春である。

 桜はこれでもかというくらいに咲き乱れ、温かな風がそれらを揺らし、陽はうららかに大地を照らす。

 これでもか、というくらいに気持ちの良い春である。

「……うん?」

 陽射しの入る部屋の中、ベッドがもぞりと動く。

 寝ているのは顔立ちも整った青年だ。パジャマ越しではあるが、その肉体が引き締まっているのもわかる。

 しかしその青年は寝返りをうった瞬間顔を顰めた。

 ――なんだか、……動きにくい。

 そして暑い。いくら陽射しが部屋に入ってきているとはいえ、春でこの暑さは尋常ではない。

 視線を巡らせた青年は――ふとある事実に気づいた。

 布団の中。そこに自分の寝てる場所とは別に、さらに一つ膨らみがある。その大きさ、およそ人一人分。

「……」

 青年は半目でそれを数秒眺めた後、勢いよく布団を取り去った。

 すると腰の辺りに一人、国立キー学園の制服の上にエプロンをつけた少女がすやすやと寝息をたてている。

 シーツの上に散らばった長い髪、綺麗に統一されたその顔立ちは青年の知るところだった。

「……なにやってんだ、佐祐理」

「……ふぇ?」

 佐祐理、と呼ばれた少女はその声に目を覚まし、数回頭を振り、青年を視界に納め止まること数秒。

 するとにこやかな笑顔で、

「あ、朋也さん。おはようございます♪ 今日はとっても天気が良くて始業式日和ですよ?」

「それよりも佐祐理。前からずーっと言ってきたとは思うが、勝手に人の布団の中にもぐりこむのはそろそろ止めないか?」

「あ、そうです。佐祐理は敦子お義母様と一緒に朝ごはんの支度をしている最中でした〜」

「……佐祐理。これも前々から言っていたとは思うが、人の話を聞け」

「では朋也さん。早く着替えて下に降りてきてくださいね? ご飯は温かいうちに食べるのが一番美味しいんですからー」

「それは正しい。しかし人の言うことは最後まで聞きなさい。そして無視して行くな」

 しかし既に少女の姿はない。あははー、という笑い声のみを残し下へと降りていったもよう。

 ふぅ、と青年は吐息一つ。

 のっそりとベッドから身を起こし、そのまま壁にかけておいた制服に手をかける。

 袖を通したのはクリーニングから帰ってきたばかりだというのがわかる整えられた制服。

 左胸の部分には校章の入ったエンブレムが貼り付けられている。そして英語でこうも綴られていた。

『National Key High School』

 国立キー学園高等部。この辺りではかなり有名な学園だ。

「さてと」

 ネクタイを締め、青年は昨夜支度しておいた鞄を机から持ち上げると自室を後にした。

 閉まるドア。そこにかけられたネームプレートがその反動で小さく揺れた。

 そこには、こう書かれていた。

 ラブラブ夫婦・朋也と佐祐理の部屋、と。

「――って、誰だこんなもんここにかけたのは!? って佐祐理しかいないか……。

 佐祐理ー! 佐祐理――!!」

「朋也さーん。佐祐理が愛しいのはわかりますけど、まだ朝なのであまり大きな声で名前を連呼されるとご近所さんに聞こえて照れてしまいます〜」

「そんなこと言ってないでちょっと上まで来い! 聞きたいことがある!」

「え、呼び出しですか? もしかして……。あはっ、嫌ですよぅ朋也さん。朝からそんな……。佐祐理恥ずかしい……」

「なにを勝手に変なベクトルで妄想を膨らませてるんだ! いいから来いっ!!」

 ……これは彼、岡崎朋也と彼を取り巻く少女たちの騒がしい日常の一コマである。

 

 

 

 

 

集まれ!キー学園

三時間目

「さぁ、始業式だよ!・Ver.三年生(前編)」

 

 

 

 

 

「あっはっはっはっは。まぁ、気にするなよ朋也。そんなことで怒っていては大きい男にはなれないよ。ねぇ母さん」

「そうですね。そんなことでは佐祐理ちゃんに愛想をつかされてしまいますよ?」

「大丈夫です。佐祐理の朋也さんへの愛は未来永劫、不変のものですから〜」

「あっはっはっはっは。佐祐理くんは素晴らしい子だなぁ。恵まれてるぞ、朋也」

「おほほほほほほほ。佐祐理ちゃんは素晴らしい子ねぇ。恵まれてますよ、朋也」

「もう敦子お義母様、直幸お義父様。そんなこと言われると照れてしまいますよ〜」

「…………」

 その光景を岡崎朋也はただ無言で味噌汁を飲みながら眺めていた。

 できるなら突っ込みたい。いろいろなところを突っ込みたい。力の限り突っ込みたい。

 だが朋也は既に諦めの境地を開いている。伊達に何年もこのメンバーと過ごしてきたわけじゃない。無駄な徒労はしないほうが良いに決まっているのだ。

「朋也さん。今日のお味噌汁は新しいお味噌を使ってみたんですが、どうですか?」

「あぁ、美味しいよ」

「そうですか。それは良かったです」

 テーブルの対面に座り満面の笑みを返すのは倉田佐祐理。

 そしてそんなやり取りを微笑ましそうに見ているのは朋也の母親である敦子に父親である直幸だ。

「やはり朋也さんの将来のお嫁さんとなるからには、お味噌汁一つといえど妥協はできませんから♪」

「……」

 そう。なぜか佐祐理は朋也の……一般で言うところの『許婚』な関係である。

 昔から仲の良かった朋也の両親と佐祐理の両親は、互いの子供が生まれたら結婚させようという約束を取り交わしていたらしい。

 そして岡崎家は朋也が。倉田家のほうは佐祐理と、もう一人男の一弥という子がいるが、それと結婚するなどカリフォルニアが許しても朋也が許さない。結局同い年ということもあり朋也と佐祐理が許婚と相成ったのだった。

 そしてなぜか佐祐理はものすごい乗り気だ。頭脳明晰にして運動抜群、容姿も気立ても果ては育ちも良しとなれば普通向こうから拒否しそうなものだが、と思うも現実はこうなっている。

 自分で言うのもなんだが、とても佐祐理と自分とでは釣り合うとは思えない。一度それを佐祐理に言ってもみたのだが、

『愛に釣り合いなど無用です。ようはどれだけ好き合っているか、その一点に限ります♪』

 と笑顔で流された。

 なんだかなぁ、と思いつつたくあんをつまみ口に放りつつ時計を見る。

「……そろそろだな」

 今日から学園が始まり、そしてこれが日常の一コマであるならば、それもそろそろやってくるに違いない

 ピンポーン。

 ――ほら、来た。

 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーンピンポーンピンポーンピンポンピンポンピンポン

「……」

 ピンポピンポピンポピンポピポピポピポピポピピピピピピピピピピピピピ!!

「あー、うるさい!」

 茶碗を置き、玄関に向かう。その間にもチャイムは秒速十六連射並みのスピードで鳴り続けている。

 相手が誰であるかはわかっている。なので朋也は躊躇なく鍵を開けたのだが、その瞬間甲高い音と共に顔面に鈍痛が走った。

 なにが、と思えば目の前には我が家の玄関のドア。

 瞬間理解したことは、鍵を開けた瞬間に相手がこちらに気付かず力の限りに扉を開け放ったということだ。

 しかもこともあろうにそいつは脇で顔面を押さえているこちらに気付かずそのままやかましい足音を撒き散らして二階へ。

『朋也!? 朋也ー、どこー!?』

 ――ここでお前に痛恨の一撃を喰らわされたよ。

 聞こえてくる言葉に対して心中で突っ込みをいれるのはもはや末期症状だろうか。

「あ、あれ? 朋也くん、どうしたの……?」

 どうやらまだもう一人いたらしい。

 あの実力主義派の少女と共にここに来る者など、該当する人物は一人しかいない。

「今日は椋も来てたんだな……」

 顔面をさすりながら見上げれば、心配そうな顔でこちらの顔を覗き見る藤林椋の姿。

「あ、朋也くん。鼻のてっぺんが赤いですよ?」

「お前の凶暴な姉にやられたんだ。人の家の鍵が開くということは、鍵を開けた人物がいるということくらい理解してほしいもんだな……」

「お姉ちゃんですし……」

 あれだけの所業を苦笑で済ます椋も、すでに諦めの境地なのだろう。

 他人の家ですらこうなのだ。自宅ともなれば……考えるだに恐ろしい。

「暴力度調整つまみみたいなのないのか?」

「えっと、確か右耳の裏側に――」

「あるのか!?」

「あるわけないじゃないですか」

「……お前、少し性格変わったよな」

「え、え、そうですか?」

 ……いや、あの姉を省みるにこれが本当の椋の姿なのかもしれない。

 ふぅ、と小さく息を吐き、立ち上がる。まだ顔はヒリヒリと痛むが、そんなにゆっくりしている暇はない。

 この際もう姉の方は無視を決め込もう。そこまでしていたら朝食が食べられなくなり、それは学園での睡眠時間を増やす結果になる。

「椋はもう朝食食べたのか?」

「あ、はい」

「そか。じゃあ、上がって待っててくれるか」

「えと、はい。お邪魔します」

 椋は微笑むと、しっかりと靴を揃えて置きあがってくる。

 この辺の気配りはとてもあいつの双子の妹とは思えない。姉にもこの辺りの気遣いを多少は見習って欲しいものだ。

 と、そこで朋也はあることに気がついた。

 ……靴が一組しかない?

 そこから推論される事実は、

 ――あいつ土足で人の家に上がりやがったな。

「朋也くん?」

「いや。なんでもない。些細なことだ」

 妙に『些細』という言葉に力がこもってしまった気がしたが、それこそ些細なことだ。

 強引にそう納得させ、居間に戻れば……、なぜかそこにあるべきものがなかった。

「……あー、佐祐理?」

「はい、なんでしょうか?」

「俺の飯は?」

「あははー、すいません。そろそろ学園に向かわないと間に合わない時間なので勝手に片付けさせてもらいました〜。……ふぇ、どうしたんですか朋也さん? そんな打ちひしがれたように」

 今日の朝食。ご飯三口、みそ汁二口、たくあんの漬物一枚。以上。

 これならよほど食わない方がましだった。なまじ食ってしまっただけに胃は食べ物を求めている。

 そんな朋也を見かねてか、椋が膝を突いて、

「あ、あの、朋也さん。良かったら私のお昼のお弁当少し食べますか……?」

「いいのか?」

「あ、はい。久しぶりに自分で作ってみたんですけど……」

「……なんか食わなくても大丈夫な気がしてきた」

 思い出すのは、以前に食べさせてもらった弁当の味。

 あれは……正直好んで食べたいものではない。しかもいまの『久しぶりに』という言葉がさらに不安をそそる。

 しかし椋が「そ、そうですか……」とちょっとショックそうに下がる表情に罪悪感が募る。

 どうするか、と朋也が悩んだその瞬間、それは起きた。

「ここね!」

「え?」

「あ?」

 聞き慣れたやかましい声と同時に勢い良く開け放たれた居間の扉。

 そのドアに背中を押され、倒れこむ椋。

 そしてそれに押されるように朋也。

「「「…………」」」

「えーと……」

 誰もが無言でいる中、ドタバタ騒ぎの現況であり椋の双子の姉でもある藤林杏の引きつった笑みが聞こえてくる。

「これって……、もしかしなくてもあたしのせい?」

 現状を説明するならば、バランスを崩した椋がさらにバランスを崩して倒れこんだ朋也に覆いかぶさっている。

 しかも、ちょうど椋の胸のあたりに朋也の顔があったりして。

「……ふぉう(椋)」

「ひ、ひゃぅん!」

 動転して動きの止まっていた椋が、そこで飛び起きる。胸を両手で隠すようにし、顔をトマトのように真っ赤にして。

「え、えと、あ、あ、あ、あの……。ご、ご、ご……」

「碁?」(←佐祐理)

「五?」(←杏)

「いや、違うだろ」

「ごめんなさあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――」

 ドガシャァァァァァァァァン!!

「あぁぁぁぁいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……

「……ドアを壊してもなお平然と走り去ってく背中を見るとやっぱ杏の妹なんだな、って痛感するな」

「えへへ〜」

「いや褒めてない褒めてない」

 残ったのは綺麗に止め付け金具のひん曲がったドア一枚。……玄関のドアは無事だろうか?

 以前にも似たような状況が一度起こったからさほど驚くことでもないが……。

 実際佐祐理も杏も驚いてはいない。敦子はただ微笑みながら洗い物をしているし、直幸も微笑みながらただ新聞を読んでいる。

 ……というか、その程度で流して良い状況なのだろうか、これは。

「朋也さん、そろそろ時間ですよ?」

「ん? あぁ、そうだな」

 流そう。

 そう結論付け、朋也は椅子の下に置いておいた鞄を手に取る。

「あ、そうだ杏。お前どうして土足でいきなり二階に駆け上がっていたんだ?」

「そんなの、佐祐理と朋也がくっつかないようにするために決まってるじゃん」

「へぇ」

 実際今現在佐祐理に腕を組まれているのだが、そこには気付いていないらしい。

 いや、気付いていないというより、

「え、あ、……あぁぁぁぁっ!!」

 忘れていたようだ。

 思い出したように杏は佐祐理と朋也の間に割って入り、

「ちょっ、佐祐理! それ以上朋也にくっつかないでよ!」

「あははー、すいません。佐祐理は磁石のN極で朋也さんはS極なんです」

「例えが微妙なのよ! そんなことよりその手を離す!」

「あははー、すいません。佐祐理は実は虚弱な体質で、朋也さんのお助け無しには生きていけない身体なんです」

「めちゃめちゃ嘘ぶっこいてんじゃないわよ! っていうかどう見ても佐祐理が朋也を引っ張ってるように見えるんだけど!?」

「眼科でしたら良いお勧めの病院ありますよー?」

「あたしの眼は正常よ!!」

 吐息をつきつつとりあえず朋也が思うことは、

 ――腕が千切れるくらいに痛い。

 埒が明かない。朋也はそのまま壊れ落ちたドアを跨り玄関へと向かう。

「それじゃ、父さん、母さん。行ってきます」

「お義父様、お義母様、行ってまいります」

「い、行ってきまーす! ってこら、誤魔化すなぁ!」

「「いってらっしゃーい」」

 どこまでも暢気な両親に送り出され、朋也は学園へと向かうのだった。

 

 

 

 校門の近くまで来てみれば、そこには多くの人がいる。

 朋也たちと同じ制服を着た人たちが、友人たちと談笑を交わしながら歩く姿を見て、本当に学園が始まったんだな、と改めて思う。

「最終学年、か」

 自分たちはいよいよ三年生。といって、なにかが変わるのだろうか。朋也にはわからない。

「ちょっと佐祐理! くっつきすぎでしょ!」

「あははー。この程度佐祐理と朋也さんの心の距離に比べれば些細なものですよ」

 とりあえず周囲からの刺すような視線は変わらない。

 そのうちの一つが……またやけに鋭かった。

「相変わらず岡崎は羨ましい状況を満喫してるねこんちくしょう」

「出会い頭に言う言葉かそれか」

 門の前。

 左腕に杏、右腕に佐祐理が絡まっている状況で、目の前には見知った金髪の悪友が一人こめかみを引くつかせながら立っている。

 その男の名は春原陽平。

 とりわけどうでも良い相手なのでそれ以上の説明は省く。

「それ以外に言葉が思い浮かばないんだよ、この勝ち組がぁ!」

「うるさいぞ負け組」

「黙っててくれない負け組」

「もう少し静かにお願いします負け組」

「あ、あんたら鬼ですねぇ!」

「それにしても椋はどこまで先に行ったんだ?」

「どうでしょうねー。もう教室に行ってしまったのかもしれませんよ?」

「そうかしら。椋のことだからどこかの電柱の影からこっち見てるかもしれないわよ?」

「って僕完全無視ですか!?」

 陽平の前で立ち止まるどころか早足で過ぎていく三人。

 向かう先はもちろん新クラスの発表が貼られている掲示板だ。

「……すげー人だな」

 思わず呟いてしまうほどの人だかり。あそこに突っ込まなくてはいけないのか、と思うとげんなりしてくる。

「あ、椋がいるわよ」

「ん?」

 杏の指差す先、掲示板前の人だかりからわずかに下がる形で確かに椋が立っていた。

「椋」

「あ、朋也くん……」

 近づいてきた朋也たち――というか朋也を見て、椋の頬が再び赤く染まる。

「あ、あの……、さ、さっきはその……失礼しました……」

「あ、あー。気にするな。俺も気にしないし」

「は、はい……」

 なぜか形成される良い雰囲気。

 しかし、それをそのまま維持させるほど両脇の二人は甘くない。

「さーさーさー、朋也さん。ちゃっちゃと掲示板を確認しますよ〜!」

「さーさーさー、椋。そんなところでボーっと突っ立ってないで掲示板を確認するわよ!」

「お、おう」

「は、はい」

 とはいえこの人だかりは正直きつい。これを掻き分けて掲示板に向かうのは正直骨が折れるだろう。

 ――まぁ、佐祐理と杏なら余裕なんだろうが。

 さてどうしたもんか、人の波が引くまで待つか、とか考えていると目の前に陽平が来て、

「ふっ。僕の出番のようだね」

「いたのか、お前」

「その言い方ひどいっすねぇ!」

「……で、お前はなにをするつもりなんだ」

「ま、見てなって」

 妙に自信満々だ。

 朋也は経験から知っている。

 こういうときの陽平ほどあてにならないものはない。

「よーし、行くぞー! 僕が人だかりを掻き分けてやるぜ!」

「きゃん!」

 しかし陽平がその群衆に突っ込もうとした時、か細い少女の声が響いた。

「……あれ、岡崎? いまなんか喋った?」

「俺があんな声出すか」

「だよね。それじゃあ……」

 皆の視線が一箇所に集まる。

 そこには尻餅をついて頭を抑えている……幼女がいた。

「いたた……」

 幼女である。どう見ても身長は100と少し程度しかないはずだ。その仕草、その声、そして童顔。どれを取っても幼女以外のなにものでもない。

「なんでこんなところに子供が……?」

「さぁ? でもあれだよね。この子よく見ると……めちゃめちゃ可愛くない?」

「……お前、その発言は危ないぞ」

「ねぇ、君。こんなところにいると危ないお兄さんたちに襲われちゃうよ?」

「それはお前のことだろ」

 朋也の言葉を無視して陽平がその少女の肩に手をかけた、その瞬間――、

「皐月に触れるんじゃないわよ! この変態!」

「え?」

 横からの女の声とほぼ同時、影が疾駆し、陽平に肉薄する。

 そして次の瞬間には陽平の身体は宙を舞っていた。

「あ、……れうぉべぶ!

 そのまま頭から地面に落下。首がおかしな方向に曲がったような気がしないでもないが、その場にいる面々は誰も気にも留めない。

 状況は、どこからか走ってきた少女が陽平を背負い投げしたというところだ。

 肩よりわずかに長い髪、切れ長の眼、凹凸のはっきりしたボディライン。かなりの美人だ。だが、朋也は彼女を知らない。

 これくらの美人が同じ学園にいれば覚えていそうなものだが、他人に対して無頓着な朋也だ。たとえ学園内ですれ違ったとしても顔などは覚えていないのだろう。

 その少女は後ろ、いまだに尻餅を付いたままの少女に駆け寄り、

「皐月! 大丈夫、変なことされなかった!?」

「あはは。大丈夫だよ真央ちゃん。皐月が不注意だったから……」

「いや、悪いのは春原だ。君は悪くない」

 その言葉により二組の目線が自分に集まる。

 いまこの場で言葉を待たれている、と自覚し朋也は続けた。

「それにしてもどうしてこんなところに? 初等部はあっちだぞ?」

 すると幼女は立ち上がり少し怒ったような表情を浮かべて、

「さ、皐月はこれでも17歳ですっ。今年高等部の三年生なんですっ、あと一年でもうえっちな本だって買えるんですぅ!」

「「「「え……」」」」

 驚きに眼を見開く四人(陽平はダウン中)。

 しかし……確かによく見ればその制服は高等部のものだ。

「……そうですよね。やっぱり皐月は高校生には見えませんよね……」

 立ってみてさらにわかることだが、かなり身長は低い。朋也の胸にも届いていないのだ。

 さらにくりくりした大きな瞳、可愛い系の顔、さらにその喋り方や雰囲気からは、さすがに初見で高校生とわかる者はいないだろう。

 だがこの様子では本人は非常にコンプレックスを抱いているのだろう。

 悪いことをしたな、と思い朋也は小さく頭を下げた。

「あ、あー悪い。そうだよな、身長なんて人それぞれだもんな」

「あ、あ、いえ、そんな。別に謝って欲しくて言ったわけじゃ……」

「いや、いまのは俺が無遠慮だった。すまない」

「あ、あぅ〜……」

 どうやら人に謝られるのは苦手なようだ。

 朋也は苦笑し、とりあえず自己紹介をすることにした。

「俺は岡崎朋也。で、こっちが倉田佐祐理でこっちが藤林杏、でこっちが藤林椋。杏と椋は双子の姉妹なんだ」

「へえ〜。えと、皐月は黒羽皐月っていいます」

「私は霧宮真央よ。よろしく」

「あの〜、岡崎。僕の紹介がないんだけど……?」

「で、最後に特に覚えていたからといって得になることは何一つもない……というより脳細胞の無駄だとは思うが、一応こいつは春原陽平だ」

「……岡崎。僕たち友達だよね?」

「いや違う」

「少しくらい迷って欲しいんですけどっ!?」

「そこで迷うような間柄じゃないな」

「あんた人の皮被った鬼ですねぇっ!」

 そんなやり取りにキョトンとする皐月に真央。

 まぁ、初見だと驚くような会話なのかもしれない。いや、もう会話とも言えないか。

「ねぇ、朋也。そろそろ掲示板見て教室行かないとまずそうよ」

 杏の言葉に周囲を見渡せば、確かにそろそろ人も少なくなってきている。

「そうだな。さっさと見て教室行くか」

 掲示板の周囲も既に人はまばらになってきていて見やすくなっていた。

「どれどれ……」

 掲示板に近寄って、自分の名前を探していく。

 三年A組……、ない。B組……にもない。

 続いてC、Dにもなかった。

 そして……、

「お、あった」

 自分の名が載っていたのは三年E組だ。

 他のメンバーも眼で追ってみれば――、

 

 

 

 

 

 

出席

番号

氏名
蒼月雪姫
一ノ瀬ことみ
伊月啓祐
有動三丸
岡崎朋也
門倉謙一
神倉雪音
神城朔夜
川澄舞
10 川名みさき
11 霧羽香澄
12 霧宮真央
13 久我健人
14 葛原楓
15 倉田佐祐理
16 河野正樹
17 黒羽皐月
18 杉山ツキ
19 春原陽平
20 星条撫子
21 瀬戸孝司
22 高橋未流
23 柊勝平
24 藤林杏
25 藤林椋
26 古河渚
27 真坂浩朗
28 水上愁
29 深山雪見
30 結城狼牙
31 老船竹丸
32 渡辺椛

 

 

 

 

 

 

 ――なんとここにいるメンバー全員が同じクラスではないか。

「うわぁ、すごい偶然ですね〜」

 後ろで嬉しそうに声を上げる皐月。

 確かにすごい偶然だ。ここにいる七人が七人とも同じクラスになるとは……。

 というかこのメンバー、微妙に作為的なものを感じる。

 こんなことができるのは誰か、と思考し、しかし答えはすぐに浮かんだ。

 横を振り向く。

 そこにはただニコニコと笑顔を浮かべている佐祐理。

「……佐祐理」

「はい」

「これ、お前の仕業か?」

「はい? なんのことでしょう?」

「こんなことができるのはお前しかいないと思うんだが」

「もう、なにを言ってるんですか朋也さん。佐祐理はほんの少し頭の悪いただの女の子ですよ?」

「……」

 それは嘘だ。

 だがここで追求したところでなにがどうなるわけでもないし、別にこのクラス分けが嫌なわけでもない。

 なのでここは敢えて何も言わずにおいておこう。

「まぁ、ここで会ったのもなにかの縁なんでしょうね」

「えと、これから一年間よろしくお願いしますね♪」

 真央、そして皐月からそんな言葉が投げかけられる。

 それにうなずき返した朋也に、陽平は相対する二人には聞こえないように小声で、

「……や、やべぇよ岡崎。僕なんか……新しい境地を切り開いたかもしんない」

「は?」

「いや、あの皐月ちゃんっていう子。なんかすっごい可愛くない?」

「わかった。わかったから横で目を見開いてはぁはぁ息するの止めろ。怖い」

「あははー、ちょっと近付かないでくださいねー」

「キモい」

「え、えと……。が、頑張ってください」

「……なんか僕の扱い酷くない?」

 涙を浮かべる陽平だが、やはり誰にも気にされない。

「とにかく教室に行くか」

 そして一同は新しき学び舎へと足を向ける。

 その名は3−E。

 朋也はなんとなく思いを馳せた。

 いまだ見ぬクラスのメンバーも、きっと濃いメンバーなんだろうな、と。

 それはいっそ確信に近い思いだった。

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 ども、神無月です。

 キー学の第三話、三年生編の前編をお届け。

 しかしなんつーか、朋也の扱い酷いかも? 可愛そうな役回りが多い気がしてきた。

 でもあれだけの美人に囲まれているのです。あれぐらいで割が合うというもんでしょう。

 ……っていうか、少し動きが活発な佐祐理さんって琥珀さんに似てる気がしません?

 それから、祐一×佐祐理さん信者の方々からはクレームが来るかもしれませんが、あくまでキー学の主人公は祐一であり、浩平であり、朋也であり、純一です。そして時には他のメンバーが主役になることもあります。

 なので祐一だけが主人公、というわけではないのをあらかじめ承知しておいてくださいね。

 あと、当初出る予定だった舞が急遽降板。出番は次回に見送られました。

 そこも踏まえて次回もお楽しみに。

 

 

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