さて、中間テストも間近に迫った休日。

 日頃勉強なんてやってられるかー、と豪語する生徒たちもこの日ばかりはそれなりに教科書に手を伸ばすものだ。

 もちろん日頃勉強をしている者はいつも通りに。レッドウィークにリーチ掛かっているものは慌てながら。

 さて、そんな状況で彼、朝倉純一もまた、勉強でもするかぁ、と暢気に考えていた。

 ちなみに純一は決して頭は悪くない。むしろ上位に入るだけの頭はある。

 日頃やる気のない彼だが、いざやり始めると止まることなくやってのけるのが朝倉純一という人間のスタイルだ。

 よって彼は前日詰め込み型の成功例と言えるタイプである。

 間違っても妹の音夢のように日頃から予習復習をするような勤勉な生徒ではなし、杉並や祐一のような天才タイプでもない。

 そして程よく自分を理解している純一は、故にこの休日があれば今回の中間テストも余裕だろうと思っていた。

 ……数分前までは、だが。

「……これって一体どういう状況なんだ」

 場所は朝倉家、一階の居間。

 そこには項垂れる音夢と、そして二人の珍客がいた。

「よう!」

「やっほ〜、純一くん♪」

 似た顔立ちの男女。当然だ、なんせこの二人は血の繋がった兄妹なのだから。

 だがその二つの顔を同じ場所で見ることは未だかつてなかった。

 ヤバイ、と本能が告げている。

 一人でもやばいのに、この二人が合わさったときに一体どれだけのやばさになるのか想像さえできない。というかしたくない。

 というかそもそも何故そんな二人がここにいるのか。

 訊ねたくなかったが、訊ねねば話は進まないだろう。覚悟を決めて、ゆっくりと口を開いた。

「……で? なんで俺ん家にいるんです? 折原先輩にみさお」

 するとその二人――浩平とみさおは互いににんまり微笑み、

「「遊びに来たに決まってるじゃん」」

 純一は目眩のままに意識を落としてしまいたかった。

 

 

 

 

 

集まれ!キー学園

三十三時間目

「あんたって人はー!」

 

 

 

 

 

 結論から言えばその言葉はまるで冗談ではなかった。

「よ、ほ、ほ!」

 浩平は居間のテレビに繋げられたPS2で真・三国無双をやっているし、

「ねね、純一くん。これどう? 可愛いよね?」

 みさおは純一の腕を掴み強引に隣に座らせるとファッション雑誌の服を見ては意見を聞きまくっていた。

 どうしろと、と純一は誰にともなく訊ねてしまう。

 頼みの綱であった音夢はさっさと居間より退室。みさおが純一にベタベタすることより中間テストの勉強を取ったようだ。

 おそらくシスコンの浩平もいるからみさおと何か間違いが起こることはない、と踏んだのだろう。そういうとこちゃっかりしているのが音夢だ。

 そもそも音夢がいながらどうしてこの二人を家に上げたのかと訊ねたのだが、

「……兄さん。いくら私でもあの二人がタッグでやってきたら止めることなんてできませんよ」

 と負のオーラを撒き散らしていた。

 まさに電光石火の早業だったらしい。まぁ鍵なんてこの二人の前ではあってないようなものなので不法侵入など容易なことだろうし。

 ――っていやいや! そこで納得したら負けだぞ俺!

 相手が折原兄妹だから仕方ない、と心が折れかかっていたがどうにか思い止まる。

 そう。いくらかったるいとはいえ、この二人をこれ以上のさばらせてはいけない。これは今後の純一の在り方にさえ影響を及ぼす重要なことだ。

 挫けるな。諦めるな。この二人に良いように遊ばれるようではキー学園での生活に未来はない!(断言)

 というわけでまずはこの二人の目的を探ることにする。

「っていうか折原先輩。あとみさお。そろそろ中間テストだってこと知ってますよね?」

「「知ってるよー」」

「じゃあ、なんでわざわざこんなときに遊びに来るんですか。そもそもいままでうちに遊びに来たことなんてなかったでしょうに」

「そりゃあお前、決まってんじゃん」

 浩平が画面の中で趙雲を駆りながら、にこやかに言った。

「お前の勉強を邪魔しに」

「あんたはどこまで鬼なんだ!!」

 バンバンと二度テーブルを叩く純一を、みさおがまぁまぁ、と宥めつつ、

「落ち着いてよ純一くん。お兄ちゃんだって悪気があって来たわけなんだから」

「それなんのフォローにもなってねぇよ」

 あれぇ〜? と小首を傾げて見せるみさおに嘆息。純一は力なく座り込むと頭を抱える。

「……っていうかなんでうちなんですか。例えば相沢先輩とか岡崎先輩とか他にもいろいろいるでしょうに」

 暗に他所の家に矛先を向けようとする案外腹黒い純一。浩平はコントローラーのボタンをかしかしと打ちながら、

「いや、それはもう既にやった」

「経験済みですか!?」

「おう。でもさー、祐一は邪魔しても良い点数取っちゃうし、朋也先輩んとこは凶悪な女帝がいるからさぁ。あそこ怖いんだよねぇ〜。

 ほら、その点お前は俺たち四人の中じゃなんだかんだで一番繊細だからさ。邪魔のしがいもあるかなぁ、と」

「……いま先輩に初めて殺意を覚えました。殺って良いですか?」

「だが断る」

「というよりそんなことして何が楽しいんですか」

「そりゃお前、墜落した点数見ることがだろ。はっはっは」

「あんたって人はー!」

 この人はここで抹殺した方が世のためなんじゃないかと真剣に考え始める純一であった。

「まぁ諦めろ純一。さて、俺はちょいとトイレに……」

「言うだけ言って逃げる気ですか……」

「ほらほら、純一くん。うちのクソ兄のことなんて放っておいてさ、わたしの洋服選ぶの手伝って?」

 くいくいと袖を引っ張るみさおを純一は半目で見つつ、

「……みさおも同じ理由で来たのか?」

「そんなわけないじゃーん。わたしはお兄ちゃんが純一くんの家に行くっていったから、会いたくてついて来ただけだよ〜」

「お前は勉強しなくても良いのか?」

「まー赤点取らなければ良いよ。普通に受けても平均点くらいは取る自信あるよ?」

 なるほど。その辺りの考え方は浩平と同じらしい。さすがは兄妹。

 いや、そんな感心はともかく。

「俺はとりあえず少しくらいは勉強したいんだが……」

「あー、まだそんなこと言うんだー。せっかくわたしがここにいるのにぃ……。あ、そうだ」

 むー、と頬を膨らませたみさおだったが……何か思いついたのか。いきなり口元を吊り上げる。

 その笑みを言い表すなら、まさしく小悪魔の笑み。

「あ……あー、俺ちょっとトイレに」

「うふ、だ〜め♪」

 直感的に嫌な予感を得た純一がすぐさまその場を離れようとするが、いきなり首に手を回されてそれを止められた。

「ちょ、おい!」

「ふふふ……」

 目の前にみさおの顔。妖艶とも呼べる微笑を浮かべ、みさおの手が妖しく動く。

「だったらぁ……勉強なんて忘れちゃうようなこと、しよっか〜?」

「お、おいおい、みさお! とりあえず落ち着け!?」

「落ち着いてるってば〜」

 とか言いながら右手が首をなぞり、するすると純一の胸元を撫でる。更にシャツのボタンを器用に片手で開けていく。

「待て待て! マジで洒落になってないって!」

「洒落なんかだと……思う?」

 純一はこれでもいくらかの体術を知ってるし、力などもそこら辺の男よりはある。

 はずなのに、どうしてかみさおの腕からは逃れることができなかった。

 まるで蛇に絡め取られた獲物のように、ただされるがまま。

「ふ〜ん。純一くんってやっぱり体つきしっかりしてるよねぇ〜」

「っ……! おい、みさお頼むから離れて――」

「い〜や♪」

 座っていたソファに横倒しに押し倒される。力はどう考えても純一の方が上であるはずなのに、あまりにあっさりと。

 その上で、みさおが自分の着ていた服の襟首を緩める。この体制からすると、

「ぐっ……」

 なんというかまぁ、あれだ。黒い下着に包まれた、決して大きくはないが形の良い胸の谷間が……。

「みさお、お前わざと見せてるな……!」

「当然じゃん? 雰囲気読んでよねぇ〜?」

 小さく笑い、みさおが純一の身体に密着するように倒れ込んできた。もちろん柔らかい感触はダイレクトに伝わり、

「あは。純一くん顔真っ赤〜」

「お前、やりすぎだっつーの!」

「嬉しいくせに〜。このまま最後までやっちゃう〜? わたしは構わない・け・ど?」

「ばっ――」

「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 唐突に。

 ガッシャーン! というけたたましい破砕音と共に窓を突き破って人影が居間に降臨した。

 純一とみさおも思わず目が点になる。

 ギャリギャリギャリィ!! と足でドリフトなんぞかけつつブレーキをかけ、砂塵と共に着地したその人物の名は、

「……み、美春……?」

 キー学園中等部所属。

 天枷美春であった。

 だがその姿は純一の知る美春ではない。

 オーラが見える。激しく燃え盛る怒りの炎のオーラが。

 前髪で表情が隠れているのがまた怖い。そのまま美春はユラァ、と立ち上がり、

「せっかくの休日だから美春が元気の出るバナナでも朝倉先輩に食べさせてあげようと思って来てみれば……これは一体どういうことです……?」

「あー、あのな? 美春、これには深いわけがー……」

「ほう。深いわけですか……」

 前髪の置くからギランと禍々しく輝く眼光が純一を射抜いた。

 殺される。

 生き物としての本能がそう告げていた。

「美春というものがありながら……朝倉先輩はそうやって他の女の人に手を出して……」

「ちょーっと待て!? 俺は何も悪いことしてないぞ――っていやそれより美春と俺は別にそんな関係じゃ――」

 と訂正をしようとして、しかしその言葉は開け放たれたドアの音に遮られた。

「ちょっといまの何の音ですか兄さん!?」

「なんだなんだ強盗か〜?」

 なんとこのタイミングで居間に戻ってきた音夢と浩平。

 まさにバットタイミング。いや、デッドタイミングと言った方が正しいか。

 最悪だ。純一は自らの運命を呪いたくなった。 

「「……」」

 もちろんと言うべきか。音夢も浩平も、割れたガラスや美春の登場など見向きもせず、純一とみさおの状況に視線が釘付け。

 そして――溢れ出る殺意。

「……兄さん。いったいなーにをしているんでしょーかぁ?」

「純一ぃ。てめぇ人の妹に手を出すとは良い度胸じゃねぇか。おぉ?」

 四面楚歌。

 あぁいっそこのまま全てを捨てて意識を落とせたらどれだけ楽なことか、と純一が現実逃避する中、

「もう! 皆で邪魔して〜」

 みさおはそれでも純一から離れようとはせず、むしろふてくされながらも更に純一に密着し、

「仕方ないなぁ。んー……じゃあ今日はこれだけ」

 チュ、と。

 あまりにも不意に、キスをした。

 唖然、呆然、愕然。表現はままあれど、誰もがそうして目を見開く中で、みさおはゆっくりと顔を上げ、ほんの少し頬を赤くして笑った。

「えへへ。キス、しちゃった♪」

 不覚にも。

 その笑顔を純一は可愛いと思ってしまい、

「「「☆$▽ΞЙ=*&@%Ёю>!??」」」

 阿鼻叫喚の地獄絵図に突入することになったのであった。

 

 

 

 もちろん、勉強なんかできるはずもなかったことは言うまでもない。

 

 

 

 あとがき

 はい、どうも神無月です。

 今回は一部お色気方向に走ってみました。まぁ実験の一環と思っていただければ。どうでしたでしょうね?w

 さて。キー学四天王の中で一番女難の相が出てるのは多分純一。

 朋也と祐一もまぁ似たようなもんですが、被害度は間違いなくトップクラスかと思われます。

 そんな純一に合掌。

 次回は朋也にスポットですはい。あ、ちなみに中間テスト系では祐一の話はありませんのであしからず。

 ではまた。

 

 

 

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