国立キー学園は、とにかくどんちゃん騒ぎが多い。
なにかに付けて、普通の学園の文化祭並に騒ぐのが、キー学園のいまの姿と言える。
とはいえ、そんな風になったのはつい二年前からである。
つまり老船竹丸が生徒会に入ってから、ということだ。
まぁ、そういうわけでこの新入生の部活勧誘も、なかなかに壮大である。
料理部や茶道部なんかは出店を出しているし、吹奏楽部は体育館で演奏をしているし、天文部は独自のプラネタリウムを披露したりしている。
無論、運動部も新入生を交えた簡易試合などを行い、盛り上がっている。
そして・・・、ここ、空手部。
「ふん! ふん!」
胴着を着込んだ暑苦しい男が、必死に拳を繰り出している。
その拳の向く先には一人の男。制服に付けられたバッチの色から一年生だとわかる。
その一年生は、しかし少し疲れたような、そして呆れたような表情でその拳をかろやかにかわしていく。
「ばぁぁぁかもんがぁぁぁ! もっと腰を捻るのだ、腰をぉぉぉ!」
「はい、師匠!」
「空手とは腰が命だっ! わかるかぁぁぁぁ!」
「はい、師匠ぉぉぉ! 腰ですね!? 腰が重要なんですねぇ!?」
・・・何がなんだか。
大きく腰を捻り繰り出された拳を避けつつ、どうしてこういうことになっているんだろう、と彼―――純一は無性に考えてしまう。
まぁ、そんなもの。後ろで無邪気にこちらを応援しているみさおとことりのせいであるのだが。
「はぁ・・・」
キー学園の部活勧誘、運動部の場合の典型として、このように軽く簡易試合をすることが多い。
新入生側は体験することができ、また部活側はこれにより優秀な生徒を見極めることができるわけだ。
そしてこれも典型となっているのだが、部活側に新入生側が試合で勝つとなにかしらの商品がついてくるのだ。
んでもって空手部の場合、メンバーに勝つと何故か『りんご飴』が手に入る。・・・意味はわからんが。
で、欲しいとごねたみさおと、いらないとは言ったが欲しそうな目をしたことりのためにこうして純一は空手の簡易試合に挑戦していた。
しかし、思うことは・・・、
―――俺って、どうにも女に弱い気がするなぁ。
なんかいつか女で身を滅ぼしそうな勢いだ。相沢先輩のようにさらりと流せれば良いのだろうが・・・それは難しい。
「はぁ・・・」
「おい、一年生! 逃げてるばかりじゃりんご飴はゲットできんぞ!」
再びため息。すると腰を捻った相手がそんなことを言う。
まぁ、確かに、と純一も納得する。考え事もここまでにしておこう、とも。
「受けよ、師匠直伝の必殺の一撃をぉぉぉ!」
来る拳。それを純一は右手で軽く軌道を逸らし、その間に懐に入り込む。そして下から振り上げるように左腕を突き上げた。
「!!」
声にならない悲鳴と共に、相手が2、3メートル吹っ飛んだ。簡易式のステージから落ち、しかも気も失ってしまったようだ。
「・・・やべ。やりすぎた」
つい、先輩たちとやりあう時並の力でやってしまった。
とりあえず空手部なんだからそれくらいどうにかなるだとうと思っていたのだが・・・、さっきの会話からこの結果を察しておくべきだった。
「い、一本! それまでっ!」
審判の掛け声と同時、後ろからみさおとことりの喜びの声が聞こえてくる。
「・・・けど、2個必要となると、もう一人倒さないとなぁ・・・」
やれやれ、と嘆息し・・・しかし純一は結局もう一人を再び一撃で倒すことになる。
所詮腰を捻るだけの男だった。
とりあえず部活勧誘。出だしのアイテムはこれ。
ゲット品:りんご飴×2
集まれ!キー学園
七時間目
「さぁ、入学式だよ!(後編)」
「すごいすごい、純一くん強いんだねぇ!」
「ほんとに」
純一が両手にりんご飴を持って戻ってくると、みさおとことりが拍手で迎えてくれた。
そんな二人にりんご飴を渡しつつ、純一は苦笑。
「まぁ、なんだ。あの人たちに連れまわされてると、否が応でもできるようなるというかなんというか・・・」
「あの人たち?」
「もしかしてお兄ちゃんたちのこと?」
「そ。で、まぁいろいろとあって相沢先輩から八極拳を習う羽目になったわけだ。ま、時々有効活用させてもらってるから、文句はないけどな」
「ほぇー。八極拳・・・。祐一さんそんなこともできるんだねぇ。・・・いや、あの人ならなにができてもおかしくないか」
驚いて、しかしすぐに納得したように頷くみさお。どうやら浩平の妹だけあって相沢祐一という人物をしっかりと理解しているようだ。
ことりは苦笑を浮かべているが・・・その笑みの意味するところ「まさか」か、それとも「ありえる」か。・・・はたして?
「いやぁ、すごいな。お前は」
と、不意に声が掛かった。振り返ってみれば・・・しかい誰もいない。
「おい、ここだここ」
声は視線よりやや下から。そうしてゆっくりと見下ろしてみれば、男がいた。制服を着てはいるが・・・小さい。
というか制服を着ていなければむしろ小学校高学年から中学校低学年で通じるのではというくらいの身長だ。
だが、そのバッチは三年生を示している。
―――年上?
見えないが、さくらという例外を知っている以上そうとも言いきれない。一応敬語を使っておくべきだろう。
「・・・あなたは?」
「あぁ、こいつは失敬。俺は瀬戸孝司っつーんだ。空手部の人間だよ。ちなみにちっこいとか言ったら殴り飛ばすから気を付けろよ」
目が本気だ。純一はとりあえず頷いておくことにした。
「瀬戸孝司・・・? どこかで聞いたことあろような・・・」
と、唸りだしたのはみさおだ。そして数秒頭を抱えながら唸ると、なにか思い出したのか、ポンと手を叩き、
「そうそう、思い出した! 空手界で最強と謳われた高校生、瀬戸孝司! そっか、キー学にいたんだぁ・・・」
「瀬戸孝司『先輩』、だ」
先輩を強調する孝司。どうやらその身長はそれなりにコンプレックスであるようだ。
そして小さく嘆息一つ。孝司は純一を見上げると小さく笑い、
「ま、それはおいといて。さっきのはマジですごかったな。空手ではなかったようだが・・・」
「八極拳です」
「へぇ、八極拳。つーと、あの中国のあれか? へー、まさかあんなもん使える奴がこの学園にいるとはなぁ」
「いや、俺も習っただけなんですけどね」
「習った? 誰に?」
「二年の相沢祐一先輩です。知ってます?」
「ほほう、あの相沢祐一か」
「知ってるんですか?」
すると孝司は苦笑し、
「いやぁ、この学園であいつの名前を知らなかったらモグリだろ」
モグリってなんだ。
「ま、とりあえず噂だけはよく聞くよ。しかし、なるほど・・・。本当になんでもできるんだな、相沢。いっぺん戦ってみたい気もするが・・・」
一瞬ニヤリと怖い笑みが見えたが気のせいだろう。純一はそう思うことにした。
「ま、とりあえず―――」
孝司はりんご飴を舐めているみさおとことりを一瞥し、
「空手部に入りたかったわけじゃないんだろ?」
「ですね」
「だろうなぁ」
頷き、
「ま、いろいろ見てけよ。部活勧誘とは言え他校の文化祭並に盛り上がってるからな」
「はい、そうします」
「じゃあ、そういうわけで今度勝負しようなー」
「・・・え?」
さりげに変なことを言って孝司は去っていった。
そんな背中を見ていた純一の肩をみさおがポンと叩き、
「ま、頑張って」
「おい」
そうして空手部を後にして、また一行は散策を開始する。
早く軽音楽部行けよ、という話しなのだが、いかんせんその軽音楽部のスペースが最奥なのだ。
というわけで、結局全てを通るのならしっかりと見て回ろうということになっていた。
で、次に目を止めたのは・・・・・・、
「わー、可愛い〜♪」
目を輝かせるみさおの直線上には、プリティに飾られたクマやウサギなんかの人形が飾られていた。
「また賞品、みたいですね。これは・・・」
と見上げることりと共に仰ぎ見れば、小さな垂れ幕。
『ようこそ、バスケ部へ』
「ふむ。とするとこれはバスケ部の賞品か。・・・ん? 待てよ、バスケ部と言うことは・・・」
「お、純一じゃないか」
聞き覚えのある男の声が純一の耳に届いた。聞き間違うはずもない。振り返り、その名を呼ぶ。
「岡崎先輩」
「よっ」
軽く手を上げ、こちらに歩いてくるのは岡崎朋也。三年にその人ありと謳われたこの学園でもおそらくかなりの知名度を誇る先輩だ。
バスケ部のエース。その他運動系全て万能、そつなくこなすどころか最強クラス。
丁度良いくらいに引き締まった筋肉と、その整いすぎるくらいに整った容姿。性格は一見不器用に見えて、弱い者を見過ごしたりせず助ける心根の持ち主。成績もトップとまでは言わないが、必ず上位30名には入るほど。いまでも学園でベスト3に入るモテ男だ。
そしてどことなく面倒くさがりなところが純一と通じており、これでも二人は結構仲が良かったりする。
そんな朋也が純一の肩に手をかけて、その顔を覗きこむ。
「ここにいるってことは・・・まさかバスケ部に入部希望か?」
「そんな、それこそまさか、ですよ。俺が部活なんかに入ると思いますか?」
「思わない。根っからのかったる屋がそんなことはしないだろう」
「良くお分かりで」
「だとすると・・・ふむ?」
すると朋也は近くにいたみさお、そしてことりと順に視線を回し、納得したように頷いて、
「そうか。いよいよお前も明確な彼女を持つようになったか。しかも二人とは・・・やるな?」
「勝手な誤解をさも真実のように納得しないでください」
「冗談だ。だからそう怒るなよ」
そう明るく言って一歩下がった朋也の隣に、一人の女性が並んだ。
「知り合い?」
「ま、そんなとこだ」
「部活希望者・・・ではなさそうね?」
「まぁ、きっと賞品目当てだろうさ。な、純一?」
「え、あ、はい」
と、条件反射のように頷いてしまってから純一は考える。
―――そうだったっけ?
いや、それよりもいまはその朋也の隣に並んだ女性だ。
金髪のウェーブ。それに切れ長の青い目。綺麗ではあるが、どことなく取っ付きにくいイメージを受けてしまう。
そんな純一の視線に気付いた朋也が二人の中間に移動し、
「こっちは女子バスケ部の部長、神城朔夜だ。
で、朔夜。こっちは俺の後輩で朝倉純一っていうんだ」
「どうも、はじめまして。朝倉純一です」
「・・・あたしは神城朔夜。ま、よろしく」
それだけ言い残し、朔夜はスタスタと去っていく。それをりんご飴片手に眺めていたみさおが、
「クールな人ですねー」
「まぁ、な。でもあれで実は熱血っぽいところもあるんだぜ?」
「そうなんですか?」
尋ねる純一に朋也は微笑み、
「バスケなんかやってるときは特にな。別に口に出してるわけじゃないし態度に出てるわけでもないけど、まぁ、わかるよ」
「仲良いんですね」
「なんだかんだ言ってあいつとは付き合い長いからなぁ。キー学高等部からの付き合いだからかれこれ三年だ。
それだけ同じ部活やってればわかるさ」
ま、それはさておき、と朋也。
「で、どうする純一? 簡易試合、やってくか?」
「えーと・・・」
後ろを振り向いてみる。
みさおは目をキラキラさせている。ことりは・・・みさおほどあからさまではないが、やはり欲しそうな目をしていた。
そんな目を見てしまうと、やはり純一としてはどうにかしてやりたと思うもので。
「・・・そうですね、やってみます」
「よし。なら俺と・・・」
「ちょ、なに言ってるんですか岡崎先輩!? 全国級の先輩となんて勝てるわけないでしょう!?」
「いやぁ、でもな。既にうちの部員が素人に負けて撃沈してるんだよなー」
「素人?」
朋也は無言でちょいちょいと一箇所を指差した。
するとそこにゲームをクリアした人間の名前が連なっているわけだが・・・そこには有名すぎるほどに有名な四人の名が刻まれていた。
相沢祐一。
折原浩平。
坂上智代。
老船竹丸。
「うわ・・・」
「生徒会長は視察。祐一と浩平はそれぞれ女にせがまれて、智代は賞品欲しさに自力でクリア。
どいつもこいつも人並み以上に運動できちまうから性質が悪い」
それをあんたが言いますか、と言いかけて止めた。きっと言っても無駄だろうから(←そういう自分もわかってない)
「でもさすがに先輩相手じゃ勝てませんって。もっと他の人出してくださいよ」
「うーん。また自信喪失させるのも嫌なんだが・・・まぁ、待ってろ」
数分後連れてこられた部員はどこか暗い笑みを浮かべており、やぶれかぶれのような動きであった。
しかし結局ワン・オン・ワンでは純一の圧勝。再びその部員は自信を喪失する事となる。
結局朋也が説得してなんとか一週間後立ち直ることになるが、それもまた別の話。
ゲット品:クマの人形×2
その後朋也に見送られ、各地の部活動を転々としては食料をゲットする純一。
弱小部にはひっきりなしにスカウトされたが、伝家の宝刀「かったるい」でばっさばっさ切り捨てて行くこと十回を数えようかというとき、
「やっと一番奥かー」
ここまで辿り着いた。
これでもかというくらい広い中庭の隅っこ、校舎との接続部に隣した小さな袋小路のような場所がある。
入り口には一つの部活の看板。
『軽音学部』
だが、その周囲の雰囲気はどこか物々しいものだった。これは・・・、
「風紀委員・・・?」
純一がまだ中等部の下級生だった時代に見かけたことがある顔がまるで警護でもしているようにずらりと並んでいた。
いや、警護ではなく・・・監視、と言った方が正しいだろうか。
まぁ、無理も無いだろう。この部活にはブラックリストの1位と2位に君臨している二人が揃っているのだから。
きっとそのせいでこんな奥に配置されたのだろう。監視しやすいように、と。
で、そんな雰囲気のせいか、ここ周辺にはまるで一般生徒の影がない。
軽音学部を見てみる。
「あれ・・・?」
さぞかし浩平あたりが大暴れしているだろう思ったのだが・・・そこはただ平和だった。
よくよく見てみれば、浩平は椅子に縄でぐるぐる巻きにされていた。その横には祐一。
軽音学部でもない祐一がいるのは、しかしメンバーから考えてごくごく当たり前のことだった。
正式に入部こそしていないものの、祐一が軽音学部に顔を出すことがあるのは中等部のときから変わってないらしい。
見れば純一からしても懐かしい美坂香里や北川潤、仁科理絵なんかもいる。
と、視線に気付いたのか祐一や浩平他の面々がこちらを向く。それに対し純一は軽く手を上げ、
「相沢先輩、折原せんぱ―――」
刹那、風が横を過ぎった、
・・・否、それはみさおだ。
まさにその姿は風。ただ地を蹴って向かう先は・・・ただ一つ。
「お?」
小首を傾げる折原浩平だ。
「お兄ちゃんの・・・」
肉薄する。大きく片足を踏み込み、力を込めて、
「あほんだらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぐぼぉ!?」
渾身の蹴りが鳩尾にぶち込まれた。
そして吹っ飛ぶ浩平に、しかしまだおさまらないのかみさおは受付になっていた机に乗りあがり、跳んだ。
スカートが捲れることもいとわず膝を折り、
「そして、死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「ぎゃあ!?」
倒れた浩平に全体重と重力とその他もろもろを込めたニーキックを突き刺した。
だが、それでもみさおは止まらない。動けない浩平にそのまま馬乗りになり、ラッシュラッシュラッシュ。怒涛のようなラッシュが連打で決まる。
「よくも朝っぱらから金庫に閉じ込めてくれたわね愛しのお兄ちゃん!? おかげで初っ端から入学式に遅刻なんていう大失態よ!
あぁ、もう嬉しくて嬉しくてつい腕にも力がこもってしまいますわぁ!
・・・ってぇ、ちょっとちゃんと聞いてるのお兄ちゃん!? 気絶なんかしたらそのまま一生起こさない方向でいくわよ!?」
聞こえていたところで返事など返せない連打を叩きこんでいる当人が物凄いことを言っている。あれで意識を保てと言うのもなかなか酷だ。
だがこうしてただ見ている自分も随分と神経図太くなったなー、と思う純一であった。
「良いんですか、先輩。あれ、止めなくても」
同じく静観していた祐一の隣に移動する。だが祐一はやはり素知らぬ顔で、
「やらせとけ。むしろ下手にあそこに手を出すと―――」
「ちょ、ちょっとみさおちゃん? さすがにそこまでやると浩平が死んじゃうとげふぅ」
「北川さんは黙っててください!」
「―――あぁなるぞ?」
「・・・な、なるほど」
あまりに痛ましくなったのか止めに行った北川潤であったが、みさおのあまりに綺麗なストレートにより撃沈。腹を抱えて蹲る背中は涙を誘った。
「ストッパーになる長森先輩でもいれば良かったんですけど」
「いや、瑞佳はむしろみさお贔屓だからな。きっとみさおと一緒になってスマッシュ連打だろうよ」
乾いた笑いしか出ない。幼馴染の祐一がそう言うのだから、そうなのだろう。・・・いま生まれて初めて折原浩平という人間に同情したかもしれない。
「あ、あの・・・」
と、あまりにあまりな光景に思わず存在を忘れてしまっていたことりが近くにやって来た。それを見て、しかし声をあげたのは純一ではなく祐一だった。
「あれ・・・ことり?」
ひどく驚いたような表情。そんな祐一の顔を見てことりは微笑み、舌を出して一言。
「来ちゃいました♪」
そんなことりの仕草に内心ドキッとした純一だったが、それを紛らわすように祐一を振り返り、
「知り合いなんですか?」
「いや、知り合いというか・・・」
「彼女です♪」
瞬間、全ての人の時が止まった。
そして数秒が経ち、
「「「「「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜!!??」」」」」」」」」
と、
ダダダダダダダダダダダッ!
何かが猛烈なスピードで走ってきて、いきなり祐一の胸倉を掴み上げた。
「ちょっと祐一どういうこと!?」
「な、名雪!? おま、陸上部は!?」
「陸上部はここの裏手のグラウンドなの! それより祐一、ことりちゃんが彼女ってどういうこと!? わたしというものがありながらっ!!」
「どさくさ紛れてなにを言ってんだ名雪! 第一俺がいつことりとそんな関係になる時間があったよ!」
すると名雪はなにかに気付いたように手を緩め、
「そっか、そうだよね・・・。そんな時間ないよね」
「げほげほ。そうか、わかってくれたかなゆ―――」
「玄関には隠しカメラが付けてあるし、電話には盗聴器が仕掛けてある。うん、ことりちゃんと連絡を付けていればいままでにきっと・・・」
「よし名雪。お前とはよく話し合う必要性がありそうだ」
「え? あはは、やだなぁ祐一。ほんの冗談だよ?」
いまここにいる誰もが思った。
嘘吐け、と。
そんな見慣れた光景に嘆息しつつ、純一が苦笑を浮かべていることりを見やる。
「で、結局の所どういう関係なんだ?」
「あはは。実はただの従兄妹なんですよ」
「従兄妹・・・?」
「はい。私のお母さんは白河冬子と言いまして、祐一お兄ちゃんのお母さんである春子さん、名雪姉さんのお母さんである秋子さんの妹なんです」
ほぉ、と純一は感嘆の声をあげる。
祐一といい名雪といいそしてことりといい、その家系はどうしてこう美男美女ばかりを生み出すのだろうか。
遺伝子を研究して学会に発表したらノーベル賞も夢ではないのではないだろうか。純一は本当にそんなことを考えた。
「でも・・・」
すすす、とことりが微笑みながら祐一の横にまで移動する。するとやにわにその腕に身を絡ませ、
「私がお兄ちゃんを大好きなのは、本当だよ♪」
「お?」(←祐一)
「「ほぉ」」(←浩平&純一)
「へぇ」(←みさお)
「あぁぁぁぁ!」(←名雪)
「むっ」(←香里)
「あっ・・・」(←理絵)
「・・・」(←撃沈中の潤)
「てへっ」(←ことり)
ウインクしつつ舌をぺろりと出す様はまさに子悪魔と呼ぶに相応しい。
・・・なるほど。純一はここでみさおとことりが仲が良い、というのを強く納得した。
「ちょっとことりちゃん! いくらことりちゃんでもわたしの祐一に手を出しちゃ駄目だよ!」
「おい待て。いつ俺が名雪のものになった!?」
「嫌です。いくら名雪姉さんでもこればっかりは譲れません」
「離れてよことりちゃん!」
「良いじゃないですか少しくらい。名雪姉さんはずっとお兄ちゃんの傍にいられたんですから」
きゃいきゃいと続ける三人を見て、浩平と純一は互いを見合い、小さく噴出す。
「ま、なんというか・・・」
「毎度毎度大変そうですね、相沢先輩は」
「あんまり純一くんは人事じゃないと思うけどぉ?」
不意に背中に温かい・・・というより柔らかい感触。
「・・・・・・」
恐る恐る後ろを振り向けば、
「ね?」
超至近距離にみさおの顔。思わず火照る顔。だが、
「・・・兄さん?」
それは刹那の瞬間に青へと変貌を遂げた。
ブリキ人形のような動きで声の方向を見れば、そこにはなぜか怒りのマークを額に携えて眉をピクピクさせている音夢の姿。
「ね、音夢・・・? 帰ったんじゃ・・・?」
「風紀委員の先輩に時間があるようなら手伝ってくれ、と軽音学部の監視を言い渡されていたんです。
それより兄さん? こんな生徒の往来が多い中でよくもまぁそんな・・・大胆なことですねぇ?」
「いや・・・音夢。ここは風紀委員のおかげで大分人の流れが少なくて・・・」
「誤魔化さないでください」
「あー・・・。だから、あの・・・。これは、だなぁ?」
「今日はー、純一くんにいっぱい物貰っちゃったな〜?」
そう言ってみさおはクマのぬいぐるみをギュッと抱く。その仕草が一瞬可愛いと思ったのはここだけの秘密だ。
「へぇ、兄さん。そんなこともしてあげたんですか。ふーん」
「まぁ、待て音夢。冷静に話し合おう。こら、みさおもそんなにくっ付くな!」
ジリジリと迫る音夢。いっこうに離れる素振りを見せないみさお。
冷や汗が頬を伝う中、純一も理解した。
なるほど、確かに人事ではないと・・・!
「兄さんの・・・・・・馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そんな騒がしい日常。
でもこれは、そのほんの始まりにすぎなのであった・・・まる。
あとがき
ふぅ、ふぅ・・・どうも神無月です。
難産でした。実に難産でした。
本当はオリキャラをもう少し出すはずだったんですが、いざできて読み直してみると、思うことが。
「っていうか登場の仕方がワンパターンでしかもどれが誰だかわからねぇ!」
というわけで大幅削除しました。すいません(汗)
覚えやすいようにもっと適材適所で登場させようと思ってます。
そんなわけで、また次回に。
おまけ。
てんやわんやな祐一や純一たちをどこか距離を取って見ている面々。その中で、
「あぁ、みさおが、みさおが・・・!」
そう涙しながら机をベシベシと叩く男折原浩平。
「みさおがついに恋を知る歳になろうとは・・・。兄ちゃん悲しいよ! しかもよりにもよって純一とは・・・! 兄さん許しませんよ!?」
「折原くん。意外にシスコンだったのね」
「美坂! シスコンでなにが悪い! 俺は男だよ!」
「意味不明な上に否定しないのね」
「みさおぉぉぉぉぉ!」
「・・・ハンカチ噛み締めて泣くのやめてくれる? 見てて無性に殴りたくなってくるわ」
「なら殴れぇぇぇ! みさおを邪道へと叩き落してしまったこの俺を殴れべぶぁ!」
「うわ、的確でかつ素早いストレート・・・さすが香里さん」
「・・・ごめん。嬉しくないからそういうこと言わないで、理絵。自分が虚しくなってくる・・・」
ちゃんちゃん。