを知ってほしいなどと思ったわけではない。

 ならば理絵。彼女の性格は好ましいと素直に思う。元来気が弱いにも関わらず、堂々と告白するその勇気も、それに至るまでにしてきただろう努力も好ましいものだ。

 そんな理絵に対し、自分の全てを知って欲しいと思うか否か。

 ただそれだけを問うならば、否だ。……ただし『現在は』という前置きが付くが。

 仮に、浩平の何かが理絵に知られたとして……それを自分は苦に思うことはないだろうし、理絵もまた受け入れてくれるだろう、とそんな風に思う。

 だからそれはきっと、理絵を信用しているということなのだろう。

「……難しいな。線引きがよくわかんねーよ、俺には」

「無理に線引きする必要もないとは思いますけどね。一定以上の好意があるのが確かなのなら、いっそ付き合ってみるというのも手ではないかと思いますが」

 思いもよらぬ言葉に、浩平は思わず足を止めた。

「わからないから付き合ってみるってのは……なんつーか、不義理じゃないか?」

 美汐もまた足を止め、浩平を振り返る。その表情は、苦笑。

「別に結婚しようというわけではないんですよ? ただ付き合う。恋人になるだけです。先輩が……いえ、多くの人が重く捉えすぎなんだと、私は思いますけどね」

「……女とは思えん発言だな」

「わかっていませんね、先輩。女という生き物は男以上に打算的なのですよ。あまり女性というものに幻想を抱かない方が良いですよ」

 確かにそうなのかもしれない。そうなのかもしれないが、こう、しれっと言われるといやそれはどうなんだと思う浩平であった。

 しかし、そう言うのであれば、一つの疑問が浮かび上がる、

「だったらお前は……さっき言ってた、その気になる相手にもしも告白されたとしたら、気持ちが不鮮明な状態でも付き合うのか?」

「ええ、付き合うでしょうね」

 即答だった。

 そして再び歩き出した美汐を、浩平も慌てて追いかける。

「考えてもわからない。時間を費やしたところでわかるか知れない感情を抱えて右往左往するくらいなら、とりあえず一歩踏み出してみるというのは間違った行為ではないと思います」

「なるほどねぇ……」

 大人な考え方だ。いや、後輩の女子に対して抱く感想としてはどうかと思うが、女性の方が精神年齢は高いとよく聞くし、おかしくはないのかもしれないが。

 ……しかし、いまの美汐の言葉は何となく自分の心にストン、と落ちてきたように思う。

「さて、先輩。そろそろ時間切れですが」

「お?」

 まったく気付かなかったが、既に商店街に差し掛かり前方には美汐のバイト先である百花屋も見えるところまで来ていた。

 腕時計を見れば、時間もそれなりに経っていた。思いの外話し込んでしまっていたようだ。

「どうします? 何かついでに食べて行きますか? サービスはしませんが」

「サービスしてくんないのかよ……。いや、良いや。ここまで相談に乗ってくれただけで十分助かったさ」

 さすがにバイト中の後輩捕まえて相談持ちかけるほど常識知らずではない。

 ……などと口に出そうものなら誰かから「お前に常識という概念が存在したのか」などと突っ込まれそうなので口にはしなかった。

 そうですか、と頷いた美汐は緩やかに浩平を見上げ、

「答えは出ましたか?」

「そうだなぁ……」

 美汐の意見を聞いて、いろいろと思ったことはある。納得した部分も多かった。

 中でも一つ、感銘を受けた点もあった。

 だから、

「答えかどうかはわかんないが……でもお前の考えを聞いて、やってみようかな、って行動は見つけられた、かな」

「そうですか。私などの言葉が何かの助けになったのなら、それは幸いと言って良いのでしょう」

「なんつーか、お前の口調はどうにも若者っぽくないな」

「生まれつきです」

「へぇ……っていやいや生まれてすぐそんな口調だったら怖ぇよ!?」

「もちろん冗談ですよ」

 何と言うか……とても掴みにくい子である。

 でも相談して良かったと思う。だから、浩平はよし、と頷いて、

「んじゃ、俺は行くわ。お前もバイト頑張ってくれ。それとこの借りはいつか必ず返すから、何かあったら頼ってくれよ?」

「折原先輩に頼るような状況があるのか甚だ疑問ではありますが……えぇ、もしもの時は頼りにさせてもらいますね。それこそ使い潰れるくらいに」

「……なるべく穏便に済むような頼り方をお願いします」

「考えておきます」

 そう小さく笑うと、美汐は軽く一礼してから百花屋へ歩いて行った。

 その背中が見えなくなるまで見送った浩平は、携帯を取り出すとアドレス帳からある人物の番号を呼び出し、迷うことなく通話ボタンを押した。

 コール音が数回鳴り、そして慌てたように出る相手は、

『は、はい! 仁科です!』

「あ、仁科か? 急で悪いんだけど、いまから会えないかな?」

『え、いまから、ですか……?』

 あぁ、と浩平は頷いて、

「この前の返事を、伝えようと思ってな」

 

 

 

 二人の後を追っていた純一とみさおは、去って行った浩平を見送ってから互いを見やった。

「……ここまでにしておく?」

「そうだな」

 声が聞こえるほど近付いたわけではなく(むしろそんな距離まで近付いたら浩平か美汐のどっちかは確実に察知していただろう)、遠めに様子を伺っていただけなのだが、それでも浩平が何かを美汐に相談しているようだ、というのは徐々にわかった。

 もちろん内容はわからない。だが、いまの浩平を見る限り、何かしらの答えが出たのは明らかだろう。

 故に、二人はここまでにすると決めたのだ。

「結局、どうしてあの二人の組み合わせだったのかはわからないままだけどな」

「でも純一くんは安心したんじゃない? みっしーの浮気とかじゃなくて」

「は!? な、なんだそれ」

「え? だって純一くんがあの二人を追いかけたのって、みっしーが他の男の人と一緒にいたからでしょう? だから気になった。違うかな?」

「なっ――」

 そんなつもりは微塵もなかった。だから何を言ってるんだ、と笑い飛ばしてやりたかった。

 だが、なまじ回転の早い頭が、ここまでの自分の行動とその奥にあった無意識を読み取ってしまう。

 ――もし。浩平と一緒にいたのが音夢やさくらだったら?

 普段ならなかなかありえない組み合わせ、という点では美汐となんら変わらないはずだ。しかし気になって追いかける、などという行為に及んだだろうか?

 おそらく――答えは否。つまりこんなことをしたのは純一が美汐のことを――、

「っ――、いやいやいやいやいや!」

 顔を真っ赤に染め上げながら、何かを否定するように首をぶんぶんと振る。考えてはならない領域に考えが至ってしまったことを自覚した。

 違う。そうじゃない。そんなことはない。

 別に誰が聞いてるわけでもないのに釈明のように否定の言葉を心中に並べる純一をみさおは面白そうな顔で眺めた後、わざとらしく嘆息してそっぽを向いた。

「あーあ。最近の純一くん見てて何となくそうだろうなぁ、とは思ってたけど。やっぱり純一くんはそっちかー」

「い、いや、だから、違っ……!」

 慌てすぎて噛んでしまっている純一を見て、みさおは小さく笑った。

 かったるい、面倒くさい、とやる気のない人間朝倉純一。にも関わらず並大抵のことはしてしまう、キー学四天王などと称される一種の超人。

 その姿に憧れを抱く少女が多数いる学園のスターが、まるで初めて好きな子が出来た小学生のような反応をしているのだ。笑うなという方が無理がある。

 そして、そんな自分の失態を自覚しているからこそ、純一はぐぅの音も上げることが出来なかった。

「んー。やっぱ悔しいよねぇ。こっちはいろいろとアプローチしてるのにな〜。あぁ、それとも追いかけられるより追う方が好きなタイプなのかな?」

「待て。待て待て。勝手に話を進めないでくれ」

「そう言うんだったら喋るのはやめておくよ。でも純一くんのことだから、わたしが何も言わないと考えの深みにはまっちゃっていろいろ大変になるんじゃないかな?」

「ぬぐ……」

「でもまぁ、この辺りでちょいと真剣に考えてみるのも良いのかもしれないね。でもね、一つだけ言っておくよ」

 音もなく距離を詰めてきたみさおが、純一の胸に人差し指をトン、と乗っける。

 突然の謎の行動に動きを止める純一を、みさおは下から見上げ、

「純一くんのここに誰がいて、純一くんがどこに向かうのか。それはわからないけどさ、でもわたしは追っかけるよ? それこそ純一くんに嫌われでもしない限りはね。

 だって純一くんが誰かを追いかける方が好きなように……わたしも、誰かを追いかける方が燃えるタイプなんだ」

「みさお、お前――」

 その続きは、紡がれない。

 背伸びをしたみさおの唇が、その動きを止めてしまったのだから。

「――」

「ん……。ふふっ、油断大敵だね」

 小悪魔のような笑みを見せたみさおは、そのまま軽いステップで後ろへ下がる。

 未だ茫然としたままの純一へピースを向け、

「ファーストちゅーだけじゃなく、セカンドちゅーもいただいちゃったぜ☆ 純一くん、自分が狙われてる、追われてる立場だってちゃんと認識しなくちゃ、駄目だよ〜?」

 それじゃあね〜、と気軽に手を振って、折原みさおは颯爽と去って行った。

「……くそ、あいつ」

 顔を真っ赤にして、純一は口元を手で押さえる。

 ムカつく。そう思う。こっちが考えてもいないような……いや、敢えてまだ考えようとしてなかった部分にズカズカと入り込んでくるその性格も、変に聡い部分も、何かも。

 でも何よりムカつくのは……キスをされたことを、嫌だと思っていない自分の愚かしさと優柔不断さだった。

 

 

 

「浩平さん! お待たせしてすいません!」

 待ち合わせに指定した公園のベンチでボーっとしていたら、予想よりも早く理絵が現れた。

 息を切らせて隣に立つ彼女の姿に苦笑する。別に慌てる必要はないのに、とも思うが、そういう何でも一生懸命なところもまた理絵なんだろう。

「何で謝るんだよ。急に呼んだのは俺の方なのに」

「でも……」

「気にすんなって。あ〜あ、そんなに息切らせて……。普通に歩いてきて良かったんだぜ?」

「それでも、出来る限り待たせたくなかったんです」

「相変わらず律義だよなぁ、仁科は。あ、飲み物買ってくるよ。何が良い?」

「え、そ、そんな……」

「良いから良いから」

「えと……じゃ、じゃあ、その紅茶を……」

「了解」

 ベンチから立ち上がり、公園入口にある自動販売機まで向かう。敢えてゆっくりと往復し、浩平は理絵の回復を待った。

 戻ってくる頃には、理絵も呼吸を整えていた。

「あいよ」

「あ、ありがとうございます」

「ま、座ろうぜ」

「は、はい!」

 見た目に緊張している。まるで数時間前の自分を見ているようだ、と落ち着きを取り戻した浩平は思う。

 我ながらあれは壊れていたよなー、などと苦笑しつつ、理絵と並んでベンチに座った。

 缶ジュースのプルタブを開け、一口喉に流し込んでから、空を眺めて言う。

「いろいろさ、考えたんだ」

「……はい」

 頷きは、凄く真剣なものだった。どんなことでも受け入れる、という強い意志を感じられた。

 だから、ちゃんと自分の気持ちを、思ったことをきちんと伝えよう。そう決めて、浩平は続ける。

「最初はテンパって何も考えないように勉強に打ち込む、なんて俺らしくないこともしちまったが」

「でも浩平さん一位なんて凄いです。やっぱり浩平さんは何でも出来るんですね。羨ましいです」

「あはは、サンキュー。ま、祐一たちにゃなかなか勝てんのだけどな。今回は運が良かった」

 苦笑し、手の中で缶をころころと転がす。そうして言うのは、

「俺、あんまりまどろっこしい言い方は好きじゃないから先に結論言っちゃうけど……」

「はい」

「俺は……仁科のことが好きなのかどうか、わからない」

「っ……。はい」

 理絵の声が強張り、手に持つ缶ジュースがギュッと握られる。

 ――理絵は断られると思った。

 無理もない。相手はあのキー学四天王の折原浩平なのだ。自分のような何んの取り得も特徴も愛嬌もない自分などが浩平に相応しいとは思っていなかった。

 けれど、それでも頑張ろうと踏み出した一歩だったのだ。だから泣いたりせず、最後まで浩平の言葉を聞き遂げよう。

 ……そう必死に自分を堪えさせていた理絵の耳に届いたのは、しかし予想外の言葉。

「で、だ。そのうえで俺は言いたい。……仁科、俺と付き合ってくれるか?」

「……………………………………え?」

 たっぷり数秒。理絵は固まった。

 仕方ないだろう。あの言葉から、どうしてそんな話に飛躍するのか。理解出来るわけがない。

 唖然という二文字が相応しい表情を向けてくる理絵に、浩平はバツの悪そうな顔で、自分の考えを述べた。

「さっきも言った通り、俺はお前が好きなのかわからない。でも嫌いじゃないのは確かなんだ。で、あるやつにこう言われてな?

 わからないことをいつまでも考えるより一歩踏み出してみる方が良い、って。それは、あぁそうだよな、って思った。俺の中にストンって落ちてきた言葉だったんだ」

 元々折原浩平という人間は何か深慮するようなタイプではない。本能や勘、そういった刹那の閃きに重きを置く人間である。

 故に、その人物――天野美汐の言葉はするりと浩平の心に入り込んだ。

「お前が好きか、わからない。多分、これ以上考えても同じところグルグル回るだけだと思うんだ。だったら一歩、恥かき捨ててでも踏み込んでみようかな、って」

「それが……?」

「あぁ。きっと……いや、間違いなく仁科の求めてる答えじゃないってのはわかってる。わかってるけど、その上での、これが俺の本音だ」

 横にいる理絵の方へと向き直る。驚き目を見開く理絵を真正面から見据えて、浩平は告げた。

「だから、付き合って欲しい。仁科のことをもっと知りたい。わかりたい。そのために、いまより近い場所に立ちたいと思ったんだ」

「――」

「勝手な言い分だし、不義理なことだってのもわかってる。だから嫌なら嫌だと言ってほしい。だから――」

「嫌なんてこと、あるはずないじゃないですか!」

 突然の大声に、浩平は思わず目をしばたたかせる。しかし、理絵は止まらなかった。

「嫌なんてこと、ないです! 浩平さんが私のことを知りたいって、わかりたいって、そう思ってくれたこと……涙が出そうなくらい、嬉しいんですから……!」

「仁科……」

「私も、私のことをもっと知ってほしいです。わかってほしいです。いろいろ変なところとか格好悪いところも見せちゃうと思いますけど、そういう部分も見て欲しい。受け入れて欲しい。全部込みで……いつか浩平くんに好きだ、って言ってほしいです」

 例え、知られたことで嫌われてしまうことがあるかもしれなくても。呆れられてしまうことがあるかもしれなくても。

 それでも、

「好きな人が私のことをわかろうと思って近くにいてくれるなら、これに勝る幸せはありません!」

 ポロポロと、こぼれ落ちるものがあった。

 それは理絵の瞼から溢れる涙だった。いろんな感情と思考がごちゃ混ぜになり、それでもなお強く響く『嬉しい』という気持ちが、形になって溢れていた。

 最低だ、と言われることさえ覚悟していた浩平は想定の真逆の展開に少しだけ驚き、そして小さく笑い、そっと彼女の頬に手を伸ばす。そうして涙を拭いながら、

「叫んだり泣いたり笑ったり……忙しいやつだなぁ、お前は」

「それだけ凄いことだったんです! 嬉しいことだったんですぅ!」

「あはは。俺ぁビンタの一つでも受けるかと思ってたんだが」

「しませんよ、そんなこと。絶対に」

 頬に置いた手に、そっと理絵の手が重ねられる。温かくて、柔らかい、女の子の手だった。

「一つだけ……お願いをしても良いですか?」

「なんだ?」

「名前で……呼んでもらっても良いでしょうか?」

「それくらいお安い御用だ。だったら俺からも一つお願いしたいんだが」

「何ですか?」

「さん付けは他人行儀だからやめてくれ。それと敬語もな」

「……む、難しいですけ……じゃない。難しいけど……うん、頑張るね、浩平くん」

「おう。さすが理絵だ。対応が早い」

「何でも頑張るって、決めたから」

 ギュッと、手が握られる。

 目尻に涙を浮かべながら、それでも朗らかに笑う理絵は、宣戦布告のように告げた。

「これから、絶対に浩平くんに好きになってもらえるように頑張る。……だから、覚悟しててね?」

 嫌われないように、ではなく好かれるように。

 そのどこまでも前向きに頑張ろうとする理絵の在り方を好ましく思い、だから浩平も言うのだ。

「おう、楽しみにさせてもらうぜ」

 そうしてここに、ちょっとだけ特殊なカップルが誕生したのだった。

 

 

 

 あとがき

 どうも神無月です。花粉症の時期になりました。辛いですね。

 さて、それはともかく……前回ラブコメでラブ重視とは言いましたが、むしろ逆にコメねえじゃんみたいな展開になってしまいました。

 うん。まぁ話の内容が内容だけに仕方ない。皆さんギップルの大量召喚はほどほどにw

 ってなわけで、カップル誕生でございます。ラブコメの主人公が早期段階で彼女持ちになるという展開はあまりないと思いますが、これも主人公が複数いるからこそ成せる業。

 つか、一人くらい彼女出来ても差別化に当たってちょうど良いでしょう、という打算もあったりなかったり。

 さて、次回はコメディ一辺倒でございます。主に浩平と理絵が付き合ったことによる波紋が生む地獄絵図ですねーw

 パルパルする連中(特に杉坂とか杉坂とか杉坂とか)の壊れっぷりをお楽しみに!

 ではでは〜。

 

 

 

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