いよいよ高校野球地方予選の第三回戦が始まる。

 球場には三回戦とは思えないほどの観客と他の高校の偵察などが集まっていた。

 無理もない。今回いきなり初戦からコールドゲームで立て続けに勝ち、頭角を現した二校。それが今日、激突するのである。

 国立キー学園。

 私立月臣学園。

 二校のナインがベースの両脇に整列する。

 相沢祐一がある男を見つけた。……鳴海歩である。

 どうやら今回は選手として出てくるようだ。正直どの程度の腕を持っているかはわからないが、強敵であることはなんとなくわかった。

 審判の号令で礼をし、互いのベンチへ戻っていく。

 観客のボルテージも高まる中、祐一と歩は互いを一瞬だけ一瞥し、そして踵を返した。

 ここに、あのときの『再戦』が幕を開ける。

 

 

 

 

 

集まれ!キー学園

五十八時間目

「野球の星(W)」

 

 

 

 

 

 時は数週間前に遡る。

 私立月臣学園。新聞部部室。そこから全ては始まった。

 

 

 

 そこに一人の男がテーブルに肘を立てかけながら座っていた。

 目つきが鋭く無愛想な感じの少年だ。外見的特長は長いもみ上げと耳のピアスくらいだろうか。割と整った顔立ちをしている。

 その少年はボーっとしながら壁に掛けられているカレンダーを眺めていた。

 あぁそういえば明日近くのデパ地下で肉の特売日だなぁ、なんて考えていたりすると、

「歩ー! ここにいるんかー?」

 バターン! と部室の扉がいきなり開かれた。

 けったいな関西弁と共に入ってきたのは、やや釣り目だが愛嬌のある表情をした少年だった。

「お、おったおった」

 それを、座っている少年――鳴海歩がしかめっ面で一瞥し一言。

「火澄。とりあえず落ち着け」

 ミズシロ・火澄。それが入ってきた少年の名だ。

「これくらい騒がしいの青少年なら普通やて。年甲斐もなくだらーんとしとるんはそっちやで? ところで歩」

 その火澄が、にこやかな笑顔で駆け寄ってくるといきなり肩を組んできた。

 眉を顰める。これまでの経験からこういうときの火澄はろくでもないことを言い出しかねないと歩は知っている。

「……なんだ?」

「実は人助けの話があるんやけど、どや? 俺と一緒に人助け」

 なぁなぁと身体を揺すってくる火澄の顔を引っぺがす。

「中身が不透明すぎる。それで俺が頷くと思ってるのか?」

「お前はなんでもかんでも考えすぎやねん。もっと直感というかフィーリングで動いたってええと思うけどなー?」

「お前相手にそんな危ない橋を渡るつもりはない。とりあえず中身を説明しろ」

 えー、と不満げに火澄が呻くものの歩はそ知らぬ顔だ。

 このまま何も言わずに説得するのは無理だと諦めた火澄は嘆息。歩の正面の椅子にドカッと座り込んだ。

「実はな、野球部の部長さん含め数人が練習中に怪我したらしいねん」

「そりゃ大変だな」

「なんや聞いてみるとうちの野球部ってここ最近甲子園にも行ったことあるんやって?」

「らしいな。ノラ犬が住み着いて以来好成績を叩き出している……とか聞いたことあったけど」

「なんやそれ」

「守り神とかって話だ。まぁそんなことはどうでも良い。それで?」

「そやそや。しかもその怪我したっちゅーのがほとんどスタメンやったらしいねん。可哀相やろ?」

「まぁそうだな」

「そこで、や!」

 机を叩き、身を乗り出して、

「俺らで野球部助けてやらへん? どや、良え話やろ!?」

「わけがわからん」

 手元にあった雑誌を火澄の顔面に叩き付ける。ペシッ、という間の抜けた音がした。

 それを跳ね除けて火澄は更にまくし立てる。

「ええやん! 野球! この前やったバスケと同じようなもんやし」

「あれは一戦だけだったからな。話の流れからすると今度はれっきとした大会に出るってことだろ? そんなの俺が受けると思ってたか?」

「そりゃあ思てへんけど」

「わかってるなら聞くな」

 火澄の落とした雑誌を手に取り、中を見てみる。どうやらここの部長が置いていったものらしい情報誌だった。

「それに俺たち二人出たところでどうにもならない。さっきの言い方じゃ怪我したのは二人なんてもんじゃないんだろ?」

 だが火澄はちっちっち、と指を振り不敵に微笑んだ。

「その点は問題あらへん。ちゃんと助っ人を呼んであるし」

「助っ人……?」

 怪訝に眉を顰めるのと同時、再び新聞部の扉が開かれた。

「邪魔するぞ」

 現れたのは五人の少年少女たち。それら見知った顔を見て、歩はげんなりした様子で肩を落とした。

「……まさか火澄が用意した助っ人ってのはお前たちのことか?」

「はい、そうなりますね♪」

 一番手前の正面。最も小柄な少女がにこやかに微笑んだ。釣られるようにして二つに結った髪が尻尾のように踊る。

 少女の名は竹内理緒。外見は明らかに小学生だが、これでもれっきとした高校生で歩の上級生だったりする。

 いや、そんなことよりも。

「……なんでお前たちが火澄のバカ話になんか乗ってるんだ」

「俺は断固反対だったんだけどな」

 赤髪を逆立てた眼鏡の少年、浅月香介が腕を組みながら火澄を睨んだ。だが火澄はその視線に怯むことはなく、ただ微笑むのみ。

「良いじゃないさ。たまにはこの手の運動を経験するのも良いことだと思うけどね」

 その後ろ、 ボーイッシュな感じの少女が香介の肩を叩いた。高町亮子という陸上部のホープである。

 どうにも亮子には頭が上がらないのが香介である。憮然とした表情はしつつもそれ以上何も言いはしなかった。

 まぁ別に香介は良い。問題はその反対方向にいる二人だ。

「……カノン=ヒルベルト。アイズ=ラザフォード。どうしてお前たちまで」

「僕は元々運動とかは割と好きだしね」

 誰もが毒気を抜かれるようなアルカイックスマイルを浮かべるカノン=ヒルベルトと呼ばれた少年。

 綺麗なショートカットで日本人離れした容姿をした少年だがそれもそのはず。彼はドイツ人とのハーフなのである。

「たまには善良な一生徒として青春を謳歌するのも一興かと思って」

「……」

 歩は胡散臭げにカノンを見やり、今度はその横の青年に目を向けた。

 綺麗なセミロングの銀髪から覗く切れ長の双眸。いつもはどこか怜悧な雰囲気を醸し出しているその表情も、今回はどこか疲弊気味だった。

「……俺はボール遊びに興味はないんだがな」

「駄目だよアイズ。君もこうしてめでたく月臣学園に入学したんだ。時には友達と友好を深めるのも大事だよ?」

「……カノン。本気で言っているのか?」

「それなりに、ね」

 はぁ、と疲れたように息を吐くアイズ。こちらもまたカノンの頼みとなると断れないのか「どうにでもなれ」と言わんばかりの態度である。

 乗り気の者、そうじゃない者が真っ二つに別れているが、結局ここにいる男たちは全員出ることになっているらしい。

 この香介、理緒、亮子、カノン、アイズの五人はある一面において共通点を持っている。そのために連帯感が強く、よく共に行動していた。

 歩は一時期この五人と敵対していた時期もあったりしたが、いまはもう昔の話だ。

「俺と歩、そしてこの三人がいれば怖いもんなしや! 甲子園も夢じゃあらへんて!」

 陽気な声で言う火澄の横、理緒が小さく腕を組み、

「あたしと亮子ちゃんは応援頑張りますよ! ですから弟さんも頑張ってくださいねっ!」

 キラキラと疑いのない理緒からの視線から歩は目を反らした。あれはずっと見ていてはいけない目だ。

 だがそこには待ち受けていたかのように火澄の顔のどアップがあった。

「な、歩! 一緒にやろうや、野球!」

「……」

「ほら、折角なんもかんも上手く行ってこうして全員無事なんやし! その記念とでも思うて! このとーり!」

 両手を合わせて拝むように頭を垂らす火澄。

 理緒たちをチラリと見てみれば、どいつもこいつも揃って「出ろ」と視線が告げている(理緒は真摯に、カノンと亮子は楽しげに、香介とアイズはお前だけ逃がすものかという、全員違う種類ではあるのだが)。

 それらを見渡し……諦めに似た深い溜め息を吐いた。

「……わかったよ。出れば良いんだろ」

「ホンマかっ!?」

「ただし火澄。今度は一週間風呂掃除くらいじゃすまさないからな」

「オッケーオッケー! 掃除と名のつくものは全部俺に任してーな!」

 よっしゃー、と騒ぐ火澄を一瞥し歩ははたと気付く。

 そういえば、この手の騒ぎに関して首を突っ込まないはずがない人間がまだ一人顔を出していない。

 天変地異の前触れだろうか、とかさらりととんでもないことを考えると同時、またも部室のスライドドアが開かれた。

 しかも超高速。火澄のときの比ではなく「スッパーン!」とけたたましい効果音と共に開け放たれた向こうには、一人の少女が立っていた。

「話は全て聞かせてもらいました」

 来た。

 良かった。世界は今日も正常だ。

「その話、私も一枚噛ませてもらいましょう!」

「おー、やっぱ来たかおさげさん」

 火澄の言うとおり、その少女は二つのお下げを前に流していた。両手を腰に当て、廊下からの逆光を浴びている。

「敵校の諜報・情報分析・解析は全てお任せください。鳴海さんの青春ストーリーはこの私がメイクミラクルへと導いてみせます!」

 ビシィ! と指を立て、宣言するようにその少女は告げた。

「月臣学園新聞部部長、結崎ひよのの名にかけて!」

 

 

 

 それが事の発端だった。

 全ての諸事はひよのが受け持ち、いつの間にか歩たちは野球部の所属になっていた。

 言っていた通り予選で当たるであろう全校のチームのデータをすぐさま収集・解析し必要な部分だけを歩に教えていく。

 歩は一応選手登録はしているもののスタミナがないので基本ベンチで指揮する、ある種監督のようなポジションになっていた。

 投擲に関して右に出る者のないカノンをピッチャーとして、火澄とアイズをセカンドとショート、香介を外野のどこかに置くという布陣だった。

 甲子園出場経験もある野球部だ。いくらベストメンバーではないとはいえ他の連中もそれなりに動きは良い。

 基本能力はそもそも十分だった。

 あとはひよのの情報を元に、歩が対策や方法を導き出し勝利する。

 それが月臣学園のこれまでのワンサイドゲームの結果だった。

 そして……。

 

 

 

 数日前。

 ミーティングスペースとて定着しつつある新聞部部室で、ひよのがメモ帳片手に口を開いた。

「次の相手は国立キー学園です」

「国立なのに変な名前の学校だな」

「鳴海さん変なところ気にしますよね」

「性分だ。だけど……珍しいな。あんたがノーマークだった学園なんて」

 ひよのは何も全ての学校を入念に調べているわけではない。

 過去の戦績、また今年度の練習試合の成績などを考慮し、十中八九上に上がってこないであろう学校だけは大きな調査から外していた。

 にも関わらず、ただ一つ例外として上がってきたのがこの国立キー学園であった。

「ええ。なんせメンバー総入れ替えですからね。流石の私も先読みの能力はありませんし」

「自分で流石言っとる時点で凄い思うけどな」

「はい火澄さん茶々を入れないでくださいね〜。まぁ冗談はこの辺にして」

 ひよのはメモ帳をペン先でトントンと叩きつつ、

「国立キー学園はこの辺りじゃこの月臣学園以上の超有名校です。勉強面でもスポーツ面でも多くの優れた人材を輩出している学校ですよ」

「そうだよ」

 腕を組んだ亮子が誰かを思い出したように頷いている。

「陸上でもやたら速いやつがあそこにはいるしね。その子に聞いた話じゃ他の部活もかなり良い線行ってるらしいね」

「いくらそういうのに鳴海さんが無関心だとしても、聞いたことくらいありませんか?」

「ないな。そもそも俺がこの学園を選んだのも近いから、ってのが一番の要因だし」

「あなたって人は……」

 真面目に進学しようとしていれば、あるいはキー学について知りえたかもしれないが、そんな努力さえ歩はしていない。

 そんな歩に呆れつつ、ひよのは改める意味で咳一つ。

「こほん。えー、続けます。でもそんなキー学も唯一野球部だけは弱小の烙印を押され続け、今年記録を残さないと廃部という危機だったようです。

 そこで野球部は学内でも跳び抜けて運動能力の高い生徒たちに助っ人を頼み――」

「それがフルメンバー変更の原因、っちゅーわけやな」

 椅子を反らせて浮かせつつ、火澄が納得したように二度頷いた。が、ふとひよのを見て、

「しっかし相変わらずの情報収集能力やなぁ、おさげさん。あんたやっぱ怖いわ」

「む。こんないたいけな少女を捕まえて怖いとは何ですか」

「「「「いたいけ、ねぇ……」」」」

 火澄をはじめ歩、香介、はてはカノンまでもが神妙に呟いた。ひよのは眉を立て、

「な、なんですか皆さんその反応!? カノンさんまでそういう反応しますか!?」

「僕ほど君の怖さを知る人間もいないと思うけどね」

 抜くような吐息をし、肩をすくめる。そんな態度が気に入らないのかひよのはなおも抗議しようとするが、タイミングを逸するようにアイズが立ち上がった。

「悪いが今日は先に帰らせてもらう……。ピアノの仕事が入っていてな。何か決まったら明日教えてくれ」

「相変わらずお前ってマイペースだよなぁ」

 呆れたように呟く香介の横をアイズが通り過ぎていく。

 彼は元々高名なピアニストでもある。そもそもこうして学園に来ること自体が蛇足なのだが、その辺り仲間思いの男の成せる業か。

「あ、ピアノで思い出しました」

 アイズが扉に手を掛けたとき、ひよのがポン、と手を打った。

「そういえばキー学のメンバーに一人、一時期ピアノで名を馳せた人がいましたよ」

 ピン、と指を立て、

「ある評論家は彼のことをこう言いました。『旋律の貴公子』、と」

 既に変更されたメンバーの情報さえ収集しているひよのを理緒や香介たちは半目で見るが、歩とアイズだけは違う反応を見せた。

「知ってますよね? 同じく『天使の指先』と称された鳴海さんなら」

「……あぁ知ってるよ」

 歩は肘を着き、

「相沢祐一、だろ?」

「はい」

 相沢祐一。その名をよく覚えている。

 歩が公式に出た最後のコンクール。そこで最後まで競った相手だった。

「その名なら俺も聞いたことくらいはある」

 アイズが扉から手を離し振り返った。

「相当ピアノが上手かったとも聞いているが」

「あぁ上手かったよ。あんたとも肩並べられるかもしれないぞ?」

「ほう? それは自分も上手いと遠まわしに言っているのか?」

 歩の眉が跳ねる。対してアイズは口元を崩し、

「知っているぞ? そのコンクールで過去例を見ないダブル受賞を果たしたそうじゃないか」

「らしいですね。鳴海さんもその相沢さんもとても上手で、審議時間が数時間にも及んだと、ピアニストの中では逸話として未だに語られているとか」

 二人の言うとおりであった。

 歩がピアノ界から姿を消す前の最後のコンクール。歩と祐一の二人は他の追随を許さない迫真の演奏で観衆を唸らせた。

 結局勝敗は着かず、ダブル受賞というそのコンクールでは過去例のない形での決着となった。

 しかも、以後二人揃ってどんなコンクールにも出てこないことから、いまや伝説の一つにまでなっている逸話である。

「ええやんええやん! なんか人生のライバルっちゅーか、そういう展開俺好きやで」

 喚く火澄を歩はジト目で見る。

「お前が好きでも意味ないだろ?」

「またそうやって「興味ありません」みたいな顔してからに……。たまには少し感情的になるくらいがちょうど良い思うけどな」

「これが素なんだよ」

「うーん。もっと燃えるもんあっても良い思うけどなぁ……。そやな」

 不意に火澄が立ち上がり、拳をグッと上に伸ばし、

「こうなったらあれやな。歩のリベンジも兼ねて次の試合は皆本気でいこーや!」

 唐突な台詞に皆呆然とするが、それも一瞬。

「「「「おー!」」」」

 ノリの良い理緒や亮子、ひよのやカノンが同意を示すように腕を上げた。

 アイズは微笑を浮かべて部室を出て行き、香介は頭の後ろで腕を組みながら嘆息した。

 また勝手に話が進んでいるな、なんて考えているといきなり火澄が指を差してきた。

 目の前に突き出された指を見て、何事かと火澄を見上げるとにっこり一言。

「とゆーわけで歩! 次からはお前も試合に出ーや!」

「……なに?」

 

 

 

 そして現在に至る。

「ストラーイク、バッターアウト!」

 キー学二番手の岡崎朋也が三振に倒れた。

 これでツーアウト。

 キャッチャーとして試合に出る羽目になった歩はピッチャーであるカノンに返球しつつ、腰を落とす。

 もともと運動能力は低くない歩である。別段速球というほど速くないカノンの球くらいなら、すんなり捕球出来た。

 歩がキャッチャーなのはそういった身体面の能力ではなく、ピッチャーをリードする頭脳としての意味合いが強い。

 これについてはメンバー全員による一致により歩の個人的意思が尊重される間もなくあっさりと決まってしまった。

「……ま、それほど動かなくて良いから楽と言えば楽だけど」

 そんな言葉をこぼしているうちに、次の打者がバッターズボックスに入ってきた。

 グリップを握り二度ほど素振りをするその男を、歩は知っている。

「久しぶりだな、鳴海歩」

 驚くことに、向こうから話をかけてきた。

「あぁ、そうだな。相沢祐一」

 確か相手は一つ年上だが、そもそも年上であるひよのや香介たちに溜め口の歩である。今更敬語を使うはずもない。

 気にしてないのは祐一も同じなのか、特に表情を変えない。そんな横顔を見て、歩は苦笑する。

「お互い大変だな。野球部でもないのに」

「そうか。やっぱりお前も巻き込まれた口か」

「こんな場所であんたとまた会うことになるとは思わなかった」

「お互い様だ」

 祐一がバットを構えた。それを見てカノンも投球モーションに入る。

 ひよのが持ち寄ったこれまでのデータ。それを考慮し、まずは外角低めを要求する。

 カノンが頷き、第一球が投げられた。

「ストラーイク!」

 ギリギリ入る。カノンのコントロールはやはり凄まじく、歩の指定した場所ドンピシャだった。

 ――相沢祐一という男は、大概のことはなんでもこなす万能天才型。兄貴みたいなもんか。

 だが性格は違う。歩の兄は割と楽天的なところがあったが、祐一という男はどうもかなり慎重なタイプであるようだ。

 今回見逃したのも微妙なコースだったからというわけではなく、ただの様子見だろう。

 ひよののデータから、祐一がまず初球に手を出さないのはわかっている。

 第二球。

 今度は外角高め。祐一はまたもバットを振らない。

「ストラーイク!」

 祐一が一瞬審判を見た。確かにいまの球はさっき以上にストライクゾーンギリギリだった。ボールを取られてもおかしくはない。

 やはり慎重。危険な球にはあまり手を出さないタイプ。

 ツーストライク。ノーボール。追い込んだ末に選んだコースは、既に決めていた。

 第三球。またも外角低め。

 しかし今度はバットを振りに来た。際どい球はストライクにされるという考えからだろう。だが、

「読み通り」

「!」

 球が微妙に下に変化した。

 急激なものではない。わずかに沈む程度の変化だ。だがそれにより芯をずらされたバットはボールを掠めるだけに留まる。

 それを読んでいたカノンが既に前に出てきていた。祐一が走り出すのとほぼ同時というタイミングで捕球し、ファーストへ送る。

 余裕でのアウトとなった。

 ……いわば、初球も第二球目も先入観を植え付けるための布石である。

 手を出さないとわかっている初球、そして慎重な祐一はストライクカウントに余裕があるときに際どいボールに手は出すまい。

 なのでその二球でストライクゾーンが甘いことを認識させる。

 本来ツーストライクでノーボールであればボール球で牽制するのが常套手段だが、それと重ねるようにしての再び外角ギリギリ。

 ストライクを取られるかもしれない、という感覚を持てば誰でも振りにくるだろう。

 ヘルメットを取り戻ってくる祐一とミットを外した歩の視線がわずかに合う。

「ふぅ」

 別に感化されたわけではない。……が、確かに自分のどこかであのときから引っかかっているものがないわけじゃない。

 だから、

「キャラじゃないが――」

 歩は不敵に微笑んで、

「今回はハッキリ白黒つけようぜ」

 踵を返した。

 背後、祐一から何も言葉はなかった。

 

 

 

 一回の表。キー学園の攻撃。初の0点。

 

 

 

 あとがき

 はい、こんにちは神無月です。

 ……えー、すいません。予定していた内容と随分変わりました。

 やっぱ出したからにはこっちの理由も出すべきかと思い、びっくりのスパイラル回になりました。すげー、キー学なのにスパイラル(ぁ

 知らない人も多いだろうと思ったんでいつもより割合人物描写を多めにしましたが……ちょっと詰め込みすぎ感もありますね。

 閑話休題。

 いよいよキー学VS月臣学園の開始です。初の0点スタートとなったキー学。はたしてどうなる?

 ……予定になかった話が入ったので二話じゃ絶対に終わらないであろうVSスパイラル編、いよいよ次回から本格始動です。

 ではまた。

 

 

 

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