中間テストもいよいよ明日と差し迫った今日。

 部活動も一時的に休止となっているため、ほとんどの生徒がまっすぐに帰宅しようとする。

 もちろん最後に少しでも点数を伸ばすため、この日ばかりは大半の生徒が勉強するだろう。

「さて、と」

 そして朋也もそんな一人。

 いつもは空っぽの鞄も今日ばかりは教科書とノートでパンパンに膨らんでいる。ズシっとした重さが自己主張をしていた。

「おい岡崎」

 さて帰ろう、と思ったところで自分を呼ぶ声が聞こえた。

 朋也は振り返り、自分を呼んだ相手を見据えた。妙にニコニコしている金髪の馬鹿がそこにいる。

 えーと、と朋也は前置きし一言。

「お前誰だっけ」

「あんたいきなり酷いこと言いますね!?」

「すまん。このクラス濃い連中が多くてさ、影薄い人間の名前は忘れちゃうんだ。で、お前だれだっけ」

「あははは。まったく岡崎も冗談ばっかり言うなよな。僕だよ僕」

「詐欺ならお断りだぞ」

「僕僕詐欺じゃねぇよ! 僕だよ僕! ってお前何無言で携帯取り出して110押そうとしてんだよ冗談じゃすまねぇだろ!?」

「じゃあ誰だよ」

「だから春原だよ。春原陽平。お前の親友の」

「俺の親友?」

「うん」

 とりあえず無言で殴っておいた。パンパンの鞄で。

「何すんですかあんたは!?」

「悪い。怖気が」

「酷すぎますよねぇ!?」

「で、お前誰だっけ」

「しかもそこに戻るのかよ!?」

 まぁまぁ、と陽平の肩を朋也は叩き、

「俺が思うにな。お前個性がないんだよ」

「そう? 僕個性だけは強いつもりだったんだけど」

「なんだ。『だけ』ってお前案外自分のこと理解してたんだな」

「ほっといて欲しいスね!」

「じゃ、そういうことで」

「あぁ、放っておかないで!」

「どっちだよ」

 まったく、と朋也は嘆息。そんな朋也を陽平は半目で睨み、

「じゃあどうしたら良いんだよ」

「お前、あれだ。これからしばらくの間語尾に「想定の範囲内です」って入れてみろ」

「はぁ? なんだそれ?」

「知らないのか。一時期流行語大賞にさえノミネートされたくらいの言葉なんだぞ」

「ふーん。でも流行語なら個性にはならないよね?」

「ばっか。お前無茶苦茶個性的だっての。なんせ流行語大賞にノミネートされるくらいの単語だ。お前くらいじゃ使いこなせないって」

「マジ?」

「マジマジ」

「はは、そっか。うん、なら僕やってみるよ」

「よし。で、お前誰だっけ?」

「またかよ! 想定の範囲内です!」

 お約束な展開だった。

 

 

 

 

 

集まれ!キー学園

三十四時間目

「勉強会?」

 

 

 

 

 

 原点に戻ろう。

 中間テストは既に明日に迫っているのである。もちろん時間は有限。本来であれば出来るだけ早く帰って教科書を開いて一つでも多くの物事を覚えるべきときである。

「にも関わらずお前が突っかかってくるからこんな時間になっちまったじゃねぇか」

「それは岡崎が僕のことを忘れたなんて言うからだろう? 想定の範囲内です」

「自分のことを忘れられるのも想定の範囲内か。さすがだな春原。お前は一味違うぜ」

「あはは、それほどでもあるよ。想定の範囲内です」

 とりあえず最後に褒めればその前文でどれだけのことを言われようと忘れる陽平クオリティ。

 扱いやすい男だ、と思いつつ朋也は陽平と共に帰路についていた。

 ちなみに佐祐理は本日は裏生徒会で帰りが遅くなるのだという。中間テスト前日にご苦労なことだが、まぁ佐祐理のことだから余裕なんだろう。

 他のクラスメイトは陽平と馬鹿やっているうちにいつの間にか消えていた。

 てっきり杏あたりは佐祐理がいないことにかこつけて何かしてくるかとも思ったがさすがに中間テスト前日は自分の成績を優先したようだ。

 あぁ、素晴らしき平和。

 こんなのんびりとした時間はいつ以来だろう。おかげでこうして陽平の馬鹿にも余裕で付き合えるゆとりさえある。

 ……と、そこで気付いた。

「そういえば春原。お前なんでこっちに来てんだよ。寮は向こうだぞ」

「はぁ? お前いままで気付かなかったのかよ。想定の範囲内です」

「それはすごい。で? なんで来てんだ。こっちは俺の家だぞ」

「だってお前の奥さんがいない日なんてレアなんだぜ? だからお前の家で遊ぼうと思って。ほら、これ見ようぜこれ」

 そう言って差し出してきたのはいかにもという感じのビデオテープ。つまり、

「エロか」

「そう! エロさ! 想定の範囲内です!」

「想定の範囲内のエロなら別に見る必要もないんじゃね?」

「ちげーよ! 僕の部屋にはビデオデッキないんだよね。だから見るためには岡崎の家しかないじゃん。想定の範囲内です」

「すげーお前頭良さそうに聞こえるな。聞こえるだけだけど」

「そう? はは、想定の範囲内ですごぶぁ!? なんで殴るんですかね!?」

「いや。いまの言い方はなんとなくむかついた」

 それはともかく、と朋也は鞄を下ろし、

「春原。うちにもビデオデッキはないぞ」

「……え?」

 ポカンとする陽平。

「いや、何言ってるの岡崎。普通、ビデオデッキない家なんてないでしょ」

「あぁ、うち全部HDD内臓のDVDデッキだから」

「このブルジュワめぇぇぇぇぇぇ!! 想定の範囲内です!」

「それも想定の範囲内か。さすがだな。っていうかブルジョワだから」

 とかそんなことをしていたら朋也の家に着いた。

 部活もなく帰ってきたこの時間帯に朋也の両親はいない。だから朋也は鍵を開け、ただいまと言うことなく家に上がる。

 一緒に陽平も家に入ってくる。どうやら陽平は未だ諦めてはいないようで、朋也を追い越し居間のデッキを見に行った。

 自分の目で確かめなければ信じられないんだろう。まぁそんな馬鹿は放っておいて朋也は二階の自室に足を向ける。

 だが朋也が上がりきるきるより早く、陽平がバタバタと追い越し上がっていった。

 居間にデッキがないことを確認して、今度は朋也の自室に望みを賭けたのか。ちなみに朋也の部屋にあるのもHDD内臓のDVDレコーダーである。

 やれやれ、と朋也が二階に着くと同時。陽平がすぐさま朋也の部屋の扉を開けて、

「とーもや〜♪」

 ガバァ! と飛び出してきた杏が抱きついてきた。

「「……」」

「……あれ?」

 杏は制服ではなく私服だった。春服にしてはやや露出度の高い、まだ少し寒いんじゃないかと思えるラフな格好である。

 まぁ杏からすればせっかく佐祐理という邪魔者のいないハッピーディ。朋也に色仕掛けの一つでも二つでもして自分をアピールしなければ、と意気込みこうして朋也を驚かせるために待ち伏せまでしていたわけだが……。

「え?」

 もう一度杏は疑問符を浮かべる。

 抱きついたときに杏の視線は横を見ていた。そしてその目線の先には、抱きつく相手だったはずの朋也がいる。

 おかしい、という予感がすぐさま悪寒に転換される。恐る恐る抱きついた相手を見上げれば、

「ゲヘ、ゲヘヘ……」

 鼻をデローンと伸ばし、手をワキワキさせている陽平と目が合った。

「……なっ」

 もう一度言おう。杏は色仕掛け戦法のために私服をチョイスした。

 服は薄く、胸の感触はかなり鮮明に伝わるし、ラフさ故に上から見れば胸だって見えるような、そんな服装だ。

 その相手が、朋也ではなく陽平。

「おー」

 顔面蒼白、という言葉の意味を朋也は目にした。

「きょ―――――――――う!!」

「ふざけんなボケェェェェェェェェェェェッ!!!」

 誘惑に耐え切れず襲い掛かろうとした陽平のボディに渾身の拳が突き刺さった。

「ぐぼぉえあ!?」

 吹っ飛び廊下の壁に叩きつけられる陽平。

 だがそこで終わらない。スマッシュスマッシュアッパー蹴り蹴り蹴りに打ち下ろし攻撃。

 まるで格闘ゲームのハメ技の如き壁際ラッシュが怒涛の勢いで陽平に叩き込まれていく。

「なんで! なんで! なんで! なんであんたがこんなところにいて朋也より先に部屋を開けようとしてんのよッ!!」

 杏、涙目である。

「ふざけんな! ふざけんな! ふざけんなぁぁぁ! 乙女の純情返せー! うわぁぁぁん!!」

 顔を真っ赤にして涙を浮かべる杏、というのはなかなか新鮮で朋也も少し可愛い、と思ったがやっていることは依然スプラッタ。

 おそらくもう50HITはくだらないという連続コンボ。智代もびっくりのその数に、しかし杏は怒りがまだ冷め切らぬのか手も足も止めない。

「この! この! 死ね! 死んで償えぇぇぇ!」

 いまにも空中コンボに発展しそうな勢いに、さすがに朋也は止めに入ることにした。……一瞬見てみたいとも思ったが。

「あー……杏? そろそろやめないとマジで死ぬかもそいつ」

「死んじゃえ――――!!」

「いや、まぁあれだ落ち着け杏。とりあえず家の人間より先に家を闊歩するその馬鹿も非は十分にあるが、今回ばかりはお前も不注意だぞ?」

「じゃあ何よ! 朋也はあたしが陽平なんかに汚されても良いってわけ!?」

「いや誰もそんなことは――」

「馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!!」

 杏が跳躍し、空中で横に一回転。遠心力と腰の捻りを加え爆発するように放たれた蹴りが、まるでサッカーボールのように陽平を吹っ飛ばした。

 目標は朋也。しかし朋也は持ち前の反射神経で軽くそれを避け、杏に近付いていく。

「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁ……」

 朋也の後方、即ち階段から遠のいていく声が耳に入ってすぐ抜けた。

 朋也はいまだにぐずっている杏の頭をポンポンと軽く二度叩き、そのまま抱きしめた。

「ほら、落ち着け杏」

「うぅぅ……朋也ぁ」

「泣くなって。お前らしくない」

「だってぇ、だってぇ……。あたし、朋也を驚かせようと思ってそこにいて……ぐす……せっかく着飾って来たのに……よりにもよって陽平なんかに……うぅ」

「わかったわかった。心配すんな、いまの杏は十分可愛いよ」

「ぐす……ホント?」

 いつも勝気な杏が、目を潤ませ頬を赤く染めながら上目遣いで見上げてくる。

 これを可愛いと思わなかったら人間じゃない。朋也は苦笑し、

「あぁ、本当だ。抱きついてんだ、わかるだろ。俺いまドキドキしてる」

「あ……本当だ」

 杏が朋也の胸に顔を埋める。その心音を確かめるように数秒。そして顔を上げたときには少し照れたような笑みを浮かべ、

「えへへ……良かった」

「ってあんたら人にあれだけのことをしておいてよくもそんなラブラブできますね!? 想定の範囲内です!」

 陽平が復活した。

「すげぇな。お前自分のことよくわかってるのな」

「ちげーよ! 想定の範囲内です!」

「どっちだよ」

「っていうかあんた! いますっごい良いムードだったのに邪魔してくれてんじゃないわよ陽平の分際で!!」

「ひでぇ!? お前自分が勝手に間違った挙句あそこまで僕をボコボコにしておいて言うことがそれかよ!? その前に言うことありますよねぇ!?」

「お帰りはあちらです」

「うがぁぁぁぁぁぁぁ!! 想定の範囲内です!」

「さすが春原。この返しも想定内とはやるな」

「いやぁ、それほどでもあるよ――ってなんか誤魔化されてませんか僕!?」

 さすがに気付いたか。

「ところで杏」

「話逸らすなよ!? 想定の範囲内です!」

「お前それだけのために家に来たのか?」

「無視かよ!? 想定の範囲内です!」

「ううん。ほら、明日から中間テストじゃない? だから一緒に勉強でもしようと思って」

「あぁ、なるほど。……いや、でもそれなら椋がいればわからないとこなんてないむぐぅ!」

 いきなりネクタイを締め上げられた。

 杏はふてくされた表情を見せながらネクタイを手放し、

「もう、気付いてよそれくらい。……朋也の鈍感」

「ごほ、ごほ。しかし、じゃあ椋はどうしたんだ?」

「そりゃあ誤魔化して来たわよ。あの子に素直に朋也の家に行くなんて言ったら絶対着いてくるに決まってんじゃない。だから――」

「お買い物に行く、と。お姉ちゃんはそう言って私に嘘を吐いたんだね……」

 ビクゥ!? と杏の肩が跳ね上がる。

 廊下に響くは聞くだけで凍えてしまうような絶対零度の怨嗟の声。地獄の底から響いてくるようなその声音に、朋也と杏がそーっと視線を向ける。

「「!」」

 そこに鬼がいた。

 殺意の波動に目覚めた藤林椋がいた。

 通行の邪魔だったのか、あるいは単なる八つ当たりか。廊下に沈む陽平の屍が恐怖に拍車をかけている。

 杏は慌てて朋也と離れ、えーと、と手を宙で右往左往させつつ、

「り、椋!? ど、どうしてこんなところにいるのかなぁ?」

「お姉ちゃんと同じ理由だと思うよ」

 つまり佐祐理がいないから、邪魔されることなく朋也に近付くことができるだろう、と。

 椋も、杏が買い物に行くと言ったときにこれはチャンスだと思ったのだろう。やはり双子。考えることは同じ。

「にも関わらず、お姉ちゃんは妹に嘘を吐いてまで朋也くんを独り占めしようとしたんだね?」

 だがそこで杏もカチンと来たようだ。顔から恐怖が抜け、眼差しが強くなる。

「ふん? それを言うなら椋だって同じことをしようとしてたわけじゃない。ならそこまで言われる筋合いはないと思うけど?」

「私が言いたいのは出し抜くために嘘を吐いたというその事実。それってルール違反じゃないのかな?」

「それは……」

「それにそんな服装までしちゃって……不純」

「む。不純って何よ」

「言葉通りだよ」

「へぇ? じゃあここにいるあんたは不純な動機なんて一切なかった、って言うつもり?」

「そうだよ。私は朋也くんと明日のテストに向けて一緒に勉強しに来ただけだもん」

「ふ〜ん? だったら別にそんなワンピース着てこなくても良いんじゃない? あたし知ってるよ。それこの前買ってきたお気に入りでしょう?」

「!」

「魂胆見え見えなのよ椋。あんただって結局同じじゃない」

「私はお姉ちゃんみたいに卑怯じゃないもん」

「なんですって……?」

「なによ……」

 状況は一触即発。

「二人とも、あのな? とりあえず落ち着こうぜ」

 まずい、と思う朋也が仲裁しようと二人の間に割って入ろうとするが、

「「黙ってて!!」」

 怒鳴られた。

 これはもう手に負えないかもしれない。しかしこの二人が喧嘩するところなんて見たくはない。

 どうしたものか、と考える朋也の足に何かがぶつかった。

 死んでいる陽平だ。

「……よし」

 一か八かだ。二人の姉妹愛に期待して、ここは陽平に犠牲になってもらおう。

 二人に聞こえないように身を屈ませ、陽平の耳元で一言。

「実は椋はお前のことが好きらしい」

「なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 一瞬でリレイズした陽平が鼻息も荒く、一足飛びに椋に抱きついた。

「結婚しよう!」

「ひ……」

 怖気に身を固めてしまう椋。だが、

「椋に手を出すんじゃないわよ!!」

 その横で杏がシャイニングウィザードをかまし、陽平をすっ飛ばした。

「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁ……」

 そして再び階段を転げ落ちていく陽平。今度は階段下のドアにでも直撃したのか、ど派手な音がこだまする。

 だがそれを完全にBGMとして、二人の姉妹は互いを見つめ合っていた。

「お、お姉ちゃん……ありがとう」

「良いのよ。……それと、ごめん。確かにあたし卑怯だった」

「あ! ううん、私も言い過ぎたよ。ごめんね、お姉ちゃん」

 ヒシ! と抱き合う双子の姉妹。二人とも本当は仲が良いのだ。

 これで万事解決だな、と頷く朋也。陽平という犠牲と、どうやらドア一枚の修理代が掛ることになるようだが、まぁそれはそれ。

 ――この二人が暴れたら絶対それだけの損害じゃすまないしなぁ。

 しかしそれは口にしない。言わぬが華……というか言ったら地獄というか。いやともかく。

「さて、それじゃあ二人とも。せっかくだし勉強会でもするか」

「はい!」「うん!」

 元気な返事と共に、二人がそれぞれ朋也の左右の手を取って微笑み合った。

 

 

 

 ドアの修理費(金具交換)2500円。

 姉妹愛、プライスレス。

 

 

 

 

 

 

「ぼ……僕の犠牲は……?」

 ノーマネー。

「は、はは……想定の範囲内、です……ガクッ」

 ちーん。

 

 

 

 あとがき

 というわけでこんにちは神無月でございます。

 さて、ようやく調子が戻ってきたのではないかと思う今回。いかがでしたでしょうか?

 当初の予定とは随分異なりましたが、まぁキー学は神魔と違ってその場の閃きで書いてますのでご容赦を。

 春原を上手く使いこなせているかなぁ……。どうだろうw

 っていうか朋也絡みで佐祐理が出ないのも珍し……くはないのか。前回も出なかったしw

 ともあれ、こんな感じで。

 さて、次回は中間テスト明けです(ぇ

 そんなテスト中の描写なんてやらないよー。書くことないからね!w

 ではまた。

 

 

 

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