セミがやかましく鳴き始めた七月の上旬。

 春の陽気は跡形もなく消え去り、ギラギラ照りつく太陽がそりゃあもう憎たらしいったらありゃしない。

「……あぢぃ」

 自宅のソファの上でランニングとトランクスという究極の軽装で寝転がっている浩平は、うちわ片手にそんなことを呟いた。

「何がきついってクーラーがぶっ壊れてる上に扇風機が大破したのがきつい」

 そう。現在折原家には冷房機具が何一つとして存在しない。

 折原家に仕込まれたトラップの余波を受けクーラーは破損。扇風機は瑞佳の凶器として使われこちらも見事なまでに破壊されていた。

 そんな苦しみを本来は分かち合うべきである妹のみさおは朝からいない。どこへ消えたのやら。

 もしかしたらクーラーでも効いた友人の家にでも遊びに行っているのかもしれない。

 ――俺もどこかに行こうかなぁ。

 ここで一人ボーっと灼熱地獄の中にいたら溶けて死んでしまいそうだ。

 だったら暑い思いしてでも誰かの家に強襲し、クーラーの恩恵を受けるかあるいは共に灼熱地獄へ引きずり込んでも良い。

「……うし。行くかぁ」

 のろのろと浩平は立ち上がる。

 そのまま……洗面台にも自室にも立ち寄らずフラフラと夢遊病患者のような足取りで玄関へ向かう。

 出た。

 悲鳴。

 戻ってきた。

「なんだよぅ、たかがトランクスで悲鳴を上げるなんて……最近のマダムは男慣れしてなくて困るぜ」

 ボリボリと面倒くさそうに頭を掻きながら文句を垂れる浩平。

 この場に祐一か瑞佳がいれば「一度そのまま捕まって来い」とでも言ったことだろう。

「ん?」

 ふと、足元に紙切れが一枚落ちていることに気が付いた。

 どうやら扉の間に差し込まれていたものらしい。拾い上げてみると、

「ガス工事のお知らせ……?」

 なになに、と読み進めてみる。

「えーと……ふむふむ。つまりは今日一日ほとんどガスは使えない、と。まぁこのクソ暑い中ガスなんて使おうと思わないが……待て」

 固まった。

「飯や風呂はどうすれば……?」

 このとき、ようやく彼はみさおが家にいない本当の理由を知った。

 

 

 

 

 

集まれ!キー学園

六十四間目

「ガス工事にご用心?」

 

 

 

 

 

 どうやら周囲の家のほとんどが同じ状況のようで、相沢家も水瀬家も誰もいなかった。

 プロパンガスを利用していて工事とは無関係であるはずの長森家にも誰もいなかったが、こっちは単なる用事だろう。

 仕方なしに、やや遠方の友人の家に向けて出発する。

 明確な場所はまだ決めてない。とりあえずパッと思いつくのは純一だが、この暑い中あの小うるさい音夢と相対するのは正直げんなりする。

 どうしたもんかなぁ、ととりあえず商店街に立ち寄ってスーパーで涼んでいた浩平は、ふとある人物を発見した。

 ガラス張りの向こう側、そこを歩くのは間違いなく朝倉音夢だ。隣を歩くのは、確か中等部の天枷美春だっただろうか?

 ――二人が買い物をしているということは……純一で遊ぶチャンス!

 キュピーンと目を光らせた浩平は早速音夢に見つからないように移動を開始した。

 別に学校じゃないんだし隠れて移動する必要もないにはないんだが、なんとなく音夢の機嫌が悪そうなので念のため。触らぬ神になんとやら、だ。

「兄さんの洋服から女の人の匂いがしたのよ……」

「えっ。音夢先輩、朝倉先輩のお洋服の匂いを嗅いだりするんですか!? それって軽く変態の領域じゃ……」

「ち、違うの! 洗濯をしようと思って籠から出したら、こう匂ってきて……」

「はぁ。まぁでもいま朝倉先輩って言ったらキー学のアイドルですからねー。言い寄ってくる女の人多いでしょうし、別におかしくないのでは?」

「……でもちょっとくっついたくらいであんなにハッキリと匂いってつくものかな……」

「音夢先輩は相変わらずですねー。朝倉先輩がいずれ付き合う女の人に同情を禁じえません。まぁ美春なら大丈夫ですけど」

「あら美春。それって軽く宣戦布告?」

「あはは、どうでしょーねー」

 なんて会話を耳にしつつ浩平は退避成功。純一も苦労してんなー、とは思うもののそれで浩平の行動が変わるわけもない。

 その苦労を募らせている要員の一つが自分であることをわかっていながらも、その程度で停止するようなら彼は折原浩平ではない。

「っしゃ、行くかー!」

 朝倉音夢という怨敵のいないいま、浩平を止める者はいなかった。

 

 

 

 訂正しよう。浩平の動きは止まった。

「まーじーかーよー……」

 ぐてぇ、と身体を崩した浩平はそのまま塀に寄りかかった。

 塀には表札があり、きっちり『朝倉』と記されている。

 そう、ここは純一や音夢の住んでいる朝倉家である。しかし呼び鈴を押そうが扉を叩きまくろうが何しようが中から返事はなかった。

 面倒なのでピッキングで鍵を解除し家の中を捜索したが、それでもやはり純一の姿は見当たらなかった(人はこれを住居侵入と言う)。

 とりあえずバレると面倒なのでピッキングで鍵を閉めなおし、現状に至るわけだが、

「つーか俺歩き損じゃね……?」

 頭上ではそんな浩平をせせら笑うようにギラギラと太陽が輝いている。あぁ憎たらしい。無限パンチで穴でも開けてやろうか。いやあれは月か。

「仕方ない。とりあえずまたどこかで涼もう」

 このまま突っ立っていたら間違いなく熱中症か日射病で倒れる。既に汗はダラダラ。少なくとも水分補給はすべきだろう。

 財布を取り出し中を見やる。

 札、なし。小銭、計三百円弱。その他、五百円分図書券が一枚。

「全財産は八百円ってところか。虚しいなぁ〜」

 何故これだけしか金がないのか。それは趣味にかけている金が凄まじいとしか言いようがない。

 とりあえずこの資金で涼めて美味しい水分が補給できる店、しかもここからなるべく近くとなると……、

「あ」

 一箇所思いつく場所があった。

 

 

 

 その店の前に立ったとき、最初に思い浮かんだのは「久しぶりだなぁ」、という感じのものだった。

 カオスの権化。喫茶・百花屋。

 騒がしいの大好きな浩平にとっては宝物庫のような場所のはずだが、何故だかここ最近は寄り付いていなかった。

 純一が高等部に上がり普通に騒がしくて楽しかったからかもしれないな、なんて思う。純一が聞いたらはた迷惑だ、とでも言っただろうが。

 しっかりと覚えているわけではないが、おそらくここに来るのは半年振り以上だろう。少なくとも二年生に進級した後に来たことはないはずだ。

 しかし何でも屋であるところの百花屋のことだ。半年も来なければおそらくメニューやら施設やらどっさりと増えていることだろう。

 今日一日それを楽しむのも面白い。

 ……八百円でどこまで出来るかが問題だが。

 暑いのでとりあえず店内に入ることにした。

「いらっしゃいませ。お客様はお一人様でしょうか……って、折原先輩ではないですか」

「ん? おぉ」

 白黒のエプロンドレスに身を包んだウェイトレスは、一年生の天野美汐だった。

 へー、と浩平は美汐のつま先から頭までを眺め、

「お前こんなところでバイトしてたのかー。なかなか似合うじゃん」

「ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げる美汐のウェイトレス姿を一言で表すなら、そう、

「ギャップ萌えだな!」

「はい?」

「いや、なんでもない。こっちの話だ」

「そうですか。ではお席にご案内しますので、こちらにどうぞ」

 美汐に促されるまま店内へ。

 なんというか、店内は以前にも増して賑やかで、またとんでもないものになっていた。

 パッと見ならば、普通の小洒落た喫茶店の内装にしか見えない。しかし奥に視線を移せばバーカウンターやらビリヤード台やら普通じゃありえないものがドン! と存在感をアピールしまくっている。

「あのビリヤード台ってどうしたら使えるんだ?」

「使用したいのであれば私たちに言ってくだされば大丈夫ですよ。ちょうどいまは空いているようですし」

「タダ?」

「いえ、三百円頂きます。時間制限は基本的にありませんが、次に使いたいという方が出た場合には最短一時間で交替していただきます」

「へぇ、面白いシステムだな」

「なお、店内で千円以上の飲食をした場合には無料で使えるようにもなります」

「商売上手だな」

「店長の決めたことですけど。……しますか?」

「いや、今日は金あんまないから良いや」

「そうですか。……お席はこちらになります」

 案内されたのは二人用の席だった。どうやら通常のカウンター席は全部埋まってしまっているようだ。

「メニューはこちらになります。ご注文がお決まりになりましたらそこの電子ベルを押してください」

 ふむふむ、と頷きながら浩平はメニューを受け取り、

「女の子の指名はオーケー?」

「一人三万円になります」

「出来るの!? つーか高っ!?」

「出来るわけないじゃないですか」

 しれっと言って去っていく美汐に、浩平呆然。

 しばらくしてようやく回復した浩平はニヒルに笑い、

「フッ。さすがはミステリアスクールビューティーと名高い天野美汐か。俺の完敗だ……乾杯ー!」

「店内でのシャウトはご遠慮くださーい!」

「はい……」

 怒られてしまった。

 でもシャウトと返す辺り店員もなかなか見所がありそうだ、とわけもなく頷いた。

 メニューを開く。

 うん、カオス。

「フォアグラのソテーとか……誰が喫茶店で食うんだこんな本格料理……。お、すげぇ。冷やし中華がある。食いてぇなぁ」

 とりあえず電子ベルを押してみた。ポーン、という小気味良い音と共に、「はーい」という店員の声が響き渡る。

 近くにいたのは男らしい。小走りに駆け寄ってくるウェイターに注文を言おうとして、

「げっ!?」

 何故かウェイターがこっちを見て固まった。

 なんと失礼なやつだ、と大して怒ってもいないのに怒ってやろうとウェイターを見た浩平もまた、思わず動きを止めてしまった。

 硬直する二人。しかしその次の反応は二者正反対だった。

「お、折原先輩……」

「えー! 純一じゃーん!」

 ウェイターとして現れた純一はやばいものに見つかってしまったと顔を歪め、客たる浩平は面白いものを見つけたとばかりに顔を輝かせた。

 その反応が、もはや全ての答えではなかろうか?

「へー、ほー、ふーん。まさかお前がこんなところでバイトをしているとはなぁ……。お兄さんビックリだ。ニヤニヤ」

「……ニヤニヤって口で言うのは止めてください。身の危険を感じます」

「身の危険? つまり……こういうことか」

 スゥッと浩平はシャツのボタンに手を掛けながら純一を真正面から見詰め、一言。

「や・ら・な・い・か?」

「近付くなぁぁぁ!?」

 ズザー!! と驚異的なバックステップで距離を離す純一に浩平はヒラヒラと手を振って、

「馬鹿だなぁ、俺がそんな気あるわけねーじゃねーか。俺はノーマルだ女の子大好きだ美人万歳可愛い子萌えー!!」

「……少し安心しましたけどそれはそれで人として大切な何かを失っている気がします」

「バカヤロウ! お前も祐一もモテるくせに『女なんて興味ねぇ』みたいなスカした態度取りやがって! そんなんじゃ人生の99%は損してるぞ!」

「いや、さすがに99%はないでしょう……」

「……知ってるか? そうやってお前らが特定の相手を決めないから男色家じゃないかなんて噂もあるんだぜ? 一部じゃお前と祐一のやおい本を作ってる女子さえいる始末だ」

「はぁ!?」

 

 

 

 ある場所で。

「くしゅん! あ、あぅ。誰かわたしの噂でもしてるのかな……。あはは、そんなことないか――ってあぁ締め切りに間に合わないぃぃ!」

 そんな独り言を呟いた一年女子がいたとかいないとか。

 

 

 

 

「……ありえねぇ」

「現実とはかくも辛いものよなぁ〜」

 うんうんと頷いて見せると、純一は思いっきり肩を落とした。知らない方が良い現実だったのかもしれない。

 フォロー……はもう遅いだろうから、とりあえず話題逸らしてやるかぁ、と浩平なりに気遣って(無論発端は自分なのを棚に上げて)、メニューを掲げた。

「ところでウェイターさんや。君の職務は何かね?」

「あ、そうだった……。で、注文はなんですか〜?」

 半目でかつ棒読み。めちゃめちゃ投げやりな対応だった。

「チミ! 客にその態度はなんだね!?」

「いやぁ、なんつーか……折原先輩なら良いかな、と」

「うわ、先輩を敬おうという気がないやつだな」

「ハハハ、敬え? どの口がほざきやがりますかお客様?」

 メキッ! という音は彼の抱えたトレーから聞こえてきたものではないと信じたい。

 これ以上おちょくると爆発するかもしれない。そう思いとりあえず浩平は当初の目的である飲み物を頼むことにした。

 もちろん頼むものなんて決まりきっている。メニューを開くまでもない。

「生中一つ」

「未成年が堂々と注文しないでください!」

「えー。俺とお前のよしみじゃないかよぅ。よぅよぅ?」

「駄々っ子ぶっても売りませんしそもそも気色悪いです」

「ちっ。仕方ねぇなー。じゃあこのカクテルを」

「マグマコーヒーですねかしこまりました」

「ちょ、マグマ!? なにその聞くからに超熱そうなコーヒーは!?」

 しかし純一はスタスタと歩き去ってしまう。浩平は手を伸ばし、

「悪かったもう冗談は言わん! だから、せ、せめてアイスに! アイスコーヒーにぃぃぃ!」

 叫んでみたが、結局純一は振り返ることなく戻っていってしまった。

 どうやら突っつきすぎたらしい。まさか本当に沸騰しているホットコーヒーを持ってくることはないと思うが……というかそんなメニュー存在するのだろうか。

「……ありやがった」

 メニュー、ドリンク一覧の端っこにそれは載っていた。

「えぇ、なになに……『マグマのようにぐつぐつ沸騰する激アツのホットコーヒー。焼き石を入れることにより冷めない優れもの。バツゲームに是非!』ってバツゲームに使いそうなもの売るんじゃねーよ!?」

 恐るべし、百花屋。

「お待たせしました」

「はやっ!?」

「マグマコーヒーになります」

 戻ってきた純一が手馴れた動作でテーブルに置いたコーヒーは……そらもうグツグツと煮えたぎっていた。

 ボコボコと泡が沸き立つ漆黒の飲み物。これを見て浩平が真っ先に頭に思い浮かべたのは魔女が掻き混ぜている鍋だった。

 っていうか、マジで持ってきやがったことに驚きだ。だがこちらには秘策がある。

「……フッ、ばーろーめ。注文してねぇもん持ってきたんだから俺は払わねーぞ――っていねぇ!? 既にいねぇ!?」

 もう視界の中に純一の姿はなかった。恐るべし朝倉純一。キー学随一の逃げ足の速さは伊達ではないらしい。

 文句を言おうにもはかったように店員が近付いてこない。電子ベルを連打してみたが、それがいけなかったのか鳴らなくなってしまった。

 もはや逃げ場なし。

 喉は渇いた。水は飲み干した。そして少なからずの興味もあったりする。

「ゴクリ……」

 やや震える手でカップを手に取る。

 グツグツ煮立っている。近づけると音すら聞こえてくる。これは一体どれだけの温度なんだろうか……?

 そして興味が沸き立つともう後戻りのきかない男である浩平は――何を血迷ったのかグイッと一気に飲み干した。

 

 

 

 とりあえず言えることは、浩平はやはり馬鹿であるということだ。

 

 

 

「お、思いっきり火傷した……」

「そりゃあそうでしょう。あれを一気飲みとか自殺願望あるとしか思えませんよ……」

 日も落ちてきて少し涼しくなってきた夕方。

 バイト終わりの純一と一緒に浩平は自宅への道を歩いていた。

 沸騰するマグマコーヒーを一口で飲み干すという馬鹿プレイをかました浩平は、口の中を火傷。それでも喉が無事な辺りはもはや人外としか形容出来ないが、念のため純一が見送るということになっていた。

 純一も多少罪悪感があったのだろう。まぁそれ以上に呆れが強かったが。

「ま、そのおかげで夕飯奢ってもらえたし、満足満足」

「……口の中火傷してるくせに食べ物は喉を通るんですね」

「ったりめーよ! 腹が減っては戦はできねーんだぜ!」

 当初の懸念であった夕飯もどうにか無事確保できたし、これでガスが止まっていても問題はないだろう。あとは風呂くらいか。

 火傷で口の中はヒリヒリするが、夕食代が浮いたから結果オーライと考えるポジティブな浩平であった。

「そりゃ図書券だけで飯を食おうとする人がいたら奢るしかないでしょう……。無銭飲食になっちゃうし」

「ん? なんか言ったか?」

「いいえ、別に。それより着きましたけど……家、電気ついてないですね?」

「お? 本当だ」

 純一の言うとおり、折原宅は夕方であるにも関わらず電気がついていなかった。まだみさおは戻ってきていないのだろうか?

 だがその疑問はポストの中にあった紙で解けた。

「お、みさおの書き置きだ。なになに……ガスがつかないので瑞佳お姉ちゃんの家にいます。なるほど」

「何故ポストの中に?」

「玄関なんかに貼り付けたら家に誰もいないことを公言しているようなもんだし、それで誰か侵入なんかしたら大変だろう? 相手が」

「相手の心配してんですね」

 折原忍者屋敷のトラップは祐一や純一レベルでないと無事ではすむまい。一般人が乗り込んだら……殺人事件に発展してしまいそうだ。

「だから俺たちは家入る前に必ずポストの中身チェックするからな」

「なるほど。……んじゃまぁ、俺はこの辺で」

「なんだ。折角だしお前も風呂でも入っていけば良いじゃねぇか?」

「はぁ? なんで俺が」

「これも男の友情ってやつだ。はーいお一人様ご案内〜」

「ちょ!? 俺はこのまま家に帰って――ってあぁもうなんで先輩こういうときの力はとんでもないんだ!? 引き剥がせない……!」

 ガッチリホールドされた純一はそのまま浩平に引きずられて長森宅へ。鍵は閉まっていたがそこはそれ。浩平の手に掛かれば開錠なんて朝飯前だし、そもそも長森家もその前提でどこにも鍵なんて置いてない。これぞ長年お隣さんとしてやってきた両家の信頼関係である。

「なんて嫌な信頼関係……」

「さぁ独り言を言っている暇はないぞ純一〜。まず外から帰ってきたら手洗いうがいだ。これ鉄則」

「へぇ。意外にその辺はきちんとしてるんですね。意外です」

「二度言うな。それにまぁ、健康じゃないと遊べないからなっ!」

「あぁ、凄い説得力」

「あ、洗面台はこっちな」

 勝手知ったる人の家。何度も足を運んだことのある長森家に知らないことなんてほとんどない。

 そうして浩平が何の躊躇もなく扉を開けたとき――世界は止まった。

「お……?」

「……え?」

 そこには先客がいた。折原みさおと長森瑞佳の二人である。

 しかし別に彼女らがここにいることはなんら不思議ではない。そもそもこの二人がこの家にいることは入る前からわかっていたのだから。

 ……だが状況がまずかった。ぶっちゃけて言ってしまえば……二人は、共に下着姿だった。

 おそらくは風呂上り……なのだろう。濡れた髪や火照った肌、そしてややこの場がじめっとしていることも考慮すれば容易に想像出来る。

 だが頭はキチンと状況を把握しているのに、身体が追いついていなかった。唐突なことにまるで金縛りにでもあったように動かないのだ。

 でも頭は動くし、目も動く。

 みさおは黒の際どい、瑞佳は水色の可愛い感じの下着だった。

 瑞佳は案外着痩せするんだなぁ、なんて感心していると――ようやく時が動き出した。

「……浩平? そこで何をしているのかな……?」

 ようやく我に返った瑞佳がパジャマと思われる服で身体を隠しながら訊ねてくる。その声音があまりに低く、その背後から漆黒のオーラを感じるのはきっと気のせいではあるまい。

「い、いや、これは事故! そう、不幸な事故なんだ! ほら、俺も純一も悪気があって来たわけじゃなくてだな……!?」

「朝倉くん? へぇ、朝倉くんがどこにいるのかな?」

「は? どこってここに――いねぇ!? またいねぇ!? あいつ逃げ足速すぎるぞマジで!?」

 足が速いだけではなく危険察知能力さえ極限に磨きぬかれた純一は、ドアを開く刹那には既にこの場から逃亡していたのであった。

 さすが朝倉純一。二度も同じ手には引っかからないらしい。

 しかしそれを知らない瑞佳は更に怒り度が増加していく。

「そうやって人のせいにしちゃうんだ。ふーん……いくら浩平でもそんなことをする人だとは思わなかったよ」

 ゴゴゴゴゴ、と効果音が聞こえてくる。気のせいか瑞佳の髪がユラユラと浮いているような気がしないでもない。

 浩平は諸手を上げギブアップ体勢を取るとそのまま土下座に移行する。

「オーケー。落ち着け長森。冷静に話し合おう。話せばわかるさ俺たち同じ人間じゃないかっ!」

 しかしそれで神が赦しても長森瑞佳は赦さなかった。

「問答無用、だよ♪」

 

 

 

 浩平が意識を失う間際に見たものはニッコリと黒く微笑む瑞佳と、神速で投げられた洗濯機であった。

 

 

 

 ちなみに、みさおは下着を見られようが洗濯機が轟音と共に投げ込まれようが素知らぬ顔で着替えを続けていたという。

 さすがは浩平の妹と言うべきか、言わざるべきか。

 

 

 

 あとがき

 はい。こんにちは神無月です。

 久しぶりのキー学更新ですねぇ……。なんつーか春咲きで学園系を書いているせいかまったくキー学のテンションが上がらないという……。

 私事でも忙しくなり更新ペースはしばらくこんな調子になってしまいそうです。ご了承ください。

 んで、今回は浩平をメインにした日常パートです。不幸指数で言えば浩平も他の四天王とあんま変わらないんじゃないかなぁ、と思います。

 ちなみにマグマコーヒーは友人がマジで作った一品です。中に焼き石入れてグツグツと。持つと熱いししまいには割れるし、死ねますよあれ(ぁ

 さて、次回はいよいよ一学期のイベントの華(?)であるところの球技大会が始まります。

 が、その内容は「女子>>〜越えられない壁〜>>男子」くらいの比率になります。野球編で男たちは出番あったからですが、男子側はほとんど話のみで試合内容に関する描写はないかもしれません。女子メインになります。

 ではまたー。

 

 

 

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