梅雨宣言が行われた六月上旬。

 しかしこの日は雨が降ることもなく、雲ひとつ無い快晴となっていた。

 とはいえ夏日というほど暑くはなく、なかなか過ごしやすい気温となっている。

 実に清々しい日である。日であるのに、

「……はぁぁぁぁ〜……」

 彼、相沢祐一からこぼれた溜め息はそりゃあもう淀みまくった重々しいものだった。

 局地的に曇り。というか、

「雨っすかね〜……」(←苦笑しつつ、祐一の肩に手を置いてことり)

「それも豪雨?」(←祐一の背中に寄りかかり、天井を見つめて名雪)

「……いや、竜巻だな」(←テーブルに肘を着き頭を抱えて祐一)

 三者それぞれに疲れたような表情であることも、まぁ仕方のないことと言えよう。

 来る。

 そう、やつが来るのだ。

 三人にとっての伯母(叔母)であり、春夏秋冬四姉妹の中で最も祭りや騒ぎといったものが大好きなあの女性……夏子が。

 

 

 

 

 

集まれ!キー学園

四十七時間目

「夏子降臨。春夏秋冬四姉妹、揃う(前編)」

 

 

 

 

 

 時間は一日遡る。

「母さん!!」

 キー学から帰ってきた祐一は開口一番そう怒鳴った。

 もう見るからに怒り度MAXで、キー学生徒であれば戦々恐々とするところであろうが、

「なによん、祐一ってば〜。大きい声ー」

 祐一ママであるところの春子はいつものようなほわほわ笑顔で廊下の向こうからやって来た。

「そんなことはどうでも良い。それより明日夏子さんが来るってことりから聞いたんだが、本当なのか?」

「うん。本当だよ〜。先週電話あったしー」

「……聞いてないんだが?」

「あれー?」

 うーんうーん、と唸ること十秒。

 春子は指を頬に当てて舌をちょこんと出すと、

「ごめーん。春子ちゃん失敗しちゃった。てへ☆」

「てへ、じゃなーいッ! 可愛く言って許されると思ってんのかっつーかその歳でそんなポーズ取るな恥ずかしい!」

 その頬を祐一が両側からむにむにと押し潰す。祐一より背の低い春子はじたばたともがいて、

「いふぁいいふぁい、ひゅーいひ、いふぁ〜い〜!」

「頼むからそういうことは事前にちゃんと言ってくれ……。いっつも最終的に後始末をさせられるのは俺なんだから」

 パッと手を離し嘆息。頬をさする春子は、しかし親指を立て、

「仲良し親子の見せ所だねっ!」

「違うっ! ええい、くそ! とりあえず洗いざらい全部吐け! 引越しとか歓迎会とかどうなってるのか全部!」

「え〜、めんど――」

「面倒だ、なんて言ったら今後一週間口を利かない」

「あぁんごめんなさい祐一〜! 説明する、ちゃんと説明するからそんなこと言わないで〜!」

「わかってくれたなら良い。良いから抱きつこうとすんな」

「ぷっぷくぷー」

 頭を抑えられ身動きの取れなくなった春子が拗ねるように唇を突き出す。

 まぁなんだかんだ時間は掛かったがこうして祐一は夏子の引越しの全貌を聞いたのであった。

 

 

 

 で、時間は戻ってその翌日。現在、白河宅。

 相沢宅と水瀬宅より比較的大きいという理由で夏子引越し歓迎会場に選ばれたわけだが……。

「認めない……認めないわ……」

 着々と進められる歓迎会の準備の中、一人絶望に打ちひしがれた冬子が呆然と立ち竦んでいた。

「あら〜? どうしたのふーちゃん? ちゃっちゃと準備しないとなっちゃん来ちゃうよ〜?」

 テーブルには各種豪華な料理が整えられている。どれもこれも春子と秋子が丹精をこめて作ったものだ。

 そして新たな料理をテーブルに並べながら、いつもののほほんとした表情で春子が首を傾げていた。

「……持病の癪?」

へぇ。春子姉さんは私が癪にかかるほどの老体だと、そう言いたいわけ? ふーん……

「あらあら。駄目よふーちゃん素手で皿を握り割るなんてそんなこと。そんなことしてるから一番婚期遅かったのよ?」

「っ……!!!」

「うわぁ、抑えてお母さん! 抑えてー! 柱! 柱が潰れちゃうからー!」

 ことりの必死の説得によりなんとか柱が軽傷(残りHP800)ですんだところで、話は戻る。

「私が言いたいのは、別のことなの。……ええ。夏子姉さんがこちらに引っ越してくることに異論は――あるけれど、そこはまぁ抑えても良いわ」

 でも! と拳を強く握り締め、

「なんでよりにもよってうちなわけ!?」

「えー。だってうちやあきちゃん家よりこっちの方が大きいんだもーん」

「そんな理由で新築を壊されたらたまったものじゃないわ!」

「やん、もうふーちゃんったらぁ〜。たかが歓迎会で家が壊れるわけないじゃないのー」

「テンション馬鹿でかい春子姉さんとパワーアップした夏子姉さんが揃ったあなたの結婚式は阿鼻叫喚の地獄絵図だったじゃないの!?

 あのあと一週間あの式場が使い物にならなくなったって覚えてないわけじゃないでしょうね……!?」

 祐一、ことり、名雪が思わず顔を見合わせる。

 もちろんまだ生まれてもいない三人が知る由もないことではあるが、確かにそんな過去が存在した。

 そう、後世に(一部地域で)語り継がれることになる、いわゆるファーストインパクトである。

 そりゃあもうとんでもない有様だった。爆撃か空襲でも受けたんじゃないかとさえ思えてしまうほどの惨状に、式場関係者は泡を吹いて倒れたとさえ言われている。

 しかし、

「えー。でもあのときってふーちゃんやあきちゃんもいろいろとしてたわよねぇ?」

 春子の言うとおり、秋子と冬子もかなりその損害の原因にはなっていた。春子と夏子だけであればさすがにあそこまではならなかっただろう。

 だが冬子は納得いかないようで、憤然と詰め寄り、

「私が一体何をしたというの! 私はむしろ被害者側だわ!」

「そんなこと言ってー。新築の柱いまにも握りつぶそうとしてるくせに〜」

「わー! お母さーん!」

 再びことりが割って入りどうにか柱の全壊はまぬがれた(残りHP500)。

「ぜぇ……! ぜぇ……! 祐一くん! どうにかしてよあなたの母親!」

「無理です。俺にどうにかできるくらいなら母さんは母さんじゃありません」

 なんか若干哲学入っているような、しかしめちゃめちゃ的を射た台詞だった。

 というか本当にさっきから我関せず状態の祐一と名雪である。いわゆる丸投げというやつだ。

「って春子姉さんなにお酒なんて並べてるのよ!」

 そんなことをしているうちに、今度はテーブルに各種の酒が揃い踏みしていたり。

「えー? だってー、やっぱりなっちゃんと言えばお酒だし♪」

 確かに四姉妹で一番酒を好むのは夏子だ。しかし、

「馬鹿言わないで! あいつに酒を出すのは自殺行為なのよ! 原子炉に核ミサイルくべるのと同等の愚行なの! この家新築なんだからね!?」

 夏子は酒乱などという単語では到底表現しきれない『のんだくりゃー』である。一度酔ったら最後。

 まるでスターを取って無敵状態なのを良いことに「ヒャッホゥ!」と喜びの声を上げて爆走し敵を殲滅していく某マリ○のようになるのだ。

 しかし当然春子の反応はこうである。

「まぁまぁ、なるようになるってー」

「するなー!! 秋子姉さんもキッチンでニコニコしてないで止めて!」

「そうしたいのは山々だけど、私ではあの二人は止められないから……」

「嘘おっしゃい。なんだかんだで秋子姉さんも楽しんでるでしょ」

「ええ、まぁ」

 即答だった。

 ……実際、秋子が一番冷静で無害そうに見えるがそんなことはない。

 なんせ煽る。他の三人を煽りまくるのである。

 巻き起こる惨事を収めようとせず、ただただ傍観し過程を楽しむというある意味で一番厄介な存在なのかもしれない。

「そうだわ……! 秋子姉さん、あのジャムはないの!?」

「え? あのジャムって?」

「オレンジ色の甘くないあのジャムよ!」

「一応持ってきてあるけど……どうして?」

 決まってるわ、と冬子が目をギュピーン! と光らせて、

「魔除けとして家を囲むように垂れ流し――」

「へぇ……魔除け、ですか……ふふふ。どうしてあのジャムが魔除けになるんです?」

「……ごめん、秋子姉さん。私が悪かったわ。だからその包丁を置いてお願い。包丁持ってにこやかに微笑まないで」

 ……まぁ、こんなふうに実質の力関係は秋子が一番上なのかもしれないが。

 結局、四姉妹は各々一人一人でもデンジャーな人間であることは間違いないのだが、それが集まることで相乗的にパワーアップし、最終的にはとんでもない大惨事を繰り広げてしまう、と。

「……わかっていながら何も出来ない俺たちって無力だなー名雪」

「仕方ないことだと思うよ。こればっかりはさすがに祐一でも……」

「人間、どれだけの才能や能力を持っていても先天的に苦手な相手や越えられない壁というのは存在する、って某赤い魔術師も言ってたしな」

 というか現状この三人が集まっただけでも祐一たちには対処のしようがないのに、ここに夏子が来たらマジでどうなるかわからない。

 本当に冬子の言うとおりこの家が瓦解したとしても祐一たちは驚くことはないだろう。「あの面子ならおかしくない」と真顔で頷くはずだ。

 いっそヘルメットと避難ルートを確保しておいた方が無難だろうか、と真剣に祐一が考え始めたところで、

 ギャリギャリギャリギャリギャリィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!

 と頭がキーンとするくらいの大音量でタイヤがこすれるような爆音がこだました。

 音に当てられ目をナルトのようにして回すことりと名雪の横、ちゃっかり耳を手で押さえていた祐一がぼそっと呟く。

「この頭文字○みたいなドリフト音は……間違いない」

「来たのね、あの悪魔が……ッ!」

 冬子はすぐさま居間を出て玄関へ。そして扉の二重鍵をかけ、チェーンをかけ完璧に封鎖。

 ピンポーン。

 チャイムが鳴る。しかし冬子は居間に戻るとインターホンのコードを切って音を遮断した。

「っていうかそこまでするのか……。別にコード切らなくても」

 と祐一は思ってしまうのだが、そんなことすら構ってられないのだろう。冬子は一見万全に見えるこの状況下でも緊張を解いたりしない。

「他に侵入ルートは……!?」

「やーねー、ふーちゃんったらぁ。なっちゃんはそんな回りくどい方法取らないわよ〜」

 いつの間にかテーブルに座ってお迎え体勢万全の春子が手をヒラヒラと振って、

「立ち塞がる壁があるのならぶっ壊してでも真っ直ぐ進むのがなっちゃんよ?」

 言った瞬間、ガシャーン!! というど派手な音と共に廊下を扉『だった』ものがまっすぐ吹っ飛んでいった。

「ああああああ!? この非常識な馬鹿姉が――――――ッ!?」

「うっせぇ。ここまで足を運んだアタシを拒むこのドアが悪ぃんだろうがよ」

 新たな声がやって来る。

 瞬間、冬子のこめかみが怒りマークに染まり、名雪とことりが硬直し、祐一が冷や汗を垂らした。春子と秋子は相変わらず笑顔だったが。

 ボロボロのジャージズボンに白い半袖Tシャツ。上着なのだろうか、『喧嘩上等 天上天下 唯我独尊』と記された白い半被を右肩にかけ、眩しいくらいの金髪を一本に縛った背の高い女性が裸足で居間に足を踏み入れた。

「ハハ、久しぶりじゃねぇかよ春姐。それに秋子と冬子も」

 豪放磊落。大胆奔放。傍若無人。抜山蓋世。まさに祐一の言った通り竜巻のような女性。

「おうおう、祐一じゃねぇか。へぇ、しばらく見ない間に男前になったもんだ。それにそっちは名雪に……ことりか? こっちもべっぴんになったもんだ」

 あっはっは、ど豪快な笑い声をあげて、その女性は後ろを振り返った。

「おら真琴、いつまでアタシの後ろに隠れてるつもりだ。とっとと顔見せてやんな」

 するとチョコンと頭を出す少女。その女性同様の金髪が栄える、可愛い少女だった。

「あ、そういやまだ挨拶がまだだったな」

 向き直り、大きな胸を反らし自らを親指で指差すこの女性はもちろん、

「アタシ、沢渡夏子。真琴と一緒にこっちに引っ越して来たぜ。みんな、夜露死苦ぅ!!」

 春夏秋冬四姉妹の一人。

 沢渡夏子その人であった。

 

 続く。

 

 

 

 あとがき

 はい、どーも神無月です。

 というわけで夏子&真琴登場。夏子の娘は真琴なのでありました。

 夏子。まぁいわゆるあれです。ヤンキーってやつですなw

 しかし春夏秋冬四姉妹が揃うと、どうしても突っ込み役になりがちな冬子。とはいえ、これはここが彼女の家だからです。

 別の家であったならおそらくひたすら無視しているでしょう。ま、最終的には耐え切れず吼えるんでしょうがw

 さて次回は宴会です。夏子の暴れっぷり……というか四姉妹の混沌をお楽しみに。

 もちろん真琴の出番もあるよ!?w

 

 

 

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