「「ほぉ」」

 と、キー学二年A組の祐一と浩平は揃って気のない返事で頷いた。

「ちょっとちょっとちょっとー! 相沢くんはともかく浩平くんまでそのノリってどうなのよー!?」

 その眼前でバンバンと机を叩きながら不満を表しているのは詩子である。

 現在、時刻は朝。

 ゴールデンウィークが明け、学業も再開。皆々遊び足りないような覇気のない表情の者の多い中、こうしてホームルームの開始を待っている状況である。

 無論、中には詩子を初め活き活きとしている者や、北川たちのようにレッドウィークのせいで遊べず意気消沈している者もいるにはいるが……。

「で? 結局柚木は何が言いたいんだ?」

「だから良いネタだと思わないっかな〜?」

「俺は別に。浩平はどうだ?」

「あー? 別にどうでも良いよんなこと。それより俺ぁ昨日お前に音ゲーで負けたショックに打ちひしがれてるんだ。一人にしてくれ」

「僅差だったじゃないか気にすんな」

 ポン、と肩を叩く祐一を浩平は睨み上げ、

「アホゥ! 俺ぁあれでも過去最高記録だったんじゃ! それをトーシロのお前にパーフェクト出されたこっちの身にもなってみやがれ……」

「だってあれタイミング合わせて打つだけだろ? 誰にでも出来るんじゃないか?」

「誰にでも出来たらゲームにならんわボケェ! お前は最後のスコアランキング見てなかったのか!? 独走だよ独走! お前が!」

「ってかあんたら人の話聞きなさいよねー!!」

 バシンバシン! と今度は両手で机を叩く詩子。そんな詩子に祐一と浩平は活力のない視線を向け、

「つったって……」

「なぁ?」

「『なぁ?』じゃないわよ少しは面白そうだとか思わないの!?」

 詩子は胸から手帳を取り出した。表に『マル秘』と書かれているのがなんとも詩子らしい。

「この詩子ちゃんが調べたところによると……今日来る転入生、か〜なり面白くなりそうなのよねー」

 そう、詩子が先程から言っていることはまさにそれだった。

 どうも、今日からこのクラスに転入生が来るらしいのだ。

 もちろんまだそんな話は回っていないが、詩子の情報ならほぼ間違いないだろう。伊達に非公式特報部の部長ではない。

 だが、

「別に転入生なんて珍しいもんじゃないだろ」

「それにこのクラスは十分一筋縄じゃいかない連中ばっかじゃねーか」

「いや、むしろ意図的に集められてるような気さえするぞ俺は」

「そうか。すると祐一も俺たちの仲間だと思われてるわけだな。フフフ」

「お前と一緒だと思われるとどうにも釈然としないのはなんでだろうなぁ……」

 と、このように祐一はおろか浩平でさえこの話題に食いついてこなかった。

 祐一は、まぁ良い。いつも基本的にはこういう我関せずなタイプだから詩子も初めっから期待などしてはいなかった。

 だが騒ぎ大好き人間であるところの浩平がここまで反応が鈍いとは詩子も予想外だった。

「……っていうかたかが音ゲーでそこまで落ち込むってーのも馬鹿っぽいけどね」

「うるせー。俺の自信はこの完璧超人に見事に砕かれたんだよ……」

 いや周囲から見ればあんたもよっぽど完璧人間よ、と心の中で思ったが敢えて口に出して突っ込みはしなかった。

「はぁ……もう良いや。なんかテンション下がっちゃった」

 詩子も一人で騒ぐのは馬鹿らしいと思ったのだろう、やや肩を落としそのまま自分の席へと戻っていった。

 それとほぼ同時チャイムが鳴り響き、そしてガラッ、と前方のドアが開く。

「は〜い♪ 皆元気してたっかな〜?」

 相変わらずの無邪気な、子供のような笑顔を浮かべた(いや、見てくれはまんま子供だが)二年A組の担任、芳乃さくらがやって来た。

 と、さくらは小首を傾げつつ皆を見やり、

「にゃ〜? なんか元気ない人が多そうだね〜?」

 だがすぐにんまりと笑顔を浮かべた。

「しかーし! そんな皆に朗報だよ〜。今日からこのクラスに転入生が来るんだよ〜」

 し・か・も、と指振りをつけ、

「すんごい美人さんなのだー!」

「「「「おおおおお!」」」」

 湧き上がる野太い声。

 詩子の情報は祐一たちのような一部に、しかもそれが聞こえていたとしても詩子は結局どんな人間かを言わなかったので、ここで男子生徒たち(主に南森とか中心に)から期待の声が放たれた。

 そんな反応にさくらは満足そうに二度頷き、

「それじゃー、入ってきてもらいましょう。どぞー!」

 わーぱちぱちぱちー、口で拍手しつつ注目を促すように前方のドアを指し示す。

 ……。

 …………。

 だが、反応がない。

「……あれ〜?」

 さくらが駆け寄りドアを開いて廊下を見る。

「うにゃ? いない。……なんで?」

 そこに、何故か来るはずの転入生の影はなかった。

 

 

 

 ちなみに同時刻。一年C組では。

「あ、あれ……?」

 ホームルーム中に突如ドアを開け放ち入ってきた見たこともない女子生徒に疑惑の視線が集中していた。

 その女子生徒は当惑の表情を浮かべ視線をウロウロ。かなり混乱しているようだった。

 気の抜けたホームルームを続けていた一年C組の担任、国崎往人が溜め息を吐きながらとりあえず代表として口を開いた。

「つか、お前誰だ?」

「ふ、ふぇ!? あ、あああ、あの、今日ここに転入してきた……はず、の……者なんですけど……?」

「転入生?」

 往人は考え込むように眉間を押さえ、たっぷり数十秒した後何か思い至ったのか手を打ち、

「あれか。二年A組に転入生が来るって職員会議で行ってた気がするな。お前そいつか」

「あ、あれ? 二年A組はここじゃないの!?」

「ここは一年C組だ」

「ふぇ……お、おかしいな? ふぇ〜、じゃあ二年A組はどこなんだろう……」

「下だ」

「あ、そ、そうなんだ。ど、どうもありがとうございますそして失礼しましたぁ〜!」

 わたわたと頭を下げそして全力逃走。顔を真っ赤にしてその女子生徒はそそくさと一年C組を後にしていった。

 それをボーっと眺めていた純一は一言。

「……なんだ、あれ?」

「ふむ。あれは多分今度二年A組に来るという転入生だろう。クラスどころか学年も間違えるとは……侮れん」

「何がだ」

 何故近くにいるんだ、と杉並に突っ込むことはせず(慣れてしまったのだろう)、純一はドアの方向を見つめ、

「しっかし……二年A組かぁ。どんどんカオスになってくなー、あそこ」

 一年C組も決して引けを取らないということに気付いていない純一であった。

 

 

 

 

 

集まれ!キー学園

四十三時間目

「転入生がやって来た」

 

 

 

 

 

 で、数分後。

 ようやくやって来た(何故か顔が真っ赤だった)転入生が教卓の横に立ち、そして挨拶が始まった。

「え、えと……み、皆さんはじめまして。竹内セリスと言います。その、どうぞよろしくお願いしますね」

 にこ、と。若干遠慮のあるような、初々しい笑み。

 その瞬間、教室の一部が一気に沸き立った。

「うおっしゃー! 美人キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」

「落ち着け南森! 言語がおかしくなってるぞ!」

「これが落ち着けるか我が同胞南よ! あれを見よ!」

 と、南森はポカンとしている転入生――セリスを指差し、

「日本人離れした金髪! さらさらのショートヘア! そして眼鏡! そしてドジっ娘属性! ここで喜ばずして何が漢か!」

「言うことは一々もっともだがとりあえず静まれ! また美坂のサモワンフックが飛んでくるぞ!」

 遅かった。既に沈んでいた。腹を押さえてうずくまっていた。

 そしてその向こうに髪を揺らめかす鬼がいた。

「……で? サモワンフックってなに南くん? あたしがマイ○ィー・モーにでも似てるって言いたいわけ……?」

「滅相もございません美坂さま。ああ、本日のあなた様もまことに美しい。あなたの美貌にかかればかの三大美女も霞むほどぎっぷりゃぁ!?」

 描写は敢えて書く必要もあるまい。起こるべきことが起こっただけなのだから。

「え、えと……」

 で、それを呆然と見ていたセリスは、怯えるように身体を震わせ始めていた。

 まぁいきなりこんなデンジャラスシーンを見たら恐怖するな、という方が無理だろう。なんせ彼女はいままで普通の学生生活を送ってきたのだから。

 そんなセリスを見て、さくらは教師として生徒を安心させるために肩を叩き、

「あー、気にしないでねセリスちゃん」

「せ、先生……」

「これがここの普通だから」

「こ、これで普通なのぉ……!?」

「先生、それは追い討ちだと思うんだよ」

「あ、あれ〜?」

 教卓の前に座っているあゆに半目で言われ、さくらは頬をポリポリ。にゃはは、と苦笑し、

「ま、そんな些細なことはこの辺に置いておくとして」

「些細なことかなぁ……?」

「はいあゆちゃん私語は慎みましょう」

「うぐぅ」

「で、セリスちゃんは……んー、一番後ろに座ってね? 窓側の」

「あ、は、はい!」

「というわけで、新しいクラスメイトも増えたことだし、今日も一日はりきっていこー!」

 さくらの声に一部から野太い声が応じた。

 

 

 

 で、ホームルームが終わったあと……。

「案の定、質問攻めか」

 遠巻きに眺める祐一の言うとおり、セリスの周囲には人だかりができていた。まぁ定番と言えば定番だが。

「懐かしいなぁ。祐一もキー学に来たときあんな感じだったよな」

 いつの間にか祐一の机の上に座り込んでいた浩平がそう言って祐一を指差す。

 確かに祐一もキー学に転入してきたときはまさにあんな感じだったが、

「俺はあんなに怯えちゃいなかったぞ」

「ははは、セリスちゃんは大人しい子なんだなぁ」

「……いや、つーかあれは香里のボディブローをモロに受けてたはずなのに平気な顔で質問連発している南森に対するもんじゃないか?」

「あー、確かにあの顔は初めてバイ○ハザードをやったときの長森に似てる気がするな」

 ほう、と祐一は横目で浩平を見やり、

「……なんかその後の顛末が手に取るようにわかるな」

「うむ。おかげでうちのPS2を購入する理由になってくれたよ。あとテレビも最新型に」

「そうか」

 つまりPSとテレビが破壊されたんだなぁ、と言葉にせずとも納得する祐一であった。

「お二人さんは行かないのかな〜?」

 浩平と祐一の間からにゅっと顔を出す女。不敵な笑みを浮かべているのはもちろん詩子だ。

「またお前か」

「うわ、なにその言い草。詩子ちゃん大ショック!」

 ズガーン、とショックを表しているのだろう、ヘンテコなポーズを取る詩子に対し、祐一は視線を逸らせて嘆息。

「その過度なリアクションを見ていると浩平を思い出すな……」

「あれ? 目の前にいるのに思い出すってどゆこと? ここにいる俺の存在否定? 俺ってば扱いひどくない」

「あはははは。浩平くんったらやだもう、何を今更」

「詩子にだけは言われたくねーな。同類」

「同類!? セクハラで訴えるわよ!」

「俺の存在はセクハラかよ!?」

「別にそんなことはどうでも良いんだが……」

 バッサリ斬り捨てられ「そんなことぉ!?」と嘆いている浩平をスルーし、祐一は詩子に視線だけを向ける。

「で結局お前は何しに来たんだ?」

「何ってさっきの続き」

「テンション下がったんじゃなかったのか」

「この詩子ちゃん様のテンションは一度急降下してもマントマ○オの如く一気に急浮上するのだよ」

 ネタ古いな、とは敢えて突っ込まなかった。

 さぁ聞け、とばかりに詩子は秘蔵のメモ帳を取り出しページをめくる。

「実はあの子、料理の腕がバリウマらしいのよね」

「バリウマ……。言い回しがことごとく古いと感じるのは俺の気のせいか?」

「些細な突っ込みはノーサンキューよ。で、その料理を始めたきっかけが、子供の頃ある男の子に料理を美味しいと言ってもらったからなんだって」

 そんな子供の頃の話をなぜこいつは知っているんだろう、と思ったが……まぁ詩子だからな、で結論付いてしまうというのがなんとも恐ろしい。

 そして、祐一はなんとなく詩子の言いたいことが理解できた。

 詩子は『面白くなりそう』と言った。そして敢えてそこを説明するということは、その中に面白くなりそうな起因があるということ。

「つまりお前が言いたいのは――」

「その男の子、っつーのがこのクラスにいるってことか?」

 祐一を継ぐように浩平。浩平もすぐにわかったのだろう。

 そしてそれはどうやら正解だったらしい。なにせ詩子の顔が不気味に歪んでいたからだ。

「ってなにこの描写!? あたし精々『ニヤリ』ぐらいしかしてないじゃん!? 不気味って!? 不気味ってー!?」

 ポン、と浩平が肩を叩き、親指を立てて、

「同類(ぐっ)♪」

「むきー!」

 詩子のパンチ。だがそれを軽くかわす浩平。

「むぐぐぐ……うおりゃー!」

 連打連打連打。だが浩平には当たらない。かすりもしない。

「ははははは! 遅い! 遅すぎる! 我を倒したければ長森でも持ってこいと言うのだ!」

「あ、あたしじゃ届かない……!? 瑞佳じゃなきゃ駄目なの!?」

「お前に足りないのはッ! 情熱思想理想思考気品優雅さ勤勉さ! そして何より――速さが足りない!

「それでも、それでもあたしは守りたい意地があるんだー!」

「言っておくが、俺は最初っからクライマックスだぜぇぇぇぇぇぇ!!」

 馬鹿だ。馬鹿二人がここにいる。

 頭痛さえ感じるこめかみを押さえ、祐一はもうそっちに関わることはやめた。

 と、人だかりの中心にいたはずのセリスが動き出すのが見えた。

 実は祐一、転入の挨拶をするときからセリスがある男子生徒をチラチラ見ていることに気が付いていた。

 詩子の言う『男の子』はその男子なんだろう。だが、だとするならば、

「一波乱起きそうだな。……ま、俺には関係ないことだけど」

 結局傍観を決め込む祐一であった。

 

 

 

 その男子は朝から爆睡していた。

 ホームルームさえ寝まくっていた。もちろん転入生の存在にはまったく気付いていない。

 そしていまも、目の前に立っている者に気付いてもいなかった。

「あ、あの……」

「んー……?」

 上から降りかかってきた声に、その男子はゆっくりと顔を上げる。

 ホームルームの騒ぎ辺りから半覚醒していたのだろう。じゃなければそんな小さな声に反応するわけがない。

 突っ伏して寝ていたせいで痒くなった頬を掻き、ゆっくりと顔を上げる。

 すると見たことのない少女が、こっちを見下ろしてはにかんでいた。

「来ちゃった」

 恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに笑う少女。

 その笑顔たるや突然のセリスの行動を見ていた周囲の面々がどよめくほどに可憐だった。

 だが、その男子はまるで意味がわからなかった。

「は……?」

 なんせ彼の記憶の中にこんな美人な知り合いは存在しない……はず。

 人違いなのでは、と思い始めたところでセリスは少し残念そうに眉を傾け、

「覚えてないの? ボクだよ。竹内セリスだよ。時谷くん」

 出てきた名前に、その男子――斉藤時谷はたっぷり数十秒凍結。そして唐突に席を立つと仰け反り、

「た、竹内セリス!? 小学校のとき一緒だった、あの……!?」

「あ……覚えててくれたんだ!」

 てへ、とセリスは笑い、

「嬉しいな」

 瞬間、教室中に稲妻が奔った。

 ああ、この反応は誰の目から見ても明らかだろう。

 竹内セリスは斉藤時谷に惚れている、と。

「はっ!?」

 空気が一気に重くなった。南森や南らの視線から殺意の波動が漏れ出している。

 これが祐一や浩平相手だったら「またあいつらか」で事は終わったかもしれない。

 だが、時谷と言えば南森らとよく同列に組み込まれるモテない派同盟(仮)の一員だ(ちなみに本人はそんなものに加盟した覚えはない)。

 間違ってもこんな状況があって良いわけがない。

「そ、それでね。え、えと……と、時谷くん!」

「わ、悪いセリス! 積もる話もあるだろうがとりあえずそれは後だ! 俺はちょっと用事を思い出した!」

「ふぇ? と、時谷くん……?」

「わりぃ! また後で!」

 時谷、脱兎の如く逃走。そして、

「うぉー! 逃がすなぁぁぁ! 裏切り者をひっ捕えろー!」

「「「KILL! KILL! KILL!」」」

「ぶっ殺せ! はっ倒せ!」

「「「KILL! KILL! KILL!」」」

 うぉー! とそれを追いかけていく南森を初めとしたモテない派同盟(仮)の面々たち。

「え? え? なに? なんなの……?」

 その中核であるセリスはただこの展開についていけずオロオロするばかり。

 しかし他の面々は慣れたもので、平気な顔で次の授業の準備をしているし。

「次の授業なんだっけ?」

「えっと、生物じゃないかな?」

「霧島先生か。……終わったわね、あいつら」

 留美と瑞佳の会話が結末の全てを物語っていた。

 

 

 

 あとがき

 ってーなわけで、はいこんばんは神無月です。

 えー、今回は語り部さんリクによるオリキャラ転入生ですね。

 っていうか本当はキー学のオリキャラ追加って別クラスだったりしようかと当初考えていたんですが、まぁ第一号だし別に良いか、と。

 だいたい語り部さんの設定通りに動かしたつもりですがー……はてさて、どうでしょうね。

 しかしあれだな。こういう天然系は書くの難しいな……w

 で、次回は修学旅行の班決め、ってことでまたまた二年A組のお話です。もちろん修学旅行は二年生だけですよ?w

 では、また。

 

 

 

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