「〜♪」

 うららかな日差しの下。ご機嫌な鼻歌が響く。

 休日の住宅街はそこそこに賑やかだ。駆けていく子供たちなんかを眺めながら、その少女―――倉田佐祐理は思わず微笑む。

「良いお天気です。今日は良いことがありそうですねー」

 というか、良い天気のときは良いことをする―――もとい作るのだ。

 果報は寝て待て。

 それを佐祐理は良しとしない。

 幸せは自ら動いて自らの腕でもぎ取る―――もとい、掴み取るというのが佐祐理のポリシーだ。

 というわけで、目下そのための行動中。

 無論、足の向く先は岡崎家である。

 良い天気。そして休日。

「絶好のデート日和ですっ」

 家を出るときに一弥がうるさかったが、今頃は廊下に飾られた鎧の中で身動きが取れなくなっているだろう。

 

 

 

「くそ、あの馬鹿姉・・・! どうしてあんな怪力なんだよ! ぐぁぁ、でもそんな姉ちゃんが大好きだ―――! あぁくそ出られない!」

 

 

 

 ま、そんなことはさておき。

「到着です」

 岡崎家に到着。そしてすぐにチャイムを押す。

 ピンポーン。

 するとトトト、と小走りの音が奥から聞こえてきた。

 朋也の母である敦子だろう、と佐祐理は推測する。

 伊達に長い間この家に通っているわけではない。足音だけで誰かくらいは判別できる。

「はいはい。・・・あら、佐祐理ちゃん」

 玄関が開かれ現れた顔は、やはり敦子であった。敦子は客が佐祐理だとわかると常時浮かべている微笑をさらに深くした。

 それに対し佐祐理は腰を曲げ、ゆっくりと会釈する。

「おはようございます、敦子お義母様」

「はい、おはようございます」

 人間関係の付き合いで・・・中でも目上の相手に対し円滑な関係を築き上げるために最も重要なのは挨拶である。

 倉田家家訓第一条の一項だ。だが、佐祐理はそれを抜きにしてもこれは常識であると考えている。

 なぜなら―――印象は良いに越したことはないのだから。

 ―――そうすれば、いざというとき多少の物事は押し通りますし。

 策士倉田佐祐理、ここにあり。

「どうしたの佐祐理ちゃん? 空を見上げてややあって笑みなんか浮かべちゃって。・・・ちょっと怖いわよ?」

「あははー、すいません。ちょっとこの天気に頭がやられちゃったらしくて」

「あー、わかるわー。天気が良い日は無闇にボーっとしたり良いこと思い浮かべて笑い出したりしちゃうものねー」

「ですよねー」

 そして佐祐理は他者の傾向思考を読み取る術に長けている。

 失敗をしてもそれを相手の納得できるであろう事柄にすりかえる口述も完璧だ。

 さて、それはともかく。

「ところで敦子お義母様。朋也さんはいらっしゃいますか?」

「あ、佐祐理ちゃんは朋也に会いに来たの? お約束?」

「いえ、別に約束したというわけじゃないんですけど、天気も良いですし。どこかにお誘いしようかと」

 だが、敦子は苦笑を浮かべ、

「そうなの。でもごめんねぇ。朋也はいま家にいないのよー」

「・・・へ?」

「なんでも欲しい本があるからと商店街へ行っちゃったのよー。ごめんねぇ」

「そ、そうですかぁ」

 ・・・ショックだ。

 が、それで終わる倉田佐祐理ではない。

「じゃあ、佐祐理も暇ですから商店街に行ってみます」

「そう? じゃ、いってらっしゃ」

「はい、行ってきます」

 再び頭を下げ、扉が閉じるのを待ち、佐祐理は携帯を取り出した。

 ボタンを一度だけプッシュ。そうして耳に近付け、

「・・・佐祐理です。至急人員を派遣してください。人を探して欲しいんです。・・・えぇ、そうです。場所は商店街。対象は岡崎朋也さん。良いですね?」

 携帯を閉じる。そうしてさて、と空を見上げて、

「朋也さんに会いに行きますか」

 ・・・ちなみに、これが倉田佐祐理の日常である。

 

 

 

 

 

集まれ!キー学園

九時間目

「休日の過ごし方(朋也編・前編)」

 

 

 

 

 

 休日の商店街は活気に満ちている。

 多くの人が行きかい、思い思いの買い物をしている。

 ・・・のだが。

「・・・むぅ」

 ペコちゃん人形の後ろ。思わず振り返ってしまうような美少女が、なぜか何かから隠れるように蹲っている。

 しかもどこか不機嫌そうな表情である。

 言わずもがな、倉田佐祐理である。

 で、その佐祐理がどうして頬を膨らませているかといえば、答えは彼女の視線の先およそ十メートルにあった。

 そこには青年と少女がいる。傍目に親しそうに話しこんでいる二人組が。

 青年の方は、佐祐理の探し人でもあった岡崎朋也だ。どうやって探し出したかは・・・ご想像にお任せすることにしよう。

 で、問題は少女のほうだ。

 佐祐理はその少女を知らない。見たことはある気がするということはキー学の生徒なのだろうが、佐祐理はその少女と話をしたことはない。

「仲・・・良さそうですねー」

 道端で立ち止まり話をしているということは思わぬ遭遇だったのだということは想像できる。

 けれど、そのまま話し続けているというだけでかなり親しい間柄であるということもまた想像できた。

 朋也のことについては友人関係含め、ほぼ網羅している自信があったのだが、いつの間に仲良くなったのだろう。

「あ」

 話を終えたのか。手を振る朋也に少女が手を振り返し離れて行く。しかも向かう先は―――こちらだ。

 ―――対処は早い方が良いですね。

 即決。

 なにか急ぎの用事でもあるのか、小走りに向かってくる少女を佐祐理は―――、

「ぬあぁ!?」

 ペコちゃん人形の後ろから腕を伸ばし少女を捕縛した。その様まるで蛇の如く。

 周囲の者は何事かと顔を向けるが、佐祐理の悪魔の笑みに今の出来事を無きこととして顔を逸らした。これぞ現代社会の在り方である。

「さて・・・」

 見下ろせば、騒がれると厄介なので口を右手で封じ両腕を左手で絡め、逃げ出されないように腰を膝で持ち上げ足を地面に付けさせないようにした少女が暴れている。

 まぁ、とりあえずそんなことはどうでも良い。まず確かめるべきことは、

「朋也さんとはどういうご関係で?」

 問うと少女が怯えたように身体を振るわせた。

 おかしい。ちゃんと笑みで問うたはずなのになぜそんなに驚くのだろうか。

 しかし、いまの佐祐理にとってそんなことは二の次だ。確認すべきはただ一つ。

「朋也さんとはどういうご関係で?」

 再び問う。だが少女は答えようとしない。

 邪な事があるのだろうか。

 いっそこのまま関節決めてしまおうかと思った瞬間、少女がむーむー唸っている事に気がついた。

「あ、そうでした」

 右手が口を封じていた。喋ろうとしないのではない。喋れなかったのだ。

 パッと手を離す。すると少女は思いっきり息を吸い、思いっきり息を吐いた。

「大げさですねー。鼻は空いてたんですから息はできたと思いますけど」

「いまのはあなたに殺されずにすんで良かったなー、と実感噛み締めた安堵の吐息だよ倉田さん」

「あ、そうなんですかー」

 と、台詞に違和感。

「・・・ふえ? あなたは佐祐理のことを知っているんですか?」

「そりゃあ、倉田さんと言えばキー学でも随分と有名だからむしろ知らない人少ないんじゃないかなぁ。それに今年は同じクラスだし」

 それは驚愕の事実だ。どうやらこの少女は同じクラスであったらしい。

「すいません。佐祐理はあなたのことを知りませんでした。お名前聞かせていただけますか?」

「私は杉山ツキ。まぁ、あんな濃い人たちの中じゃ目立たないだろうから知らなくても無理はないよ」

「そうですか。では、これからは覚えておきましょう」

 色々な意味で。

「では、杉山さん?」

「ツキで良いよ」

「それじゃあ、ツキさん。・・・朋也さんとはどういったご関係で?」

「うわ・・・、倉田さんストレートなうえに目が怖いって」

「あははー。これ以上答えをはぐらかされるともっと怖くなってしまいそうですー」

「あ、あはは・・・。全然冗談に聞こえないのが怖いなぁ。

 ま、私も命大切だから言うけど、決して恋だのなんだのなんていう関係じゃないよー。ただの友達よ、友達」

「でも、いままで朋也さんの近くにいてツキさんを見かけたことはなかったんですけど?」

「あぁ、それはむしろ学校の中よりもバイト先での方が付き合い多かったからじゃないかな?」

「バイト・・・?」

 そういえば去年の冬休みなにか気まぐれにバイトをしていたような気がする。とすると、

「バイト先での同僚さん?」

「そゆこと。で、さっきのは同じクラスになったね、よろしくね、っていうただのご挨拶だよー。ご納得いただけました?」

 なるほど。筋は通る。

「・・・そうですね。一応納得しました」

 まだ本人からの証言だけなので完全に信用する事はできない。それはこれからの動き次第だろう。

 学校の中でもマークしなければ、と佐祐理は決意する。

「その一応ってのが怖いけど・・・。それじゃあさ、離してもらえるかな? さっきから周りの人の視線が恥ずかしいんだけどなぁ・・・」

「え?」

 と、周囲を見回せばこちらを見ていた視線がまるで鳩のように散らばっていく。

 どこか皆頬を赤くしているようだが・・・。

「あ、あはは・・・。こんな路上で女二人抱き合ってたらそりゃ赤くもなるて」

 ん、と佐祐理は首を傾げつつ自分とツキを確認する。

 口から外された右腕はツキの姿勢を抑えるためにその右肩を支え、左腕はやはりツキの腕を絡めており、脚は逃がさないためと彼女の身体を持ち上げている。

 ・・・なるほど。確かによくよく冷静に観察して見れば、まるでダンスの男役女役のフィニッシュポーズだ。抱き合っているようにも見える。

「佐祐理にその気はありませんよ?」

「いや、私もないから」

 手を離し持ち上げていた脚もどける。するとツキは苦笑を浮かべつつ安堵の息を漏らした。

「いやぁ、それにしても倉田さんってすごいねー。噂どおりと言うか噂以上と言うか・・・」

「噂?」

「ん? お嬢様のような容姿と笑顔で温和そうに見えるけど、実は朋也くんの事となるといきなり行動的になるっていう噂」

「そんな噂があったんですかー?」

「ま、ね。なんか杏がいろいろと言っているのも聞いたしねー」

「あれ、杏さんとお知り合いなんですか?」

「そーよー。強敵と書いて『とも』と呼ぶ関係?」

 よくわからない。そうして首を傾げているとツキがでもさー、と前置きして、

「そんなことはともかく、良いの? もう朋也くん随分と先に進んじゃったけど?」

「あ」

 バッとペコちゃん人形の影から身を乗り出す。すると遥か先、視認できる限界くらいに朋也の背中が見えた。

「このままでは見失ってしまいます!」

「というかさー、倉田さん? どうして声を掛けないの? 折角の良い天気なんだからデートでもしたら?」

「そうしようと思ったんですが、そのときにはツキさんが一緒にいたんです」

「なるほど。で、気になって私を拉致ったと。・・・もうしないでね?」

「出来る限りは」

「うわ、完全に頷いてはくれないんだね」

「『何かが起こったときにも追い詰められないために日頃から断定発言はしない』・・・すいません。これが倉田家の家訓ですのでー」

「そ、そうなんだー」

 あははー、と乾いた笑いを浮かべたツキはゆっくりと身を直すと向き直り、

「さて、それじゃあ私はバイトあるんで行くよ」

 立ち去ろうと足を動かすが、

「・・・あのー、倉田さん? 足を捕まれたら動かないんだけどなー」

「いま気になったんですけど、朋也さんのことを『朋也くん』と呼ぶんですね?」

「え?」

「随分と仲良さそうですねー」

「そ、そりゃあねぇ・・・」

 佐祐理はツキの両肩にポンと手を置き、スマイル。

「もしかして、朋也さんのこと好きなんですか?」

「うぇあ!? ま、まさかー」

「・・・いま露骨に視線逸らしましたね」

「えーと、うーんと、ほら! 私バイトあるし、急がないとー」

「バイト先は?」

「え、スーパー『ささくれ』だけど・・・?」

 佐祐理がポケットから携帯を取り出しプッシュする。

「あ、佐祐理です。大至急人員を一人、スーパー『ささくれ』に派遣してください。・・・ちょっと待ってください。ツキさん、あなたはそこでどんなバイトを?」

「レジ担当だけど・・・」

「レジ担当だそうなので、器量が良く愛想も良い人を選択してください。・・・えぇ、向こうに着いたら『杉山ツキの代行だ』ということを告げてください」

 ピ、と通話を切った。そして佐祐理は顔を上げ、

「これで空きましたね?」

「うわぁ、すっごいなぁもういろんな意味で。ところで倉田さん?」

「なんでしょう? なにがあったとて朋也さんに対するあなたの気持ちへの糾弾は変わりませんが?」

「うん、その物騒な言葉はとりあえずさておいて、あっち見たほうが良いと思うよ?」

 ツキが指差した方向、それは朋也のいる方向で・・・、

「・・・あ」

 が、そこにいたのは朋也だけではなかった。隣にもう一人、少女がいたのだ。

 今度は佐祐理も知っている人物だった。その少女は、

「古河渚さんだねー。そういえば仲良いよねあの二人」

「そうなんですか?」

「え、知らなかったの?」

「いえ、古河さん話をしているのは時々見ますが、それも他のご友人と対して変わらないようでしたのであまり気にしてなかったのですが・・・」

「あぁ、なるほど。倉田さんは朋也くんしか見てないわけだもんね。それならわかんないか」

「と、言いますと?」

 ぴっ、とツキは指を立てて、

「確かに朋也くんの古河さんに対する接し方は他の友達と特に変わらない。

 でも、その逆。古河さんの朋也くんに対する接し方は特別なのよ」

「特別?」

「そ。なんせ古河さんが普通に喋れる男子なんて、私の知る限りは朋也くんしか知らないもの」

 ぴく、と佐祐理のこめかみが戦慄く。

「・・・もしかして、古河さんは―――」

「どうだろね。でも、確率はあると思うよ?」

「ふふふ。そうですかー」

「・・・なんか、ここ数分で私の中の倉田さん像が完全に塗り替えられた気がする。だからその笑いどうにかしない?」

 佐祐理は聞く耳持たない。物陰から朋也を注視していると、話がまとまったのか―――なんと朋也と渚が共に歩き出したではないか。

「あははー。なにがどうしてそういう展開になったんでしょうかぁ」

「・・・倉田さん倉田さん。ペコちゃん人形の頭がブレイクしてるブレイクしてる。

 ほら、ペコちゃん人形の顔がホラー顔負けに変形して子供が泣いちゃってるからもうその手は離そうよ。

 で、朋也くんなら古河さんのお店のお手伝いをするらしいわよ?」

 佐祐理はまるでどこかの抽象美術のようになってしまったペコちゃん人形から手を離しつつ後ろを振り向き、

「もしかしていまの聞こえたのですか?」

「いや、この距離で聞こえるわけ無いじゃん。口を読んだだけだよ」

 そんなことを平然と言うツキ。読む、とはまさか読唇術だろうか。

「・・・なぜ読唇術なんて?」

「バイトを効率よくこなすにはね、なんでもあって困ることなんてないのよ。スキルは特にね」

 ふむ、と頷いた瞬間、佐祐理は閃いた。

 ―――これは使えます。

「ではツキさん。少々付き合っていただきましょう」

「・・・はい?」

「尾行ですよ尾行。ツキさんは役に立ちそうなので一緒に来てもらおうと思いまして」

「えぇぇ」

「バイトも空いてお暇ではないですか? いまなら漏れなくドキドキワクワクな刺激いっぱいの旅にご招待しちゃいますよ〜♪

 人生に色を付けるため、そんな刺激はいかがですか?」

「ここで断ると命に関わりかねない刺激を受けそうだから、着いて行くことにします。・・・でも倉田さん? それじゃまるでストー・・・」

「あははー。どこかの誰かが素晴らしい名言を残しています。『ストーカーと書いて恋する乙女と読む』・・・まさに佐祐理にぴったりですね?」

「・・・うん、わかった。私はこれから一切この件について常識にとらわれないようにする。頑張ろう私」

「あははー、さすがはツキさん。賢明です。あとはぐらかしたつもりでしょうが糾弾の件はなくなったわけではないのでよろしくお願いしますね?」

「・・・あ、あはは・・・」

 さて、こうして急造の岡崎朋也追跡部隊が結成された。

 ・・・当人の朋也が預かり知らぬところで暗躍は続くのであった。

 

 続く。

 

 

 

 あとがき

 はい、神無月です。

 ・・・くっ、性懲りもなくまた予想より長くなって前後編にわかれてしまった!

 しかも朋也編とか名打っているのに主人公は佐祐理。・・・まぁ、こんなこともあるよね?(マテ

 佐祐理、随分とぶっ壊れてきました。彼女の笑みは修羅ですよ?w

 で、オリジナルキャラ杉山ツキ。おそらくオリキャラ勢では初かもしれない大規模な出番。

 若干キャラに修正入ってます。愚徒さんの設定以上に豊富なスキルを持っています。活躍の場面も多いかも?

 では、また。

 

 

 

 戻る