さぁ、半ば強制で始まったキャンプである。
道具は揃っている。食料も問題ない。
が。
が、しかし、だ。
「いきなりこんな面子で取り残されてもなぁ……」
祐一のぼやきもある意味で当然。
初顔合わせと言っても良いメンバーを放り出し、佐祐理たちは別の、ここよりわずかに小型の無人島へ移動した。
朋也の安否が大変気になるところだが、いまは自分たちのことを最優先に考えるべきだろう。
決して朋也を見捨てたわけではない。断じて。
まぁ救いは祐一がまったく知らない人間はとりあえず一人もいない、という点であろうか。とはいえ顔見知り程度の者も多いわけだが。
「あの、一つ質問を良いでしょうか?」
そう言って手を上げたのは天野美汐だった。
「なんだ天野?」
「いえ。未だに状況がハッキリとしないのです。倉田先輩のことですから突拍子もないことをするのはまぁともかくとして、何故このメンバーなのでしょうか?」
あ、そうか、と祐一は今更に気付いた。
この面々が集められた理由を知っているのは祐一だけだ。見た感じ、どうやら茜だけは状況を察しているようではあるが。
さて、と祐一は顎に手を添えて思案する。果たして言うべきか言わざるべきか。
佐祐理には特に他言無用だなどと言われてはいないが、こういうのを事前に言ってしまうのはどうなんだろう?
「……っていうか、そういえば俺も既に次期会長であることを無意識のうちに容認してるんだな」
佐祐理相手では仕方ないとはいえ、あまりに諦めの良い自分が若干腹立たしくも悲しい祐一であった。
「相沢さん?」
「あぁ、いや。そうだな……うん、やっぱり説明しておくべきか」
こほん、と場を整える意味で咳払い一つ。そしてこちらを見る皆に視線を巡らせ、口を開いた。
「なんでも、佐祐理さんは次期裏生徒会長に俺を任命する気でいるらしい」
「「「「「「おおおおおお〜〜〜!!」」」」」」
何故か拍手喝采。
あぁついに公言してしまった、と自己嫌悪。これでもう逃げることは叶うまい。さようなら平穏な人生。(←というか既に十分平穏ではない)
「ほほう。ということは相沢氏は既にその件を受諾したということか?」
「裏生徒会長の任命は強制なんだとよ、杉並」
ほうほう、と面白そうに二度頷くのは杉並。まぁ彼ならこういう反応をするであろうことは予想できた。そしてもう一人。
「えーマジ!? この話しマジ!? うっひょー! 良いね良いね〜! 四天王リーダーの相沢くんが裏生徒会長かぁ〜! んー、グッジョブッ!」
「やかましいぞ柚木」
目をキラキラと輝かせビシィ! と親指を立てて見せる詩子に嘆息一つ。
っていうか非公式特報部の面々なんぞを裏生徒会メンバー候補に呼ぶとは佐祐理も何を考えているのだろうか。
――いや、まぁ能力は認めるけどな。
柚木詩子の情報収集能力、杉並拓也の情報操作・改竄能力はかなりのものだ。
軍事レベルと言っても過言ではない。噂では本当に軍からスカウトを受けているとかどうとか。
だからこそこの二人のタッグを風紀や表の生徒会は恐れていたのだが、このたび非公式特報部としてその悪夢は実現した。
ここで更に裏生徒会の一員、なんてことになれば裏生徒会はいま以上に生徒会や風紀委員との対立が厳しくなりそうなものだが……。
「ま、それはないか」
基本的に裏生徒会のメンバーは一般生徒に秘匿される。別段それを強制しているわけではないようだが、言わば伝統のようなものだし、それを周囲の生徒も容認しているので探ろうとしなければまず発覚はすまい。
だから良いのかと言われると悩みの種だが……まぁ別にこの二人をメンバーに決めたわけではないのだし、いまは良いだろう。
「で、だ。ここからが本題だな」
「はい。相沢さんが裏生徒会の会長に任命されるかもしれないことはわかりました。しかし、それと私たちが呼び出されることの関連性は?」
「それは――」
「つまり、私たちが次期裏生徒会のメンバー候補だ、ということですよ」
祐一が言いかけた言葉を継いだのは、それまで黙っていた茜だった。
皆の唖然とした視線が集まる中、茜は微笑を浮かべ、
「以前に私も倉田先輩に次期メンバーになって祐一のサポートをするように言われましたからね。このメンバーを見るに、まず間違いないでしょう」
確かにこの場にいるメンバーは何かしら秀でるモノを持った者たちばかり。
そう言われてその場にいる皆も理解はしたのだろう。林檎が腕を組みながら肩をすくめ、
「ってことは何? つまりこのキャンプは――」
「あたしたちの懇親会、みたいなものなのね」
それを香里が継いで、やれやれと手を広げた。そして視線を祐一に向け、
「で、メンバー任命も強制なわけ?」
「一応そういうことになっているな。ただその期の会長に任命権があるから、最終的には俺の意思になる」
「なるほど。ここに集めたのは佐祐理さんだけど、決める権利は相沢くんにあるってことなのね」
「そういうことだな」
祐一は頷き、しかしすぐに手を振って、
「あぁ、でも俺はやりたくない人間にまで強制して任命するつもりはないぞ。嫌なら嫌とハッキリ言ってくれれば良い」
皆が互いを見回す。
そしてまず杉並がニヒルな笑みを浮かべ、
「ふ。俺としてはむしろ大歓迎だな。相沢氏のような者に指揮されるのも悪くはない」
次いで詩子も親指を立てて、
「あたしもオッケーよん♪ むしろこんな面白いメンバーに入れなかったら悲しいわ」
続いて浩平が拳を握り締め、
「良いじゃん裏生徒会! 坂上や久瀬と本格的にやりあえるんだろ? なら暇はしなさそうだしな」
みさおとかえでが笑い合い、
「わたしも全然おっけーですよ〜。楽しそうだし♪」
「いろいろと忙しい身ですけど、選んでもらえるからには頑張りますよ!」
茜はわずかに笑みを浮かべ、
「私は既に承認しましたから。今更もう逃げませんよ」
香里は肩をすくめ、しかし笑みを漏らし、
「ま、良いんじゃない? 相沢くんの下で働くってのもなかなか面白そうだし」
林檎は横を向いたまま、
「別に嫌じゃないからどっちでも良いわ。祐一に任せる」
純一は苦笑し、
「まぁ若干かったるそうな気もしますけど、相沢先輩たちと一緒に何かをするのは楽しいんで別に俺もどっちでも良いっすよ」
美汐は無表情のままに、
「私も相沢さんの下で働くことに異論はありません。相沢さんの判断にお任せします」
顔を真っ赤にしてあわあわ慌てている伊里那と、それを後ろで支えている笑顔の綾那が、
「わ、私は……なんの取り得もないしぃ……」
「はいはーい、わたしたちも大丈夫でーす!」
「あ、綾那!?」
「良いじゃん。意思表示くらいさ」
というわけでどうやら嫌がっている人間はいないらしい(伊里那は若干微妙だが、本当に嫌ならば綾那が止めているだろう)。
そういうことならあとは祐一の意思によるものだ。
ならば祐一としても言うことはない。せっかくこうして集められたのだし、まずは互いを知ることから始めよう。
「よし。じゃあ――」
一息吸って、
「キャンプの準備といきますか」
「「「「「「お――――――っ!」」」」」」
集まれ!キー学園
三十七時間目
「キャンプでGo(U)」
祐一はここに集められた十二人をとりあえず一通り知っている。
詳しく知らない者もいるが、とりあえず祐一は皆を各々振り分けつつキャンプの準備に移行した。
まずキャンプテントの設営を浩平と純一、香里と林檎がそれぞれ行っている。
これが案外力のいる作業なんだが、そこはさすが香里と林檎というべきだろうか。難なくこなしていく。
杉並にはとりあえず周辺を散策させた。
みさおとかえで、美汐は調理や食事の際に使う機器の準備や組み立てを行っている。
やや意外だったのは、美汐が機械系に慣れているということだった。神社の娘だから機械系が苦手、というのはどうやら偏見だったらしい。
というよりむしろ詳しすぎやしないかとさえ祐一は思う。普通小型ダイナモの使用方法なんて教えられなければわからないと思うのだが。
で、残りのメンバーは調理担当。
キャンプではお約束だとでも言うのか佐祐理の趣味なのか。
どちらでも良いがともかく用意された材料から推察される料理は間違いなくカレーだった。
伊里那と綾那、茜が手早く材料の下準備を済ませていく。
実に手際が良い。常日頃から料理をしているのだろうとわかる動きだった。
「それに比べて……」
ザグン!! と強烈な音と共に包丁が振り落とされた。
そう、それは振り下ろすではなく振り落とす。読んで字の如く高々度から叩き落された鋭利な一撃。
刻もうとか均等に切ろうなんていう配慮は欠片もない、まさに暴力と言っても過言ではない所業を行っているのは、柚木詩子だった。
「む!?」
そんな祐一の視線に気付いたのだろう。詩子は何も言われていないにも関わらず眉を釣り上げ顔を真っ赤にしながら、
「な、なによ良いじゃない別に! こういう切り方だってワイルドで野性味たっぷりで! きゃ、キャンプなんだからこういう冒険は必要じゃない!?」
「冒険はいらんからせめてじゃがいもは芽を切り取ってくれ。あと包丁を持ったまま腕を振り回すな。これ常識」
「ふ、ふん! 女だからってねぇ、誰でも料理できるのが常識だとか思わないでよね!」
常識と言ったのはそこじゃない、という祐一の突っ込みも聞こえていないのか、詩子は恐る恐るでありながら思い切り良く腕を振り上げる。
真上から、まるで剣でも振り落とすようにじゃがいもを切断した。いっそそのまままな板まで両断しそうな勢いだが……。
まぁ親友である茜がいるのだ。危ないことにはなるまい……とは思いつつ、
「……やっぱ不安は消えないな。柚木、お前調理は良いから天野たちを手伝ってやってくれ」
「あ、あたしがお邪魔だとでも!?」
「わかってんなら言う必要はないな」
「ひ、ひどーっ!? その配慮も気遣いもない棘っぷりはさすが相沢祐一! 良いわ、そこまで言われちゃ詩子さんも黙っちゃいられません!
かくなる上は料理勝負よ――って人の話聞いてー! 勝手に人を摘み出さないで〜!」
というわけで祐一は調理組に参戦し、詩子を器材準備班に移動させた。
うわーんこれで勝ったと思うなよ〜、とか砂浜をダッシュしていったが、これも皆のためだ。スルーしよう。
「お〜、相沢先輩も中々の手際ですねー」
「そうか?」
ショリショリとじゃがいもの皮を剥いていたら横に桐生綾那がやって来た。
正面でオロオロしている桐生伊里那の妹。同一学年だが、この二人は双子というわけではない。早生まれと遅生まれなだけだ。
肩までのセミロングで気弱というか大人しいのが伊里那、腰近くまで髪があり明るくハキハキしているのが綾那である。
祐一がこの二人と知り合ったのは中等部のとき、祐一が強引に名雪に勧誘され一時期陸上部に入部したことがきっかけだった。
綾那は長距離の選手、伊里那は短距離として陸上部に所属していた。
とはいえ、さほど親しいと言えるほどの仲ではない。ただの顔見知り程度でしかなかった。
「そういう綾那たちも手際良いじゃないか」
「えへへ。いつもお姉ちゃんと日替わり交代制でご飯の支度してますからね〜」
「両親は?」
「二人とも海外出張中です。なんかアメリカの方の研究所に勤めてるんだそうですよ。なんでも今度賞を貰えるんだとか」
「ほ〜。そりゃまた。自慢の両親だな?」
「はい!」
あまりに爛漫なその笑みは、見ている者まで清々しくさせるような、太陽のような明るさがあった。
とするとそれを見守るように微笑む伊里那は、月とでも表現できようか。
「よし、じゃあさくっと終わらせるか」
「「はい!」」
それからしばらく経ち、祐一たち四人で用意した材料が鍋へ放り込まれる。
かなりの大きさの鍋だ。一般家庭ではお目見えすることはないような、レストランなどで使用するような巨大な寸胴鍋。
十三人分ということもあり野菜や肉の量もかなりのものだ。煮込むまでにはかなり時間が掛かるだろう。
「お鍋は私が見ていますから、祐一は他のところへ行っていてください」
茜は巨大なお玉を手に持ちながら祐一に向き直った。
「良いのか?」
「ええ。ここまで来ればもう一人で十分です。それより浩平たちが何かしでかすんじゃないかと不安なので、お願いします」
茜と浩平は付き合いが長い。
幼馴染というほどではないようだが、少なくとも祐一がここに転入してくる前からの知り合いだったようだ。
だからこそ浩平のこともよく知っている。あいつはこういう状況下で何をしでかすかわからない、ということを。
「なるほど。では任されよう。二人も一緒に来るか?」
「は〜い!」「あ、は、はい」
んでもって伊里那と綾那を引き連れてテント設営場所へ足を向ける。
とはいえ食事場所とそれほど離すはずもなく、すぐそこだ。一見した限りでは普通に組み立てられたテントだが……?
「んー?」
おかしいところがないことが、おかしい。
そう思ってしまうあたり祐一も酷いとは思うが、しかしそれはこれまでの経験を考えれば致し方ないことだろう。
「っていうか浩平たちはどこだ?」
というか香里や林檎もいないというのはどういうことだろう。テントは既に組み立て終わっているから、どこか遊びにでも行ったんだろうか。
と、
「あ、折原先輩の声がする」
綾那がテントに視線を向けながらぽつりと囁いた。
「何も聞こえないぞ?」
「……いえ、間違いないですね。折原先輩の声がテントの中から聞こえてきます」
半信半疑に近付いていくと、
「あ……本当だ」
確かに、微かにではあるが浩平の声が聞こえてきた。
驚く祐一の横で、伊里那が苦笑を見せ、
「綾那は昔から耳が良いんですよ。いえ、目も鼻も良いですから五感に優れているんでしょうね」
「ほ〜」
二人の視線に照れながらもえっへん、と胸を張る綾那。
隠された才能、とでも言うのだろうか。……やはり佐祐理が選んだ人物たち。きっとこういう隠しスキルを持つ者が他にも多くいるに違いない。
「ま、それはともかく……」
さて。声がするということは少なくともその声を聞く者がいる。つまり複数の人間がいるはずだ。
……まぁ浩平のことだから独り言や妄想なんてことも否定はできないが、はてさて。
で、近付いて聞いてみると……。
「すると祐一はな、なんとそこから飛び降りたんだ。五階だぜ? ありえないだろ」
「うわ、相沢くん子供の頃から無茶してたのね……」
「っていうか明らかにいまより活発よね」
「子供の頃は俺なんかよりよっぽど動き回って周囲を騒がせたもんさ」
「なんか信じられませんね」
「純一もそう思うか? でもマジだ。畑に忍び込んで野菜かっぱらったりな」
「ほほう。昔の相沢氏はまるでいまの折原氏のようではないか」
「いや、そんなもんじゃねぇ。小学校のとき、ドロケイから逃げるために走行中のトラックに跳び乗るような馬鹿だったんだぜ?」
「それはなんとも……」
「凄いわね」
祐一はとりあえずバキボキと指を鳴らしつつ準備運動(を開始した。
両隣で桐生姉妹がビクゥ! と背を揺らすがそんなこともう祐一の意識の中にはない。
黒き殺気を纏いながら祐一がテントの中に足を踏み入れた。
「浩平。貴様人の過去を何ベラベラと喋ってやがる……」
地獄の底から沸き上がるような怨嗟の声に、そこに集まっていた全員が慌しく姿勢を直した。
だが中でも浩平の動揺っぷりは凄まじかった。
「うぉ、祐一!? 何故お前がここに!?」
「しかもよりにもよって杉並相手に喋るとは……お前は三途の川を泳ぎたいみたいだなぁ、ん?」
「お、落ち着け祐一! こう、あれだろ?! キャンプの醍醐味はこうして皆で床を囲み語り合うことだとは思わないかね?!」
「人の過去を肴にしないのであれば、な……」
ユラァ、と祐一の歩が進む。
「ま、待て祐一とりあえず落ち着こう! 暴力は反対! 断固反対! 俺たち親友だろ!? 一心同体だろ!?」
「フ……」
嘲笑。そして、
「臓物をブチ撒けろぉぉぉぉぉぉ!!」
ぎゃああああああああああ、と。人とも思えぬ断末魔が無人島に響き渡った。
まるで探偵漫画の第一の被害者ばりの悲鳴があがったというのに、
「また浩平が何かしでかしたんでしょうね」
茜はただ無言でカレーを混ぜているだけだし。
「なーんか楽しそうだね」
「騒がしい、の間違いのような気もしますが……まぁ飽きはしないでしょうね」
「良いじゃないですか〜。こういうノリ、私好きですよ〜?」
みさお、美汐、かえでも慌てた素振りさえ見せず食器類の準備を始めており、
「ふーんだ。良いもーん。拗ねてやるー」
詩子は砂浜で膝を抱えつつ「の」の字を書きつつ拗ねていた。
慌てる様子が誰にもない。纏まっているのかいないのか。まず間違いなく後者だとは思うが、裏生徒会メンバー(候補)たちのキャンプは続く。
……このまま平穏(?)に済めば良いのだが。
「ま、無理だよねぇ」
なんて囁いたみさおは、核心を突いていたと思われる。
あとがき
ってなわけで、どうも神無月でございます。
さて、今回は特にそれらしい山はなく、どちらかと言えばキャラ紹介的なイメージでしょうかねー。
次回はちょっと大騒ぎの予感(ぁ
はたして朋也は無事なのか? ではまた次回に〜。