一学期の授業日数も残りわずかとなり、いよいよ皆が待ちに待った夏休みが近付いてきている。
だがそれと同時、皆が望んでいないものもまたすぐそこまで迫って来ていた。
一学期末試験。
特に成績下位の者たちにとっては夏休みをエンジョイ出来るか否かの瀬戸際でもある。
中間試験の時はゴールデンウィークが潰れるだけで済んだが、期末がボロボロだと長い夏休みの半数近くが補習で埋まる。それは誰であれ何としてでも避けたいところだろう。
というわけで期末試験まで一週間を切った今日、教室では普段勉強の『べ』の字さえないような連中が必死で机に向かって勉強しているという異様な光景が繰り広げられている。
まぁ二年目である祐一たちにすれば去年も同じような光景は見たのでそれほど新鮮味はない。
……はずだったのだが。
「……明日は嵐だな」
「嵐だね」
「いや、きっと雪だよ。雪うさぎ作れるよ」
教室にやってきた祐一と瑞佳、名雪が揃ってそんなことを口にするのはわけがある。
前述したように、普段成績下位の連中が悪あがきの勉強をするのはわかる。だが祐一たちの前では、普段どんな状況であれ学校で勉強などしない人物が机に向かってガリガリとペンを走らせていた。
そう、あの折原浩平が。
あの折原浩平が!
確かに普段瑞佳が殺人級の手段を取らないと朝起きない浩平が既にいなかった時点何かあるとは思っていたが、よもやこんなことになっていようとは、さすがの祐一も予想外だった。
もしかして誰かのツッコミ待ちなのかとも思ったが、祐一は一瞬でその思考を打ち消した。浩平から滲みでる雰囲気はそんな生温いものじゃない。
鬼気迫る、という表現が的確だろう。病的なほど、とも言えるかもしれない。目を血走らせてノートに向き合う様は、本当にこれはあの折原浩平なのかと目を疑うほどだ。
もちろん驚いているのは祐一たちだけではない。周囲のクラスメイト達も何事が起きているのかと驚き……を通り越してなんか警戒さえしている。
普段から目立ちたがり屋の浩平であるが、多分いま現在、今学期で一番皆の視線を集めていた(本人にとっては甚だ遺憾だろうが)。
「祐一? どうするの?」
名雪に問われ、さてこれはどうしたものかと祐一は考える。
ある面においては、浩平にここまでの劇的変化を及ぼした原因を知りたいとも思うが、反面それはそれで面倒そうで関わったら後悔しかねないとも思う。
そうやって迷っている間に変化が起きた。
「おはようございます」
教室にある女子生徒の声が響いた途端、浩平の手の動きが止まった。というか身体全体の動きが止まった。
祐一は見るまでもなく声でそれが誰かはわかっていたが、それでもなお振り向いた。
教室の入口に立っていたのは、やはり仁科理絵だった。
……だったが、
「……?」
違和感を覚えた。いや、違和感と言えば教室中に響くほどの鮮明な挨拶をした時点からそうだった。元来気弱な理絵は挨拶の声も小さいし、視線が交わればすぐさま視線を逸らしてしまうような子なのだ。
さしもの祐一も、その原因をすぐには看破出来なかった。おおよそあらゆることをこなす祐一であったが、いま理絵を変化たらしめている原因を、祐一は真の意味で理解出来ていないのだから仕方ない。
逆に、隣に立つ瑞佳は理絵を見た瞬間におおよそ察した。何故なら彼女もまた……恋する少女なのだから。
そして固まっていた浩平はわずかに顔を傾け理絵をチラリと盗み見る。
その視線にすぐに気付いた理絵は、ただただにこやかな笑みを向ける。すると浩平は顔を一気に真っ赤にして、視線を戻すやガリガリと勉強に戻った。
まるで何かを頭から除外せんとするように必死な様子で。
――まさか。
祐一を含め恋愛に鈍い男子勢は気付いていない。
しかし瑞佳含め恋する少女たち――特に留美などの浩平狙いの連中はなおさら――その反応を機敏に察した。
「瑞佳?」
衝動的な動きだった。瑞佳は祐一に呼ばれたことにも気付かぬまま、理絵へと向かっていく。
自分の席へ移動しようとしていた理絵もまた、瑞佳に気付いてその歩を止めた。
いつもは温和で朗らかな印象を相手に与える理絵だったが、こうして間近に立つとその違いがありありと見て取れる。もう何も怖くないと、どこか吹っ切ったような力強さ。そう、それはきっと……。
「言ったの?」
「うん」
主語を入れるまでもない。その問い掛けと返答は、どこまでも明確だった。
「そっか……。凄いね」
「ちょっと頑張っちゃいました。長森さんも頑張ってくださいね。相沢さんはライバル多そうですし」
「あ、うん」
ぺこりと会釈して通り過ぎて行く理絵の背を瑞佳は見送る。
そう。自分は祐一が好きだ。浩平が嫌いというわけではもちろんないが、彼への好意は友人というか家族のようなものだ。
……の、はずなのに。
「……どうしてだろう」
何だがちょっと胸が痛いのは。
「おいどうした浩平」
「や、やめろ祐一俺には話し掛けるな! いまはただ無心ににならなくてはいけないんだ……!」
「何かよくわからんが、そのために勉強をしてるわけか」
「あぁ駄目だ。ちょっとでも意識を逸らすとあの時のことが……」
「どうした浩平。顔が赤いぞ」
「や、や、やかましぃぃぃぃ! 俺は勉強するんだから放っておいてくれ〜!」
いつもの喧騒、いつもの騒がしさも、今日に限ってはどこか果てしなく遠いモノであるかのように感じてしまった。
集まれ!キー学園
七十一時間目
「少しだけ動きだす日常(前編)」
男子の気付かぬ中で女子たちに緊迫した空気が流れ始めるものの、それ以上大きな事件はとりあえず起こらぬまま、ついに一学期最後のイベントと言える学期末テストが行われた。
午前授業のみの三日間。淡々とこなす者、悠々とクリアする者、身を削るようにして戦う者、絶望に足掻き続ける者、そして諦めた者。
形は様々いくつもあれど、結果は平等に訪れるわけで。
怒涛のように過ぎ去った三日間の結果が公開され――その日、キー学は激震した。
「マジかよ……」
「どうなってんだこれ……」
掲示されたテスト結果を見て皆似た様な言葉を漏らす。主にその焦点となっているのは二年生のものだった。
二年生は秀才が多い。彼らが一年の頃からテストでオール百点を叩き出す者が多く、別の意味で教師陣の頭を悩ませていたりもした。
学園の生徒の成績が良いのは学校的には問題ないだろうが、かといって出すテスト出すテストことごとく百点というのもそれはそれで問題がある。
かといってテストのレベルを引き上げれば、普段ヒーヒー言っている赤点組の地獄が確定となってしまう。
そんなジレンマをどうにかしようという画策が今回のテストで秘密裏に行われていた。
それが、数問のみ異様にレベルの高い問題を織り交ぜる、というものだった。これなら赤点組にもそう大きな影響を与えずに百点を阻止出来ると教陣は考えたのである。
実際、普段に比べて百点の数は減った。それでもなお百点を叩き出す者はいたが、全教科満点が十人近かったのが今回はわずか一名であるという時点で教師側の思惑は当たったと言えよう。
だが、その人物を予想出来た者はいないだろう。
祐一でもない。瑞佳や香里、智代、茜も違うし久瀬やシュンでもない。彼らも満点近いのは事実だが、何かしらの教科で数問躓いてしまっている。
そんな中で全教科満点という異様を見せつけた者とは誰か? 掲示された順位表の一番右、頂点に刻まされた者の名は――。
折原浩平。
「ありえねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
普段割とクール系であるところの住井が、今回ばかりは大絶叫をあげていた。
まぁ祐一たちほどではないが長い付き合いである住井にとって、あの折原浩平が一位、ましてや祐一たちでさえ失敗する高難度のテストで満点などともはや正気の沙汰では直視出来なかった。
「どうした折原! お前は本当に折原なのか!? 折原が本当に折原だというのなら折原が折原であるという証明をしてみせろ!」
錯乱しながら存在論の命題のようなことをのたまう住井だったが、襟首掴まれた揚句ガクガクと首を痛めそうなほどに揺すられている当の折原浩平本人は、しかし喜ぶでも自慢するでもなく焦点の合瞳で虚空を眺めるだけだった。
「ホント、何があったのやら……」
祐一は浩平が本気を出せばこれくらいの点数簡単に取れるだろうとは思っていた。しかし、彼が全力を出すのはそれこそ何かしらの勝負事が絡んだ時だけだと思っていたのだが……。
「ふふふ。さすがの相沢くんも事が事だけに察せられないみたいねぇ」
「相変わらず神出鬼没だな、柚木」
浩平から視線を転じること反対方向。いつの間にやら柚木詩子がニヤニヤ顔ですぐ隣に立っていた。
「ならお前にはわかるのか?」
「私以外にもわかってる女子は多いよー。まぁ逆を言えばわかっている男子は極めて稀だけど」
男子が鈍く女子が敏感ということはつまり、
「恋愛絡みってことか?」
「そこからは推察出来るか。さすが相沢くん」
「でも、だとすれば浩平はどういう状況だ? 恋愛絡みでああいう風になりそうなのは、失恋くらいしか俺には思いつかないが、……他人のことは言えないが、浩平は恋愛関連には無頓着だぞ?」
「無頓着だったからこそ、ああいう状況なんだよきっと」
「?」
「よく同年齢なら精神的な年齢は女性の方が高い、って聞くけど、こういうときあれも本当っぽいなぁって思うわ」
浩平と同レベルで恋愛に無頓着な祐一には、やはり詩子の言わんとしていることは理解出来ない。
だが同時に、いまの自分ではどうあっても理解出来る類のものではないのだろうということだけは理解した。
そんな祐一の心中を察したのか、詩子は苦笑すると肩を叩いて、
「相沢くんもそのうちわかるようになるよ。っていうかわかるようになってもらわなくちゃね。いろんな子たちのために」
「……鋭意努力しますよ」
「苦しゅうない。あ、それとそんときは独占取材よろしくね?」
「それは断る」
「ちぇー」
まぁそれでもその時は取材するけどね、と聞きたくない言葉を残して詩子は浩平の方へ向かって行った。取材と称して浩平に何か聞くつもりなのかもしれない。
そんな詩子の台詞を反芻し、祐一は思わず嘆息した。
「恋愛……ね」
果たしてそれで一喜一憂するような日が来るのだろうか?
そんな自分のビジョンがまるで見えない朴念仁の祐一はポリポリと頭を掻きながら、
「……まぁ、人の振り見て我が振り直せ、とも言う。ひとまず浩平のこれからを眺めさせてもらうかな」
浩平にとって嬉しくない観察者誕生の瞬間だった。
折原浩平はひどく混乱していた。
言わずもがな。その原因は先日の仁科理絵からの明確な告白によるものだ。
「私、浩平さんのことが好きです」
オレンジ色の夕焼け空の下、それだけじゃないとわかるほどに頬を赤く染めながらの理絵の言葉は、疑いの余地などない完全なる告白だった。
「――」
浩平にとってまったく予期していない告白だった。
理絵との付き合いは短くない。中等部の頃から知り合いではあるし、何より軽音楽部の仲間でもあったのだ。
可愛いなと思ったことはあるし、もちろん性格やその他含め決して嫌いではない。むしろ好きな部類と言えるだろう。
だがそこに恋愛感情はなかったし、まさか理絵からそんな対象として見られているということも気付かなかった。
「あ、えっと……その、なんだ。あー……」
浩平とて、周囲からキー学四天王と呼ばれる人間である。モテるし、他の三人ほどではないにせよ女子から告白されたことだってないわけではない。
だがそのどれもすぐに断ることが出来た。いまはまだ祐一たちと一緒にバカ騒ぎしている方が楽しいと、本気で思っていたからだ。
だから例え相手が見知った相手であるとはいえ、浩平はこれまでと同じことを言えば良い……はずなのに。
「っ……」
言葉が出ない。
というより、理絵を直視出来ない。
真摯な告白に対し目を逸らすというのはいかがなものかと浩平自身思うのだが、何故かその目を見返すことが出来なかった。
わからないと言えば、顔が熱い。動悸も早くなっている。突然の告白で驚いた? それともごく身近な人間からの告白が初めてだったから驚いている?
どちらも正しいだろう。だがそれだけではないことも何となく浩平にはわかった。
だがそれがどういった気持ちによるものなのかが理解出来ない。渦巻く感情が確かにそこにあるのに、それを上手く言葉にして吐き出すことが出来なかった。
そんな風に口ごもっている間にどれくらい経っただろうか。それまでただ黙して浩平の言葉を待っていた理絵が、小さく悲しげに息を吐いた。
「……ごめんなさい。浩平さんを困らせるつもりはなかったんです」
「あ、いや、別にそんなんじゃ……」
「でも私、頑張るって決めたから。だから……ずっと抱えていたこの気持ちを打ち明けようって思ったんです」
「ずっと……? そんなに前から俺のことを……?」
「というより、ほとんど一目惚れみたいなものでしたから」
そう言って照れながら微笑む理絵は、これまで見てきたどの理絵よりも可愛いと思った。
「見知った相手だからって遠慮することはないんですよ? 断られるのも覚悟の上でしたから」
「あ、いや! 違う! いや、違うって言うのもおかしいのか? えーと、何て言ったら良いのかちょっと上手く纏められないんだが・……」
ぐちゃぐちゃな思考をどうにか繋ぎ合せ、上手く伝わってくれと願いながら浩平は言う。
「その、俺は仁科のこと決して嫌いじゃない。いやむしろ人間として好きな部類にあるんだ。でもそれは友達のものだと思ってた。けど……なんつーか、仁科に告白されて、ちょっとわからなくなった」
「え……?」
「何とも思ってなければ簡単に断れた。でも俺は……わからないんだ。俺がお前に抱いているこの好意が、恋愛感情じゃない……ということを断定出来ないんだ」
「あ……」
「何かすげー男としてダセェこと言ってるけど……これまでと違うのは確かで。でも俺恋愛とかよくわかんねぇし、この気持ちがどういうものかも掴めない。
だから、あー、なんて言えば良いのか……。その、だから……」
「クスッ」
あれこれと暗中模索で言葉を紡いでいると、理絵が小さく笑った。
理絵は「ごめんなさい」と誤解を消すように手を振って、
「決して悪い意味で笑ったんじゃないんです。ただ、私なんかのために浩平さんが必死になってくれている様が嬉しくて、つい」
「……そっか。あまりに俺らしくなくて呆れられたかと思ったぜ」
「まさか。私が浩平さんを呆れたりなんてしませんよ」
真っ直ぐそんなことを言われて、思わず照れる。
すると理絵は、わかりました、と一つ頷いてから、
「いますぐに返事を求めはしません。私にもまだ希望はあるみたいだから……だから浩平さんがその気持ちが何なのか知ることができたら、私にも教えてくださいね」
「……良いのか? それで。自分のことであれだけど、相当身勝手なこと言ってるぞ俺?」
「私が好きになったのはいつも自由気ままな浩平さんです。だから気にしませんよ」
「仁科……」
「でも、覚悟してくださいね?」
「え……?」
「もう私の気持ちは伝えちゃいましたから、怖いものなんてありませんし。希望が残ってるのなら、私もいろいろと頑張ろうと思います」
いつもの気弱な仁科理絵はそこにはいなかった。
朗らかに笑いながら堂々と告げる理絵は、見ている方が惚れ惚れするほど恋する女の子だった。
……とまぁ、時間的猶予をいただいたわけだが、それはそれとして浩平の『言葉に出来ぬ感情』が判明したわけでも消え去ったわけでもない。
この妙なモヤモヤした感情をひとまず払拭しようと普段やらない勉強なんぞをやってみたが、もちろん効果はなかった。
生まれて初めてガチで勉強し、更にオール満点という偉業も成し遂げたわけだが、達成感もない。
いまも近付く夏休みに心躍ることもなく、ちょっとしたことで理絵のことが頭を過ぎって仕方ない。
「ぬあぁぁぁぁぁ!!」
道のど真ん中で突如頭を抱えて叫びだすという奇行も一度や二度というわけでもなく、その度往来を行き交う人々が何事が起きたかと浩平を見て「あぁキー学の折原浩平か」とあっさり納得して再び歩き出す、というのが定番になりつつあった。
というかこれだけ挙動不審な行動を取っていながら周囲から奇異の視線を向けられない辺り、この街における浩平の認知度の高さがうかがえる。まぁあまり嬉しくない認知度だが。
しかしそんな状況で一人、その場から立ち去らない者が。
「ぶつぶつ何かを呟いていたと思ったら道の往来でいきなり奇声を上げるとは。普段からめちゃくちゃな人ですが、今日は一段と飛んでますね折原先輩」
「え……?」
思わぬ声に振り替えると、やはり思わぬ人物がそこにいた。
「天野……? 珍しいな。お前と帰りに遭遇するなんて。お前こっちじゃないだろう?」
一年の天野美汐だ。彼女は何故か小さく嘆息すると、
「その言葉そっくりそのままお返しします先輩。ここは先輩の帰宅ルートとは正反対のはずですが?」
「あれ?」
はたと周囲を見渡してみる。……確かに普段通いなれている道ではなかった。
どうやら考えながら歩いているうちにわけわからんルートを通ってしまったらしい。
「……人間、慣れないことを考えてるとどうなるかわからんもんだな」
「凄いですね。折原先輩でも慣れないことなんてあるのですか」
「えーと、天野? お前は俺をなんだと……」
「え? 人外ですよね?」
「人だよ!? そりゃあいろいろ逸脱してるしあれこれ出来るけどギリギリ人だからね!」
「……ボケに対する突っ込みでそこまで自意識過剰になれるのはさすがですね先輩。真似したくはありませんが尊敬はします」
「俺はこの数回の会話でお前のイメージが変わったよ」
「そもそもあまり話をしたこともない相手のイメージが勝手に全てだと思い込んでいる先輩がおかしいのです。人間、特に女性というのは見えている部分が全てではないのですよ?」
「うっ……」
耳に痛い言葉だった。実際理絵との一件で大きな衝撃を受けたのはそういった部分も大きいのだろう。
「……女って、すげぇよなぁ」
「なんですか藪から棒に。あぁ、身近な人から告白でもされましたか?」
「何故それを!? ハッ、これが巫女パワーというやつか!?」
「いえ、単なる当てずっぽうでしたが……先輩はやはり自爆が大好きなのですね。身体はった芸はインパクトありますけど慣れてしまえばただ寒くなるだけですから注意が必要だと思います」
「ボケてるわけじゃねーし自爆が大好きなわけでもねーよチクショ―――!!」
「え、じゃあ先輩のアイデンティティ無くなってしまうではないですか」
「俺のアイデンティティは自爆芸しかないのか!? もっと他にもいろいろあるでしょ!? ほらこのイケメン顔とかやれば出来る頭脳とか楽器が得意という意外性とか――」
「あ、私バイトありますのでそろそろ失礼します。お身体(頭を見ながら)にはどうぞ気を付けてください」
「ちょー! ストップストップ! ここでスルーはやめてマジやめて! あと頭見ながらそういうこと言うのもやめて! しかもそんな真顔で!
俺いまいろいろ精神的にキツイ状態なんだからそんなことされたらマジへこんで再起不能になっちゃう!」
「報奨金貰えそうですね」
「俺賞金首とかじゃないから! っていうかなんなのこの子!? イメージ違うとかそんなレベルじゃないんだけど! あ、もしかして俺のこと嫌ってるとか……?」
「好きか嫌いかと言われればまぁ嫌いな部類ですが」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ鬼だこいつー!!」
「いえ巫女ですが」
「この黒巫女め!」
「黒い巫女ですか。それはそれで需要がありそうですね。その案いただきます」
「くっ、全然動じねぇ……! こいつ、いままで俺の周囲にいなかったタイプの人間だ……!」
「人間なんてそれこそ十人十色千差万別ですよ先輩。それをタイプだなんだという身勝手なカテゴリに分類しているから予想外の告白をされてそんな狼狽えるんです反省しなさい」
「はいすいませんでした! ……あれ?」
散々突っ込みを入れていたと思ったらいつの間にか地面に平伏していた。な、何を言ってるのか わからねーと思うが――、
「追い込まれたときに使い古されたギャグに走ろうとするのは実力がないように見えるので止めた方が良いかと思いますよ?」
「人の心の中身を読まないで!? それ絶対巫女パワーだよね!? そうだよね!?」
「先輩、何をわけのわからないことを言っているんですか。巫女だから不可思議な力を持っているなんて厨二病ですよ?」
「むっ……そ、そうか。すまん」
「ええ。……で、結局先輩は告白してきた仁科先輩になんて答えをするつもりなのですか?」
「ぶっは!? な、何故それを知っている!? こ、これが俗に言う女の勘――」
「いえ、巫女の勘です」
「やっぱ巫女パワーじゃねぇかぁぁぁぁぁ!!」
ぜーはーぜーはーと息切れする浩平だったが、しばらくすると息を落ち着かせて、ポリポリと頬をかく。
「……まだどう答えるか決めてねぇんだ。俺があいつのことどう思ってるかもよくわからないし」
「そうですか。恋愛に疎そうですしね、先輩は」
言われ、浩平は苦笑する。
「否定出来ないなぁ。そういう天野はどうなんだ? 恋してるのか?」
すると美汐は一瞬だけ目を見開き、次いで小さく微笑んで肩をすくめた。
「そこまで明確なものはまだ。……でも、多少気になる人ならいますよ」
「へぇ。お前もやっぱ女の子ってわけだ」
「何ですかそれは。私がおばさんとでも言いたいのですか?」
「誰もそこまでは言ってないって怖い睨むな。……しかしまぁ、なんだ。状況を知られちまったからこの際恥の上塗り覚悟で言うんだが……ちょいと相談に乗ってはくれないか?」
「後輩に恋愛相談するとはよほど追いつめられているようですね。……まぁ、良いですよ。困っている人の言葉に耳を傾けるのも巫女の務めです」
「それは普通シスターじゃねぇか?」
「巫女もシスターも似たようなものでしょう」
「……それを巫女さんが言っちゃいけないような気がするのは俺だけかね?」
「小さいことを気にする男性はモテませんよ……なんてキー学四天王に言っても皮肉にもなりませんね。ともあれ、私はこれからバイトですので、そこまで一緒に来てもらうことになりますが?」
「もちろん構わない。こっちが無理言ってるんだしな」
「先輩もそういった常識は備わっているのですね。そこはかとなく安心しました」
「……もう何も言わないよ」
「冗談です」
「そうであることを切実に祈るね」
何はともあれ。ひょんなことから事実を知った後輩女子に恋愛相談を持ちかけることになった浩平は、美汐と一緒に歩き出す。
願わくば、彼女の言葉から何かしらこの状況の解決策が見つからんことを。
「あれ? あれは……」
そしてそんな珍しいというか稀有な二人組を偶然見つけてしまった人物がいた。それは、
「あの二人……どういう組み合わせだ?」
朝倉純一だった。
あとがき
何とか年内もう一本出すことができました、神無月です。
……とはいえまた前後編ですけどねー。まぁキー学はなるべくコンスタントにやっていきたいなぁ、と思います。はい。
というわけで若干前回からの続きです。期末試験もあっさり消化。
赤点で夏休み終了のお知らせ連中の話書こうかとも思ったんですが、中間試験と内容がほぼ同じになるのでスルーしましたw
次回もちょいとラブとコメでラブ多め、って感じになりそうです。つかコメディの書き方忘れかけてる気がしますよ自分……w
ってなわけで、今回はこれまで。
それではまた来年お会いしましょう〜!