「と、いうわけで……」

 厳かに杉並が両手を広げる。

「いよいよ我らが新生キー学野球部の初舞台がここに幕を開くこととなります」

 杉並を先頭として祐一たちがいるのは地方球場。疎らながらそれなりに観客席に人もいる。

 杉並の言うとおり、いよいよこのメンバーで甲子園を目指す道則が始まる……わけだが。

「やっぱなんの告知もしてないせいか、キー学の連中はほとんどいねぇなー」

 球場から観客席を見渡して浩平が呟く。

 そう。今回祐一たちが野球部の面々の代わりに試合に出る、ということは実は一切語られていないし告知もされていない。

 杉並のいる特報部を筆頭に情報を全面封鎖していたからだ。

「これじゃあ盛り上がりに欠けるぜ〜?」

「フッ、こういうのはインパクトが大切なんですよ折原氏。我らが勝ち進めば操作することもなく噂が流れ始めるでしょう。

 そしてそのメンバーを知ったとき、更に驚きは倍になる。……そんな光景を見てみたくはないですか?」

 ふむ、と浩平は手を顎に添え、

「……まぁ確かにそれはそれで面白そうだな」

「お前って凄く単純だよな」

「褒めるなよ祐一」

「褒めてねぇよ」

 これ見よがしに祐一は溜め息を吐く。

「っていうか結局全体練習なんて二回しか出来なかったじゃないか。しかも守備連携の練習だけだし……」

「それだけしてあればこの面子なら問題ないと思いますが?」

「杉並。それはいくらなんでも楽観視しすぎだと思うけどな……」

 確かに個々の能力が高いのは認めよう。実際守備練習を行ったときもさほど大きなミスもなくスムーズに進んでいた。

 だがこれから戦う相手は野球の練習に多くの時間を費やしてきた者たちだ。そう簡単に勝てるとは思えない。

 しかし、そんな祐一を見て杉並は苦笑する。

「相沢氏。あなたは自分の力を過小評価しすぎだと思いますがね。それこそあなたが本気になれば、大抵のとこはこなせるはずだ」

「何をわけのわからんことを。俺はそんな万能超人じゃないぞ」

 言った瞬間、その場にいるほぼ全ての者たちに睨まれた。しかもかなりきつい視線で。

「……な、なんだよ」

「それはあれですか。新手の嫌味ですか」(←半目で純一)

「無自覚ってのがある意味唯一の欠点かもなぁ〜」(←空を見上げながら浩平)

「「「いや、正直お前らも大差ないから」」」(←その他の面々の反応)

「まぁ、ともかく」

 と、既にグダグダになりつつある場をシュンが仕切りなおし、

「康介くんと岡崎先輩の二人がいない以上、相沢くんの言う通りあまり楽観視が出来ないのは事実だよ。

 折角こうして集まったのに一回戦敗退なんて悲しいからね。とりあえず気は引き締めないと」

「さすがは氷上。お前がチームメイトで心底良かった」

「フフ。光栄だよ相沢くん」

 そうしてアルカイックスマイルを浮かべるシュンの横で、早くもかったるそうに肩を落としている純一が杉並を見る。

「ところで杉並。俺はまだ一回戦の相手さえ知らないんだが」

「む? 言ってなかった?」

「聞いてないぞ」

「ふむ、そうか。では教えよう。これがその相手だ」

 そうして渡されたのは、地方予選のトーナメント表だった。純一はその中からキー学園の名前を探していく。

「お、あったあった。とするとこれが対戦相手か? ……変な名前だなぁ」

「名前だけで言えば我が校も大差はないぞ」

「そりゃそうだけど」

 トーナメント表をもう一度見下ろし嘆息して、

「パワフル高校、ねぇ。冗談としか思えない名前だな」

 そう呟いた。

 

 

 

 

 

集まれ!キー学園

五十四時間目

「野球の星(U)」

 

 

 

 

 

 失礼を承知で言わせて貰うのなら、相手チームのメンバーは物凄く特徴のない……いわゆる『普通の顔』っぽいのがずらりと並んでいた。

 軽くキャッチボールやストレッチで身体をほぐした後、打順や守備位置の言い渡しをしていよいよ開戦の時間。

 両校のメンバーが整列し挨拶を交わす場面になり、皆が皆思ったことだった。

 ただ一人だけ特徴的な顔をしたのが、

「よろしくでやんす。オイラがパワフル高校のキャプテン、矢部でやんす」

 キラーン、と眼鏡を輝かせて手を差し出してきた矢部と名乗る選手である。……いや、単純に眼鏡掛けているくらいの違いしかわからないのだが。

「よ、よろしく」

 差し出された手を祐一が握り返す。すると矢部はどことなく不敵に微笑み、

「お互いここ最近は記録を残せない学校同士。でもここは戦いの場、手加減はしないでやんす!」

「お、おう」

「ふっふっふ。というよりこれなら必ずどっちかは二回戦進出間違いなしなのでオイラたちにも十分チャンスはあるでやんす!

 皆、気合を入れていくでやんすっ!!」

 おー、と気合が入っているのかいないのかわからない掛け声を上げるパワフル高校。というかこんなところと同列だったのかキー学園。

 ともあれ。

「「「「よろしくお願いします!」」」

 帽子を取り互いに礼。

 いよいよ初戦の開始である。

 

 

 

 キー学園のラインナップは次の通りだ。

 

1番 朝倉純一 ショート
2番 相沢祐一 セカンド
3番 瀬戸孝司 サード
4番 折原浩平 ピッチャー
5番 久我健人 ファースト
6番 風上将深 センター
7番 藍住零夜 ライト
8番 杉並拓也 レフト
9番 春原陽平 キャッチャー

 

 シュンと永司の二人をベンチに残し、後攻のキー学が守備位置についていく。

「っしゃー! はりきって行くぞー!」

 ピッチャーマウンドに登った浩平が滑り止めを手に塗しながら、皆を見渡し高らかに叫んだ。

 パワフル高校の選手が打席に立ち、審判からいよいよプレイボールが告げられた。

 ぺろ、と唇を舐めて浩平がゆっくりとモーションに入った。足をあげ、一瞬止まり、そして勢いよく身体を押すようにしてボールを投げる。

 サイドスローから放たれる剛速球。それは相手にバットを振らせることさえなく、春原の構えるキャッチャーミットに吸い込まれていった。

「ストラーイク!」

「なっ……!?」

 相手選手、そして少なからずいた観客からざわめきが巻き起こる。

「へへっ」

 無理もあるまい。

 地方予選序盤で毎度消えていく無名の高校で140キロクラスのボールを投げられるピッチャーがいるなどとは普通思わないだろう。

「どんどん行くぜッ!」

 浩平がそのままストレートのみで一人目を三振に。そして二人目もピッタリ三球で仕留めいきなりツーアウト。

 まぁもともと浩平は子供の頃野球をしていたし、リトルリーグではちょっとは名の知れたピッチャーだった。

 実際あのまま野球を続けていれば間違いなく150キロ台の速球派ピッチャーになり注目の的になっていただろう、と祐一は真剣に思う。

 浩平は……本人を前にしては絶対に言わないが、間違いなく天才だ。

 どんなことでも数時間真面目に取り組めば既に大抵のことなら出来るようになっている。野球然り、楽器然りだ。

 そのまま真剣に続ければその道のプロになれるだけの力はあるのだが、なんとも熱しやすく冷めやすいのが折原浩平という人間である。

 野球もそう。リトルリーグで地区優勝を果たし、チームメイトと散々優勝祝いで騒いだその翌日に、

「もう飽きたから野球辞めまーす」

 と、あっけらかんと監督に告げたのが浩平なのだ。

 あのとき顎が外れるんじゃないかというほどに口を開き呆然としていた監督の顔をいまでも祐一は覚えている。

 で、いまは、

「オラァァァ!」

 ズバン!! と浩平の速球がミットを響かせる。相手の三番は結局一発もかすりさえせず、あえなく空振り三振。

 なんといきなり三者連続三振である。

 見てみると良い、あのパワフル高校ベンチを。数年前の監督のような顔を皆がしているじゃないか。

 そんな光景を作り出した当の本人たる浩平は、

「俺の強さにお前が泣いた」

 などとマウンドの上でわけわからんポーズを決め込んでいた。

 こんなバカに三者三振なのだから、パワフル高校に同情する。

 

 

 

 さて、一回の裏。キー学の攻撃である。

 最初に言っておくと、案の定とんでもないことになった。

 まず一番の純一が初球でいきなり一二塁間を破る強烈なライナーで二塁へ。しかもその後すぐに盗塁で三塁に進む。

 二番である祐一も甘い球を見逃さずレフトの頭上を越すフェンス直撃のツーベースヒット。純一が戻り既に一点先制。

 更に三番の孝司がこれまた初球で豪快に一発。快音と共に高々と舞い上がったボールはそのまま柵越えのホームラン。三点目。

 この時点でパワフル高校のピッチャー未だ四球なのだが既に涙目になっていた。

 もちろん攻撃は止まらない。

 浩平はホームランを狙ったんだろうが打ち損じた。それでも意地の内野安打で一塁に。

 五番の健人がセンター方向へのフェンス直撃打で三塁に。ここで浩平が帰ってきて四点目。

 六番の将深が打ち上げてようやくワンアウトになるものの、続く七番零夜がピッチャー強襲のライナーで一塁へ。ランナーが一、三塁。

 で、強打の連続で後ろに下がり気味だった外野の前方に八番の杉並が上手く落とし、五点目。一塁ランナーは三塁へ行き再び一、三塁。

 その後九番春原がセンターに大きく打ち上げるも三塁にいた零夜がタッチアップで追加一点。六点でツーアウト。

 打者一巡して純一が再びセンター前にヒット、祐一がレフト前にヒットで満塁。三番孝司がファール線ギリギリのヒットで二点追加。八点目。

 続く浩平が気合一閃、豪快にぶっ飛んだボールは弧を描きバックスクリーン一直線。スリーランホームランで十一点目。

 五番の健人がバットを掠めてゴロとなり、ようやくここでキー学一回の攻撃が終了した。

 

 

 

「う、嘘でやんす……。これまでの大会成績がほとんど変わらないキー学がこんなに強いだなんて……聞いてないでやんす!」

 二回の表。パワフル高校の攻撃。

 バッターボックスに立った矢部の悲鳴染みた台詞も、ある意味仕方ないだろう。

 一回終了時点で『11対0』。果たして誰がこんな一方的な展開を想像しただろうか。いや、キー学の面子の中では何人かはいそうだが。

 だがパワフル高校の選手たち、そして偶然この試合を見ていた観客たちはただただ愕然とするばかり。

「らぁッ!」

 浩平の速球がすぐに矢部をツーストライクに追い込んでいく。

「なにが……、キー学園に何が起こったと言うんでやんす!?」

 戦慄する矢部に、ピッチャーマウンドで浩平が不敵に笑う。

「残念だが今年のキー学は一味違うんだぜ?」

 手を振り上げ、

「刮目せよ。これが俺たち――新生キー学野球部の力だぁぁぁ!」

 放つ。

「そう何度もでやんすー!」

 高速で奔る速球を矢部はなんとかタイミングを合わせてバットを振ってきた。さすがキャプテンの肩書きは伊達じゃない。

 ……が、ボールはまるでバットを避けるかのように下降軌道を描いた。

「なっ!?」

 フォークだ。

 バシン! と、春原のキャッチャーミットにボールが収まった。

「ストラーイク、バッターアウトッ!」

「しゃあ!」

 矢部を空振りで抑え、浩平がガッツポーズを取る。

「ふぉ、フォークまで……」

 対する矢部はがっくりと項垂れてベンチへと戻っていった。

 

 

 

 もはや試合の展開は明らかなので結果だけお伝えすることにする。

 試合は五回コールドで終了。『41対0』の大差をつけてキー学野球部が圧勝した。

 ピッチャー浩平は四球や数発のヒットこそ許したもののさすがの完封勝ち。奪三振数はなんと九という快挙である。

 あとは孝司が最多打点の十打点。浩平の前でランナーを一掃したシーンもあり、浩平には文句を言われていた。

 純一は純一で三つの盗塁を決めているし、その純一を初めとして祐一や浩平、杉並なんかは全打席ヒットという記録さえ叩き出している。

 

 

 

「か、完敗でやんす……」

 パワフル高校野球部キャプテンの矢部は涙を流しながら祐一と握手を交わした。

「まさかここまでキー学野球部が強くなっているなんて思わなかったでやんす」

 実はここにいる全員が野球部員じゃないんだが……とはさすがに言えなかった。

「これからオイラたちの分も頑張って欲しいでやんす」

 と言われても祐一としては愛想笑いしか浮かべられない。

 再び整列、礼をして一回戦は終了した。

 

 

 

 ともかく、全てが全てど派手な展開で初戦の幕は下ろされた。

 祐一の想像以上の圧勝だったが、杉並や浩平にとっては予想通りの結果であり、そして周囲の反応もまた想像通りなのだろう。

 観客席が随分と慌しい。

 おそらく偵察に来ていた別学校の生徒たちや、数少ないキー学の観客たちの動きだろう。

「ふむ。始まりの狼煙としてはこれ以上ない圧倒的勝利だったな」

 意味ありげな笑みを浮かべながら杉並が呟く。

 確かにこんな圧勝をすれば誰もが注目するだろう。おそらく杉並の思惑通り、内も外もかなりの騒ぎになるに違いない。

「次の試合からは岡崎氏や佐藤も戻ってくる。……フッ、楽しみですね」

「あぁ、違いねぇ!」

 勝利に上機嫌な浩平が頷き、二人が笑い合う。

 その横で密かに祐一は溜め息を吐き、

「もう少し自重すれば良かったかな……」

 なんて後悔の念に苛まれていた。

 もちろん、手遅れだから『後悔』と呼ぶわけだが……。

 

 

 

 あとがき

 ってなわけで、どうも神無月ですこんばんは。

 さて、『野球の星』の続編にして、ようやく始まった高校野球編です。その初回の相手はあのパワフル高校でした〜w

 とはいっても出てきたのは矢部くんくらいなんですけどね。っていうか他にいないし。

 なおこれからも聞いたことのあるような高校がズラズラと出てくることになると思います。お楽しみに。

 ではまた!

 

 

 

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