その日岡崎朋也は暇を持て余していた。

「あー……平和だ」

 暇だということが何よりの幸せである、とここ最近朋也は痛感している。

 騒がしいのも嫌いではないのだが、たまにはこういう日もないとさすがにしんどいのだ。

 というわけで現在朋也は目的などないままにブラブラ散歩をしている最中である。

「このまま一日中ボーっとできれば良いんだけどなぁ」

 空を見上げながらそんなことを呟いてみる。

 ……とはいえ、そうもいかないのがキー学四天王だったりするわけだが。

「ん?」

 不意に携帯の着信音が響いた。朋也のものだ。

 ポケットから取り出し画面を見れば、『古河渚』と表示されている。

「渚が電話……しかも携帯とは珍しい」

 渚はちょっとした機械音痴である。まぁビデオデッキも扱えないなどという漫画の中のような重度なものではないが、未だに携帯電話の使い方はマスターしていないらしい。

 そんな渚から携帯に電話が来ることは、これまでまずなかった。精々練習してたとき程度のことだろう。

 しかし、だからこそ何かがあったのかもしれない。そう思い通話のボタンを押した。

「もしもし」

『あ、えと朋也くんですか?』

「そりゃそうだ。これは俺の携帯だぞ?」

『あ、そうでした。すみません。普通の電話のクセで……』

「で、どうかしたのか?」

『あの、ですね。ちょっと朋也くんに手伝って欲しくて……』

「手伝い?」

 

 

 

「……なんじゃこら」

 渚の電話を受け、古河家にやって来た朋也はその光景に絶句した。

 ……古河パンに、長蛇の列が出来ている。

『うちのレジを手伝って欲しいんです。その、一人じゃとても間に合わなくて』

 渚からそう聞いたときは、正直信じられなかった。あの古河パンが一つのレジで捌ききれないほどの客が来るとは思えない。

 しかし目の前に映るこの光景こそ現実である。

「……俺、実はまだ夢の中にでもいるのかな」

 いや、朋也はまだその光景を信じていなかった!

「朋也さん」

「? あ、早苗さん」

 隣から声を掛けてきたのは渚の母親でもある古河早苗だった。どうやら列整理をしていたようだ。

「なんか……随分繁盛してますね」

「はい。何故かはわかりませんけど、いきなりこんな状況になっちゃって……。あ、もしかして手伝ってくださるんですか?」

「ええ、まぁ渚から頼まれごとなんて珍しいんでそのつもりですけど……」

 朋也はそこであの人物の姿が見えないことに気付いた。

「……あの、オッサンはどこに?」

「それが朝から姿が見えないんですよ。ホント、どこに行っちゃったんでしょうね?」

 ……怪しい。

 古河パンに長蛇の列。そしていなくなった古河秋生。

 ここに何の因果関係もない、と楽観視出来るほど朋也は馬鹿じゃない。

 この状況……間違いなく秋生が一枚噛んでいるはずだ。

「朋也さん?」

「あ、いえなんでもないです。ちょっと考え事をしてただけで……。っと、それじゃあ俺は中を手伝いますね」

「はい、お願いしちゃいますね」

 そうして早苗はまた列整理に戻っていた。後方を見やれば、更に列の長さが増えている。

 いったい秋生はどんなマジックを使ってこんな状況を作り出したのだろうか。

 気にはなるものの、とりあえずそれは後回しにして朋也は古河パンに入っていった。

 

 

 

 

 

集まれ!キー学園

五十三時間目

「消えたオレンジ(後編)」

 

 

 

 

 

「あ、朋也くんっ」

 店内では、案の定渚がかなりテンパっていた。

 レジ打ちは渚にとって手馴れた作業だろうが、さすがにこんな数を一度に相手にしたことなどないだろう。

 渚の性格故か。待っている人たちのことを考え急ごうとして、焦り、ミスをして、更に焦り、そして深みにはまっていく。既に泣く寸前だった。

 やれやれ、と朋也は苦笑。レジまで行くと渚の頭を軽く撫で、

「予備のレジはあるか?」

「あ、はい。奥に……」

「さすがに場所はわからないしな……。じゃあ俺がしばらく代わってるから、レジを見やすい場所にまで運んでくれ。

 重たいだろうし、そこからは俺が持ってくるから」

「わかりました。お願いします」

 ぺこり、と一礼し奥へ走っていく渚を見送って朋也はレジの前に腰を下ろした。

「さーてと、それじゃあ片付けますか」

 その後持ってきた予備のレジを使用しつつ二人で客を捌いていった。

 しかし本当にどういうわけか客足は途絶えず、しかもこともあろうに一番人気だったのは早苗の作ったデンジャラスなパンであった。

 長蛇の列以上に信じられない光景だったが、レジをしている間に朋也は一つ気付いたことがある。

 客の顔だ。

 そこに浮かぶ表情は……紛れもない、恐怖と絶望。

 決して美味しい物を買いに来た人間の顔ではない。それはまるで死刑執行の道程を歩む死刑囚のような顔。

 あるいはさながら決死の戦場に赴く兵士のような決意に満ちた表情を浮かべる者もいる。

 それに気付いた朋也は、おおよそこれがどういう状況で起きた現象か察していた。

 おそらく秋生がこの連中を脅しているんだろう。方法や過程はわからないが、まず間違いあるまい。後者の表情の意味はよくわからないが。

 ――しっかし、いくら早苗さんのパンが売れないからってそこまでする人かなぁ……。

 確かにやることなすこととんでもない人ではあるが、決して人道から外れるようなことはしない……はずだ。

 ならば一体何が?

「ありがとうございましたー」

 なんて考えているうちに随分掃けた。客足も途切れがちになっている。

 いつもは山のように残っている早苗の手作りパンももう少しで完売という勢いだ。

 と、そこで再び携帯の着信音が響き出した。

「あ、朋也くん。良いですよ。これくらいならわたし一人でもなんとかなると思いますから」

「ん、じゃあちょっと出てくる」

 レジを一旦渚一人に任せ外に出る。

 携帯を取り出せば、今度は『相沢祐一』という名前がディスプレイに浮かんでいた。

「祐一? これまた珍しい……」

 今日はまた滅多に掛かってこない連中から電話が殺到する日だ。

 そんなことを思いながら、朋也は電話を耳に当てた。

「はいよ。どうした?」

『先輩! 秋生さんを見ませんでしたか!?』

「……祐一?」

 いつも冷静なはずの祐一が酷く慌てているのが電話越しにもわかった。

「いや、見かけてないけど……何かあったのか?」

『何かどころの騒ぎじゃないですよ。重大な事件です!』

 重大な事件。

 朋也は一瞬古河パンに並ぶ客の列を一瞥し、電話に耳を集中した。

「詳しく説明しろ。一体何が起きた?」

 

 

 

「……ジャムが盗まれた?」

『はい。その犯人がほぼ間違いなく秋生さんなんです』

「あの悪名高い水瀬家の甘くないジャムが、ねぇ……」

 祐一から秋生が秋子のジャムを盗んだらしいこと、そして囮として浩平を利用したことなどを聞いた。

 朋也自身はそのジャムを口にしたことはないが、以前佐祐理が、

『あれは食べ物じゃありません。化学兵器です』

 と真顔で言っていたことを思い出す。佐祐理が真顔というわけでも怖いのに、しかもそれだけのことを言わせるものなど戦慄を禁じえない。

 そしてようやく話は繋がってきた。おそらく秋生はそのジャムを使って客を脅し早苗のパンを買わせているのだろう。

 なんでそんなことをしでかしたか知らないが、さすがにそんな行為は許せるものではない。

「……事情はわかった。俺も手伝う」

『本当ですか!? ありがとうございます!』

「祐一、お前いまどこにいる」

『浩平たちと一緒に商店街周辺を探してます。佐祐理さんや非公式特報部にも手伝ってもらってるんですがなかなか見つからなくて……』

「佐祐理の?」

 確かに倉田財閥の力は大きなアドバンテージになるだろう。しかしはたして佐祐理がそう簡単に力を貸してくれるだろうか?

 まぁ祐一は佐祐理に気に入られてるようだし、別におかしくはないか……なんて納得した朋也だが、もちろん自分が取引材料にされているなんて知る由もない。

 閑話休題。

「わかった。ともかく俺も探し始める。……あと、囮の浩平を商店街に使ったのなら多分その周辺にはいないぞ」

『ですよね。でも、だとするとどこに……』

「おそらくは住宅街だ。しかも古河パンから概ね近場の」

『? どうしてそんなことがわかるんです?』

「こっちもちょっと思い当たる部分があってな。多分間違ってないはずだ」

 朋也の考え通りなら、秋生は近場の住民から当たってるはず。時間を考えればまだそう遠くまで行ってはいないはずだ。

『……わかりました。じゃあ俺たちもそっちの方へ向かいます』

「あぁ」

 携帯を閉じ店の中に戻る。見た感じ客足も落ち着いてきたみたいだし、なんとかなるだろう。

「渚」

「朋也くん?」

「悪いな。ちょっと用事が出来ちまったんで行ってくるわ。大丈夫か?」

「あ、はい。これくらいならもう大丈夫だと思います。いきなり手伝ってもらっちゃってすいません。ありがとうございました」

「気にすんな。これくらいならいつでも手伝ってやるから。それじゃ」

「はい。またです」

 渚に別れを告げ、古河パンを後にする。早苗とも挨拶はしておきたかったが、外では見つからなかった。裏から家に入ったのだろうか?

 ともあれいまは秋生を見つけることが最優先だ。

「オッサン。何が目的だか知らないけど、このやり方は間違ってるぜ」

 

 

 

 祐一たちもまた古河パンの周辺住宅街に来ていた。

 祐一を初め大半が古河パンのことを知らなかったが、杏や佐祐理の案内でここまでやってきて、そして後は各々散って捜索活動を開始する。

「とはいえ、一言で住宅街って言ってもそれなりに広いしな……」

「それに、近場っつったってどの程度かもわかんねーし」

 祐一は浩平とペアで秋生を探していた。

 秋生に利用された形となった浩平だが、やはりそういう使われ方は癪らしい。

 負のオーラを撒き散らしながらお見せ出来ないような歪んだ表情を浮かべている。

「この恨み、晴らさでおくべきか……」

「とりあえず落ち着け」

「これが落ち着いていられるかっつーのぉぉぉ!」

 音夢と杏の波状辞書投擲に見舞われた人間とは思えない元気さだ。まず間違いなく耐久値は四天王でも随一だろう。

 なんて考えていると、

「……お?」

 不意に浩平がある一点を見つめ声をあげた。

「どうした浩平? 秋生さんが見つかったか?」

「いや、なんつーか……あれは……えーと……見間違い、じゃないよなぁ……」

「?」

 はっきりとしない。浩平自身見たものを信じられないのか、困惑気味だ。

「なんなんだ。ちゃんと話せ」

「……わかった。俺が見たありのままを話そう」

 いつになく真剣な表情の浩平が振り返る。それだけで相当の物を見たのだと理解した。それを正面から見据え、耳を傾ける。

「……実は」

「実は……?」

「秋生さんを発見した」

 殴った。

「問答無用で殴られた!? 何事!?」

「そういうことは早く言えバカヤロウ! さっさと追いかけるぞ!」

「待て祐一! 問題はその後なんだ!」

「その後……?」

「ああ。実は……その隣に春子さんがいたんだ」

「……は?」

「これはもしかして……う、浮気現場というものでは……!」

「……」

 そういえば、確かに名雪に連れられたときに春子の姿を家で見ていない。

 それにもし春子が秋生の味方なのだとすれば水瀬家の鍵が開いていた理由もわかる。

 なんせ春子は浩平に教わってピッキング技術も持っている。それがなくても姉妹でお隣なのだ、合鍵くらいは持っているかもしれない。

 しかし、

「……浮気はありえないだろ。うちの両親ほどバカップルモード全開なのもそういないぞ」

 というよりもし本当に浮気だったりしたらうちの父親自殺するんじゃないだろうか、とか一瞬思った。

 ともかく、だ。

「その真相を知る意味でも急いで追いかけるぞ。どっち行った?」

「お、おう。あっちだ」

「わかった。急ぐぞ」

 すると二人の姿は思いの外すぐ見つかった。

 近くの民家から出てきた二人……秋生、そして春子とバッチリ視線が交錯する。

「チッ」

「あらら、見つかっちゃった〜」

 秋生は舌打ち一つ、春子はのんびりと悪戯を見つけられた子供のように自らを小突く。

 浩平が見たとおり、確かに二人は一緒にいた。

 しかし祐一は二人がどういう関係か知らない。これまでも知り合いだ、などと聞いたこともない。

 まぁそんなことは全部訊いてしまえば良い話なのだが。

「さて、秋生さん。母さん。説明してもらいましょうか。……なんでこんな真似をしでかしたのか」

 フフフ、と絶対零度の笑みで迫る祐一。後ろで浩平がビビるほど祐一が怒りのオーラに包まれている。

 この二人が秋子のジャムを盗むなんで愚行をしなければここまでの大騒ぎになることはなかった。当然怒りはある。

 だが対する二人はさすがというか、まったく動じない様子で、

「んー、どうするあっくん?」

「……フッ、決まってるさ」

 秋生は口の端を釣り上げ、

「俺たちの使命はまだ終わっちゃいねぇ……。なら最後までやり遂げるのが男ってもんですよ春姐!」

「さっすがあっくん、男の鏡〜♪」

 パチパチパチ、と拍手する春子の前で秋生はズビシッ! と祐一たちを指差し、

「相沢のせがれ! そして折原の坊主! 全ての真相を知りたけりゃ、この俺様を倒すことだな!」

「ちょ、なんでそんなわけわからん展開に――」

「っしゃー! 望むところだぁぁぁ!」

「……おいおい」

 祐一が何を言うより先に浩平が乗っかってしまった!

「この俺を囮に使ったその代償、ここで払ってもらいますぜ!」

「ふん、やれるものならやってみろ!」

「意地があんだよ、男の子にはなぁぁぁ!」

 秋生と浩平が激突するまさにその直前、もう一人の男がこの場に乱入した。

「オッサン!」

 岡崎朋也である。

「ち、小僧まで来やがったか……!」

「水瀬家のジャムまで使って早苗さんのパンを売りさばきたいのか、あんたは!」

「あぁ、そうさ!」

「開き直った……!?」

「言い訳はしねぇさ。だとするなら、どうするよ小僧!」

「……なら、あんたを一発殴ってでも止めるぜ、俺は」

「上等だ!」

 秋生を倒すべく、浩平と朋也が突っ込んでいく。

 激突する三人。だがそれを見て、祐一は違和感を感じていた。

 おかしい。どう考えてもこんな行動は秋生らしくない。確かに突拍子のない行動を取る人ではあるが、さすがに問答無用で倒せはないだろう。

 ならばどんな理由が彼を突き動かしているのか……?

 春子を流し見るが、春子はその視線に気付いてもゆっくりと首を横に振るだけだった。

「……ったく」

 とりあえず祐一はその戦いに参加はせず、傍観することにした。

 この事件に隠された真意を推し量るように。

 

 

 

 十分ほどして。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」

 肩で息をする朋也と浩平。そしてその向かい側で、

「あー、やっぱ歳には勝てねーなぁ……」

 大の字になって倒れている秋生の姿があった。

「……」

 祐一の見る限り、秋生はそれなりに全力だった。腕っ節も確かな朋也と浩平と二人同時に相手にしたのだから手を抜く余裕などないだろうが。

 ……だが、それでもどこかで手を抜いているように見えたのは気のせいだろうか?

「ともあれ、これで決着は着きました」

 近付き、秋生を見下ろす。

「理由を聞かせてもらいましょうか」

 諦めたようにやれやれ、と秋生は嘆息。遠い目で空を見上げながら、

「……偶然だったんだがな、聞いちまったんだよ」

「聞いた? 何を?」

「昨日……早苗と秋子の会話をな」

 重々しい態度で告げた言葉に、祐一たちは互いの顔を見合う。

 

 

 

 それは、秋生が恒例にもなっている子供たちとの野球遊びを終えて帰ってきたときだった。

「帰ったぞー! ふー。なかなか良い汗かいたぜまったく」

 満足げに金属バットを肩に担ぎながら戻ってきた秋生は、店内に早苗の姿がないことに気が付いた。

「あん? 奥か……?」

 夕飯の支度でもしてるのかもな、とレジ横に金属バットを立てかけ奥へ入っていく。

 と、居間の方から会話が聞こえてくる。片方は早苗だが、もう片方は渚ではない。

「子供の声でもなさそうだし……客か?」

 そうして襖を開けようとして、

『パンが売れない……。そう、それじゃあ私も手伝うわ』

 ピタッ、と手が止まった。

『良いの、秋子?』

『ふふ、早苗の悩みは私の悩みよ。大丈夫、今度私特性の甘くないジャムを持ってきてあげるから』

 ――早苗と、そしてもう一人は……秋子!?

『でもジャムパンって割と普通じゃ……?』

『早苗のチョイスはいつも斬新で良いと思うのだけど、たまにはそういう原点に戻るのもありだと思うの。

 それに普通のジャムではないもの。多分成功するわ』

『そうね。ジャムはジャムでもその中身が普通じゃなければ大丈夫よねっ』

『ええ、その通りよ。その後はあなたがいろいろと試行錯誤して頑張れば良いと思うわ』

『うん、わかった。じゃあもうしばらく頑張っても売れなかったら手を貸してね』

『もちろん』

 秋生はすぐさまその場を離れた。

 まずい。これはとてもまずい。

 もし早苗のパンに秋子のジャムが加わり、そこからまた早苗が手を加えたとしたら……。

「とんでもない地獄になるぞ……!」

 なんとしてでも止めねばならない。こればかりは、どんな手段を使ってでも必ず。

「……そうだ、早苗のパンが売れれば良いんだ」

 早苗はさっきもうしらばく様子を見ると言った。その間に早苗のパンが大量に売れるということがあれば、未曾有の危機は回避できる。

 だが早苗のパンのまずさは既に周知の事実。頼み込んだくらいでは買ってもらえるはずもない。なら……、

「秋子のジャムの恐ろしさを知ってもらう、か」

 ジャム単体でも強烈な味なのだ。その味を知れば、早苗のパンとのミックスの凶悪さもわかるだろう。

 ならばまずは秋子のジャムを入手しなくてはならない。

 だがあの秋子のことだ。無断で入ろうものならとんでもない事態になりかねない。ならどうすれば……?

「あら〜、どーしたのあっくん? 珍しく真剣な顔しちゃって」

 そのとき、天の助けが舞い降りた。

 振り向いた先、トングとトレーを持って店のパンを見ていたのは――秋子の姉たる相沢春子であった。

 姉ならば、親族ならば、侵入も容易いのではないか……?

 そう考えると同時、既に秋生の身体は動いていた。

「春姐、頼みがある!」

 ガシッ! と問答無用でその肩を掴む。春子はキョトン、と瞬き一つ。

「ほぇ?」

「緊急事態なんだ!」

「なになに? どういうことー?」

「……この街を救えるのは、俺たちしかいないんだ」

 

 

 

「――ってわけで、俺は春姐の力を借りて秋子のジャムを拝借し」

「近隣住民にその味を伝えつつ、早苗さんのパンとの融合の恐ろしさを説きながら回ってたんですね……」

 祐一は大きく溜め息を吐いた。

 なんとも壮大なようでいて馬鹿馬鹿しい話だった。

「なるほど。俺が見たあの多くの客の表情はそういうことだったのか……」

「なんだよ、だったら最初っから言ってくれればこんなことにはならなかったのに……!」

 顎に手を添え頷く朋也。怒りも忘れて感動の目で見る浩平。

 秋生は浅く息を吐き、

「俺は……出来ることならその今世紀最悪のコラボレーションを未然に防ぎたかっただけなんだが……フッ、ここまでのようだ」

「秋生さん! あんた一人で抱え込む問題じゃなかっただろ! ちゃんと言ってくれれば、こうして戦わずに済んだのに……ッ!」

「折原の小僧か。……お前も言ってただろう? 男には通さなきゃならねぇ意地ってもんがあるんだよ」

「秋生さん……」

「俺ぁな。早苗のパンが好きだ。そりゃあセンスの欠片もないしとんでもなく不味いが、それでもあいつが一生懸命頑張って作ったパンなんだ。

 売れなくても良い。残ったって関係ねぇ。……ただ、ただ早苗が自分の力でパンを作ってくれればそれで良かった」

 フッ、と力なく笑う。

「本当は街のためだとかそんなんじゃなく……俺ぁ、惚れた女の作ったパンをただ殺人兵器にしたくなかっただけなんだ……」

「ぅ、うう……秋生さん! あんたってやつは……あんたってやつは……!」

「……空が、綺麗だな」

「うっす! 綺麗です!」

「なら……!」

「「流派! 東方不敗はぁ!」」

「王者の風よッ!!」

「全新ッ!」

「系裂ッ!」

「天砕侠乱ッ!!」

「「見よッ! 東方は……赤く燃えているぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」」

「……ガクッ」

「し、師匠? 師匠……師ぃぃぃぃぃぃぃ匠ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」

 力が抜けたように項垂れた秋生の身体を抱え、浩平の慟哭が夕焼け空に染み渡る。

 ……で、その掛け合いを半目で眺めていた祐一が冷静に一言。

「雰囲気に乗っているところまことに申し訳ないんだが」

「なんだ祐一! いま男(ガンダムオタク)と男(ガンダムオタク)の生き様が絶好調のこの最中にッ!」

「いや、っていうか原因を聞いて思ったんだが、実際そんなものが作られたらとんでもない究極兵器にはなっただろうけど……でもどの道売れないんだったら脅威にはならなかったんじゃ?」

「「「あ」」」

 浩平と朋也、そして力尽きたはずの秋生までが思わず呟いてしまうほど、それは核心を突く台詞で……そして元も子もないものだった。

 

 

 

 結局、この大騒ぎは祐一の一言で幕を下ろした。

 一応秋生の作戦も成功はしたようで、早苗はご機嫌で「しばらく一人で頑張る」と秋子に告げたらしい。

 秋生も今回ばかりは相当疲れたらしく、当分は落ち着くだろう、と朋也は言っていた。

 あとジャムは回収し、祐一が秋子に返しておいた。

 秋子が執拗に犯人の名を聞こうとしていたが、さすがに本当のことを言ったら秋生が凄まじいことになりそうだったので上手くはぐらかしておいた。

 ちなみに、祐一が秋生の話を聞いていて終始気になっていたことが一つあった。それは、

「そういえば秋子さん。ちょっと小耳に挟んだんですけど、古河夫妻とは顔見知りなんですか?」

「え? はい。あの二人とは昔同じ高校の同級生だったことがあるんですよ」

 とのことらしい。

 なんとも世間とは狭いものである。

 

 

 

 あとがき

 というわけで、どうも神無月です。

 ってな具合で今回のお話も終了〜。四天王では唯一純一が出番なかったですね。

 中でも今回示唆したかったのは『秋生、早苗、秋子が元同級生である』って点です。これからもこの繋がりは頻繁に出てくると思いますのでw

 で、流派東方不敗。あれは原作で秋生の部屋がガンプラで埋まってたから不意に思いついた掛け合いでしたw

 さて次回、いよいよ「野球の星」の続編になり、地方予選がスタートします。

 対戦相手はあの高校です。さて、どこでしょうかw

 

 

 

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