新学期が始まり五日が過ぎた。

 休みを除けば三日。まだ新クラスに慣れる、とまではいかないだろうがそれでも浮ついた気持ちも落ち着く頃合だろう。

 さて。

 そんな中で、いまだに入学式以来一度もキー学に通っていない生徒がいる。

「はぁ……ようやくスケジュールが空きました。忙しいのも嬉しいことですけど……やっぱり学生なら学生らしいこともしたいですよねぇ〜」

 校門の前に立ち緩やかに伸びをするその少女。

 現在、登校時間。校門の前に立つその少女を、行き交う誰もが振り返り見ていた。

 それもそのはず。その少女はこの美少女の多いキー学の中であってもさらに輝きを放つような美少女だったからだ。

「さて、では行きますか」

 やや茶色がかったポニーテールがぴょこんと跳ね、少女が歩き出す。

「念願のキー学園。……たーっぷり観察させていただきますよ〜♪」

 少女の名は戸倉かえで。

 今年キー学園に入学した一年C組の生徒である。

 しかし、彼女にはもう一つの顔があった。葉月優香という顔が。

 そう。彼女は、

 ――現役の、スーパーアイドルである。

 

 

 

 

 

集まれ!キー学園

二十八時間目

「スターを探せ!(前編)」

 

 

 

 

 

 葉月優香。

 一年前に突如現れたアイドル界の新星。

 容姿が浮世離れしているのは当然として、演技も歌も上手いといういま人気急上昇中の現役中学生アイドルで……そしてこの春高校生アイドルとなった。

 が、彼女がどこの高校に入学したかは公表されていない。熱烈なファンはそれでも調べ上げたりしたらしいが、結局発見されなかったという。

 それも当然。葉月優香たる戸倉かえでは、パッと見ではとても同じ人間には見えなかった。

 葉月優香のときはテレビ用のメイクに加え、ウィッグなどを使用し髪型を変え、髪の色さえ変化させている。

 よほど観察力の高い人間でもない限り、素人では「優子=かえで」という方程式はたてられないだろう。

 そんなわけであるが、しかしもちろん仕事なんかの都合上キー学園の職員はかえでの正体を知っている。

 逆を言えば、それ以外の誰もかえでの正体を知る者はいなかった。

 ――あぁ、誰にも追いかけられずサインもせがまれない普通の生活……。平和です〜。

 廊下を歩きながら心中で呟くかえで。こういう騒がれない生活も久しぶりに良いものだ。

 とはいえ、かえでが身分を隠して学生生活を送ろうとした理由はこれだけではない。

 それとは別にもう一つ、ちゃんとした理由がかえでにはあった。それは、

「美男子、美少女のメッカであるキー学で私とユニットを組む人を探し出す!」

 ということだ。

 実は数ヶ月前、事務所からユニットを組めというお達しが来たのだ。

 しかし、事務所から数名の提示が来たそのどれもを断り、かえではこう宣言したのであった。

『知らない人となんか組めません! 私が自分で探してきます!』

 ただでさえ気弱な所長の上、その事務所の唯一の財源であるかえでに言われ、結局その案は(半ば脅迫で)押し通った。

 ……と、いうわけで急遽キー学園に入学を決めたかえで。なんでも器用にこなす彼女は入学試験も難なくパスし、こうしてキー学にやってきた。

「ここしばらくはお仕事で来れませんでしたが……これからは若干のゆとりもあります。慎重に探すとしましょうっ!」

 グッと(心の中で)拳を握り決意を改める。

 ……が、ここに一つの問題点があった。それは、

「……どうやって候補を調べるか、ですよねぇ」

 キー学園は典型的なマンモス校である。

 高等部だけでさえ三学年合わせれば二千を越すという。初等部や中等部、大学部なんかを合わせれば……万を越す勢いだろう。

 それら全部を回りきるのは至難の業だ。ただでさえ人より自由な時間の少ないかえでではなおさらに。

「う〜〜〜ん……」

 とか唸ってみても良い考えが浮かぶわけでもない。

 結局妙案も見つからないまま、久しぶり(とはいえまだ二回目)の教室へ足を踏み入れた。

 と、そこで面白い会話が聞こえてきた。

「おい、杉並。お前非公式新聞部を解体したって本当か?」

「うむ」

「お前にしては思い切ったことをしたな……。ってことは悪巧みから足を洗うわけか?」

「悪巧みとは失敬だな朝倉。俺は自分の探究心に忠実なだけだ」

「はいはい……。で、結局何が狙いなんだ?」

「よくぞ聞いてくれた親友朝倉よ! ……時にこれを見るが良い」

「なんだこれビラか? ……なになに。えー『非公式特報部はどんな相談・ご依頼もお待ちしております。また、ホットなニュースを速やかにお伝えすることを――』……って、おい、まさかこれ」

「そう。俺たちが新しく所属する場所だ」

「性懲りもなく……」

「まぁ、二年の柚木女史が設立した部だ。我々としても彼女の能力は尊敬に値する。よって、いわば合併という形で収まったのだ。

 それに、因縁の非公式新聞部が消えたとなれば風紀委員も力を抜くに違いないからな。そういう打算もあるが」

「……力、抜くかねぇ。他の奴らは知らないけど、音夢なんかむしろ「非公式新聞部が解体!? きっと何かたくらんでるに違いありません!」とか言ってもっと力入れそうな気がするんだが」

「ふむ。それはありそうだ」

「おいおい」

「まぁ、ともかくだ。我々非公式新聞部は非公式特報部として生まれ変わった。朝倉、何か知りたいことがあれば俺たちを訪ねると良い。

 お前ならば格安で引き受けてやるぞ」

「引き受けなくて良いから俺を巻き込まないでくれ」

「ふ。それは無茶な相談だ」

「おい!」

「うーし、静かにしろ席につけー。出席とんぞー」

 担任の国崎往人が教室に入ってくることで男子二人の話はお開きとなった。

 席へと戻っていく男子二人に倣うようにかえでも自分の席に着く。

 鞄から教科書を取り出し机に入れていく傍ら、さっきの会話を頭の中で反芻してみる。

「非公式特報部……ですか」

 これは良い話を聞いた。

 面白くなりそうだ。

 

 

 

「それじゃあ、今日はここまで」

 石橋教諭による国語が終わり一時間目明けの十分休憩。

 そこでかえでは行動を開始した。

 席を立ち向かう先は、

「あのー、ちょっと良いですか? 杉並くん」

「ん? 戸倉か。なんだ?」

「なんというか……ちょっとご相談したいことがあるんですが、少し時間良いですか?」

 瞬間、ざわりと教室が揺れた。

 無理もないかもしれない。戸倉かえでは入学して既に白河ことりと並ぶ一年の双璧とまで呼ばれる美少女だ。それがいきなり“あの”杉並ときた。

 自ずと周囲の関心も高まるというものであろう。

「ふむ、相談か。では……そうだな。ちょっと待っててくれ」

 そう言うと杉並は机から適当なノートを取り出しその片隅を切って何かを書き始めた。そしてそれを渡してきた。

 受け取ったかえでが見たものは、見慣れた文字の羅列だった。

「メールアドレス、ですか」

「戸倉の様子からしてあまり人に聞かれたくない類と感じた。ここで話すのは無理があるだろう。

 かと言って戸倉はいまや白河ことりと並ぶこの学年の二大アイドルだ。人気のいないところへ移動するだけでも難しい」

「なるほど。つまりそれら二つをどうにかして相談をするとなるとこれが一番便利だ、と」

「話が早くてわかる。というわけで相談はそちらで頼む。良いか?」

「はい、構いません。では、また後で」

「あぁ」

 そうしてかえでが自分の席に戻っていくと、男子連中が杉並の席を取り囲んだ。何を話したんだ、だの何を渡したんだ、だのと質問攻めにあっている。

 少し悪いことをしただろうか、とも思ったが見た感じ杉並はそれらの質問を軽くいなしている。大丈夫そうだ。

 そこでホッとし、いま貰ったメルアドを自分の携帯に登録しようとして……、

「わ……?」

 ゾクリ、と。背中悪寒が走った。

 慌てて振り向いた先。そこには怨念に揺らめくオーラが見えた。

「杉並くんに何か渡された……。杉並くんに何か渡された……。杉並くんに何か渡された……。杉並くんに何か渡された……」

 杉並の追っかけこと美月夕維である。

「あ、あはは……」

 笑って誤魔化すしかなかった。速攻で視線を外した。触らぬ神に何とやら、である。

「さ、さてとー」

 気を取り直してメールである。

 かしかしとメールを打つ頃には休憩も終わり二時間目へ。

 英語担当の芳乃さくらが軽やかなステップで教壇に立つ……というより教卓に隠れているところで、かえではメールを送ったのだった。

 

 

 

 比較的真面目に授業を受けているとポケットの中で携帯が震えだした。

 ディスプレイ表示は先程登録したばかりの『杉並くん』。

 というわけで机で隠しながらメールを開いてみると、出だしはこう始まっていた。

『ふむ。高等部生の中で格好良いと言われている男子生徒と可愛いと言われている女子生徒が知りたい、か。なかなか興味深い相談だ。

 が、いままでにこういう調査はしたことないから、知りたいのなら一度しっかりと調べなくてはいけないな』

 そう。

 かえでの送った内容とはつまり『高等部で容姿の良い生徒(男女両方)を教えて欲しい』というものだった。

 ユニットを組む相手は別段年齢が離れていても問題ない。が、闇雲に探すのはいろいろと至難の業だろう。

 というわけでまずは自分のいる高等部から。年齢も近いし調べていても特に不審がられることはないだろう、という考えもあったが。

 そこでさっきの杉並と純一の話だ。……特報部。これを使わない手はないだろう。

『しかし、それと同じくらい何故君がこのような相談を持ちかけてきたのか、というのも気になるところだが。話してもらえるのかな?』

 最初のメールはそこで文面が終わっていた。

 まぁ、ある種素っ頓狂な質問であることは間違いない。

 一人の女の子としてその辺は気になるんですよー、では通らないだろう。それで可愛い女子生徒を聞いているということは両刀なのかと疑われても困る。

 かと言って正直に話すわけにはいかない。事務所にも固く口止めされているし、自分もこの穏やかな学生生活を楽しみたい。

 というわけでこう返信することにした。

『言わないと調べてもらえませんか?』

 返信は一分も経たず返ってきた。

 ――っていうか早すぎません?

 かえでから杉並の席は見えるが、パッと見メールを打っているような素振りは感じられなかったが……。

 凄い人なんですね、と自己完結してかえでは携帯に目を落とした。

『いや、別に構わない。が、個人的な興味はある。まぁこれは勝手に調べてもらうことにしよう。君の正体も含めてね』

 思わず杉並の方を見やった。

 正体(、、)ときた。……もしかして何か感づいているのだろうか。

「う〜ん。恐るべし、杉並くん……」

 かえでは知らないことだが、杉並といえば学年で最高クラスの頭脳の持ち主にして策士、そして鋭い観察眼に豊富な人脈を持つキー学最大級の問題児だ。

 キー学の問題児は基本的に頭が良い(、、、、)ので性質が悪いとは某風紀委員一年女子の談。

 メールの本文に戻ることにする。

『ともかく、その依頼は引き受けよう。俺としてもこの題材は興味がある。面白いところは「人気」ではなく「容姿」というところだな。

 人気ランキングとどう変動するか……人間心理や価値観に訴える面白い内容になりそうだ』

『ありがとうございます。お願いします』

『非公式特報部の初行動にしては面白い題材と言える。むしろこういった題材を提供してくれて嬉しいところだ。

 今日中に調べよう。集計結果は明日には提示できると思う』

『今日中ですか? それはすごいですね……』

『ふ。元非公式新聞部、そして非公式特報部の力を見せてやろう。では、これで』

 メールの応酬はそれにて終了。あとは結果を待つのみ、である。

 本当に今日中に調査できるのか疑問ではあるが、あの自信満々っぷりは本当にやってしまうかもしれない。

 まぁこちらとしては二、三日はかかると思っていたのだ。早まるに越したことはないのだし、待つことにしよう。

 というわけで意識を授業に戻すと……、

「それじゃあ、4の「SVOO」でファイナルアンサー?」

「ふぁ、ファイナルアンサーだよ!」

「……………………………………………………………………」(←何故かバックからドラムロール)

「…………………………………………………………ご、ごくり」

「………………………………………………………………ざんね〜んっ!!」

「うわー、外しちゃったよーポテト〜」

「ぴこ〜……」

 芳乃さくらと霧島佳乃がミリオネアしていた。

「っていうか動物いることを誰も突っ込まないんですね……」

 ミリオネアに突っ込まないあたりもう既にキー学に馴染んでいると言っても良いかもしれない、戸倉かえでであった。 

 

 

 

 

 さて、時は巡って翌日。

 通学途中に待望のメールはやってきた。

『昨日、秘密裏に高等部の生徒にアンケートを聞いて回ってきた。

 妨害を未然に阻止するため生徒会と風紀委員メンバーには聞いておらず、さらに無回答の者もいたので回答率は八十%といったところだろう』

 十分だ、と頷きつつ読み進める。

『「格好良い男子生徒」は比較的まとまったが、「可愛い女子生徒」というのは随分とばらつきがあったのは特徴的だった。

 まぁともかく。調査結果を載せておく。一応、集計結果でそれぞれ一位から十位まで載せたが、それより下を聞きたければまた連絡してくれ』

 そこで文章は終わり文面の通り男女各十名の名前が学年とクラス、そして票数と共に書かれてあった。

「すごい……。まさか本当に一日で調べ上げちゃうなんて」

 というか一日でどうやって二千近い生徒からアンケートなんて取ったのだろうか。特にそれらしい紙なんかは回っていなかったはずだから……聞き込み?

「……そっちの方が現実的じゃないですよね」

 ……まぁ、手段を考えるのはやめておこう。なんかその方が無難な気がする。

 そんなわけでランキングに目を向けることにした。

「……あれ?」

 ふと、書かれている生徒たちに思わぬ共通点を見つけた。それは……各学年一クラスずつに集中しているということだ。

 明確に言うなら一年C組、二年A組、三年E組の三クラスのみ。他のクラスからは一人として入っていない。

「杉並くん風に言えば、これも面白い結果の一つ、なんでしょうね〜」

 男女合わせて二十名。それら全てがたったの三クラスに集まっているという事実。偶然か。それとも……?

「ともかく、調べやすくはありますね。ようはその三クラスだけを見れば良いだけの話ですし、何より――」

 うち一クラスは自分のクラスだ。やりやすい。

「ふふ、今日は忙しくなりそうですっ」

 ステップを刻み、心弾ませてかえではキー学へ走り出す。

 未来の仲間たちを探すため、

「さーて、調査といきますか♪」

 戸倉かえでは行動を開始するのだった。

 

 

 

 あとがき

 ほい、どうも神無月です。

 今回は比較的短めでした。というか長すぎて前後編で切らせていただいた、と言ったほうが正しいんですが汗

 まぁ、ともかく明確なところは一切出さず次回へ、って感じです。容姿トップ10も次回発表w

 で、オリキャラ葉月優香改め戸倉かえでの登場でございます。現役アイドル。

 しかもいきなり前後編の主役っぽい位置に。まぁ、彼女の設定は面白いのでこういう大きな出番は最初からするつもりでしたけどねw

 さて、次回もちょこっとですがオリキャラ出ます。もちろん四天王の彼らもねw

 ではまた。

 

 

 

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