「さてさて」

 朝のホームルーム中。

 戸倉かえでは、担任である国崎往人のやる気のない連絡事項を右から左に聞き流しつつ片手で携帯をかまっていた。

 画面には杉並から貰った男女容姿ランキング。しかも顔写真付き。

 まぁ同じクラスならまだしも別のクラスであれば確かに顔写真でもないと誰が誰だかわからないだろう。

 これを参考にまずは自分の目で確かめる。かえではあまり写真を信用しない性質であった。

 写真は写りの良い悪いがあり、あまり当てにならないからだ。

 とはいえ最初からいきなり接触するようなことはしない。警戒心を持たれてはいけないからだ。

「ま、急いては事を仕損じる、って言いますしね〜」

 と独り言なんか呟きつつ、かえでは再び携帯に視線を落とした。

 まずは一年C組、このクラスからだ。

「それにしても……」

 凄いなぁ、と思うことが一つ。

 このクラスにはランキングに載っている生徒が、なんと八人もいる。

 二年A組や三年E組はそれぞれ六人のランクインだから、それだけでもこのクラスのレベルの高さが伺えるというものだろう。

 まぁ、同じクラスに調査対象が多いのは手間を考えても好ましい。

 というわけで、観察を始めることにしよう。

 

 

 

 

 

集まれ!キー学園

二十九時間目

「スターを探せ!(中編)」

 

 

 

 

 

 さて、改めて言うとこのクラス……一年C組にはランクインしている人間が八人いる。男女のランキングそれぞれ四人ずつだ。

 まずは女子を見てみようかな、とかえでは携帯から視線を上げてみる。

 廊下側の列、その中央に座る少女。朝倉音夢。

 可愛いと思う女子第九位にランクイン。

 ――ふむふむ。確かに整った顔をしてますね。それに、しっかりした雰囲気を感じます。

 杉並のデータにはそれぞれ各個人の補足情報まで記されている。それによれば、音夢は風紀委員の中で撃墜王を誇るらしい。

「って撃墜王って……」

 思わず突っ込みを入れつつ、かえではもう一度音夢を見る。

 顔は申し分なし。性格は追々判断するとして、一次調査は「○」で良いだろう。ただ強いて言うなら、

「……もう少しプロポーションが欲しいところですかね。主に胸とか」

 ボソッと呟いた瞬間、いきなり音夢が鬼気迫る表情で勢いよく首を巡らせ始めた。

「ん? どうした音夢?」

「兄さん。……いえ、いま誰かにそこはかとなくプロポーションを馬鹿にされた気が……」

「自意識過剰なんじゃないのか? そんなに気になるんならこの前通販雑誌で欲しそうにしてた豊胸機買えば良かったんじゃ――」

「う、うわああああああああ! な、ななな、何を言ってるんですか兄さん!? わ、私がいつそんな物を欲しいだなんて……!」

「いつってお前、あんな雑誌に穴が開きそうなくらい注視してたらなぁ、誰にだってわかああああだだだだだだだだだッ!!!」

「おほほほほほほ。まったく兄さんは朝っぱらから妄言を。私にはまったく身に覚えがありません。兄さんもそうですよね?」

「く、首を絞めながら言ってもぉ……説得力が、ない、ぞぐあぇぁぁあああああ!!」

「ほらほら兄さん。そんな踏みつけたヒキガエルみたいな声を出す前に答えましょう。気のせいですよね?

「……お、おーけ……おーけー……俺は……何も……見て……いない。……全部、……気の……せい……だから……早く……離し……」

「おーいお前ら教師の前でよくもそう堂々と兄妹喧嘩できるなー?」

 見なかったことにしよう、とかえでは携帯に視線を戻した。

 さて、次はそんな混乱を面白そうに眺めている隣の列の先頭、折原みさお。

 可愛いと思う女子第六位にランクイン。

 ――顔はもちろん、明るく元気そうなイメージを感じますね。音夢さんとはある種対極かもしれません。

 データには二年でランクインしている折原浩平の妹と書いてある。

 美形兄妹。なかなか憧れるシチュエーションである。私も兄弟か姉妹が欲しかったなぁ、なんて思考は脱線。

「いけないいけない、観察に戻らないと」

 ということで、視線を戻すと……不意に振り向いたみさおとバッチリ目が合った。

「!」

 慌てて視線を携帯に戻す。しばらくしてそ〜っと視線を上げてみるが、未だにみさおはこっちを見ていた。

 というか、明らかにこっちを見て笑っている。どこか小悪魔チックな、何かを企んでいるような、そんな笑みと流し目。

 携帯の補足説明にはなんとこんな一文が。

『折原みさお嬢は俺ですら実態を把握できんほど。あれが天然なのか計算の上なのかはわからないが、相当厄介な性格のようだ』

 ――いや、どんな人ですか。

 なんかこっち見てる視線が、

「なんか楽しそうなことしてる〜。聞きにいっちゃおうかなぁ? あ、でもいま聞いちゃったらいろいろとまずいのかな? 立場もあるしね?」

 とか語ってる気がする。こっちの正体やしていることを全て把握しつつ、しかしそれでも傍観しているかのような余裕の視線。

「……つ、次行きましょう、次」

 きっと気のせいだ考えすぎだ、と思いながら次の生徒へ。

「さて、第三位は戸倉かえで――って私ですか」

 これは正直嬉しいところ。

 というかいくらいつもと違うとはいえアイドルやっててこういうランキングに入れなかったらちょっと悲しいものがある。

「まぁ、無事にランクインできたということで次に行きましょう」

 残る一人はなんと、いきなり可愛い女子ランキング一位である。

「……まぁ、おおよそ予想はしてましたけどねぇ〜」

 始業式の日、このクラスの面々の中で一際異彩を放っている少女がいた。

 現役アイドルのかえでですら一瞬見惚れてしまうほどの美少女。それはもちろん、

「白河ことりさん、ですね」

 正直かえで自身この少女には負けるだろう、と思っている。

 顔、体型、声、雰囲気。全てがまるで黄金比の如く調律、完成されたまさに美少女と呼ぶに相応しい人物。

 更に頭も良くて運動神経もあり挙句性格も良いとまさにパーフェクトガール。天は明らかに二物を与えていた。

 現在は読書中。そんな光景ですら様になるのだからなんとも末恐ろしい。自分がプロダクションのスカウトマンだった間違いなく声をかけるだろう。

 いますぐにでも声をかけたいところだが、ここは我慢だ。

 これは一種の勘だが、彼女は人懐っこいようでいてどこか他者と距離を取っているような気がする。

 十中八九、やんわりと断られるだろう。

「……ま、いまは観察に留めましょう。さて、お次は男子ですね――って、あれ?」

 格好良い男子ランキング十位がこのクラスにいるわけだが、なんとそれは、

「杉並くんではないですか」

 なるほど。確かに見た目は超一流。更に運動もできて頭も良いらしいし、モテそうな気もするが……。

「ちなみに俺は人気ランキングではベストテン漏れしている……って、自分のところにも補足事項が。

 いや、まぁ……なんとなく杉並くんらしい気もするんですがね。うん」

 それはきっとこういう性格のせいなんではないだろうか。なんでも風の噂ではかなりの問題児であるようだし。

「ま、良いや。次です次」

 第七位、遠藤裕也。

 スリムな体型にしっかりした顔。なかなかに良い男と言えるだろう。美形というよりはラフな格好良さがある。

 補足事項には付近の大食い店を制覇した大食い王とあるが、

「……あの線の細さからは想像もできませんね」

 次に移る。

 第六位、工藤叶。

 友人と談笑している横顔を観察しつつ、ふむふむとかえでは二度頷き、

「いわゆる女っぽい顔、ってやつですね。確かに美形。なんとなく高貴な雰囲気も感じます。が……」

 なんだろう。どうにもあと一押しが足りない気がする。

 顔だけならば文句ないのだが、なんかこう……あともう一手欲しいというか。

「……決め手に欠けますね。次行きましょう。えーと次は……ふむ」

 第四位、朝倉純一。

「さっき朝倉音夢さんに首絞められていた人ですよね」

 もう一度見てみる。机に突っ伏して死んでいた。

 かえでは見なかったことにした。

「あ、兄妹なんですか」

 双子、にしては顔は似ていないが……まぁその辺りは別段気にしないので置いておくことにする。

 しかし、確かに格好良い。普通に芸能界にいてもおかしくない顔立ちである。背丈も体つきもバランスが良い。これはいけるかもしれない。

「っていうかこれで四位っていうのがキー学の恐ろしいところですよね……」

 キー学のレベルの高さを肌で感じつつ、携帯をしまう。

 とりあえずこのクラスはおしまい。さて、次に行くとしよう。

 

 

 

 ……と思ったわけだが、ここでちょっとした問題に行き当たった。

 というのも、他のクラスに入ることがなかなか難しいという当然のことをいまになってようやく思い出したのだ。しかも他学年となればなおさらに。

 同じクラスに固まっているので出来ればクラスに入って一気に観察したいところだが、いきなり入ったらただの変人だろう。

 せっかくの学園生活を変人スタートするのは嫌だ。とすると、やっぱり一人一人個人で調べるしかないだろうか?

 ちなみに現在一時間目の国語の授業。

 石橋という教師の無難な自己紹介から始まり、今後の授業内容や高校生活のなんたるかを無難にひたすらに喋りまくっている。

 おかげで舟をこいでいる生徒も少なくない。朝倉純一に至っては隠そうとすらせず突っ伏して寝ている。いや、死んでいるだけかもしれないが。

 ともかく、だ。何か策を講じなければならず、この一時間をその思考に費やしていたわけだが、

 キーンコーンカーンコーン。

 ……どうやら間に合わなかったようだ。

「ふむ。今日はここまでか。それじゃあこれから高校生活三年間、この学校に在籍する生徒として恥ずかしくない生活を――」

 ピンポンパンポーン。

『石橋先生、石橋先生。お電話が来ています。至急職員室まで来てください。繰り返します。石橋先生、石橋先生……』

「む? 電話か。困ったな……おい、誰か教材を次の教室にまで運んでおいてくれないか? 下手をすると間に合わんかもしれんからな」

「どこの教室に何を持って行くんですか?」

 生徒を代表して音夢が聞くと、石橋は良くぞ聞いてくれたと一度頷き、

「教材室から古語辞典を運んで欲しいんだ。三年E組までな」

 その瞬間誰もが顔をしかめた。

 ここは四階だが、教材室は五階。そして三年E組は二階だ。一クラス分の辞典を五階から二階まで運ぶのは誰であろうとしんどい。

 しかし、そのときかえでの瞳がキュピーンと輝いた。

 これぞ神の与えたもうた絶好の機会!

「はい、私がいきます!」

 ビシィッ! とほとんど条件反射で手を上げてしまった。で、それから気付く。

 ――私、持てるんでしょうか!?

 一クラスおよそ三十名だから三十冊近い辞書ということになる。果たして重さはどれほどのものか想像したくない。

 勢いよく手を上げたくせに顔を青くするというわけのわからないかえでに対し石橋が判断しかねていると、

「あ、じゃあわたしも一緒に行きまーす。一人じゃきっときついだろうし」

 折原みさおがにっこり笑顔で手を上げた。

「そうか。それじゃあ二人に頼もう。古語辞典は教材室手前にあるからすぐわかるようになっているからな」

「は〜い♪」

 教室を出て行く石橋を見送り、みさおがくるりと振り向く。

 にこにこ笑顔。しかし何故だろう。激しく嫌な予感がするのは。

「それじゃあ戸倉さん、行こうよ」

「あ、はい」

 促されるまま共に廊下に出る。鼻歌を歌いながらスキップ調で前を行くみさおに、かえでは注意しつつ続いていく。

 ――何を考えているんでしょうか?

 純粋な善意かもしれない。いや、そっちの方が確率としては大きいはずだ。

 にも関わらず、こう、感じるプレッシャーはなんだろうか。

 まるでバックには『ドドドドドドドドドドドドド』という効果音が羅列されているような気さえしてくる。

「あ、そうだ。ね、葉月さん」

「あ、はい!? なんでしょ、う……か?」

 待て。

 いまなにか自分はとんでもない失態をしなかったか……?

「あ、あの……いま、なんて……?」

「ん? だから葉月さん、って呼んだんだけど? 葉月優香さん?」

「う、うわぁー!」

 ばれていた! しかもにっこりと言われてしまった!

「い、い、いつから……!」

「え? 最初からだけど」

「え、えー!?」

 なんと最初からばれていた!

「……あの、どうしてわかりましたぁ?」

「いやだって。髪型や髪の色は違うしメイクもあるだろうけど、テレビで見る葉月優香と顔一緒だし」

 何を当たり前のことを聞いてるの、と言わんばかりにしれっと答えるみさお。

 そう言われてしまえば確かにその通りなのだが、他の生徒は気付かなかったし、鏡を見たときに自分ですら別人だなぁ、と思ったものだが……。

 恐るべし、折原みさお。

「え、えーとできればこのことは秘密の方向で……」

「あ、やっぱ秘密ってことになってるんだ? おーけーおーけー、誰にも喋らないよ」

「そうですか。良かった……ってうわぁ!?」

 これでマネージャーにどやされずにすむ、と安心したのも束の間、いきなり不敵な笑みを浮かべたみさおの顔が目の前に。

「たださ、これじゃあ不公平じゃない? 戸倉さんのお願い聞いたからわたしのお願いも聞いて欲しいの」

「え、えと……なんですか?」

「戸倉さんがいまやってること……わたしにも一口噛ませてよ」

 ビクリとかえでの肩が揺れる。そのままそっぽを向き、

「な、なーんのことでしょ〜?」

「あ、とぼけるんだー? さっきわたしや音夢さん、ことりや純一くんのこと見てたじゃなーい。あれよあれ」

「き、気のせいですよー、あはははは」

「視線があっちこっち行ってるよ?」

「はぅ……」

「ほらほら〜。早くしないと言っちゃうぞ〜?」

「う、うぅ……。で、ですが私は脅迫には屈し――」

「みなさーん! 実はー! ここにいるー! 戸倉かえでさんはー!」

「きゃあああああ!」

 かえではすぐさまみさおの襟首を掴み、誰もが驚くほどのスーパーダッシュで階段を昇っていった。

 

 

 

 女子生徒が女子生徒を引きずって階段をすっ飛ばすという怪談まがいの行動を経て、二人は例の教材室にやって来ていた。

「ほっほう。なるほどなるほど。つまりスター発掘ってわけか。それで杉並くんからこんなランキングを貰って観察していた、と」

 面白そうに何度も頷きかえでの携帯をを見るみさお。ちなみにかえでは入り口付近で絶賛息切れ中である。

「あんもう、こんな面白いネタ放っておくなんて杉並くんも駄目だな〜! ……いや、もしかしてなんか狙ってるのかな……?」

「はぁ、はぁ……。お、折原さん、あの……」

「みさおで良いよ。わたしもかえで、って呼ばせて貰うから。同じ平仮名三文字の仲だしね!」

 どんな仲ですか、と突っ込みたい衝動を抑える。それよりも、

「……これで口外しないでもらえますね?」

「もちろーん。で、さ。わたしもこれ手伝わせてよ。面白そうだし〜☆」

「嫌です!」

「そんなツーンとそっぽ向かないでよぉ。それに、わたしが協力した方がいろいろと便利だと思うよ?」

 どういう意味、という視線を投げかけるとみさおは携帯のストラップに指をかけクルクルと回しながら、

「だってわたし、三年E組も二年A組も知り合い多いもん。無難に潜入できると思うけど?」

「む……」

「外部入学のかえでが他クラスに入ってって無理がないのは今回みたいな機会しかないわけだけど……まさかもう一度こんな偶然があるとでも?」

「むむ……」

「むしろわたしの友達ってことになれば岡崎先輩やお兄ちゃんや祐一さんたちとも難なく接触できるんだけどなぁ〜?」

「むむむ……」

「ん? どうする?」

「むむむむ……」

「ん〜?」

「むむむむむ……」

 

 

 

「しっつれいしま〜す! 教材をお届けに参りました〜!」

「失礼しますー」

 三年E組の教室に響き渡る二つの声。

 古語辞典の詰まった箱を二人で持ってきたみさおとかえでである。

「はぁ……」

 結局、かえではみさおと一緒に行動することにしてしまった。

 なんのかんの言っておきながら、確かにみさおの提案は都合の良いものばかりだったからだ。

 しかしどうにも判断を誤った感が拭えないのは何故だろう。

「……いえ、ポジティブシンキングでいきましょう」

 むん、と気合を入れなおすかえで。

 さっきからえらく振り回されている気がするが、それはそれ。結果的には利が多かったとポジティブシンキングでいこう。うん。

 なんせ調査はこれからなのだから。

 

 さて、みさおを加えたかえでの奮闘記はまだ続くが、今回はこれまで。

 二つのクラスで巻き起こるドタバタ劇は、また次のお話である。

 

 

 

 あとがき

 えー、どうも神無月です。

 というわけで前後編予定だったものを、急遽前中後編に分けることになりました。

 切れ方もなんという中途半端w

 しかしここで切らないとバランスが悪くて仕方ないのでここで切りました。はい。

 さて、折原みさおを仲間に加え(?)、かえでの調査もいよいよ他学年へ突入ということになります。

 では、また次回に。

 

 

 

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