さて。

 いよいよ国立キー学園の高校野球・地方予選の第二回戦が始まる。

 始まるのだが……。

 ドン! ドン! ドンドンドン!

 パパパパーパーパララ〜パパパーパー♪

「……おいおい、凄いな。こんなに盛り上がってんのか」

 今回が初登場となる岡崎朋也が、ベンチから身を乗り出しその光景を見て呟いた。

「いや、前回はこんなにいなかったですよ」

 嘆息する祐一。彼らの視線の先は観客席。先日までガラガラだったはずのそこは、いまや満員のキー学生徒で溢れかえっていた。

 吹奏楽部も総動員で出てきていて、いまも応援歌を演奏している。っていうかまだ試合始まってさえいないのにこれはどうなんだろう。

 まぁともかく、とんでもない大騒ぎになっていた。

 少なくとも地方予選序盤の客入りではない。これもキー学四天王や有名な男たちの成せる業か。

「っていうかよく思うんだが」

 と、その応援を眺めていた浩平がやにわに呻き出す。

「……またろくでもないことか浩平?」

「いや。何故高校野球の応援歌というとピンク○ディーの『サウスポー』とか山本リ○ダの『狙いうち』とか、大体決まってるんだろうなーと思って」

 ろくでもないではなく、どうでも良いことだった。

 しかしその言葉にシュンが乗っかかる。

「あと宇宙戦艦ヤマトとかかい?」

「そうそう。別に演奏曲目決まってるわけじゃないんだからさ。フリーダムにやっても良いと思うわけよ」

「ふむ。例えば?」

「新世界とか」

 祐一、思わず浩平の肩をガシッ! と掴む。

「おい馬鹿。……それはもしかしてドヴォルザークの交響曲第九番、あの新世界のことか?」

「盛り上がるだろ?」

「アホか! どこの世界に高校野球の応援歌にオケ楽曲使うやつらがいる!?」

「だからこそ斬新なんだろうに」

「そもそも吹奏楽とオケは構成楽器が違う! 楽器やってる人間ならそれぐらいわかるだろ!」

「ふ、甘いな祐一」

 浩平は「ちっちっち」と指を振り、

「吹奏楽部が演奏するなんて誰が決めた! 要はオケを連れてくれば問題ナッシン!」

「お前の頭が問題だらけだボケェ!」

「ぐはぁっ!?」

 祐一の放つ高速の拳が浩平を直撃し、吹っ飛んだ身体が後方ベンチに思いっきり突き刺さる。

 そのベンチに座っていた杉並が瞬間移動でもしたかのように軽やかにそれをかわしていた。

「ともあれ、今回は全員参加で何より。これで我々の勝機は格段に上がったでしょう」

 素早い身のこなしもさることながら浩平を感完全スルーなあたりさすがは杉並か。

「ところで杉並。今回の俺たちの相手はどこなんだ?」

「大門高校というところですよ相沢氏」

「大門高校?」

 隣の朋也と視線を合わせ、首を傾げる。

「聞いたことない学校だな」

「一回戦でひびきの高校というところに6−2で勝ってます」

「あ、ひびきの高校って知ってる」

 むくっと何事もなかったかのように浩平が立ち上がった。

「……お前はホント不死身だな」

「まぁ気にするなよ祐一。っていうかひびきの高校ってあれだろ? 伝説の鐘があることで有名な」

「その通りです。さすがその手の話は詳しいですね」

「ははは、まぁな」

「んなことはともかく」

 このまま放置していたら話が脱線しそうなので口を挟んだ。祐一は浩平や杉並を一睨みし威嚇しながら、

「実力はわかってんのか?」

「そうですね。過去三年で一度だけですが甲子園へ出た記録もあります」

「……こりゃ本格的に負けるかもな」

 甲子園に出場経験のある学校となれば、練習量も半端ではないはずだ。ろくに練習してない個人能力だけを当てにしているチームでそう簡単に勝てるとは思えない。

「ま、大丈夫だろ。気にすんな気にすんな〜」

 だがそう思っているのは祐一だけなのか、そう言う浩平を筆頭に皆普通の表情だった。まるで負ける心配なんてなさそうだ。

「……なんでお前たちは平気な顔をしてる?」

「お前さえいりゃなんとかなるって」

「それはどういう理由だ」

「ところで杉並。相手のチームに注意人物はいるか?」

 無視された。そこはかとなくショックがでかいのは浩平相手だからだろうか。

「要注意人物はこのキャプテンの飯塚三流という選手ですね。この人物だけ別格です」

「ポジションは?」

「ピッチャーです」

「なるほど。では打ち負かしてやろうではないか。行くぞ皆の衆!!」

 整列の時間だ。浩平が勢いよく立ち上がり一人颯爽とホームベースへ向かっていく。

 祐一はその様を眺めて溜め息一つ。

「そう簡単に勝てるもんかねぇ。甲子園出場校に」

 やるからには勝つ努力はするが、皆自分たちを過大評価していないだろうか? と祐一は最近よく思う。

 

 

 

 

 

集まれ!キー学園

五十六時間目

「野球の星(V)」

 

 

 

 

 

「「「「かっせーかっせー! おーりはらぁ!」」」」

「しゃー!」

 カキーン!!

「「「「「わぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」」

 白球が宙へ舞う。

 現在、球場は大変な盛り上がりを見せていた。

 ……主にキー学側が。

「嘘だろ……」

 太陽の光差す中、二塁ベースを回った祐一は走りながら一人ごちた。

 現在、4回の裏。キー学の攻撃。

 得点。……26−2という圧勝ペース。

 このまま次の5回表で大門高校が20点以上を詰めて来なければ再びコールドゲームで試合終了ということになる。

 2失点も基本的に味方との連携ミスによるエラーが原因であり、実質的な失点は皆無と言える。

 どうやら皆が自分たちのことを過大評価しているのではなく、やはり自分が過小評価しているだけなんだろうか。

「ん」

 三塁コーチの場所に立つシュンが腕を回していた。相当浩平は深いところに打ち込んだのか。

 三塁ベースを蹴り、一気にホームへ突き進む。キャッチャーが一瞬こっちを見た。球はまだ送球もされてないらしい。

 難なく祐一がホームに帰る。見ればホームへの送球は間に合わないと踏んで相手の外野は二塁に投げたようだ。

 それでも間に合わなかったようで、浩平はセカンドベースでVサインなんか見せていたが。

「ないすラン」

「はい」

 前回の健人と変わり五番ファーストの朋也とハイタッチする。そのまま朋也が打席に立ち、祐一は他のメンバーとタッチしながらベンチに座った。

 その瞬間だ。

 カキーン!

 快音一発。タオルで汗を拭うよりも早くそんな音が耳に届いた。どうやらまた打ったらしい。

「いけー! 朋也ー! 殺せー!」

「「朋也くーん! 頑張ってー!」」」

 応援席から黄色い声がガンガン響く。今度の打球も外野を飛び越えてフェンスへ転々と転がっていく。

 相手チームが打球に追いつく頃には既に浩平は三塁を蹴っており、ホームへ帰還。っていうか絶対間に合うのにスライディングするあたりなんとも浩平らしい。

 これで28−2。

「こりゃ、本当に勝っちまうな」

 結局4回の裏が終わる頃には30−2となっていた。

 

 

 

「礼!」

「「「「ありがとうございました!!」」」」

 整列。互いに礼をし、試合は終わった。

 結局あの後大門高校は一点も取り戻すことが出来ず、30−2のまま再び5回コールドで幕を閉じた。

 肩を落とし去っていく大門高校メンバーとは裏腹に笑顔で肩を叩きあいながらベンチへど戻っていくキー学ナイン。

 応援に来ていたキー学生徒たちのテンションも最高潮で、さっきから歓声が止まない。

 まさに完勝だった。

「あーっはっはっは! 高校野球恐るるに足らず! このまま甲子園までコールド勝ち築いてやるぜー!」

 調子に乗りやすい男筆頭であるところの折原浩平に至ってはもはや全勝宣言をする始末である。

「僕たちこれで学園のヒーローだね! ははは、告白とかされまくったらどうしようかな!」

 訂正。最筆頭である春原陽平はけったいな妄想に突入していた。

 しかし春原や浩平とまではいかずとも、皆が皆「俺たちこのままいけるんじゃない?」みたいな表情で笑いつつ仲間を労っている。

 その中、祐一はどうも素直に喜べずにいた。

 そしてもう一人。喜びの表情を浮かべてない者がいた。

「そうですか。わかりました」

「杉並……?」

 純一の視線の先、携帯を閉じた杉並の表情は純一でさえあまり見たことのない真面目な顔だった。

「皆さん、倉田先輩から報告がありました。次の我々の相手が決まったようです」

 そういえば佐祐理の姿が見えないと思ったら、敵情視察に行っていたようだ。

「それで、相手はどこの学校なんだ?」

 祐一の問いに、杉並はこう答えた。

「――私立月臣学園だそうです」

「月臣学園? その学校も聞いたことないな」

「だいじょーぶ! 俺たちなら楽勝だって!」

「いえ、それが倉田先輩が至急学園に戻って作戦会議を開きたい、と」

 不意に、全員の浮かれモードが消えた。

 あの佐祐理がそんなことを言い出すということは……理由はただ一つ。

「……相手は相当手強いのか」

「はい。一回戦、二回戦ともにコールド勝ちだそうです」

「それは俺たちも同じだろう?」

「確かにコールド勝ちという点では同じでしょう。ですが――月臣学園はニ試合とも相手高校をノーヒットノーランで抑えたようです」

「なっ――」

 絶句する。

 いくらコールドとはいえ、一度もヒットさせないなんて相当難しい。それを二試合連続でとなればそれこそ相当の実力差がないと厳しいはずだ。

「ともかく戻りましょう」

「だな」

 倉田佐祐理という人物像を知っているからこそ、皆の動きは早かった。すぐに荷物を纏めて球場を後にする。

 

 

 

 そして、そんなキー学メンバーを観察するかのように観客席に立つ一人の少女がいた。

「なるほどなるほど。あれが話題の新生キー学野球部というやつですね〜。確かに個々の能力はピカ一ですが……さて」

 二房のおさげを揺らし、クスリと微笑んで、

「彼はこの相手、どう戦いますかね」

 少女は踵を返し去っていった。

 

 

 

 キー学に戻った新生野球部メンバーたち。

 元々休日である学園に生徒の数は少ない。大半の生徒も今日は観客として球場に足を運んでいる。いるのは精々他の運動部の連中くらいか。

 で、そんな中。

「皆さんに集まってもらったのは他でもありません。これから次の対戦相手に関する作戦会議を始めたいと思いますー」

 プロジェクターの前に立つ(何故か眼鏡着用)の佐祐理が、赤外線ポインター片手に口を開いた。

 視聴覚室を(裏生徒会権限で映画研究会を薙ぎ払って)占領し、作戦会議という状況。

 もちろんこれまでの二試合、そんなことはしてなかった。

 つまりそれは佐祐理がこれまでは楽勝の相手だと判断し、次の相手はそうではないと判断したからなのだろう。

 キラーン、とその眼鏡のフレームが輝く。

「ではまず、これより月臣学園の一回戦と二回戦の一部様子を見てもらいます」

 部屋の明かりが落とされ、プロジェクターに映像が映し出された。とりあえずそれを黙ってみていたメンバー一同は、

「おいおい……」

「……マジかよ」

 試合が進むに連れてその驚きの表情を深めることになる。

「こりゃ凄い」

 純一は驚き半分感心半分で椅子に反らせるように背を預け、呟いた。

「……まるで相手の出方が完璧にわかってるみたいだ」

 おそらくこの映像を見た誰もが同じ感想を抱いただろう。

 この月臣学園、決して個々の能力は高くない。個人能力だけを比較するのであれば一部――妙に動きの良い生徒三人――以外はキー学が圧倒しているだろう。とてもノーヒットノーランの理由にはなるまい。

 だが問題はその守備の動き方にあった。

 純一の言うとおり、まるで打つ方向がわかっているかのように事前に守備陣が動いているのだ。

 打たれてから動く、ではなく打たれる前に動いている。

「これは……監督の仕業なんですか?」

「監督……とはちょっと違うでしょうか。これは一人の生徒による指示です」

「生徒? それは凄いな。いったいどんな人間だ、こんな神業みたいな先読みをする人間は」

 純一に答えるように、佐祐理が書類のような紙束を取り出しめくり出した。それが調査結果なのだろうか。

 それを見て朋也がわずかに眉を顰めた。

「その人物の名は――鳴海歩。野球部のマネージャーとして登録されていますね」

 佐祐理のその言葉に最も驚きの反応を見せたのは、

「鳴海歩だって……?」

 相沢祐一だった。

「祐一さん。知ってるんですか?」

「え、ええ、まぁ……。昔、ピアノコンクールで優勝を競ったことのある相手ですよ」

「あぁ、あいつか」

 隣で浩平がポン、と手を叩く。

「折原さんも知ってるんですか?」

「あのコンクールは俺も出てたしなぁ。遊び半分で出たら二次まで残って逆に焦った記憶がある。でも、そうか、あいつかぁ。

 まぁ確かにあいつ頭良さそうだったな。なんつーか……そう。ある意味で祐一と似た雰囲気と空気を持ってた気がする」

 当人たる祐一はそんなことを言われてもわからない。だが歩の弾いたピアノはいまでも耳に残っている。

 あれは――とても自分には真似できない旋律だった。

「しかし、妙な因果だな。あいつだって野球部なんてタマじゃないだろうに」

「だろうな。多分俺たちと同じような理由だろう」

 浩平の言葉に祐一は頷き、画面を見る。腕を組みグラウンドを見渡し、時折サインを出す歩の姿が少しだけ映っていた。

 選手たちはそれこそ歩を信頼しているのか、躊躇など微塵も感じさせず動いている。

「……これは、結構厄介かもなぁ」

「個人能力じゃなくて統率されて強いチームか。……フフフ、相手にとって不足はないわぁ!」

「あははー、折原さん。気合も結構ですが情報は勝利の前提条件です。相手チームメンバーのこれまでの成績をまとめましたのでこれにも目を通してくださいねー、皆さんもー」

 佐祐理が指を鳴らすと傍にいきなり二人の女生徒が現れ紙を配り始めた。

 どこかで見たことがある、程度の顔だが佐祐理の指示で動いているということは裏生徒会メンバーなのだろう。

 ギョッとする野球部メンバー。ただ朋也と祐一だけは驚かず平然とした顔でその紙を受け取った。

 朋也は裏生徒会にちょくちょく顔を出すことがあるのでこの程度慣れている。祐一は素で驚かなかっただけだが。

 その朋也は受け取った紙を胡散臭げに見下ろし、

「なぁ佐祐理。一つ聞きたい」

「はい、なんでしょう朋也さん? 朋也さんならスリーサイズも教えますよ。あははー」

「この書類……そしてさっきのもそうだが。どう考えても裏生徒会と倉田財閥の臭いがプンプンするな」

 これだけの情報収集能力、そしてそれによる分析・書類作成。確かに佐祐理は万能だがこれらを一人で出来るはずもない。

 裏生徒会は間違いなく関与しているだろうが、この動画のカメラ配置を考えるにそれだけでは頭数が足りない。倉田財閥の力も入っているだろう。

「どうも納得いかない。お前がそこまで本気になる理由はなんだ? 何を企んでいる」

「あははー。やですよ〜朋也さん。企みだなんて人聞きの悪い」

 悪意のない笑みを浮かべつつピン、と人差し指を立てて、

「ただ学園長ととある賭け事をしていまして、その成就に全力を注いでいるだけのことです♪」

 静寂が室内を支配した。

「……学園長と、賭け事?」

「はいー。実は意地でも欲しい物があるんですが絶対お金じゃ買えないもので、どうしても手に入らなくて。

 それが今回いきなり賭けの賞品として出されることになって佐祐理も驚きですよー。まったくあの人は茶目っ気豊富で〜」

 そういえば、と誰もが思う。

 学園長は新しくなってから一度も生徒の前に顔を出していたい。即ち完璧に謎のベールに包まれている存在である。

 佐祐理が欲しがるという得体の知れないものを引き合いに出す学園長とは、一体何者なんだろうか。

 ……謎はより深まった。

「というわけで皆さん」

 佐祐理がにっこりとエンジェルスマイルを浮かべ、

「佐祐理のためにも死んでも勝ってくださいね?」

 さもなくば、という言葉が続きそうな悪魔の声で告げた。

 誰もが思った。あぁ、負けたら本当に死にそうだな、と。

「よ、よし! 全員粉骨砕身の思いで勝ちに行くぞー!」

「「「おおー!」」」

 浩平の宣言に皆が同調し、腕を振り上げる。

 いま改めて新生キー学野球部の心が一つになった瞬間だった。

 ……嫌な意味で。

 

 

 

 あとがき

 どうも神無月です。

 ってなわけでギャグも少なめに二回戦終了〜(早

 今回の相手はときメモシリーズに出てきた大門高校でした。2で甲子園バトルあったからつい出した。

 きっとこれを見ている半分以上の人がわからないと理解しつつ使った。後悔は(ry

 っていうか一回戦二回戦とコナミ繋がりだと気付いたのは書き終わってからでした。別に回し者とかそういうんじゃないからね?w

 さて、次の野球バトルは月臣学園です。ま、これは知っている人けっこーいるのではなかろうか?w

 キー学精鋭VS天才&ブレチル(数名)の野球です。お楽しみに〜!

 あ、でも次回はやっぱり野球じゃなくて別の話ですよ?w

 ではまたー。

 

 

 

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