沢渡夏子。
春夏秋冬四姉妹の中で最もアクティブな行動派。
いまでも地元じゃ伝説で語り継がれるほどの元ヤンキーであり、そのときの通称は『金色の昇り竜』。
潰した族は数知れず。一時は全国制覇も夢ではないとさえ囁かれたが、飽きたという理由で引退。
祐一の格闘技の師匠(半強制だった)にして、いまだ祐一が足元にも及ばないというとんでもパワーファイター。
その拳はコンクリさえ破壊するとかなんとか。
傍若無人にして豪放磊落。小さいことなどまるで気にせずマイペースに突き進む様はまさに姉の春子に通ずるものもあるだろう。
身体的なキャパなら四姉妹でも屈指の女が今宵、この場に舞い降りる。
ドアをぶち壊すというど派手な(しかし彼女を知る面々からすれば日常の)登場をした夏子が開口一番放った言葉は、
「アタシ、沢渡夏子。真琴と一緒にこっちに引っ越して来たぜ。みんな、夜露死苦ぅ!!」
ガラスを割るかというほどの大音量の、彼女らしい挨拶だった。
というか……ぶっちゃけ割れた。
集まれ!キー学園
四十八時間目
「夏子降臨。春夏秋冬四姉妹、揃う(後編)」
「あああああああああああ!?」
冬子の絶叫が住宅街に響き渡る。
四姉妹とその子供たちは咄嗟に来るだろうと判断して耳を閉じたのでなんとか無事だったが(夏子の殺人ボイスは周知の事実)、いろんな物理的破損は免れなかった。
とりあえず軒並みガラス類は割れていた。食器置きやコーヒーメーカーなんかもパーである。
「あんた少しは自分の声量を考えなさいよね!? あんたの声はそれだけで族を失神させるだけの一種の兵器なのよッ!?」
「んなわけねーだろ。声で人や物が壊れるかっつーの」
「じゃあこの惨状をどう説明するわけ!?」
んー、と夏子は周囲で散ったガラス破片を見て、
「きっとそうとう古くなってたんだろうさ。うん」
「まだ新築よ半年も経ってないわよッ!!」
「じゃああれだ。欠陥住宅ってやつだ」
どうしても自分のせいだと思わない夏子。基本的に彼女はこういう人間である。
何事も自分のせいだとは思わない。
確かに『声で物が壊せるか』というのはえらーく常識的なことであるのだが、自身がその常識の範疇を越えていることをまったく自覚していないのである。
腕っぷしにしたって『自分が強い』のではなく『周りが弱い』と考えているあたりもう手の施しようがない。
夏子から見ればあの祐一でさえ『弱い』部類にカウントされてしまうのだから。
「まぁとりあえずこのガラス類を掃除しましょうか。歓迎会もできないですし」
「……秋子姉さんはどうしてそうあっさりと物事の推移を受け止めるのかしら……」
「ふふっ、大丈夫ですよ。もう業者の方は呼んでありますから」
「そういう問題じゃないのよ……そういう問題じゃ……」
疲れたように嘆息する冬子に子供連中一同は揃って同情する。比較的真面目だからこそこうやって苦労するのだろう。
というかこの三人の後に生まれたから性格が捻じ曲がってしまったのかもしれない。
まぁそれはともかく……、と祐一は夏子の後ろでオドオドしている真琴に目を向けた。
「よ、久しぶりだな真琴」
「お久しぶり、真琴ちゃん」
「どうもっす」
名雪、ことりも続いて真琴に笑みを向ける。
するとようやくその表情に笑みが灯り、トコトコと小走りに近付いてくると祐一と名雪の服の端っこをつまんだ。
「お、お久しぶり。祐一、名雪。あとことり」
「あぁ。大きくなったな」
「あぅ〜」
祐一が頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細める。それをどこか羨ましそうに名雪は眺めつつ、
「真琴ちゃんは……確か今年で中学三年だったっけ?」
「うん」
「学校はどうするの?」
「いちおー、キー学園の中等部に編入ってことになった」
「それじゃあこれから同じ学園の仲間だね。よろしく、だよ」
「うん!」
手を取り合い笑い合う名雪と真琴。この二人は結構仲が良く、子供の頃は真琴がよく名雪に引っ付いていた。
そうやって子供たちが和気藹々としている最中、一方の大人たちは……、
「まったく……。これだからこの面子で揃うのは嫌なのよ。どうせなら姉妹の縁を切りたいところだわ」
「まぁまぁふーちゃん。あんまりカリカリするとハゲちゃうよ〜モグモグ」
「……それで? 春子姉さんはいったいなーにをさっきからむさぼり食っているのかしら?」
「決まってるじゃん?」
ホラ、とアピールするように両手を開き、
「歓迎会用のお食事♪」
「さも平然と言うんじゃない! 誰のために作ったものなのよというかその前にこれだけの出来事の中暢気に食べてるんじゃないわよ!?」
「やん♪ ちょっとした茶目っ気じゃないのよ、もう〜。モグモグ」
「お、春姐。あたしにも食わせろよ」
「良いわよ〜。じゃんじゃん食べなさい。あなたのために作ったんだからー」
「かーっ、あたしは良い姉を持ったね。いまあたしは猛烈に感動してるよ」
「いやいや。それほどでもあるよー」
うんうんと涙しながら頷く夏子に春子はにへらーと笑う。
なんとも緊張感のない二人である。四姉妹の中で一番仲が良いのはこの二人かもしれない。
だがこの二人が同じ場にいるというだけで冬子は頭痛を禁じえないし、子供たちもまた何が起こるかわかったもんじゃなく戦々恐々である。
……とはいえ、祐一たちも慣れたものでもうたいしたことじゃ驚かなくなっていた。あくまでたいしたことでは、だが。
「……もう、良い。怒るだけ馬鹿馬鹿しいわ……」
「お疲れ様、冬子」
「秋子姉さんも……少しは手を貸して欲しい」
「うふふ」
秋子は笑うだけでやはり止めようという気は微塵もないらしい。
冬子ももう何かを言うのは諦め席についた。続くように祐一たちもそれぞれ座る。
「さぁて、それじゃあ歓迎会を始めましょうか〜!」
始まる前から食べているじゃないか、という突っ込みはもうない。祐一たちもそんな突っ込みをして火の粉を被りたくないのだろう、無言であった。
「それじゃあ皆、グラスを持って〜。はい、かんぱーい!」
春子の音頭に合わせて皆がグラスを交し合う。
春子と夏子はグラスを叩き割る勢いで、秋子は静かに、冬子はだるそうにグラスを掲げただけ。
祐一たちはそれぞれ子供内だけで乾杯をしていた。間違ってもあの輪に入ってはいけないと本能が告げていたからだ。
「とりあえず俺たちは静かに過ごそう。静かにな」
「うん。今回ばかりはわたしも自重するよ」
「家壊されたらたまったもんじゃないですから……」
「あぅー。でもお母さん昔よりいろいろと凄くなったわよ」
真琴の一言に祐一たちが凍りついた。
「……え、えーと……具体的にはどの辺が?」
自分の家がかかっているせいか、凍結から一番最初に復活したことりが冷や汗を垂らす。
すると真琴はほんとーに申し訳なさそうに、
「……基本的な部分全部」
どーん、と雰囲気が重くなる中、不意にチャイムの音がした。
「これ以上客はいないはずよね……?」
家主である冬子が席を立つのだが、
「……なんとなく真琴の台詞からこのタイミングっていう流れでもう嫌な予感がするんだが」
祐一の不吉な言葉に名雪、ことり、真琴は揃って頷く。
願わくば、この邪悪な流れを断ち切る希望の光が降り注ぎますように。神でも仏でも祈りたい気持ちなのか、誰もが手を組んでいた。
「はい? ……どちらさまですか畜生」
「お、お母さん……。言葉尻に抑えきれぬ怒りが具現化してるから」
『え、え!? あ、あのー……修理業者の者なんですけど……』
修理業者? と冬子は眉根を顰める。
そういえばさっき秋子が業者に連絡を取ったと言っていたからそのことだろか。しかし、
「ガラス? それにしては早いわね」
秋子が連絡したと言ってからまだ十分くらいだ。いくらなんでも早すぎやしないだろうか。
『いえ、秋子様からのご依頼でしたので最優先で来ました』
恐るべし秋子。彼女は一体どんな人脈やパイプラインを持っているのだろうか。妹である冬子でさえ時々恐ろしくなる。
しかしいまはその秋子の手腕に感謝しよう。修理費は絶対夏子につけてやる。
「それじゃあ早速修理をお願いできるかしら?」
『いえ、その前にちょっと問題が……』
「問題」?
『はい。その……トラックが邪魔で車を止められなくて……』
「トラック……?」
無論白河家はそんなものを所有していない。車はもちろんあるが、一般車である。
ということは、まさか……?
「……ねぇ、夏子姉さん」
「む? ふぁんは?(ん? なんだ?)」
「さっき姉さんが来たときタイヤがこすれるような音響いていたけど……あれってなんなのかしら?」
「ん……ゴクン。決まってんじゃないか、あたしの愛車だよ」
瞬間、すぐさま冬子は外へ飛び出した。
玄関の前に佇んでいた業者の者たちを追い越し道路へと出てみれば、
「なっ……!?」
そこに立ちはだかっていたのは側面をど派手に彩られた大型のデコレーショントラック(略してデコトラ)であった。
側面に描かれしは黄金の竜。闇夜を意識してペイントされたのだろう、漆黒のボディを縦横無尽に飛び回っている様子が描かれていた。
もちろん上部と下部にはこれでもかー、とばかりに取り付けられた色取り取りの電球。エンジンがかかったらさぞ派手に輝くことだろう。
「あぁ……」
一瞬意識が遠のいた。思わず頭を抱えうずくまる冬子に業者の者たちが案じる言葉を投げかけてくるが、冬子の頭は別のことでいっぱいだった。
それ即ち怒りなり。
「うふ……うふふふふふふふふ」
思わず笑いしか浮かんでこないほどの怒りが冬子の身を迸っていた。
その壮絶な笑みに業者の人たちがめちゃめちゃ引きまくってるが冬子は気付かない。
彼女はゆらりと立ち上がるとそのまま居間まで戻り、
「ガツガツガツガツ! くっはー! マジうめぇぇぇ!!」
容赦なく飯をかっ喰らう夏子を見て米神がどえりゃー疼いた。
「ちょっと夏子姉さん! 家の前にデコトラ路上駐車とか何ぶっ飛んだことしてんのよ!? 私の世間体とか考えてよね!?」
あぁ〜、と夏子はエビフライを咥えながら振り返り、
「良い面構えだろう? いや、自分で言うのもなんだがこの尻尾のカーブがまた絶妙でなぁ。あ、もちろんあの竜はあたしが描いたんだ」
「誰もデコレーションの批評なんかしてないの! どかせって言ってんのよっ!」
「え〜」
「えーじゃない!」
「だってこんな住宅街にあれを止めるスペースなんてないだろう?」
「そんな住宅街の道のど真ん中に止めてる馬鹿が言わないで!」
「や、でも別にあたしは悪くないぜ?」
「へぇ、じゃあ何が悪いって言うのかしら……?」
「道が狭い日本が悪い」
「いっぺん死ねぇぇぇ!!」
「わわ、やめてお母さんこれ以上やったら柱壊れちゃう〜!」
いつもの癖で柱を握り締める冬子に、ことりが慌てて止めにかかる。もう柱の耐久値は風前の灯だった(残りHP100。レッドゾーン突入)。
「相変わらず怒ると何かを握りつぶす癖残ってるんだな。お前、握力だけはあたしより上だったもんなぁ。つかそんなに何をイライラしてんだ」
「……いけしゃあしゃあとよくも言ったものね、夏子姉さん……。その無知が原因だと何故気付かないのかしら。
ここまで来るともうわざとだって言ってもらった方がスッキリするくらいだわ、うふふふふふ……」
黒い。黒いオーラが渦巻く。まるで陽炎のように背景が揺らめいている(ように見える)。どうやらそろそろ臨界点突破らしい。
「シンクロ率200%突破、暴走寸前ってとこだね?」
「名雪。お前の言葉は時々わからない」
そんなことを言っている祐一たちはもう居間からキッチン方面まで移動していた。俗に人はこれを避難という。
この四姉妹の子供としてこれまでを生きてきた祐一たちにとって『前兆』の判断は容易い。
今日はどの程度まで巻き起こるかわからないが、少なくとも、
「居間……壊れちゃうかなぁ」
溜め息混じりに呟くことりの予感は誰もが頷くところだった。
「しばらく外で待機していてください。きっといま修理してもまた壊れますから」
冬子の後ろで秋子がこの状況を無視して業者連中に指示を出しているのもまたなんともシュールである。
だがそんな秋子の態度や、いまだ黙々と食事に集中している春子を見てもう我慢の限界だったらしい。
ぶちっ、と。
そんな音が聞こえた気がした。
「……ええ、良いわ。そっちがその気ならこっちもその気よ」
蠢く気配。冬子はポケットから黒い指無しのグローブを取り出すとそれを手に装着した。
「あー……お母さん、本気だ」
「そういやマジモードの冬子さんっていっつもあのグローブはめてるけどあれってなんなんだ?」
「私もよく知らないの。……でもお父さんは、あのグローブには数千人という人の血が染み込んでるんだよ〜、とか笑いながら言ってた」
「……」(←天井を見上げて祐一)
「……」(←床を見つめる名雪)
「……」(←窓の外を見やる真琴)
「……あはは」(←笑うしかないことり)
「あー……さすがに冗談だよな……?」
「多分。……きっと。……おそらく」
徐々に単語が弱くなっているのが悲しくも現実なのでありました。
「ぉ? なんだ、あたしとやりあおうってか? ん?」
そんな中、その矛先になっている夏子は肉を口に放り込みながら、面白そうに口を歪めた。
昔から四姉妹の中で夏子と冬子は衝突が絶えなかった。ことあるごとに喧嘩をしてきた間柄であったりする。
……まぁその激突は決して『喧嘩』なんていうレベルではなかったが。
「問答無用よ。……あなたを生かしていたら世界が腐るわ。私の平穏のためにくたばりなさい」
「はは、良いね良いね、相変わらずだねお前。上等な歓迎だぜ冬子。食後の運動として相手してやらぁよ」
最後に大皿に盛られた焼肉を頬張り夏子が立ち上がる。こちらもヤル気満々のようだ。
あぁ、もう止まらない止められない。
さよなら白河家。
あとはせめて春子や秋子が参戦しないことを祈るばかりであった。
「おら行くぜ冬子! 精々楽しませてくれよ、こちとらこういうのは久しぶりなんだからさぁ!」
「ふふ、うふふふふふ。……夏子姉さん。すぐ楽にしてあげるわ!」
……それから始まったのは、もうまさに人外バトルそのものだった。
冬子の魔手がテーブルを噛み砕き、夏子の蹴りが壁を穿つ。
もう新築だとか微塵も考えていない暴れっぷりにいつ家が崩壊してもおかしくないんじゃないかとガクブルものだった。
そんな中、飛び交う破片を片手であしらう秋子や、身体を曲げるだけで全てかわし食事を続ける春子がまたなんとも恐ろしい。
これが春夏秋冬四姉妹。
誰もが止められず、幾多もの場をかき乱し破壊しつくす竜巻級の天災。
これでもまだ二人分。おそらく四姉妹全員が激突した際に起こったのがファーストインパクトとかセカンドインパクトなのだろう。
「……俺たち、生きて帰れるかなぁ」
「親の喧嘩で家屋が全壊、生き埋めなんて間違いなく新聞の一面飾るよね!」
「あぅー。名雪、そこは張り切って言うところじゃない」
「真琴ちゃんの言うとおりです。それにしても……はぁ、私たちの家が他でもないお母さんに壊されていく……」
かくて四人はキッチンに隠れ事の推移をただ感受するだけであったのでした。
その後。
結局白河家は半壊したものの、後日秋子の手配した業者によって完璧に修復されたという。
ただその業者の車には社名が書かれていなかった。
しかも何故か秋子のことを様付けしていた。
一番恐ろしいのはやっぱり秋子さんなんじゃないだろうか、と考える祐一であった。
あとがき
はい、どうも神無月です。
あれ、おかしいな。神魔で書きたかったバトルを何故キー学で書くことになっているんだろう……w
まぁそんなわけでこれからちょくちょく夏子なんかも登場することになるでしょう。
真琴は文中にもあったように中等部になりますので、それほど出番は多くありませんが、覚えていてあげてください(ぁ
さて、次回もまた季節ネタですな。
ではまた。