ゴールデンウィークである。
誰もが待ち望んでいたほのかな連休。たかが数日と侮ることなかれ。それでもまるで心が檻から解放されたかのような魔力がそこにはある。
パーっと買い物に行くも良し。どこか近場に小旅行も良し。何もせずのんびりするも良し。
その時をどのように使うかは人それぞれあろうが、誰しもこの休日を満喫しようとリラックスしていた。
「ふー」
それはもちろん、この傍から見れば若干怒りさえ込み上げるほどの完璧超人である相沢祐一とて同じこと。
普段の彼からはあまり想像できないようなだれきった表情でベッドに潜り込んでいた。
ちなみに現在太陽が真上に立とうかという正午。
普段ならだらしない、と祐一もとっくにベッドから出ているだろうがこれこそゴールデンウィークの魔力である。
別段眠いわけでもないのに、ベッドの中でわずかたゆたうまどろみを享受していた。
「あー、たまにはこういうのも良いよなぁ」
なーんて日頃の彼ではまず言わないであろうのほほんとした台詞を吐いたのも束の間。
ぴんぽーん、と階下からチャイムが聞こえてきた。
「……ま、出るだろ」
母親が出ることを期待してベッドから出なかったのだが、二度目のチャイム。
もしかして家にいないのだろうか。あるいは自分と同じ状況になっているか。……まぁほぼ後者が正しい気がするが。
「どうせ新聞の勧誘だろ。出る必要も――」
『すいませーん。郵便でーす』
「……あるのかぁ」
仕方無しに身体を起こす。郵便となれば話は別だ。ここで帰してもまた来ることがわかっている。だったら二度手間になる前に出てしまおう。
だが後に祐一はこの選択を後悔することになる。
……ただ、仮にここでこの選択をしなくとも、結局は同じ状況に帰結するだろうなという諦めもあるわけだが。
「なんだ……?」
玄関でサインをし受け取ったものは速達郵便で、しかも掌に収まるくらいの小さな茶封筒だった。
差出人は記されていないが、宛名は相沢祐一。即ち自分だ。
「ん〜?」
皆目見当もつかないので、祐一は階段を上りつつその茶封筒を破き、その中身を取り出した。
「……MD?」
そう。それはどう見てもMD。つまりミニディスクだった。決してフロッピーやテープではない。
裏返してみたりするものの、特に何も書かれてはいない。悪戯か? とも思うがそれにしては速達など料金のかかることをするだろうか。
「聞かなきゃ始まらないか」
というわけで祐一は部屋に戻るとすぐさまMDコンポにそれを挿入し、ベッドに腰を沈めつつリモコンで再生を押した。
パンパカパーン、パンパンパン、パパパパパパパ、パ〜♪
「……な、なんだ? ファンファーレ?」
レベルアップでもしたのか? と首を傾げたまさにその時だった。
『は〜い、おはようございます祐一さん♪ 佐祐理ですよ〜』
「え?」
周囲を振り向いたところで人影はない。それはそうだ。その音というか声はまさにそのスピーカーから流れてきたものなのだから。
「……佐祐理、さん?」
何故、と思いつつしかし頭のどこかで妙に納得している自分もいた。
わざわざ電話やメールではなく速達を利用してまでMDを届けてくるというまさに無意味に手の込んだ方法。なんとも佐祐理らしい。
やれやれ、と肩をすくめつつ祐一は今度は何を言い出すのだろうと軽い気持ちで耳を傾けた。
『さて用件は他でもありません。祐一さん、キャンプに行きましょう』
「…………は?」
軽く聞きすぎていたせいで言っている意味が一瞬本当にわからなかった。
『祐一さんのスケジュールが埋まってないのは既に明白でーす。ですから拒否は不可能! 居留守も却下ですよ〜☆
詳しいことはこれから迎えを寄越しますのでそちらで聞いてくださいね〜?
あ、もちろん二人きりじゃありませんよ? 他にもいろいろな方々をお招きしていますのでそういう期待は駄目で・す・よ? あははー』
何をわけの分からんことを言っているのだろう、と心底思った。
『はい、用件はこれだけなんですー。それではまた後でお会いしましょうね〜。あははー』
「……なんなんだ、一体」
いつでもなんでも唐突に始めることを信条とでもしているんじゃないだろうかと疑うほどいつも突拍子もないことをする人だが、今回の突然っぷりは最たるものではないだろうか。
というかなんでこんな用件をわざわざMDなんかで伝えるんだろうか、と疑問に思いつつ停止を押そうとしたところで、
『あ、そうそう。言い忘れてました。実は佐祐理、昨日スパイものの映画を見てたんですよ〜』
「……」
嫌な予感が、した。それもかなり明確な。
『なもんですから、佐祐理も真似してこのMDに細工をしてみました〜。これより十秒後にこのディスクは自動的に爆破されます〜。ではでは〜』
「アホか――――――ッ!?」
祐一、思わず絶叫。彼を叫ばせる人物など果たして何人いるだろうか。
だがさすがは相沢祐一。行動は迅速だった。
すぐさま停止を押しそして取り出しボタンをプッシュ。MDが出てくる間に窓を全開にし、出てきたMDを何の躊躇もなくそこから全力で放り投げた。
と、そこで気付く。
「あ、うちの窓の前って浩平の家じゃん」
しかも窓が開いていた。
入った。
数秒の間。そして、
ドパァァァァァン!! パパパパパパァァァン!!
『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!? なんだどうしたジオン軍が攻めて来たのかって熱ぅ痛ァ!?』
「……」
いや俺は悪くない、とそこはかとなく脳内で佐祐理に責任転嫁をする祐一であった。
集まれ!キー学園
三十六時間目
「キャンプでGo(T)」
まず初めに言っておこう。倉田財閥は何かが間違っていると真面目に思う。
「確かに迎えを寄越すって言ってたよ。言ってたさ。けど……」
祐一は心底からの嘆息をし、こめかみを引きつかせ、その音に(負けぬよう(声を荒げた。
「なんでヘリなんだよ!?」
バラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラ!!
自己主張の激しいプロペラ音がそんな祐一の怒りの声をかき消してしまう。
あぁ、おかしい。キー学に入学してからそれなりのおかしさには免疫が出来たと思っていたが佐祐理が絡むとそんな意識を軽く凌駕される。
むしろそういった反応を楽しんでいるんじゃないかとさえ疑ってしまう。
「……俺はいまほど朋也先輩を同情したことはないな」
日頃これの矛先は全て朋也に向いている。もちろん祐一も気に入られているので時々はあるが、それでもこんな規模の大きいことはなかった。
いや、そもそも朋也がこれを聞いたらきっと笑いながらこう言うだろう。
「なんだ、その程度のことか」
と。
それを聞いたらきっといまの祐一なら泣けるだろう。そして朋也の肩に両手を置き、意味もなく頷いていたに違いない。
「……ま、そりゃあもうどうでも良いんだが」
と、祐一は隣の席(に目を向けた。
「なんでお前たちがここにいる」
「んー?」
「えー?」
そこには窓から眼下の光景を面白そうに眺めている折原兄妹の姿があった。
「そりゃお前、俺たちもお呼ばれしたからだろ」
そうなのである。
祐一は気付かなかったが、あの後配達の人間は折原家にも寄り、祐一と同じものを渡していたのだ。
とはいえ、正確に言えばまったく同じものではない。中身こそ同じだったが媒体がMDではなくテープだった。
それはもちろん折原家にMDコンポがないからだと思われる。なんとも用意周到なことだが、しかしそう考えると、
――あの人、俺たちの家に何があるか全部知ってるってことになるよなぁ。
いや、と祐一はその思考を消し去るように頭を横に振った。それ以上考えるのは恐ろしい。やめておこう。
そういう風に祐一が現実逃避をしたところで、
「「お〜」」
窓から風景を眺めていた浩平とみさおの感嘆の声がハミングして聞こえてきた。
それに釣られるようにして祐一も視線を下に向ける。
「おいおい、マジか……」
思わず目を疑った。
眼下に広がるのは大きな青。その雄々しくも壮大な風景はまさしく海。そして真下、ちょこんとその青に緑の水滴を落としたかのようなそれは、
「離れ小島……だよな」
祐一の言葉は確かに正解だったが、やや言葉が足らなかった。
確かにそれは本州から離れた小島である。
そう、それも、
「無人島だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
うぉー、と叫びガッツポーズを取りまくっている浩平を他所に、祐一は思わず目眩がして近くの壁に手を着いた。
人の手が加えられた、とわかるのはヘリが着地したこのこじんまりとした船の停留所っぽい場所のみ。
目の前に映るのはどこまでも続くかのような砂浜と、先が見えぬ程に生い茂っている森。
見紛うごとなき、それは無人島であった。
「どこまでスケールが違うんだあの人」
「あははー、喜んでいただけましたか?」
「これで喜んでいるように見えたのならそれは素晴らしい視覚の持ち主だと思います」
「相変わらず冷たいですね〜。しかも驚いてもくれないなんて、佐祐理寂しいです〜」
「これまでのことに比べれば気配もなく後ろに立たれるくらいどうってことないですよ、佐祐理さん」
振り向けば、案の定のエンジェルスマイル(祐一の中ではデモンズスマイル)を浮かべ倉田佐祐理がそこに君臨していた。
……隣に、縄でぐるぐる巻きにされた朋也と、何故かニコニコ笑顔の杏と椋を引き連れて。
「なっ――」
「あははー。さすがの祐一さんもこれは意外でしたか〜?」
「意外っていうかなんていうか……これ、一体どういう状況なんですか?」
「おそらくは、お前と同じ状況なんだろうよ。……もっと有無を言わさぬ展開だったがな」
フフフ、と暗い笑みを浮かべて転がっている朋也の姿はまさに涙を禁じえず、そして凄まじいほどにシュールだった。
「……こほん。で、佐祐理さん。俺たちをここに呼んだ理由はなんなんですか?」
えー? と佐祐理は何を当然のことを聞くのだろう、と心底不思議そうに首を傾げて、
「だからキャンプをするんですよー?」
「いや、俺が聞きたいのはどうしてキャンプなんでしょうか、ということです。しかも何故無人島?」
「無人島。甘美な響きだと思いませんか?」
「「全然」」
朋也と祐一の声がハモった。
「もう、情緒がありませんねぇ。ま、あっちでわいわい楽しんでいる兄妹さんならわかってくれそうですけど」
「まぁ、あいつらは――」
周りを巻き込み騒がしくして楽しいことに目がない、といろいろ佐祐理と符合点があるからではないだろうか、と思うが言うことはしなかった。
バラバラバラ……。
「ん?」
どこからか聞いたことのある音が近付いてくる。すごい聞いたことがある。というかさっきまで聞いていた。
見上げればやはり、空に別のヘリが飛んでいた。
しかも一機じゃない。その影は十近く空を羽ばたいていた。
「っていうかなんですか、これ」
「ヘリです」
この人は本気で言っているのか冗談で言っているのかわからない。祐一はこめかみを押さえつつ、もう一度問い返す。
「どうしてこんなにヘリが飛んでるんですか?」
「そりゃあ、祐一さんたちと同じってことですよ」
「え……?」
「まさか祐一さん。こんな少人数でキャンプをすると思いましたか?」
にっこりとのたまう佐祐理。
再び意識が遠のきかけたが、もちろんその言葉が事実にして真実。
そのヘリにはまさしく祐一と同じ境遇の末に集められた面々が乗り込んでいた。
さて、それらヘリが全機着陸し、降りてきた面々を見て、
――あぁ、もしかしてこの人の狙いは……
そこで祐一は佐祐理の狙いがなんとなく見えてきた。
出てきた面々は以下の通りである。
朝倉純一。
天野美汐。
桐生伊里那。
桐生綾那。
杉並拓也。
戸倉かえで。
青山林檎。
里村茜。
美坂香里。
柚木詩子。
数人を除き誰もがこの状況についてこれていないようでオロオロしている。
「……」
浩平とみさおを合わせればキー学の一年・二年でトータル十二名。その数の意味するところは、まさか、
「……裏生徒会、ですか?」
「正解で〜す!」
パチパチパチと拍手、そして祐一に耳打ちをするように近付くと、
「まぁ選別会とでも思ってくださ〜い。二年はともかく一年の繋がりは祐一さん少ないでしょう?
ですから佐祐理がそれなりに見繕ってこの場に招待しました。もちろん強制するつもりはありませんので参考程度に考えてください」
「あぁ、なんか俺の預かり知らぬところで着実に事態が進行している……」
「あははー。先任として後任の面倒を見るのは当然の義務ですよー」
頼んでないのだが、という突っ込みはもはや無意味ということで置いておく。
しかしそうなると疑問が一つ。 視線をずらし、
「……それじゃあ朋也先輩たちは何のために?」
「そんなの決まってるじゃないですかー。佐祐理たちは佐祐理たちで楽しむためですよ〜」
なるほど。ちゃっかりしているわけだ。佐祐理らしい。
祐一が納得(したわけではないが、諦めの境地で)したことを見届け、満足げに頷くと佐祐理は未だざわつく他の面々へと視線を転じた。
「さーさー、皆さーん。注目してくださーい」
集まる視線。それを等分に見渡し、皆がこっちを見ていることを確認すると佐祐理はいつもの極上スマイルを浮かべ、
「それでは皆さんに殺し合ってもらいま〜す」
「「「「「「……え?」」」」」」
「あははー。とまぁ、掴みのジョークは置いておくとしまして〜」
誰もが心の中で突っ込んだ。
ジョークに聞こえない、と。
「さぁ選ばれた皆さん。このゴールデンウィークは倉田が持つこの無人島を貸切で皆さんにプレゼントしますよ〜。
キャンプ道具、ご飯の材料などは全てこちらで揃えてありまーす。準備は皆さんでしてもらいますが、だからこそキャンプは楽しいものですからね。
どうぞ皆さま、心置きなく楽しんでいってくださいね〜。あははー」
面々が互いに顔を見合わせ訝しげに首を傾げる。
そんなこんなで大半のメンバーが状況を掴めぬままに、強制キャンプIN無人島が開催されることとなった。
あとがき
えー、というわけでどうも神無月です。
さて、キー学もゴールデンウィークです。というわけでキャンプです(何
いや、本当はこれ夏休みにやる予定だったイベントだったんですが、夏休みもまぁいろいろとやることあるなー、と思ったので前倒ししました。
あとは最近祐一視点がなかったなぁ、というのも要因の一つではあるんですがw
で、これは前中後編の三話構成を目指していますが、もしかしたらT〜Wとか数字になっている可能性もあります(ぁ
ま、そんなわけで裏生徒会(予定者たち)+朋也ラバーズと本人という一行でお送りいたします。
あ、そういえば四天王揃ってるね(ぇ