そろそろ梅雨も明けようかという時期になってきた。
ここまで来るとキー学生徒のテンションもうなぎ上り……かと思えばそうでもなかったりする。
もちろん迫った夏休み、その前にある球技大会などのためにテンションが上がっている者もいるにはいる。
だが同時に期末テストやその結果が悪い場合の補習に頭を痛める者、部活の大会に向かっての練習でクタクタになっている者などもいたりするので、テンションは割かし上下激しかったりする。
で、そんな中。とある場所にて二人の男が密談を交わしていた。
「……で、あなたは結局俺に何を望んでいるんです?」
壁に背を預けた男がそう告げると、いきなり相対していた男が膝を折り頭を下げた。
「お前の力を見込んで頼みがある。俺の……いや、俺たちの部活を救ってくれ!」
「はい……?」
ほぼ土下座のような格好になった男を見下ろし、立っている男は嘆息する。
「ともかく話を聞かせていただきたい。まずはそれからでしょう」
「お、おう。実はな……」
そうして語られた内容に、立った男の表情は徐々に変化を見せ始めた。
最初こそつまらなそうな顔をしていたが、話も終盤に差し迫るやひどく愉快げに口元を釣り上げている。
「――と、いうわけなんだ。もうお前くらいしか頼れる男がいないんだ。どうにかできないか!?」
懇願する土下座男。だが、そんなことをしなくても立った男の中ではもう答えは決まっていた。
「顔を上げてくださいよ先輩。引き受けますから」
「本当か!?」
「ええ。俺に任せていただきたい。こんな面白そうな話、捨て置くにはあまりに惜しい」
「おお……!」
踵を返すその男の背中を、まるで神でも拝むように土下座男は見送り、
「期待して良いんだな!?」
「フッ……。俺を誰だと思っているんです?」
ドアを開いた男が首だけを振り返らせて、
「非公式新聞部改め非公式特報部部員……。この杉並拓也にお任せあれ」
歯を光らせて微笑んだ。
集まれ!キー学園
五十時間目
「野球の星(T)」
現在、四時間目の授業の真っ最中である。
時間としてはもう後半。さっきまで寝ていた連中も近付いてきた昼休み(というより購買戦争)のために覚醒し始め、異様な雰囲気が漂い始める時間帯である。
きっとやや後方から聞こえてくる唸り声は浩平なんだろうなぁ、なんて考えながら祐一はボーっと黒板を見つめていた。
ヴーン。ヴーン。
「ん?」
ポケットから振動音。携帯の着信だ。
そのまま放っておこうかとも考えたが、なんとなーく嫌な予感を感じたので祐一は中身を確認することにする。
まことに残念なことではあるのだが、この手の直感はまず外れないことを祐一は自覚していた。
とりあえず机の影に隠しながら携帯を取り出す。
――メール、か。
というわけでメール画面を開けて……しばし祐一は動きを止めた。何故ならば画面にこう記されていたからだ。
From 杉並 |
正直、すぐさまメールを消去してしまいたかった。
なんせあの杉並である。ブラックリスト第三位の男が、ブラックリスト第一位の自分(非常に不本意だが)に対して面白いことと来た。
しかもよくよく見てみれば送信は自分だけではなく、浩平や朋也、純一といった見知りまくっている連中にまで送られている。
これは危険な臭いを感じない方がおかしい。絶対この男は何かをしでかす気だ。
……が、かと言って消すのもまた怖い。
ホラー映画で怖いにも関わらず物音のした方向に足を踏み入れる境地はこういうものだろう。
わかっているのだ。そこに何かがあるのだろう、と。だがそれを確認しなければなお怖いという人間心理。
祐一にさえそんなものを抱かせる杉並も相当のものだろうが……いや、慎重な祐一だからこそそう感じるのか。
ともあれ、結局祐一はその内容を見る決断をした。同時、
「ヒィィィャッホオオオゥゥゥゥゥゥ!!」
突然聞こえてきた大声(By.浩平)をバックに、祐一は頭を抱えた。
どういう経緯でこんなことをやらかそうとしたのかは知らないが、確かに浩平が喜びそうなイベントだなぁ、と納得した。
そのメールの末尾に「昼食を食べ終わったら第二会議室に集まって欲しい」という旨が記されていた。
祐一は終始向かうかどうか迷ったが、
「さぁ行くぞ祐一! 俺たちには明日が待っているんだからなッ!」
とかいうわけわからん口上を並べた浩平に半ば強引に引きずってこられた。
「ハロウ、エブリワン!」
浩平がご機嫌に会議室のドアを開けば、同じく呼ばれたのであろう面々が既に集まっている。
「あ、どうも」
「よ」
朝倉純一や岡崎朋也を筆頭に、キー学においても比較的有名なメンツが揃っている。
藍住零夜、佐藤康介、芳乃永司、風上将深、氷上シュン、久我健人、春原陽平、瀬戸孝司。
「……こんな連中集めて。あいつマジなのか」
祐一の吐息に純一が同調する。
「杉並がやるって言うからにはマジなんでしょうよ。あー……かったるい」
一番杉並との付き合いが長いからこそ、わかっているんだろう。あの男がこの手の冗談を好まないということを。と、
「ふむ、どうやら皆様お集まりのようですね」
その張本人である杉並が前のドアから登場した。
「とりあえず着席していただきたい。まずは先刻皆さんに送ったメールのご説明をしたいと思いますから」
とはいえ立っているのは祐一たちだけだ。
なので浩平は勢いよく、祐一は疲れ果てたようにどっさりと近くの席につき、杉並の言葉を待った。
「さて……」
教卓にまで移動した杉並が皆を見渡し、
「皆さんに集まってもらったのは他でもない。先程送ったメールと同じことです」
「つまり、これか」
一番前の席に座っていた一年の永司が自分の携帯のディスプレイを見る。
他の面々も同じようにディスプレイを確認し、今一度そのメールを確認した。
『一緒に甲子園を目指そう』
メールに書かれていたのは、そんな突拍子もないふざけたようなものだった。
普通なら笑い飛ばすシーンだろう。だが、その送信者が杉並という時点で笑い事ですまなくなる。
自分は一体どんなけったいな事件に巻き込まれたのか。それを知るために、多くのメンバーはここに集まっていた。
「これだけでは何がなんだかさっぱりでしょうから、順を追って説明するとしましょう」
告げて、杉並は教卓に手をつく。
「まず、皆さんはこのキー学の野球部が現在どういう状況にあるかご存知でしょうか?」
「野球部……?」
康介が首を傾げる。
「そういえば特に何も聞かないね」
「そう、何も聞かない。それこそが由々しき事態なのだよ」
つまり、と杉並は前置きし、
「スポーツにおいても力を入れるキー学において県大会出場は当たり前、全国大会に足を進める部活動さえ少なくはない。
しかしその中で唯一、ここ数年間全国大会はおろか地方大会でさえろくな成績を残せず敗退している部活があるのです」
「まさか……」
「そう、それが野球部なんですよ」
だからこそ、何も聞かないし誰も記憶にない。
当然だ。大会があれば表彰される部活が列を成すキー学において、表彰なんてものに縁遠い野球部が皆の記憶に残るわけがない。
「でも、どうしてそんなに野球部だけ弱いんだい?」
シュンの疑問は最もだ。
キー学はスポーツ推薦枠もある学校。勉強が出来ずともどれか一つ、秀でているものがあれば入学できる学園でもある。
故に祐一のクラスにも南や司のような者たちもいるわけだが……。
「まぁ、簡潔に言えば『キー学野球部は弱い』というのが定説になってしまった、というのが正しいでしょうね」
なるほど、とシュンは頷く。
いくら推薦枠があろうとも、進路を選ぶのは生徒自身だ。そして出来る限り強い学校に進もうとするのは当然の行動だろう。
一度『弱い』というイメージが定着したら、上手い生徒が来ることもなくなり更に悪循環になってしまう。いまのキー学の野球部がまさにそうだった。
実際野球部は皆一般入試で受かった者ばかりで、推薦で入ってきた生徒は一人もいない。
「そして、ろくに成績も残せない野球部はいよいよ最終通告を受けたのです」
「最終通告?」
「そう。今年成績を残せなかったら野球部は廃部にする、とね」
「なるほど」
頷いたのは朋也だ。
「なんとなーく杉並の言いたいことが見えてきたぞ。つまりその成績ってのが……甲子園出場なわけか?」
「いえ、学園側も何もそこまでしろとは言ってません。が、多少の成績を残してとりあえず難を逃れたところで廃部の危機がなくなるわけではない。
だったらここは甲子園にでも出場してしまえば当面廃部の心配はなくなるだろう、と。それが野球部主将の考えです」
「で、自分たちだけの力じゃ甲子園には行けない。だから――」
「はい。主将が俺に相談してきたのですよ。この学園にいる最強メンバーを揃えて欲しい、と」
やれやれ、と永司は苦笑。
「それでこの面子、ってわけか」
「そうか、最強か〜。やー、照れちゃうね」
にへらにへらと口元を緩めるのは春原陽平である。彼は鼻高々に椅子を傾け、
「ま、僕がいれば一安心だね。甲子園なんて余裕だぜ!」
「あぁ、春原先輩はおまけというか代わりです」
ガシャーン! と陽平は椅子ごとひっくり返った。
「ど、どういうことですかねぇ!?」
「最初は老船先輩に頼んで先方もノリノリだったんですが、とある事情で拒否されてしまいまして。ですから代わりに」
「あ、扱いひでぇ!?」
「何を今更」
ポツリと囁かれた朋也の言葉がよほどショックだったのか、春原は真っ白になった。
そんな二人を横目に永司が苦笑しつつ、
「……確かに運動神経の良い人たちばっかだけど、その野球部の地方予選って何時からなんだ?」
「七月の頭からだ」
なっ、と息を呑み、
「ってもう一週間くらいしかないじゃないか!? 練習とかどうするんだ」
「このメンバーなら連携練習くらいでも良いところまで行けるだろう。第一、他の部活の大会などがある人もいるだろうから、無理強いもしない」
「まぁ……そうかもしれないけど。うーん」
「杉並、質問」
考え込む永司に代わり、今度は純一が手を上げた。
「なんだ朝倉?」
「良いのか? こんな派手なこと。野球部でもない人間が甲子園を目指そうだなんて、さすがにいつもの騒ぎとはちょっとレベルが違うぞ?」
「ふ。問題ないさ朝倉。万事抜かりない。こちらにはエグゼクティブプロデューサーがついている」
「エグゼクティブプロデューサー?」
「あははー、ただいまご紹介に預かりましたエグゼクティブプロデューサーの倉田佐祐理でーす」
「「「「「「「おおおおぉぉぉぉぉぉ!?」」」」」」」
思わず皆が仰け反った。
いつの間にが杉並の横に倉田佐祐理が立っていたからだ。
「ど、どこから……!?」
「っていうかいつの間にいた!? さっきまで確実にいなかったはずなのに……」
「杉並に視線をやったらいつの間にか、だもんな」
「……さすがは裏生徒会長」
これだけのメンツさえ驚かせる裏生徒会長こと倉田佐祐理。やはりただ者ではない。というか、
「エグゼクティブプロデューサーって、どういうことだ?」
慣れているのだろう、すぐに復帰した朋也が訊く。すると佐祐理は腕を組んでウネウネ身体を動かしラブ光線を放ちながら、
「はい♪ さすがに部活動に関することですから勝手に動くことはできません。ですから杉並くんに頼まれて佐祐理が学園長に直談判してOKを頂きました」
「「「おぉ」」」
「既に皆さん野球部員として便宜上登録してあります。もちろん甲子園に行くか、敗退した時点でこの登録は抹消されますし、内申書にも残りません」
「「「おー」」」
「他の部活をしている方も、裏生徒会が全力で援助していきますのでご心配は無用ですよ〜」
まさに準備万全だった。隣では杉並が腕を組みながらうんうんと頷いているし、もう他の理由でこの件を断るのは不可能だろう。
必要なのはただ一つ。
やるかやらないか、だ。
「さぁ、どうしますか皆さん」
「決まってるぜ」
杉並の問いに真っ先に反応したのはやはりこの男……ブラックリスト第二位の折原浩平だった。
「俺はやる! 行ってやろうじゃねぇか甲子園!」
両手を広げ、
「このメンバーなら怖いものなんて何もねぇ! ブラックリストに入るような連中が六人もいるんだ、楽しくならないわけがないッ!」
拳を握り、頭上に掲げ、
「さぁやろうぜ皆の衆! 野球部でもない俺たちがドリームを達成するのさぁぁぁ!!」
しまいには机に片足を乗せ、力説しまくっていた。
それを聞いてた大半の者はげんなりとしていた(佐祐理はにこやかに拍手していて、杉並はただ頷くばかり)が、一人同調する馬鹿がいた。
「そうとも! ドリィィィム! 甲子園! それは野球男児の汗と涙の行く末! 明日への希望! 栄えある青春の舞台上!」
ガタン! と椅子を吹っ飛ばす勢いで立ち上がったのはブラックリスト六位の久我健人である。
彼は左手を胸に添え、右手を上に掲げる、宝塚かと思わせるポーズを決め込み、
「そう! こぉぉぉぉぉぉぉうすぃえん! とはまさに男子共通のロマン! 夢! 聖地! そこへ至る道を切り開けと言うのならば切り開こう!
俺はロマンを愛する男。我が野球部の切なる願い、しかと引き受けた! お前たちの想いは俺たちが引き受け、甲子園の舞台へいざなおう!」
唐突に泣き出し、
「だからどうか……安らかに眠れ、我らが同胞たちよ……! 諸君らの悲願は、必ずこの俺たちが成し遂げて見せるからぁぁぁぁぁぁ!!」
「出た、久我の妄想劇場……。つか野球部員を勝手に殺すな」
半目で眺める朋也はさも呆れてますとばかりに嘆息する。
「ま、俺はバスケ部と……あともう一つ手伝わなくちゃならん部活があるから忙しい」
だが、と苦笑し、
「そっち優先で良いのなら、手を貸すことくらいはしてやるよ」
「僕は全力でやってあげるよ! 甲子園に出たら僕も○○王子とかってモテまくっちゃったりしてね! ハァハァハァ!」
いつの間にか復活していた陽平。終盤は既に妄想入っているがもう誰も突っ込みはしなかった。哀れ陽平。
「俺は別に良いぜ。面白そうだしな」
「俺も、まぁ出来る限りは手助けしようかな。剣道とか……マジシャンの仕事なんかもあるにはあるけど、どうにかするよ」
「俺もオーケーだ。このメンツなら確かに面白くはなりそうだし?」
「ま、こういう頼みは受けてこそ『漢』だよな。引き受けよう」
零夜、康介、将深、孝司がそれぞれ了解を示す。その中で一人だけ考え込むように永司が腕を組み、
「俺は……そうだな。純一が出るなら出ようかな」
「おい、なんでそこで俺が関係してくる」
「だってそうだろう? 確かに面白そうな面子だけど、どうせならやっぱ純一や相沢先輩たちも一緒の方が面白い結果になりそうだし」
だから、と純一を見て、
「俺の決断はお前に託した」
「てめぇ、丸投げか!」
そんな光景を眺めていたシュンは何を思ったのか笑みを浮かべ祐一に視線を向けた。
「なら僕は相沢くんに託そうかな」
「氷上。お前もそんな無責任なことを……」
結局、純一と祐一にそれぞれ二人分の答えが託される形になってしまった。
ジーっと他の皆の視線が二人に集う。怯む純一と平然としている祐一。これが二人の差だろうか。
「「「じー」」」
「う……」
「「「「「じ――――――っ」」」」」
「……わかったよ、やれば良いんだろやれば! でもバイトもあるからそうそう毎回は付き合えないからな!」
純一が折れた。
これで残るは祐一のみだ、だが祐一はこの程度の無言の重圧、まるで意に介さない。しかし、
「……ま、いっか。たまにはスポーツで馬鹿すんのも悪くない」
「お……?」
「良いんじゃないか? 甲子園。……俺が断ったせいで廃部、なんてことになったら後味悪いしな」
「おおー!」
浩平は万歳し、
「珍しく祐一が乗り気だっ!」
「これはいけるぞ甲子園!」
「相沢先輩が本気だったらこの勝負勝ったも当然ですね」
次々他の連中も同意する。
そうして全員が出場を決定した時点で、杉並が祐一に近付きある紙を渡してきた。
「これは……オーダー表?」
「相沢先輩に決めてもらおうかと。やはりこの中ならキャプテンはあなたでしょう」
「はいはい。わかったよ。……でもな、一言言わせて貰うぞ」
紙を受け取った祐一が皆を見渡す。
集う面々を見渡し、ただ一言。
「やるからには勝つ。それが絶対条件だ」
「「「「「「おおーッ!!!」」」」」」
こうしてここに、仮初の新生キー学野球部が発足した。
あとがき
はい、こんばんは神無月です。
ってなわけで目指せ甲子園! な展開になり、再びスポーツ色が強くなってきたかもしれないキー学です。
が。次回も野球かというと実はそうでもなかったり。「野球の星(U)」はまた少し後でお送りします。
さて次回は久しぶりにオリキャラメイン(いや、メインと言えるかどうかは少し疑問だけど)の話しになりそうです。
ではまた。