国立キー学園はレベルの高い学園である。
国内トップクラスの進学校ということもあり、入試のレベルもやたら高くもちろん生徒のレベルも尋常ではない。
基本的にスポーツ推薦組以外はかなり高い成績で纏まっている。
もちろんスポーツ推薦組にも頭の良い人間はいるし、入試組でも入ってからどんどん成績が落ちている者もいる。
だが、そんなことはどうでも良い。
とにかく生徒のレベルが高い、ということがいまが重要なことである。
さて、キー学の中間テストも終わった。
ゴールデンウィークの補習――通称レッドウィークの関係上、テスト結果は数日で公開されることになっている。
これだけの生徒数の点数を数日でつけなければならない教員の苦労も大変なことだろうが、生徒たちの関心は無論テスト結果である。
補習がかかっている者。高得点を狙っている者。別の意味でこの時を待ち望んでいただろう。まぁどうでも良いと思っている生徒もいるわけだが。
キー学のシステムは掲示板に大々的に張り出されるものとなっている。
全学年、名前と点数が順位で掲示される。
生徒個人にもテスト結果の表は配布されるが、掲示板に張り出される方が時期的には早いので、結果発表の際には人だかりができるのだ。
さて、話を戻そう。
キー学園にはレベルの高い生徒が多い。
故にこの結果を他の学校の者が見れば誰もが驚き嘆くだろう。
今回は中間テストということで主要五教科のみのテストである。つまり総得点500点満点ということだ。
それを前提に踏まえた上で、結果発表をこれから見ていくことにしよう。
集まれ!キー学園
三十五時間目
「キー学という場所」
一年生の場合。
「……どういうことこれ」
プルプルと。身体を小刻みに震わせて掲示板を見ているのは水城祥子だった。
祥子は高等部からの外部入学生である。キー学のレベルの高さは知っていたし、そこに入学できた自分の力も確信している。
過信ではない。自分の能力は自分が一番良く知っているし、自分より頭の良い人間がいることだってもちろんわかっている。
だがそれを抜きにしても今回のテストの出来には自信があった。
結果として、500点満点中、476点なら十分に良いほうだろう。平均にしたら95点である。
……にも関わらず、
「この順位はいったいどういうわけ――――――ッ!?」
うがー! と吼える祥子の前。張り出された順位表の中にある祥子の名前の横についている順位はこれだった。
『78位』
平均95点でこの順位は尋常じゃない。
信じられない。いったいどういう学園だここは。
未だかつてこんな順位を取ったことのない祥子はまさに意気消沈して肩を落とし、
「どうした祥子〜。吼えたりして?」
その肩にいつもの馴れ馴れしい声が降りかかった。
この滅入った気分では余計に腹が立つ。祥子はジト目でその相手に振り返った。
「……康介」
「いよ」
「いよ、じゃないわよ。……ったく、良いよねあんたは。いつも能天気で悩み事なんかなさそうで」
「ははは、なんでも笑って済ませられればそれで良いじゃんか。や、そんなことよりどうした肩落として。そんなに点数悪かったのか?」
康介は身を乗り出し掲示板を見る。一つ頷き、
「なんだ。全然良いじゃないか。何がそんなに不満なんだ?」
「順位。っていうかこの点数でこの順位ってどういうわけ」
「そりゃあ、ここはキー学だからなぁ。なんせ500点満点でさえ複数人いるような学園だぞ、ここは」
そうなのである。
キー学のテストは異常なほどに平均点が高い。
別にテスト内容が簡単なわけではない。単純に受けている連中のレベルがむちゃくちゃに高いのだ。
全教科満点を取る生徒も少なくなく、必ず四、五人は全学年に出てくるくらいだ。
ちなみに今回の中間テストの全教科平均は77点。中でも祥子や康介のいる一年C組は学年最高の平均点で、なんと83点を叩き出している。
スポーツ推薦で入って勉強が苦手な生徒たちにとってこの点数はまさしく地獄である。平均点を二桁で下回るなんてざらな世界なのだから。
「まぁでも、今回は朝倉の妹さんが調子悪かったのか満点逃してたから、結構少ない方だぜ全教科満点」
「……何人?」
「五人」
「十分多いわぁ!」
一年で500点満点の猛者は五名。うち四人は一年C組の天野美汐、桐生伊里那、倉田一弥、杉並拓也だ。
惜しくも1点、あるいは2点届かなかった者たちの中にも朝倉音夢、胡ノ宮環、白河ことり、戸倉かえで、芳乃永司などが名を連ねていた。
このクラスの平均点が異様に高いのも頷けるというものだろう。
「……予想以上に化け物染みてるわこの学園」
「まぁまぁ。他者と自分を比べたってろくなことないぜ?」
「……そういえばあんた何位なのよ」
「え?」
えーと、と康介はわざとらしく視線を外し、
「いや、ほら他者と自分を比べたってろくなこと――」
「あんたは何位なの!?」
「あー……」
康介の視線がゆっくり右にスライドする。
掲示板の発表は右から順に成績の高い者を載せているわけだから……。
「……まさか」
恐る恐る視線を移動させる。嫌な予感と共に掲示板を追っていけば、
『43位 佐藤康介 488点』
ブチィ! と祥子の中で何かが切れた。
「いっつもテレビだなんだって欠席しまくってるあんぽんたんがどぉぉぉしてこんなに点数高いわけ!?」
「おおおおおい、せ、せめてその手を離さない、か? 首がガクガクして、頭が、頭が痛い……!」
「むき――――――ッ!! 納得いかない――――ッ!!」
そうしてじゃれ合っている(ように周囲は見える。当人がどうだか知らないが)二人を横目に、朝倉兄妹は揃っておもーい溜め息を吐いていた。
「……音夢、お前1位逃したらしいな。初めてじゃないか?」
「……そういう兄さんこそさすがに順位三桁は初めてじゃないんですか?
「「……はぁ」」」
音夢はこれでも9位の498点だ。いや、2点問題1つミスしただけで9位というのもまたなんとも恐ろしいわけだが。
「不覚でした。寝不足で見直しを失敗するとは……」
「お前めちゃめちゃ暴れてたもんなぁ」
かくいう純一は132位。点数は458点。平均で約92点は取っているのだが、キー学ではこれが現実だった。
いまここにはいないが、あれだけ騒いでいたみさおはなんと480点の63位だというから驚きだ。
みさおは浩平と違い、祐一に似た天才系なんだなぁ、と思わず感心してしまうほどだった。
「はぁ。かったるい」
心底からの言葉を吐き、朝倉兄妹はやはり二人揃って嘆息した。
二年生の場合。
二年生は一年生以上にカオスである。
勉学の差の開きがかなり大きくなる頃合で、上と下の差はまさに天と地と言わんばかりである。
だが、それでもここはキー学なわけで。
学年平均が79点と一年生を上回っている時点でいろいろと察して欲しい。
「あーりーえーなーいぃぃぃぃぃぃ!!!」
と廊下に拳を叩きつけておんおん泣いているのは北川率いる例の集団であった。
ちなみに事前に説明しておくと、40点未満の教科が三つ以上あった時点でレッドウィーク突入である。
「なぜだ! なぜ神は我らを見放した!!」
慟哭する北川。彼の総得点は155点。綺麗に五教科全て40点を下回っていた。ちなみに順位は611位。
「ガッデーム!!」
南。総得点139点。国語のみ50点を越えたが、数学で0点を取ってしまう。順位は613位。
「おお、俺たちのゴールデンウィークが……レッドウィークに……」
南森。総得点120点。北川と同じく全教科40点未満。順位は614位。
「む、無念……」
中崎。総得点109点。数学は90点台を叩き出しているのにこの点数という時点で他の点数の悲惨さは言うまでもない。順位は616位。
まぁ、つまりは。
全滅である。
「ま、仲良くレッドウィークに入れるわけだし、良いんじゃないか? なぁ御堂」
「どうせ最後まで遊んでたんだろうし、まぁ自業自得だな」
そんな四人を苦笑交じりに見下ろしているのは住井と御堂。住井は390点、御堂は386点でそれぞれ282位と301位であった。
別に二人は上位者になるつもりはさらさらないので、赤点さえ取らなければ満足なのだ。
「う、裏切り者どもめ〜」
恨めしいという視線もなんのその。ゴールデンウィークを確約された二人にとっては涼しいものだ。
まぁ、と住井は前置きし掲示板の右側を見やって苦笑。
「あいつらとは次元は違うけどな」
右側に記された高得点者。
二年生の全教科満点者は一年以上の八名。
うち六名が二年A組の人間だというのがなんとも恐ろしい。
相沢祐一、久瀬隆之、坂上智代、里村茜、遠野美凪、美坂香里。
今回は惜しくも満点を逃したが、ここに風上将深や長森瑞佳、氷上シュンも入ってくるというのだから凄まじいの一言に尽きる。
他にも100位以内に青山林檎、筧春恵、斉藤時谷、仁科理絵、宮沢有紀寧などが入っている。
おかえで二年A組のクラス平均は学年ぶっちぎりの85点だ。北川たちがいるのに。
「はっ!?」
そこで何かを思い出したかのように北川は住井を見た。
「住井!」
「なんだ北川」
「折原はどうだ!? あいつも馬鹿だっただろう!?」
どうやら一人でも多くの仲間が欲しいらしい。
住井は無言で嘆息し、チョイチョイとある一点を指差した。そこに書かれていたのは、
『587位 折原浩平 209点』
「……え、えーと?」
「あいつは五教科を英語から順に40点、42点、41点、42点、44点。全部ギリギリで赤点回避だ」
「な、なにぃぃぃ!?」
「北川、知らないのか? あいつ、実は未だに赤点一回も取ったことないんだぞ」
「ま、マジでか!?」
実は浩平、テストは毎度全教科40点台のオンパレードだったりする。明らかに狙って取っているとしか思えない点数だ。
しかし、100点を目指しそれを取るよりも、40点くらいを故意に取ろうとするのはかなり難しい。
だからこそ、思う。浩平は本当は馬鹿ではないんじゃないかと。
そう思い住井は一度本人にそう聞いたことがある。すると返ってきた答えは、
「教科書見ればだいたいどの辺出すかなんてわかんだろ。だからきっちり40点分しか勉強なんかしないんだよ。余計な時間は使わない主義でね」
――あいつ、絶対真面目にやれば上位クラス間違いないはずなんだよなぁ。
そう思うが、まぁ本人がそういうスタンスなのだから仕方ない。自分も似たようなもんだしなぁ、と住井は苦笑。
そんな住井の横で、未だに北川は項垂れていた。
「俺、絶対入るクラス間違ってるって。なんだよこの無敵超人たちの群れは……」
北川の言は間違いなくここにいる面々の心の叫びだろう。
だがそんな中一人の勇者がいた。
「そうか……わかったぞ!」
立ち上がったのは南森だ。彼は目を血走らせ身体を小刻みに揺らせながら、
「俺たちはとんでもない思い違いをしていたんだ……」
「ど、どういうことだ南森!」
「考えても見ろ。ゴールデンウィークとはとどのつまり単なる大型連休だ。何も特別なことじゃあない。
だが、俺たち学生はこの大層な名前のためにそれがあたかも素晴らしい物であるかのように錯覚していただけだったんだ!」
「いや、でもゴールデンウィークは素晴らしいもんだよ」
「馬鹿ヤロウ中崎! それが奴らのマインドコントロールなんだ!」
「な、なにぃ!?」
「奴らって誰だよ……」
「良いか! よく考えろ!」
住井の突っ込みもスルーし南森は身振り手振りで声を張り上げた。
「そもそもゴールデンウィークとはなんだ? さっきも言ったようにただの連休だ。それ以上でもそれ以下でもない。
だが俺たち学生にとって、休日というのは貴重! 連休ともなればなおさらだ! その連休を目の前で帳消しにされて俺たちは嘆いていた……。
だが! それは常識に捉われた結果でしかなかったんだ!」
「ど、どういうことだ!」
「ゴールデンウィークなんて所詮単なる休日だってことだ! そして休日とはそもそも学校を休んで遊べる日というだけだ! ……なら、話は簡単じゃないか」
南森は小さく息を吸い、クワッ! と目を見開いて、
「つまり、ゴールデンウィークが駄目なら今遊べば良いんだ!」
「「「な、なんだってー!?」」」
住井と御堂は互いを見やり、思う。
なんでMMRなんだろう、と。
「しかし、確かにそうだ!」
「ナイスアイディア!」
「せっかくだから俺は『今』を選ぶぜ……!」
テンションうなぎのぼりの四人組。しかし彼らは気付いていなかった。
背後から迫る災厄の影を。
「なるほど。つまり君たちは次が私の授業であると知りながら、サボタージュを決めよう、と。そういうつもりなわけだな?」
降りかかる女性の声に、四人の動きが固まった。
言うなれば黒。どす黒い何かに背後を取られ、四人は冷や汗をタラタラ流しながら足が動かない。
本能が警報を鳴らしている。振り向くな。振り向けば死ぬぞ、と。
だがこれもまた本能か。四人は恐る恐る、まるでブリキ人形のような小刻みな動きで後ろを見やり、
「やぁ諸君。元気そうで何よりだ」
にこにこと微笑む霧島聖教諭を見たのだった。手にはメスがあったが。
「き、ききききき霧島、せ、せせ、先生? ど、どどどどうしてこ、ここに?」
「さっきも言っただろう? 次は君たちの授業なんだ。皆テスト結果が気になって浮かれているのは良いがそろそろ予鈴も鳴る。
だから心優しい私が皆を教室に呼び戻してやろうとやって来たのだが……何か悪いか?」
ん? とにこやかに小首を傾げると同時、手に持つメスがキラーンと輝いた。
「め、めめめ滅相もございません! 霧島聖教諭大先生様にお声を掛けてもらえるとは真に恐悦至極に存じ上げるでございます!」
「こ、こうしちゃいらんめぇ! 野郎共! 教室に戻るぞ!」
「まぁ待ちたまえ」
走り出そうとした四人の足元にメスが突き刺さる。
思わず逃げるように身を引いた四人を、聖が両手でそれぞれ二人ずつ抱えるように首に手を掛け、
「君たちは元気が有り余っているようだから、私の実験に協力してもらおう。何、たいしたことじゃない。
精々二度とサボリなどしたいと考えられないようにするだけだ。痛みは少ししかないから安心しろ」
「痛いんっすか!?」
「やめ、やめてー! 傷ものはいやぁぁぁ!」
「フフフフフフ。住井お前、次は自習だと皆に言っておけ。良いな?」
「は、はい!」
ふふふふふふ、と暗い笑みを浮かべながらズルズル四人を引きずっていく聖。連れ去られる四人の泣き叫びっぷりったらもう……。
どこぞのモンスター系映画でモンスターに引きずられていくキャラたちのような光景だった。
「……あいつら帰って来るかなぁ」
「……改造されてたりして」
「……内臓売り飛ばされたりなぁ」
「……」
「……」
「……教室、戻るか」
「そうだね」
住井と御堂は頷き合いながら、教室へと戻っていった。
三年生の場合。
「まぁ、こんなもんだろ」
掲示板を見て、朋也は一人頷く。
490点。22位だ。スポーツ推薦で入学した身分としては十分に誇れる点数だろう。
朋也はだいたいいつもこの付近の点数をマークしている。もちろん部活が忙しかったりその時のテストの難易度で多少上下はするが。
「相変わらずこの学園はレベル高いよなぁ」
上位陣はもはや不動の領域である。
一ノ瀬ことみ、有動三丸、倉田佐祐理、老船竹丸の四名が500点満点。
満点は逃したが平均点99クラスには神倉雪音、久我健人や真坂浩朗などが君臨する。
純一の一年C組や祐一や浩平のいる二年A組に比べれば人数的には少ないが、実はクラス平均点が86点と全学年でもトップだったりする。
というのも、このクラス、ずば抜けて高い者が少ない代わりにかなり高めで纏まっている生徒が多いのだ。
なんせ朋也含め100位以内にクラスのほぼ半数の名前が載っているのだ。そりゃあ平均点も高くなる。
まぁ、この点数の高さには、朋也も入学した当初は愕然としたものだ。
一年のテスト結果が掲示されている付近から聞こえてくる「ありえない!」という類の奇声がなんとも懐かしい……。
「まぁ奇声あげてたのは春原だけどな」
という誰に対してかわからない釈明はさて置いて。
「……しかし、奇遇だなぁ渚」
「え、はい?」
まったくこっちに気付かずに掲示板の人垣の後ろでボーっと立っていた渚に声を掛けた。
その姿に苦笑。人垣に突っ込もうとしないその姿勢はいつまで経っても変わらないらしい。
「あ、朋也くん。おはようございます」
「おう、おはよう。しかしまさかお前と同率になるとは思わなかった」
「そうですね」
微笑む渚の視線の先には彼女の成績がある。
490点。22位。朋也と同じ成績で、二人の名前は仲良く二つ並んで掲示されていた。
「だいたい成績は似たようなもんだが、いままで同率はなかったな」
「はい。でも、わたし嬉しいです」
「ん?」
渚はやや頬を赤くして朋也を見上げ、
「だって朋也くんとお揃いですから」
「渚……」
えへへ、と照れ笑いを浮かべる渚は、思わず見惚れてしまうほど可愛くて――、
「じとー……」
「うぉわ!? き、杏!?」
その後ろからこちらを半目で注視している杏に気付いた。
「な、何してんだお前……」
「……なーんか良い雰囲気だったなぁ、って思って……ね」
「そ、そんなことないですっ」
渚は顔を真っ赤にしながら手を振り、
「わ、わたしと朋也くんは、ぜ、全然お似合いなんかじゃ――」
「お似合いだなんて言ってないわよ良い雰囲気だって言ったのよっ!!」
「あ……わ、わたし恥ずかしいことを言ってしまいましたっ」
渚は湯気が出そうなほど顔を真っ赤にすると、耐え切れなかったのかそそくさと走り去ってしまった。
そんな渚を杏は憮然としながら一瞥し、腕を組む。
「ちぃ。佐祐理ばっかり警戒しているとこういう結果になるのよねぇ。椋も猫被ってないでもっと行動してくれればこんなことには……。
……いや、あの子が本気で動いたら動いたでそれもまた脅威ね。もう! あたしが二人いれば……ってそれはそれで嫌ね」
「何をぶつぶつと独り言を言ってんだ杏」
「え? あぁ、いやこっちの話よこっちの話」
それよりも、と杏は笑みを浮かべ、
「あんたと椋のおかげで今回あたし成績けっこー良かったのよ。だからお礼を言っておこうと思って。ありがと」
朋也はしばらく考え込むと空を見やり、
「雨は降りそうにないな」
「それってどういう意味かしら?」
「にこやかに言わないでくれ怖いから。冗談だ冗談」
「へぇ〜?」
目が笑ってない。いま視線を外したら間違いなく昇天する。
こんなとき陽平がいればどうにでもできるのに、と考え……そこでふと気付いたことがあった。
「……そういや、春原はどこだ?」
いつもなら点数の結果見て奇声を上げてのたうちまわり、挙句杏などにボコボコにされていそうなものなのに。
「朋也知らなかったの? あいつ、中間テスト出てなかったわよ」
「なに。マジか?」
「マジマジ」
「まったく気付かなかった……」
ちなみに陽平は現在自主的な自宅療養中(いや寮だけど)であった。
杏の攻撃をあれだけ喰らったので無理もないのかもしれないが、それに誰も気付かないというのは不憫すぎる。
「っつか、あいつどうすんだ?」
「さぁ? 強制でレッドウィーク突入なんじゃない? っていうかあいつの実力じゃ受けててもレッドウィークだったでしょうけどね」
だろうなぁ、と朋也も思う。
陽平もスポーツ推薦組だ。サッカー部。ああ見えて運動神経は良い……はず。
だが、まぁ見た目からわかるように陽平は馬鹿なわけで、むしろいままで補習を受けなかったテストの方が珍しいくらいだ。いや、なかったかもしれない。
「ま、自業自得なんだけどな」
なんて頷いていると、不意に背中に温かさと重みが被さってきた。
「とーもーやーさん♪」
「佐祐理?」
「は〜い。あなたの佐祐理がやって来ましたよ〜。ここ最近は一緒にいれなくてとっても辛かったんですよ〜」
衆人観衆の視線もなんのその。そんなの気になりませんとばかりに朋也の背中に頬を摺り寄せる佐祐理であった。
「だからっていきなり抱きついてくるのはどうかと思うぞ」
「充電です〜」
なんのだ。
「ちょっと佐祐理! あんた何こんな大観衆の前でそんな羨ま――じゃない、常識のないことしてんじゃないわよ!」
「あははー。キー学ではこの程度のこと各所で日常的に起きていることだと思いますけど〜?」
がーっ、と噛み付かんばかりに佐祐理に詰め寄る杏だったが、佐祐理の言葉に思わず勢いをなくす。
「それは……確かに」
「それに佐祐理と朋也さんは将来の夫婦なんですからこの程度なんでもないことですよ〜。コミュニケーションの一環です」
「誰が夫婦なんて決めたのよッ!」
「佐祐理ですが何か問題でも?」
「大アリよ!」
「朋也さんすいません。佐祐理がいなくて寂しくはありませんんでしたか?」
「無視すんじゃないわよッ!!」
寂しいというより比較的平和ではあったなぁ、と思うが怖くて口には出さない。
と、いきなり杏が片手で髪を靡かせながら不敵な笑みを浮かべた。
「まぁ、でも残念でした。昨日朋也はあたしと椋と一緒に中間テストの勉強してたの」
フフン、と胸を張る杏。対する佐祐理は朋也から離れつつ見上げ、
「――本当ですか? 朋也さん」
「ん? まぁな」
成り行き上。だがそれを言うと杏が激怒しそうだったので口にはしない。
すると佐祐理がコクコクと何かを納得するように二度頷き、
「佐祐理のいない間に朋也さんに手を出すなんて……杏さんも見かけによらずせこい手を使うんですね」
ビキィ! と杏のこめかみから不吉な音が聞こえた気がした。
「せこい……? あたしが? ちょっと勘違いしないでよね。
朋也はあんただけのものじゃないんだから、別にあんたがいないときに会ったって構わないでしょう? そこんとこ自覚してくれる?」
「あははー。朋也さんは将来の佐祐理の旦那様ですよ〜? 朋也さんはとっても素敵な人ですから、佐祐理が守ってあげなくちゃいけないんです」
「それこそ迷惑だって気付きなさいよねぇ?」
「注意しないと明かりに呼び寄せられる虫のように集っちゃいますから〜」
「あ〜ら佐祐理ぃ。それってもしかしてあたしのことかしら?」
「あ〜ら、もしかしなくても杏さんのことですよ〜?」
うふふふふふ、あははははは、と邪悪な笑いが交錯する。
既に掲示板周辺は巻き込まれることを恐れたのだろう、生徒たちの姿がなくなっていた。さすが三年生ともなると慣れたものである。
こうなったらもう朋也にも止められない。
というわけで、
「……教室に戻るか」
笑顔で睨み合う二人をその場に残し、朋也もそそくさと撤退を決め込んだのだった。
だが朋也は後にこの行動を後悔することになる。
そう、より詳しく言えば――ゴールデンウィークに。
あとがき
どうも神無月です。
さて、今回はキー学・中間テスト結果発表でした。
主要メンバーの成績がどの程度にあるのかおおよそわかったと思います。
まぁこれがキー学という場所なんだ、と思っていてくださいw
さて。最後にちょろっと後に繋がるようなものがありましたね。
そう次回はゴールデンウィークの話です。
ではまた。