早苗を追いかけていった秋生を見送り、焼肉のチケットを手に入れたのは良い。
しかし書かれていた有効人数は、なんと6人。仮に相沢家と白河家で食べに行ったとしても余る人数だ。
しかも有効期限は今日。
聞くところによれば福引き賞品は全て秋生が集めたということだから、これも一種の嫌がらせだろう。
まぁ、それはさて置いて。これをどうしようかと思って商店街を歩いていると、賑やかな一団に遭遇した。それは、
「相変わらずお前たちは騒がしいな」
「相沢先輩!」
朝倉純一という後輩と、それに群がる女子集団。しかも前置詞に美がつくような。
――周囲の連中の視線がすごいことになってるがな。
時には自分がそういう立場になることを棚に上げて祐一。しかしそういうときは本人気付いていないのだから救いようがない。
そうして傍目に目立つ集団は商店街のど真ん中で雑談を開始する。
芳野さくらが教師であり純一のいとこであったりとか、純一の八つ当たりを受けたりと一悶着あったが、純一たちが丁度6人いたことで祐一は焼肉の券を渡すことにした。
浮かれる女子一団。嘆く朝倉純一。喜々として焼肉屋に向かう純一ラバーズとそれに引き摺られて行くドナドナな純一。
同情も……まぁ、多少はあるがそこは敢えて無視を決め込んだ。
なぜなら人の事なんかを考えている余裕はないのだから。
「それじゃあ、そろそろ行きましょうか?」
その笑顔が、悪魔の微笑みに見えてくるものだからたまらない。
「……あぁ」
重く出る返事。
そう、いよいよ白河家に行く羽目になるのだ。
助けてもらえるものなら助けて欲しい。そう強く願う祐一であった。
集まれ!キー学園
十三時間目
「休日の過ごし方(祐一編・後編)」
と、いうわけでやって来ました白河家。
門の前から見上げる家はいたって普通。当然。しかし、何故だろう。妙に禍々しい雰囲気を感じてしまうのは……。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「あ、あぁ、いや……なんでもない」
ここで躊躇っていても仕方ない。ことりと共に来ることを承認したということは、これも認めたということなのだから。
「じゃあ、行こうか」
ことりが門を開け、そのまま玄関へと歩いていく。それに祐一も重い足取りでついて行く。しかし鍵を扉に挿したことりが、
「あれ?」
いきなり小首を傾げた。
「どうした?」
「え、うん。鍵は開けたんだけど……」
ことりが半身をずらす。そのまま祐一に見せる形で扉を開けてみれば、
「……チェーン?」
「うん。みたい」
相沢家に来たときのことりの口振りから察するに、冬子は間違いなくこちらが来ることを知っているはずだ。
にも関わらずチェーンが掛かっているということは……。
「……そうだな、冬子さんらしいと言えばらしいな」
「あ、あはは……」
嘆息する祐一と、苦笑することり。いま二人の胸に去来した思いは同じことだろう。
渋々と門まで戻る。来訪を伝える手段として常識的な物、チャイムを押すためだ。
「……やれやれ」
しかし、ただそれだけのためにここまで躊躇するのは相手が冬子だからだろうか。いや、きっとそうに違いない。
大きく深呼吸。そうしてそのまま勢い良くそのチャイムを押した。
ピンポーン。
その緊迫ムードとは裏腹に鳴り響く耳慣れた軽い音。そして受話器を取った証拠であるガチャ、という音がそこから響き、
『パンパカパーン、パッパッパッパパラパッパッパッパッパー』
いきなり不景気な声で妙な効果音もどきが耳に届いた。
「……」
祐一、思わず顔面を手で覆う。その心中やいかに。
そんな祐一をさておいてダークサイドに引き込まれたような静かで暗い声が響き渡る。
『ようこそ白河城へ。……祐一くん』
城て。
突っ込もうとしたが、やめる。突っ込みは冬子の行動をさらに激化させる恐れがあるからだ。
慎重に行こう、と固く誓った。
『この城へ入ることが許されるのは、類稀なる知者のみ。……ウフフフフフフ、祐一くん、あなたにここが通れるかしら……?』
「では通らなくて良いので帰らせてください」
『却下』
秋子の「了承」と同程度のスピードで返される鮮やかな却下宣言。こんなところにも姉妹の形が見て取れようとは。
『逃げようなどと思わない方が良いわ。……もし、もしも、そんなことをしたら、……うふふふふふふふ♪』
この背筋から一気に体温を吸い取られていくような底冷えする声音はどうにかならないものか。鳥肌が止まらない。
まぁ、確かにここで逃げたら後々とんでもないことになるに違いない。……腹を据えよう。
「……わかりました。付き合いますよ。で、なにするんです?」
『クイズ』
「……はい?」
『第一問』
疑問の声も軽くスルーされいきなり始まる第一問。しかも後ろでちゃっかり『ジャジャン!』とか効果音まであがってたりする。
『何もない巣に住んでいる鳥はなんでしょう?』
「……」
『……うふふふふ、難しすぎて声も出ない? そう、そうよね。なんせこの問題は私が一ヶ月もの時間を割いて作り上げた至高の――』
「答えはカラスです」
『……』
動きが止まった。そのままざっと十秒の間隔が開き、
『……どうして、そう思うの?』
「何もない巣、つまり空の巣、ってことでしょう? だからカラスです。間違ってますか?」
『……ふ、ふふ、うふふふふふふ。さすがは祐一くん。私が認めた子なだけあるわ』
いかん、と祐一は首を振った。
もしかしていまのは間違った方が選択肢としては正解だっただろうか、と。
だがそんな思考ももう遅い。
『それじゃあ、第二問よ』
冬子にしては珍しいほんの少し力のこもった口調。どうやら意地でもクイズで勝ちたいらしい。
再び始まるクイズ。何問あるのか知らないが、こうなればやけである。全部解いてやろうじゃないか、と祐一も腹を括るのであった。
『車を壊してばかりいる人ってどんな職業?』
「歯医者。車を壊す、つまり廃車にするわけだから」
再び押し黙る冬子。だが、そこで終わるはずもなく。
『……第三問、妊婦が使う布団はどんな布団?』
「羽毛布団。産もう、布団ってところでしょうか」
『……第四問、ブルートレインの中で殺人事件が起こったわ。殺された人の職業は?』
「医者。ブルートレインは寝台車だから、死んだ医者です」
『第五問……! 持続力のない人間の出身県は?』
「秋田県。飽きたー、って」
『第六問……! 花屋さんで薦められる花は?』
「水仙。推薦されるわけですし」
『第七問! 二人じゃないと乗れない車は?』
「んー、肩車、ですかね」
『第八問! ガソリンの取り扱いには注意が必要だけど、特に夏場はより注意が必要なの。それは何故?』
「火気注意ってところで夏季注意、ってことですか?」
『第九問!! 逆さまにしても同じなのに、逆さまにすると笑われるものは!? 』
「新聞紙。平仮名かカタカナで読めば逆さまにしても『シンブンシ』で同じだけど、まぁ、逆さまにして読んだら笑われますね」
『これが最終兵器よ第十問!! 電子回路設計の天才が住んでいる国はどこ!?』
「エジプトですか? 首都がカイロですし、回路繋がりで」
今度こそ冬子の動きが止まった。そうして聞こえてくる声は、
『……まさか、まさか私自慢のなぞなぞが三十秒も掛からず全滅なんて……。うふ、うふふふ……私の十ヶ月は……』
一問に対して一ヶ月も掛けたのか、という突っ込みもしない。したら負けだと自分に言い聞かせる祐一。
『……うふふ、うふふふふふ。さすがは祐一くん。それでこそ私の認めた子だわ。……良いわ、そこまで頑張るなら、入っていらっしゃいな』
カチャン、とチェーンの外れる音が扉から聞こえ、インターホンとの接続も切れる。
……まぁ、とりあえず台詞に対する突込みどころは山ほどあるが、今更それを言ったところでどうする冬子でもない。
ここはこのままお邪魔することにしよう。
「……はぁ」
それは心の底から吐き出される溜め息であった。
玄関を潜り、ことりについて行く形で居間へと足を運べば、いきなり胸に軽い衝撃。
「お久しぶりね、祐一くん」
「あ!」
ことりの驚きの視線は、祐一の腹辺りに注がれている。
無理もない。なぜならそこに、冬子が抱きついてきているのだから。
「えーと……お久しぶりです、冬子さん。なのでとりあえず離れましょう」
「うふふふふ、駄目よ。何年振りの再会だと思ってるの? もう少し祐一くんの匂いを感じさせて」
「お、お母さんずるい――じゃなくて、離れてよ、みっともないから!」
「駄目よことり。……こればかりは譲れないもの」
祐一は敢えて何も言うまい、と静かに佇んでいる。ここで冬子でもことりでも刺激すれば状況が悪化することは目に見えているからだ。
そういうわけで、この祐一に抱きついている白河冬子。
頭が祐一の胸にある、という時点で随分と小柄であるが、正真正銘ことりの母親である。
春夏秋冬四姉妹(命名・名雪)の末女で、四姉妹中秋子に次いで謎の多い人物だ。
無論あの四姉妹の一人なだけあり、例に外れず冬子も容姿端麗である。……まぁ、小柄なせいか他の三人に比べボディラインは貧相であるが。
それはともかく、祐一はとにかく冬子がひどく苦手であった。
「まぁ、良いわ。とりあえず座りましょう」
抱擁を解き、そのままソファへ腰を下ろす冬子。それを見て、頬を膨らませていたことりも座り、祐一も続いた。
テーブルには既に三つの紅茶が用意されている。しかも湯気が立っているところを見るに、淹れてからそう時間は経ってないのだろう。
きっと、さっきクイズに答えられずにいたとしても家に入れるつもりだったに違いない。……わかってて答える自分も、人並みに負けず嫌いであるようだが。
そう思いつつ紅茶を一口つけると、不意に視線を感じた。見上げれば、他でもない。冬子がどこか悦に浸るような視線でこちらを凝視していた。
「……あの、なにか?」
いつものことだ……とは思うものの、やはり居たたまれなくなり言葉を掛けてしまう。
すると冬子は、お世辞にも綺麗とは言えない、むしろ歪んだと表現して良い笑みを浮かべ、
「いえ、ね。やっぱり生の祐一くんは良いわねぇ、と感慨に浸ってたのよ」
「はぁ……」
「……この体の底から込み上げてくるような熱と情動。あぁ……、良いわ、すごく良い」
だがそこでいきなり苦虫を潰したような表情に一変する。
「……本当、どうしてあの破天荒で考えなしで無節操で能天気な春子姉さんからこんな子が生まれるのかしら。秋子姉さんの子供だっていうんなら納得もできるものだけれど」
すると冬子は、そうだわ、といきなり自分の言葉に頷き、
「……そう、きっと秋子姉さんの子供が祐一くんで、春子姉さんの子供が名雪ちゃんなのよ。……それなら全てが納得できるもの」
「それは名雪に失礼では……」
その頃名雪は……。
「くしゅん! ……うー、どこだよ祐一〜。十中八九ことりちゃんの家なんだろうけど、場所知らないし……」
商店街を奔走していた。
なぜか商店街中を走り回っているおじさんたちがいて邪魔なことこの上ないが、それでも名雪はただ走るのであった!
「ううん、諦めちゃ駄目だよ名雪。祐一の貞操の危機だもん!」
……見当違いの方向へ。
「どうしたの、お兄ちゃん? なんか顔をしかめて」
「……いや、なんかいま一瞬不憫な光景が頭に浮かんだんだが」
気のせい、ということにしておこう。
「そんなことより、祐一くん? ……今日は泊まっていくのでしょう?」
「……はい?」
唐突な提案。さしもの祐一でも唖然とするしかなく、
「それはとっっっても良い提案です!」
だがそんな祐一とは反対に満面の笑みで賛同することり。
……なんかこのままでは知らぬうちに決定事項にされてしまいそうな勢いだ。
「じゃあ、ご飯の準備しなくちゃだね!」
「お布団の用意は私がしておくわ。……私の隣で良いかしら?」
「それは駄目だよお母さん!」
というか、既に決定事項になってしまっている気がする。
あー、と祐一は声をあげ、
「いや、とりあえず今回は挨拶だけという形で――」
「あら? うふふふふ、まさか我が家の敷地に足を踏み入れてそう簡単に逃げられるとでも思っているのかしら?」
まんま悪役の台詞である。……そういえば以前似たような台詞を浩平の家で聞いたが、あれは洒落になっていなかった。
だが、だからと言ってこのままここに居座ることはできまい。さて、どうしようかと頭を捻ると同時、
「あら、お泊り会? ふふ、懐かしいわね〜」
三人の誰のものとも違う、間延びする声居間に響き渡った。
「あ」
「え」
「っっっ?!」
二人が驚き、一人が戦慄した。
三人の後方、廊下と居間を繋ぐドア付近に立つその人影は他でもない。
「……母さん?」
半目の祐一の呟きの通り。そこにいたのはどういうわけか、相沢春子なのであった。
その春子は祐一とことりの間に視線を移す。そこには冬子がいて、
「お久しぶりね、ふーちゃん♪」
「〜〜〜!?」
冬子、唐突に居間からキッチンへダッシュ。対面式キッチンの影に隠れるようにして身を潜り込ませ、顔半分だけで春子を見やる。
「……は、春子姉さん。どうしてこの家にいるのかしら……?」
「んー?」
えっとぉ、と春子は指を顎に添えながら、
「あのね? 挨拶をしようと思ったの。でもね、ことりちゃんの言うとおりデートをお邪魔するのもなんだなぁ、と思ったからね。直接ここに来たのよー」
「……住所は教えてないはずだわ」
「なっちゃんに聞いたもーん」
「あの馬鹿姉ぇ!!」
いまキッチンの方でミシッていうとても怖い音がした。音がしたが、無視をした。
「で、でもいったいどうやって入ってきたのかしら? ……しっかりと鍵は閉めておいたはずなんだけど」
「あ、それね? うちのお隣さんにね、その辺にとっても詳しい兄妹がいるの。たまに雑談がてらこういう方法を教えてもらうんだけど、今度役に立ったよ〜って言っておかないとだねぇ」
言って、嬉しそうに見せるは手に隠されたピッキングツール。
祐一、思わず顔を手で覆う。
――あの兄妹、そんなことしてやがったのか。
人にそう簡単に違法技術を教えるとは何事か。まぁそれを実践しようとするこの母親も母親だが。
とりあえず今度のしておこう。兄の方を。
……で、その母親は暢気な笑顔で周囲を見渡しながら、
「でも、お泊り会なんて懐かしい。昔を思い出しちゃうわね〜」
「……待って。まさか春子姉さん、うちに泊まる気なの……?」
「あ、でも布団が変わると寝られない性質なのよねぇ、わたし。大丈夫かなぁ?」
「人の話を聞きなさい馬鹿姉。……泊める気はないわよ?」
「あれ、違うの?」
「違います」
言い切った。
「でも、祐一は泊めるんでしょう? えー、お姉ちゃん除け者〜? 仲間はずれ〜?」
ぶーぶー言う春子に辟易とする冬子。そして冬子は祐一を一瞥し、名残惜しそうな目をしたままに、
「……いえ、祐一くんにも今日は帰ってもらうわ」
「お母さん!?」
「……わかって、ことり。我が家でサードインパクトを起こすわけにはいかないのよ……」
身を恐怖に振るわせる冬子。その過去に一体何があったのか、祐一やことりが知る由もない。
だがこれは祐一にとって僥倖。この波に乗らない手はなかった。
「じゃあ、そういうことで今日はこの辺りでお邪魔することにします。ほら、母さん帰るよ」
「えー、お泊りしたーい。ふーちゃんと久々に熱く語り合いた〜い」
「……熱く語り合うことなんてなにもないわ」
「あるわよー? ほら、まだあなたが中学生だったあのとき。あの初恋の相手が――」
「それ以上言ったら末代まで呪うわ」
「末代まで呪っちゃったらあなたの家も被害こうむっちゃうんじゃない?」
「本望よ」
冬子の目が洒落になっていない。それそのものが既に呪いなのではと疑ってしまうほどの眼力である。
なので祐一はすぐさま退散を決め込むことにした。
いとこ同士で一つの共通認識がある。
この四姉妹を同じ空間にいさせてはいけない、と。
「ほら母さん、帰るよ」
「あーん腕引っ張らないでー、ちゃんと歩くからぁ」
「では冬子さん、ことり。お邪魔しました」
春子を引き摺りながら居間を抜ける祐一。それをことりが追いかけ、
「あ、お兄ちゃん!」
「また学園でな、ことり」
「あ……、うん」
春子を嗜めて靴を履かせて白河家を後にする二人。仕方無しにそれを見送ったことりは残念そうに嘆息し、
「……あ〜ぁ、お泊り、してもらいたかったなぁ」
料理を作ってあげたりとかしたかった。隙を見ては一緒にお風呂に入ったりとか一緒の布団で寝たりとか――、
「って、やだ、もう……」
ことり、自らの想像に頬を赤く染める。
とはいえ、そういうのもやっぱり良いものだ。やはりお泊りはして欲しかったが、でも学園があるから良いか、これからだ、とポジティブシンキング。
こんなところが彼女の長所でもあるだろう。
「うん、頑張ろう」
新たに決心一つ。
さて居間へ戻ろう、と踵を返し、そこでふと思う。
「お母さんと春子さんの間にはいったいなにがあったんだろう……?」
ほんの少し気になることだが、そこはきっと聞かないのが正解なんだろうなぁ、と思うことりは堅実だろう。
補足。
名雪が水瀬家に帰還したのは祐一たちが戻ってからさらに数時間後であったらしい。
……合掌。
あとがき
どうも、神無月です。
はい、というわけでようやく休日編も終了となりました。
各々の行動が他の者の行動にクロスしていく、というものを一度やってみたかったのですが、どうでしょうか。
さて、次回から再びステージは学園に移り、本格的に始動となります。……いや、随分とここまでが長かった(汗
では、また。