さて、再び場面は朋也たちの方へ戻る。
「んー……あー……んー……」
虫の鳴く音だけがわずかに耳に届こうかという静まりきった森の中に、妙な呻き声が響いていた。
「あー……もう、イライラするわね」
その正体は、銃を構え木の陰に隠れている藤林杏のものだった。
サイレンスブーツを履いているおかげで足音すら聞こえない静けさの中、杏は眉をビキビキと釣り上げていた。
まぁ、無理もないかもしれない。
杏が椋を倒して(かなり不本意だが)から既に三時間以上が経過している。その間、佐祐理は一切動きを見せていなかった。
朋也は最初こそ走り回っていたが、いまは休憩中なのか、木の根に腰を下ろして座っている。
「あーもう、なんで誰も動かないのよ……!」
杏はどちらかと言えば押せ押せタイプの人間だ。
RPGなどであれば必ず職業は戦士系を選ぶ。魔術師や暗殺者などと言ったまどろっこしいのは苦手なのだ。
なのでこういう我慢比べというかタイミングの取り合いというのは、精神的に疲労の蓄積がかなり大きい。
とはいえ、自ら動こうとすれば確実に佐祐理に撃たれゲームオーバーになるだろう。佐祐理はチャンスは絶対に逃さない。そういう人間だ。
佐祐理を分類するならば、杏とは逆のトラップなどを得意とする暗殺者系だろう。相手を誘導し、影から倒す。
陰険だ、とも思うがこういう相手ほど敵に回すと面倒な相手はいない。
「……椋と共同戦線でも張っておけば良かったかな」
その点椋ならば佐祐理の相手はしやすい。
彼女を分類するのなら魔術師系。直接的な戦いには関わらず、一歩引いた状態で戦況を分析し、ここぞというときに大きいのを喰らわすといういやらしいタイプだ。
我が妹ながらなかなか姑息な、とも思うがそういう点が佐祐理との戦いにおいて有利になることもあろう。
「……けど椋は失格になっちゃったし。まったく、佐祐理のやつよくも椋を……!」(←責任転嫁)
とても惜しい人を亡くした。志半ばで散っていった同胞のためにも、ここは心を落ち着けて佐祐理に挑まなくてはならない。(←雰囲気に酔っている)
「持久戦かぁ。まぁ仕方ない――」
かな、と思考が完結しそうになったところで、はたと気付いた。
「っていうかこのまま時間過ぎたら朋也と二人っきりになれないじゃん!」
佐祐理が言うにはこのキャンプは一泊だけなんだという。
当初こそゴールデンウィーク全日を使っての壮大なキャンプにする予定だったのだそうだが、佐祐理自身の都合で二日が限度になったらしい。
まぁつまりは、だ。いくら勝つためとはいえ無意味に時間を浪費してはそもそもゲームに勝つ意味さえなくなる。
いや、しかしそれは当の本人である佐祐理の方がわかっているはず。にも関わらずアクションを取ってこないのはどういうことだろうか?
もしかしてこちらを精神的に追い詰める罠? しかし、もしこちらが意地でも動かないことを選んだらどうするのだろうか。
賭け? いや、佐祐理がそんな確率に頼るなんてありえない。だとすればこの状況にも何かしらの意図があるはずだ。
ならばそれはなんだ? 佐祐理は一体何を企んでいる?
「ああああああ、もう! 頭こんがらがってきた!」
いろんな考えがループしドツボに嵌まっていく。このままじゃまずい、と軽く深呼吸をし……、
ガサガサ!
「!」
突如右側から聞こえてきた物音に杏は凄まじい反射で銃口を向けた。
――佐祐理!?
だがすぐさまそれを否定する。
佐祐理がこんな誰かに気付かれるようなヘマをするはずがないし、サイレンスブーツがあるのだから足音はしないはずだ。
「にゃー」
と、案の定草を割って出てきたのは猫だった。
「猫、か。……まったく、脅かすんじゃないわよ、もう」
ホッと胸を撫で下ろす杏。
だから再び背後で物音がしても杏は注意を払わなかった。
……杏は極度の精神的高ぶりと安堵感で重大な事実(を忘れていた。
ここは無人島。
そう、動物さえいないこの島に猫なんて(いるはずが(ない(のだと。
そして――カチャ、と。銃口が突きつけられる音が静寂に響いた。
「なっ――」
「あははー。油断大敵ですよー、杏さん」
その声を聞き間違えることなどない。
それはそう、まさしく倉田佐祐理のエンジェルボイスと見せかけたデビルズボイス。
その笑い声は、まさしく死刑宣告のそれだった。
「残念ですけど、杏さん。これで……」
「さゆ――!?」
振り向き、最後に見たのは――その、極上の笑顔だった。
「チェックです」
そしてトリガーを引かれ……、
「ひにゃああああああああああああああああ!!?」
こうして朋也争奪戦ゲームはあっさりと幕を閉じたのだった。
集まれ!キー学園
四十時間目
「キャンプでGo(X)」
「ふぇあ〜……」
目をグルグルと回し倒れた杏の横、別に煙も出てないのに銃口を吹く佐祐理が楽しそうに微笑んでいた。
「まったく。杏さんもまだまだですね。ね〜?」
「にゃー?」
猫に同意を求めてみたが、猫はわけわからんと言いたげに首を傾げるばかり。
もちろんこの猫、佐祐理が連れてきたものである。
実はこの無人島、当初はリアル動物園にでもしようかと思って佐祐理パパが買ったものである。
キャッチフレーズは、
『あなたもリアルな動物たちとコミュニケーション! 狩って狩られてのドキドキ感をあなたも体験!』
だったのだが、何故か国から認可が下りなかった(当然のことなのだが、倉田家の人間は本気で不思議がっている)。
その名残というわけでもないが、こことは別の無人島に何匹かの動物が飼育されているのだ。
で、佐祐理はそこから猫を一匹拝借してきたのだった。
猫を使うことで杏に音を強制認識させ、そして安堵させる。そしてわざとサイレンスブーツを脱いで物音を聞かせ『佐祐理のはずがない』という認識を引っ張り出したのだ。
面倒なことこの上ないプランだが、佐祐理はこういった手間にまったく苦労を感じない性分である。
引っかかったときの相手の反応に爽快感を覚える佐祐理にとって、手が掛かれば掛かるほど楽しみは増えるのだった。
「ま、とにかくこれで佐祐理の勝ちです。さ〜て、あとは朋也さんと二人きりで夜を明かしますよ〜。あははー」
勝利の余韻に浸り、るんるん気分で踵を返し、
「――はぇ?」
佐祐理はすぐに足を止めた。
いない。
先ほどまでここから見える木の根っこに腰を下ろしていたはずの朋也の姿が消えている。
慌ててレーダーを確認するが、そこからも反応はなかった。
だが、おかしい。レーダーの有効範囲はそれほど広くはないものの、数十秒で圏内から外れられるような距離でもない。
ならばセンサーを見つけ、壊したのか?
「……いえ、それは違いますね」
佐祐理は自分の思考を否定する。もしセンサーが破壊されたのなら、レーダー上のマーカーは壊された地点で止まるようになっている。
レーダー上から消えた、ということはセンサーが壊されたのではなくセンサーがレーダー圏外へ出た、ということにしかならない。
「……あははー、なるほど」
だが佐祐理はそのトリックをすぐさま看破した。
その上で、更に朋也の考えも理解した。
「つまり、ゲームはまだ終わりではなく……今度は朋也さんが相手、ということなんですね?」
それは面白い。
いままで朋也とどんなことであれ正面からぶつかったことはない。
いつも佐祐理は朋也の味方(あくまで佐祐理視点であり、朋也からすると敵に見えた場合もあったが)だったからだ。
だが、こういうのもたまには良い。野蛮ではあるが力で屈服させるというのも、
「たまには乙かもしれませんねー」
佐祐理は笑みを浮かべ、歩を進めだした。
その進みは歩きから走りへ。サイレンスブーツもなく、派手に足音を響かせて。
朋也は、実はそのすぐ近くにいた。
「さて、佐祐理はどう出るか」
木の幹に身体を隠しつつ、朋也は息を殺て周囲に気を向けている。
現在朋也のいる場所は、さっきまで朋也が背を預けていた木から十メートルも離れていない場所だ。
ならば何故佐祐理のレーダーから朋也のマーカーが消えたのか。
それは彼の姿を見れば一目瞭然だった。
「うー……五月とはいえやっぱ海に囲まれた小島の夜はけっこー寒いな」
朋也、なんと上半身裸であった。
別に露出狂だとか佐祐理を誘っているとか、そんなことでは断じてない。これはれっきとした戦術の結果だった。
朋也は佐祐理たちから逃げている間に、自分の来ていたシャツにセンサーが縫いこまれていることを突き止めた。
だが、佐祐理のことだ。無理やりに剥がすとなると何が起こるかわかったもんじゃない。下手をすると爆発とかしそうだ。(←ちなみに正解)
だから朋也はそれを無効化するのではなく、敢えて利用することを選択したのだ。
方法は簡単。
シャツを脱ぎ、中に石を入れて包み、思いっきりぶん投げたのだ。
こうすることで、レーダー上では朋也は人間じゃ考えられないスピードでレーダーの圏外へ逃げたように見せかけたのだ。
もし仮にレーダー圏内に落ちたとしても囮になるので、それに関してはどちらでも良かった。
それにレーダーの圏外と圏内どっちに落ちたかは、これからの佐祐理の行動を見ていればわかる。
投げた方向に向かえば見えているということで圏内、別の方向に進めば見失ったということで圏外に落ちたことになる。
そして佐祐理は案の定朋也が投げた方向とは別の方向へ歩き始めた。……いや、
「走り始めた!?」
これは予想外だ。
サイレンスブーツは履いていないようで、足音が響き渡っている。これではこちらを警戒させてもおかしくない。
慎重にして綿密な策を講じる佐祐理とは思えない行動だ。
が、
「くそ、そういうことか……!」
朋也も佐祐理の思惑を理解した。
レーダーから消失したことで朋也が得た優位性。
それは佐祐理が朋也を見失い、逆に朋也が佐祐理を発見できているというこの一点。
だがもしここで佐祐理が走っていくのを見過ごしてしまえば、見失いこの優位性は崩壊する。
しかしかと言って朋也まで走って追いかけては、佐祐理にこちらの居場所を知らせることになってしまう。
どちらを選んでも朋也にはリスクしかない選択肢。
「さすがは佐祐理。こと頭脳戦じゃ勝ち目はないか……」
まさかこんな抜け道があるとは。
とすれば朋也の残された道は、
「……ま、直球勝負しかないわな」
決心し、朋也は木の陰から身を出すと一気に駆け出した。
「あははー、そう来ましたか」
佐祐理はすぐに背後から聞こえてきた足音に気が付いた。隠そうともしていないのだからそれも当然ではあるが。
どうやら朋也は見失うリスクより短期決戦に踏み切ったようだ。
思い切りの良い選択だ。自分も同じ状況下ならその選択をしただろう。だからこそ、
「さすがは朋也さん。惚れ直しちゃいます」
今回、朋也はヒットセンサーをつけていないので勝負の付け方は相手をいかに無力化できるかどうかに掛かっている。
朋也を無力化することができれば、佐祐理は動けない朋也を好き放題できるし。
佐祐理が無力化されれば、朋也は平穏な夜を迎えることができる。
となると無力化する方法だが……、
「ふん縛っちゃうのが一番簡単な方法ですけど。……まぁそういうプレイもありですねー」
なんて不穏当なことを考えた矢先だ。
「はぇ?」
足音がわずかに遠のいた。
「……警戒して少し距離を取ったんでしょうか」
あるいは迂回して待ち伏せでもする気なのか。ともあれ朋也のことだ、これはなんらかのアクションの前触れに違いない。
――要警戒、ですね。
佐祐理はとりあえず歩調を落とした。何かあったときに体力切れでは話にならない。
とはいえ本来この程度走ったくらいじゃ佐祐理はまだ疲れたりしない。にも関わらず疲労を感じる原因は、
「正直、この銃は邪魔ですよねー」
佐祐理は未だにセンサー銃を抱えていた。
既に装備一式を持っている杏と椋は脱落し、朋也は対になるセンサーを持っていないのだから本来持っていたところで仕方ない。
しかし、「途中で脱ぐ」という違反がなされないようにヒットセンサーには鍵がされておりロッジに戻らないと外せないようになっている。
つまりこの銃をどこかに捨てて、もしそれを朋也に拾われたら勝敗が決まってしまうということだ。
だから捨てるわけにはいかず、持ち運ぶしかなかった。
「まぁ、今更愚痴っていてもしょうがないですけど」
杏と椋の銃も一応倒してすぐ隠してある。発見される可能性もなくはないが、動き回っていることから考えて見つけた、ということはないだろう。
だからこれさえ死守すれば一撃ダウン、ということはありえない。
佐祐理はむん、と拳に力を込める。
これも朋也を独り占めするためだ。この程度の苦労は苦労のうちにも入らない。
「うふふふふふ」
むしろこの苦労こそゲットしたときの感動を二倍にも三倍にも膨らませる土台にな――、
「!」
佐祐理は不気味な笑みを一瞬で消し、すぐさま木に背を預け周囲を見回した。
草がこすれるような音がした……ような気がしたのだが、
「気のせい……でしょうか?」
耳を澄ましてもそれらしい音は聞こえない。やはり気のせいだったのだろうか、と思ったところで視界の隅に映ったものがあった。それは、
「光……?」
ハッとして空を見上げる。
空が、わずかに白み始めていた。いや、というより、
「朝日……」
佐祐理は腕時計に視線を落とす。時刻は既に四時を回ろうかというところ。
と、佐祐理はそこで一つの可能性に思い至った。
「まさか、朋也さんの狙いは――」
その瞬間、ひときわ強い風が発生し木々を揺らし草をかき鳴らした。
「海陸風(!?」
それは海辺などでよく起こる、海と陸の温度差により引き起こされる風のことだ。
日に当たる朝、日が消える夜で風の向きが変わりその節目節目で大きな風を巻き起こすもの。
もちろん程度の差はあるし、大きいといっても立っていられないなんてほどの風でもない。せいぜいが春一番くらいのものだ。
だが、
「音が……!」
強風により木々や草がガサガサと音を奏でる。うるさいくらいに沸き立つこの中では、足音などあってないも同然……!
そしてこのチャンスをあの男が逃すはずもなく、
「さて、佐祐理」
「!」
すぐ横に、
「残念だが、今回は俺の勝ちだな」
センサー銃をこちらの心臓部に突きつけた岡崎朋也の姿があった。
朋也は自分の思い描いた通りの結果になり、ひとまず安堵の溜め息をついた。
何から何まで綱渡りだったが、どうにか成功して一安心だ。
「上半身裸なんて……朋也さんってば随分とワイルドなんですね。ポッ」
「うっせ。佐祐理ならもう俺がどういう方法を取ったかわかってんだろ」
「ええ、まぁそっちは。でも……センサー銃。よく見つけられましたね?」
こちらが突きつけている銃を見て、佐祐理がやや呆然と呟く。
佐祐理の驚く表情というのも珍しい。だからだろうか。朋也はやや自慢げに胸をそらし、
「あぁ。ま、俺が見つけたんじゃないんだけどな」
どういうことでしょう? と聞いてくる佐祐理に何も言わず朋也は足元を見た。佐祐理もその視線を目で追い、それを見た。
「にゃー」
「猫さん……?」
杏を奇襲したときに使った猫が、朋也の足首に頬を摺り寄せていた。
「猫の前で物を隠すなんて自殺行為だぜ。猫ってのはそういうの勝手に引きずり出したりするからな」
ぽかんと。だが次の瞬間には耐え切れず、というように佐祐理は吹き出し、
「あは……あははー。まさか佐祐理が出し抜かれるとは思ってもみませんでした。
自然現象の次は動物まで味方にしましたか〜。さすがは佐祐理が認めた人、朋也さんですね。……完敗です」
「ま、基本的には運頼みだったけどな」
海陸風に関しては狙っちゃいたがどれだけの風が吹くかなんて未知だったし、猫にいたっては完璧に偶然の産物だ。
「でもま、佐祐理にはいろいろと負けっぱなしだったからなぁ。ここらで一矢報いることができて良かったよ。
ということで、素直に負けを認めてくれたところでトリガー引かなくても良いか? いくら佐祐理相手でもあの電気ショックはちょっとやり辛い」
「『いくら佐祐理相手でも』……といフレーズがかーなり気になるところではありますが、トリガーは引いた方が良いと思いますよ?
佐祐理のことですから、コロっと態度を変えて襲っちゃうかもしれませんし♪」
「自分でそういうこと言うな」
「あははー」
やれやれ、と朋也は嘆息し……まぁゲームとして参加したからには最後までそれに則るしかないか、と無理やりに納得させ、
「んじゃま、勝ちは貰ってくぜ」
トリガーを引いた。
こうして朋也は無事にこの二日間を乗り切ることに成功したのだった。
倉田佐祐理の突発発案、一泊二日のキャンプは。
裏生徒会候補一行も、朋也たちも、
なんだかんだ言いつつ楽しめたようで、良い感じに幕を閉じたのだった。
「「「「「はぁ……」」」」」
……まぁ、帰りの大半のメンバーは疲労困憊な様子だったが。
あとがき
ってーわけでどうも神無月でございます。
さて。今回は佐祐理と朋也のガチバトルでお届けいたしましたが、どうでしたでしょう。ギャグ要素少な目のアクション系。
たまにはこういうのも混ぜないとやってられんというかメリハリがないと思うのは神無月だけかなぁ、どうだろう。
海陸風に関しての部分は若干過大描写ですが、軽くスルーしてやってくださいw
ま、次回は普段のキー学のような馬鹿騒ぎに戻ります。タイトル通りメインは彼。もちろん今回に引き続きお姉さんは彼も登場です。
……っていうかもう四十話なのにまだ作中五月だよ。どういう進みの遅さだこれ(汗
ではまた。