「おらおらおらぁ! これで……決めだー!」
第一グラウンド、男子側。
そこではいままさに浩平がハットトリックを決め、敵ゴールネットにボールを突き刺しているところだった。
「っしゃー!」
ガッツポーズする浩平の背後で項垂れる対戦クラスの面々たち。
「……ぜ、全然止められねー」
「俺達一応運動部だよな……?」
差は歴然。現役サッカー部員も数人いるにも関わらず、12−0という圧倒的大差で2−Aは勝利を手中にしていた。
なんというかまぁ……同情したくはなるというものだ。
「勝ったのは良い。勝ったのは良いんだが……」
唸ったのは南だった。2−Aでは唯一のサッカー部員にしてレギュラーのためゴールキーパーを務めているわけだが、彼は手袋を地面に叩きつけると、
「なんで女子の応援がこれっっっっっっぽっちもないんだよぉぉぉ!!」
心の涙を流しながら叫んだ。
実際南の言うとおり、応援席(と化している階段)に女子の姿はほとんど見当たらない。
例年はそれこそ意中の相手のチームを応援したりなんなりと男子側は黄色い声援が飛び交うはずなのだが……。
「今年は相沢や折原がいるからぜってー女子の応援たくさんあると思ってたのに! 大観衆の中俺の華麗なるプレーを見て女子人気が急上昇のはずだったのにッ!!」
「最初に相沢や折原人気を頼ってる時点で小さいぞお前……」
「うるせー斉藤! セリスちゃんという可愛い彼女がいるお前には俺の飢えたハートがわかるまい!」
「バッ! 彼女じゃねぇよバカ! バーカ!」
「その反応が逆に見え見えなんだよダァコ!! うがー、俺の素晴らしき計算がぁぁぁ……」
マジで泣いている南。その男泣きには深く頷いている者も若干名いたりする。なんとなく不満を持っている者は多そうだ。
そんな彼ら軽く一瞥しつつ、浩平は祐一に近付いていく。
「まぁ南ほどじゃないにしろ……確かに張り合いないよなぁ。今年に限ってどうして女子は自分たちに夢中なんだ?」
「さぁな」
「気にならんのか?」
「別の意味で気になるよ俺は」
別の意味? と訊ねる浩平に頷き返しながら、祐一は隣の……やけに白熱している女子側グラウンドを見つめた。
「絶対……裏で何かが動いてるぞ。おそらく会長か佐祐理さん辺りが」
さすがに祐一はわかっていたようだ。
集まれ!キー学園
六十六間目
「球技大会における女性の抗争(U)」
キー学の球技大会は二日間に分けて行われる。
各トーナメントグループの勝利チームが決まるまでが一日目、残った四チームでのトーナメント、つまり準決勝からが二日目となる。
もちろん試合数からして二日目の方が明らかに少ないが、その分同時にプレイをすることはない。それは男女間でも同じこと。
つまり二日目は全グラウンドで一試合しか行われないため、応援がしやすいのだ。
そのため準決勝以降の応援は凄まじく、毎年二日目の盛り上がりは一日目のそれを凌ぐとされている。
特に毎年強豪とされるクラスはトーナメント段階で分断されているため、白熱した試合が繰り広げられる可能性がかなり高いのだ。
今年もこれまで同様そうした処置が取られている。実際ひっそりと裏で行われているトトカルチョの倍率がそれを物語っていた。
男子も女子も、やはりあの三クラスが強い。圧倒的と言っても良かった。
特に男子は彼らを相手にした場合0点で終わることもしばしばあった。まぁそういう面子が集まっているのから無理もないのかもしれない。
トーナメントで当たったら『運が悪かった』と思うしかない、とさえ言われる始末だ。
……が、女子は違った。
例え相手が強豪三クラスとはいえ……いや、だからこそ燃えていた。縋りついてきた。
1−C女子のこれまでの戦績は22−3、18−5、9−4と勝っているものの徐々に点が取れなくなってきている。
2−A女子は一試合目こそ44−0の圧勝を果たしたが、二試合目は現役ソフト部が半数を占めるクラスに8−6の辛勝。次は14−3で乗り切った。
他の二クラスに比べて順調なのが3−Eで59−0、41−0と圧勝続きだったが三試合目では7−1と点数が伸び悩んだ。
ここまで来ると誰もが思い始めていた。
もしかしたら勝てるかもしれない。一丸となって戦えば、打倒も出来るのではないか、と。
そして流れと恋心、二重の意味で火のついた女子は身体能力云々を超えて強かった。
Aグループトーナメント決勝、2−A対1−Eの試合。
バコーン!
「っ! 」
ピッチャー智代の投げた剛速球は、見た目に腕の細い女子によって外野にまで弾き返されていた。
香里が追いかけている間にランナーがホームイン。なんと5回終わって4−4の同点となっていた。
「……ちょっと智代。どうしたのよ」
たまらずキャッチャーの留美が駆け寄る。智代は袖で汗を拭いながら、
「すまない。まさかこうも執念深く打たれるとは思わなかった……」
ちなみに今回のバッター。最初こそ明らかに智代の球に振り遅れていたが、徐々にタイミングを合わせ掠め打ちファールで7球も粘った。
で、最後甘く入ったボールを見逃さず打ち返してきたのだ。
「……凄まじいな。女の執念というものは」
「まぁあたしたちは元々標的にされるの目に見えてたわけだけど……確かに相手チームの雰囲気凄いわよねぇ」
相手チームのベンチからなんかオーラが見えるような気がする。赤とか黒とかそっち方面の、蠢くオーラが。
それに目も怖い。やったるぜーやってやんよー、と獲物を狙う猛獣の如きギラついた目が告げている。
いまあの群れの中に飛び込んだらきっと肉の一片も残されずに食い散らかされるに違いない。うんきっと。
「……あたしたちも、本気にならないとまずいわよ。あんただって海、行きたいんでしょう?」
「そうだな……。私たちには彼女たちのような覚悟が足りなかったのかもしれない」
「ええ、勝ちましょう」
「あぁ。無論だ」
戻る留美を見て、そして背後の守備陣……クラスメイトたちを見て、智代は小さく息を吐いた。
滑り止めを手にまぶし、ボールをグッと握りしめる。
「打ってー!」
「私たちが絶対に2−A(の海行き)を阻止するんだからー!」
「そうよ絶対勝たせて(相沢先輩や折原先輩が誰かとくっつくようなことだけはさせて)なるものですかー!」
「まきちゃーん! 逆転だよー!」
相手クラスの声援が凄い。これまで散っていった多くのクラスも1−Eを応援している。
応援は力になる。特に同じ執念想いを心に抱える女子のパワーは上乗せされ、相乗効果となり能力以上の結果を導き出している。
だが。
だが負けられないということであればこちらとて同じなのだ。
若干名一緒に海に行きたくない男子もいることは事実だが、それを上回るだけの魅力がある。
明らかに声援がアウェイ一色であろうとも、誰を敵に回したとしても成し遂げねばならない理由があるのだ。
そう、それは!
「私と祐一のために……!」
「「「待てーい!?」」」(←名雪他数名
「なんだお前たち! 人が気合いを入れていざ投げようというときに!」
「聞き捨てならないことを聞いたんだよ、納得出来ないんだよ〜!」
「ちょっと智代も名雪も仲間割れはやめなさい! ほら、相手クラスがノリノリになってきてるから! 士気がグングン上がっちゃってるから!」
香里が言うとおり、相手チームがニヤニヤしている。もっとやれもっとやれ、と目が物語っていた。
やれやれ、と香里は嘆息しつつ割って入り、
「熱意があるのはわかったから、仲間で争うのは止めて。勝ちたいんでしょう?」
「それはそうだが……」
「でも、香里ぃ……」
「でも、なに?」
ギラッ!!(←ナイフのような視線
「……な、なんでもないよ」
「あ、あぁ」
「よろしい。海云々はともかく、下級生に負けるなんてあたしは許せないの。だからちゃんとやってよね」
自分のポジションへと戻っていく香里の背を二人は見合い、
「……と、とりあえず海の話は勝ってから考えよう」
「そ、そうだね。わかったよ」
と停戦条約を結ぶことで解決した。
そう、まずは勝たなくては意味がないのだから。
その後どうにか巻き返し2−Aは1−Eに対して7−5で勝利をおさめ、無事Aグループの勝利チームとなった。
「つ、疲れた……」
試合終了後、メンバー全員揃って地面に座り込んだ。
体力面もそうだが精神面も随分すり減ったような気がする。
恋する女の力、恐るべしと言ったところか。全員自分のことを棚上げしつつそんなことを考えた。
「ともかく、これでグループ優勝はしたわけだけどー……問題はここからかなぁ?」
「そうでしょうね」
名雪の言葉に林檎が頷き、
「十中八九、残り三つの席のうち二つは1−Cと3−Eでしょう。一番問題なのは準決勝も決勝もそのどちらかと当たる場合よね」
「まぁ確かにあの面子と連戦するのは体力的にも精神的にも厳しいでしょうねぇ……」
考えたくもないわ、と留美が突っ伏した。その横で、あゆが「でも」と首を傾げ、
「残りの一つがどこのクラスになるかわからないけど、それにしても安心は出来ないよね? 今日の様子だと」
「うん。気は抜けないよ」
気合いを入れるように軽く拳を握りしめる瑞佳に、皆がそうだね、と同調し……そこで問題は発生した。
否、既にそれは発生していたと言うべきか。
「た、大変大変!」
そう言って駆けてきたのは補欠要員であり、かつ現状では他の試合の偵察に向かっていた柚木詩子であった。
「どうしたのですか詩子。そんなに慌てて」
代表して茜が尋ねると、詩子は息を切らせながら第二グラウンドを指差し、
「あ、あっちで3−Eの試合が行われたんだけど……」
「ええ、それは知ってますが。それがどうし――」
「負けたのよ、3−Eがっ!」
――瞬間、空気が凍った。
3−Eが負けた? そんな馬鹿な。
その事実を誰もが信じられなかった。なんせあの裏生徒会長、佐祐理がいるクラスなのだ。他にも大勢規格外の人間が集まっているはず。
そう知っているからこそ、負けたなどと容易に信じる事が出来なかった。
しかし、規格外の連中が集まっているという点では自分たちとて同じこと。
普通のクラスに押されていたという事実もあるわけで、そうなると「あってもおかしくない」という思いが初めて浮かんだ。
「相手クラスは……?」
恐る恐る、という誰かの口調に詩子は苦虫を潰したような顔で答えた。
「2−Cよ」
第二グラウンド女子サイド。
そこでは誰も口を開けないような光景が結果としてそこにあった。
3−E対2−C。その試合結果は……4−7。
それは3−Eの敗北を示していた。
「あははー……侮っていたつもりはなかったんですけど……どうやら佐祐理はあなたたちを過小評価しすぎていたみたいですね」
苦笑交じりに言う佐祐理の前に、クスクスと笑いを隠そうともしない小柄な女子がいる。
「だって会長とどれだけ一緒にやって来たと思ってるのー? 麗たちだってずっと昔のままじゃないよー」
その相手は佐祐理にとってあまりに身近な人間だった。
否、このクラスの代表として出てきたプレイヤーの大半を佐祐理は知っていた。何故なら、
「裏生徒会の二年生組は、皆2−Cに在籍していますからね」
そう。
いま佐祐理の目の前にいる少女の名は二ノ宮麗。裏生徒会の一員である。
その麗を筆頭とし、2−Cには佐祐理が長を納める裏生徒会……その半数の面子が揃い踏みしているのだ。
無論、偶然ではない。
1−Cや2−A、3−Eに個性的な面子が集められたのと同じ理由で、それらは必然的に一ヶ所に集められているのだ。
そして裏生徒会の面子を大半の生徒は知らないから2−Cをさほど驚異だと思いはしなかった。
唯一佐祐理だけは多少危険視していたが、それでも総合的に見て自分たちのクラスの方が上だと踏んでいた。
しかし……佐祐理はある一点を見落としていた。
そう、彼女たち裏生徒会の面々は……佐祐理が思っている以上に佐祐理のことを理解していたのだということを。
例えばそう――このような状況で佐祐理がどういった策を取るのか、ということまでも。
「あるいは、佐祐理が監督をしなければ結果は変わってたかもしれませんねぇ」
「なんだかんだで統率力のある会長だし、頼られちゃうっしょ? だから無理だったんじゃないかなぁ、どの道」
実際、統率力だけで言えば3−Eで高いのは佐祐理……あとは雪見か撫子くらいだろう。
しかし後者二人はソフトに関しては詳しいルールなどはわからない。麗の言うとおり最終的には佐祐理しかありえなかっただろう。
佐祐理は参ったとばかりに小さく両手を上げ、
「まさかこんなことであなたたちの実力を再確認するとは思いませんでした。佐祐理もまだまだですね〜」
「うん、会長に一泡吹かせられただけでも麗たちは満足満足! ……なんだけど」
ふと、麗の表情が変わった。
そこまでの無邪気な幼子のような笑顔とは違う……目を細め、口元を釣り上げる、どこか小悪魔めいた笑みを見せながら後ろへ歩き、
「まぁ折角だし……ね」
いつの間にそこにいたのか、五人の少女たちに並び言い放った。
麗を含め立ち並ぶ六人の少女たち。
彼女たちこそ日々佐祐理の下で働いている影の役員……現裏生徒会メンバーである。
「たまには羽目を外して、渦中の人たちと遊んでみることにするよ♪」
妖しくそう言い残し、六人の少女たちは他のクラスメイトの元へと戻っていった。
それを見送り、佐祐理は小さく息を吐く。
「あ〜あ、朋也さんと海、行きたかったんですけどねぇ〜……」
それにしても、と呟き、
「日頃自分で指揮している身でなんですけど……裏生徒会メンバー、敵に回すと怖いものですね」
もしかしたら2−Aや1−Cもやられるかもしれない。
そう考えると……、
「……あははー。それはそれで楽しみですね〜」
笑ってしまう。
結局勝っても負けても佐祐理は佐祐理ということなのだろう。
こうして一波乱ありつつ、球技大会女子ソフトボールの四強が決まった。
1−C。
2−A。
2−C。
3−F。
果たして勝つのはどこのクラスなのか?
混迷する中、明言出来る者は誰一人としていなかった。
あとがき
こんばんは神無月です。
というわけでまさかまさかの3−E予選敗退。
裏生徒会のメンバーたちもいつかスポットを当てたかったんですが、比較的早くにその番を持ってこれました。
さて次回は準決勝。球技大会編はあと二回で終われそうかなぁ。
ではまた〜。