さて。
いよいよ今日から本格的な学園生活のスタートである。
熱心な部活なんかは既に今日から朝練があるあたり、さすがはキー学園、と言うべきだろうか。
「いや。まさか学園始まってすぐに、こんなゆっくりとした朝を迎えることができるとは思わなかった」
そう呟く祐一は、コーヒーを片手に持ちながら新聞を読んでいる。
あぁ、素晴らしきかな朝の一時。まさか新聞に目を通すゆとりまで生まれるとは、陸上部様々である。
現在の陸上部部長、三年の結城狼牙という人物は、真面目な人間として下級生の中でも有名だ。彼が部長になってからというもの、部活の練習方針は随分と良い方向に変わった、と名雪も言っていたほどだ。
……まぁ、朝練だけには反対だったようだが。
ともかく、その狼牙という人物のおかげでこうしてエンジョイできるのだ。今度廊下ですれ違ったら礼の一つもしておこう。
「祐一〜? まだ良いの〜?」
キッチンで洗い物をしながら、春子。コーヒーに口付けながら、んー、と考えた祐一は、
「ま、のんびりできるからってしすぎて遅刻なんていうのも笑えないしな……そろそろいくわ」
「んー、気を付けてねー。車に撥ねられない轢かれない巻き込まれないでねー」
「すごい三段活用だな。ま、いってきます」
洗い物から手が離せない様子の春子に言葉を返し、祐一は鞄を持って廊下、玄関をくぐり外へ出た。すると、
「?」
足元でなにか音がしたような気がしたので、見下ろしてみる。そこにあったのは、大きめの石と……その下に置かれたメモ紙が一枚。
「――」
直感。これは確実にろくなものじゃない。
これまでの人生で培ってきた第六感が間違いないとそう呟いている。
とはいえ放置しておくと更にろくなことにならない場合の方が多いので、諦めの境地でその紙を拾うことに。嫌々ながら目を通してみると、
『Dear 祐くん
実はいきなり部活の方で決めることができちゃって、召集かかちゃったの。
だから悪いんだけど、浩平のこと起こしてもらえないかな?
迷惑掛けてごめんね?
from 瑞佳』
「……」
祐一は黙って腕時計を見やる。
7時43分。
「……」
まずい、という思いが思考を埋める。
ここであの寝ぼすけ浩平を起こそうとすれば間違いなく遅刻直球コースである。
――見捨てるか?
真剣に考えた。が、しかしそれによる未来のビジョンを想像して、祐一は首を横に振る。
そうなった場合、責任感の強い瑞佳が「ごめんね、わたしのせいだよね……」とか言いながら思いっきり落ち込むに決まっている。
悪いのは間違いなく浩平で決まりなのだが、その辺の受け取り方は人様々だ。瑞佳が自分を許せないと思えば、こちらとしてはどうすることもできない。
できることは、事前にそれを防ぐことだ。
「……あぁ、もう」
頭を掻く。いろいろと思うことはあるが、それはとりあえず後回しだ。
せっかく名雪がいない朝なのに、遅刻ギリギリで早朝マラソンなんて洒落込みたくはない。
こうなれば、意地でも速攻で起こす。それだけだ。
気合を入れ、祐一は折原家に突入していった。
……するといきなりドスン、バスン、と強烈な音が数度響き、……それが止まり数秒静まると、
「起きろ浩平――――――!!」
叫び、そして重い打撃音が続き、
「げふっ……! な、なんだ強盗か長森か!? って、祐一? お前俺の家でいったいなに……おぉぉぉぉぉぉ!? ちょ、ま、これどういう状況?!」
「見ての通りだ。瑞佳が用事でこれなくてな。俺が起こしに来てやったわけだ。起きろ」
「もう十分起きてるだろ! おめめぱっちりだこんちくしょー! だから手を離せいや離すな落ちる!」
「どっちだ。というか起きたんなら早く動け」
「いや動けってお前俺に死ねと言ってるのか!? ここで動いたら俺まっさかさまじゃん! 怪我じゃすまないって!?」
「そういう怪我じゃすまないトラップを随所に張り巡らせたこの家の内部構造はいったいなんだ。俺だってかなり危ないぞ」
「とかいって無傷じゃん! つか、お前昔からうちのトラップ引っかかったことなかっただろぉが!」
「無駄話は良い。とにかく起きろ。良いな。わかったな? 俺の平穏に関わるんだ」
「OKボス!」
「よし」
「って、あ、こら馬鹿! 手を離すなって言ったの……にぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……!」
フェードアウトしていく浩平の声。それから少しの間が空き、
「……時間を掛けさせるなって言ったのに……」
相沢祐一。
鬼である。
集まれ!キー学園
十四時間目
「その名は四天王」
結局、結果はこうなった。
「くそ、やっぱり走る羽目になるのか」
「祐一よ。俺の名誉のために言っておくが、少なく見積もっても半分はお前の責任だぞ? 間違いなく」
「そもそも自分の家にあれだけ深い落とし穴がある時点でおかしいからお前の責任だ」
「造ったの俺じゃなくて親父だよ! しかもそのトラップ利用して脅迫仕掛けてきたのお前だろう!?」
「じゃあ直せあの忍者屋敷。つうか家のど真ん中にあんな空洞あってよく崩れないなお前の家。そんじょそこらの欠陥住宅も真っ青だぞ」
「やかましい。そんなトラップだらけの家に住んでいる俺の身にもなれ。おかげで愛しの妹はあれだけやさぐれたじゃないか」
「そここそがお前の妹だと証明できる唯一の点だろうに」
「異議あり! そこは激しく同意しかねます!」
キー学までの通学路を疾走する二人のスピードは並ではない。にも関わらずこれだけ言い合っても息が切れないのはどういう了見だろうか。
まぁ、そこは相沢祐一であり、折原浩平である。
遅刻しそうで走っている他の生徒たちも、いきなりかなりのスピード追い抜かれて始めは驚くも、それがその二人だと知ると妙に納得してしまうのだから程度がわかるというものだ。
そうしてキー学までの距離およそ三分の一だと知らせる十字路に差し掛かったとき、
「「「「あ」」」」
そんな声がユニゾン。しかも四つ。
中央をそのまま直進する祐一と浩平に、左右からそれぞれ見知った顔が一人ずつ合流した。それは、
「朋也先輩に、純一……?」
浩平の言うとおり、それは岡崎朋也と朝倉純一であった。二人もまたこの状況に驚いているのがその表情から見て取れる。
「どうしたんだ、三人とも。いつも回りにいる女たちはどうした?」
「そういう岡崎先輩こそどうしたんです? 倉田先輩や藤林先輩の姿が見えませんが?」
むっ、と朋也と純一が互いを半目で睨み合う。
朋也も純一も……祐一や浩平もそうだが、周囲に女性の影が多数いる。しかもほとんどが美人だ。もちろんそれを快く思わない男もまた大勢おり、それによる僻みなどもまた四人にとっては日常茶飯事なことである。
そういうわけで、こと女性関係に関する煽りなんかには朋也、純一ともに過敏なのだ。まぁ浩平は能天気で、祐一はスルーするので二人は平気なのだが。
故に中央で嘆息した祐一は、まずこちらが言って場を収めるべきだろうかと考え、名雪や瑞佳が朝練でいないことを語った。
遅刻しそうになっている理由は面倒なのでこの際省く。二人もそこは尋ねてこなかったので良しとしよう。
で、とりあえず純一に聞いてみる。
「それで、純一はどうしたんだ?」
「えーとですね……まぁ、うちも似たようなもんですよ。中学生組は部活、音夢はもう風紀委員の仕事があるらしくて」
起きたときには誰もいなくて、しかももう時間だったんです、と苦笑する純一。
まぁ、確かに似たようなものであるかも知れない。
「じゃあ、朋也先輩は? 倉田先輩はともかく杏先輩は部活も委員会もやってないんじゃ?」
浩平の問いに朋也は苦笑を浮かべ、
「杏はバイクを新調したらしくてな。試し運転がてらそれで登校するとさ。椋は委員会で佐祐理は……まぁ、あっちで」
あっち。
その響きは触れてはならぬ領域であると誰もが知っている。誰もがそこは敢えて無視を決め込んだ。
「……なんか、次期候補は祐一らしいぞ」
「……怖いこと言わないでくださいよ、朋也先輩……」
そんな言葉を交えつつ、四人はダッシュで学園へと向かう。
キー学は基本的に校則が緩い。いや、緩くなった、というべきか。……例の生徒会長のおかげで、だが。
しかし、その校則を取り締まっているのは風紀委員だ。この風紀委員がまた生徒会の正反対に厳しいのである。
風紀委員長は堅物で有名な星条撫子という三年生だ。よく会長と衝突するところを目撃されている。
とはいえ、無くなってしまった校則に対し風紀委員がどうこう言えるはずもなく、故に残っている校則の取締りが厳しくなっていくという始末。
そんなわけで、遅刻もまた風紀委員が数人体制で監督しており、時間になれば無情にも校門を閉めてしまうとうわけだ。お情けはない。
まぁ、そのおかげでキー学生徒の遅刻率はきわめて少ないことになっているので、政策としては正解なのだろう。
生徒側も校則が緩んだこともあり、あまり反発もなく和やかに進んでいる。これが会長の狙いだとすればかなりの曲者なのだが。
「やべ、人がもうほとんどいねぇ。祐一、いま時間は?」
「……まずいな。校門閉められるまであと3分しかない」
「3分。でもまぁ、それならなんとかいけるんじゃないですか?」
「だな。俺たちの足ならなんとかなるだろうよ」
四者それぞれに言葉を吐き、更にそのスピードを上げていく。
いったいどういう体力をしているのか。運動系の部活をしている朋也はまだしも他の三人は納得でいないものがある。
だがこの光景を見た生徒は誰しもが納得の頷きを入れ、こう言うだろう。
「だってあの四人だし」
これはそういう次元のお話。
「見えたぜ、校門!」
言うと同時に浩平がさらにダッシュをかける。ここまで来ればもはや歩いても平気なのだが、顔を見合わせ苦笑一つ。三人も続いた。
「ゴ―――――ルッ!!」
万歳をしながら声高らかに宣言し、校門を通過する浩平。疲れなどまるでなさそうだ。
それに続いて祐一、朋也、純一もまた校門を越えた。やれやれ、という表情とふぅ、という表情とかったるかったー、という表情が並ぶ。
そんな中朋也が大きく一息を吐き、
「これで一安心……でも、ないのか?」
途中で言葉を変更した。それは、周囲の視線によるものだ。
校門をくぐっている者、未だくぐっていない者、校門でチェックをしている風紀委員、窓から校門を眺めている生徒、それらの視線がなぜかこちらに降り注いでいる。
表情は基本的に二パターン。それは……『恐怖』と『期待』だ。
「う、嘘だろ!? あの四人が揃ってるぞ、やべ、なんかまた企んでるんじゃないのか!?」
「ば〜か、それが面白いんだろうが。今度はなにやってくれんのかなぁ」
「あぁ、良い男が四人も並ぶと壮観だわぁ」
「うんうん、そうだよね〜」
「やべ、俺なんかわくわくしてきた!」
「アホか!? 俺は身体震えてきたよ!」
遠巻きに聞こえてくる千差万別の声、声、声。もちろん四人は四人ともそれが聞こえている。
祐一スルー、浩平笑み、純一嘆息、朋也空を見上げる。こちらもこちらでそれぞれであった。そんな中、
「あぁ!?」
一際大きな声が後ろ、いま通ったばかりの校門側から響いてきた。
振り返ってみれば、そこには風紀委員を示す腕章をした少女が愕然とした表情を浮かべており、
「なんだ、音夢か」
嘆息がてらの純一の言葉に風紀委員である音夢は、しかし返事を返さない。ただワナワナと身体を震わせて、
「に、兄さん……これは、いったいどういうことですか……?」
「なにって。遅刻しそうだったから走ってたんだ。間に合ったからOKだろう?」
「私が聞きたいのはそこじゃありません! どうして四天王が揃っているのかと聞いているんです!」
「し、四天王……?」
しまった、といった風に音夢が口を紡ぐ。
四人は知らないことだが、実は中等部時代四人が主犯で引き起こしたとある一大事件の後、彼らはまとめて「四天王」と呼ばれるようになっていた。
後付的に、その四人がキー学の美青年コンテストでトップ4ということもあり、そういう意味でも「四天王」と呼ばれているが、それはまた別の話。
「と、とにかく! 兄さんたちが集まるとろくなことがないんです! 今回はいったい何を企んでいるんですか!?」
「何も企んでない。ただ偶然皆遅刻で偶然途中で会っただけだって」
純一、自分で言っててなんか嘘臭く聞こえてくることに内心苦笑するが、真実だ。仕方ない。
けれどやっぱり音夢の目は半目であり、カケラも信じていないことが窺える。
仕方ない、と純一は嘆息。音夢に近付きその肩をポンと叩き、
「音夢……」
「え、あ、なんですか兄さん。そんな真剣な顔をしても私は騙されま――」
何故か赤くなる音夢に突きつけるは腕時計。
それが指し示す時間はあと3秒で予鈴であり、
「まずいんじゃないのか? 風紀委員が時間をないがしろにしちゃ」
「え、あ……!」
言った傍から、予鈴が鳴る。
こうなると遅刻組みの動きは素早い。まるで忍者のような動きでまだ閉じられていない校門をチャンスとばかりにすり抜けていく。
「あ、しまった……!」
慌てる音夢。彼女は風紀委員としての自らの手腕に誇りを持っている。こういう失態は彼女にとって自身許せない行為なのだ。
「校門、封鎖してください!」
「だ、駄目です! 生徒の通りが激しすぎていま閉めたら生徒が……!」
「遅刻生徒に慈悲は無用! 潰す勢いで封鎖しなさい!」
「サー、イエッサー!」
「レインボーブリッジ封鎖できません!」
「そこ! 変な物真似してると撲殺して人柱になってもらいますよ!」
「さ、サー、イエッサー!」
一年生、朝倉音夢。平気で二年生と三年生に命令を下しているあたり、腹の据わり方が尋常ではないと思われる。また、口調も怖い。
そうして風紀委員VS遅刻生徒の局地戦争を尻目に祐一たちはそそこくさとその場を後にしたのだった。
「っていうか、俺たちってなんなんだろうなぁ」
「「はぁ……」」
「まぁまぁ、良いじゃないかマイベストフレンズ。この呼び名こそ我らの絆の証よ」
祐一の呟きに二人が溜め息をつき、一人が浮かれていた。
そしてその一人が他の三人に袋叩きにされた。
そんな四人の関係は、きっとこれからも続くのだろう。
笑いと事件巻き起こるところに彼らはあり。
その名は「四天王」。
あとがき
ども、神無月です。
あぁ、良いなぁこういうサイズ。やっぱこれくらいがキー学の基本尺ですねぇ。こういう感じでいきたいです。
さぁいよいよ学園スタートです。いまだ見ぬキャラたちが出てきたり、馬鹿をしたり、授業をしたり、馬鹿をしたりします(ぇ
とりあえず次なにになるか一切未定(マテ
では、また。