ゴールデンウィーク、というものがある。
五月初頭に固まった祝日をまとめて称するものであり、日本国民であるなら誰もが楽しみにすているはずの期間である。
のんびり家で暮らすも良し。小旅行に出るも良し。誰もがその休日に胸を膨らませ、計画を立てていたりする。
それが目の前に迫った四月下旬。
キー学も多分に漏れず多くの生徒たちが一緒に遊びに行く算段なんかを話し合っている。
……が、しかし。
キー学の生徒たちの中で、わずかであるがこのゴールデンウィークの接近に焦燥感を抱いている者たちがいる。
どうしてか?
それはキー学の伝統とも言える特殊なシステムのせいである。
そのせいで、一部の生徒たちにとってゴールデンウィークは楽しみなものではなく、苦痛なものへと変化してしまうのだ。
誰が呼んだか、名付けてレッドウィーク。
……まぁ、ようするに――補習である。
集まれ!キー学園
三十二時間目
「レッドウィーク脱出大作戦」
キー学園の中間テストは早い。
全国どこの高校も大抵はゴールデンウィークが明けてしばらくして中間テストを行うものだが、キー学園はなんとゴールデンウィークの前に行う。
それというのも、赤点を取ったものたちへの粛清としてこのゴールデンウィークを補習日に当てるためだ。
この鬼のような所業のため、補習を命じられた生徒たちはこの期間をレッドウィークと呼ぶ。
……とはいえ、キー学園はそれほど勉強にうるさい校風ではない。
赤点のラインも低く、全教科中半分以上が赤点でなければ補習の対象にならないとあって、おおよその生徒には関係ない話であった。
だが、忘れてはいけない。こんなシステムがある以上――必ず何人かはこのレッドウィークに強制突入させられる者たちがいることを。
というわけで中間テストまであと数日と差し迫ってきたこの日。
「というわけで諸君に集まっていただいたのは他でもない! この悪鬼の如き所業から俺たちのパラダイスを断固として保守するためであーる!」
「「「おぉぉぉ!」」」
「こんな横暴を許して良いのか!? 否! 断じて否である! 我らのハッピーホリデーのために死力を振り絞り戦い抜こうではないかー!」
「「「おぉぉぉ!」」」
うぉぉぉぉぉぉー、と雄叫び上げる馬鹿が四人。
北川潤を筆頭に、中崎勉、南明義、南森大介の四名だ。
ちなみに彼らがいるのは北川邸。まぁ邸というほど大きくはないが一番キー学園から近いということで皆はここに集まっていた。
四人はいま激しく燃えている。これが川辺だったら「夕日の馬鹿やろー」とでも叫んだかもしれない勢いだ。
……というかむしろ勢いだけで誤魔化そうとさえしているようにも見えるわけだが。
「まぁとりあえず落ち着けお前ら」
で、そのテンションについていけないという様相の男が更に二人、四人の輪から外れるようにして座っていた。
住井護と御堂伸一である。
いつもならむしろ北川たちと同じテンション(はさすがに言いすぎかもしれないが)で馬鹿騒ぎをしているはずだが、今日はむしろ冷めていた。
そんな反応が気に入らなかったのだろう。北川たちは揃ってサムズアップ。
「なんだ護! お前気合が足りんぞ! そんなことではこの戦いは勝ち抜けないぞぉぉぉ!」
「そうだ北川の言う通りだ! そんな心意気じゃお前たちは負け組みになっちまうんだぜ!?」
「そうそう、南森の言うとおりだぜ! お前らもテンション上げていけー!」
「そう! 南くんの意見は最もだね! この僕たちのような熱いソウルを見せてみなよ!」
マシンガンのように代わる代わる言ってくる四人に対し、護は一言ぽつりと、
「いや、つーか負け組みにリーチ掛かってるのむしろお前たちのほうだからな」
「「「「!!!!???」」」」
ピシャーン! と背後に雷のエフェクトが走った。
「……そ、それを言ったらおしまい、だ、ぜ……ガクッ」
一瞬の後、ズーンと「orz」のように崩れ落ちた四人のテンションはまさに天から一気に地へ落ちたかのようだった。
さて、このままでは話が進まないので一旦整理しよう。
ここまでの流れでわかるように、現在六人は北川宅でレッドウィークを回避すべく勉強会を開くことになった。
とはいえ、その危機に直面しているのは言わずもがな北川ら四人だけで、住井と御堂にはその心配はまずなかった。
住井はこれで平均点以上は率なく取るタイプだし、御堂も御堂で平均点前後を無難に取る人間である。
なわけで、このテンションの差が生まれたのであったわけだが。
「っていうかよぉ」
住井がポリポリと頭を掻きながら、
「俺と御堂は別に猛勉強せずともレッドウィーク回避できんだからここにいなくても良いんじゃねぇか? 特に勉強するつもりもないし」
まぁ、成績上位を狙うわけでもない限りは、赤点にならなければ良いというのは万国の学生共通の概念だろう。
住井たちは授業を聞いているだけでそれなりの点数が取れるので、特に勉強しないというのが例年のことである。
「この、大馬鹿者ぉぉぉぉぉぉ!!」
だが北川は拳を握り締めながら悠然と立ち上がり、ビシィ! と住井の眉間を指差した。
「貴様はまるでわかってない! こういう苦境を共に乗り越えてこそ、真の友情というのは開拓されていくものなのだ! そうだろう、同志諸君!」
「「「イエス! ユアハイネス!」」」
「あ、流行に乗った」
「はい御堂くんは変なところに茶々入れなーい! さぁ住井よ! お前の答えを聞かせてもらおうか!」
「帰って良い?」
「この軟弱者ぉぉぉぉぉぉ!!」
▼北川の攻撃!
▼しかし当たらなかった!
「いきなり殴りかかってくんじゃねぇよ馬鹿!」
▼住井の反撃!
「はぅっ!?」
▼クリティカルヒット!
▼北川に999のダメージ!
「お、おま……急所攻撃は反則……うわらば」
▼北川は倒れた!
「き、北川!?」
「……お、俺はもう……駄目だ。後はお前たちに……任せるぜ……」
「死ぬな北川! お前は故郷に残した娘がいるだろう!?」
「……あぁ、できることなら……また娘をこの手に……抱き、たか……ったぁ……がくっ」
「き……北側ぁぁぁぁぁぁ!?」
「北側って言うなぁぁぁぁぁぁ!」
「ごふぅ!?」
収拾つかないのだがどうすれば良いんだろう、と中途半端に常識人な御堂は半目でそのやり取りを眺めていた。
「つか、勉強しなくて良いの? レッドウィーク回避したいんでしょ?」
「そう! 御堂の言うとおり! だからこそお前たち二人の力が必要なんだ!」
奇跡(?)の復活を遂げた北側ゴホン、北川に対し住井は呆れたような表情で座りなおし、
「だーから。なんで俺たちがいなくちゃいけないんだよ」
「いやだってさ。普通に考えて勉強会とかいって俺たち馬鹿四人だけで集まって勉強が進むと思うか?」
「いままさに現在進行形で進んでないと思うぞ?」
「そういう無粋な突っ込みはノーサンキューです。つまりな? 馬鹿が集まっても意味ないんだ。そこに頭の良い奴が数人いないと」
「だったら俺や御堂じゃなくてもっと頭良い奴……それこそ相沢とか呼べば良いじゃないか」
「ちっがーう! お前はわかってない!」
北川がバンバンと机を叩き、
「あんな天才万能野郎と一緒に勉強なんかしたら虚しさと切なさと心弱さで俺たちの心は崩壊します! というわけで論外!」
腕を振る。そして、
「だから! 俺たちがその人としての才能の差に打ちひしがれないような近距離でかつ俺たちよりそこそこ頭の良いお前たちがベストなわけだ」
「……なんか明らかに挑発されているとしか思えない言い回しなんだが俺の気のせいか?」
「自意識過剰だな住井。そんなんじゃこの動乱の世界は生きていけないぜ?」
「むしろお前たちはそんなことしてっとゴールデンウィークを生きていけないぜ?」
沈んだ。
「す、すげぇカウンター……さすがは住井だな……」
「というか、結局お前たちは勉強が面倒だからなんやかんやで先延ばしにしてるだけだろ?」
ぎく、と四人の動きが固まる。
ようするに図星だったというわけだ。ま、その気持ちはわからんでもないが。
やれやれ、と嘆息し住井は立ち上がり、
「よーし御堂、撤収すんぞー。帰りにゲーセンでも寄って連ザでもやろうぜ」
「そうだな」
「ちょ、お前ら友を見捨てる気か!?」
「端から勉強をする気がない勉強会なんて肉のない肉じゃがみたいなもんだしな」
「じゃがあれば良いじゃん!」
「そこじゃねぇよ俺の言いたいことは! ようするに既に別物って時点で意味ねぇだろってことだ!」
「じゃがあれば良いじゃん!」
「連呼すんな! とにかく俺たちは帰るぞ」
「くっそう! お前のグフなんてインパルスに撃墜されてしまえ!」
で、結局住井と御堂は帰ってしまった。
一瞬静寂に包まれるin北川宅。
こほん、と仕切りなおすように北川は咳払いし、
「……まことに遺憾ながら、増援の目処は断たれた。我々はこの陣容のまま戦線に突入せねばならん」
「「隊長……!」」
「僕たちだけでやっていけるんでしょうか!? この戦力では既に敗北が決まっているのでは――」
「言うな! 言ったらその時点で希望は消えてしまう! 人はなぁ、死んだら負けなんじゃない! 諦めたらそこで負けなんだ!」
おお、と三人から感嘆の呻き。気を良くした北川は立ち上がり、
「さぁ、同志諸君! 戦おうじゃないか! 援軍が来ない? ハッ、大いに結構! 我らの意地を敵と祖国に見せ付けてやろうではないか!」
「「「イエス! ユアハイネス!」」」
「各員戦闘準備ー!」
「「「イエス! ユアハイネス!」」」
盛大に座り込み、問題集を勢いよく開き「シャキーン!」とシャーペンを構える四名。そして、
「突撃ーッ!!」
「「「うおおおおおおおお!!」」」
男の生き様を見よとばかりの猛烈な気合を込めて問題集に取り掛かった。
で、十五分後。
「……わっけわかんねぇ」
「微分ってなんなんだ? 気分の親族か……?」
「え〜と何々……『baboon』……粗野な人だってよ」
「あれ、いま教科の壁越えなかったか? つか発音違くね?」
「良いんだよその辺は適当で。……っていうかさ、僕たちがいきなり問題集って時点で根本的に方法間違ってない?」
「だなぁ」
「やめるか」
すっぱりと諦めた負け組がここに。
「じゃあとりあえず教科書でも読むか」
「「「賛成〜」」」
南の提案に誰もが賛同し、その十五分後。
「「「「……ZZZ」」」」
寝てた。
「ハッ!?」
南森がガバァ! と鬼の形相で起き上がり、三人の頭を連打した。
「起きろ! 寝たら負けだぞ!」
「「「ぬぁ!?」」」
三人も慌てて起き上がる。ぜはーぜはー、と意味不明の息切れをしながら中崎が、
「せ、精鋭の僕たちがこんな初歩的なトラップに引っかかるなんて……!」
「こ、こうなったら……北川隊長!」
「どうした南隊員!」
「はっ! いまの我々はまさに疲労困憊! このまま進軍しても敵の罠に容易に引っかかってしまうのは自明の理であります!」
「ふむ。では南隊員に打開策はあるのかね?」
「はっ! いまは涙を呑んで休息を挟むことが得策かと! 心身共にリフレッシュすれば我ら、この程度の罠は突破できるはず!」
「なるほど素晴らしい! ならば現時刻よりしばしの間休憩とする!」
「「「イエス! ユアハイネス!」」」
「休息は三十分だ! それ以上は我らの士気をも鈍らせる! 良いな!?」
「「「イエス! ユアハイネス!」」」
……で、三十分後。
「うぉぉぉぉ、卍解!! 黒縄天譴明王!!!」
「おわ、てめぇもう卍解ゲージ貯まったのかよ――ってぎゃああ俺一人狙いかてめぇ!」
「ならば僕も! 卍――ってあぁ解放する前にやられた!?」
「ふはははは、よーく後ろを見ておくんだったな! このエロリスト南森! ゲームであろうと気配の消し方は天下一品である!」
PS2のBLEACH四人対戦で延々遊びまくっていた。
無論三十分程度で収まるはずもなく。
夜通しゲーム大会は続いたという……。
結果がどうなったかは……まぁ火を見るより明らかだったと記しておこう。
あとがき
ってなわけで神無月でございます。
さて、キー学らしい……と表現して良いのかどうか激しく疑問ですが、まぁともかくコメディです。いやギャグか? まぁともかく。
北川たちの中間テスト前のお話でした。えー、もしかしたら似たような経験した人もいるかもしれませんねw
ま、ともかくしばらくは中間テスト関連のお話が続きます。と言っても二、三話程度ですけどね。
ではまたっ!