岡崎朋也は基本的には購買か学食組である。

 まぁ、昔から時々は佐祐理や杏が弁当を作ってくれているので、日数的に言えばほぼ半々であるのだが。

 恐らくそれを知っていて母親は弁当を作ってくれないのだろうと朋也は推測する。いつぞやいきなり、

「もうお母さんがお弁当作る必要もないわよね?」

 なんて意味ありげな笑顔で言われたことがあった。

 しかし、佐祐理も杏も毎日作ってくるわけでもなく(どうも二人の間に得体の知れない条約があるらしい)、今日は購買にでも行こうと思っていたのだが……。

「まさか購買が事故で届いてないとはな……」

 疲れた表情で嘆息一つ。

 その事実を知らなかった朋也は出だしに遅れ、既に学食は人で埋め尽くされていた。

 キー学園は去年から学園外での食事も認めているので、外に出て食べるというのもありにはありなのだが、そんな気力も金も無い。

 時計塔のカフェでは良い歳の男では満腹には至らないだろうし、いっそ中等部側の学食にでも行こうかと考えて……いた時にそれは鳴り響いた。

 ピンポンパンポーン。

『えー、こほん。朋也さーん。朋也さーん。愛しの佐祐理があなたをお待ちしていますので、急いで裏生徒会室まで来てくださーい。あははー』

 ピンポンパンポーン。

 ガチャン。

 ……。

 …………。

 ………………。

「あー」

 どうだろう、この視線は。

 学食にいるありとあらゆる人間がこっちをジト目で見ているではないか。特に男子が。

 というかどうして『朋也』という名前だけで自分だとわかるのだろうか、と朋也は考えているがそれも当然。

 バスケ部部長にしてキー学四天王であるところの岡崎朋也を知らない学生はもはやモグリであるとまで言われる世界である。

 まぁ、基本鈍い連中の集まりであるところの四天王は誰も自分が有名であるところを知らないわけだが(例外が一人)。

「だが、まぁとりあえずは……」

 とりあえずここを離れた方が懸命だろう。ここにいたら視線だけで呪い殺されそうな気配である。

 無理もない。

 倉田佐祐理といえば美少女集うキー学園においても一際目立つ存在だ。

 お嬢様にして可憐。その容姿に加え、文武両道かつ性格も良い(と思われている)とくれば目立たないわけがない。

 その倉田佐祐理が岡崎朋也を好いているのはほぼ公然の事実であるのだが、それでも男子からすれば面白くないのだろう。

 日頃から嫉妬の視線に晒されやすいのだが、かと言って慣れるものでもない。

 朋也は昼食を諦めてそそくさと学食を後にした。

 ……まぁ逃げるということもそうだが、佐祐理の場合遅刻するとどうなるかわかったもんじゃない、ということも十二分にあるのだが。

「下手をすると舞が怒るからな……」

 以前佐祐理の呼び出しにすぐに出向かなかったとき、佐祐理が泣き出して舞が激怒し(顔は無表情だが)昼休み中追い掛け回された過去がある。

 それを考えても、急ぐにこしたことはないだろう。

 だが、こういうときに限っていざこざが舞い込んでくるのは、もはや天命なのかもしれない。

 

 

 

 

 

集まれ!キー学園

二十一時間目

「ロマンは剣と輝き?」

 

 

 

 

 

 

「おぉ、岡崎じゃないかー!」

「ん? ……ゲ」

 名を呼ばれたので振り向いた朋也だったが……できればあまり出会いたくはない相手だった。

 別に嫌いなわけではない。ただ、この相手と関わると昼休みの時間なんて瞬く間に消えるというだけだ。

 だがそれは現状では最も回避すべき事項であり――故に朋也は無視を決め込みそのまま立ち去ろうとした。

「おう、どうした岡崎そんなに急いで。そんなに焦ることは無いぞー! 青春はまだまだ長いぜー!」

 あっはっはっはっ、と豪快な笑いと共に肩を組まれ捕縛された。

 朋也でも振り切れないほどの強力なパワー。さすが男のロマンは殴り合いの末に生まれる友情だ、なんて豪語するだけはある(……のか?)。

「……おい、久我」

「なんだ我が友、岡崎よ」

 この爽やかに過ぎる笑顔にも関わらず暑苦しいオーラを醸し出している男、名を久我健人という。ちなみに同じクラスだ。

 一年のときにも同じクラスになったことがあるのだが、このキー学の中でもかなり変わった思考の持ち主である。

 ロマンを追求する、とかいう名目のもと「ロマン研究会」なる会を発足した男であり、彼の言うロマンは巨大ロボットでドリルでネコ耳であるらしい。

 朋也もまぁ、なんとなく言いたいことはわからないでもない。

 ロボットアニメや漫画を見ればワクワクするところもあるし、雑誌などでたまに見るネコ耳というのも可愛いと思わなくもない。

 ……だがそれをロマンと言い張る健人には、さすがについていけなかった。

 いや、いまはそんなことよりも。

「あのな、俺いま急いでんだ。悪いが後にしてくれ」

「何を言う岡崎。いま、ここで、こうして出会ったことこそ俺たちのデスティニー! いまこそロマンを熱く語り合おうじゃないか!」

 どこぞの外国人通販の司会者みたいな笑いをあげながら肩を叩いてくる久我健人。

 ……正直、面倒なことこの上ない。

 これが春原などであれば実力行使でどうにでもなるのだが、この男の場合そんなことをすれば、

『よしわかった決闘だな! 男として俺は逃げも隠れもしないぞ! さぁ来い!』

 とか言い始めるに違いない。

 なにより一番面倒なのは追い返すことが困難な相手だと朋也は知っていた(健人然り、竹丸然り)。

 どうしたもんか、と嘆息していると、

「……えーと」

 何故か鼻先に剣先を突きつけられていた。

 見上げるまでもない。この学園に剣を持ち込んでいる者は――まぁ多少はいるが、それでも自分にこんなことするのは一人しかいないだろう。

 顔を動かさず視線を上げる。すると予想通りの人物が相変わらずの無表情でそこに立っていた。……剣を向けて。

「あー……とりあえずどういうことか説明を願いたいんだが。舞」

 漆黒の髪を一本に束ね、切れ長の目で朋也を見下ろすその少女は、川澄舞。

 あの倉田佐祐理の親友という時点で普通じゃないのはわかるだろうが、……まぁとにかくあらゆる意味でぶっ飛んだ人間だった。

「朋也。こんなところでなにをしているの?」

 相変わらずの無表情ではあるが、それなりに長い付き合いであるところの朋也にはわかった。

 その瞳は明らかに怒っている瞳であると。

 ――あー、佐祐理が絡むと舞は性格変わるからなぁ。

 佐祐理の親友である舞。その舞は佐祐理を悲しませる者や仇なす者にはとことん容赦が無い。

 佐祐理に迫ったりなんなりして、銃刀法違反が心配されるその剣の餌食になった男たちの数はもう両手では足りないだろう。

 ……まぁ、舞がいなくとも佐祐理なら単身でどうにかしたと思うが。……より恐ろしい結果で。

 で、だ。

 それはもちろん朋也とて例外ではない。

 朋也が佐祐理を悲しませた(と舞が思った)場合、その剣の矛先は朋也にも向けられる。

 過去何度もそんな経験をした朋也だからわかる。

 この現状をいち早く脱出せねばまた襲い掛かられる、と。

「あ、あのな、舞。俺はいま向かっている最中でこいつが勝手に――」

「川澄舞か。残念だがこれから岡崎は俺とロマンについて熱く語り合うことになってるんだ」

「――っておい!?」

 なんてことを言ってくれるんだ、と非難の目で健人を見るが、その健人は何を勘違いしたのかにこやかな笑みで親指を立てている。

 あぁ、アホだ。こいつは正真正銘のアホだ。

「……そう」

 と、そんなことを考えている場合ではなかった。

 ハッとして振り向けば、舞の雰囲気がガラリと変わっていた。

 気のせいか、舞の髪が重力に逆らってユラユラと蠢いている気がする。バックに効果音をつけるなら『ゴゴゴゴゴゴ』とかそんな感じだろうか。

 そのオーラは端的に言えば――『Kill』って感じを周囲に放っていた。

「そんな……ロマンとかいう話のために、佐祐理を泣かせるの?」

「待て舞。俺はそんなことを話したいだなんてこれぽっちも思って――」

「ロマンを馬鹿にするなよ、川澄! 女のお前にはわからんかもしれんがなぁ……男にとってロマンとはなによりも大切なものなんだッ!」

「お前は黙ってろ!」

 しかし舞はそれを素直に受け取ってしまったらしい。

 そう、と頷いた――と思ったら剣を構えなおす。

「おい……舞? まさか――」

 とは言いつつ、朋也自身がわかっている。

 ――あの目は本気だ!?

 やばい、と身体を下げようとするが未だに健人の腕が朋也の肩を掴んで離さない。

 それをどうにか強引に突き放すが、その頃には既に舞は目の前だ。

「佐祐理を泣かすのなら……たとえ相手が朋也でも許さない」

「落ち着け、舞! お前は騙されているんだこの馬鹿に!」

「ふっ。たとえ暴力を振るいかざそうとも俺たちは屈せんぞ。なんせ――ロマンは男の美学だからなぁ!」

「てめぇはいい加減にしと――ッ!?」

 け、と言い切る前に朋也は直感のままに顔を下げた。

 次の瞬間、眼前を鋭すぎる風が横切り、ふわりと髪が数本舞っていった。

 ……そして前方には剣を振り抜いた体勢の、舞。

「……なぁ、舞。いま俺顔動かしてなかったらどうなってたかな……?」

「簡単なこと。……かまぼこみたいになってただけ」

「たとえが微妙すぎるぞ!」

「むっ……」

 微妙という言葉が気に入らなかったのか。舞はわずかに顔を顰めて剣を繰り出してくる。

「――っていうかそれって私怨入ってないか!?」

「そんなこと、ない!」

「いま『ない』で力込めただろ! つーかちょっと待て舞! お前の剣は俺だって洒落にならないんだぞ!?」

「とか言いつつしっかりかわしてる」

「これでもギリギリだっ!!」

 迫り来る剣閃を朋也はその類稀なる直感と動体視力でどうにかこうにか回避し、後退していく。

 舞が遅いのではない。朋也が早いのだ。

 だが、ここは狭い廊下だ。いずれ突き当たりになり、逃げ場はなくなる。

 背中に壁の感触を感じ、朋也は追い詰められたことを悟った。そしてそれを見逃すはずの無い舞は剣を振り上げ、

「さよなら……朋也」

「ちょ、舞!? 目が洒落になってないぞ!?」

「安心して。……佐祐理は私が守るから」

「いま一瞬口元がほころんだのは俺の気のせいかー!?」

 振り下げられる一撃。逃げ切れぬとその刃を睨みつけ――、

 ガキィィィン!

 ……しかし、その剣は突如横合いから突き出された棒によって受け止められていた。それは、

「久我……?」

「ふっ。境地に立つ友を助けるのもまた男のロマンだな……」

 とか恍惚の表情を浮かべ、舞の剣をモップで受け止めた健人。

 そして真剣な表情で振り返り、

「ここは俺が食い止める。俺のことは気にせず先に行けッ!」

「……は?」

「俺のことなら気にしなくて良い! お前はお前のすべきことをしろ!」

「いや、だからな……」

「大丈夫。俺もきっと後で行く」

 どこにだ。

「必ずだ。……だから行けぇ、岡崎ぃぃぃ!」

 なんというか……とても自分の言葉に酔っているような気がするのは気のせいだろうか。いや、気のせいではないのだろう。

 しかし――考えようによってはここはこのアホ時空から抜け出す良いチャンスなのかもしれない。

「……まぁ、そういうことなら俺は行かせてもらう」

 というわけで即退散を決定する。こんなところにいては命がいくつあっても足りない。

「逃がさない!」

「おおっと、行かせないぜ! お前の相手はこの俺だ!」

「……どいて。さもなくば――斬る!」

「やれるもんならやってみなぁ。だが俺はそう簡単にはやられないぜ? 何故なら――俺には生きて帰らなきゃいけない理由がある!」

「……っ! はぁぁぁぁ!」

「掛かって来い! 俺は、俺は……負けないッ!」

 ――なにがなんだか。

 後ろから聞こえてくるどこぞのアニメ的漫画的ワンシーンの台詞の応酬を聞きつつ、朋也はそそくさとその場を後にした。

 

 結果は知らない。

 ただ昼休みが終わったら健人が、

「燃えた……燃え尽きたよ……」

 とか真っ白になって座っていたとかなんとか。

 

 

 

 続く。

 

 

 

 あとがき

 えー、ども神無月です。

 区切りが良いので切ってしまいました。はい。

 次回はまだ朋也で、佐祐理関連のお話です。オリキャラは出るのか出ないのか。それは神無月もわからない(このフレーズ使いすぎ?)。

 さぁ、今回のオリキャラは久我健人。

 入学願書を貰ったときから使いやすそうだとは思っていましたが、案の定使いやすかったw

 動く動く。これはなかなか良いキャラです。

 あ、ちなみにわかる人はわかると思いますがサブタイトルは某ゲームに似せました。なんとなくだけどw

 ってなわけで、またいずれ〜。

 

 

 

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