放課後である。
「さて、と……」
空の鞄を持って教室を出るのは祐一。ちなみに鞄の中身は全て机に放り込んである。
「これから、どうすっか」
浩平の話では部活はやるらしい。なんか今後の方針について話したいことがあるとかなんとか……。
だが、この言い知れぬ不安はなんだろう。どうせろくなことは言わないんだろうなぁ、という確信めいたものもある。
聞くのも面倒だが、浩平の暴走を止められるのは何故かいつも自分の役目なのだ。
「あ、でも今年からはみさおちゃんも入るから少しは楽に――なるか?」
途中から疑問系になってしまった。みさおはみさおでやはり折原家の一員というか、意見が食い違えばみさおは浩平の大きなストッパーになってくれるが、もし意見が一致してしまった場合その行動力は二倍どころか二乗されるだろう。
「……やっぱ部活には出ておくか」
下手に出席しないでわけわからんことが決定し後でそれを押し付けられてはかなわない。
やはりなにより事前に防ぐことが重要であると思うわけだ。
そういうわけで祐一の進路は軽音楽部の部室がある一階へと足を向けた。
その途中、二階に差し掛かったところで、
「あ、祐一さーん♪」
そんな声と同時にいきなり抱きつかれた。
「あははー、お久しぶりですね〜、祐一さん。元気でしたか?」
「さ、佐祐理さん。お久しぶりです。……が、その、離れてはもらえないでしょうか?」
いやでーす、とニコニコ笑っているのは三年の倉田佐祐理だった。
「あー、もうそれにしても祐一さんは可愛いですね〜。思わずギュッと抱きしめたくなります〜っ!」
既に抱きしめられていますが。しかも見てくれからは考えられないほどの怪力で。
……抜け出せない。
「ね、祐一さん。やっぱりうちに養子に来ませんか? 佐祐理の弟になりませんか? もう、佐祐理は大歓迎ですよ〜!」
「いや、だからそれは何度もお断りを……」
「あ、なんでしたらお返しに一弥をお送りしますよ? 代わりに祐一さんが来てくれるのならもー喜んで」
「いや、それはあまりにも一弥が可哀相な気が……」
「もう、祐一さんたら照れ屋さんですね〜。でもそんなところも可愛いですよ〜」
「いや、別に照れているわけでは……」
佐祐理と会うといつもこんな感じだった。
佐祐理は祐一のことをとても気に入っている。とはいえ、それは異性としてではなくいわば家族に対するような、そんな気に入り方だが。
毎度毎度祐一のような弟がいればどれだけ楽しいだろうか、と言い切るのだ。実際本当に養子縁組の書類を渡されたこともあった。
そして、もう一つ。
「祐一さんがいれば裏生徒会も安泰ですね〜。佐祐理がいなくなったら、後をお願いしますよ〜」
そう、これだ。
いま佐祐理が会長を務めている『裏生徒会』。その後任をどうも祐一にしようと考えているらしい。
朝、朋也がそんなことを言っていたがどうやら本当だったらしい。
「……マジっすか」
「大マジですよ〜。祐一さんならたとえあっちの会長が久瀬さんになっても坂上さんになっても渡り合えると佐祐理は信じています♪」
「拒否権は――」
「残念ですけど裏生徒会の後任決めは強制なんですよー。佐祐理のときもそうでしたから〜」
「……やっぱりですか」
まぁはなから期待はしていなかったが。
「そうそう。正式な後任式は二学期の初めです。とはいえ二学期の行事は新旧生徒会の合同で、新生徒会が独立して行うのは三学期からなので安心して良いですよ〜。佐祐理が手取り足取り教えてあげますから〜」
「既に決まっている方向で話が進んでますね」
「あ、それと知っているとは思いますが裏生徒会メンバーは会長自らが決めることが出来ます。この任命にも強制力がありますので、有能な人材はバンバンゲットだぜ! ですよ?」
スルーされた。
「ちなみに役職は副会長一名、書記二名、会計一名、活動班三名、広報一名、諜報一名、その他三名の十二名ですのでいまのうちに考えておいてくださいね〜」
「……案外多いんですね。というか諜報とかその他って……?」
「なんてったって裏生徒会ですからー」
あははー、と笑う佐祐理にもうこれ以上突っ込む気は失せた。
ともかく祐一の裏生徒会長就任はもはや決定事項であるらしい。
いまから憂鬱だ、と嘆息したところで――階段の上からこんな会話が聞こえてきた。
「茜、一緒に帰ろうよ!」
「嫌です」
「そんなこと言わずにさ、な? 別に減るもんじゃないんだし!」
「迷惑です」
「なぁ、茜〜!」
「邪魔です」
「なんでだよ茜! どうしてわかってくれないんだよ〜!」
「うるさいです」
「茜ぇぇぇ〜……」
振り仰げば、階段を下りてくる一組の男女。祐一と同じクラスの城島司と、
「里村茜さん、ですね〜」
「あれ? 佐祐理さん、茜のこと知ってるんですか?」
「はい。実は佐祐理が裏生徒会長になったときメンバーに誘おうと思ってたんですよー」
「へぇ……。あれ、でも思ってたってことは……?」
「はい。やめました。茜さんは有能ですけど、多分佐祐理とはあまり相性が合わないだろうなぁ、と思ったので」
なるほど。ある意味対極ではある。
佐祐理は有能さよりも自分と仕事をしていけるタイプかどうかでメンバーを集めたようだ。
何も考えていないようでその辺りしっかりしているのはさすがというべきだろうか。自分が同じ立場でもそういう選択の仕方をするだろう。
「祐一さん祐一さん、同じ立場になる日は近いんですよ?」
「もう突っ込んでも無駄だとは思いますが人の心の言葉に口を挟まないでください」
「あはは〜」
と、そんなことを話していると向こうもこっちに気が付いた。
茜は祐一を、そして次に抱きついたままの佐祐理に視線を移動し、祐一に戻して、
「……」
「……あー、茜? なんか怒ってるか?」
「……別に」
「いや、でもなんか目が怖いぞ」
「……そんなことないです」
「あはは〜、ヤキモチですよヤキモチ〜」
「べ、別にヤキモチなんて……!」
「きゃ〜、顔が赤いですよ里村さーん。クールビューティーのヤキモチ姿っていうのは可愛すぎますね〜!」
「だ、だから違――」
「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
どかーん、と。茜の言葉を遮って爆発する男が一人。
「あ〜い〜ざ〜わ〜ゆ〜う〜い〜ち〜……」
どこぞのゾンビゲームみたいにゆらりゆらりと立ち上がった司はいきなりカッと目を見開いて、
「俺と勝負しろぉぉぉぉぉぉ!!」
「……はぁ?」
やっぱり面倒に巻き込まれるのであった。
集まれ!キー学園
二十五時間目
「次期会長に向けての一歩?」
「……で? なんで俺はここにいるんだ?」
場所は体育館。
そしてここはバトミントン部のバトミントンコート。
で、何故かジャージに着替えている司と自分。そして周囲にギャラリー。
「では試合を始めますよ〜」
と、審判役を買って出た佐祐理がニコニコと言い放った。
「待ってください」
「はい、祐一さん。なんでしょう?」
「どうしてこういうことになっているんでしょうか?」
「司さんが祐一さんに勝負を挑んだからですよー?」
「それで何故バトミントン?」
「バトミントンは城島さんの唯一誇れるスキルですからね〜。自分の得意分野で勝負を挑むなんてしょぼい男ですけどそこは祐一さんなら大丈夫ですよ〜」
「しょ、しょぼい?!」
「……まぁ、じゃあそれは置いといて。 バトミントン部の活動の邪魔になるんじゃ……?」
「その辺は大丈夫です。裏生徒会権限で今日は中止にさせました♪」
「……何故そこまで」
「決まってるじゃないですか〜、面白そうだからですよ〜」
佐祐理は手を組みうっとりするように小さく天を仰ぎ、
「たった一つ誇れる自らの武器をろくにしたこともない相手に玉砕される哀れな男の末路……。あぁ、想像しただけで身が震えてきますねぇ……」
佐祐理さん。あなたは鬼だ。
思ったが口にはしない。どこで舞が聞き耳を立てているかわからないからだ。
「まぁ、良い。いいか、相沢祐一! この勝負で俺がお前に勝ったら金輪際茜に近付くな!」
「茜の意思は無視か」
「茜って呼ぶなぁぁぁ!!」
「じゃあ俺が勝ったらどうするんだ?」
「ふ。そんなことありえん! 俺は全国大会の常連だぞ! ……だが、そうだな。条件は等しく整えておくべきだな」
バトミントンラケットを祐一に向け、
「ならば、お前が勝ったらお前の言うことを一つなんでも聞いてやろう」
「いらん」
「なにぃぃぃ!」
祐一は嘆息一つ。そしてコート脇で無表情に見えながらもハラハラとこっちを見ている茜を一瞥し、
「俺が勝ったら、もう茜の嫌がることはするな」
「なっ……!」
「……祐一」
「さ、もう始めようぜ。俺も部活があるんだ」
不敵に笑ってみせる祐一。
このとき、司をはじめとしてギャラリーまでもが息を呑んだ。
そうさせるほどの威圧感を、相沢祐一は持っていた。
その様を微笑みと共に眺めていた佐祐理が、告げた。
「では、開始!」
勝負は、かなりハイレベルな接戦を繰り広げていた。
バトミントン部は司の圧勝を、単純な祐一シンパは祐一の圧勝を予想していただろう。
だが実際はほぼ互角。凄まじいシャトルの押収が繰り広げられていた。
司は経験と技量で。
祐一は純粋な運動能力で。
それぞれせめぎ合っていた。
「こ、のぉ!」
司のスマッシュが決まり、これで同点。十五点先取で現在共に十四点であった。
「さすがは全国大会常連、ってところか。技量じゃ適わないな……」
汗を拭う祐一に審判の佐祐理が視線を向ける。
「祐一さん、セティングはどうしますか?」
「セティング?」
「はい。勝つための一点前で同点になったとき、あと三点分ゲームに追加することができることをセティングと言うんです。
セティングをするかどうかは同点に追いつかれた側に決める権利があるので、祐一さんが決められるんですよ〜」
「なるほど」
だが、考えるまでもない。
「いりません」
「では?」
「次で決めますよ」
笑って見せれば、佐祐理もまた笑って返した。
「余裕だな。追い込まれたってーのに」
汗を拭いたタオルをコートの外に投げながら司。それを横目で祐一は見やり、
「だんだんとコツが掴めてきたからな。いままでは技量で振り回されたが、次はそうもいかないぜ?」
「へぇ。この俺を運動神経だけでここまで追い込んだのはさすがと言うべきだろうが……だが、俺には茜の愛がある!」
「ありません」
「即答!? でも、わかってるさ茜! それが君の照れだと言うことくらいは!」
「……はぁ」
疲れたように溜め息する茜。そしてゆっくりと祐一に視線を向け、
「祐一」
「ん?」
「遠慮はいりません。全力で叩き潰してください」
「はは。おっけー。任せとけ」
すると茜は小さく微笑み、
「はい。任せます」
それを見て司はカチンときた。
「こらそこー! 雰囲気作り出してるんじゃねぇぇぇ!!」
「はいはい。早く終わらせようぜ」
「こっの……!」
司が怒りの形相でラケットを握り締め、
「舐めんなぁぁぁ!!」
シャトルが高々と舞い上がった。
そして再び始まる強烈なラリー。どちらも一歩も退かず二分くらいそれが継続したところで、
「!」
祐一の身体がぐらついた。スリップだ。
「もらったぁぁぁ!」
そこへ前進した司の容赦のないスマッシュが放たれ、
「精神的に高ぶってる奴の思考は読みやすい」
……るがしかし、それを祐一は笑みで迎えていた。
そして跳ね返されたシャトルは前進した司と交代するように……後ろへ。
「な、お前わざと……!?」
「ほい、ゲームセット」
告げた祐一がラケットを振った瞬間、シャトルは司のコートの中に、コトン、と落ちた。
「がっ…………!!」
「さて、これでお前はもう茜に近づけないわけだ。残念だったな」
「そ、そんな、……馬鹿な」
司の嘆きと同時、周囲は歓声に包まれた。
「あははー。やっぱりこうなりましたかー。いやぁ、やっぱりゾクゾクしますね〜。自信を打ち砕かれた男の姿は♪」
ずーんと「_| ̄|○」←こんな感じに崩れ落ちる司を佐祐理が頬に手を当てながらうっとりと見つめていた。
そんな佐祐理に苦笑していると、茜が小走りに駆け寄ってきたので小さく手を掲げた。
「よ」
「祐一。……すいません、私のせいでこんなことに巻き込んで」
「いや、気にするな。たいしたことじゃないさ」
「そんなことはないです。でも、その……ありがとうございました。私のために。……で、ですね」
茜はやや頬を赤くしつつ俯いて、
「……その、お礼がしたいんですけど、何かないですか?」
「別に礼なんて――」
「では佐祐理から提案があります」
ない、と言おうとして、しかし佐祐理が笑顔で割って入ってきた。
怪訝な表情で佐祐理を見る茜。だがそんな視線にも動じずにニコニコと変わらぬ笑顔を浮かべてこう言いのけた。
「あのですね? じつはここだけのお話なんですけど、次期裏生徒会長は祐一さんがやるんですよ〜」
茜は驚いたように目を見開き、祐一を見て、
「そうなんですか?」
「……そうらしいなぁ」
「で、次期裏生徒会のメンバーには祐一さんを支える有能なスタッフが必須なわけです。ですから〜」
ポン、と茜の肩を叩き、
「里村さん。次期裏生徒会メンバーになるのなんて、どうですか?」
「「え?」」
祐一と茜が同じ反応。その反応に佐祐理はぷ〜、っと頬を膨らませ、
「あ、なんですかー祐一さん。里村さんじゃ役不足だとでも言うんですかー?」
「いや、そんなことはない、ですけど……」
確かに茜は冷静沈着で頭も良いが。しかし、
「俺は茜の意思を尊重したいです」
「ってことは、茜さんが良い、って言ってくれたら良いんですね?」
「そういうことになるんでしょうか……?」
あははー、と笑いながら佐祐理がツツツと茜の横に移動する。
そして祐一を見ながら内緒話でもするように茜の耳に顔を近づけ、
「里村さん。祐一さんの傍にずっといられるチャンスですよ?」
「!」
「生徒会になれば必然、話をすることも多くなるでしょう。それにほら、祐一さんの周りには女の子多いですからね〜。
里村さんの性格じゃ自分からその輪の中に突っ込んでいく、なんてできないでしょう?」
「……」
「だ・か・ら♪ 悪い話ではないと思いますけどね〜。もちろんお仕事もしてもらいますけど?」
「……わかりました」
「あははー、そう言ってくれると信じてましたよ〜!」
そう笑って佐祐理は茜から離れる。その様に茜は小さく苦笑し、
「祐一を上司にする、というのもまた面白いかもしれませんしね」
「良いのか茜? 佐祐理さんに何か脅されたとか――」
「祐一さ〜ん?」
「あ、いえ……」
「ふふ。大丈夫ですよ。これは私の意志ですから」
「……そうか」
「本格的な任命式は確か……二学期でしたか? まぁまだだいぶ先ですけど――」
茜は頭を下げ、そして微笑み、
「よろしくお願いしますね。祐一会長」
「やめてくれ、俺はまだ会長じゃない」
というか、今更気付いたんだが既に抜け出せなくなってしまってはいないか?
メンバーが決まってしまったことで祐一に逃げ出す隙はない。まさかこれを狙って、という祐一の視線に佐祐理はただにこやかに笑うだけだった。
「うぅ、茜、茜ぇぇぇ〜……」
そして、ここに哀れな男が一人。
あとがき
えー、ども神無月です。
前回に引き続きちょいと真剣モード入りました。まぁ、前回の教訓からその辺の描写はそこそこカットしましたが。
バトミントンのルールはうろ覚えなんで間違ってたらすんません(汗
っていうか今回の話。本当はもう少し後にやる予定だったんですよね。
裏生徒会の話もありますから二学期になってから〜、とも思ってたんですけど、『茜を早く出して』的な声が多かったので前倒ししました。
どうだったでしょうかね?
祐一会長の誕生はまだ随分と先のお話ですが、それはそれとして待ってくだされば幸いです。
ではまた。