それはかなり唐突なことだった。
「はーい。それじゃあ今日のホームルームは班を決めちゃいたいと思いま〜す」
ゴールデンウィークが明けて三日ほど経ったある日。
もう授業も全部終わり、あとはホームルームを終えれば皆が待ち望んだ放課後だというところで、二年A組の担任であるさくらはそんなことを言い出した。
「……えーと、班を決めるって……なんの班を?」
唖然とする一同の中、一番最初に復活した智代が代表して聞く。
するとさくらはにんまりと口元を釣り上げ、何故かVサインを見せて
「とーぜん! 修学旅行のだよ〜!」
「「「「……はぁ?」」」」
そんなわけのわからないことを口にした。
集まれ!キー学園
四十四時間目
「班決め(道連れとも言う)」
なんでも。
夏休み明けすぐに控えた修学旅行に向けて班を決める必要があるのだとさくらは説明した。
いくらなんでも早すぎやしないかとも思うのだが、
「キー学園の修学旅行の事前準備は一緒に行動する班の班長にやってもらうことになってるの。だから早く班長を決めてもらわなくちゃいけないの」
ということらしい。
なんでも各々の自尊心を尊重するとかで向かうコースや行動を自分たちで勝手に決めろ、ということらしい。
というかそれ以前に、
「あ、修学旅行で行く場所も各クラスから選出された班長さんたちとの多数決で決まるからね〜」
というわけで思いのほか責任重大なポジションのようだ。
「……はぁ」
それを聞いて祐一嘆息。大概こういう複数人数での行動の際、班長やらなにやらに任命されやすい祐一は早くもその予感に苛まれていた。
まぁ、祐一に限らずこういうポジションに立つ者というのは得てして最初から決まっているようなところがある。
イメージ……とでも言うのか。『あいつが班長に向いている』というのは大方皆一致するのだから不思議だ。
が、そういう責任のあるポジションに任命されることはないであろう面々は、
「ひゃっほーう! 修学旅行じゃー!」(←南森、立ち上がりガッツポーズ)
「宴じゃ! 宴の用意をせい!」(←南、ウェーブ気味にあわせる)
「同じ屋根の下で祐一と……」(←名雪、恍惚の表情)
「……ぽっ」(←美凪、何故か顔を赤くする)
とまぁ、こんな感じにめちゃくちゃ浮かれていた。
彼ら彼女らにおいて学校という楔から解き放たれ、一日中共に行動することのできる班決めはかなり重要な事項である。
特に意中の相手がいる者はこの手を逃すことはあるまい。この辺りは程度の差こそあれ、どこの学校も同じようなものだろう。
「はーい、みんな静粛に静粛にー」
トントン、と教卓を叩くさくら。
この後に班決めが行われるとわかっているせいか、いつもなら静まるまで数分掛かるところが秒を待たずにシーンとなった。
うんうん、と満足げにさくらは頷くと教卓の下からとあるものを取り出した。それは、
「……黄金ボックス?」
「あゆちゃん。これは別に忌まわしくないからね?」
「はぁ……?」
ネタがわからないあゆはただ首を傾げるだけ。
さくらはその黄金ボックスを教卓の上にドン! と置き、上淵を叩いた。
「この中に数字の書かれた紙が入ってるの。『1』から『5』まで七枚ずつ。で、同じ番号を引いた人が同じ班員ね?」
南森が驚いたように立ち上がる。
「え、自由に決めちゃ駄目なんすか!?」
「そんなことしたら長くなっちゃうでしょー? こういうのは運任せにした方が後くされなくて良いんだよ〜」
確かにそうかもしれない。
特にキー学の連中は欲望に忠実な連中が多いのだ。自由になぞしたらあーでもないこーでもないと延々とホームルームが続いてしまうだろう。
渋々座り込む南森。で、さくらは視線を移し、
「それじゃあ……相沢くん♪」
「はい?」
「名前順で行くから一番最初ね〜。で、順にボックスから紙を取ってって〜」
というわけで、順番に生徒たちが箱の中から数字の書かれた紙を取り出していく。
紙は二つ折りで入っていた。
すぐに開け放ち周囲の面々の番号を確認する者、開けずに待つ者などいる中、転入生である竹内セリスが最後に引いて、全員に紙が行き届く。
「よーし、皆手に入れたねー? 取ってない人いないねー?」
はーい、という返事が届く中でさくらは頷き、指を一本立てて、
「じゃあこれから番号を呼ぶから、その番号を持っている人はその場で立ってねー。まず『1』ばーん」
緊張の一瞬。思惑のある者たちはそれこそ喉を鳴らしながら状況を見守る。
椅子を引く音が響く中、立ったのは七人。
相沢祐一。
折原浩平。
里村茜。
長森瑞佳。
仁科理絵。
氷上シュン。
美坂香里。
「「「「異議ありッ!!」」」」(←必死の形相で名雪、智代、司、葵)
「異議を却下しまーす」(←にこやか笑顔でさくら)
まぁ四人の気持ちもわからないでもない。
名雪は瑞佳や香里は祐一と一緒なのに自分だけ一緒の班じゃないのは納得いかないし。
智代も祐一とは一緒に行動したかった。
司は茜と祐一が一緒に行動するなんて考えただけで怖気がするし。
葵とて理絵と浩平が一緒に行動するなんて考えたら殺意しか浮かばない。
しかし、おそらくその全ての気持ちを理解していながらさくらは非情の宣告をした。
「さっきも言ったでしょー? 後くされなく、ね。これはくじ引きで決まったものだから文句はノンノン、だよ?」
ズーンと崩れ落ちる四人。そんな四人を尻目に、
「(浩平と同じか……。しんどいな)」(←嘆息しつつ祐一)
「(うあー……修学旅行まで長森と一緒なのか〜。……俺、生きて帰ってこれるかなぁ)」(←遠い目をしつつ浩平)
「(祐一と……修学旅行……)」(←俯き何故か耳が赤い茜)
「(祐くんと浩平と修学旅行かー。うん、楽しそうだよ)」(←あくまで笑顔の瑞佳)
「(こ、こここ、こ、浩平さんと修学旅行! うわ、うわ、うわぁ……)」(←顔を真っ赤にしてオロオロする理絵)
「(これはいろいろ観察してたら楽しそうなグループだね)」(←いつものアルカイックスマイルを浮かべたシュン)
「(っていうか七人中六人が軽音関係者っていうのはすごいわね。しかも裏生徒会候補とも被ってるし……)」(←冷静に観察する香里)
七者は七様の思いを募らせていた。
「うー、香里……。親友のよしみで紙変えない?」
「名雪。インチキは駄目よ?」
「そそ。皆もインチキは駄目だからねー?」
うー、と涙目になる名雪はさておき、班決めは続く。
「次『2』の人きりーつ」
青山林檎。
稲木佐織。
久瀬隆之。
斉藤時谷。
坂上智代。
柚木詩子。
竹内セリス。
七人が立ち上がったとき、四箇所で稲妻が奔った。
「馬鹿な……。僕が坂上さんと同じ班だって?」
「私が久瀬と同じ班か……。笑えないな」
バチバチバチィ!! と火花を散らしている二人がいるかと思えば、
「せ、セリス……」
「時谷くん……」
なんかピンク色の雰囲気を醸し出している二人もいた。
大きなブーイングの中、更に続く。
「はーい、それじゃ次『3』番の人〜」
城島司。
住井護。
中崎勉。
広瀬真希。
御堂伸一。
南明義。
南森大介。
立ち上がった者たちが互いを確認し合い、そして即座に机を叩きつける者一名。
「異議ありッ!!」(←必死の形相で真希)
「異議を却下しまーす」(←にこやか笑顔でさくら)
「なんでこんな男連中の中に私一人女なの!? いやよ私こんなメンバー! 絶対ただじゃすまないもの! というか……お、犯される!?」
顔面蒼白にして首を振り続ける真希に、南森が振り向き、
「おいテメェ、そりゃーいくらなんでも言いすぎじゃねーか?」
「きゃー! こっち見るんじゃないわよ! 視姦で訴えるわよ!?」
「話飛躍しすぎじゃボケェ!! 俺にも選ぶ権利くらいあるわ!」
「そ、それはそれでムカツクわね……!」
女というのはなんとも複雑ではある。……が、まぁ確かにこの面子で女一人というのは同情の余地はあろう。合掌。
「はいはいー、それじゃあ広瀬ちゃんに人柱になってもらうとして次いこっかー」
「「「「ひでぇ!?」」」」
真希としては「見捨てるのか!?」という意味で、男子としては「俺たちそういう風に見られてるのか!?」という意味での口を揃えての三班の批難を華麗にスルーしてさくらは続ける。
「んじゃ、『4』の人スタンドアーップ」
「スタンド? もしかしてオラオラですか?」
「あゆちゃん。それはボケ? 突っ込み?」
「えーと……ボケ?」
「失格」
うぐぅ、と呟くあゆを筆頭にして『4』の数字を持つ者たちが立ち上がる。
筧春恵。
神尾観鈴。
川口茂美。
遠野美凪。
水越萌。
宮沢有紀寧。
立った者全員を見渡し、唯一常人に近い存在であろう茂美は大きく溜め息を吐いた。
「全員女……しかも天然ばっか……」
有紀寧は若干天然からは外れた存在ではあるが、他は間違いなく天然属性だろう。
気苦労が絶えないんだろうな、と遠い目をする茂美であった。
「んじゃ、最後の『5』ね〜。はい立って立って〜」
そして残った七人が立つ。
風上将深。
北川潤。
葛原志乃。
佐藤恭一。
杉坂葵。
七瀬留美。
水瀬名雪。
「……なんか面子的に中途半端だな」
「腕組んで何勝手なこと言ってる浩平」
とはいえ、これまでの構成からすれば確かに一番無難な面子ではあるだろう。
「いや、あるいはこういうのがダークホースになって話を盛り上げていくのかもしれん……。いわゆる台風の目ッ!!」
「ホント、お前は楽しければそれで良いんだな……」
時々浩平の性格が羨ましいと思う祐一であった。いや、ホントに時々だが。
「はいはーい。これで班員決定〜。それじゃあ皆とりあえず班で集まって班長決めちゃってー」
パンパンと手を打つ音に皆が移動を開始する。
で、こういう自由移動の場合、大概責任感のあるリーダー格の席に集まるのが定石であり。
「……やっぱりこうなるのか」
祐一の周囲に一斑のメンバーは集結していた。
「ま、仕方ないことだと割り切ってくれリーダー」
ポン、と肩を叩いてくる浩平の腕をとりあえず捻っておいた。
「あだだだだだ! お前最近手加減ってもんを忘れてないか!?」
「とか言いながらしっかりガードしてるじゃないか。だから安心してできるんだ」
「安心すんな最初っからしなきゃ良い話だろー!?」
「まぁでも折原くんはともかくとしても、やっぱり班長は相沢くんだと思うわよ?」
香里まで祐一を推す。隣では茜も頷いていた。
リーダーになれる器であるはずの二人がこうなっては、もう状況は傾きそして戻ることはないだろう。
瑞佳もシュンも理絵も、誰もが期待の目を祐一に向ける。
――この状況でやらないって言うのも我侭だよなぁ。
言い張るのは簡単だが、別に嫌ってわけではない。単に面倒なだけで。
だから祐一は肩を落とし、
「わかったよ。やれば良いんだろやれば」
「「「よろしく〜」」」
「はぁ」
こうしてまた一つ肩書きの増えた祐一であった。
結果的に班長はこういう顔ぶれになった。
一斑、相沢祐一。
二班、青山林檎。
三班、広瀬真希。
四班、川口茂美。
五班、北川潤。
「あれ?」
と茂美は首を傾げて、
「二班の班長はてっきり坂上さんか久瀬くんだと思ってた」
林檎が苦笑する。
「や、私もそう思ってたんだけどね。どっちも譲らないから結局第三者がやることで収まったのよ」
あぁなるほど、とその場にいた誰もがすぐに納得した。
「んじゃま、とりあえずここにいる五人がこのクラスの修学旅行代表ということで」
さくらが集められた五人を見渡し、
「修学旅行の行き先なんかもろもろ君たちに掛かってるんだからね! 報告を期待しているよ! ちなみにボクは北海道が良いよ?」
ちゃっかり場所を希望したりするのであった。
「あ、場所決めの会議は一ヵ月後だから」
――だったらこんな急に決めなくても良かったんじゃ……?
皆が思ったが、もう口にはしなかった。
何故ならそれがこのクラスのジャスティス。
あとがき
ってなわけで、はい神無月です。
えー、今回は山なしオチなし、でも意味はあるみたいなそんなお話(マテ
今回はむしろ修学旅行を妄そ……ゲフンゲフン、盛り上げていくための一環というかなんというか。
あーこんなメンバーで行動するんだなー、どうなるんだろなーとか考えてくださればよろしいかな、と。
まぁその前に場所決めもあるし、イベントで言えば球技大会や夏休みもありますからね。
……あぁ、なんて先が長いのだろうか。
さて、次回は純一のお話です。久々にオリキャラがメイン格で絡んできます。
ではまた。