「ビバ! 昼休み!」
学園生活の楽園とも言うべきその響き。
おそらく好きな者はほとんどいないだろう勉学という縛りから解放されるその一時。
その時間の到来は、四時間目終了と同時にガッツポーズと共に立ち上がったその浩平と一緒に迎えられた。
そうして四時間目の国語担当の石橋先生はやれやれという苦笑のまま教室を出て、それを合図に生徒たちは各々格好を崩していく。
待ちに待った者もいるだろう。昼食タイムだ。
そんな中、かの折原浩平はステップを刻みつつ祐一の机に近付きその肩を叩いた。
「祐一〜、学食行こうぜー」
「いや、つか俺弁当あるし」
「くそぅ、裏切り者め! 春子さんのお手製かこん畜生! 羨ましいなおい!」
「両親留守だつったって自分で作れるだろう? 食費考えたら学食や購買より効率良いぞ」
「はっはっはっ、相沢くん? 朝に弱い俺がそんなことする暇と余裕とその他諸々があると思うかね?」
「いばるなボケ。じゃあ、みさおちゃんはどうだ?」
瞬間、浩平の動きが止まった。
それはそう。まるで恐怖のあまり身動き取れませんよー、という類の硬直。
首を傾げる祐一に、浩平はどうにかこうにか口を開いて、
「……あいつが俺に作るわけないだろ」
「いままで一度もなかったのか?」
「いや一度も無かったわけじゃないが……」
どこか躊躇するように浩平は目線を逸らして、
「怖いんだ」
「怖い?」
「そう。弁当に限らずあいつが俺に何かをしようとするときは何かしら裏があるときだ。
いや、直接的に『なにかが欲しいから作った』とか言われればまだ安心できる。
が! 『別になにも理由はないよ?』とかにこやかに言われつつ渡された日にゃあ、怖くて寝れやしねぇ!
一体何を要求するのか、これを受け取った次点でアウトなんじゃないかと思うとガクブルもんよぉ!」
「そ、そうか」
確かにみさおならやりかねない、と思う祐一。しかしだからこそ浩平の妹だと素直に頷けるのはなぜだろう。
そんな祐一の心中での呟きを知らない浩平は一つ頷き、
「そんな精神衛生上よろしくないものを頼むわけにはいかん。選択肢にすらならんな」
「そうか。とすると今日は学食か購買か」
「いや、購買は無理だな」
と、しかし答えたのは浩平ではなかった。
横合いから飛んできた声に二人はその方向を見やる。
そこにはアホ毛を生やしたアホがいた。
「って、おい! いきなりアホ呼ばわりかよ! ひどいな俺の扱い!」
「吠えるな北川。そういう台詞を吐く奴に限って存在をないがしろにされるぞ」
「くぅ! 相沢め、その余裕な態度が俺の神経を逆なでするぜ。俺の真っ赤に燃えるこの手を受けてみるか?」
「ごめんこうむりたいな。ところで、どうして購買が無理なんだ?」
「ん? それはな」
と、アホ改め北川潤は話を逸らされたことに気付かぬまま説明に入る。やはりアホだと祐一と浩平は同時に思った。
「今日の購買の搬送なんだが、どうもトラブルがあったらしくて数が足りないらしい。
で、中等部優先ってことでこっちにはほとんど回ってきてないみたいだな」
「おいおい、なんだなんですかそりゃー? あれか、俺たちに飢え死にしろと、上はそう仰られるのですか?」
「だーから学食に急がなきゃならないんだろ。まぁ、救いはこの情報がそれほど出回ってないことだが、向かった奴はすぐ気付くだろう。
だから弁当持って来てないなら早く行かないとまずいぜ」
「で、出回ってない情報をどうしてお前は知ってるんだ? そのアホ毛で受信したか?」
と、そんな二人を差し置いて鞄から弁当を取り出して、祐一。
アホ毛言うな、と北川は眉を傾けながら、
「柚木に聞いたんだよ」
なるほど、と祐一は心中で頷きつつ弁当の布を解いた。
情報通、柚木詩子。確かのあの少女ならどこから来たかわからないような情報すら掌握しているだろう。
「しかし、柚木の情報だっつーんなら信憑性は高いな。よし、急ぐぜ祐一!」
「だーから、俺は弁当だっつーの」
「だっちゅーの」
「「古いネタはやめろアホ」」
「へぶしっ!」
と躊躇なく祐一は蹴りを、浩平はグーパンを北川に見舞った。哀れ北川潤。
「ま、ともかく。俺は教室でのんびり食ってるからお前は戦争に身を投じて来い」
「くそぅ、この裏切りモテ男め! そうしてお前はあれだな、ハーレム作って弁当と乳をつつき合うわけだなそうなんだぶりゃあす!?」
語尾は奇声に変換され浩平の身は真横にすっ飛び教壇に直撃しバスンゴスンと転げ回った。
「もう、浩平は……。お昼からそんなハレンチだよー?」
言わずもがな。そこには弁当の包みをフルスイングしたような体勢で嘆息する瑞佳の姿。
というかそんなことして弁当は無事なのか、と祐一は浩平のことを度外視してそんな心配をしていた。
そして吹っ飛ばされた浩平は首を押さえつつ立ち上がり、
「な……長森よ。その弁当箱、本当にプラスチック製か? 中身があるにしても恐ろしいインパクトを首に受けたんだが……」
「ん? 違うよ、普通に鉄製」
「お前俺を殺す気かぁぁぁぁぁぁ!!」
というか鉄製の弁当箱なんてどうするんだやっぱり対浩平用の鈍器なのかと、やはり浩平を度外視してそっちを考える祐一。
薄情である。
「ね、祐くん。良かったら一緒に食べよう?」
そしてそんな浩平を無視して祐一に笑顔を投げかける瑞佳。
もうこんな対処に男折原浩平は涙を禁じえなかった。たまに心底思うのである。俺って人間として扱われてなくね? と。
そしてそんな浩平を気遣うように肩に手が置かれた。
振り向く。
そこに同情心一杯の笑顔を浮かべた北川が親指をグッと突き立てていた。
とりあえずムカついたのでその親指を捻じ曲げた。
集まれ!キー学園
二十時間目
「THE 学食戦争」
と、そんな馬鹿騒ぎをしていたせいで浩平と北川は思いっきり出遅れたわけで。
学食はそりゃあもうひどい有様になっていた。
「すげぇな、これは。まるで閉店間際に行われる一斉処分セールへ向かっていく主婦並の光景だぞこれは」
「いや、その例えはどうなんだろうな?」
祐一が言っていたように、そこはまさに戦場だった。
他人を押しのけ、自分の糧を手に入れようと動く様はまさに人間の本性を垣間見せていると言えよう。
弱肉強食を具現化したようなその空間。弱き者はその波に飲まれるか突撃することすら敵わず、強き者は波に抗い糧を得る。
そう、これぞ学生の戦場。
「北川少尉。では参ろうか。我々の戦場へ」
「か、艦長! 我々の戦力であそこに赴いても勝ち目は……!」
「愚か者ぉぉぉ! 勝てぬ戦いだからと背を見せ逃げるのかね伍長! 私はそんな軟弱者に君を育てた覚えは無いぞ!」
「っ!? し、失礼しました艦長! 私はどこまでも艦長に着いて行きます!」
いきなり始まった戦争ドラマに唖然とする周囲の生徒。
だがそんな者など眼中になしと言わんばかりに二人はノっていた。
唐突に始まったにも関わらず無意味に息ぴったりな二人を止められる者はここにはいない。今頃瑞佳は祐一と弁当タイムだろう。
「では……。北川少尉、準備はよろしいかな?」
「サー、イエッサー!」
だから彼らは油断していた。
この学園、それこそ突っ込みなんてどこからでもやって来るということを。
そして、それが本人の狙ったものではない場合ですらあり得るということを。
……最初に聞いたのは、ガッ、というなにかが引っ掛かったような音だった。そして次に周囲の小さな悲鳴と、バシャー、という水音が聞こえた。
それだけなら良い。しかし浩平と北川はその瞬間確かに感じたのだ。
――身を抉るような激しい熱を。
「「あっっっッちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」」
その絶叫は、まさしく同時だった。
まるで地獄の釜でもひっくり返されたかのような熱にのたうち回る浩平&北川。
「アオ! アオ!」
北川はもはや人間をやめてしまったような絶叫を浮かべながらゴロゴロと転がっている。
「くそ、なんなんだ!?」
比較的軽度だったらしい浩平はなんとか意識を整えて周囲を見渡した。
少女が転んでいた。どうやら少女が何かに躓き持っていた料理を浩平たちにぶちまけたという状況らしい。
現に足元にはコンニャクやらじゃがいもやら玉子やら大根が鍋と熱湯と共に散乱していて――、
「いや待て」
おかしい。
なにがおかしいって、とにかくおかしい。
ここは学食だ。これは不変の事実。しかしこの具材から連想される料理、それは、
「おでん……だよな」
そんな馬鹿なと思うが実際周囲には他にもちくわぶや昆布なども落ちている。勿体無い……ではなくて。
「鍋って……ありえねーだろ!?」
しかもそれをぶちまけられるなんていったいどれだけの確率なのかと、浩平は心底から神を恨んだ。
神よ。俺が何か悪いことをしたのか?
しかし問うている自分自身が思い付くものが多すぎるので問うのはやめた。それでこれ以上天罰なんか下ったらたまったもんじゃない。
くいっ。くいっ。
「あん?」
袖を引っ張られる感覚に振り向けば、転んでいた少女がどうにか起き上がっていたところだった。
そしてその少女は浩平の知る相手でもあった。
「またお前か、澪……」
しょんぼりと俯くその少女は一年後輩の上月澪。
中等部以来の付き合いだが、その出会いの場面も似たようなものだった。そう、確かあのときはうどんをひっくり返されたのだったか。
「しかし澪。二度目ともなるとあれだな。俺はもう命を狙われているのかと思ってしまうほどに危機感を持ってしまうのだが」
言うと、澪はどこからか取り出したスケッチブックにせっせと文字を走らせて、
『れっきとした偶然なの』
「偶然で二度ネタか。澪、そんなんじゃ芸人失格だぞ?」
『大丈夫。今回はおでんでグレードアップだから二度ネタにはカテゴライズされないの』
芸人と言われ否定しない澪に乾杯。それはともかく。
「なんだその『いろいろなところからパクればオリジナルだ』に匹敵するくらいの強引な理屈は……」
しっかし、と浩平は嘆息一つ。
「すっげーないまの学食は。おでんなんか作ってるのか。しかも鍋付き」
『あ、鍋は持参なの』
「持参かよっ!? って、また俺ともあろう者が突っ込みを〜〜〜」
『とっても普通なの』
「普通じゃねえよ!?」
『他にも鍋持ってきてる人いるのに?』
「……いるのか? そんなチャレンジャーが」
コクリと頷く澪。
鍋を持ってくるなんてデンジャーな人間はいったいどんな人間かと想像し――、
「くしゅん!」
「あれ、どうしたのお姉ちゃん。花粉症?」
「え〜、ど〜なんでしょうね〜。誰かが噂をしているのかもしれませんよ〜? ……お鍋の」
「それは無いと思うわ。……あ、そこ煮えてる」
「はいは〜い」
……しかし途端に馬鹿くさくなって思考をやめた。
そう、それはきっとあれだ。全て遠き理想郷なんだ。……行きたくはないが。
閑話休題。
「しかし、春におでんとはコスト的に心配なチョイスをわざわざ選ぶ学食側もさすがだな。これだから無駄にリッチな学園は」
『知らないの? 去年の三学期から学食にリクエスト制ができたの』
「な、なにィ!?」
『そんなキャプテン翼ばりに驚く必要はないと思うのー』
更に詳しく聞けば、学食の品数の少なさに辟易とした某生徒会長が独断でそのシステムを導入したらしい。
さすがというべきかなんというべきか。しかしそんな美味しいシステムに何故いまのいままで気付かなかったのだろう。
「あー……そういえば三学期になってからいきなり購買が空いたからいつもそっちに食いに行ってたなぁ」
その報告を知らなかったのは相変わらずホームルームで寝ていたからだろう、多分。
「しかし、そんなことして大丈夫なのか。品が増えればその分材料費も嵩むだろうに」
『その辺は競争社会に任せてるっぽいの』
「あー、なるなる」
キー学には小等部を除く全て(中等部〜大学部まで)に各々学食が設置されている。
しかしだからといってそこの人間だけが食える、というわけではない。中等や大学部の学食に食べに行くことももちろん可能だ。
他にも中央にはまた別に学食棟が存在するし、そこには某有名ファースドフードのチェーン店なんかもある。
更には時計塔の下には女子に人気の洒落たカフェテリアがあるし、部活棟の一階には軽いメニューを扱う店もあったりするのだ。
そんなこんなで食事場所には事欠かないキー学だが、そのせいで学食側はやや押され気味であったのは事実だ。
――もしかしてあの生徒会長、これ見越してそんなシステムを?
あの生徒会長は一見ぶっ飛んでいるようで、その実結果的には良いほうに転がっているような気がする。もしかしたら最初から計算しているのかもしれない。
「う〜む、侮れん」
『ねね』
「どうした澪くん。袖なんか引っ張って。人様の思考に水を差してはいけませんよ?」
『水じゃないのお湯なの』
「そりゃあお前が俺にぶっかけたものだ」
『それはともかく、急がなくて良いの?』
「あん?」
澪の指差す先。そこにはこの学食の食券販売機がある。しかし、それを見て浩平は自らの顔が青褪めていくのを自覚した。
メニューのボタンの下。そこに赤い文字が浮かんでいるものが多くある。
そしてその赤い文字の正体は、
『売り切れ』
「やっべぇぇぇぇぇぇ!?」
このままでは人間のエネルギー源とも呼べる食にありつけなくなってしまう。
だがそれでも学食の生徒の数は一向に減る素振りを見せていない。
その生徒たちが続々とその食券販売機に群がり、さらに赤い文字は増えていく。
「くそぅ!? このままじゃやられる!」
『誰に?』
その突っ込みは敢えて無視した。
「立てーぃ北川! 俺たちもあそこに吶喊するぞ!」
「ちょ、待て! 俺はもろに熱湯被ったんだぞ!? しかもコンニャクとかじゃがいもにまで襲われたんだぞ?! 保健室に行かせろ!」
「えーい、この軟弱者がー! そんな大人修正してやるー!」
「落ち着け折原、言葉が支離滅裂になってるぞ第一俺は大人じゃぶりゃぇあ!?」
浩平渾身のコークスクリューが北川の鳩尾に直撃。哀れ北川はわけのわからん事情により意味もなくノックダウンと相成った。
「はっ!? 北川!? くそぅ、誰がこんなことを! これが戦争の辛さなのか……!?」
『むしろ演劇部としてその演技力を褒めてみたいの』
「なに!? なんだ北川!?」
「の、呪ってやる……」
「『俺に構わず先に行け』!? く……わかった、わかったぜ北側。お前の意思、確かにこの俺が受け取ったぁぁぁ!」
「くそぅ、日本語が通じないのか……つうか、北側じゃ、ね……え……ガクッ」
「北側ぁぁぁ!」
というかそんなことしているうちに早く買いに行けよ、と澪を始めとした近くの生徒は心中で突っ込んだ。
その中心にいる浩平はスッと優しく北側北川の身体を床に置き、
「お前の命は無駄にはしない。俺はお前の屍を越えて、昼飯を食うぜぇぇぇ!」
屍を越えて、の辺りで思いっきり北川の身体を踏みつけているのは仕様だろうか。
むしろ波押し寄せる防波堤でポーズを決めるが如く足場を欲しただけだと思うが、とりあえず合掌。
「いざ、戦場に赴かん!」
『行ってらっしゃいなのー』
パタパタとハンカチを振る澪に見送られ、浩平は食券販売機まで全力疾走。
「おらァ、どけどけぇ! 折原浩平様のお通りだぁ!」
数多立ちはだかる人の波を、まるで水泳でもするかのように掻き分けていく浩平。
なんだかんだで彼は折原浩平。頭はプーでもその身体能力はこのキー学においても上の上。腕力のみで人を押しのける様はある意味すごい。
浩平の前に成すがままのキー学生徒たち。その中、浩平は食券販売機を射程に収め勝利を確信し、
「あ、良かった。まだあったー」
のほほんとした声が聞こえた刹那、浩平の視界は一回転した。
「な……?」
にが、という声が口からでるよりいち早く背中に軽い衝撃を受けた。
視界に映るのは、蛍光灯。つまりは天井ということであり……ということは倒れているのか、と思った瞬間、
「あ、ごめんね。大丈夫?」
と覗き込む顔があった。それもまた浩平にとって見知った顔だった。
盲目でありながら心眼という得体の知れないスキルを手に入れた超人三年生。サバイバル部の超エース。
川名みさき。
サバイバル部で『盲目の戦姫』の異名を持つ者であり、
「……やべ」
そして、またの名を『底無しの胃袋』。
「あ、浩平くんだったんだ。ちょっと急いでたんだ、ごめんね?」
「人を合気術で這い蹲らせるほどの急用って、やっぱり……!?」
瞬間、みさきの指が券売機の上を高速で踊った。それはさながら秒間十六連打かと疑わんばかりのスピードである。
そして、
「あれ? もう終わり」
その魔手によって券売機の品は全て売り切れになってしまった。
「NO――――――!?」
「んー、こんな量で午後足りるかなぁ」
「先輩! いま先輩のせいのでその午後の活路を閉ざされた若者が何人いるとー!? 特に俺!」
「なに言ってるの浩平くん。ご飯くらいで大げさなー」
「じゃあみさき先輩。そのうち一枚で良いんで俺にください」
「浩平くん。ご飯はね? 命の源なの。だから食券一枚だって無駄にできないんだよ? だって命の源だもん」
「自分で大げさって言ったのに命の源かよっ!? しかも二回も言って! ってまた突っ込んじまったー!?」
「浩平くん。悲しいけど、これ戦争なんだよ」
「みさき先輩それキャラ違う!」
くそ、と舌打つと浩平は身体を捻り一瞬で立ち上がった。そして獰猛な……得物を狙う虎の如く浩平は身体を下げその瞳に食券を映す。
「なら仕方ねぇ。……みさき先輩。その食券は、力尽くで奪わせてもらうぜ。ちなみに金は返すから盗みじゃないのであしからず」
「浩平くん。敗残兵に救いはないんだよ。サバイバル部所属の私だからこそわかる。……それに、ご飯がかかった状況で私に勝てるのかな?」
「ふっ。それがどれだけ難しいことかは嫌になるほどわかるさ。けどな……男にはわかってても挑まなきゃいけない時がある!」
『それがご飯っていうのはなにかいろいろと情けないの』
「へーい澪さんいらない突っ込みはストッププリーズ。とにかく!」
どん、という効果音を背に浩平は掌を強く握り締め、
「今日! 俺は全身全霊を持ってみさき先輩を打ち倒す! たとえ食事イベント補正で能力値が+150%だったとしても!」
「甘いよ浩平くん。補正値は+300%だよ」
「高ー!? だがそれでも男には挑まなければいけない時が以下略!」
『以下略と言う方が長ったらしくて全然略になってないの』
「どやかましいですよ澪さん! それはともかく唐突に攻める!」
ゴッ、と風が唸るほどの爆発力で浩平は床を蹴った。
人間技では考えられないほどのスピードで刹那の間にみさきとの距離を詰める。その食券を奪おうと弾丸の如きスピードで手が繰り出される。
対するみさきはただ不敵に笑い、浩平を薙ぎ払わんと手を滑らせて――、
「はい、その勝負そこまでな」
「「!?」」
瞬間、浩平とみさきの間に割って入るように一人の男が介入した。
その男はみさきの手を「おたま」で受け止め、浩平の手を「鍋」で受け止めていた。
……そう、いままで料理に使っていた「鍋」で。
「あっっっッちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」
『あ、二度ネタ』
澪の突っ込みなんて目に入らない浩平は熱さのあまりそこで飛び跳ねる。
「あ、君は……」
そしてみさきは、その介入者の顔をどこかで見た記憶があった。
「ここは神聖な学食だぜ。騒ぐのは食券販売機の前でだけにしてくれ」
おたまと鍋を軽々と振り回しそこに立つのは、みさきと同じクラスになった――、
「伊月くん」
「よ」
その男、名を伊月啓祐。
みさきとは数年前にも同じクラスになったことがある相手だった。そして、みさきと啓祐にはある共通点があり、その関係でそこそこ仲は良かった。
それはつまり、『料理』。
だが二人の役職は大きく異なる。
みさきが『食べる』ことであるのに対し、啓祐は『作る』ことを趣味としているのだ。
ま、それはともかく。
「あれ、伊月くんがどうしてここにいるの?」
「だって俺いま学食でバイト中だからな」
「へー、そうなんだ」
これもまた去年から出来た制度であるが、キー学園では学園にある各所でバイトを募っているのだ。
学食の調理係や、カフェのウェイターやウェイトレス、図書館棟の司書やその手伝い、あるいは各学部間の配送業等々。
「それはともかく、だ。ここは学食。戦いの場所であると同時に神聖な場所だ。勝負は食券を買った時点で終わってる。
悪いがそこのお前。今回は川名の勝ちだ」
「……できればその忠告は鍋で止める前にしてほしかったがな」
ふーふーと手に息を吹きかけながら半目で睨みつける浩平。
しかし浩平の意識はぐぅ、と思わず唸った腹のためにそっちに移ってしまう。
「く、くそ……俺は、俺はこんなところで死ぬのか……」
『また始まったの』
「ちっ……俺も焼きが回ったもんだぜ……。あぁ、良いさ。俺のことは放っておいてくれ」
腹を押さえ、ぐぬぁ、と不気味な声を上げて浩平は床に這い蹲る。その様相はずばり映画の途中で主人公のために死ぬ仲間のようだ。
そしてこういう物語の定番として主人公は「お前をおいていけるか!」と言うものだが、
「うん、わかった放っておくね」
「ちょ、みさき先輩それはあまりにもひどすぎる! 人として!」
「えー、だって放っておけって言ったしー。伊月くんも聞いたよね?」
「ん? まぁ、聞いたな」
「そこはそこ! こう、心の奥底から流れる熱いシンパシーで感じ取って! むしろその心眼でこのワタクシ目の心の声をッ!」
「えーと『俺のことは放っておいて思う存分食べてきてくれ』? わぁー、ありがとう」
「人の心を都合の良いように改竄するなぁ!?」
だが浩平の勢いもそこまでだった。
フラフラと、演技ではなしに身体が沈み込んでいく。無駄にエネルギーを消費したせいか、余計に腹が減った気がする。
そんな浩平をみさきは屈みこんで見下ろし首をかしげながら、
「浩平くん、そんなにお腹空いてるの?」
「み、みさき先輩……。その食券の一つ、一つだけで良い。それを俺に分けてくれないか? そうすれば、みさき先輩は一人の命を救うことができる」
「そっか」
にこりと微笑むみさき。
あぁ、ここに神はいた、と浩平は思わず拝みたくなった。
だが――甘い。
みさきはただ笑顔のまま浩平の肩をポンと叩いて、
「所詮この世は弱肉強食ってことだね」
「にっこり言われても俺の腹は救われねぇ!」
「うん。それじゃ」
「しかも無視かー!?」
だがその叫びすら無視され、みさきは啓祐に食券を渡すとルンルン気分でスキップなんぞかましつつ奥の席へと向かっていった。
分かれる明暗。
みさきと自分の間を通るデッドオアライブの境界線。
「俺は……負けたのか」
がくぅ、と。浩平はそれこそ、本当に心底力尽きた。
あぁ、もう駄目だ。もう一歩も動けない。自分はここで死ぬのだ。あー、先立つ不幸を許せくそ爺。ごめんよみさお。
そうして天国へ(気分的に)赴こうとする浩平を、しかし止める者がいた。
ちょんちょん、と。浩平を肩をつつく澪だ。
浩平は渾身の力を振り絞って首を回し視線を合わせた。それはまるで本当に死に逝く者のようで――、
「な、なんだ澪……。俺はこれからヘヴンに――」
『一緒におでん食べる?』
「マジでかっ!?」
一瞬で復活した。
『リビングデッド?』
「そんな突っ込みはどうでも良い! 本当に良いのか!?」
『半分以上ぶちまけちゃってるけど、少しだけなら分けてあげるのもやぶさかじゃないの』
「おぉ! 俺は素晴らしき後輩を持ったぜー!!」
感激のあまり浩平は思わず澪を抱きしめた。そして澪は一瞬でその顔を真っ赤に染める。
だが喋れない澪ではハグされている現状でスケッチブックに文字を書くことはできない。成すがままである。
「そうと決まれば、ほら澪! 早く食おうぜ!」
そして抱擁を解き、満面の笑みで歩いていく浩平。その背中を赤くなった澪は見つめ、
『ばーか』
と、スケッチブックの隅に小さく書いたのだった。
その頃北川は。
「お、俺っていったい……」
学食入り口で倒れたままだった。
あとがき
えー、ども神無月です。
……オリキャラ中心だとか言っておいて、今回は完璧ちょい役に回ってしまいました(汗
なんでか浩平中心のお話に。ONEのメンバーはそこそこ活躍したのではないでしょうか〜。
あとは北川とか啓祐とか。まぁ北川はキー学ではこんな感じになってます。キャッチフレーズは『哀れ北川』(マテ
では次回。何をするかは神無月本人もわからない。
ではでは。