時は昼休み。

 生徒たちは授業という責め苦から解放され、一時の開放感に身を委ねる。

 雑談に励む者、昼食を取る者、どこかに向かう者、人それぞれだ。

 で、一年C組所属たる朝倉純一はどこかに向かう組として教室を後にしていた。それも何かから逃げるように。

「冗談じゃねぇ!」

 ……訂正しよう。明らかに逃げていた。全力疾走である。

「じゅーんいーちく〜ん? 一緒にお昼食べようよ〜!」

「兄さん! どこに行く気ですか!? まさか他の誰かと……!」

 後ろから聞こえてくるのはみさおと音夢である。そしてその声は明らかに純一を追いかけてきている。

 純一が逃げる理由も至って単純。

 昼飯を食べようとしたその瞬間、みさおが机をくっ付けてきて一緒に昼食を食べようと言ってきた。

 そしてそれに対し後ろの席の音夢が何故か激怒。みさおと音夢の言葉の応酬の板挟みに合い、耐え切れず逃走。

 ――もしかしなくても俺って情けないか……?

 とも思うが、欲しいのはただ一つ。それすなわち平穏なり。

 故に純一は逃げ回った。逃げて逃げて、逃げ抜いた。

 で、数分後。

 どうにか二人を撒いた純一は、中庭で一息……というかめちゃめちゃ息を切らせて、ベンチに身体を投げだした。

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……あーくそ、どうして飯の前にこんなに疲れなきゃならんのだ」

 愚痴を言いつつ購買で買ったパンと――、

「……んー」

 ついでに甘いものでも食べようかと思い饅頭を出した――その瞬間、

「あら、あなたは……」

「うぉぉぉ!?」

 いきなり真後ろから声をかけられた。

 反射的に振り向いた先にいたのは……名前は知らないがどこかで見たことのある少女だった。

 

 

 

 

 

集まれ!キー学園

十九時間目

「菓子職人が現れた! 菓子職人の攻撃!」

 

 

 

 

 

 ――み、見られたか?

 純一はバクバクと跳ねる心臓を抑えようと奮戦しつつ、その少女を見つめた。

 背丈はほとんど純一と同じかやや低いかという、比較的女子では背の高いほうだろうか。

 ややきつい目つきをしているが、長い手足に綺麗なロングの髪とモデルだと言われても納得できそうな少女だ。手には弁当か、包みを持っている。

 確かにどこかで見たことのある顔なのだが……どうにも思い出せない。

「朝倉くんもここで昼食ですか? いつもここで? それとも今日は偶然?」

 その言葉からして、どうやら和菓子を生み出した瞬間は見ていなかったようだ。そのことにホッとする。

 まぁ、別段知られて困ることでも無いといえばないのだが……用心に越したことはないだろう。

 しかしまぁ……向こうはこっちを知っているらしい。ほんのちょっと罪悪感が沸く。

 と、いきなりその少女は何の躊躇もなく純一の隣に座り込んできた。

「あ、えーと……」

「私も丁度お昼なんですよ。……あ、隣、駄目でしたか?」

「あぁ、いや。そういうわけじゃないんだがー……」

 いや待て、と純一は思考する。

 自分が名前を覚えていないということは、それほど話をしたことがない相手のはず。仲が良いか悪いか、どちらにせよ名前は覚えているのだから。

 しかしこの相手はフランクな調子でこちらに接してくる。……というか、雰囲気的にあまり能動的なタイプには見えないのだが、気のせいか。

「? 私の顔になにか……ついてますか?」

「あ、いや。そうじゃない。そうじゃないんだがー……」

 言うべきか言わざるべきか。しかしこのままというのもなんとも居心地が悪いので、やはり覚悟して言うことにする。

「あのさ、俺、お前と話ししたことあったっけ?」

「はい?」

「あぁ、いや。気を悪くしたらすまない。これでも記憶力には自信があるんだが、どうにもお前の名前が出てこないんだ」

「あぁ、そんなことですか」

 なるほど、と頷きながら、そして平然と、

「これが初めてですが」

「……」

 純一、唖然。

 そんな純一を眺めつつ、少女はどこかしれっとした態度で膝の上で包みを解いていく。

「では、とりあえずまずは自己紹介でしょうか。私は丹南翠と申します。どうぞ、よろしく」

「あぁ、俺は朝倉――」

「朝倉純一くん。知ってますよ。有名ですし、何より今年は同じクラスですしね」

 と、箸で玉子焼きをつまんで一口。

 ……なんか、言外に同じクラスなのにも関わらず覚えてない純一を攻めているように聞こえなくもない。

 それを察した純一も苦笑いしか浮かばなかった。

 とりあえず場繋ぎというか間を持たせるために純一も購買のパンの封を開け――ようとして饅頭を生み出していたことを思い出した。

 そこでふと純一は思いついた。

「これ、やるよ」 

 そうして翠に饅頭を差し出したのだ。

 翠は弁当から饅頭へ視線を移し、そして再び弁当へ、そして最後に純一の顔を眺め、

「昼食中に、ですか?」

「タイミング的にはどうかとも思ったんだが、包装開けちまったからな。それによく言うだろ? 甘い物は別物だって」

「少し言葉が改造されている気もしますが……では、遠慮なく」

「あぁ、どうぞ」

 翠は箸を丁寧に箸箱に一旦戻してから、その饅頭を受け取った。

 その饅頭をじーっと眺め、

「に、丹南?」

 不意に一口。

 そのままモグモグと口を動かす翠。

 なぜかそんな行動だけで緊張に包まれているような、そんな雰囲気が周囲一帯を覆っている気がする。

 ――な、なんだこの空気は……。

 まるで判決を待つ被告人のような気分である。

 そして数秒。咀嚼し飲み下し、

「美味しいです」

 と、好評の言葉を受けた。

 それに胸を撫で下ろす自分が妙におかしかったが、ただじーっと饅頭を見下ろしている翠もまたおかしかった。

「皮もしっかりしていて甘さもしつこくなく、口に残らない。お茶かなにかと一緒に食べればもっと美味しそうですね」

「ん? そうか?」

 饒舌になる翠。菓子が好きなのだろうか?

 まぁ、世の女性の大半は甘い物好きではあるが、この物言いはどこか通のイメージが感じ取れる。

「これを、どこで?」

 やっと饅頭から視線を外した翠の瞳は今度はこっちへ。

 で、そういうことを聞かれる常として頭の隅に常駐させてあるお決まりの文句を返すことにする。

「ちょっとそこで買ったんだ」

 普通ならば。

 この会話はここで終わっただろう。

 ふーん、と相手は頷き、また別の話しになるなどしてこの会話は色を失くすに違いない。

 菓子の出所なんて詳しく知ろうとす人間など、ほとんどいやしないだろうから。

 ……だが、それはあくまで“ほとんど”であり、

「そこ、とは、どこですか?」

 そして丹南翠はそのほとんどに分類される相手ではなかった。

「どこって、そりゃあ、そこのコンビニで――」

「あそこのコンビニのお饅頭はこれほど皮の食感はしっかりしていません。というか、コンビニで売っているお菓子はどれも邪道です」

「あー。そうだ間違えた。それ、実は近くの個人営業の古ーいお店の――」

「この周辺で数十年以上の歴史を持つお菓子の店は最も近い店でも歩いて十分はかかります。昼休みに買いに行って間に合う距離じゃないです」

「いや、昨日買ってきたんだよ。で、学園に持ってきて――」

「では剥いだ包装はどこですか? 外で買ったものなら包装はあるはずですが、この近くにくずかごはあの中央の一つだけ。でもそこにゴミは一つも入っていませんでした。

 どこか別のところで剥いだ可能性もありませんね。それならここに着くまでに食べ終わっているでしょうし」

「あー……っと――」

「私は、こう見えてお菓子が大好きです」

 それは……これだけ聞かされればよくわかる。

「私は食べるのも作るのも好きです。もちろん、自分の住んでいる近場のお菓子を売る店はコンビニから総業数十年の個人店まで網羅しました。

 いままでの人生の中でこの町、この市、この県をくまなく調べ上げました。恐らく私の知らないお店は無いでしょう」

 ですが、とそこで区切り手に持つ饅頭を一瞥し、

「こんな味はいままで食べたことがありません。だから断言できます。これはこの辺りで買えた物ではありません」

 完全封鎖された。

 翠の言っていることが本当なのは、その雰囲気や語気でなんとなくわかった。

 ……尊敬を通り越してやや「うわー」って感じもしなくもないが。

「だとすると、考えられることはただ一つだけなのです」

 ビシッ、と純一の顔に真正面から指差して、

「あなたが作ったのでしょう。これを」

 ギクリとした。

「あー……」

 落ち着け落ち着け、と純一は二度自分の心中に訴える。

 とりあえずもう嘘も誤魔化しも効かないだろう。とすれば、本当のことを言ってしまう?

「俺、実は和菓子を生み出すことが出来るんだよ」

 と言ったら、この少女はなんと思い、なんと言うだろうか。

「馬鹿ですかあなたは」

 ……なんかそんな言葉が返ってきそうな気がしないでもない。

 しかし翠は『作ったのか?』と聞いた。それも問う、というよりは確認する、という意味合いのほうが強い口調で。

 つまりほぼ確信しているということになる。

 ならぶっちゃけてしまっても良いと思うのだがどうだろうか。多分翠はこういうことを言いふらすタイプではないと思うから――、

「で、どうやって作るんですか?」

「ど、どうやってって……そりゃあ」

 一瞬で。

 しかしそれを言う前に翠はどこか目を輝かせて、

「特にこの皮。どうしたらこういうもちっとしていながらしっかりとした皮が作れるのかな。何か材料に秘密が?」

「は……?」

 そこで、純一は初めて自分と翠の中で齟齬が生じているのに気が付いた。

「餡子もまた上品。これはどこかから産地直送? それともこれすらも自作なの?」

 純一は『作る』と言われて『手から和菓子を生み出す』というのがバレたのだと勝手に思い込んでいたが、そうではないようだ。

 翠の言った『作る』とは、その名の通り『このお菓子を自作する』という意味のことだったらしい。

 というか、まぁ普通に考えればそうなるだろう。当然だ。

 この『事象』に慣れすぎて、これが『異端の力』であることをすっかり忘れていたようだ。

 というかそんなことより……、

「しかし何より驚くべきはこのバランスよね。皮と餡子のバランスが絶妙。成るべくして成ったとも言えるこの調和具合。まさに職人の技……」

 饒舌になり止る兆しが見えない翠。

 よほど菓子が好きなのだろう。その熱意というか、そのせいで言葉が随分と砕けてしまっている。

 なんとなくこっちの翠が地なのだろう、と純一は思った。

「他にも――あ、あの……私の顔になにか?」

「ん? あぁ、いや。丹南さんは本当に菓子が好きなんだなぁ、と思って」

「え――あ……」

 そこで気付いたのか、かぁぁ、と頬を染め俯く翠。それを可愛いと思ってしまったのは秘密だ。

「……へ、変ですよね。すいません。お菓子の話しになるとつい……」

「いや、別に構わないさ。っていうか、その丁寧語止めないか? さっき砕けて話せてたじゃないか」

「あ、あれはお菓子の話だったからで……その、特に男の人と話すのに慣れてないから……」

「慣れてない? じゃあ俺の横にいきなり座ってきたのは」

「あれは、どうしても確かめたかったんです」

「確かめたかった?」

 はい、と翠はやや強い面持ちで頷き、

「以前、水越さんから朝倉くんから貰ったっていうどら焼きを分けて貰ったことがあるんです。そのときに私は衝撃を受けたんですよ。

 こんな味を味わったことはなくて、だったらこれは朝倉くんが自分で作ったに違いない。だから確かめようって」

 なるほど。つまりその確かめたいという思いが強くて純一を男と意識するまで気が回らなかったと。

 そう考えて、純一は思わず小さく噴き出した。

「な、な、なにか笑うところが!?」

「あ、いや、すまん。なんつーか――」

 と、そこで口を噤んだ。

 面白いというか可愛い奴だなぁ、と思って。……なんて口が裂けても言えない。

「しかし、どうしてそこまで? もしかして丹南さんは菓子職人を目指しているとか?」

 話を逸らす意味で軽く振った内容だったはずなのだが、翠は俯いて押し黙ってしまった。

 そしてややあってから、ほんの少しだけ頬を染めつつ上遣いでこちらを見て、

「……そ、その、恥ずかしいけど。将来はパティシエールになりたいなー、と……」

 パティシエとは洋菓子専門の菓子職人の名だったか、と純一は自分の知識から思い浮かべる。

 で、翠はおずおずとそんなことを言いながら、しかし唐突に苦笑を浮かべ、

「おかしいでしょ? この歳になってお菓子に夢中になってるなんて……」

 どうやら翠は菓子職人という夢は子供っぽい、と思っているらしい。

 しかし、

「良いじゃないか、パティシエール。菓子職人も立派な仕事だろ?」

「え……」

 純一は覚えている。

 泣きそうなとき、いつも祖母が饅頭を手から生み出してあやしてくれたことを。

「菓子はまぁ、ちょっとした不思議なおまじないさ。泣いてる子供だって笑わせてやれる。そういうのを作り出せる職業も、俺は立派だと思うけどな」

「朝倉くん……」

「将来を見定めてるだけでも誇れることだろ? 俺なんて面倒くさくて将来のことなんか全然考えてもねぇ」

 実際純一は将来の自分なんてまるで想像できない。

 下手に想像すると就職難の挙句定職に就けずろくなバイトもできぬまま音夢に愛想着かされ家を追い出され路頭に迷い道端に倒れる、なんていう予想すらできてしまう。

 それがあながちありえない将来ではないと思えるところがまた怖いところだが……まぁ、それはともかく。

 どこかボーっとしている翠を見やる。そしてニヤリとどこか意地悪っぽい笑みを浮かべ、

「しかし丹南さん。いつの間にか丁寧語が抜けてるって気付いたか?」

「え……あっ」

「いやいや、フランク大いに結構。ま、丁寧語っつーのも新鮮で良いといえば良いんだが」

 思い浮かぶ周囲の女子たち。そのほとんどが丁寧のての字の欠片も見当たらないような連中だ。しかし、

「やっぱ少し馴れ馴れしいくらいが俺には性に合ってる。だから丁寧語は無しの方向で頼みたい。駄目か?」

 翠はやや呆けたようにしつつも、小さく笑い、

「努力してみま――してみるよ」

「おーけーおーけー」 

「ところで、私のことさん付けで呼ぶの止めません――止めない? どうも、むずむずするというか……」

「じゃあ丹南で。なら俺もくん付け止めてくれ」

「でも、朝倉さんと区別するためには仕様が無い気が……」

「じゃあ名前で良いよ」

「名前……って、ええ!?」

 ボン、と音が聞こえてくるくらいに顔を真っ赤にする翠。

 う〜ん、面白い。

 そう考えるのはやや失礼な気がしたが、しかし初々しくて仕方ない。

 どうにも音夢やみさおや美春やアリスといった破天荒な行動を取る女子連中が多いせいか、この反応は新鮮である。

「じゃ、じゃあ……純一くん、で」

「くんは取れないのか」

「さすがにこれ以上は勘弁して……」

「はは、わかった」

 まぁ、無理強いするものでもない。そこで妥協することにした。

 で、ずっとこの話をしているわけにもいかないので話題を戻すことにする。

「しかし……パティシエを目指しているってことは菓子作りも上手いんだろうなぁ。今度作ってくれよ」

「はい、それは構いませ――こほん。構わないけど……朝く――こほん、じゅ、純一くんは和菓子ばっかりだけど洋菓子は平気なの?」

 いきなりすぐには治らないのか、つっかえつっかえ言葉を紡ぐ。

 そんな律儀さに純一は口元が緩むのを自覚しながら、

「あぁ、平気。ただ和菓子の方が好きなだけだから」

「なるほど」

 頷き、翠は饅頭の最後の一欠けらを口に運んだ。食べ終え、ごちそうさま、と丁寧にお辞儀して、純一を見る。

「じゃあ、私からもお願いあるんだけど、良いかな?」

「俺に出来ることならば」

「うん。……この和菓子の作り方教えて欲しいんだけど」

「ぐぇ」

「ぐぇ?」

「ああ、気にしないでくれ。すっかり忘れてただけだから」

「?」

 首を傾げる翠。まぁ、無理も無い。

 翠は最初からそういう考えで純一に近付いてきて、いままでの会話もその延長線上だったのだろう。

 しかし純一はそこから話を逸らした結果の話題であったわけで、完璧にその部分を失念してしまっていた。

 さて、どうしよう。

 まぁさっきも思ったとおり言ってしまっても問題が無いといえば問題はない。

 秘密を喋ればどこかの秘密結社から命を狙われるというわけでもなし。それに既に知っている者も何人かはいる。

「実はな――」

 だから喋ってしまおう。そう思い口を開きかけたその瞬間――、

 ブゥオン!

 轟音が目の前……つまり向かいあった純一と翠の間を高速で通り過ぎていった。

 純一がブリキ人形のような動きでその物体を目で追えば、そこには木に減り込む辞書が一つ。

 こんなことができるのは学園広しと言えど二人しかいまい。そして純一に対してこんなことをするのはその片方のみ。

 再びブリキ人形になって反対側を見る。

 そこに、いた。

 何が?

 ――修羅が。

「兄さん……。やっぱり、他の女の人と一緒にいたんですね……。しかも向かい合っちゃって……一体何しようとしていたんですか?」

 前髪に隠れて目が見えないが、恐らく笑ってはいないだろう。というか湯気に当てられた鰹節みたいにユラユラと髪が揺れているように見えるのは錯覚だと信じたい。

「あー……音夢、まずひとまず落ち着こう。な?」

「私はじゅーぶん落ち着いていますとも、えぇ」

「嘘付け!? 落ち着いてる奴は次弾装填なんかしねぇぇ!」

 気付けば音夢の手には新たな辞書。一体どこから取り出したのかは学園七不思議に並べたいほどだが、そこはきっと乙女の秘密なのだろう。

「じゃ、じゃあ丹南! 悪いけどまたな!」

「あ、純一くん!」

「呼び捨て……? それに名前で呼んでぇ……?」

 ベンチを乗り越え、ダッシュで逃げ去ろうとする純一の後ろから低く響く音夢の声。

 その声が怒りに染まるのを背に感じながら、純一は必死に祈った。

 我が命に幸あれ。

「兄さんの……馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「うぉぉぉ、ちょ、マジで洒落にならねぇぇぇ!?」

 機関銃のように連射される辞書の山をニュータイプのような直感力と命恋しさに全弾回避しつつ去っていく純一とそれを追っていく音夢。

 一人残された翠はやや引きつった表情で、思う。なんというか、

「賑やかだなぁ」

「でしょ〜?」

 うん……と頷きかけて翠はギョッとした。

 振り向けば、いつの間にかさっきまで純一が座っていた場所に少女が一人、膝を抱えて楽しそうに笑いながら座っているではないか。

「え、えーと……折原、さん?」

「ピンポンピンポーン大正解〜。わたしのことはみさおで良いよ。で、そういうあなたは丹南さんで良いんだよね?」

「あ、はい」

「うん、じゃあー、そうだなー……。ニナミン、って呼ばせてもらうね?」

「え、え?」

 一方的に始まり一方的に進んでいく会話に困惑する翠。しかも勝手にあだ名まで付けられる始末である。

 どう対処すべきか、ここから離れるべきだろうかと考えていると、みさおはどこか面白そうな笑みを浮かべつつ、遠のく朝倉兄妹を見つめ、

「あの兄妹は面白いよねぇ。見てて飽きないよ」

「はぁ」

 とりあえず曖昧に頷いておく。するとみさおの視線が翠に向けられた。

 じー。

 そんな擬音が的確と思われるほど真っ直ぐに見据えられ、わけもわからず「えーと」なんて呟いていると、みさおは小首を傾げつつえらいことを聞いてきた。

「ところでニナミン。純一くんのこと気になるの?」

「……は?」

 気になる、とはどういう意味でのことでだろうか。

 気にしているという点では間違いは無い。そうでなければこんなところに来ることもなかっただろうし。いや、しかしこれにはちゃんと理由がある。

 そしておそらくみさおの問うている『気になる』はきっと別の意味であり、そういう意味合いを考えるならば、

「べ、別に……」

 ――って、なにちょっとどもってるの私――!?

 案の定みさおは小悪魔のような「ふふん?」的な笑みを浮かべ、

「やー、ニナミンからは音夢ちゃんやわたしみたいな匂いがするんだよねぇ。微かだけど」

 匂いってなんですか。

「ま、いいけどね。それでもわたしはわたしのしたいようにするだけだし」

 よ、と呟きみさおはベンチから腰を上げる。そうして朝倉兄妹の消えていった方向に身体を向け、

「それじゃ、ニナミン。また教室で。仲良くなれると良いね?」

 ウィンク一つ。そうして鼻歌交じりにスキップ刻みつつみさおもまた去っていった。

「……なんなんだろう」

 この学園にはつい数年前に出来た一つの暗黙の掟がある。

 曰く、平凡な学生生活をしたいのであれば四天王には近付かないこと、らしい。

 なるほど。どうやらそれは正しかったようだ。

 ふぅ、と嘆息一つ。そうして開け広げたままであった弁当に着手しようとして、

「……まぁ、約束したし。洋菓子は今度作ってこよう」

 お饅頭のお礼もあるし、と心中で頷き箸を動かした。

 

 というわけで、ここにもまためでたく騒動に巻き込まれるキャラが増えたことをここに宣言しよう。

 

 

 

 あとがき

 えー、はい、ども神無月です。

 オリキャラメインストーリー第一弾! とでも言うべきか。とにかくそんな感じに仕上がってます。

 時たまこんな感じでオリキャラを織り交ぜつつ、話を進めて行こうというのがこれからの主軸になります。しばらくは。

 とりあえず学生生活の目玉にでもなるようなイベントは当分先ですので、ね。

 さて、次回は誰か。オリキャラかそうでないのか。それは神無月にもわからない(マテ

 では、また気紛れの後いずれ(ぁ

 

 

 

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