四回の裏。月臣学園の攻撃は二番から開始される。

 膠着した状態から二点を先制したキー学側のテンションは明らかに高くなっている。観客の応援も白熱してきた。

 特に二点打を打った張本人であるピッチャーの浩平は、

「おらー! 絶対に抑えるぞー!」

 テンションもうなぎ上りで、球威も上がっているように見えた。

 流れは明らかにキー学に傾いている。ここでもし月臣が0点で抑えられれば、ますます天秤は傾くだろう。

「しゃー!」

 二番が浩平の豪速球に捻じ伏せられ、ワンアウト。キー学ナインもまた活力を漲らせ守備についている。

 ……だが、安心するにはまだ早い。

 ここから再び、月臣学園のクリンナップの出番なのだから。

「鳴海さん! 頑張ってくださいねー!」

 ベンチからのひよのの声を聞きながら、歩はバッターズサークルに足を踏み入れた。

 歩が構えたのを見てとり、浩平もピッチングポジションへ。振りかぶって第一球……、

「ふっ!」

 投げた。

 速い。やはり精神的な要素で簡単に能力が上昇すタイプと見える。こういうのは乗らせると厄介だ。

 だが――、

「――っ!」

 大きく踏み込み、狙い通りの場所に飛んできた球を思いっきりバットで弾き返した。

 キィン! という快音と同時に白球が飛ぶ。

 球が予想以上に早く流し打ちのような形になったが、ファーストの頭上を越えてヒットとなった。

 余裕で一塁までやって来た歩はヘルメットを取り、悔しがる浩平を横目に軽く髪を掻き上げる。

 テンションが上がって能力が上がるのなら……逆を言えば、テンションが下がれば能力が落ちるということだ。

 ならば徹底的に打ち崩し、一気に畳み掛ける。

 点を取られた直後に取り返せば、流れは一気にこっちに傾くだろう。

「さぁ、反撃だ」

 鳴海歩は自信ありげに笑って見せた。

 

 

 

 

 

集まれ!キー学園

六十間目

「野球の星(Y)」

 

 

 

 

 

 カキーン!

「んなぁ!?」

 愕然とした表情を浮かべる浩平の真上を白球が通り過ぎていった。

 火澄の打った打球は見る見る伸びて行き、フェンスに激突した。あわやホームランという打球の間に歩は二塁を蹴って三塁へ。

「ちっ!」

 零夜の返球を祐一が中継する。それを見た火澄は小走りに一塁に戻った。おそらくホームへ返球していれば進塁していただろう。

 ワンアウト、一三塁。一回マウンドに集まるかと祐一は考えたが、浩平はジェスチャーでそれを拒んだ。大丈夫だ、と言いたいのだろう。

 まぁ打たれて気が落ちるほどナイーブな精神をしちゃいないのは知っているのだが、今回は相手が相手だ。意固地になって思考が狭まったいまの浩平がはたしてどこまで通じるか、祐一は不安で仕方がない。

 で、この不安はすぐに現実のものとなって降りかかってくる。

「うぉー!?」

 五番のカノンの初球打ち。打球はライナー性で二遊間へ飛ぶ。

 祐一と純一がジャンプしてキャッチを狙うが、両者共にギリギリ届かず、三連打を許してしまった。

 歩はその間にホームイン、火澄はセンターの返球よりわずかに早く二塁に到達していた。

「「「きゃー、カノンくーん!」」」

 月臣側の観客から黄色い声援が飛び交う。カノンがにこやかな笑みでそれに応えると、更に声援が大きくなった。

 で、そんな反応がますます浩平をヒートアップさせていくわけなんだが。

「……まずいな」

 前回のクリンナップ打線のときも思ったが、もう完全に浩平の配球癖は見破られている。

 最初は浩平のノリの良さに期待していたが、こうなってくるともう後はドツボにはまっていくだけだろう。

 点数は2−1。この連中相手に一点差というのは、あまりに心許ない。

 ――潮時だな。

 そう考え、祐一は内野陣と共にマウンドに集まった。

「あいつらはもう完璧に浩平の配球を見破ってる。これ以上打たせたくなければピッチャーを交代するべきだろう」

「負けっぱなしは嫌だぜ!」

「浩平、お前の気持ちもわかるけどこのまま続けてたら試合でも負けるぞ」

「ぐっ……」

「かと言って、ホームランを打ってる折原先輩を下げるのも勿体ないですよね」

 純一の言うとおりだ。祐一は頷き、

「だから浩平には外野に行ってもらって、外野の誰かを交代、ってことにしよう」

 浩平も一応それで納得したのか、渋々頷いた。

 というわけで選手交代。ライトに浩平が入り、元々ライトだった零夜を下げてピッチャーに佐藤康介が入った。

「頼む」

「ま、出来る限り頑張ってみますよ」

 浩平から球を受け継ぎ、康介がマウンドへ上る。足場を確認するように二、三度土を蹴って、投球練習を開始した。

 それをベンチで見ていた歩は、ひよのの用意したデータと照らし合わせながら、

「……キー学がピッチャーを交代するのは初めてか」

「そうですね。これまではあちらも快勝でしたし」

 ひょこ、っとひよのが歩の背後から顔を出すが、驚いた様子もなく歩は紙をめくっていく。

「さすがに出てきてない選手じゃあんたの情報も意味はないな」

「ふふん」

 しかし何故か返ってきたのは不敵な笑みだった。ちっちっち、と彼女は指を振り、

「新聞部部長、この結崎ひよのちゃんを舐めてもらっちゃー困りますよ、鳴海さん?」

「……なんか情報あるのか?」

「さすがに試合に出てないので現在の情報はありませんが、あの人の過去ならざっと」

 歩は胡乱げな目でひよのを一瞥し、

「……あんたの前に個人情報保護法ってのは無意味なんだろうな」

「報道者たる者、いつの世もそういったしがらみと戦い続けるものなんですよ」

「わかったわかった。それで、どんなことがわかってるんだ?」

「ええとですねー……」

 ひよのはポケットから手帳を取り出すと、ペラッとページをめくりながら、

「佐藤康介さん。現キー学園1−C所属。家族構成は両親と祖父の四人暮らし。家近くの剣道場に通うのが日課。

 特に親しい友人は同クラスの朝倉純一さん、親しい異性は同クラスの水城祥子さんですが、恋人ってわけじゃなさそうです。

 マジシャンとして有名であり、テレビなどにも出てますね。もちろんマジックの腕は超一流です。また剣道も得意で段持ちです。

 あと子供の頃に野球の経験あり。中学時代は野球部に所属してたものの廃部をきっかけに剣道部へ移動。

 野球部に所属してたときのポジションはピッチャー。豊富な変化球を扱う曲者として一部では有名だったようです。

 趣味は剣道とマジック。あと人の驚いた顔を見ること。ちょっと悪趣味ですねー。蛇足ですが、好きな食べ物は梅干で動物は蛇が好きらしいです」

 パタン、と手帳を閉じて、にっこり一言。

「以上、ひよのちゃんの佐藤康介さん情報でした〜♪」

「……相変わらずえげつないな、あんたのその情報収集能力は」

「褒めてもなにも出ませんよ?」

「褒め言葉に聞こえるんだったらあんたの耳は腐ってるな」

 空気を裂くひよのちゃんパンチを軽やかにかわしながら、歩はその情報を頭の中で吟味した。

「豊富な変化球、ね……。これは攻略に手こずるかもしれないな」

 キー学は浩平のときもそうだが、配球を決めているのはピッチャーだ。この場合投手が変わったらその癖も変わるということになる。

 しかも多彩な変化球を持つとなれば見定めるのはなかなか時間が掛かるかもしれない。

 ――まずは様子見、か。

 次のバッターはアイズだ。アイズは歩を一瞥すると、何を語るでもなく頷いて見せた。アイズのことだ、歩の言いたいことなどわかっているのだろう。

 投球練習が終わり、アイズがバッターボックスに立つ。

 そして康介と相対し……アイズは思わず眉を顰めた。

 康介がにこやかに微笑んでいた。とても真剣勝負の場に立つ人間とは思えないような、涼しげな笑み。

 ……だが、だからこそ感じる不気味さがある。浩平のような燃える気迫とは真逆の……氷めいた寒々とした悪寒。

「む」

 などと考えているうちに康介が第一球を放った。

 球は――遅い。

 浩平の球が速かった分相対的にそう感じる部分もあるが、それを抜きにしても遅い部類の球速だろう。

 打てるか? 一瞬そう思いバットを振ろうとして、

「!」

 球がわずかに変化した。

 アイズは慌ててバットを止めるが、審判のコールはストライクだった。振った、と取られたのだろう。

「……なるほど」

 アイズは小さく頷き、バットを構えなおした。

 どうやら最初に感じたように、先程のピッチャーとはまるで正反対の性質の持ち主のようだ。

 その後、アイズは康介の毎度毎度違う変化をする球種に翻弄され三振。続く香介も変化球を芯で捕らえられず凡打でアウトとなった。

「ふぅ」

 安心したように康介が笑う。

 どうにか月臣学園の点数を一点で抑え、四回は終了した。

 

 

 

 五回。

 両チームとも下位打線となったこの回は特に何の動きもなく三者凡退で幕を閉じた。

 キー学もカノンを攻略できず、また月臣も康介を攻略できず不気味なほど静かにこの回は過ぎて行った。

 

 

 

 六回の表、キー学の攻撃。

 九番の将深がフライでアウトになり、打順が一番に戻る。

 バッターボックスに立ったのは、前回の得点の立役者、朝倉純一その人だった。

「純一くーん! 頑張ってー!」

「兄さん、ファイトです!」

 数少ない得点を作り上げた人物であり、かつ月臣学園の攻撃を単独で止めた、間違いなくこの試合最大の功労者。

 キー学の応援が更に強くなっていくのも道理で、そして月臣学園もまた守備に力を入れた。

 ――だが、

「くっ……!」

 純一のバットが空を切る。

「ストラーイク、バッターアウト!」

 あぁ、と観客席から落胆の息が漏れた。

 しかしそもそも浩平と違い純一は工夫でヒットを打った人間だ。そう何度も奇策が通じる歩ではない。

 純一もいろいろと試しはしたようだが、そのことごとくを歩に見破られ、呆気なくアウトとなった。

「すいません」

「謝るな。俺たちの方がよっぽど活躍してないんだからな」

 純一とすれ違い、二番打者の朋也がバッターボックスに足を入れる。

 カノンと歩の配球に苦戦するも、かすらせた当たりがショートと外野の中間地点に落ちて辛くもヒットとなった。

 そして三番の祐一の出番となる。キャッチャーとして座る歩を見て、祐一は思わず呟いた。

「ったく、ホント……厄介なやつだよ、お前は」

 独り言のつもりだったが、予想外に答えがあった。

「本当はもっと楽に勝ちたいんだけどな。こっちも面倒なんだ」

「面倒だったら本気になるのやめたらどうだ?」

「ま、そういうわけにもいかないだろう。そんなことしたら怒るやつがいるからな。そっちは?」

「こっちも似たようなもんだな」

「そうか。大変だな」

「お互いな」

「……でも」

「?」

「もう、終わる」

「なに……?」

 問うが、歩はもうこっちを見ていなかった。

 会話はそこで終わる。祐一がバットを構え、歩がミットを掲げた。

 勝負が始まり――そして決着はすぐに着いた。

 キン!

 祐一の打ち上げた球は……伸びずに、既に動きを止めたレフトに捕球された。

 スリーアウト。この回も0点のまま攻守交替となった。

「くそ……」

 祐一にしては珍しい、悔しさのこもった呟きだった。

 

 

 

 六回の裏、月臣学園の攻撃。

 この回も康介の変化球に対応しきれず、抑えきれるだろう。

 ……そう、祐一は考えていたのだが。

 カキーン!!

「っ!?」

 二番打者がヒットを打つ。最初はまぐれかと思ったが……違う。

 続く三番の歩、四番の火澄と連続でヒットを打ち既に状況はノーアウト満塁。

 間違いない。

 月臣学園は……たった二回の攻撃で康介の変化球、変化量、その配球癖を見抜いていた。

『もう、終わる』

 歩のその言葉の意味を、今更ながらに悟った。

 あれは祐一との勝負のことじゃない。

 この試合、全体のことを言っていたのだ……!

 キン!!

 再びバットが球を弾き返す音がこだました。カノンの打った打球は朋也の横をすり抜け、長打となる。

「畜生、させっかよ……!」

 月臣の二番と歩が揃ってホームに帰って来る。慌てた浩平がバックホームするが、

「あかんなぁ。頭に血上らせたらろくな結果を生まんで?」

「!?」

 火澄は三塁から走ろうなんてしていなかった。

 祐一が慌てて中継しようとするが浩平の球が速すぎて間に合わない。その間にカノンが二塁まで走り込んでしまう。

 2対3。

 月臣学園の逆転。しかも二三塁でノーアウト。

 ピンチであるという状態は――何も変わっていない。

「……どうします? これ以上俺が投げてもこのまま猛攻が続きそうですけど」

 疲れたような笑みを浮かべる康介。

 確かにこれ以上投げても結果は同じかもしれないが……キー学にもう交代できるピッチャーは一人しかいない。

 だがまだ六回だ。仮にここを抑えたとしても、残り三回を一人のピッチャーで抑え込むのは……これまでのことを考えれば、まず無理だろう。

 浩平を戻してもそれは変わるまい。

「まだ交代はできない。せめてこの回だけは投げてくれ」

「ですが……」

「大丈夫だ。守備でどうにかカバーする」

 四連打を浴びている康介としては、簡単に頷けるものじゃないだろう。打たれるのが嫌というわけではなく、試合に大きな点差を作ってしまうことに抵抗があるに違いない。

 しかし、しばらくすると諦めたように嘆息して康介は笑った。

「わかりました。やってみますよ」

 そうして全員守備位置に戻る。

 続くバッターはアイズだ。癖が見破られている上に実際にその球を見てもいる相手である。打たれるのはほぼ間違いないか……。

 祐一や純一、その他の面々が絶対に捕ってみせると気合を入れる。

 カーン!

 アイズの打った球は二塁手の祐一目掛けて飛んできた。

 ――これは捕れる!

 手前でワンバウンドするであろう軌道を読み、グローブを構えて、

 ガッ!

「なっ!?」

 思わぬ方向に跳ねた球を見て、祐一は愕然とした。

「イレギュラーバウンド……!?」

 それを見て三塁にいた火澄がスタートを切った。

 慌てて祐一はボールを拾いホームを見る。投げてギリギリ間に合うかどうか、それを見て祐一は投げるのを躊躇った。

 一瞬の迷い。だがそれが命取りだ。

 祐一はホームへの送球を諦め一塁に投げたが、

「セーフ!」

「っ……」

 あともう少しというところで間に合わず、アイズの進塁を許してしまった。フィルダースチョイス。祐一にしては致命的なミスだった。

 更に月臣学園に点が入り、これで2対4。

 ますます状況は切迫してきた。普通の二点差ならともかく、月臣学園相手にこの点差はまずい。

 いよいよ進退が確定してきたか……そんなことを祐一が考えていたときだ。

「祐一」

「え? ……むぐっ」

 ぼすっ、とグローブで帽子の上から頭を叩かれた。

 何事かと見上げれば、ファーストの朋也がやや呆れたような表情で祐一を見下ろしていた。

「もう少し冷静になれ」

「いや、俺は……」

「確かに見た目はいつも通り冷静だ。でも心の中は違うだろう?」

「……」

「お前ってさ、何にも動じないように見えて実は負けず嫌いで案外自制が苦手だよな。お前はこのチームの要なんだぞ? お前がそんなんじゃチームも浮き足立つ。見てみろ、まわりを」

 言われるがままに周囲を見渡す。守備につく他の面々に、わずかばかりの不安が見えたような気がした。

「あの鳴海歩ってのといろいろあったのはわかるが、まぁ落ち着け。それじゃお前の持ち味が台無しだ」

「持ち味……?」

 自分の持ち味とはなんだろうか。そう考えたところで、今度は軽く胸を叩かれた。

「楽しめよ。キー学の相沢祐一は、なんだかんだで騒ぎ好きな、俺たちと同じ馬鹿だろう?」

 そう言って笑って見せると、朋也は言うだけ言って自分の守備位置に戻っていった。

 なるほど。伊達にスポーツマンではない。この状況で最も落ち着いているのは間違いなく朋也だ。なんせ人を気遣う余裕さえあるのだから。

 小さく息を吐き、軽く自らの顔を小突いた。

 確かに少し平静ではなかったようだ。心を落ち着かせて、もう一度考える。

 二点差。確かに月臣学園相手にこの点差をひっくり返すのは難しい。……だが、

「そうだよな」

 そう、『難しい』からこそ『面白い』。

 大抵のことをそつなくこなす祐一にとって、その手の壁は本来『やりがい』だったはずなのに。

 それを忘れてしまうなんて、なるほど。朋也に笑われるわけだ。

 心配そうにショートから見ている純一に大丈夫だという意味の頷きだけを返し、再びゲームに舞い戻る。

 二点負け越し。

 キー学の面子を総動員してなお、負けている状況。

 ――面白い。

 考えてみれば、これほど面白い状況もない。それだけ相手が強く、全力を出しても勝てるかどうかという際どいライン。

 だからこそそのラインを踏み越え、勝利をもぎ取る。

「あぁ、そうか」

 すっかり忘れてたが、歩とのピアノコンクールのときもこんな心境だった。

 それが引き分けという不完全燃焼で終わったことで、勝ちにこだわりすぎたらしい。

 馬鹿馬鹿しい。そんな考え方は相沢祐一ではない。

 相沢祐一という人間は……、

「――!」

 七番の香介がバットを振りかぶるのが見えた。それを見た瞬間、祐一は即座に動いていた。

 キン!

 金属バットがボールを叩く音がして、ピッチャーの康介の足元をバウンドし打球が駆け抜け、二遊間へ向かう。

 ややショートよりだが、純一でもギリギリ届くかどうか。純一はスライディングで取ろうと身体を前傾にしようとするが、

「純一はカバー!」

「!?」

 その声に弾かれるようにして、球が前横切っていくのを見過ごした。だがその純一の前方から横へ駆けて行く影が見えた。

 祐一だ。

 ショートである純一でさえ届かないはずの打球に、セカンドの祐一が追いついていた。

 ……祐一は香介が打球を打つ直前からコースを予測し、既に動いていたのだ。

 何を考えたわけではない。祐一自身も上手く説明できないような、反応と予感によってコースを見切ったのだ。

 だが祐一が球を捕球しても、全力で駆けたその体勢はそう簡単に止まらない。

 即座にブレーキを踏んで振り返って送球しても、ワンアウトが精一杯だろう。……しかし、

「純一!」

 祐一は止まらなかった。

 止まらず、捕球した球をそのまま後ろにバックトス。そしてその球を――確かに純一は掴んだ。

 そのまま二塁ベースを踏み、一塁へ送球する。朋也がしっかりと受け止め、

「だ、ダブルプレー!?」

 一塁に間に合わなかった香介が愕然と叫んだ。

「香介またかー!」

「香介くんのバカー!」

「う、うぅ、なんで俺だけ……」

 歓声と落胆の声が湧く中、祐一と純一がグローブを叩き合って互いを労った。

「さすが先輩」

「ま、失点の償いはしないとな。それに、まだあっちの攻撃が終わったわけじゃない」

「そうっすね」

 そう。まだツーアウト。あの間にカノンは三塁へ進塁しているのだ。

 相手のクリンナップが終わっているとはいえ、もう一点取られてもおかしくない状況だ。気は抜けない。

 次のバッターがやって来た。祐一たちは頷き合い、死守するという気持ちで守備の体勢に入る。

 康介が投げた。最初はストライク。続いてボール。第三球もボールで、第四球……、

 ――打つ気か!

 バッターの目が変わったのを祐一は察知した。狙っている球が来た、ということなのだろう。

 タイミングを見計らい、祐一は動き出した。

 カキン!

 予想通り、相手バッターは打ちに来た。打球コースも祐一の読み通りだ。だが――高い!

「くっ……!」

 ジャンプするが、その更に上を打球が通過していく。

 祐一の後方はちょうどセンターとライトの中間だ。良いところに落ちるだろう。

 既に三塁にいたカノンはホームへ帰っている。球が落ちればその時点で更に一点追加だが……、

「うぉー!」

 そうはさせまいと一人の男が凄まじい速度で打球に追いつかんとしていた。それは、

「浩平!?」

 定位置にいれば、いかに浩平といえどここまでは近づけまい。つまり浩平も祐一同様事前に動いていたということだ。

 だがそれにしてもギリギリだ。普通に走っただけでは……わずかに追いつかない!

「んなくそぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 帽子を振り落とし、浩平は全速力でダイビングをかました。

 受身なんかまるで考えず飛び込んだため、そのまま派手にゴロゴロと転がっていき……そして止まる。

 静寂が漂う。はたしてボールは……?

 固唾を呑んで見守る中、浩平は立ち上がり……そしてグッとグローブを掲げた。

 その中に――しっかりと白球を収めて!

「捕ったどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「よし!」

 ワァァァァ、とキー学側の応援が喝采を浴びせた。

 意気揚々と戻ってくる浩平を、キー学ナインが労う意味で手で叩いていく。

 どうにか投手を変えずにこの回を終えることが出来た。

 とはいえ、二点差をつけられた。

 月臣学園相手にこの点差を覆すのは難しい。

 ……だが、試合はまだ終わったわけじゃない。終わっていない以上、諦めるなんてことは愚かしい。 

「まだまだこれからだな」

 祐一の言葉に、皆が頷く。

「そうだ、キー学スピリッツに諦めるなんて言葉は存在しねぇ。絶対に勝つぜ!」

 浩平の啖呵もいまは耳に心地良い。

 そう。勝負は――まだこれからだ。

 

 

 

 六回が終了。

 キー学対月臣は2対4。月臣の逆転を許し、回は七回を迎える。

 

 

 

 あとがき

 はい、こんばんは神無月です。

 ……えー、コメディの欠片もありません。どこのスポーツ小説だ、って感じになってますが、まぁたまには良いんじゃないでしょうか。

 祐一の言動なんかもちょっと意外に感じたかもしれませんが、まぁ彼はそういう人なんです。キー学ではw

 しかし月臣、強いですね。ただまぁ、月臣学園側のブレチルでただ一人活躍していない人がいますが、仕様です(何 

 いや、なんというか彼ってこういう立ち位地のような気がしません?w

 さて。これまで続いてきたVS月臣学園も次回でいよいよラストです。

 勝つのはどっちか。お楽しみにw

 

 

 

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