国立キー学園には生徒会が二つ存在する。
生徒会。これはどの学園、学校にもあるだろう。だがキー学園にはもう一つ、裏生徒会なるものがある。
裏生徒会。
存在理由は生徒会の単独政権を阻止するための二院制のようなものであるという。
生徒会が暴走すれば裏生徒会が、裏生徒会が暴走すれば生徒会が。
互いが互いに同等の権限を持ち、監視し、時に対立、時に協力しこの学園を支えてきた……らしい。
「……まぁ、そんなことはさておき」
とぼやきつつ朋也は一人階段を上っていく。
後方からなんか剣戟が聞こえてくるのはきっと気のせいだろう。それと「はったはったー!」とか聞こえてくるのも気のせいだと信じたい。
とにかく朋也はそんな喧騒から他人の振りを決め込み、そそくさと上を目指す。
裏生徒会室は六階に存在する。
洒落というか皮肉というか、裏生徒会室は実際に生徒会室の裏側に位置していたりもする。
というより六階の六割ほどが生徒会室と裏生徒会室に割り振られているというところからキー学園における生徒会の地位がわかるだろう。
だが、裏生徒会はそれほどオープンなものではない。
どこがオープンではないかというと、まずその構成員が現在何名で、誰が役員なのかが判然としないところだろう。
トップである裏生徒会長は任命式というものがあるので絶対に全生徒に知れ渡るわけだが、他の役員はその会長の任命であるため情報が回らないのだ。
……というより、どうも裏生徒会側が故意に公示していないところがある。
これは佐祐理の代に限らずいわば裏生徒会の伝統のようなもので、「有事の際のための秘匿」であるらしい。……のだが佐祐理は、
「あははー。だってせっかく『裏生徒会』なんて名前なんですから少しくらいミステリアスな方が良い気がしませんかー?」
とかにこやかに言っていた気がする。一体以前の裏生徒会長は何を決め手に後継ぎを佐祐理に決めたのだろうか。疑問だ。
しかし、そんな裏生徒会であるが、朋也は例外的にその裏生徒会の内情をそこそこ知っている。
というのも今回のように佐祐理に呼び出されることがあるからだ。
そのほとんどが佐祐理の個人的な目的だったりするが、時々は裏生徒会の仕事の手伝いもさせられたことがある。主に力仕事で。
朋也も全てを把握しているわけではないが、朋也の知る限り今期の裏生徒会のメンバーは女子ばかりだ。そこも関係しているのだろう。
杉並や詩子ですら全てのメンバーを把握できない裏生徒会において、他の役員と接触できる朋也は完璧な『特例』だ。
その二人からは「役得だ」などと言われるが、別段興味も無いので役得ともなんとも思わないのだが……。
「……っと」
そんなことを思考している間に六階に辿り着いた。
階段を上った正面にあるのは通常の生徒会室だ。竹丸の巣である。出来る限りここは早く通り過ぎたい。
というわけでさっさと移動し、回り込んで裏生徒会室の扉の前にまでやってくる。
「相変わらず、すごいセキュリティだよな。ここは」
そう愚痴るわけはその扉にある。
まず天井には扉を囲むように計四台の監視カメラ。加え、鍵は指紋認証システムが導入されていたりする。
ここまでする理由があるのか激しく疑問なのだが、まぁあるものは仕方ない。それに朋也は何故かここの指紋認証リストに登録されていたりする。
というわけで指を押し付ける。すると、ぱんぱかぱ〜ん、とかいう効果音が流れ、
『お前はもう既に死んでいる……』
とかいう音声が流れて鍵が開く音がした。
「……」
裏生徒会の役員に重度なアニメオタクがいるとかで、開放時の音声はランダムでアニメの音声が流れるとかなんとか。
聞くたびに頭が痛くなるのは浩平の影響だろうか。……まぁ、気にしても仕方ない。入ることにしよう。
扉を開き入室する。
「ん? お、ともぴーだー」
するとまず目に入ったのは机でなにやら作業しているちんまい女子生徒だった。
その女子は朋也を見つけるとにこやかに手を振ってきて、
「おっひさー。元気元気〜?」
「あぁ、久しぶりだな。あとともぴーはよせ」
「ぴーす♪」
聞いちゃいない。
去年一年生だったから今年は二年生か。裏生徒会役員の……確か二ノ宮麗、だったか。
「で、ともぴーは何しに来たの?」
「ん? あぁ、佐祐理に呼ばれたんだが――」
そういえば佐祐理の姿が見えない。
「あー、さっきの放送か〜。ん、会長ならお弁当持って屋上にご飯食べに行ったよ。あ、そういえばともぴー来たら伝えておいてって言われてたっ」
「おいおい……」
「うみゅう。ま、あれだよね。ともぴーは優しいから麗のこと怒らないよね? 気にしない気にしなーい」
一瞬落ち込んだと思ったらすぐに笑顔でピースサインをする麗。さすがは佐祐理の部下というべきだろうか。
「ってなわけで、早く屋上に行くと良いだよ? 会長は怒るとこっわいからね〜。ぷんぷん笑顔で角がにょきー! って」
指で角を真似ているのか、顔の脇に両手を立て「にょっきにょき〜♪」なんて歌う麗。
だがまぁ、麗の言うことは最もである。なので、
「わかった。じゃあ俺は屋上へ行くけど――二ノ宮、お前もう飯は食ったのか?」
「うん。あゆゆんにね、鯛焼き分けてもらったから大丈夫〜♪」
「あゆゆん?」
二年生でそれっぽい名前の生徒……もしかして月宮あゆのことだろうか。いや、鯛焼きという時点で間違いない、か。
「そうか、それじゃあ俺は行くな。仕事、頑張れよ」
「うぃ♪」
笑顔で頷く麗を背に、朋也は裏生徒会室を後にした。
そして再び階段を上る。ここは六階なので屋上はすぐだ。
佐祐理はよく屋上で弁当を食べる。寒い冬でも屋上前の踊り場にシートを広げて食べるほどである。
だからまぁ、今回の呼び出しが単なる昼食への誘いだったのなら屋上というのも頷けた。
というわけで屋上に到達。扉を開き、春の穏やかな風を身に受け――、
「あははー。ですからその件は既に終わったことだと思いますけどー」
「ふむ。そうは言うがね。あれはそう簡単に済ませて良い問題ではないのだよ。マリアナ海峡のように深い根があるのだから事は慎重に」
「まさか老船さんの口から慎重なんてお言葉を聞くなんて思いもしませんでした〜。あなたの辞書には無い言葉だと佐祐理は思ってましたよ」
「ふふ、わかってないね倉田くん。私の辞書に慎重という文字が無いのではない。……そもそも私に辞書など無いだのよ!
いや、違うな。私こそ辞書! 私は何物にも束縛されない存在! いわばフリィィィィィィィィィィダムッ!!」
「あははー、寝言は寝ていってください。東京湾にコンクリ詰めして沈めた挙句に爆撃でもかましますよー?」
「ふはははははははは」
「あははははー」
……何故か生徒会長様と裏生徒会長様が笑顔のまま火花を散らしていた。
朋也は固まったまま、思う。
つまり俺にどうしろと?
集まれ!キー学園
二十二時間目
「屋上生徒会」
で、なにがどうなってかいま屋上には三人の人物がいる。
老船竹丸。生徒会長。
倉田佐祐理。裏生徒会長。
そして岡崎朋也。一般生徒。
聞く者が聞けば朋也が一般だという言葉に全力で反論する生徒もいるだろうが、この二人に挟まれればそれは誰でも一般だろう。
「すいません、朋也さん。本当は二人でお昼を、とも思ったんですけど……思わぬ邪魔者が入ってしまいました。ええ、邪魔者が」
「ふっ。邪魔者とは心外だね倉田くん。こう見えても私と岡崎は無二の親友でね? つまりは――私と岡崎はマブダチさっ」
「あははー、言ってることが重複してる上に何を暴言吐いてるんでしょー? 佐祐理の朋也さんをあなたなんかと一緒にしないでください〜」
「ふはははは、嫉妬か嫉妬だね倉田くん。我々のこの燃ゆるまでの熱き友情を前にして君の心は堪らなく嫉妬の音色を奏でているのだね。
だが心配無用だとも。我々はそんな倉田くんの感情など遠く及ばない絆で硬く結ばれているのだからね!」
「あははー、その毒を吐く口をいますぐ閉じないと畳針で縫い付けますよー」
「おぉ、怖い怖い。岡崎、あれに近付いては駄目だ。あれはまさしく魔性の女! 油断していると寝首どころか身体ごと一刀両断されてしまうよ」
「あら、ご希望でしたら体験してみますか? 一刀両断♪」
笑顔がとても怖いものだと実感できる光景が目の前にある。
二人とも表情はとても晴れやかだというのに周囲の温度はまるでブリザードでも吹いているかのようだ。
できることならいますぐここから抜け出したい。抜け出したいがそんなことをしようとすればこの二人が何をしでかすかわかったもんじゃない。
というわけで朋也は肩身を狭めながら佐祐理の用意してくれた重箱を突っついていた。いや、美味いのだけども。
「倉田くんはもう少し口調を改めた方が良いね。せっかく良い顔とも言えなくもなくはないのだから、有効活用すべきではないか?」
「ご忠告痛み入りますけど、ご心配には及びません。佐祐理の口調に棘が混ざるのはせいぜいあなたくらいですから」
「ふむ。つまりは……私は特別扱いということかね? おおう、いま全身に鳥肌がっ」
「あははー、挑発と受け取りますよこの野郎」
確かに歴代の生徒会長と裏生徒会長も仲は悪かった。だがこの二人ほど直接的にぶつかるのも珍しい。
しかも例年は暴走派と堅実派に分かれる生徒会だが、今年は共に暴走派であるのがなおのこと拍車を掛けている。
なまじ同じ暴走系にも関わらずベクトルが違うので両者は激しく激突するのだ。
で、いつもは堅実派に着く風紀委員も今年は生徒会、裏生徒会共にそういう状況だからかほぼ独立して動いている。
学園政権はいまや三つ巴の様相を見せているのであった。
閑話休題。
このまま聞いているだけという第三者ムードでスルーするのもありなのだろうが、下手をするとこのままエスカレートして共に直接的な行動に出かねない。
そうなると厄介なことこの上ないので、ついに朋也は割って入ることにした。
「……っていうか、そもそもどうして老船がここにいるんだ?」
「そうです。あなたなんかお呼びじゃないんです。なのでいますぐこの場から立ち去ってください。あ、お勧めはその塀を飛び越えたダイブですよ?」
「謹んで断らせてもらおう。で、質問に答えるのであれば、そうだね。先程の放送でここに岡崎が来ることがわかったからね。
ならばその親友たる私も随伴せねばなるまいということで参上奉った次第さ」
「いや、別に親友じゃないし」
しかし竹丸は朋也の言葉を無視して大業に振り仰ぎ、
「だが来てみれば倉田くんしかいないではないか。私はその事実にマラッカ海峡ほどの深き失望を得たのだよ。
しかし私は生徒会長。たとえ相手が憎き裏生徒会長であろうとも出会ったからには挨拶をせねばなるまいて。故にこうしてここにいるのさ」
「なるほどー。つまり『やぁ、こんなところで一人孤独にランチタイムかい? ははは、ここだけ何故だかシベリアの如き寒波が到来しているね』、というのが挨拶だったんですね? 佐祐理はてっきり喧嘩売られているのかと」
「喧嘩? はは、とんでもない。私はいつだって慈愛に満ちているともさ」
「あははー、いっそその慈愛を抱いて溺死してください」
「……というかお前たちはどうして片方が口を開くとそう喧嘩モードに発展するんだ」
「佐祐理は悪くないですよ? ただこの人がむかつくだけで」
「ははは、認めたくはないがそこだけは同意見だね。そっくりそのまま返そう」
「まったく……」
やれやれ、とぼやき朋也は重箱からほうれん草のお浸しを口に運んだ。
味も染み込んでいて、やはり美味しい。
「で? 俺が来る前には何を話していたんだ?」
何かの案件を話していたような気がするのだが。
だがそれをどう受け取ったのか竹丸は目を細め、
「ほほう……。つまり岡崎はこの私と倉田くんの間に何か良からぬ出来事があったんじゃないかと疑っているわけだね?
だが安心したまえ。私の心も身体も全て岡崎と共に在るのさ!」
「あははー、言って良い冗談と悪い冗談があるということをご存知ですか?」
「見苦しい嫉妬だね倉田くん。そこまで言うのならいっそ力尽くで私から岡崎を奪い取ってみるが良い。
ま、我々の絆はかのトロイア戦争で使われたアイアスの如き頑丈さを誇るから無意味だとは思うがね」
そのとき、ピクリと佐祐理の眉が跳ねた。
「あらあら、何を言っているんでしょうか。朋也さんは佐祐理のものだと前世から決まっているんですよ。
それでもあまりおイタをするようなら、極東のゲイ・ボルグと呼ばれる佐祐理の一撃、受けてみますか?」
「ふっ。『倉田魔葬流槍術』か。面白い。一度そちらの方面でも手合わせしてみたいと思っていたところだ。
我が『老船流合気術』の前にその一撃、通せるものなら通してみると良い」
何故かまた話が脱線し、しかも危ない方向へ進んでいく。
立ち上がる二人はやはり笑顔だが、その瞳に宿された色はマジモードだ。いますぐ臨戦態勢を取りかねない勢いである。
朋也は頭を掻くと立ち上がり、二人の間に身体を割り込ませて二人を一瞥した。
「待て待て、どうしてそうなる。俺が聞きたいのはお前たちの話に出てた一件のことだ。なにかあったのか、っていう野次馬根性だよ」
落ち着け、と目で訴えかける。すると二人ともなんとかわかってくれたのか、再び座り込んでくれた。
「朋也さんが来る前に話していた案件は、球技大会のことです」
「球技大会?」
遅れて座り込む朋也に佐祐理が頷き、
「はい。一学期において唯一と言っても良いイベントですからね。既に生徒会を始めとした委員会では話し合いが行われているんです」
「にしても早くないか? まだ学園始まったばかりだぞ?」
「いや、そうでもない。球技大会は学期末試験の一週間ほど前だからな。それを考えるともう二ヶ月しかない」
朋也の観点からすればまだ二ヶ月もある、ということになるのだが、
「キー学園は全生徒数が多いことに加えて、球技大会はスポーツ推薦組の数少ないお披露目の場ですから。
球技大会で行う球技の選別は早めに行うんですよー」
とのことらしい。
なるほど、言われてみれば確かにそうだ。個人種目ならともかく、集団球技はある程度決めておかないと支障が出るだろう。
「すると、揉めてたのは今年の集団球技の内容か?」
一昨年は男子がアメフト、女子がキックベース。去年は男子がバスケ、女子がバレーボールだった。
ならば今年は?
「一応現段階では今年は男子がサッカー、女子がソフトボールという案が出ています」
「そうだ。そして裏生徒会はろくな審議もすることなくその案を可決した。我々生徒会はまだだがな」
海老のピザソース焼きを口に含みつつふむふむと頷く。
ようやくさっきの話と繋がってきた。
「つまり老船はその案じゃ納得できない、ってことなのか?」
「別に納得できないわけではない。ただ……面白みに欠けるとは思わないかね?」
「面白み、ねぇ」
「そう!」
いきなり竹丸はバッと立ち上がり指を空に掲げ、
「私のね、このハイセンスな脳に雷の如く閃きが轟くような、誰もが喜び阿鼻叫喚してしまうほどの球技を私は求めているのさ!」
「阿鼻叫喚になる球技は最早球技とは言えねぇ!」
「たとえば……水球とかどうだね!?」
「水球のどこが阿鼻叫喚だよ」
「それはあれだよ。男女ともにヒモ水着を着てだね、なにかこう外部から操作できる装置でも取り付けて、一定時間が経つとこう水着がポロリと――」
「その阿鼻叫喚は犯罪だッ!!」
「ふむ。良い案だと思うのだけどね」
そりゃあ一部には大うけだろうが、そんなことをしたらキー学園の名声をどん底に叩きつけることになる。
わかってて言ってるのかいないのか。そこがわからないのがなんともこの男らしい。
はぁ、と疲れたように嘆息し、きのこのマリネを口に運ぶ。これも美味い。
不思議とこの空間にいると佐祐理がまともに見えてしまうのが恐ろしい。
「何か言いました朋也さん?」
「うぉぅ!?」
音もなくいつの間にか真横に移動している佐祐理。相変わらず恐ろしい……。やはりまともではないか。
「心配しなくても大丈夫ですよ。老船さんのそんな案は坂上さんや久瀬さんが止めてくれます」
「まぁタイプは違うけどあいつらは真面目だからな」
そんな企画は通さないだろう。だが不安は消えない。
いままでだってあの二人なら反対しそうな企画を次々と世に送り出した男なのだ。安心は出来ない。
だがそんな朋也の思いを汲み取ったかのように佐祐理は頷き、
「大丈夫です。裏生徒会もいます。今回の件はそのうちサッカーとソフトボールで纏まりますよ」
「そうか。……いや、しかし裏生徒会がまともに動くというのもある意味不安なんだが」
「あははー、大丈夫ですよ〜。心配は無用です〜」
にこやかに微笑む佐祐理。
あぁ、と。確信した。企んでいる。この表情は明らかに何か企んでいる。
――結局、どっちに転がってもなにかとあるんだなぁ、この学園は。
だが一般生徒であるところの朋也は何も言う術を持たない。いや、言おうとも思わない。
結局のところ、なるようにしかならないのだ。
生徒会長、老船竹丸。
裏生徒会長、倉田佐祐理。
この役職に二人がおさまっている限り、この学園に『安穏』の二文字はないだろう。
なのでまぁ、朋也としてはこれくらいしか言えないわけで。
「……ま、ほどほどにな」
と言いつつも二人の口喧嘩は再び開始されており、その言葉も届かない。
どこか諦めに近い心境を抱き、朋也は今回の弁当の主菜だろうハンバーグを口に放り込んだ。
やはり美味しかった。
あとがき
ほい、どうも神無月です。
えー、今回オリキャラ一人も出せませんでした。すいません(汗
あ、裏生徒会役員の二ノ宮麗は完璧なサブオリキャラです。設定では2−Cです。次の出番は果たしてあるのか……?
ってなわけで、ちょっとイベントの告知もあったりしたお話でした。
水球で良かったよ! とかいうそこのあなた。反省しましょう(ぁ
サブタイトルは以前同様、あるものを捻ったものです。わかる人にはわかるでしょうw
というわけで、また〜。