キー学において七月には二つのイベントがある。
一つは言わずもがな、学期末試験。
そしてもう一つは一学期で唯一と言っても過言ではない、生徒たちの待ち望んだ……球技大会である。
「野郎どもー! 燃えてるかー!」
「「「「おおおおおお!」」」」
「闘志を熱く燃やしているかー!」
「「「「おおおおおお!」」」」
「よぉし! これより我々二年A組男子は球技大会の臨戦態勢に移る! 各々、奮戦せよッ!!」
「「「「うぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」
浩平の発破にバカ組が雄叫びを上げる。なんかやたら燃えているようだ。
「よくもまぁ、いつもいつもあの調子で疲れないもんだ……」
祐一含め数人の連中はそれを冷めた目で見ているが、まぁ彼らも彼らとて本試合になれば割と本気になるのである。
結局彼らも男の子なのだ。
さて、まぁこの手のイベントで男子が盛り上がるのは割とどの学校でも見られる風景ではなかろうか。
そして女子はそんな男子の応援で盛り上がったり、自分たちの試合はさほど本気にならず遊び感覚で消化する。
それが普通だろうし、実際去年のキー学もそんな様子ではあった。
……が、今年は違う。
「勝つぞ」
教室の一角。集まった女子を前に簡潔にもハッキリと言い放ったのは坂上智代だった。
集まった女子もそれに笑ったり驚いたりせず、見ている者がビビるくらい真剣に耳を傾けていた。
「今回提示された賞品の魅力は絶大だ。しかも生徒会、裏生徒会両方の出資となれば疑うべくもない」
女子一同、頷く。
「私たちの中でもお互い被さることもあるかもしれないが、それでも牽制なりなんなりはしやすいはずだ。
だからこそ……この賞品を他のクラスに渡すわけにはいかない。そうだな?」
女子一同、再び頷く。
それを見渡し、智代も頷いて見せ、拳を握る。
「たとえ数日後敵になるとしても、いま我々は共通の敵がいる戦友だ。故に――共に戦い、勝とう!」
「「「「おおおおおお!」」」」
男子もかくやと言わんばかりの迫力に、燃えていた男子さえ沈静化する。
「い、一体何なんだ……?」
彼らが不思議がるのも当然のこと。
男子の全く預かり知らぬところで……秘密裏に、女子にだけある賞品が提示されていたのだ。
それは……。
集まれ!キー学園
六十五間目
「球技大会における女性の抗争(T)」
事の発端は前日。
キー学女子の携帯並びにパソコンに生徒会、裏生徒会連名のメールが一斉送信された。
その内容は単純。
女子球技大会メイン種目であるソフトボールにて優勝したクラスにある賞品を贈呈する、というものだ。
その賞品というのが……。
「夏休みに優勝クラス全員で行く、倉田家プライベートビーチ貸切旅行3泊4日……ですか」
グローブを手に取りながら、溜め息交じりに呟いたのは茜だった。
「なんともまぁ、あの人らしい賞品ですね」
「でもかなり美味しいのは事実よね」
隣、学校指定のジャージに着替えつつ留美が、
「同じクラスに意中の相手がいるやつは大チャンス。他のクラスにそういう相手がいるにしたって、他の誰かと海になんか行かせたくないから本気になるだろうし」
「そうですね。燃えないのは好きな人間がいない者だけ……それ以外の人は大いに盛り上がるでしょうね」
「乙女ってのは恋が絡むと物凄いパワーを発揮するからねぇ」
「留美もそうなのですか? 相手は……浩平?」
問うと、ジャージを穿こうとしていた留美がバランスを崩し机に激突した。そのままガバッと起き上り、
「な、なななな、なんであたしがあんな馬鹿のことを!?」
痛くはないんだろうか、と思いつつ茜は肩を叩き、
「わかりやすいですね」
「ち、違うっつーの!」
その手を払われる。顔を赤くしている時点で丸わかりなのに……とは言わないでおいた。可哀そうなので。
「そ、そういう茜はどうなのよ。あんたって相沢なのか折原なのかよくわからないんだけど」
「そうですか? どっちかハッキリしないということならむしろ私より瑞佳の方じゃないかと思いますけど」
「あー……」
二人して瑞佳を見やる。
彼女はちょうどジャージに着替えるところらしく、上着のシャツを脱いでいるところだった。
着痩せするんだなー、とある一点を見て思い……いやいや、と揃って首を振る。
「まぁ、確かにあの子は……どうなんだろう」
「一見祐一を好いているようにも見えますけど……浩平に一番近いのは間違いなく瑞佳でしょう。
以心伝心というか……あの二人の掛け合いはもはや誰も再現できないある種の固有結界」
「うぐ……そりゃあまぁ気兼ねのなさってのは感じるけど……でもそれって幼馴染ならではの、なんつーか近さでしょう?」
「そうかもしれませんけどね。でも案外浩平に彼女が出来たりしたら、瑞佳も変わるかもしれませんよ?」
「態度が?」
「読まなくなって久しい本も、いざ捨てようとするとまた読みたくなったり……昔使ったような玩具も手放そうとすると妙に恋しくなったり。
あまりにも近くにいる二人ですからね、いざどっちかが離れたら……そういう可能性もあると思いません?」
「あ、あるかも……」
「まぁ瑞佳は置いておくにしても、浩平はあれでもやはり四天王。モテますからね。特に真面目な子と、下級生には」
「そう……よね。やっぱり敵は多いのよねぇ……」
「ええ。……ところで留美」
「え、なに?」
「まぁ仕向けた私が言うのもなんですけど……いま自白しましたね?」
「え……あ!? ち、ちが、これは、その!?」
「さぁグラウンドに行きましょう。開会式が始まりますよ」
「あ、こら! 人の話を聞きなさい!」
さっさと教室から出る茜を留美は追いかけていく。
クスッと茜が留美に気付かれないように小さく笑った。
このとき留美は自分のことだけで気付いていなかったが……話をコントロールされ、「誰が本命なのか」を結局茜は口にしていなかった。
開会式。
生徒会長の言葉。
「きゅぅぅぅぅぅぅぎ! たぁぁぁぁい……かい!!」
という、当り前のことを絶叫しただけで終了。
裏生徒会長の言葉。
「命をかけて死ぬ気で頑張ってくださいね〜♪」
果たしてそれは球技大会と呼べるのか? という疑問を敢えて口にする命知らずはいなかった。
まぁそんなわけで。
球技大会がスタートする。
メイン種目は男子がサッカー、女子がソフトボールである。
基本的にはクラス対抗のトーナメント形式で、二つあるグラウンドをそれぞれ二分割して男女同時に試合が行われるので応援もしやすい。
ただトーナメントは四つのグループに分けられ、それぞれの勝者……ベスト4が決まると、もう一度抽選をし相手を選び直すシステムになっている。
これは準決勝から決勝までの流れをより熱く、面白くするために数代前の裏生徒会長が決めたものだが、いまや伝統となって続いているものだ。
最初のトーナメントを決めるのは生徒会や裏生徒会だが、もちろん盛り上げるために強そうなクラスは最初の段階で分けられる。
そんなわけで、1−C、2−A、3−Eは男女共にグループはバラバラになっていた。
密かに進められているトトカルチョでもこの三クラスは倍率が高い。が、やはり男女共に一番人気は2−Aだった。
男子は四天王の相沢祐一と折原浩平の二人に加え、運動神経の高い連中が多く本命。
女子にしても各部活のエース級が集っているためやはり本命。
まぁ男子はともかくこれまでの女子は球技大会で本気になるような人間はさほど多くなく大体トトカルチョの相場通りに終わるだけだったのだが……。
「わ、私のために……負けてください先輩!」
「甘いわ! そんな他力本願な願い……このボールごと星にしてあげるわぁぁぁ!」
カキーン!!
「いやぁぁぁ……!」
……なんか、カオスな様相を見せていた。
例のメールにより白熱するだろうとは女子一同誰もが思っていたことだが、予想以上に凄いことになっていた。
想像してほしい。
女子が、ホームランを打って高らかにガッツポーズして吼えているところを。
女子が、ホームランを打たれてマウンドに涙を流しながら沈み込むところを。
「……異様を通り越して怖いですね」
階段に座りながらその光景を眺めていた美汐が半目で呟いた。
キー学のグラウンドは校舎より低い位置にあるため階段がある。そのためこういったグラウンドでの催しをやる場合によく椅子のような役割になる。
もちろんいまも応援をするため、あるいは他クラスの戦力を偵察に来た者でその場はひしめきあっていた。……今年に限っては圧倒的に後者が多いが。
ちなみにキー学の球技大会は、自分たちの出番である場合を除き、何をしてても問題はない。
無論早退するとか学校外に出るなどはNGだが、例年であれば教室でトランプをしていたり駄弁る生徒も多く見かけるはずなのだ。
それを考えれば今年のグラウンドの人口密度は半端ではない。
「まったく……海に行くくらい大したことではないでしょうに」
「ちっちっち、わかってないなぁ〜」
独り言に後ろから返答が来た。
いよっ、と声がして隣に誰かが座り込む。それは折原みさおだった。
「わかってない、とは?」
「女心が、だよ。海とは開放的なもの! 好きな相手と海で戯れるのは恋する女の子なら誰もが望むことだよ〜♪」
「わかりかねます。なら自分で誘えば良いでしょう?」
「そんな勇気が出ない子もいるんだよ。特に女子から海に誘うなんて気があるのバレバレじゃない?」
「まぁそうかもしれませんけど」
「だから、こうやって大々的に皆で行けるってのはチャンスなんだよ。……お、良い当たり」
見る先、再びホームランが出ていた。もうピッチャーは立ち直れないとばかりに崩れ落ちている。
「……いささかやりすぎな気がしないでもないですが」
「やりすぎだなんて今更。それがキー学じゃない」
「そうやって割り切れるあなたはやっぱり折原先輩の妹さんなんですね」
「うちの家訓だからね」
「家訓?」
「『楽しむときはとことん楽しむべし。楽しくないときでもなりふり構わず楽しむべし』」
「……一度あなた方のご両親に会ってみたくなりました」
「いま海外だけど……今度帰って来た時に会ってみる? 凄いよ〜。多分トラウマになるね」
「……やめておきます」
トラウマになる、とまで言われる両親に興味がないと言えば嘘になるが……恐怖の方が勝った。
「ところでみさおさんもやっぱり燃えてらっしゃるのですか?」
「ん? まーそりゃね。純一くんと海行きたいし? まぁ、誇れるような体型じゃないけどさー」
みさおにしては珍しい苦笑。
美汐はチラッとみさおの体を見る。確かにボリュームに欠ける点はあるかもしれないが、バランスは良いと思う。
「ほら、やっぱ水着着るならおっぱいあった方が良いじゃん?」
さらりと言った言葉に、周囲の男子がグリン! と首が折れ曲がるくらいの勢いで顔をこっちに向けてきた。
美汐はこめかみを押さえ、
「……あなたたち兄妹はどうしてそう、恥じらいというかそういうものを持ち合わせていないのですか」
「え、だって事実だし? 水着着た女の子に対して男の子が一番先に目を向けるのはおっぱいでしょやっぱ」
「ええわかりました、わかりましたからとりあえずその直接的すぎる表現は控えてください」
「直接的って言ったら乳房でしょう? 個人的には十分オブラートに包んでるつもりなんだけどな〜」
「あなたたち兄妹の普通は世間一般の普通に当てはまらないんです」
「えー、ひどい言われよう」
半目で睨まれても撤回はしない。この兄妹は一度その辺のことをキチンと把握するべきだ、と美汐は強く思う。
「まぁ今更おっ「こほん」……む、胸はどうにもならないけどさ。でもやっぱ好きな相手と一緒にキャッキャウフフしたいじゃない」
「……『きゃっきゃうふふ』? なんですかそれ」
「砂浜で走るんだよ。待てー、うふふ捕まえてごらーん、なんだとー、あははー、うふふー、みたいな」
「……」
「ってそこで無言で去らないでくれないかな!? せめてツッコミが欲しい! そうじゃないと逆に自分が痛く感じるからぁ!」
なるほど突っ込むから盛り上がるのか、と一つ学びながら美汐は座り直した。
……結局座り直す辺り美汐もお人好しと言うべきか。
「ぐすん。……ところで、みっしーは誰かと海に行きたいと思わないの?」
「特段」
「純一くん相手でも?」
「何故そこで純一が?」
「いや、なんか他の男子より仲良いじゃん?」
確かに他の男子よりは話しやすいし……というよりそもそも他の男子とあまり話はしないが。
「確かに気は合いますし、良い友人だとは思いますが……それ以上の感情はいまのところありませんね」
下からみさおがジッと顔を覗き込んでくる。
「……うーん。本当っぽいね」
「本当ですから」
「あーん、つまんなーい! わたしたちくらいの年代だったら恋が仕事と言っても過言ではないのにー!」
「間違いなく過言でしょう。……あ、どうやら試合が終わったようですよ」
「え? あ、ホントだ」
グラウンドでは二年と三年の試合が終わっていた。点数は7−6という接戦。負けた方の悔しがり方と勝った方の喜び方が尋常ではない。
……自分はあの世界に巻き込まれたくない、と美汐は思ったが、まぁ無駄なのだろう。
人間諦めが肝心なのである。
「次わたしたちだよね。相手どこだっけ?」
「確か……3−Cだったかと」
「あー。ドラゴン先生のところかー」
「はい?」
「あぁ気にしないで。あるCMの話だから」
みさおが立ち上がり、伸びをする。
「んじゃ、ちょっくら優勝目指して頑張るかな〜! みっしーも手は抜かないようにね」
「もちろん手を抜くつもりはありませんが……私たちはいささか不利ですよね」
「どうして?」
「まだ純一人気も落ち着いてませんし。邪魔をする、という意味でなら私たちのクラスに重点を置くクラスも少なくないでしょう?」
他のクラス、他の学年である以上純一狙いの場合一緒に海に行くことは不可能だ。そうなれば戦う理由は純一と誰かを海に行かせないため、ということになる。
そうすると美汐の言うとおりもっとも狙われるのは純一がいるこのクラスなわけだが、
「ま、そういうのを全部踏み越えていくからこそ面白いんじゃん? 邪魔するものは根こそぎ潰す!」
ビッ! と親指を立てて笑うみさおを見て、あぁやはりこの人は折原の人間だ、と美汐は再認識した。
「ほーら、行くよみっしー。三年のおばさん方を駆逐するんだから♪」
「行きますから手を引っ張らないでください。それとその言葉、間違っても3−Eの前で言わないでくださいね」
「大丈夫。そこまで命知らずじゃないから」
「そうですか。なら安心です」
「そういえば……奥の第二グラウンドの方で3−E試合してなかったっけ? どうなったんだろ」
「そんなの聞く必要あります?」
「まぁ……ないかな」
頷き合い、二人は階段を下りていく。
意気揚々と待ち構えるクラスメイトと共に、それだけで相手を殺せそうな眼力をまき散らす三年を相手にするために。
さて、その3−E組女子だが……。
「え、えー……3−E対3−Dの試合は59対0で3−Eのコールド勝ちです」
審判の宣言と同時、3−Dはうわーん! と泣きながら敗走していった。
試合を観戦していた者たちもそれを同情に満ちた視線で見送る。泣きたい気持ちはよーくわかっているのだ。
その皆が恐る恐る、という仕草である人物に視線を集めた。
それは3−Eのチームリーダー、薄く笑みを浮かべた倉田佐祐理であった。
「あははー、あの程度の戦略でこの佐祐理たちに勝とうというのが間違いなんですよ〜」
その言葉を聞いた誰もがこう思った。
いやいやあなたの戦略が陰険すぎるんだ、と。
……とにかく佐祐理の戦略は凄まじかった。
球技大会は一応キチンとした学園側のイベントであるとはいえ、実質はお遊びのようなものだ。特に女子となれば顕著になる。
もちろん今回、男子は知らないが女子には本気になる理由はあった。にしても……佐祐理の取った戦略はいささか度が過ぎた。
そりゃあもう、完膚なきまでに叩き潰す勢いで。試合中、もう後半から相手チーム涙目だったことからもわかろうというものだ。
しかしそれを咎める者は3−Eにはいない。
「良いわね、やっぱ佐祐理はこういうときだけは頼りになるわ」
「あははー、ありがとうございます杏さん。なんか棘ありますけど」
パン、とハイタッチし合う二人。
「これならグループ優勝は楽勝かもね」
「そうやって油断していると足元をすくわれかねませんよ? まぁ佐祐理がいる限り油断なんかありえませんけど」
「じゃあ大丈夫じゃない」
ニヤッと杏が口元を釣り上げる。不気味な笑みだが、杏だとやたら似合っていた。
振り返る。
3−E組の女子は2−Aや1−Cに比べ体育会系の人間は少ないが、潜在能力は高い者が多い。
だからいけるはずだ、と杏は思う。いや、いくのだ。
――朋也との、海のために!
「このまま優勝を目指しましょう! 目指せ、海ーッ!」
「「「おー!」」」
こうして球技大会における女子の抗争は男子に気付かれることなく密かに、しかし苛烈に開幕した。
あとがき
こんばんは神無月です。
久しぶりにキー学を書いたのに懐かしさを微塵も感じないのはきっと春咲きを執筆していたせいだな。似てるからw
まぁそんなわけで球技大会は事前に言っておいたように女子中心に行います。ちゃっかり夏休みのイベント伏線いれたりしちゃったりして(ぁ
さぁ皆さんは誰に水着になってほしい!?(マテ
ではまたw