「「「「お、おつかれさまでしたー!!」」」」

「おー、お疲れさーん」

 体育館に響くそんな声。

 疲れがありながらもどこか開放感と達成感に包まれた声が飛び交い、ぞろぞろと生徒たちが更衣室へと下がっていく。

 現在午後六時。

 部活終了時間、である。

「ふー」

 タオルで汗を拭うのは朋也。彼が率いるバスケ部も今日はこれで終了。既に片付けも終了し、あとは各々着替えて解散、である。

「初日にしては少し飛ばしすぎたか?」

 更衣室へ戻っていく部員の中に混じる新顔……新入部員たちの疲れきった後姿を見て、朋也はやや反省する。

 やはりいきなりシュート、ドリブル、ディフェンス練習をそれぞれ三桁というのはやりすぎたかもしれない。

 先日の部活歓迎の際に叩きのめされた部員たちの目を覚まさせようとやや練習量を増やしただが……。

「これで新入部員がいなくなったら洒落にならんしな」

「……そういうことはもう少し早く気づいたほうが良いと思うけど?」

 声は横から。

 いつの間にかそこには、同じくタオルを首にかけた女子バスケ部部長の神城朔夜が立っていた。

「おう、朔夜か。お疲れ」

「……お疲れ」

 いつも言葉少なく表情にも乏しい彼女だが、その機微は朋也にはわかる。彼女はこれで本当に朋也を労っているのだ。

 部活の関係で随分付き合いも長い。朋也にとってよき理解者であり常識人として大切な友人の一人だった。

「そっちはどうだ? なんか良い人材は入ったか?」

「……まぁまぁね」

「そうか。まぁまぁか」

 朔夜がそういう物言いをするからには優秀な人材の二、三人は入ったんだろう。

 こういう性格も最初こそ取っ付きにくいが、慣れてくると可愛げがあるように思えてくるから不思議だ。

「……なに? こっちを見て笑って」

「いや、なんでもない」

「……そう」

 どことなく面白くなさそうにそっぽを向く朔夜。そんな反応も一々彼女らしくて笑みが浮かんだ。

「……ところで朋也」

「ん?」

「……さっきからあなたを見ている子がいるんだけど」

「なに?」

 そこ、と指差された方向――体育館入り口に視線を移せば、

「……渚?」 

 わずかに顔を出しこちらを眺めていた渚は慌てて一礼し、そしておずおずと顔を上げ、

「その……朋也くん。いまからちょっと時間……ありますか?」

 そんなことを聞いてきた。

 

 

 

 

 

集まれ!キー学園

二十七時間目

「目指すは演劇の星――え、なんで?」

 

 

 

 

 

 着替えをすませ体育館を出た朋也に、渚はまずぺこりと頭を下げてきた。

「すいません、こんな時間から」

「いや、それは良いんだが……まぁとりあえず歩こう」

「あ、はい」

 そう、別に何か習い事があるわけでも約束があるわけでもないから、そんなことは良い。

 問題は――、

「どうして俺が演劇部にお呼ばれなんかされるんだ?」

 ってことだ。

 渚が朋也を迎えに来た理由。それはどうやら、演劇部に顔を出して欲しいということらしい。

 が、もちろん朋也は演劇部員ではない。ならばわけを聞くことも当然だろう。

 渚はそれも当然だとは思っているんだろうがなんともいえない苦笑を貼り付けて、

「え、えーとなんと言いますか、そのぅ、……わたしの口からは上手く説明できないと思います」

「呼び出し人は?」

「部長さんです」

「演劇部の部長っていうと……深山か」

「はい、深山雪見さんです」

 部活の予算報告の会議で見た記憶がある。

 だが、わからない。雪見とは別段親しくもない……というよりほぼ話すらしたことない相手だ。

 同じクラスになったのも今年が初めて。接点も特に無く、呼ばれる所以などなさそうだが……?

「ま、行けばわかるだろ」

 と、思考を切り捨てた。考えても仕方ないことを考えることは意味がない。

 ……そんな考えたかも、常識を逸脱したこのキー学園で培われたものだということを、朋也は気付いていないが。

「あ、ここです」

 案内されたのは文化系の部室が並ぶ校舎の一階、その演劇部室だった。

 ちなみに隣の隣は“あの”軽音楽部である。……なんか妙に静かなのが逆に不安をそそられるのだが、もう帰ったのだろうか?

「朋也くん、どうかしました?」

「いや、なんでもない」

「?」

「気にしないでくれ」

「……そうですか。では、どうぞ」

 扉を開けて中へ入る渚についていく。そうして教室に足を踏み入れた瞬間、

「来たわね! 私たちの救世主!!」

「は……!?」

 唐突にガッシと両肩を掴まれる朋也。その正面で、その相手の目がキラーンと不気味に輝いていた。

 その相手とは、

「み、深山……?」

「フフフフフフ、でかしたわよ渚。四天王の一人ともなれば十分すぎる素材だわ!」

「はい。朋也くんならきっと見栄えすると思います♪」

 笑い合う雪見と渚。だがその種類が明らかに違うのは言うまでもない。

 いや、いまはそんなことよりも、

「待て、何が一体どうなってる。俺はどうしてここにいる? それに素材とか見栄えってなんだ。激しく不安な気がするんだが」

「あら岡崎くん、渚から何も聞いてないの?」

「何も聞いてない」

「渚?」

「はい。言いませんでした。言うと朋也くんきっと帰ってしまうと思ったので」

 にっこりとのたまう渚に雪見は親指を立て、

「グッジョブよ渚!」

「ありがとうございます〜」

「……」

 さて。

 ここまでの一連の言葉を聞いて、普通の人間ならどう思うだろうか。

 まず間違いなく、

 ――すげー嫌な予感がする。

 だろう。

「あー、悪いが急用を思い出した。そろそろ家に帰らないと――」

 が、踵を返そうとしても身体がぴくりとも動かない。

 掴まれている肩。そこに形容しがたいほどの力が込められており、そしてとても笑顔だった。

「まぁまぁ岡崎くん。人間ゆとりを持って生きましょうよ。それに、困ってる人を放って行くなんて可哀相だと思わない?」

「……い、いや、なんつーか……いまの、俺の、肩の方が……よっぽど、可哀相な、ことに、なっている、気が、するんだが……ッ!」

「なに言ってんの。私そんな力入れてないわよ?」

 ではこのミシミシいう嫌な音はなんだろうか。

「とにかく。話だけでも聞いてってよ。ね?」

「そうするしか道は無さそうだな……」

 じゃないと肩が壊れる。バスケをする立場としてはそんなことになったらたまったもんじゃない。

「そ。ありがと」

 パッと話される手。それと同時にじわじわと広がっていく痛み。もしあそこで断っていたら本当に握り潰されていたんじゃないだろうか?

「なんか言った?」

「いや……別に」

「そ。じゃあ適当に座ってよ」

「そうさせてもらおう」

 力に屈したわけではない。断じて。

 とりあえず手近なところにあった小洒落た椅子に座らせてもらった。演劇に使う椅子なのか、学校の椅子とは違い座り心地が良い。

 こちらは学校の椅子を対面に持ってきて座る雪見。話のできる状況になったことを確認し、朋也は口を開いた。

「で、早速説明してもらおうか」

「そう急かさないでよ。時間はたっぷりあるわ」

「ねーよ! 下校時間目前じゃねえか!」

「軽い冗談じゃない。そんなことで一々かっかしてたらモテないわよ……ってあなたに言っても説得力はないわね」

「……なんだ、俺はおちょくられるためにここに連れてこられたのか?」

「何言ってんの、これは本題の前の軽いコミュニケーション。さ、本題行くわよ――って、なによ半目でこっち見て」

「……なんでもない」

 ただ、雪見の性格ははたしてこんなだっただろうかと考えていただけだ。

「俺のことは気にせず本題に移ってくれ」

「そうね。まずは前提として私たち演劇部の状況を説明しておくべきかしら」

 雪見はそのウェーブのかかった髪を軽く払い、

「いま私たち演劇部は非常にまずい状況にあるの」

「まずい状況?」

「そう。見渡してくれればわかると思うけど、いま演劇部の部員ってとっても少ないわけ」

 朋也は周囲を見渡してみる。

「これで全員か?」

「そうよ」

 この教室にいるのは雪見、渚含め十人程度、というところか。

 廃部などの問題になるほどではないが、演劇は人数がいる部だろう。そう考えれば確かに少ない。

 と、その中につい最近知り合ったばかりの人物がいることに気付いた。

「あれ、あんた……確か蒼月?」

「こんにちは。あ、もうこんばんは、かな。岡崎くん」

 ぺこり、と赤みがかった髪を垂らして頭を下げ、にこりと笑みを浮かべたのは、先日佐祐理との一件で知り合った蒼月雪姫だ。

「お前、演劇部だったのか」

「うん、まぁ」

「あんときは助かったよ。サンキュな」

「ううん。たいしたことできなかったし」

「あら。何二人とも知り合いだったの?」

「まぁ……ちょっとしたことで、な」

「うん。ちょっとした偶然と――事故で」

「事故?」

 首を傾げる雪見。その正面で朋也は同情するような目で雪姫を見て、

「まぁ、なんだ。……あいつも悪いやつじゃないんだ。ただぶっ飛んでるだけで」

「うん。痛いほど理解したから大丈夫だよ。あはは……」

 主語抜きでも通じてしまうほどにそれは鮮烈だったのだろう。雪姫の苦笑も引きつり具合がまたなんとも。

 と、不意にゾクっと悪寒を感じ、朋也は慌てて振り返った。

「むー」

「……どうした渚?」

「なんでもないですっ」

 ぷいっとそっぽを向かれてしまう。

「な、渚? なに怒ってんだ?」

「怒ってなんかいませんっ。気にしないでどうぞお話を進めてくださいっ」

「……?」

「はいはい。話が脱線したから話を戻すわよ」

 わけもわからず訝しむ朋也だったが、雪見のパンパンと手を打つ音で視線を戻した。

「ともかく部員が少ないわけ。しかもここにいる半分が三年生。私たちが卒業したらもっと部員は少なくなる。廃部の可能性だってあるわ」

「なるほどな」

「だから部員を増やさなくちゃいけないのよ。だから次の演劇――学園祭のステージは絶対に成功させなくてはならないわけ」

 演劇の素晴らしさを伝えて部員を増やすの、と雪見は続けた。

「部活勧誘のときは劇しなかったのか?」

「したけど現状でさえ人が少ないからね。あまりちゃんとした演劇にはならなかったし――そもそもあまり人が来なかったわ」

「そりゃあ確かに大変そうだが……それでどうして俺がここに呼ばれる?」

 すると雪見はそれこそニヤリという表現が相応しいような笑みを浮かべ、

「岡崎くん。もしあなたが演劇を見る立場だったら……何を基準に見る?」

「そりゃあ演技力とか――」

「それ以前の話よ。演劇をやる、ということを知っていて、何があったらそれを見に行こうという気になると思う?」

「んー……どうだろうな。演劇とかは特に興味ないからな」

「そこがポイントよ。今時演劇を見ようとする人はそうはいない。でも、もしそこに友達がいたらどうする?」

「なるほど。そういうことなら見に行くな」

 雪見はここがポイントだとばかりに人差し指を立て、

「そう。人はまずその演劇自体に興味を持たず、そのキャストによって来るか来ないかを決定するわけ」

 つまり、と雪見は朋也を流し見て、

「そのキャストの中にビッグネームがあれば、それだけで人は集まってくると……そうは思わない?」

「ビッグネーム……?」

 そこで朋也は思い出す。

 先程の雪見と渚の会話を。

『フフフフフフ、でかしたわよ渚。四天王の一人ともなれば十分すぎる素材だわ!』

『はい。言いませんでした。言うと朋也くんきっと帰ってしまうと思ったので』

 全てを踏まえれば、自ずと一つの結論に辿り着く。

「……おい、待て。まさか」

「岡崎くんも気付いたみたいね。……そう」

 立てていた人差し指を朋也に向け、雪見は真っ直ぐに言い放った。

「岡崎くん。あなたに私たちの演劇に出てほしいの」

「なっ――」

 硬直。そしてすぐさま身を乗り上げて、

「ちょ、待て! 俺は演劇なんて真っ平ごめんだぞ!」

「そこをなんとか! 私たちを助けると思って! ね?」

「つったって……渚からもなんとか言ってくれよ」

「わたしも朋也くんと同じ舞台に立ちたいですっ」

「く……」

 そうだった。

 人の輪から外れていた渚を演劇部に突っ込ませたのは朋也だったが、そのときも確か一緒にやろうと果敢に誘ってきた気がする。

「……蒼月」

「ご、ごめん。やっぱり私も演劇部は存続して欲しいし……」

 どうやらここに味方はいないらしい。というかむしろ皆懇願するような視線でこっちを見ている。

「まぁまぁ、良いじゃないか。減るもんじゃないし!」

 いきなり馴れ馴れしくバシバシと肩を叩いてくる男子生徒。

 かすかにどこかで見たこともあるが、名前がまったく出てこない。朋也は半目でそいつを見て、

「お前誰だ」

「俺か? 俺は水上愁ってんだ! よろしくな岡崎!」

 さらに二度軽快に肩を叩きあっはっはっ、と笑う愁。なんていうか……凄まじいテンションの高さだ。

「水上くんは私たちと同じクラスだよ岡崎くん」

「……蒼月、それは本当か?」

「うん。だからここには三年E組のメンバーが四人もいるんだよ。あ、岡崎くん入れたら五人だね♪」

「『ね♪』じゃねー! 俺はまだやるなんて一言も……」

「ひどい!」

 ガーン、と効果音が聞こえてきそうなほど雪見は驚愕に目を見開き、ついでよろよろと床にしなを作り、

「私たちの部の存続の危機なのに……岡崎くんが来てくれればそれも解消されるのに……そうよね、岡崎くんからすれば他人事だものね……」

「部長!」

「いえ、そうよね。結局他人に頼るのが間違いだったのよね。だってこれは演劇部の問題だもの。こうなってしまったのも部長の私の責任……」

 キラ、と光る雫が頬を伝うのが見えた。

 雪見はそれを軽く拭うと諦めたような、どこか寂しげな笑みを浮かべ、

「うん。……ごめんなさいね、岡崎くん。あなたには関係のないことだったものね」

「あ、いや――」

「やっぱりあなたに頼らず頑張るわ。それで例え廃部になってしまっても――それはやはり演劇部の実力だものね」

「だから、それは……」

「さ、今日はこれでおしまい。岡崎くんもごめんなさいね。時間取らせちゃって。……ほら、皆もいつまでも突っ立ってないで帰る支度をしなさ――」

「あー、待て!」

 そうして落ち込みながら帰る支度をしようとしていた演劇部員たちに朋也は声を張り上げた。

 誰もが注視する中、くそ、と毒吐き頭を掻きながら朋也は溜め息を吐いて、

「わかった、わかったよ。俺がやりゃあ良いんだろ! ったく、涙なんて反則だ――」

「本当ね!?」

「ぉおお!?」

 ガバァ! と身を乗り出す勢いで雪見が朋也の肩を掴んできた。

 その目には先程のまでの憂いなんて一切なく、むしろ爛々と輝いていて。

「さすが岡崎くん! 渚や雪姫が気に入るだけはあるわね!」

「「雪見さんッ!!」」

 頬を赤く染める渚と雪姫だが、朋也の思考は別のところにある。口を引きつらせて、

「……深山。お前、まさかさっきの嘘泣き、か……?」

「あら?」

 ふふ、と笑みを浮かべつつ雪見は髪をかきあげ、

「私、演劇部の部長よ?」

「ぐ……!」

「と・も・か・く! これで岡崎くんも演劇に参加してくれるということで〜♪」

「嵌められた気分だ……」

「あ、安心して。そんなに難しい役を押し付ける気はないから。出番もできるだけ少なくするし」

「……そう願いたいね」

 重い溜め息を吐く朋也。しかしまぁ、

「朋也くんと同じ舞台……。とっても楽しみですっ」

「短い間ですけど、よろしくお願いしますね。岡崎くん」

 渚や雪姫、他の演劇部員の笑顔を見て――まぁ良いか、と思ってしまう、結局お人好しな朋也であった。

 

 

 

 あとがき

 えー、はい神無月です。

 というわけで放課後・朋也編でございました〜。

 演劇部員メンバー登場。本当は澪もいたんですが描写的に出せませんでした。あはは(ぉ

 策士・雪見。彼女の策士っぷりは康介とも匹敵するかもしれない。演技力が高いからなおさらw

 さて、ようやく一日目終了ですね〜。

 こっから日にちはちょくちょく飛んでいく、普通というか定番の学園もののように進んでいきます。

 順番も四天王を順々でやるんではなく、連投やランダムになっていきます〜。

 まぁそんなわけでこっからようやく書きやすくなっていきます。私的にw

 ではまた。次回なにをするかは未定w

 

 

 

 戻る