二年の男子ソフトボールは祐一と浩平の激しいバトルのとばっちりを受けた往人の発言により中止となった。

 そんなわけで現在は男女が入れ替わり、女子の面々が守備を確かめ合ったりラインナップを決めたりしているのだが……。

「ふ、ふふふ……」

 校舎側からゆっくりと、どこかのっそりと這って移動してくる物体がある。

 否、それは人だ。

 南森大介。学園を代表するエロリストである。

「俺のえろ魂があれぐらいで朽ちると思うのなら……甘いぜ!」

 身体は見た目にボロボロなのだが、その痛みを引きずってまでもカメラ片手に保健室から抜け出してきた南森である。

 その根性をもう少し別の方向に向ければ良いのに、というのは女子一同共通の見解であるが、それはさて置いて。

「お、始まるか」

 遠目ではわかりにくいが、どうやら試合を開始するらしい。慌てずカメラを構え、望遠レンズ越しに見やる。

「ピッチャーは……美坂香里か。で、バッターは……お、七瀬だな」

 美坂香里に七瀬留美。

 どちらも戦闘力が高く、自分としてはいつも障害となり得る二人だが、その素質は南森も認めている。

 男っぽい、というか格好良い、というイメージが先行しがちな二人であるが、南森はこの二人が結構プロポーションが良いことを知っていた。

「そのブルマと汗に包まれる肢体……、この南森大介がカメラに収めてしんぜよう」

 言うと同時、南森の周囲を一種の緊張感のようなものが包み込む。

 それほどの集中力。刹那を見逃さないとせん南森の熱き思いが見えるというものだ。

 全ての意識は一機一動を見切るために集束され、指はいつでもシャッターを切れるように置いてある。

 万全、というやつだ。

 ピッチャーである香里が振りかぶった。栄える腿、揺れる胸。

「!」

 激写。

 即座に次弾を装填する兵士のような機敏な動きで巻く。

 その間に放たれる球。それを見た留美が初球から打ち込まんとバットを後ろに流し、振り抜いた。靡く髪。揺れる胸。

「!」

 さらに激写。

 素晴らしい、と自分の技術についほくそ笑む南森。

 だから彼は一瞬意識をカメラから外してしまった。それがきっと彼の命取り。

「さて、お次は――おぉぉぉぉぉ!?

 再び写真を撮ろうとファインダーを覗き込んだ瞬間だった。

 手元からカメラが消えた。

 ……いや、正確に言えば叩き落された。

 何に?

 ……そう、それは留美の放ったホームラン級の一発に、だ。

 つまり、留美が打ち込んだ球は強烈な勢いでグラウンドを越し、弧を描いて南森の持つカメラにダイレクトアタックしたというわけだ。

 しかも南森の不運はそれで終わらない。

 球にぶつけられその勢いのままに叩きつけられたカメラは破損。

 しかもその勢いでフィルムが飛び出し、傍にあったガーデニング同好会の置いていった水を入れたままのじょうろにホールインワン。

 人はこういうとき、きっとこう言うのだろう。

 踏んだり蹴ったりだ、と。

 しかしそれでも彼の不幸はまだ終わらない。

「お、俺のカメラが……。まさか一日で三台もの犠牲を払うことになろうと――ぐふぉあぁ!?

 無残に散ったカメラを慈しむように這い蹲っていた南森の後頭部に、衝撃が奔った。

 ふらふらとする意識の中でグラウンドの方を見れば、香里が悔しがり、悠々とベースを走っていく青山林檎の姿が見える。

 ――に、二打者連続ホームラン……?

 それは良い。だが、

「な、なぜ二度も俺のところに……ガクッ」

 力尽き、倒れる南森。

 その後再び三番打者の川口茂美、四番打者の坂上智代からホームランが飛び出し、追い討ちを仕掛けるように南森に降り注いだのはお約束。

 南森、保健室ではなく病院へ早退と相成った。

 

 

 

 

 

集まれ!キー学園

十七時間目

「体育の法則(後編)」

 

 

 

 

 

「「「「「おおお――――――」」」」」

 教師国崎往人の命令により試合を中断された男子生徒一同。

 最初こそグラウンドの空きスペースで各々練習をしていたが、女子の試合が始まってすぐグランドに隣接された観客席に昇っていた。

 これだけの試合、観戦したくなるのも仕方ないだろう。

 なんせ初っ端から四打者連続ホームランだ。インパクトは十分である。

「っていうかあの飛距離はすごすぎるだろう。ソフトボールだぞ、これ……」

 祐一も思わず絶句している。

 普通、硬式野球よりソフトボールの方が打球は飛びにくいはずなのだ。しかし、まるで硬式野球のような打球を見せたその四人。

 あの細腕のいったいどこからそれだけのパワーが発揮されているのだろうか。

 信じられないが……でもまぁ、その四人だと聞けばある意味で納得がいくから不思議だ。

「さて、どうする香里?」

 美坂香里とはキー学中等部に転入して以来の付き合いだ。故にそこそこ長い付き合いだし、またその人柄というのもそれなりに把握している。

 香里は一見クールに見えるが、その実、内側はかなり熱い性格をしている。

 曲がったことを嫌い、自分の信念を曲げず、そして負けず嫌いなのだ。

 ならばこの状況、香里としてはいくらたかだか体育の授業だからといえど、納得できることではないだろう。

 だから祐一としては、香里の動向が楽しみだった。

 で、祐一は気付いていない。

 ……結局香里同様、そう思う自分自身も根は熱い人間だということを当人は理解していないのだった。

 

 

 

 どうしたもんだろうか、と香里は考える。

 練習試合を始めてわずか四球。それで既に四点ビハインドというこの状況。

 正直、やってられるかー、とピッチンググローブを叩き付けたい衝動に駆られるが、そこはそこ。

 美坂香里という人間の取るべき行動ではない、と自粛する。

 とりあえず、そもそもチーム編成がおかしい。

 A組女子は全部で二十名。そうなると半分に分けてDH制ということでやっていけるわけだが。

 香里の相手であるAチーム。ただでさえ運動神経が並を越えるメンバーの多いA組の中でも飛びぬけている面々が揃っているのだ。

 先程ホームランを打たれた七瀬留美、青山林檎、坂上智代、川口茂美のパワー最強クラスの四人。

 加えてなんでもそつなくこなす万能タイプの遠野美凪に里村茜、長森瑞佳と仁科理恵。柚木詩子に至っては完全に未知数だ。

 穴という穴と言えば、せいぜい広瀬真希くらいだろうか。というか、運動が苦手なのが一人しかいないという時点でそもそもおかしい。

 こちらで運動が得意なのは自分を含め、名雪に志乃、あとは宮沢有紀寧と杉坂葵くらいだろう。

 稲木佐織、筧春恵、水越萌、神尾観鈴は完璧に運動音痴だし、月宮あゆはスピードこそ名雪と同じくらしらしいが……球技は苦手そうだ。

 故に打たれたら致命的な状況になりそうな気がする。葵が捕手をしているせいで、安心して任せられる守備が三箇所しかない。

 だから出来る限り自分が打ち取らなくてはならないのだが……、

「次は里村さんか」

「……どうも」

 次から次へと面倒な相手がやってくる。

 だが、負けたくはない。なぜならば、

「美坂の姓に敗北の二文字は無いのよ!」

「どれだけ古い家訓ですか、それは」

 茜の突っ込みを無視し、香里が一球を投じる。

 決して遅くはない。むしろ速いと言って良いレベルの球だ。コースは外角高め、コントロールも良い。

 さすがは美坂香里。文武両道を地で行く者なだけはある。

 しかし、ここは国立キー学園。いろんな意味で“規格外”が集う場所。

「――ふっ」

 短い呼吸と共に振り抜かれるバット。それは香里の投じた球を確かに捉えていた。

「!」

 ライナーが二塁手の名雪と一塁手の有紀寧の間をすり抜け、一二塁間を突っ切っていく。

「え、え?」

 それをライトの観鈴が捕れるはずもなく、トンネル。そのまま後ろへと流れて行ってしまう。

 慌てて追いかける観鈴であるが、それを見て茜はどうしたことか一塁で足を止めたのだった。

「……どういうことよ」

「いえ。ただなんとなく」

 茜からすれば、両チームの戦力上ここで止まってやる方が良いと判断したわけだが。

 茜は理解してない。そういう気遣いは、スポーツの世界では屈辱でしかないのだと。

 そして香里は別段スポーツマンというわけでもないが、これにはひどく癇に障ったようだ。

「……えぇ、上等よ。やってやろうじゃないの」

 フフ、と歪む口元が怖い。

「え、えと、あーの……ど、どうぞ、お、お手柔らかに〜……」

 そしてバッターボックスに立つ理恵はそんな香里を見て怯えていた。そりゃあもう見ている香里がプッツンしちゃうくらいに。

「ねぇ、仁科さん」

「は、はい?」

「あたしって、いまそんなに怖い?」

「は、はい。――あ」

「へぇ、相手目の前にして即答とは……仁科さんって見かけによらず大胆なのね。――派手に行くわよ」

「は、派手にってなんですかー!?」

 理恵の叫びも無視して香里は投球モーションに入る。

 いままでよりも明らかに力のこもり方が違うと一見して判るフォームのまま、

「うぉぉぉぉぉぉ!!」

 女とは思えない雄叫びを上げ、投げつけた。

 速い。コースは内角高め。いや、かなり高い。顔面すれすれというコースだ。

「ひっ!」

 短い叫びを上げながらも理恵は恐怖心のままにわずかに後ろに下がり、バットを振った。

 だがこれが結果オーライ。下がったことでできたわずかな空白分がバットへのミートを完璧とした。

「なっ!?」

 驚愕する香里を抜き、そのまま鋭い打球として二遊間を貫かんとする。

 しかし、そうはさせまいと走る影があった。

「二度は抜かせないよ!」

 名雪である。

 その自慢の素早さを生かし瞬時に追いつき、バウンドした球を捕球。が、捕った頃にはその身体の反動でセカンドベースを通り過ぎてしまう状況。

 すると名雪はどうしたことか後ろに軽くバックトス。ふわりと浮いた球は、

「さすがです、名雪さん」

 いつの間にかカバーに入ってきていた志乃がキャッチ。そのままセカンドベースを踏みつけ、さらに一塁へ送球。

 理恵が塁に辿り着く前に有紀寧が捕球し、一気にゲッツーと相成った。

 おおお、と男子から感嘆の声が上がる。

「「いぇい」」

 ハイタッチする名雪と志乃。

 陸上部コンビのスーパープレイだった。

「……」

 息巻いたくせに打たれてしまった香里としては喜ぶに喜べない状況であったが。

 

 

 しかし実力と迫力で次の真希は空振り三振に終わらせ、攻守交替となった。

 

 

「まったく……このチーム編成どうにかなんないのかしら」

 やれやれ、といった調子でピッチンググローブを放り投げ、Aチームのベンチとして割り振られた観客席に戻る香里。

「お疲れ、香里」

「本当に疲れたわ」

 守備から戻ってきた名雪の肩を叩きながらの激励に、香里は嘆息で返す。

「でも、ごめんね。四点も取られちゃって」

「まぁ、仕方ないよ。相手が相手だし」

「ですね」

 名雪と有紀寧の言葉に救われるような気がしないでもないが、それで点数差が変わるわけでもないし、負けたくもない。

「あたしと名雪、葛原さんに宮沢さんでどうにかできないかしら……」

「相手ピッチャーは……坂上さんみたい。結構難しいと思うよ?」

 うーんと考え込むBチーム一同。その中である意外な人物が動きを見せた。

「あ、それならわたしに一つ案があるんですけど」

 にこりと、笑みでそう告げたのは有紀寧であった。

 

 

 

 で、Bチーム攻撃の番。

 ピッチング練習でどうにかコツを得た感じの智代がグローブの中で球を遊ばせていると、バッターボックスに先頭打者がやって来た。

 しかし智代はそれを見て意外だという表情を浮かべた。

 なぜならそこに立ったのは、神尾観鈴だからだ。

「にはは、頑張るよ」

 バッターボックスに立つ観鈴。バットはふらふらとふらつき、その姿は見るからに弱々しい。

「お、観鈴か。お前、大丈夫なのか?」

「うん。きっと大丈夫だよ往人さん」

 そしていきなり審判である往人と会話を始める観鈴。どうも仲が良さそうな感じだが、

「……投げて良いんだろうか」

 その後、キャッチャーをしていた留美の一喝により会話は終了。観鈴はやはりふらふらとした感じで構えを取った。

 なんとなく本気で投げることに罪悪感を感じてしまう智代は、わずかばかり――他人からすればかなり――手を抜いて球を放った。

「えぇ〜い!」

 スカ、ズバン!

「ストラーイク、ワン。惜しいぞ、観鈴」

「うん、頑張るよー」

 完全に見当違いのタイミング。おそらくこの場にいる誰もが観鈴の三振を覚悟しただろう。 

 ……だが。

 忘れてはいけない。ここは一種の治外法権なのだ。

「えや〜!」

 スカ、ズバン!

「ストラーイク、ワン。あと少しだ、観鈴」

「うん、任せてよー」

「ちょ、待ちなさいよ!? ストライクツーでしょ!?」

「なに言ってる。どっからどう見てもストライクワンだろうが」

「なっ……!」

 留美、唖然。もはや怒りなんか彼方へとすっ飛んでしまうぐらい、当然のような言い草だった。

 ……。

「とぉ〜!」

 スカ、ズバン!

「ストラーイク、ワン。いけるぞ、観鈴」

「うん、いけるよー」

 ……。

「この〜!」

 スカ、ズバン!

「ストラーイク、ワン。いい感じだぞ、観鈴」

「うん、余裕だよー」

 Aチームの皆が唖然とするこの状況はどうだろうか。

 まるで無限ループに巻き込まれたこのグダグダ感はいったいなんだろうか。

 もはや注意をする者など誰もいない。往人が黒と言えば黒だし、白と言えば白なのだと、男子の試合を見て嫌になるほど知っていたからだ。

 なんかこのまま授業時間が終了しそうな勢いだった。

 

 

 

 で。これを見ていた男子サイドも黙っていられるわけがなく。

「で、だ。浩平。金属バットを持ってどこに行く気だ」

「離してくれ祐一。俺はこの不条理な絶対王政を崩壊するために戦わなくちゃいけないんだ」

「それにしても金属バットは止めておけ。証拠が残る」

「……祐一。お前は良い奴だな」

「いや、一度でも止めておけば共犯にはならないからな」

 そんな状況。

 

 

 

 そんな男子たちを横目に見ながら、香里自身苦笑を隠しきれなかった。

「しかし、すごいわね。まさか本当にこういう結果になるとは」

「ホント、すごいよ宮沢さん」

「あはは、どうも」

 観鈴を先頭打者にしよう、と言い出したのは有紀寧であった。

 観鈴じゃ三振になってしまう、と後に回そうと言った香里に有紀寧はただ一言。

「国崎先生という絶対君主がいる以上、正攻法ではなく、それを利用する方向で行きましょう」

 そう告げたときの有紀寧の笑顔は三年の倉田佐祐理に通ずるものがあった、とは後日の香里談。

 

 

 

 そんなわけで、ストライクワンが通算二十八回コールされたときのことだ。

 カコン。

 観鈴の振ったバットに、ほぼ偶然に近い感覚で球が当たった。

 これを捕ればやっと終われる。誰もがそう確信した。

 この球の勢いじゃ内野を越えることはない。本来ならインフィールドフライでそのままアウトなのだが、往人がいる以上安心は出来ない。

 打球は弱々しい軌跡を描きながらゆっくりと落ちてきて……サードの茂美のグローブへと吸い込まれていった。

 終わった。誰もがそう思った。しかし、

「セーフ」

「やったー」

「はぁ!?」

 国崎天下は誰もの常識を凌駕していた。

 

 

 

 で、それを見ていた男子サイドは。

「待て、はやまるな折原! さすがに金属バットの二刀流はまずい!」

「後生だ離してくれ、住井! 北川! 俺は、俺はこの不当な弾圧に立ち上がらなければいけないんだー!」

「やめろ! お前はこんなつまらないことで人生を棒に振る気か!?」

「そうだぞ折原!」

「くそう! これが民主主義日本の実体か! 我々が青春を謳歌するはずのこの学び舎においてもそれが跋扈するのか!?

 それをお前たちは許すのか!? いまここで立ち上がらなければ俺たちは一生この弾圧下に生きていくことになるんだぞ!」

「言いたい事はなんとなくわからんでもないが、やめておけ! ここはPTAか教育委員会に任せるんだ!」

「わからんとですよ! お上の人は我々下々の民のことを考えてなかとですよ!」

「折原! なまってる、なまってるから!」

「おい、相沢も止めてくれよ」

「知るか」

「相沢〜〜〜!?」

 

 

 

 と、いうわけで。

 浩平がグラウンドに乱入、浩平と往人の大乱闘が始まり激しいスキンシップの中、体育の授業は幕を閉じた。

 これからもこんな体育が展開されるのか、と考えるだけで欝な気分になっていく二年A組一同であった。

 

 

 

 ちなみに、試合は両チーム合意の上で無効試合となったそうだ。

 

 

 

 あとがき

 はい、ども神無月です。

 学園ですからスポーツもありだろうと思っていたんですが、難しいですね。

 前回も書きましたが、どこまで本気でやって良いやらで。キー学はコメディですからねぇ。本来は本気モードご法度なんですが。

 で、次回。

 おそらく三年になるでしょうが、なーんにも考えてません。さて、どうしよう。

 ではまた。

 

 

 

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